後世の歴史家いわく、俺は面従腹背の成り上がり復讐者らしい   作:トマトルテ

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14章:悪魔の証明

 

 ロレンス・フォン・ミュンヘン伯爵(帝国暦652年誕~683年没)。

 

 彼は帝国内に、帝国法を広めることに貢献した人物である。

 そして、この時代に立憲君主制を目指していた一人とも言われている。

 立憲君主制と言えば、君主であっても法律に制限されるイメージがあるが、実は別パターンもある。

 

 制限君主制と絶対君主制。

 前者が現代人のイメージする立憲君主制だ。

 そして、後者の絶対君主制であるが、実は絶対君主制においても法や議会は存在したりする。

 

 早い話が、議会はあるし、法律もあるが、それを最終決定するのは皇帝という形だ。

 もしくは、政府首脳を王族で固めることで、実質的な絶対君主制にするもの。

 これはどちらかと言えば、議会から皇帝に法を提案するのではなく、皇帝側が要請した法律を議会が作ると言う形が多くなる。

 

 そして、この動きは皇帝ヨーゼフの時に、活発になった。

 

 しかし、不思議には思わないだろうか? 

 皇帝ヨーゼフは中央集権化を押し進めようとしていた。

 だというのに、皇帝以外が人を裁くことを許される法を作る。

 これは一見すると矛盾に感じられる。

 

 だが、これは中央集権化には必須なものだった。

 11章で述べたように、ゲルマニウム帝国の最初の中央集権状態を十全に行えたのは、神帝ルドルフだけだ。

 続く代の皇帝達は、第8代のカールまでは、ほとんどの死因が過労死という激務だった。

 

 当然、このことをヨーゼフは知っている。

 故に、ロレンスの進言する、法と議会で国を支配する立憲君主制に注目したのである。

 

 広大な帝国の全てを皇帝が見て回ることは出来ない。

 それは、どうしようもない事実だ。

 だが、法を皇帝の意思そのものとして広めて、帝国全土に張り巡らせれば似た状態に出来る。

 

 全てに目を通して、逐一指示を出すのではなく、最初から皇帝自らが定めた法律を作っておく。

 そして、帝国全土でそれに基づいた判断をさせれば、それは帝国民の全てが皇帝の掌の上に居るも同じこと。

 皇帝が直接裁くのは、下では判断できない事柄だけに絞ればいい。

 

 ヨーゼフはそのように考えたのだ。

 故に、ロレンスを内政官として重用し、帝国法を広めようとしたのである。

 

 ロレンスはヨーゼフの信任を受けて、精力的に動き回った。

 元々の几帳面でまめな性格に加えて、ヘルマンの毒殺で見せた用意周到さ。

 それらは、帝国法を広めるのに大いに役立った。

 

 当時の帝国は、既に皇帝の力が弱まっていた。

 そのため、明日からこの法律を施行しますと言っても、無視される。

 特に、ヴィクトワール家やヒンデンブルク家が、その最たる例だ。

 

 長年に亘り、広大な土地を支配してきた彼らは、独自のルールを領地内に持っていた。

 ヴィクトワール家であれば、商売を盛んにするために、他の地域よりも税金を格段に安くする。

 ヒンデンブルク家であれば、軍事力を維持するために、皇帝の意思に関係なく自由に徴兵出来る権利を有する。

 こうした、ルールを独自に作っており、時にそれは皇帝の意思に反して行われた。

 

 そして、平民達もそのルールに則って生活をしていた。

 自分達の利益の維持だけではない。

 人間とは変化を嫌う生き物である。

 いきなり、明日から生活を変えろと言われても、誰だって頷かない。

 しかも、二家とも力が強いので、無理やりにという訳にもいかない。

 

 ヨーゼフやロレンスが、二家を邪魔に思うのも仕方のないことだった。

 ロレンスがクラウディアへ求婚したのも、内部からこの邪魔をどうにかするのが目的だったのだろう。

 

