後世の歴史家いわく、俺は面従腹背の成り上がり復讐者らしい 作:歴史家
『私の人生において、最大の敵が何だったかと聞かれれば、それは退屈と答える他あるまい』
出典:“ヴィクトワール朝・編纂帝史~クラウス・フォン・ヴィクトワールの御言葉~”より。
上の言葉は、クラウスが後年にお抱えの歴史家に語った言葉とされる。
言葉だけ抜き取れば、彼はいつも刺激を求めていた人間に見えるかもしれないが、そうではない。
彼は激動と波乱の復讐と簒奪を終えた後は、基本的に自分から動こうとはしなかった。
あくまでも、次の代への引継ぎに備えて、簒奪者である自らの地盤を固めていたと言われる。
何より、彼は非常に我慢強い人間だと前の章で語った通りだ。
では、一体彼は何を指して退屈が敵と言い切ったのか?
この発言は後世の歴史家の頭を悩ませる問題となっている。
もちろん、私もその一人である。
クラウスお抱えの歴史家は、その退屈が何であるかを書に残さなかった。
ただ、『陛下は苦笑いをしながら答えられた』と短く記されているだけである。
この退屈問題であるが、答えはないし、悩むことも多いが、実は私達歴史家の意見はおおよそ一致している。
これは教会に囚われていた時代を、指しているというものだ。
ここで読者の方々には勘違いして欲しくないので、先に語っておくが、クラウスは別に自ら過ごした教会のことを嫌っていない。
むしろ、自分の結婚式をこの教会で行うと言い切る程に、恩義を感じていた。
イーダ・グナウゼンのことを師と呼ぶ程の関係で、非常に良好であったと、様々な書に記されている。
では何故、我々歴史家達が口をそろえて、この教会時代を退屈と呼んでいるのか。
それは非常に単純な話である。
──彼はスマホやネットを失った現代人である。
もちろん、これは例え話だ。
クラウスの時代にそんなものがあるわけが無い。
これは完全に、筆者の妄想の例えになるが許して欲しい。
しかし、読者の方々に簡潔に伝えるには、これしかないと考えたのだ。
これは時代背景もある。
当時の貴族と平民の違いは何かと聞かれれば、それこそ、この本の倍の量は書く必要がある。
だが、ここではあえて娯楽の有無と断言しよう。
これは、今の若者よりも、私達年寄り世代の方が逆に伝わりやすいかもしれない。
昔はお金が無ければ、車やギャンンブル。酒やタバコなどの嗜好品が得られなかった。
そして、私達世代には娯楽と言えば、それぐらいしかなかった。
クラウスは当然、我々よりもはるかに昔の人間だ。
娯楽がさらに少なかったのは、純然たる事実であろう。
そこから、彼は平民より自由の無い幽閉の身となったのだ。
娯楽に金を使える状況であるわけがない。
元が公爵家という恵まれた環境、しかも年の離れた末っ子。
金に糸目をつけずに、娯楽を与えられていた環境から一転。
記録にある、動物好きだった幼いクラウスのために、父ミハエルが誕生日プレゼントとして個人所有の動物園を作ったという話も踏まえれば、まさに天国から地獄である。
クラウスは若い頃には文句ひとつ言わなかったが、囚われの身で退屈を感じていたことは、想像に難くない。
何より、後年の彼は芸術活動や娯楽文化の普及に、資金を惜しみなく使っていた。
自らが案を出したことも珍しくない。
彼が案を出した最も有名なものに、今の競馬の原型となったものが上げられる。
これは一般的には軍馬の育成のためと言われているが、良くお忍びで参加していたという逸話が残っているので、おそらくは趣味でもあったのだろう。
因みに、彼に賭け事の才能はなかったらしく、彼の帰り際の背中はいつも煤けていたと伝わっている。
もしかすると、一生分の運を皇帝になることで、使い果たしてしまったのかもしれない。
さて、少し話が逸れたが、そんな退屈な教会時代ではあるがクラウスは漫然と過ごしていた訳ではない。
むしろ、この時代こそが、クラウスの成り上がりの原動力になったと言われる。
この先、幾度もクラウスの命の危機を救うことになる、治癒魔法。
この地で結ばれた民達との絆。
そして何より──
──後のクラウスの皇妃、エリザ・ミュラーとの出会いである。
(暇だ……スマホとネットが恋しい……)
帝国暦678年。
12歳になった俺は、教会に置かれた医務室の椅子に座りながら、ボケーと天井を見つめていた。
初めの頃は、慣れない平民生活やイーダの厳しい躾で忙しかったが、それも6年もすれば慣れる。
そうなると、どうなるか?
