後世の歴史家いわく、俺は面従腹背の成り上がり復讐者らしい   作:トマトルテ

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18章:予選

 

 第171回、帝国一武道会(シュタルク・デア・インペリウム)の予選を見た観客の記録には、このようなものが残っている。

 

『予選を見ただけで、誰しもが今回の決勝の顔合わせを予測することが出来た』

 

 誰しもが、今回の優勝者となるのは、あの二人だと分かった。

 そう、エリザとマチルダだ。

 彼女達の強さは他の者達とは、あまりにも隔絶していた。

 記録には、彼女達の印象も記されている。

 

『エリザ・ミュラーは業火であった。触れる者を皆、焼き払う荒々しい炎。ただ、前に進むだけで道が開かれる。圧倒的な力』

『マチルダ・フォン・ビューレンベルクは凍てつく吹雪であった。どのような小さい隙も、決して逃すことなく吹き抜けていく。研ぎ澄まされた技術』

 

 予選に居る者達も、各地から集められた猛者達。

 だというのに、彼女達を前にすれば大人と子供。

 いや、ゾウとアリのような差であったと、記録には残っている。

 

 単なる隔絶した力の持ち主というだけでも、注目を集めるだろう。

 しかし、彼女達はそれに加えて見目麗しい女性だ。

 屈強な大男達を、可憐な見た目の少女達が倒していくのは、さぞや痛快だっただろう。

 

 実際、この大会が終わった頃には、エリザの知名度は、以前とは比べ物にならないほどに上がっていた。

 可憐な戦乙女達の名は、帝国中に広く知れ渡ることになる。

 

 観客達は皆、感嘆の声を零した。

 一体どれほどの修練の果てに、この境地へとたどり着くのかと。

 騎士達は歯ぎしりをしながら、尋ねた。

 どのような、修練を積めばあなた方のようになれるのかと。

 

 エリザとマチルダは質問に対して、奇しくも同じように答えたという。

 

『特別なことは何もしていない』と。

 

 何もしていないとは、一体どういう意味なのか? 

 この記録を残した者は、二人の言葉の裏を見抜き、書にこのように残している。

 

『真の鍛錬とは、生活そのものと一体化したものを言うのだろう』と。

 

 つまり、二人の記憶にないという言葉は、特別なトレーニングを積んでいないという意味ではない。

 逆だ。日々、これが全てトレーニングだというのだ。

 

 一般人がランニングを10㎞すれば、今日は特別な練習をしたと思うだろう。

 しかし、マラソンランナーが10㎞を走ったところで、誰も特別な練習をしたとは言わない。

 それが当たり前だからだ。

 

 このように、エリザとマチルダにとっては、血の滲むトレーニングも当たり前の行為だったのだろうと、当時の人間は納得している。

 マチルダは名門、ビューレンベルク家の英才教育を受けて育った存在。

 エリザに関しては、村娘出身ではあるが、あの『絶剣のアーサー』に師事した経験がある。

 まず間違いなく、血の滲む特訓を行ってきたはずだ。

 

 実際に、エリザは剣をどのように学んだかと、聞かれた際に『私の剣の全てはウッドベン伯爵の下で学んだ』と回答している。更には、『自分より、ウッドベン伯爵の方が凄い』という言葉もしっかりと記録に残っている。

 

 これ程に圧倒的な力を持つというのに、エリザよりもウッドベン伯爵の方が凄いという言葉は、瞬く間に帝国中に広がり、ウッドベン伯爵の名声を確固たるものにしたという。

 

 非常に歯がゆいことに、『絶剣のアーサー』の通り名通りに、ウッドベン伯爵が実際に戦った記録は残されていない。

 しかし、『戦乙女のエリザ』がこれ程までに言う以上は、贔屓目を抜きに見ても隔絶した実力だったことに疑いはない。

 いつの日にか、ウッドベン伯爵の戦闘記録が見つかるように、私達歴史家は祈るばかりである。

 

 

 

 

 

「き、緊張したー……」

「予選の試合より、質問に答えている時の方が緊張してたな」

 