 繰り返すが、皇帝の意思そのものである帝国法を広めるためには、とにかく二家の意思は邪魔だった。

 故に、ロレンスはブリュッセ家、ビューレンベルク家の侯爵達と共に、ヴィクトワール家を冤罪に追いやったのである。

 

 ヴィクトワール家が有していた莫大な財産と、肥えた市場は一度皇帝の元に戻り、その後にパイのように切り分けられた。

 

 もちろん、手に入れたのは侯爵家達である。

 そして、当然ではあるが美味しい思いをした侯爵達は、更なる蜜を啜るために皇帝へと忠誠を誓う。

 帝国法を新しく自領になった場所で、広めていくのだ。

 

 このようにして、ヨーゼフとロレンスは法による中央集権化を進めていった。

 

 

 では、この帝国法にクラウスは反発したのか? 

 

 実は、意外なことにクラウスは全く反対していなかった。

 むしろ、法律を作ることなどには、大いに賛同していたという。

 これは、クラウスが帝位についてから、帝国を法治国家に変えていったことからも分かる。

 

 そして、クラウスは皇帝でありながら、皇帝であっても法律に制限される現代に近い、立憲君主制を進めた。

 その際に、利用したのがロレンスの残した、帝国法の草案だったと言われている。

 以前までは、クラウスが一から生み出したと言われていたが、最近の研究でロレンスの草案を大いに利用したことが分かった。

 この発見は、神君クラウスの功績を貶める発見だと言われることもあるが、私はそうは思わない。

 

 これはクラウスの復讐の一環だ。

 

 ロレンスは、クラウスの全てを奪った皇帝の手助けをした。

 故に、クラウスはロレンスからも、全てを奪うことにしたのだろう。

 

 彼が生涯をかけて、生み出した法を。

 彼が法律の父として語られることになるはずだった、名誉を。

 クラウスはそっくりそのまま奪い去ったのだ。

 

 これは、ただ殺すだけでは飽き足らないという、クラウスの深い憎悪の表れだと私は考えている。

 

 クラウスは普段は復讐など、まるで考えていないという言動を取るが、いざ実行する際には背筋が凍るような怒りを見せる。

 その恐ろしさが初めて発揮されたのが、これから語るロレンスのフランソワとの内通疑(・)惑(・)事件である。

 

 そう、疑惑である。

 ロレンスは暗殺を企ててはいたが、内通に関しては冤罪であった。

 後年にこの事件は、クラウス自身がロレンスは冤罪であったと、証明している。

 

 自らの両親達の件と合わせて、先帝である皇帝ヨーゼフの愚かさを示すプロパガンダとして。

 

 

 

 

 

 帝都ロンベルク。

 その中心にある、煌びやかな宮殿内部。

 だが、そこに漂う空気はヘドロのように濁っており、暗く重苦しい。

 

「ロレンス・フォン・ミュンヘン伯爵。貴殿が、今回の審問会に呼び出された理由は、お分かりかな?」

 

 その中で、一際目立つ黄金の髪を逆立て、怒りの混じった鋭い眼光を向ける人物が居る。

 ラインハルト・フォン・ヒンデンブルク辺境伯。

 クラウディアの父であり、クラウスの伯父だ。

 

「ええ、勿論ですとも。ラインハルト・フォン・ヒンデンブルク辺境伯。本日は、私めに関する、荒唐無稽な噂話を否定しに参ったのです」

 

 対するは、暗い茶色のクルリと巻いた髪の毛を持ち、眼鏡をかけた男性。

 ロレンス・フォン・ミュンヘン伯爵。

 見ての通り、聡明な男だ。

 

 仕事においても、暗殺においても。

 

「私が、ご子息の御命を奪おうとし、あまつさえフランソワの手引きをしていた……などという、質(たち)の悪い噂を」

 

 堂々と、本当に自分には欠片たりとも恥ずべき点はないのだと。

 大げさに手を広げてアピールをしながら、ロレンスは静かに目をラインハルトから離す。

 それは、ラインハルトの怒気に恐れたからではない。

 

 

