後世の歴史家いわく、俺は面従腹背の成り上がり復讐者らしい   作:トマトルテ

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15章:一段落

 

「ようやく、お父様が帝都より、帰って来られるようになったそうですわ」

 

 未だに、ヒンデンブルク家の屋敷に厄介になっている俺の下に、クラウディアがそんな情報を伝えて来る。

 

「伯父上が? そもそも、なんで呼び出されてたんだっけ?」

「陛下からの直接の呼び出しですわ。理由としては、フランソワの侵攻に関して、専門家の意見を聞きたいというものでしたが……十中八九邪魔をしただけですわね」

「まあ、取り敢えず無事に帰って来れそうで、良かった。ミュンヘン伯爵とかを見ると、陛下って容赦なさそうだし」

 

 完全な嫌がらせだろうとは思うが、それはそれとして皇帝は怖い。

 逆らったらどうなるかの例が、どんどん積み上げられていく。

 伯父上だって、殺されていた可能性があったのだ。

 

「ですが……ある意味では、陛下に感謝をしなくてはいけませんわね。おかげで、従兄弟(おとうと)を見つけ出すことが出来ましたので」

 

 クラウディアが感慨深げに俺を見つめる。

 まあ、そもそもヒンデンブルク家の援軍が遅れなかったら、こんなことにもならなかっただろうしな。

 俺の出番もなく、ウッドベン伯爵が勝っていただろう。

 

「それに何より、英雄たるエリザさんを見つけられたことは、何ものにも代えがたい幸運ですわ」

「英雄って何度も言われてるけど……アタシは別に特別なことはしてないよ? クラウディアさん」

「そうした謙虚な所が、ますます素敵ですわ!」

「あ、このお菓子美味しい! クラウスも食べる? 甘くて美味しいよ」

 

 隣ではエリザが、クラウディアを適当にあしらっている。

 最初は同性愛的な好意に、ドン引きしていたが最近では流す術を覚えたらしい。

 まあ、権力を盾に無理やりせまるようなことは、クラウディアはしないしな。

 それに──

 

「あーん」

「あーん」

「まったく……見せつけてくださいますわね」

 

 ──最近は俺の従姉(あね)ということで、義理の家族扱いをしている。

 元々、4人兄妹ということで人が多い方が落ち着くようだ。

 

「美味いな」

「クラウス、甘いの好きでしょ?」

「まあな」

 

 エリザにあーんしてもらった菓子を、ゆっくりと味わう。

 俺は甘いものが好きだ。

 というか、現代日本に比べて甘味が少ないので、甘味に飢えていると言うべきか。

 とにかく、ヒンデンブルク家の財力で、高級な菓子を食える現状はありがたい。

 

「ほんと、高いものって美味しいわよね」

 

 そして、俺以上に現状を喜ぶ人間がいる。

 シェーネだ。

 

「ねえ、クラウディア? これって、いくらぐらいするのかしら?」

「さぁ……私(わたくし)、生まれてこの方、金額などを意識したことがありませんので」

「フフ! 清々しいまでのブルジョワ発言ね! 嫉妬する気も起きないわ」

 

 パクパクと菓子を口に放り込みながら、値段を気にする、シェーネ。

 何度か食事を一緒にして気づいたが、こいつは味よりも値段を気にするタイプだ。

 要するに、情報を食っているのだ。

 高いものを奢ってやっても、大して味わうことなく食べるので間違いない。

 

「……それで、シェーネさんはいつまで、ここに居るつもりなの?」

 

 ジトッとした声が、エリザの口から零れる。

 どうにも、エリザにとってシェーネは、未だに俺の浮気相手として、認定されているようだ。

 解せぬ。

 

「いつまでも何も、今の私はクラウスに仕えてるんだから、一緒に居るのが普通でしょ?」

「いや、別に俺は、お前を縛る気もないから、どこに行っても構わないんだが……」

「はぁ……あのねぇ? 今までの暗殺者としてのキャリアを全部投げ打って、こっちについたのよ? せめて、別の仕事を見つけるのを手伝うべきじゃないかしら?」

「雇った俺が言うのもなんだが、そこまでする義務はないだろ……というか、中抜きの金で大分稼いでたはずだろ? それを元手に商売でもしたらどうだ?」

 

 ちゃんと報酬も払った上で、円満に終わらせたはずなのに、何故か居座る、シェーネ。

 家を建てるぐらいは出来る金は稼いでいたはずだが……。

 

「商売なんて、素人が手を出しても一瞬でこけるわよ」

「お前ってそういう所は、悲観的だよな」

 

 現実が見えていると言えば聞こえは良いが、何もしないと言い切るのはニートのようなものだ。

 こいつ奴隷の身分じゃなくても、こんな生活をするんじゃないだろうか? 