「誰か来ないかなぁ……暇だ」
暇になるのだ。
中世に近いファンタジー世界なので、生きるのに大変なのは事実。
だが、残念なことに俺は幽閉中の身。
ちょっと山まで芝刈りになどすら言えない。
動ける範囲は教会内部と、裏庭の畑ぐらい。
それも、外に出る時は監視付きという条件あり。
そりゃあ、暇にもなるというものだ。
「マーブル婆さん、この前痛めた腰大丈夫かな。ジット爺さんは五十肩楽になったかな」
だが、俺にも唯一許された娯楽がある。
それはおしゃべりだ。
(田舎の爺さん婆さんが、何であんなにおしゃべりだったのか、今なら良く分かる。やることがないから、おしゃべりして時間を潰すんだよな……まさか、病院の寄り合いでしゃべってる年寄りの気持ちを、理解出来る日が来るとは思わなかった)
教会の医務室に来た人と、喋って時間を潰すのだ。
何故教会に医務室が?
ファンタジー世界で回復と言えば教会だろ。
というわけで、イーダに治癒魔法やその他の薬草などの知識を叩き込まれたのだ。
働かざるもの食うべからず。
そんな教育方針の結果、外に出られない俺はこうして医務室で働く役目を与えられたのである。
まあ、コンビニのレジで、接客するのは慣れてるからいいけどさ。
(俺も攻撃魔法でカッコよく戦いてーな)
内心でぼやくが、残念なことにそんなものは教えられていない。
何故かって? 反乱を起こされたら困るからだよ。
イーダは、まだ子供だから危ないという理由を言っているが、流石に分かる。
だって、教会にある本を全て読んでも、攻撃魔法が1つも出てこないんだぜ?
明らかに俺の対策として排除されている。
反乱分子に、その機会など与えるつもりはないということなんだろう。
まあ、下手に疑われてやっぱり処刑と言われても嫌なので、それ以上の詮索はしていないが。
「とにかく暇だ。もう一度、薬草の本でも読みなおすかな……」
俺はノロノロと本棚に手を伸ばして、本を手に取る。
勉強好き? いや、他にすることが無い状態で、本があったら読むだろ、普通?
スマホが出たことで、本が廃れたのなら、逆に言えばスマホが無くなれば、また本が主役に戻る。
とにかく、室内で時間を潰すには、本や勉強は最適なのだ。
俺は別に勉強や本が好きなのではない。暇が嫌いなのだ。
「クラウスー! クラウスいるー? また、怪我したから治してくれない?」
そうして、本を読み始めた時だった。
バタバタと教会に似つかわしくない足音。
甲高い子供の声。
俺はその音に苦笑いを零す。
「ふー……客は望んでいたが、お前は少し遠慮しろ」
バタンと、大きな音がして医務室の扉が開けられる。
パタンと、読みかけの本を閉じて俺はため息を吐く。
「で、エリザ? 今度は何をして怪我したんだ? 他の子との喧嘩か? それとも、木登りでもして落ちたか?」
振り返って、俺は同い年のお転婆少女を見つめる。
動きやすいように切られた茶色の髪。クリッとした黄色の瞳。
エリザ・ミュラー。この村のガキ大将だ。
活発な見た目に違わず、良く怪我をしてこの教会に顔を出す。
「それがさー。ハチミツを取ろうとして、ハチの巣を落としに行ったらさ」
「ハチに刺されたのか? いいか、ハチは基本的に夜には動かないから、夜に──」
「同じようにハチの巣を狙ってたクマと鉢合わせしてさ、喧嘩になったんだよね」
「──早く傷を見せろ、馬鹿」
俺はポロリと本を落として、慌ててエリザの様子を確認する。
「大丈夫だって、クマには殴り勝ったから」
「なんで、子供がクマと殴り合って勝てるんだよ?」
何でクマと戦闘して普通に生きて帰れてるんだよ、こいつは。
しかも勝ってるし。
村人レベル99か?