「今日この場で──神聖なる皇帝陛下の前で、我が身の潔白を証明させて頂きます」

 

 

 宮殿の最上段。

 全てを裁く神のように、一人の男が玉座に座っている。

 

「ヨーゼフ・アウグスト・ゲルマニウムの名を以て命ずる……今より、審問会を始める」

 

 白い髪。深い皺の刻まれた眉間。紫の瞳。重々しく仰々しい服。

 ヨーゼフ・アウグスト・ゲルマニウム。

 ゲルマニウム帝国、第25代皇帝その人だ。

 

「では、僭越ながら私が、ミュンヘン伯爵にかけられた嫌疑を読み上げさせていただきます」

 

 皇帝のお付きの役人が声を張り上げる。

 

「被告人、ロレンス・フォン・ミュンヘンは、ヘルマン・フォン・ヒンデンブルクに毒殺をしかけた。また、その弟であるクルト・フォン・ヒンデンブルクにも暗殺者を差し向けた。さらには、フランソワ軍に情報を与え、妹のクラウディア・フォン・ヒンデンブルクを罠にはめた。これらは全て、国防の要である辺境伯家を狙ったものであり、敵国に内通した証ではないかと嫌疑をかけられております」

 

 空気がザワリと揺れる。

 これらが全て事実ならば、極刑は免れない。

 何より、目の前の父であるラインハルトが決して許さないであろう。

 

「デタラメですね」

 

 しかし、ロレンスはさらりと否定してみせる。

 

「ほぉ……それは、説明してもらえるのだろうな?」

「勿論ですとも、ラインハルト辺境伯。私には自身の無実の確信がございます」

 

 彼の表情は余裕に満ち溢れていた。

 それは、印象を良くするためでもあるが、同時に自信の表れである。

 

「まず、ご長男のヘルマン殿の病気が悪化した件。これに関しては、私めも寝耳に水でした。まさか、あの薬にそのような悪影響があるとは、夢にも思いませんでした。これに関しては、素直に謝罪させて頂きたい。しかし、ご健康を損ねる気も、ましてや、お命を奪うなど露も思っていなかったことを信じて頂きたい」

 

 スッと、優雅に頭を下げる、ロレンス。

 ヘルマンの毒殺。

 これは意図してやったものだが、悪意があったと認定するのは難しい。

 何せ、薬自体はロレンスが無理やり飲ませたのではなく、ヘルマンが自分で頼んだのだ。

 そして、副作用に関してもほとんどの人間が知らない。

 知らぬ存ぜぬを貫けば、グレーゾーンのままでいられる。

 

「次に、ご次男のクルト殿の暗殺。まず、私めはそのような悪しき者を、けしかけさせてなどおりません。疑うようであれば、既にお伝えしてあるように、何度でも私の屋敷を捜索していただいて構いません。何一つとして、疑わしいものは出てこないでしょうから」

 

 クルトの暗殺。

 これは、ロレンスの認識では普通に暗殺を依頼し、失敗したというものだ。

 だが、賢い彼は暗殺を頼んだなどという証拠は残していない。

 暗殺に関連する資料は全て、事前に焼却してある。

 見つかるはずがない。

 

「そして、ご息女のクラウディア殿が、フランソワの卑劣な罠に嵌ってしまった件。これに関しては、もはやため息しか出てきません。私めはクラウディア殿へ求婚をしたのです。惚れこんだ女性が死ぬような目に、一体誰が遭わせるでしょうか?」

 

 クラウディアが罠に嵌った件。

 これは本当に何も知らない。

 ロレンスがガチ目に、困惑した表情を浮かべるのも無理はない。

 

「最後に、私めがフランソワと繋がっているという件。少し口汚く、言わせて頂きましょう。誰があのような、蛮族達の手を取りたいと思うでしょうか? 私にも人としての尊厳があるのです。握る手ぐらいは選ばせて頂きます」

 

 そして、フランソワとの内通の件には普通に怒る。

 ロレンスはヴィクトワール家を追い落とした原因だ。

 すなわち、皇帝、帝国側の人間である。

 このような嫌疑をかけられれば、それは怒るだろう。

 