 

「……ん? そう言えば、お前ネックレスなんてつけてたか?」

 

 そんな時、ふとシェーネの首筋に金色に光るものを見つける。

 明らかに高そうな、純金製のネックレス。

 それが、シェーネの首から胸元の中に張り付いている。

 

「ああ、これ?」

 

 シェーネが、豊かな胸の谷間に落ちていたネックレスを、正確には、先端の大きな宝石を引っ張り出す。

 すると、同じく大きな褐色の胸が溢れそうになり──

 

「──どこ見てるの、クラウス?」

「み、見てない…! ネックレスだけだ!」

 

 ──エリザのクマをも射殺す視線で、釘を刺される。

 危なかった……真の英雄は目で人を殺すと言うが、さっきのエリザの目はまさにそれだった。

 

「ふふ、ここから先は……有料よ?」

「あら、まあ、クラウスも殿方ですからね」

「違うって! いいから、ネックレスについて話してくれ!」

 

 なんか、有料配信みたいなことを言い始めた、シェーネに怒鳴り返す。

 ついでに、クラウディアも弟のおいたを眺める姉の様な目つきで、見つめて来る。

 周りが女性しかいない状況で、スケベ心を揶揄われるとか、きついなんてもんじゃない。

 

「せっかちね。まあ、いいわ。このネックレスは中抜きされたお金で、買った物よ。もちろん、純金製。宝石もついてるからお高いわよ。いつでも身につけていられるし、お金に困ったときは、すぐに換金できる優れものよ」

 

 フフンと、胸を張ってネックレスを見せつけて来る、シェーネ。

 なるほど……いつでも身に着けていられる財産に変えたのか。

 逃亡とかをする際には、確かにそういう形の方が便利かもしれない。

 

「クラウスとの共同作業で、手に入れたものだから。ある意味でこれは、クラウスからの贈り物ね?」

「………アタシはまだ、そういうの貰ってない」

「なんで、無駄にエリザを煽ってるんだ、シェーネ? お前は、俺の暗殺でもしようとしてるのか?」

 

 ギュッと、俺の手を可愛らしく握ってくる、エリザ。

 ただし、その腕の力は全くもって可愛くない。

 握力測定のように力が込められている。

 痴情のもつれで俺の命を狙うとか、いつからシェーネはまともな暗殺者になったんだ? 

 

「クラウス、まさか、あれだけの啖呵を切っておきながら、指輪すら渡していないのですか?」

「え? いや…その……最近色々とあったし……」

 

 そうして今度は真横から、クラウディアに割とガチ目なトーンで叱られてしまう。

 恋愛観はふざけているが、恋愛自体には誰よりも真摯なので、こういったことは許せないのだろうか。

 

「女性を待たせるのはいけませんわよ? こうしてはいられません。ヒンデンブルク家の方から、一番いい物を作らせましょう」

「待て! ヒンデンブルク家の方から『一番いい物』とか言ったら、絶対とんでもない代物になる!」

 

 そして、持って生まれた家柄と資金で、基本的に障害は踏み越えられる。

 金に糸目をかけない、皇帝が使うようなものが作られてしまいかねない。

 

「ちゃんと、俺が自分で見繕って贈るから! 金も自分で稼いだもので払うから!」

「……確かに、贈り物は自分で選ぶことに価値がありますわね。金額よりもそこに込められた愛情こそが、宝石以上の輝きを持って光輝くのですから」

 

 うんうんと、クラウディアがしたり顔で頷く。

 よかった……これで、なんとか窮地は脱したようだ。

 

「クラウス……じゃ、行こっか?」

「は? 行くって……どこにだ、エリザ?」

「もちろん、今から指輪を買いに」

 

 訂正。

 地獄に足を踏み入れただけだった。

 エリザが、可愛い顔で笑いながら、俺の腕に抱き着く。

 