「というか、怪我したから来たんだろ? クマには勝ったんじゃないのか?」
「うん? ああ、この傷はクマと殴り合ってる時に、ハチにやられた傷だから」
「結局、ハチかよ……取り敢えず、針を抜くぞ。後はかゆみ止めの塗り薬出してやるから、それ塗って患部を冷やしておけ」
俺はピンセットを取り出して、エリザの手を引き寄せる。
エリザの頬がほんのりと赤く染まる。
「あ……」
「毒抜きは……おい、刺されてから何分ぐらい経った?」
「え…? あ、うーん……1時間ぐらい?」
「もう時間が経ってるなら効果は薄いか。アレルギーも多分大丈夫だな」
俺は慎重に針を取り除き、傷口にかゆみ止めを塗ってやる。
「というか、何でクマ相手には無傷なのに、ハチには刺されるんだ…?」
「当たらなければ、どうってことはないよ! ハチはその……不意打ちだったから!」
「クマの攻撃は全部避けたのかよ……まあ、ハチの方が避けづらいのは分かるが」
クマに勝てる力はあるが、ハチすら防げる耐久力はない。
これがこの世界の人間の常識かと一瞬、思ってしまうが、俺の体はそこまで強くないので、多分エリザが特別なだけだろう。
「よし、これで応急処置は完了だ。薬は出してやるから、1週間ぐらい塗れよ。それでも治らなかったら、また来い」
「……?」
「なんだ、その目は? 何かあるのか?」
俺が応急処置を完了させたというのに、エリザは不思議な顔で俺を見つめて来る。
「前みたいに魔法でパパッと治してくれないの? 傷があったら、またママから叱られるから、クラウスの所に来たんだけど」
「こいつ……人を証拠隠滅に付き合わせるつもりだったのか」
「クラウスはアタシの友達でしょ?」
「友達は便利な道具じゃねぇぞ、馬鹿」
余りの唯我独尊ぶりに、思わず戦慄してしまう。
これがガキ大将……ジャイアニズムか。
「大体な、魔法で一瞬で治したら、お前は懲りずにまた危ないことするだろ?」
「クラウスがママと同じこと言ってる……」
「やかましい! 痛みは教訓だ! 叱られる自覚のある事したんだから、少しは反省しろ!」
治癒魔法で治すことは難しくない。
だが、魔法で治せるのは傷だけだ。
命は治せない。
痛みとして記憶に刻み込んでおけ。
「大体、不意打ちを食らわしたのが、ハチじゃなくてクマだったら、死んでいたかもしれないんだぞ? 死んだらどんな魔法を使っても、生き返らせられないんだからな」
「あ、それは大丈夫。クマとは戦った後に、ハチミツを分け合って友達になったから」
「不良の河原での殴り合いじゃねぇんだぞ……」
俺の前世はコンビニバイトだが、ひょっとして、こいつの前世は金太郎だったのではないだろうか?
クマと戦って友情を結ぶとか、童話の世界でしか聞いたことねぇよ。
「それでクラウスは、また部屋に籠って本でも読んでたの? カビちゃうよ? こんな薬草臭い所に居ないで、外に行こうよ!」
「お前はもう少し言葉を選べ、エリザ! 俺は幽閉中の身なの! 外に出たらダメなんだよ! というか、お前も家事でも畑作業でも何でも仕事があるよな!?」
エリザは村娘だ。
農家の娘だ。
12歳でも、普通にやることはいくらでもあるのが、この世界である。
腹が立ったので、そこを突いてみるが。
「ねぇ、クラウス……私、今日はお家に帰りたくないな?」
どこで覚えたか知らん、マセた言葉で乗り切ろうとして来やがった。
色っぽいお姉さんじゃねぇと、効果はねぇんだよ、そういうのは!