 帝国無双もとい、予選が終わって帰って来たエリザが俺の顔を見て、ホッと息を吐く。

 流石はエリザと言うべきか、その圧倒的な力は周囲の注目を集めるには十分過ぎた。

 同じく、帝国無双していたマチルダと一緒に、異例のインタビューを先程まで受けていたのだ。

 俺達とは別の場所で、貴族の相手をしているラインハルトも、満足そうな顔をしているのが見える。

 

「あの……クラウディアさん? アタシの受け答え、あれで大丈夫だったですか?」

「問題ありませんわ。無礼に当たる行為などはなかったですわよ。試合前にしっかりと、教えたかいがあったというものです」

 

 不安そうに、マナーなどは大丈夫だったかと聞くエリザに、クラウディアが太鼓判を押す。

 どうせ優勝するのはエリザだから、今のうちにインタビュー内容を考えておこうという、実に前向きなクラウディアの判断だったが、思わぬところで役に立ったので、気を抜くなとも言えない。

 相変わらず、勘だけは確かな奴だ。

 

「それにしても……本当に特別なことは何もしていないのですか? 話を聞くに、ビューレンベルク家などは、幼少期から、凄まじいスパルタ教育を行っているそうですが」

「本当に何も……そうだよね、クラウス?」

「まあ、お前はガキの頃から、クマと殴り合ってた天才だからなぁ……」

 

 特別なトレーニングをしていないのは事実だ。

 生まれながらの絶対強者、それがエリザである。

 いや、クマとの河原での殴り合いは、特殊トレーニングだろと言われたら、頷くしかないが。

 

「でも、本当に剣術とかは全部、アーサーさんの所に来てから教わっただけだし。それに、アタシなんかよりも、領地を治めるアーサーさんの方が凄いと思うし」

 

 エリザの自己評価は低い。

 というよりも、余りにも当たり前すぎて、特別だという感覚を得られないのだろう。

 呼吸をすることを一々自慢したりなどしない。

 エリザにとっては、強さというのはその程度のものなのだ。

 

「それに、マチルダちゃんも特別なことは、何もしてないって言ってたよ?」

「それは……いえ、相手を知りもしないのに、想像で決めつけるのはダメですわね」

 

 クラウディアが、エリザのマチルダも同じだったという言葉に、事前知識からツッコミたそうにするが、言葉を飲み込む。

 ビューレンベルク家とは言え、エリザと同じ天然の怪物の可能性もあるのだから。

 相手は、血の滲む特訓をしてるんですよとは言えない。

 

「そんな、あなたにいいお知らせよ、クラウディア?」

「シェーネさん! ……情報収集から戻ってこられたのですね?」

 

 そして、そんな微妙な空気を破壊するように、情報収集に出かけていたシェーネが帰ってくる。

 

「マチルダのことが知りたいんでしょ? ハイムバッハは流石にガードが堅かったけど、こっちは比較的楽だったから、先に情報を手に入れられたわよ」

「……なんか、お前が真面目に暗殺者みたいなことしてるの、初めて見るな」

「はい、そこ。無駄口叩くなら教えてあげないわよ。それに、好き好んで見せるものでもないでしょ?」

 

 少し増量したシェーネだが、動き自体は健在らしい。

 俺の頭をペシッと叩きつつ、マチルダの情報を語り始める。

 

 

「まず年齢は18歳、身長168㎝、バスト8──」

「そこら辺は、省略してくださって構いませんわよ」

 

 

 なんか、どうでもいい情報を語り始めたシェーネを、クラウディアが止める。

 いや、個人情報を突き止めたのは凄いけど、今は別に要らない……。

 

「そ。じゃあ、代わりに……マチルダはビューレンベルクからは、放任されてるわね」

「まあ……お付きの者もおらずに、単独で行動している時点で予測はしていました」

「受付も自分だと分からなかったしね」

 

 マチルダは侯爵家の令嬢。

 つまりは、クラウディアとほぼ同じ立場だ。

 だというのに、単独で行動しているのだから、実家が放任主義なのが窺える。

 