 ムニッと、エリザの普通サイズの胸が当たる。

 多分、シェーネへの対抗意識からの行動だろう。

 男としては、嬉しいことに間違いはないのだが──

 

(これが、サブミッションって奴か……ハハ、冷や汗が止まらん……)

 

 俺にとっては、断頭台に首をかけられている気分だ。

 逃がさん、お前だけは。

 そんな強烈な意思が、腕を通して伝わってくる。

 

「それじゃあ、行ってくるね、クラウディアさん。シェーネさん」

「お気をつけて、行ってらっしゃいませ」

「いい、エリザ? 指輪には名前を彫ったらダメよ。後で使いまわせる形にするの。その方が、売る時に高く売れるから」

「別れる前提で言うなよな!? というか、まず止めてくれ!」

 

 こうして俺は、周りから見ると非常に仲睦まじいカップルとして、実態としては枷をかけられて引きずられる奴隷のように、町へと出て行くのだった。

 

 

 

 

 

「そもそも、今はそんなに金はないぞ? ラインに戻ってからで良くないか?」

 

 エリザに引きずられてきた、アクセサリーショップ(装飾屋)。

 そこで俺は財布の中身と、にらめっこしながら、ぼやく。

 元々、母親の墓参りに来るだけの予定だったので、そんなに多くの金は持って来ていない。

 日々の生活費は、クラウディアにたかっている状態だしな。

 

「値段なんて関係ない。想いを形にして欲しいの」

 

 しかし、エリザはフルフルと首を横に振る。

 

「ねぇ、知ってる、クラウス?」

「何を?」

「アタシは初めてクラウスに会った時から、クラウスのことがずっと好きなんだよ?」

「ぶほッ!?」

 

 そして、俺の心に170㎞のど真ん中ストレートを投げ込んでくる。

 思わず、顔が赤くなってしまうが、これを平然と受け流せるほど、俺は女慣れをしていない。

 

「一目惚れって言うのかな? とにかく、会った時から好き、大好き」

「ま、待て! ここは外だぞ!? 人の目があるから、そういうのは家で……な?」

「クラウスはどう? アタシに初めて会った時、どう思ったの?」

 

 この一撃に全てを懸ける…! 

 そんな強い意志の籠った瞳が、俺を貫く。

 思わず、助けを求めて店主のおっちゃんの方に目を向けてみるが、グッとサムズアップされてしまう。

 『男を見せろよ?』こちらも、目だけで何を言っているのかが分かる。

 どうやら、俺に味方は居ないらしい。

 

「いや……まあ……可愛い…子だとは思ったけど……」

 

 事実だ。

 

(まあ、他の子供達を従えるガキ大将っぷりに、ちょっと引いたりもしたけど)

 

 ただし、他にも思ったことはあるが、こちらはお口にチャックをする。

 言わなくていいことを言って、藪蛇になりたくはない。

 

「フフ! 嬉しい……」

 

 どうやら俺は選択肢を間違えなかったようだ。

 エリザは頬をほんのりと染めて、はにかむ。

 ついでに、店主のおっちゃんも『これだよ、これ』といった感じで頷いている。

 こんな店を開いているだけあって、人の恋路を見るのが趣味なのかもしれない。

 

「ねぇ、クラウス。今はアタシのことをどう思ってるの?」

「だから……そういうのは……家で言ってやるから、勘弁してくれ」

「クラウスはわがままな娘(こ)って嫌い?」

「そういう言い方は卑怯だろ……」

 

 エリザの猛攻が止まることを知らない。

 俺と違って、策なんて練らない。

 圧倒的攻撃力で、本丸を攻め落としにかかる。

 そんな凄みが、彼女からは感じられる。

 

 後、おっちゃん。

 『今なら20%セール』とか書いた板をチラつかせて、俺の心を揺さぶりにかかるな。

 そんなにカップルのいちゃつきが見たいのか? 

 

「……好きだよ」

「どのくらい?」

「……大好きだよ」

「愛してる?」

「ああ、もう! 愛してるよ! 愛してる!! これで満足か!?」

 

 もはや、これは新しい拷問ではないか? 

