後世の歴史家いわく、俺は面従腹背の成り上がり復讐者らしい   作:トマトルテ

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第2巻
16章:帝国一武道会


 クラウス・フォン・ヴィクトワールが、ミュンヘン伯爵に与えた断罪の影響は、非常に大きなものとなった。

 

 ゲルマニウム帝国暦683年に起こった事件。

 クラウスが復讐の第一歩として、ロレンス・フォン・ミュンヘン伯爵を外患罪の人間に仕立て上げて、ヴィクトワール公爵家の皇帝殺害未遂の冤罪への報復として、同じように冤罪で処刑台へと送った事件は、帝国内に大いなる波紋を生み出した。

 

 特に皇帝ヨーゼフ側である貴族達の動揺は大きかった。

 

 皇帝の覚えがめでたかったミュンヘン伯爵ですら、確定的な証拠もなく始末されてしまった。

 この事件は自分達ですら、安全圏ではないと彼らに強く意識させることになる。

 ハイムバッハ・フォン・ビューレンベルク侯爵もその一人である。

 

 ブリュッセ侯爵家、ビューレンベルク侯爵家、ミュンヘン伯爵家。

 この三家はヴィクトワール家を冤罪に貶めた者達の中でも、特に重要な家だ。

 そして、クラウスの復讐の手によって断罪を受ける存在でもある。

 

 まずは、ミュンヘン家がやられた。

 そうなってくると、当然、次のターゲットはビューレンベルク家の番である。

 

 もっとも、この時のハイムバッハは、クラウス・ミュラーという偽名の人物の存在すら気づいていなかっただろうが。

 あくまでも、この時にハイムバッハが敵視していたのは、ヒンデンブルク家である。

 帝都ロンベルクにて行われた、ミュンヘン伯爵の審問会。

 その時に、直接壇上に登ったのは、クラウスの伯父であるラインハルトなのだから。

 クラウスではなく、ラインハルトのヒンデンブルク家に目が向くのは、当然のことであろう。

 

 しかし、ハイムバッハが、ビューレンベルク家がヒンデンブルク家を敵視する理由は、それだけではなかった。

 

 ビューレンベルク家は帝国で屈指の武闘派貴族である。

 その理由は実に単純。

 ヒンデンブルク家と同じように、国境を守り、異民族の侵入を防いでいるからだ。

 ヒンデンブルク家が西のフランソワ側の国境に位置するなら、ビューレンベルク家は北のノースマークの国境を守る要だ。

 過酷な環境で鍛えられた兵と、ビューレンベルクの一族は帝国最強の軍と言っても過言ではない。

 

 だが、ビューレンベルク家は侯(・)爵(・)である。

 ゲルマニウム帝国においてはヒンデンブルクの辺境伯より、地位が下だ。

 しかも、家柄の古さで言えば、ビューレンベルク家の方が古い。

 だというのに、侯爵だ。

 

 同じ役割だというのに、なぜ自分達の方が地位が低いのか? 

 実際に戦えば、自分の軍の方が強いという確信すらあるのに、何故? 

 強さこそが偉さであるべきだ。

 

 ハイムバッハのみならず、その先祖達も同じように考えて来たのは想像に難くない。

 簡単に言えば面白くないのだ。

 そうした理由から、ハイムバッハはヴィクトワール公爵家の皇帝暗殺事件の冤罪に加担した。

 

 強くもないのに、自分達の上に立つ公爵家を潰したい。

 さらに、財産を奪うことで財産を蓄え、同時にヴィクトワール家と婚姻関係であったヒンデンブルク家の力も削ぐ。

 同時に、皇帝ヨーゼフの力になることで、取り立てやすくしてもらう。

 そして、ゆくゆくは自分達が辺境伯である、ヒンデンブルク家をもしのぐ勢力になる。

 そんな青写真を描いていたのである。

 

 だが、皇帝ヨーゼフがミュンヘン伯爵を処刑した件は、そんな青写真を黒く塗り潰した。

 

 ヨーゼフはあくまでも、自身が制定した帝国法を用いてミュンヘン伯爵を裁いた。

 しかし、その光景は、ヒンデンブルク家のラインハルトの肩を持ったようにも見える。

 これが、ハイムバッハの目にどのように映ったのか? 