「何より、皇帝陛下や辺境伯ならば、よくご存じでしょう? 私めの夢はこの帝国全土に陛下の意思そのものである、『帝国法』を広めること。蛮族共と会話する時間すら惜しいのです」

 

 そして、ロレンスは自らが法律を広めることに、執着を抱いている。

 法律の第一人者として、帝国の歴史にその名を刻む。

 それが彼の夢なのだ。

 

「これが私の証明です。それで……この私めを貶める、小賢しい陰謀論に証拠はあるのでしょうか?」

 

 証拠などあるわけがない。

 全て、消したか、最初から存在しないのだから。

 そんな余裕の笑みを浮かべて、ロレンスはラインハルトの方を見つめる。

 だが。

 

 

「貴殿は証拠も無しに、私がこの場に立っていると思っているのかね?」

「………お聞きしましょうか」

 

 

 ラインハルトは真っ向から、その笑みを叩き潰しにかかる。

 かつて、妹と義弟に対して、何もしてやれなかった無念を晴らすかのように。

 

「これは、娘のクラウディアから送られてきた、資料と手紙だ。そして、もう一つ──」

 

 そう言って、ラインハルトはおもむろに資料と手紙を取り出す。

 紙に書かれた文章。それを見ているロレンスの顔に、動揺はない。

 しかし、次に取り出されたものを見て、表情を一変させる。

 

 

「──君の屋敷にあった医(・)学(・)書(・)だ」

 

 

 取り出されたものは一冊の本。

 ロレンスの屋敷から、クラウディアもとい、クラウスが証拠として使えると踏んで選んだもの。

 

 凶器でもなければ、暗殺の契約書でもない。

 単なる本。別に特別なものではない。

 クラウス以外であれば、単なる本として、そのまま本棚に戻していただろう。

 しかし、クラウスは現代の警察の家宅捜査の知識から、蔵書まで調べる必要性を知っていた。

 

「伯爵の身でありながら、自領の特産品の勉強を怠らない。私も同じ貴族として、背筋が伸びる思いだよ」

 

 冷ややかな賞賛を送りながら、ラインハルトがペラリと本を開く。

 予め、付箋を入れていたページ。

 そこには。

 

「『カコリスを長年飲み続けた患者に、息切れ、手足のしびれ、むくみ、歩行困難が現れることがある。原因は不明だが、薬の使用をやめると症状が治まるので、症状が出た場合には直ちにカコリスの使用を中止すること』……長男が使っていた薬の名前と同じだな、ロレンス伯爵?」

 

 理路整然と書かれた、医学知識。

 単なる知識を得るための本が、証拠になるとは思ってなどいなかった。

 医学書は完全にロレンスの盲点であった。

 まさか、そこに注目できる貴族が、自分以外にいるなど思っていなかったのだ。

 

「……申し訳ありません。私めの不勉強でした。医者の真似事として、本を手に入れて見たは良いものの、知識を己のものにすることは出来なかったようです」

「ヘルマンの病状を貴殿は知っていたはずだが? 何せ直接、息子が取りよせていたのだからな。文通で症状を知って、お抱えの医者にも相談しなかったのか? このような本が手に入る領地なのだ。さぞや、優秀な医者が居ただろうに」

 

 お前は知っていただろう? 

 ラインハルトの燃える視線が、ロレンスの身を焼く。

 

「重ねて謝罪を。この件に関しては、私めの不(・)注(・)意(・)として罰をお受けしましょう。何なりとお申し付けください」

 

 だが、それでもロレンスは尻尾を出さない。

 あくまでも、自分は知らなかった。

 これは事故だという主張は決して覆さない。

 罰は受けても、皇帝の覚えがめでたい自分なら、取り返せる程度のものになるはずだと、計算して。

 

「まだだ。まだだよ。証拠はこれで終わりではない」

 

 しかし、ラインハルトの舌は止まることが無い。

 