「お前、俺以外の家が無くなった奴にそれ言ったら、ぶん殴られるぞ?」
「え? ここがクラウスの家じゃないの?」
「そうだよ! そうだけど、そうじゃないんだよ!」
というか、エリザが無知なだけだが、家を物理的にも血筋的にも潰された俺に言うのは、中々に煽り力が高い。
帰れる家があるのに帰りたくないとか、普通にムカつく。
相手が子供だから許すが。
「変な、クラウス。まあ、でも……そういう所が好きなんだけど」
「今更、好感度を稼ぎに来ても遅いぞ。お前のお母さんを、イーダさんに呼んできてもらうからな」
「それだけは勘弁して!!」
こうして、俺の幽閉生活はゆっくりと流れていくのだった。
クラウスは教会で暇さえあれば、どん欲に知識を吸収するために本を読んだ。
また、慈善活動において地域の平民に治療を施して、彼らと交流していった。
この行動は一般的には、教会の仕事を担っていただけとされるが、違う見方をする歴史家も大勢いる。
それは、クラウスが復讐のための情報収集を行っていたというものだ。
私自身はこの論に賛成とも反対とも言えぬ、立場を取っている。
その理由を述べる前に、まずは両派閥の言い分を見ていきたい。
まずは教会の仕事を担っていただけの、一般論。
彼は教会の医務室においては、非常におしゃべり好きだったと伝わっている。
訪れる患者と何気ないことを話し、毎日笑い合っていた。
患者が来なければ、静かに本を読んで時間を潰す。
そんな牧羊的な生活を送っていた。
これはイーダ・グナウゼンの回顧録にも書いてあるので、ほぼ間違いなく事実だろう。
だが、情報収集説を唱える歴史家達は、そこに意味を見出そうとしている。
彼らが述べるには、クラウスは地域の平民の話から、外の情勢を聞き出そうとしていたのだと言う。
本を読んで、医療技術を高めていったのも、毒殺などに対抗するため。
さらに、過激な意見としては、
因みにだが、これらを裏付けする明確な資料はない。
そもそも、何故このような、有体に言えばどちらでもいい話で、意見が割れるのか?
それは、長い歴史によって生み出された、クラウスの神格化によるものだ。
または、神としてではなく民に寄り添った身近な皇帝のクラウス像によるものである。
世界で最も有名な面従腹背の復讐者。
一度、平民以下の地位まで落ちながら、皇帝まで成り上がった、自分でもと思わせる身近な成功例。
この背景がクラウスという男を、ただの人間としておいてはくれなかったのだ。
クラウスが帝位についたヴィクトワール朝であれば、クラウスの復讐劇は大人気の演劇として何度も何度も上演された。
子供達は、彼の成り上がる姿を寝物語に聞かされた。
現在では、もちろんそこまでではないが、映画や小説などで題材になることは珍しくない。
もちろん、今、私が記しているこの本もそうだ。
クラウス・フォン・ヴィクトワールはその人生と謎から、今もなお私達の心を掴んではなさい。
そして、クラウスの人生がここまで人気になっているのは、彼の周りの人物にも理由があるだろう。
クラウスの皇妃、エリザ・ミュラー。
なんと、彼女は教会時代に出会った、平民の幼馴染み。
おまけに『戦乙女のエリザ』の名を関する女傑として、クラウスの成り上がりを支えた女騎士。
それが、クラウスが帝位についたあかつきに、皇妃となったのだ。
クラウスとはまた別の、平民から皇妃までの完璧な成り上がり。
しかも、美貌ではなく己が腕っぷし一本で。
世の女性が、そのラブロマンスに熱狂するのも無理はない。
現代では女性解放の象徴として使われることもあるのが、エリザだ。
そんな彼女との出会いが、教会時代であるがためにクラウス研究においては、この時代のことを無視できないのだ。
故にこそ、陰謀論染みた説が唱えられてしまっているのだろう。
さて、では私がクラウスは何も考えていなかった説。
密かに復讐のための情報収集を行っていた説。
そのどちらの立場でもない理由を説明しよう。
実を言うと、私は長年クラウスを研究して来たので、彼の計算高さ(後の章で説明することになる、『フラウ・シュヴァイツの悲劇』での立ち回りなど)から、情報収集を行っていたと昔から考えていた。
しかし、近年発見された一枚の手紙により、私は中立の立場を取らざるを得なくなった。
手紙はエリザがクラウスへと向けて書いたものだ。
しかし、これは届くことのなかった手紙である。
発見場所は、彼女の生家の屋根裏。
子供しか入れないような狭い場所に、まるで書いたはいいが恥ずかしくて渡せずに隠して、そのまま忘れたかのようにひっそりと残っていた。
いや、実際にエリザは忘れていたのだろう。
大人になった彼女は忙しかったし、何よりも、その手紙を届ける必要はもうなかったのだから。
手紙には少女らしい丸い字で、短くこう書かれていた。
──────────────────────────────────────────
“クラウスへ”
はじめて会ったときから、あなたのことが好きでした。
“エリザより”
──────────────────────────────────────────
このような少女の純真を見せられれば、二人の出会いは計算ではなく、運命だったと言ってやりたくなるではないか?
教会時代は序章なんで、年単位で飛びます。
残り1話か2話で、ここから脱出予定です。
感想・評価の程よろしくお願いします。