「見ていても、ずっと一人で居る感じ。予選も誰も応援に来てないわ。普通、娘の晴れ舞台ぐらい見に来るものじゃない? それとも、貴族ってこんな冷たい感じなのかしら」

「失礼ですね。確かに、忙しいことや立場上応援が難しいことはありますが……それでも同じく血の通った人間です。愛する家族を応援する気持ちは持っています」

「まあ、あの無双具合を見ると、別に応援は要らないって思ったんじゃないか? ビューレンベルク家って優勝候補常連なんだろ?」

 

 勝って当たり前。

 だから、応援する必要もないとばかりに、マチルダに応援はなかったらしい。

 正直、応援してやれよと思わないでもないが、そこは家族同士での価値観次第だろう。

 

「それは考えられますね。私(わたくし)もここに来るまでは、エリザさんに比肩する方が居るとは、夢にも思っていませんでしたから」

「……そう言えば、クラウディアさん的にはマチルダちゃんって、英雄判定は出さないの?」

 

 エリザに近い存在。

 そう呟くクラウディアに、エリザが暗に求婚はしないのかと尋ねる。

 

「あら、嫉妬ですか?」

「クラウディアさんって時々、会話が通じなくなる時があるよね?」

 

 黙って答えろよ。

 そんな思いを込めた言葉をぶつけつつ、エリザがクラウディアに呆れた目を向ける。

 

「コホン。確かに、マチルダさんは英雄と呼ぶに相応しい実力の持ち主ですが……」

 

 軽く咳払いをして、クラウディアが真剣な顔で答える。

 

「──お顔が勇ましくないのです」

「結局、顔かよ!」

 

 顔が好みじゃないという、実に単純な理由を。

 

「勘違いしないでくださいまし、クラウス。私(わたくし)は顔の美醜を言っているのではありません。魂から顔に滲み出る、人の本質を語っているのです」

 

 なんか急に、スピリチュアルなことを言い出したな。

 そんな呆れた目を他の全員で向けるが、クラウディアは大真面目だ。

 豊かな胸の前で腕を組んで、自信満々な笑みを浮かべる。

 

「エリザさんのお顔が生まれつきの獅子とすれば、マチルダさんのお顔は、生まれたての子ネコ。まだ、何も知らないような無垢さも美しいですが、私(わたくし)の好みはそこではありませんので」

「子ネコって……俺には良くてトラにしか見えなかったぞ」

 

 もしくは、チーターかジャガー。

 淡々と獲物を狩るハンターというのが、俺から見たマチルダのイメージだ。

 

「子ネコ……ちょっと分かるかも」

「あれ見てもそう言えるって、あなたも物好きね、エリザ」

「いや、クラウディアさんとは違う理由だからね!? シェーネさん!」

 

 しかし、どうやらエリザには、納得できるものがあったらしい。

 

「なんて言うかな……強いんだけど、まだ子供みたいな……ああ。そっか、分かった」

「何が分かったんだ?」

「寂しそうなんだ。家で留守番をしてる妹とか、弟を見てる気分。抱きしめたくなる感じ」

 

 エリザが家族のことを思い出しながら、呟く。

 寂しそう。

 シェーネから教えられた、放任されているという事実からも。あながち遠くはない。

 

 孤独を嫌っているのか。

 それとも、親の帰りを待ち侘びているのか。

 それは分からないが、マチルダが寂しがっているのは事実なのかもしれない。

 

「寂しそうね……孤高じゃなくて、孤独なのね。ボッチでいるけど、本当は友達でも欲しいのかしら?」

「立場が立場。本当の意味で近くに居られる人間は少ないのでしょう。私(わたくし)も、友人は多い方ではありませんので」

 

 それは令嬢の立場というよりも、クラウディア自身の問題じゃないのか? 