 そんな思いが脳裏をよぎる程に、俺の心は恥ずかしさで支配される。

 店主のおっちゃんが、スタンディングオベーションをしているのも、更に俺の羞恥心を煽る。

 

 ……もう、いい加減満足して開放してくれ。

 そんな思いを込めて、エリザを見つめ返すが──

 

 

「──え? 全然だよ?」

 

 

 ──とてもいい笑顔で、否定されてしまう。

 

「あの……エリザさん? 俺、何かやりましたっけ?」

「むしろ、最近は何もしてくれないから、こっちからやってるんだよ?」

「何もしてないって……」

 

 そんなことはないだろうと、否定しようとするが言葉に詰まる。

 そう言えば、ラインに居る時はデートとかしてたけど、こっちに来ては暗殺対策とかで出来てないな。

 夜に関しても、まさか泊まらせてもらっている親戚の家で、一緒に寝る訳にもいかない。

 そこに来て、エリザ視点では俺はシェーネと浮気(冤罪)をしていた。

 ……不安に思っても仕方ないのかもしれない。

 

「最初に想いを形にして欲しいって言ったよね?」

「ああ、言ったな」

「……いつどこに居ても、アタシとクラウスが繋がっていられるって証拠が欲しいんだ」

 

 そうしたら、きっと不安は無くなるから。

 そう言って、エリザはキュッと弱々しく俺の手を握りしめる。

 俺の目の前に居るのは、一騎当千の英雄なんかじゃない。

 出会った時のままの、ただの可愛らしい女の子なのだ。

 

「たく……」

 

 俺はガシガシと頭をかく。

 こんな顔をされたら、今までの行動も許すしかない。

 男の弱点は女のお願いだって、相場が決まっている。

 

「店主。指輪をセットで頼む」

「任せろ。今なら50%オフで売ってやる」 

「はぁ……雰囲気もクソもないな」

 

 待っていましたと、良い笑顔で頷く店主を片目にやりつつ、俺は溜息を吐く。

 もうちょっと、こう……指輪を渡すときは雰囲気が大切だと思っていたんだがな。

 

「エリザ……もう、こんな恥ずかしいことを、表でやらせるなよ?」

「えー、どうしよっかなー? それは、クラウス次第かなー?」

「調子に乗るな」

「痛っ!?」

 

 ニマニマと、良くない成功体験を味わうエリザの額を小突く。

 よくよく考えると、以前も戦場で大勢の前で告白したな……本当にこういうシチュエーションを利用することを学んでないか、こいつ? 

 

「へい、お待ち」

「……アクセサリーショップで、飲食店みたいな声掛けされるとは思ってなかったな」

「うわ! これ、結構いいやつだよね? おじさん、本当に半額で良いの?」

「良いもん見せてもらったからな……本当はタダでも良いんだが、それやると、家の母ちゃんに殺されちまう……」

 

 どうやら、男が女に勝てないのは俺だけではなかったようだ。

 そう考えると、このおっちゃんにも親近感が湧いて来る。

 ……いや、やっぱ他人の恋路で、こんなに盛り上がれねぇわ。

 というか、おっちゃんのニヤついた顔を、ぶん殴りたい気持ちでいっぱいだ。

 

「ほら、クラウス。ちゃんとお揃いではめ合おうね?」

「ああ……」

「フフ、クラウス緊張してる? 可愛い」

「お、お前だって指が震えてるだろ?」

「え、えへへ……」

 

 教会での結婚式でもないが、やけに緊張して指が震える。

 エリザも揶揄っているが、しっかりと震えている。

 そして、おっちゃんがまるで神父のような荘厳な顔で、それを見つめている。

 ……なんだ、この状況? 

 

「もう二度と、こんなことやらないからな? 恥ずかしすぎる……」

「アタシ以外にあげる予定もないでしょ?」

「首を振れるわけがないだろ……」

 

 浮気を疑うことも無く、俺を信じきった顔で満面の笑みを見せる、エリザ。

 こういう顔をするから、昔から本気で怒れないんだよなぁ。

 

「はぁ……機嫌が直ったようで何よりで」

 

 その日から俺の左手の薬指は、銀の指輪によって生涯独占されることになるのだった

 

 

 

 

 

 クラウスは、恋愛に対して非常に情熱的だったと伝わっている。

 

 クラウディアからエリザが求婚を受けた際に、大勢の前で自分のものと宣言する。

 白昼堂々のデート。

 そして、ブランデンにあったとされる、装飾店の記述である。

 

 この記録は、店主自らが書き残したわけではないが、クラウスとエリザが有名になるにつれて、事あるごとに客に語っていたらしく、多くの住人が聞いたと伝わっている。

 