「貴殿の家の資金の流れを確認させてもらった。君はまめに帳簿を取っていて、実に調べやすかったそうだ」

「資金…? それが一体何に…?」

 

 金の動きと言われて、ロレンスは疑問符を浮かべる。

 それが一体、何になると言うのだろうかと。

 

「不自然な支出が無いかを、娘の部下が調べ上げたそうだ」

「不自然な支出…?」

「フランソワに流した金や、暗殺者に支払った金がないかの確認だ」

「ッ!」

 

 娘の部下(クラウス・シェーネ)が調べたのは、医学書だけではない。

 というよりも、シェーネにとっての本命はこっちである。

 すなわち──中抜きの証拠と金額を調べ上げたのだ。

 

「地道で根気のいる作業だったようだが、彼らはやり遂げて見せた。数いる暗殺者を一人一人尋問して、支払われた金額を調べる。その繰り返しを経て、最初に支払われた金額と、君の帳簿に残る不自然な金額が一致しないかを調べ上げた」

 

 シェーネは中抜きされた金を奪おうと決めていた。

 しかし、当然のことながら、元の金額を知らなければ、いくら中抜きされたか分からない。

 そのため、自分に依頼を出した人間から、いくら貰ったかを吐き出させていったのだ。

 その結果として、意図せずにして、ロレンスの帳簿の不自然な金の動きを暴き出したのである。

 

「途中で巧妙に、金額を別の場所に流すことで隠蔽を図ってあったようだが、そこまで調べ上げたそうだ。そして、信じたくはなかったが金額は見事に一致した」

「……何の話か、皆目見当もつきませんね?」

 

 見当もつかない(見当もつかない)。

 

 ロレンスとしては、普通に暗殺者に金を払っただけなので、本当に何のことか分からずに困惑する。

 まさか、中抜きが勝手にされて、それが偽装工作の証拠みたいになるとは思わない。

 やはり、中抜きは社会の癌である。

 

「まだ、知らぬフリをするかね? 貴殿のことは娘を嫁に出したいほど、気に入っていたのだがな。失望したよ」

「辺境伯の方こそ、耄碌なされましたか? ありもせぬ事柄を事実として挙げるなど……法の風上にも置けませんね。やはり、帝国法を一日でも早く、この国全てに行き渡らせなければ、時代遅れの老人が増えるばかりです」

 

 ロレンスに向けられる疑いの目は強まるばかり。

 しかし、それでも決定的な証拠ではないため、まだ強気でしらを切る、ロレンス。

 不自然な支出も、適当に別のものの支出だと言えば、どうにでもなる。

 そう、考えていたのだが。

 

 

「──ここにフランソワ軍の将、シャルル・ドゥ・ゼグリーズからの手紙がある」

 

 

 ラインハルトがクラウディアから送られてきた手紙を出したことで、頭が真っ白になる。

 ロレンスは内通などしていない。

 だというのに、手紙があるという異常事態に思考が追い付かないのだ。

 これは、証拠(冤罪)集めの際に、クラウスがそう言えばあれがあったなと、思い付きでウッドベン伯爵から取り寄せたもの。

 

 

 

──────────────────────────────────────────

 

 拝啓 アーサー・フォン・ウッドベン伯爵閣下。

 

 貴殿の慈悲深い心からの、ご提案を謹んで拝受致しました。

 まさに神の慈悲に似た計らいに、深く感謝を申し上げます。

 手紙に記された、その一文字一文字に、この老いぼれた兵士の胸が熱くなる思いでございました。

 

 しかしながら、この度の『我らが捕虜の身柄と引き換えに、貴陣営の将兵の身柄を求める』という仁愛に満ちたお申し出ですが、はなはだ残念ながら、このシャルル・ドゥ・ゼグリーズ、謹んで辞退させていただきたく存じます。

 何卒、その寛大なるお心を、無碍に扱う私の不徳をお許しください。

 