 見合いを断わり続ける変わり者な姿を知っているので、思わずそう思うが空気を読んで黙る。

 今は他に聞くべきことがあるのだ。

 

「……なあ、クラウディア。マチルダも復讐対象に入るのか? あいつも俺と同い年なら、当時は6歳。冤罪事件に関わっているはずがない」

「それは……」

 

 ビューレンベルク家を復讐対象として調査するのならば、当然、マチルダもそこに入る。

 仮に、完璧な証拠が見つかれば、この時代なら裁判にかけるだけで族滅だろう。

 ミュンヘン伯爵の時のように。

 

 クラウディアの眉間に皺が寄る。

 せめぎ合い、深く悩むように。

 

「クラウディアさん」

「エリザさん…?」

 

 そこへ、エリザが何かを決めたように声をかける。

 

「……アタシがマチルダちゃんと戦うまで、待ってください。戦えば、何かが分かるかもしれないから」

 

 自分がマチルダと戦うまでは、証拠を見つけても動かないで欲しいと。

 しっかりとした舞台で、お互いにぶつかり合ってみれば、分かり合えるかもしれないと。

 エリザはまっすぐな瞳で告げる。

 まるで、本物の英雄のように。

 

「だから、もう少しだけ待ってください。絶対に決勝まで行くので」

「……もともと、エリザさんは巻き込まないと、クラウスと約束していましたもの。ヒンデンブルクの名に懸けて、約束は違えませんわ」

「いいわねー、そういうの。拳と拳の会話ってやつ?」

 

 クラウディアが微笑み、シェーネが笑う。

 そうだな。エリザはこういう奴だ。

 クマと河原で殴り合って、友情を深める女なんだ。

 変な策謀なんて似合わない。

 

 そういう、ずる賢いのは俺の仕事だ。

 

「クラウス」

「ああ、お前が全力で戦えるように、俺も全力で応援してやるさ」

 

 さて、俺もエリザ(嫁)の願いを叶えるために、ちょっとだけ頑張るとするか。

 

 

 

 

 

「ハイムバッハ! どういうことだ!」

「何の話だ、ウェルケン?」

 

 間者が入り込めないように、厳重に封鎖された部屋の中。

 クラウス達に突っかかっていた、ウェルケン・フォン・バウムがハイムバッハに食って掛かる。

 

「何の話だと…! お前がヒンデンブルクに絡んで因縁を作れと言うから、わざわざ粗暴な人間をけしかけさせたのだぞ? だというのに、お前の娘が邪魔をしてくるとは何事だ!?」

「儂(わし)の娘が? 知らんな」

 

 とてもではないが、貴族とは思えない品のない行い。

 それを行っていたのには理由があった。

 それは、ハイムバッハからの指示だ。

 

「惚けるな! マチルダ・フォン・ビューレンベルクはお前の娘だろう! ヒンデンブルクの娘をたきつけて、いざこざの火種を作ろうとしたのを、こちら側が潰してどうする!?」

 

 ヒンデンブルクに皇帝暗殺の罪を押し付ける。

 そのために、適当でも良いので暴れる理由付けをしたかったのだ。

 しかし、それはマチルダの勘違いにより、荼毘(だび)に付した。

 哀れ、ロン毛野郎。お前の犠牲は忘れない。

 

「マチルダは放任している。あれには、強さ以外の教育は施していない。変に計画に関わらせた方が面倒だ」

「関わらせないにしても、騒ぎを起こすなと伝えておけ!」

 

 ウェルケンのド正論。

 しかし、論は正しいが、どの口が言っているというものでもある。

 そんな、矛盾たっぷりの言葉に対して、ハイムバッハは。

 

 

「──娘に負ける弱い奴を選んだ、貴様が悪いのだろう」

 

 

 弱い奴が悪いとだけ告げる。

 

「な…!」

「そもそも、終わったことで一々文句を言ってくるな。さっさと、次のことに頭を切り替えろ。でなければ、戦場では生き残れんぞ」

 

 ハイムバッハの、ビューレンベルク家の思考は、常に戦場を生きる者の思考だ。

 失敗した、奇襲を受けた、仲間が死んだ。

 そんな時に、まず行うのは文句を言うことではなく、次にどうするかを考えることだ。

 終わったことを引きずって生きていられる程、戦場は甘くはない。

 