 

 彼がこれから行う愚かな行為を見れば、その考えはハッキリと読み取れる。

 

 皇帝ヨーゼフは、お気に入りであろうと容赦なく切り捨てる。

 今のままでは、ヒンデンブルク家が追い落とされる可能性は少ない。

 ビューレンベルク家が、皇帝の元で栄えられる確証もない。

 

 そんな疑心暗鬼だ。

 いくら忠実に仕えても、報われる可能性が低い。

 むしろ、邪魔になればミュンヘン伯爵のように、使い捨てられてしまう。

 甘い汁を啜っていた所に、コーヒーをぶちまけられたような気分である。

 

『愚かなるヨーゼフ』。皇帝ヨーゼフが、その名で呼ばれるようになってしまったのは、こうした部下への人心掌握術の無さも大いに関係しているであろう。

 

 このままでは不味い。

 状況を改善しなければとハイムバッハが思うのは、当然のことであろう。

 

 故に、ハイムバッハは動くことにした。

 繰り返すが、ビューレンベルク家は強さに自信があった。

 そして、ヴィクトワール家という格上を冤罪にはめた経験が、彼の心からブレーキを取り払っていた。

 

 

 そう。ハイムバッハは──皇帝すら排除出来る存在と定めたのである。

 

 

 彼が行おうとした、愚かな行為。

 それは、皇帝の暗殺だ。

 ヴィクトワール家での成功体験が、皇帝という地位にも刃が届くのではないかと思わせてしまったのである。

 

 そして、更に小賢しいことに、ハイムバッハは邪魔者に濡れ衣を着せることまで画策していた。

 

 かつてのヴィクトワール家の時のように、ヒンデンブルク家に皇帝の暗殺の冤罪を押し付けようと、考えたのだ。

 まさに、卑劣漢。

 帝国で最も精強な兵を持ちながら、やることは相手を罠にはめようとするもの。

 ビューレンベルク家がかつて治めた地である『フローズブルク』で、今なお汚点として語り継がれているのも納得である。

 

 さて、このハイムバッハの奸計であるが、前巻をお読みになった読者の方々なら、すでにお気づきであろう。

 クラウスが皇位の簒奪に成功したのは帝国暦690年のことなのだ。

 この年は帝国暦684年。クラウスが18歳の年である。

 

 結論から申し上げさせて頂くと、ハイムバッハの計画は当然失敗する。

 

 まあ、だからと言ってここで話を終えてしまうと、この本はここで最後のページとなってしまう。

 なので、皆様にはハイムバッハがどのように仕掛け、そしてどのように失敗したのかの過程をこの巻で見て頂きたい。

 しかし、結果の分かり切った本程つまらないものもない。

 故に、皆様に飽きることなく最後まで読んでいただくべく、興味を引くであろうことを述べせて頂きたい。

 皇帝ヨーゼフの暗殺を食い止めた人物は──

 

 

 ──クラウス・フォン・ヴィクトワール。

 

 

 家族の仇として皇帝への復讐を誓い、帝位を簒奪した稀代の復讐者、その人である。

 

 

 

 

 

「帝国一武道会(シュタルク・デア・インペリウム)? え…? なにそれ?」

 

 何だ、その天下一武道会みたいな名前の催しは…? 

 

「え? クラウスは聞いたことはないの?」

「エリザは知ってるのか?」

「名前ぐらいはアタシでも聞いたことがあるよ。大きな大会なんだって。でも、よく考えると、どういうものかは詳しくは知らないかも……何なの、アーサーさん?」

 

 ヒンデンブルク領のブランデンから帰宅して、しばらく経ったある日のライン城。

 俺はウッドベン伯爵からの説明に、首を捻る。

 エリザは聞いたことがあると言うので、10年ほど教会に幽閉されていた俺以外には、割と常識なのかもしれない。

 名前的には、何らかの強さを競う大会っぽいが、馴染みのない名前だ。

 

「う、うむ。帝国一武道会(シュタルク・デア・インペリウム)とは、その名の通り、て、各地域から人を集めて、帝国最強の人間を決める大会だ。優勝者は陛下との謁見が許されて、直接恩賞を頂けるよ」

「初代皇帝、神帝ルドルフ様が4年に一度の間隔で開催を始めた、由緒正しい大会なのですが……まあ、直接に参加をされる貴族か、帝都の人間でなければ、あまり馴染みのあるものではございません」

「なるほど……」

 

 ウッドベン伯爵とメイドのディエナさんの説明に頷く。

 4年に一度……オリンピックみたいなものか? 