 その理由と致しましては、この度の捕虜の者達は、既に我が陣営の一部として、その魂を捧げた者達でございます。彼らの身柄は、もはや単なる一兵士ではなく、我らが誇るべき戦友の遺骸となり、その忠誠は我々が生涯を通じて守り抜くべき神聖な誓いへと昇華しております。故に、これを金銭や他の者達の命と交換するなど、彼らの尊い犠牲を貶める行為であり、我が軍の誇りとして、到底承諾できることではございません。彼らは、たとえ敵地にあろうと、我らの心の中に生き続ける、不滅の戦士でございます。貴殿におかれましては、どうか彼らの健闘を讃え、その死を悼み、そして新たな戦力を補充されることをお勧めいたします。

 

 貴陣営にも、きっと我らが知らない新たな英雄が生まれ、その名を轟かせることでありましょう。

 

 さらに私は、貴殿がこの戦いにおいて、常に正義の道を歩まれる御方であると信じております。

 しかし、時に戦場は闇に満ち、見誤ることもあるかと存じます。

 

 特に陣営内に、自らの利益のために、友(・)を(・)売(・)る(・)者(・)が潜んでいるのではないか、と。

 

 そうした疑念が、貴殿の慧眼を曇らせ、不要な懸念を抱かせるようなことがございましたら、誠に心外でございます。どうか周囲をよく見極め、真の忠臣を見極めていただきたいと、老骨ながら願ってやみません。

 

 次に我々が相まみえる時は、互いに最良の策を尽くし、士卒の力を信じ、戦場の神々に勝利を祈るといたしましょう。貴殿の武勇と、我が軍の不退転の精神、いずれが勝利を収めるか、それは天のみぞ知ることでございましょう。

 

 末筆ではございますが、貴殿の御健闘を心よりお祈り申し上げます。

 そして、次なる邂逅が、血なまぐさい戦場ではなく、平和な宴の場であることを、この老い先短き命を捧げて祈っております。

 

 敬具 シャルル・ドゥ・ゼグリーズ。

 

──────────────────────────────────────────

 

 

 

 これは7章でウッドベンの捕虜交換の申し出に対しての、シャルルの返信である。

 ご丁寧な言葉で無駄に装飾した、『断る』という言葉しか書いていない。

 おまけに、自分の軍の捕虜がラインの食料を圧迫するのを知っているのを、皮肉気に表現までしてある。

 ハッキリ言って、ウッドベン伯爵でなければ手紙を破り捨てていても、おかしくないものだ。

 

 

 だが、そんな意味のない手紙が、ここで内通の証拠として再生利用(リサイクル)される。

 

 

「『特に、陣営内に、自らの利益のために、友(・)を(・)売(・)る(・)者(・)が潜んでいるのではないか、と』……この文言の通り、娘のクラウディアはまるで策を読まれていたかのように、罠に嵌った」

「その友を売る者が! おぞましき外患が! 私めだと、おっしゃるつもりですか!? バカバカしい! そもそも、その手紙は本物なのですか!?」

 

 ロレンスが叫び声を上げる。

 完全なる言いがかりだ。

 ラインハルトですら『クラウディアなら、普通に失敗してもおかしくない』と思っている。

 だが。

 

「これは、我が帝国の外交官自らが、シャルルの筆跡と同じものであると既に明言してある。さて、こちらが証(・)拠(・)と(・)し(・)て(・)出(・)し(・)た(・)も(・)の(・)は(・)本(・)物(・)だが、貴殿の言葉は真実だと証明出来るのか?」

 

 そんなことなど、どうでもよかった。

 そもそもの話が、限りなく黒に近い灰色を、黒にするための策なのだ。

 押し切ってしまえばそれでいい。

 

 

「──貴殿が何もしていないことを証明してみるがいい」

 

 

 こちらは証拠を示した。

 だから、今度はそちらが何もしてないと証明してみせろ。

 

「そ、それは……悪魔の証明ではないですか」

 

 無実を証明する証拠はない。

 ただ、何かをしたかもしれないという証拠は出されている。

 ラインの悪魔(クラウス)の悪辣な手口だ。

 