「最終的に、皇帝暗殺の後にヒンデンブルクだけが浮いていればいい。帝覧試合に一人だけ遅刻でもさせれば、仕掛けた犯人として冤罪を押し付けられる。反論は武力で押し切る」

「……単純すぎる。陛下を暗殺するのだぞ?」

 

 脳筋。そうとしか言えない作戦に、ウェルケンは絶句する。

 

「そうだ。ヨーゼフを暗殺するのだ。頭を失った軍隊程脆いものはない。混乱の中で主導権を握ってしまえば、どうとでもなる」

「どう考えても、混乱の中で迅速に動いた私達に疑いの目が向くだろう…?」

「逆らうならば、斬るまでだ」

 

 ゴツゴツとした手で、剣の柄を撫でながらハイムバッハは唸る。

 皇帝を暗殺する気ではいる。ヒンデンブルクに罪を押し付ける予定もある。

 だが、結局の所、彼は力の信奉者だ。

 暗殺がクーデターに変わったとしても、勝つ自信がある。

 ただ単に、その方が楽に終えられるから、策を使っているだけだ。

 

「それにだ。儂は疑われないアリバイを作るつもりだ」

「アリバイだと? どうするつもりだ」

 

 ハイムバッハが立ち止まったまま、掌の上に魔法で風の渦を生み出す。

 

「風魔法? 確かに、他の魔法と違い視認し辛いが……如何に、魔法の名手のお前でも陛下の護衛を切り抜けて、魔法を当てることは出来ないだろう」

「ヨーゼフも、他の侯爵共も、決勝の舞台も、まとめて消し飛ばす故、問題ない。ヒンデンブルクだけには、遅刻してもらうがな」

「何を…言っている…?」

 

 全員吹き飛ばすという宣言に、ウェルケンが困惑した表情を見せる。

 暗殺って、もっとこう……静かな感じじゃないのかという顔だ。

 

「風は、空気は、圧縮してから解き放つと、暴風となる。それを利用する」

「風で周囲を巻き込む爆破でも起こして、帝覧試合で陛下の暗殺を狙うということか? 確かに、それならば、自分も他の人間も巻き込むことになるので、犯人の特定に時間はかかる。その場に、不自然にいなかったヒンデンブルクに、疑いの目も向くだろうが……」

 

 全員を巻き込んでの爆破だからこそ、アリバイとなる。

 理論は、まあ分かる。自分もやられたという主張は、強力だろう。

 さらに、爆破にヒンデンブルクだけ巻き込まなければ、あいつが犯人だとも言いやすい。

 理屈は通っている。通っているのだが。

 

「それでは自爆……どう考えても、爆心地のお前が一番に死ぬだろう?」

 

 完全な自爆技である。

 腹に手榴弾を括り付けて、敵に突っ込む火の玉特攻そのものだ。

 命の保証など、どこにもない。

 

「案ずるな」

「ああ……自分だけは防ぐ手立てがあるのか。もしくは、他人にやらせるのか?」

 

 しかし、ハイムバッハは首を振って、自信満々に対策を答える。

 

 

「──儂が爆破に耐えきれば、いいだけの話だ」

「なるほど……つまり──お前は馬鹿なのだな?」

 

 

 脳筋全開な回答を。

 ウェルケンの容赦ない罵倒が炸裂するのも、仕方のないことだろう。

 

「傷が無ければ、疑われるだろう。だが、傷を負った上で生き残れば誰も疑わん」

「こちらは、お前の正気を疑っているが?」

「鍛え上げた肉体ならば、耐え切ることも可能なはずだ」

「もっと、頭脳を鍛えるべきだな、お前は」

 

 思わず頭を抱えてしまう、ウェルケン。

 皇帝を暗殺して、更なる上に行こうという野望を抱いたのが悪かったのか? 

 昔馴染みだからと、安易に手を組んだのが悪かったのか? 