 まあ、こっちは一国限定だから、正確には全国大会だが。

 

「て、帝国全ての侯爵以上の貴族が帝都ロンベルクにて、代表を引き連れて集う必要があるんだ……」

「もちろん、アーサー様が侯爵に出世したという訳ではございません。クラウディア様からのご推薦で、エリザ様をヒンデンブルク家の代表として、連れていきたいとご相談がありました」

「あー……まあ、クラウディアなら、エリザを選ぶか」

「クラウディアさん……多分、ラインハルトさんとかの意見を押し切ったんだろうなぁ」

 

 金髪縦ロールを揺らし、ドヤ顔で豊かな胸を張るクラウディアを想像して、苦笑いが零れる。

 代表に誰を選ぶかという話になったら、そりゃあ、クラウディアなら全力でエリザを推すだろう。

 現代で言えば、親会社から子会社の社員をヘッドハンティングするようなものだが……。

 

「因みに出場辞退とか、話を断ることは?」

「もちろん、クラウディア様の申し出は断ることは可能です。ですが、出場辞退は出来ません。必ず、どなたかを出場させる必要があります。帝国一武道会(シュタルク・デア・インペリウム)の決勝は、皇帝陛下自らが足をお運びくださる、帝覧試合となっております。陛下がご賢覧に来られる以上は、臣下である侯爵達も集うのが礼儀とされているのです。特別な事情が無ければ、不参加は原則禁止です」

 

 もしかして、これはあれか? 

 侯爵以上の謀反を起こせそうな人物を、4年に一回集めることで監視できるようにしたのか? 

 参勤交代みたいなものだろうか。

 もしくは、純粋にサボっていないか地方の戦力を確認したいのか。

 

「どうする、エリザ? 他の人に譲るか?」

「うーん……クラウディアさんには、よく…よく? 面倒を見てもらったし、ヒンデンブルクの人にもお世話になってるし……うん! アタシ、出場します!」

 

 手放しで恩人と言い切るには、ちょっと首を捻ることになるクラウディアだが、世話になったのも事実。

 後、俺の親戚なので、エリザも手助け自体はしたいのだろう。

 

「よし行ってこい。俺は一緒に行けないけど、ラインで精一杯応援してるからな」

「いえ、クラウス様も共に来るようにというのが、クラウディア様からのご伝言です。なんでも、大会の医療班として組み込んで連れて行くので、ちゃんとエリザ様を応援するようにとのことです」

「え?」

「そ、そもそも、共に行く予定でもなければ、エリザだけを呼んでいるよ……」

 

 言われてみれば……ウッドベン伯爵の言葉に頷くしかない。

 セットで扱われることが多いので、気にしていなかったが、よく考えると伝えるのはエリザだけでいい。

 だというのに俺も呼んだのは、最初から一緒に行けという意味だったのだろう。

 まあ、ここは素直にエリザの応援にいけることを、喜んでおくとしようか。

 

「まあ……はい。エリザが出ると言うのなら、私もついていきます」

「き、決まりだね。で、では、クラウディアへの手紙には、そのようにしたためておくよ」

「はい。それでは、旅の準備をしておきます」

 

 ウッドベン伯爵に頭を下げながら考える。

 クラウディアが無理やり気味に俺もセットで呼んだ理由を。

 

(そう言えば、クラウディアは皇帝が怪しいと疑ってたな……ヴィクトワール家は冤罪だって……直接、皇帝の姿でも見せたいんだろうか?)

 

 おまけに、ラインハルトの方は侯爵であるビューレンベルクが、俺の実家を冤罪にはめたって言ってたし。

 まあ、ミュンヘン伯爵の件で反省したので、確固たる証拠が掴めない限りは、こちらから積極的に敵対する気はないと伝えてはいるけど。

 現状の証拠はグレーゾーンなのだから、慎重に動きたい。

 

(生きてるヒンデンブルクのみんなが危ないなら、全力で手は貸すけど……死んだ家族のために、こっちから仕掛けるのはなぁ……ミュンヘン伯爵の時は、本人はどうなろうが知ったこっちゃなかったけど、無関係かもしれない他の一族まで巻き込んだのはミスだったな)

 

 本人はともかく、一族全員が死ぬ結果になったのは、流石の俺も反省したのだ。

 俺自身が皇后様の慈悲で見逃されているので、子供まで殺される事態になるのは勘弁である。

 ちょっと、中世的価値観の罰を舐めていた。

 あっさりと、族滅とかしてくるのは、やっぱりどうかと思う。

 次からは、しっかりと証拠を押さえてから動きたい。

 

 直接危害を加えに来たら? 