 店主いわく。

 

 ・クラウスとエリザは人目を気にせずに、堂々といちゃつく。

 ・好き、大好き、愛してる、とエリザに何度も囁きかける。

 ・指輪を与えるのは、後にも先にもエリザだけだと断言する。

 

 などと言った言動が、堂々と店内にて行われていたというのだ。

 私の専攻は当然のことながら、歴史なのだがこの時ほどタイムマシンを作りたいと思ったことはない。

 まあ、未来よりも過去に行きたいと思うのは、歴史家の総意であろうが、とにかく私はこの光景を実際に見てみたかった。

 

 さて、少し話が逸れたが、この逸話は当時から広く知られる形になっており、クラウスとエリザにあやかるために、多くの客が訪れて店は大変繁盛したという。

 

 クラウスのこの情熱的な態度は、今後も度々出てくることになるので、クラウスの性格を分析する上では非常に有用な情報となる。

 彼が何故、こうも情熱的な行動を堂々と行う性格になったのか? 

 その理由は恐らくは、幼い頃に家族が皆殺しにされた経験から来るものだろう。

 

 6歳にして天涯孤独。

 しかも、別れを惜しむ間もなく、目の前で親と兄達が首を刎ねられるという壮絶な経験。

 クラウスの心に深い傷を残したのは、現代を生きる我々からしても、察して余りある。

 

 日常とは当たり前ではない。

 ある日突然、終わりを告げるもの。

 クラウスの価値観が、そのようなものになっていたとしても何もおかしくはない。

 それはまるで、大災害で全てを失った被災者と同じように。

 

 故に、クラウスは想いを秘めることはせずに、いつどこであろうと愛を囁くようになったのだろう。

 そこにあったのは、羞恥心などではなく、純粋な愛情なだけのはずだ。

 その結果が、情熱的な告白として現れたのだろう。

 

 しかし、この情熱的な性格は半面、様々なゴシップにも利用されるようになってしまった。

 

 その最たる例が、クラウスは恋多き人間だったというものだ。

 シェーネの愛人説と同じように、クラウスはクラウディアとの間にも関係が囁かれることになる。

 これだけ堂々とした証拠があるというのに、こうした噂が生まれてしまうのは、有名税といった所だろうか? 

 

 当然、以前に否定したシェーネと同じように、クラウディアともクラウスは関係を持っていないはずだ。

 そもそも、二人は従姉弟同士。

 現代の法律でも婚姻は出来るとは言え、貴族間でも家柄を考慮するなどの事情が無ければ、まず起こりえない。

 

 だが、こうした噂が当時からあったのは、ある意味で仕方のないことかもしれない。

 理由としては、まず当時のクラウスは出自を隠していた。

 そこに、クラウディアが堂々と連れて来たのだ。

 

 結婚をしていないことで有名なクラウディアが、やっとのことで男を連れて来た。

 しかも、明らかにVIP待遇。

 単なる平民が、何日もヒンデンブルク家に泊まり込むわけもない。

 事情を知らない者達から見れば、もうそういうことにしか見えなかったのだろう。

 

 そうなると、クラウディアとエリザの二人の女性に、粉をかけているように見えるのだから悲しいものだ。

 誰よりも一途であったというのに、状況証拠から浮気の冤罪をかけられてしまったクラウスの無念は計り知れない。

 クラウスのような一途な人間であれば、例えどのような美女の誘惑であっても、心を揺らされないというのに、実に嘆かわしいことだとは思わないだろうか? 

 

 そして、こうした質の悪い噂というものは、クラウスだけに始まったことではない。

 

 クラウスはクラウディアの婚約者である。

 その噂と同時に、クラウスの正体について言及されたものが、もう一つある。

 それは、ラインハルトの隠し子疑惑だ。

 

 しかも、こちらは公的な記録にも残っている。

 さらに言えば、クラウディアとの関係性よりも、当時は信じられていた。

 

 何を馬鹿なと思ってしまうかもしれないが、先程も言ったようにクラウスの出自は伏せられていた。

 そして、親戚であるが故に、髪や顔立ちなどがヒンデンブルク家の人間とよく似ている。

 更に、前述したVIP待遇。

 もっと言えば、数年前にラインハルトの妻は亡くなっていた。

 

 これらが複合された結果が、妻が亡くなったので、浮気相手との婚外子を呼び寄せたのではないかという疑惑である。

 