「答えられないのであれば、我々は貴殿を黒とみなす」

「お、お待ちください! 証拠も無しに罪人と決めつけるなど、法が許しま──」

 

「──10年前、私の妹は夫の罪に加担したという証拠もなく、裁かれたが?」

 

 宮殿が静まり返る。

 ラインハルトが告げたのは、ヴィクトワール家の皇帝暗殺未遂の件。

 ラインハルトの冷たい怒りと、皇帝を批判するような物言いに周りは黙らざるを得なかったのだ。

 

「それを悪く言うつもりはない。陛下のご意思は全てに優先されるのだからな。故に……今回もまた、最終判断を皇帝陛下に委ねたい」

「ッ! 陛下! どうか、私めの真実の言葉をお受け取りくださいませ!!」

 

 全ての視線が、身じろぎ一つせずに様子を見つめているヨーゼフに集中する。

 皇帝の言葉は神の宣告と同義。

 あらゆる人も、法も、逆らうことは許されない。

 

「……ロレンスよ、一つ尋ねる」

「はッ! 何なりとお聞きくださいませ!」

 

 ヨーゼフがゆっくりと口を開き、ロレンスに答えさせる。

 

 

「帝国法における──『外患罪』への刑は如何様になるか? 卿ならば、良く知っておろう」

 

 

 自分自身への死刑宣告を。

 

「あ……ぁ…ああ…!」

「答えられぬか? ならば、朕自らが教えてやるとしよう」

 

 ロレンスの顔が真っ白になり、ガタガタと足が震える。

 法を理解しているからこそ、一瞬で理解したのだ。

 自分が皇帝に見限られたことを。

 己の命がここまでであることを。

 

「朕が定めた帝国法では、外患罪は一族郎党の首を刎ねた後に、家は取り潰す」

「お待ちください! お待ちください! 陛下!! 私は無実ですッ!! 冤罪ですッ!! これは冤罪なのですッ!!」

「卿に子は居るか? 6歳以下であれば、ヴィクトワールの時のように教会送りで済ませてやろう」

「どうかお考え直しください! 陛下!? 私めは、あなた様のために働くことが出来ますッ!」

 

 ロレンスに子は居ない。

 クラウディアと婚姻して、ヒンデンブルク家を乗っ取るために結婚が出来なかった弊害だ。

 

「刑場まで連れて行き、首を刎ねろ。一族の者も、すぐに後を追わせてやれ」

「ハッ!」

「お助けを! 誰かッ!? 私には、まだ! まだ、やらなければならないことが!」

 

 助けを求め、無実を叫ぶ。

 だが、そんな声を拾ってくれる者は誰も居ない。

 10年前のヴィクトワール家の時と同じだ。

 要するにミュンヘン家の血筋は──

 

 

「案ずるな、ロレンスよ。卿がおらずとも、朕さえ居れば帝国は安泰である」

 

 

 ──クラウスの復讐の第一歩として、完全に潰えることになったのだった。

 

 

 

 

 一方、ブランデンでお留守番している当のクラウスと言えば。

 

「は? ミュンヘン伯爵どころか、一族までまとめて処刑されたの? あんな適当な証拠品で、本人はともかく家族まで殺すとか……ドン引きだわ。皇帝、怖っわ……」

 

 誰がそこまでやれと言ったと、ちょっと罪悪感を覚えていた。

 そして、この罪悪感が後にクラウスがロレンスの草案を使って、法律を広めるのに繋がることになることを、後世の歴史家達は知りようもないのだった。




主人公がラスト数行しか登場しない回になってしまったので、お詫びにラスボス登場。
これで章が一区切りですかね。
次回は9/10の投稿になります。
感想・評価の程よろしくお願いします。

作者のX→ https://x.com/tomatorute
今後、ちょこちょこ、こっちで書けないこと書いたり、何かしらの活動をするかも。
エリザの見た目設定の詳細を少し呟きました。こっちだと、書く機会が無かったので。
内容的に答えられないことがあると思いますので、Xの方はフォローしてとは言いません。
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