 容赦する必要は一切ないから楽だな。

 

(何にせよ、面倒ごとに巻き込まれないといいが……)

 

 

 

 

 

 ハイムバッハが皇帝の暗殺兼、ヒンデンブルク家への罪の押し付けを企んだのは第171回帝国一武道会(シュタルク・デア・インペリウム)の時である。

 この大会は4年に一度の間隔で開かれる、初代皇帝ルドルフが始めたものだ。

 ルドルフがなぜこのような大会を作り出したかには、諸説ある。

 

 ・侯爵達を強制的に自分の前に呼び出すことで、地方の状況を正確に把握するため。

 ・国境沿いに居ることの多い侯爵達の軍隊が、サボらずに真面目に鍛えているか確認するため。

 ・逆に力の強すぎる貴族を見つけ出して、監視するため。

 ・貴族間で適度にマウントを取らせ合うことで、貴族同士での連携を防ぐため。

 ・強制的に帝都に滞在させることで、地方から中央に金を巻き上げさせるため。

 ・領主自らが離れることが多くなるため、諸外国への備えとして防衛力を高める方に力が割かれて、帝国内部に反逆する力が残り辛いため。

 ・公共事業として建物を作る必要があったので、適当に理由を付けたものが続いただけ。

 ・単なる趣味。

 

 などの理由が上げられる。

 実際の理由はルドルフ本人にしか分からないだろうが、少なくとも上にあげたような効果があったことは間違いがない。

 

 各地の侯爵やその部下が残した資料に『一族の名声を高めるために必ず勝つ』、『あの一族にだけは負けられない』、『特産品を他の貴族に高値で売りつけるチャンス』といったやる気に満ちた声や。

『財政が厳しいが、無理をしてでも豪華にしなければならない』、『忙しい時期に自領を離れたくない』、『異民族の侵攻が心配』などと言った不満の声が出たりしている。

 

 そして、ハイムバッハのビューレンベルク家は、代々前者の方であった。

 

 強さこそが偉さであると考えるビューレンベルク家は、常に帝国一武道会(シュタルク・デア・インペリウム)で好成績を残して来た。

 優勝回数においても、歴代最多を誇る。

 

 故にハイムバッハは良く知っていた。

 帝覧試合。すなわち、決勝の舞台では観戦する皇帝・皇后の警備が手薄になることを。

 

 現代に残る、帝国一武道会(シュタルク・デア・インペリウム)の遺構は、有名なコロッセオそのものの形。

 天井のない外で行われるのが基本だ。

 大々的なイベントとして、帝国の威信を見せるように、貴族以外でも観戦することが許された。

 そして何より、帝覧試合という性質上、直接顔を出す必要性がある。

 

 警護の者が居るとは言え、十分に暗殺可能な距離感なのだ。

 

 ハイムバッハはそこを突くことにした。

 さらに、彼はヒンデンブルク家に罪を押し付けるために、自分達のアリバイを作ることにも余念が無かった。

 

 決勝の舞台で暗殺を行うということは、すなわちビューレンベルク家が決勝に居れば疑われづらいということだ。

 自分達の一族の晴れ舞台を、自分達で汚すわけがない。

 そんな自己弁護を用意しようとしたのだ。

 

 捕らぬ狸の皮算用。

 

 読者の皆様は、思わずそう考えたかもしれない。

 それもそうであろう。

 勝負事で、必ず勝てるものなどありはしないのだ。

 

 しかし、ハイムバッハには、ビューレンベルク家には確信があった。

 必ずビューレンベルク家が決勝の舞台に立つと。

 負ける訳がないと。

 

 なにか、イカサマでもしているのか? 

 

 否、もう一度言おう。

 ビューレンベルク家は強さこそが偉さと考える一族だ。

 帝国でも屈指の武闘派の貴族と、ヒンデンブルク家ですら認識している。

 

 すなわち──領主である自分達こそが、最強でなければならないという自負があるのだ。

 

 他の貴族とは鍛え方が違う。

 現代では虐待と呼ばれるであろう、スパルタ教育。

 獅子は我が子を千尋の谷に落とす。

 その言葉を真に受けたかのような、子育てを行ってきた。

 

 そして、遂にハイムバッハの子の代で、果てに到達したのだ。

 ビューレンベルク家史上、最強と呼ばれた戦士。

 その名も。

 

 

 ──マチルダ・フォン・ビューレンベルク。

 

 

 戦乙女のエリザと互角に渡り合ったと伝わる、ハイムバッハの娘である。

 

 

 

 

 

 クマとトラはどちらの方が強いのか。

 

 そんな疑問を抱いたことはないだろうか? 