 これはラインハルト、クラウスの両名にとって、非常に不名誉な噂だ。

 読者の方も、ラインハルトはさぞや、激怒したものだろうと思うだろう。

 だが、意外なことにラインハルトはこの件を耳に入れても、何も口にしなかったという。

 むしろ、それがどうしたという態度を取っていたとすら、伝わる。

 

 単に無視をしたと見ることも出来るが、一説ではこれはクラウスを守るためだったと言われている。

 

 クラウスは、ヴィクトワール家であることを隠していた。

 しかし、表舞台に出てくる以上は、過去を詮索される可能性は高い。

 そこで、ラインハルトは隠し子の疑惑を否定せずに、放置したというものだ。

 

 実際、当時の貴族の間では、クラウスをヴィクトワール家の遺児として疑うのではなく、ラインハルトの隠し子として疑う人間が多かった。

 これは、クラウスへの悪口で『妾腹』などという単語が、使われていた資料からも分かる。

 

 もちろん、当人達からすれば腸の煮えくり返る想いだっただろうが、死んだはずのヴィクトワール家の遺児として、疑われるよりはマシである。

 隠し子ならば、当時の貴族からすれば、それなりに良くあることで済む。

 そして、出自を隠している理由を、それ以上に追及されることがない。

 なにより、クラウスが不自然に、ヒンデンブルク家の面々と似ている説明にもなる。

 おまけに、クラウスの地位を上げる際に、下駄を履かせやすい。

 

 このようにして、クラウスやラインハルトは政敵達の目を欺いていたのだ。

 

 ただ、その反面として、これらの噂を否定することなく利用したせいで市井(しせい)にまで広がることは防げなかった。

 その結果として、好色などの不名誉な噂が、後世にまで残ることになってしまったのだろう。

 

 

 

 

 

「貴殿がクラウスだな?」

「は、はい、ラインハルト伯父上…!」

 

 数ヶ月ぶりに帰還したブランデンの主、ラインハルト・フォン・ヒンデンブルク。

 つまりは俺の伯父が、威圧感のある声で俺に声をかける。

 若干慣れてきたヒンデンブルクの屋敷ではあるが、今は完全に部外者の気分にさせられている。

 

「顔を上げよ」

「はい!」

 

 慌てて頭を下げていた状態から顔を上げると、まっすぐな瞳と目が合う。

 まるで獅子のようだ。

 思わず、そう思ってしまう。

 

「……コリーナ、ミハエル」

 

 だが、一瞬だけその威圧感が緩む。

 俺を通して、亡くなった妹を、俺の両親を懐かしむ瞳。

 

「伯父上?」

「何でもない。ヘルマン達から、既に此度の件のことは聞いている。大儀であった。ここに居る間は、必要なことがあれば私を父と思い、何でも言うがいい。もちろん、共に居る貴殿の友人達のこともだ」

「ありがとうございます」

 

 友人……まあ、ラインハルトは帰って来たばかりだから、そこまで詳しくは知らないのか。

 エリザは嫁だし、シェーネはなんか良く分からない居候なので、実態は友人とは違うのだが。

 

「ありがとうございます。ですが、これらは全て私を信じ、力を貸してくださった、ヘルマン様、クルト様、そしてクラウディア様のおかげ。私は知恵を少々お貸ししただけです」

「あまり、謙遜するな。謙遜は時に侮辱にもなる」

「いえいえ、出る杭は打たれるものですから」

「…………」

 

 俺が現代日本社会のことを思い出して、そう言うとラインハルトは黙り込む。

 あれ? ただ単にマジレスばかりしてたら、空気読めと言われたことを思い出しただけなのに……何故? 