 

 もっと、手を組む相手を選べばよかったと思うが、後の祭り。

 今更、密告したところで、ハイムバッハが真実を言えば、同罪で死刑になるのは確定だろう。

 

「そもそもの話……周囲の人間を殺す程の爆破で、本当にお前は死なないのか? 同盟相手に死なれても困るのだが」

「それも案ずるな。儂が死んだ場合は、息子が後を継ぐことになっている。問題はない」

「…………」

 

 またもや、サラッとした答え。

 自分の死すら肯定する行為に、ウェルケンは何も答えられなかった。

 

「お前は……自分が死んでもいいのか?」

「死ぬような柔な鍛え方をしてきた儂が悪いだけだ。それに、儂が死んでもビューレンベルク家が栄えれば、それで問題はない」

「そこまで……」

 

 皇帝を暗殺する。

 すなわち、これは帝位を狙った策なのだ。

 自分の一族が玉座に座れる可能性がある。

 ならば、命ぐらいは惜しくとも何ともない。

 

「貴様も命程度は懸けてみせろ。栄光は血濡れた手でしか掴めぬと知れ」

 

 ハイムバッハの鋭い瞳が、ウェルケンを射抜く。

 ハイムバッハは脳筋だ。馬鹿と言って差支えが無い。

 だが、その力だけは確かな魅力があった。

 

「分かった……今回の件は水に流すとしよう。だが、忘れるな? 私達は同盟者ということをな」

「ならば、馬車馬が如く働くのだな。やるべきことは、まだいくらでもある」

「当たり前だ、お前のような脳味噌まで筋肉の人間に、計画の全てを任せる気はない。次はこちらから提案させてもらう」

 

 二人が手を握り合う。

 それは、血濡れの結束。

 何かを手に入れるためには、鉄と血こそが必要なのだという──

 

「フン。弱い人間は大変だな」

「黙れ、おかしいのはお前達一族の方だ」

 

 ──鉄血の誓いなのだった。

 

 

 

 

 

 帝国暦684年。

 ビューレンベルク家とバウム家は皇帝暗殺未遂の罪により、お取り潰しになる。

 そして当然、ハイムバッハとウェルケンの両当主は、首を刎ねられ処刑された。

 

 彼らは、帝国一武道会の決勝。

 すなわち、エリザとマチルダの試合を見ていた皇帝ヨーゼフを、辺り一帯ごと爆破に巻き込もうとした罪で処刑されたと記録にはある。

 

 これはヨーゼフのみならず、皇后カトリーナ。

 さらには、他の侯爵達も巻き込む、大掛かりな暗殺計画である。

 恐らくは、皇帝暗殺後に速やかに帝国を支配するために、邪魔な侯爵達の排除も狙ったのだろう。

 同時に、被害を被った侯爵達のヘイトを、ヒンデンブルクに向けさせる意図もあったのではないかと、考えられている。

 

 しかし、すでに記述してあるように、この暗殺計画はクラウスの手で未然に防がれることになる。

 彼は、ヒンデンブルクの医療団の一員として、帝国一武道会に来ていた。

 そして、幸か不幸かハイムバッハは、ヒンデンブルクに冤罪を押し付けるために会場から遠ざけようとした。

 

 つまり、クラウスに裏で動く時間を与えてしまったのである。

 

 詳しくは、後で記述するがクラウスはハイムバッハ達の策を未然に防いで見せた。

 そして、多くの観客と皇帝の前で、堂々とその悪事を暴いて見せたのである。

 当然、ヨーゼフや他の侯爵達は、ビューレンベルク家とバウム家に対して激怒。

 

 長年の栄華を誇った両家は、お取り潰し。

 領地、財産、兵士も没収。

 そして、両家の人間は、一族郎党処刑の憂き目に遭う。

 

 

 当然、マチルダもまた──処刑を宣告されたのだった。

 




次回の投稿は10/7になります。
感想・評価の程よろしくお願いいたします。

今回はクラウスの設定を呟いています。
作者のX→ https://x.com/tomatorute
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