 どちらも通常の人間では太刀打ちできない存在。

 人間の想像が及ばぬ領域の話である。

 

 しかしだ。

 クマとトラは生息域が被ることがある。

 サメVSワニなどよりも、非常に現実的な話だ。

 

 しかし、生息域が被るからといって、いつも争う訳でもない。

 野生はリスクを嫌う。

 どちらが強いかなどに興味があるのは、人間ぐらいのもの。

 彼らにとって重要なのは、生き残ることだけ。

 どちらが勝とうが、傷を負いかねない相手とは野生は戦わない。

 だが、生き残ることが至上命題だからこそ、二種がぶつかり合う時がある。

 

 それは、飢えた時だ。

 

 クマは限られた食料をトラから奪い取るために。

 トラは逆にクマから食料を守るために。

 ぶつかり合う。

 

 どちらが勝つかは、両者のコンディションにもよるだろう。

 もしくは、年齢・体格・環境。

 そうしたものが、勝利を決める。

 

 では、最初の質問に戻ろう。

 クマとトラはどちらの方が強いのか? 

 少々無理やりにでも、その問いに答えを出すのならば──

 

 ──トラだ。

 

 何故ならばトラは、時にクマですら捕食する最強のハンターなのだから。

 

 

「今戻ったぞ、父上」

 

 

 吹きさすぶ冷たい風が、開かれたドアを通り抜けて屋敷の中に吹き込む。

 

「おお、戻ったか。マチルダ」

 

 父上。そう呼ばれた、隻眼の初老の男性がドアの方に目をやる。

 そこには一人の少女が立っていた。

 

「狩りの成果は……言わんでも、その姿を見れば分かる」

「ああ。良い絨毯の材料が手に入った」

 

 凍てつく風に揺れる、長い白銀の髪。

 ネコ科の猛獣を思わせる、黄色の瞳。

 そして何より、その背に背負った獲物である──巨大なトラが目を引く。

 

「上々の出来のようだな。さて……少し話がある、獲物はそこら辺に適当に置いておけ」

「分かった」

 

 彼女は、マチルダはまるでネコでも投げるように、軽々しくトラを投げ捨てる。

 ミシリと床がきしむ音が、その重さを教えてくれる。

 どうやら、かなりの大物のようだ。

 

「帝国一武道会(シュタルク・デア・インペリウム)の時期なのは、分かっておるな」

「ああ。私達ビューレンベルク家が、最も重視する大会。この日のために、私の人生はあったと言っても過言じゃない」

「ああ、当然だな。お前は、帝国一武道会(シュタルク・デア・インペリウム)で優勝するために育ててきたもの同然」

 

 ハイムバッハがピシリと伸びた背筋のまま、マチルダを見つめる。

 マチルダは女だ。さらに言えば、跡継ぎには長男と次男が居る。

 普通の貴族であれば、どこかに嫁に出す政略結婚の道具扱いだったであろう。

 だが、ビューレンベルク家は違った。

 

 

「お前を幼少の頃に、森に置き去りにしたのは生命力を高めるため。命からがら帰って来たお前へ、徹底的に格闘・剣術・弓術・魔法を叩き込んだのは最強の戦士にするため。人だけではなく、トラと戦わせたのは人を超えた戦士にするため。そう、全てはビューレンベルク家が帝国一武道会(シュタルク・デア・インペリウム)の栄光を手にし続けるための行為」

 

 

 跡継ぎ以外は死んでもいいのだから、虐待染みた特訓を叩き込む。

 そして、運良く生き残れば最強の戦士が生まれる。

 そのような狂気の教育を行っていたのだ。

 

 マチルダには趣味はない。

 教養もない。

 友人もただの一人も居ない。

 18歳の貴族だというのに、恋人もいない。

 

 それらは全て、強さには無縁の事だから。

 

「お前の今の強さならば、決(・)勝(・)ま(・)で(・)は確実に行けるだろう。だが忘れるな? 窮鼠猫を嚙むという言葉もある。決して油断することなく、戦い続けるのだぞ」

「はい。『侮ることなかれ、怒ることなかれ、楽しむことなかれ』父上より教えてもらった教訓を胸に、必ず帝国一武道会(シュタルク・デア・インペリウム)を制覇してみせる」

「その意気だ。必ずや……栄光をビューレンベルク家にもたらすのだぞ……マチルダ」

 

 マチルダは、父が腹の裏に隠しているものを知らない。

 ただ大会に勝つことだけを考え、皇帝の暗殺など露も知らない。

 ましてや、ヒンデンブルク家に冤罪を擦り付けるためのアリバイに、自分が利用されることなど。

 

「ああ、父上の期待に絶対に応えてみせる」

 

 ただの戦士である彼女には、知る故が無い。

 




この巻はエリザが表で頑張って、裏でシェーネとクラウスが頑張る感じになりそう。
次回は23日に投稿します。
感想・評価の程よろしくお願いします。

作者のX→ https://x.com/tomatorute
今回は、クラウディアの設定を呟いてます。
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