 

「やはり……許せないかね?」

「伯父上が何を言っているか、私には分かりかねますが……」

「ここには、私と貴殿しかおらん。伯父と甥だ。隠すことは何もない」

 

 やっぱり、ラインハルトが何を言っているか分からない。

 だが、分かりませんとも言い辛い空気。

 よし、ここは。

 

「……恐らくは、伯父上と近い考えでしょう」

 

 何となく分かっている風に、同意する。

 相手が何言っているか聞き取れなかったときに、当たり障りのない言葉で会話を続ける技術である。

 そして、話を続けながら相手が何を言っているのか当てる、接客業における必須スキルだ。

 

「コリーナを、そして他の甥達を救えなかったことは、私にも責がある。唯一生き残った貴殿には、出来る限りの援助をしよう」

「感謝いたします」

 

 あ、何のことかと思ったら、家が潰された件か。

 なるほど、ラインハルトは『出る杭は打たれる』を潰された、ヴィクトワール家と捉えたのか。

 ……まずいな、何で助けてくれなかったんだと、ちょっと皮肉を言ってるみたいになったぞ。

 すぐに否定するか──

 

「私も帝都に居る間に、遊んでいたわけではない。ラインへ赴けぬ屈辱を晴らすべく、ヴィクトワール家をはめたと思われる者達の尻尾を追っていた」

「……まことですか?」

 

 マジかぁ……絶対に面倒ごとになる情報を聞いてしまった。

 というか、クラウディアと一緒でラインハルトも、家(うち)は嵌められたって認識なんだな。

 ひょっとして、本当に冤罪だったのか…? 

 

「ああ。貴殿も近い考えを持っていたようだが……恐らくは、明確な敵には今まで辿り着けなかっただろう。一族の恨みを晴らすには、奴らを血祭りにあげるしかあるまい」

「お、お言葉を、慎みくださいませ! 誰に聞かれているか、分かりません!」

「クラウス。貴殿も、もう隠す必要はない。共に、コリーナの無念を晴らそうぞ!」

 

 うわぁ……この人、絶対クラウディアの父親だ。

 客観的事実は掴んでないけど、自分の勘を信じて突き進むこの感じ。

 恋愛モードのクラウディアにそっくりだ。

 どうしよう……冤罪が事実でも、俺は復讐とかにそこまで興味はないんだけど。

 

「まずは、奸計を張り巡らせた、卑劣漢共を炙り出す! そして、ゆくゆくは全てを命じた皇帝を──」

「──口をお閉じください」

 

 流石にヤバいことを言いそうになっているので、強い口調で止める。

 人払いをしてあると言っても、内部にスパイがいたら終わりなのだ。

 皇帝に逆らうとか、風の噂でも伝わったら本当に不味いことになる。

 皇帝の怖さは先日のミュンヘン伯爵の件で、学んだばかりなのだから。

 

「まず、優先すべきは残った家族の命。それを危険に晒してまで、ことを行う必要がありますか?」

 

 取り敢えず、生きてる俺の命を大切にしてくれ。

 もう狙われることも無いんだから、静かに暮らせれば俺はそれでいいんだから。

 

「…ッ! ……すまなかった。貴殿の顔を見て、ついコリーナのことを思い出して、熱くなっていたようだ。家族を奪われた貴殿を急かすのは、酷であったな」

 

 そんな俺の気持ちが伝わったのか。

 もしくは別の考えに思い至ったのか、取り敢えず踏み留まってくれる、ラインハルト。

 

「……だが、それはそれとして貴殿にも……いや、貴殿だからこそ仇を知る権利がある」

「知るだけなら……」

 

 しかし、完全になかったことには出来ない。

 相手にここまでぶっちゃけさせてしまったのだ。

 今更、勘違いだったから足抜けさせてと言ったら、口封じされかねない。

 なので嫌々ながらも、話を合わせておく。

 

「まだ、確固たる証拠を掴めたわけではないが……ヴィクトワール家を冤罪に追いやった一人は──」

 

 そして、出来ることなら右から左に受け流したい情報が、告げられる

 

「──ハイムバッハ・フォン・ビューレンベルク侯爵。帝国でも屈指の武闘派の貴族だ」

 

 あー……これ、侯爵と敵対しないといけない感じか? 

 正直、復讐なんかよりもエリザと穏やかに暮らしたいんだけど。

 そんなことを、真剣そうな顔の裏側で考えていると、ラインハルトがさらに続ける。

 

 

「そして……顔の入(・)れ(・)墨(・)を見るに、貴殿の友人である──シェーネ・メルダリンの主でもある」

「え?」

 

 

 俺にとっては、そちらの方が驚く事実を。

 




次の章はシェーネがメインになると思います。
次回は16日に投稿します。

感想・評価の程よろしくお願いします。


作者のX→ https://x.com/tomatorute
今回は、シェーネの設定を呟いてます。
追記:すいません、10日の11時ごろまでURLがミスってました。今は大丈夫なはずです。
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