後世の歴史家いわく、俺は面従腹背の成り上がり復讐者らしい 作:トマトルテ
『金で釣られる人間など、信用出来たものではない。当然、買収した人間は口封じに始末した……はずだった』
ウェルケンは処刑前の事情聴取で、このように語ったという。
彼が金で下働きの人間を買収し、エリザの武器を擦り変えさせたのは、前章で語った通りだ。
そして、その企みはエリザの机によって、吹き飛ばされてしまったことも。
しかし、ウェルケンとて指をくわえて、その様子を見ていたわけではない。
作戦が失敗したのを見るや否や、証拠を揉み消しに走った。
つまり、買収した人間を口封じとして、始末したのである。
金で動く人間は、それ以上の金を積まれれば、簡単に寝返る。
自分自身が金で買収したからこそ、それをよく理解していたウェルケンに油断はなかった。
最上の結果は、エリザが何も気づかずに負けることだったが、過去は変わらない。
失敗を悟ると同時に、次の依頼と理由をつけて下働きを呼び出して、殺害した。
彼としても、騒ぎになりかねない殺しは、苦渋の選択だっただろう。
殺せば、何かがあったと調べられる可能性もあるのだから。
しかし、自分の情報を売られれば、そこでゲームオーバーだ。
時間はなかった。
ウェルケンは速やかに、係員の人間を始末して、単なる行方不明に見せかけるために死体を隠そうとした。
そう、隠そうとしただ。
隠しきる前に、クラウスが追って来たことが最大の敗因だったと、彼は死の直前に恨み言を吐いたという。
クラウスは、ウェルケンの企みに気づいており、自分の私財を投じて悪事を暴こうとしていたと伝わる。
己の利益よりも、悪を裁くことを優先する。
まさに、稀代の復讐者としてのクラウスの本質が現れる行動であった。
そして、下働きの人間が怪しいと見たクラウスが、捜索に出た所でウェルケンに心臓を貫かれた下働きを発見したのである。
惜しくも、その際にウェルケン自身は捕まえることは出来なかったが、それでも十分であった。
クラウスは下働きに即座に治療を施し、何とか一命を取り留めることに成功したと
この行動は大会に参加した者や、当時の医療班の多くが声に出して賞賛したと言う。
当然、殺しに成功したと思っていたウェルケンは、その話を聞いて焦った。
下働きが意識を取り戻して、会話が出来る状態になれば、当然自分のことをしゃべる。
一度裏切られた相手を庇う理由は、下働きにはないのだから。
証拠を差し押さえられたも同然の状態である。
故に、ウェルケンは下働きに再度近づき、完全に息の根を止める必要があった。
そのため、彼は自ら危険を冒して、下働きの者が眠る医務室に近づくしかなかったのである。
それこそが、クラウスの仕掛けた罠だと気がつくことも無く。
「え? その人、どこかに消えたの?」
悲報。俺のお小遣い、無駄になる。
「へい。呼んで来ようと思ったんですが、何処を探しても見つからねぇんです」
「さっきまで居たんだけどな……不真面目な奴だったし、途中でバックレたんじゃねえかな?」
「おいおい、臨時収入が入ったから、奢ってやるって言われたのによぉ……勝手な奴だぜ」
係員さん達を呼び出して、情報を教えてもらえば、その時点で勝利!
そう思っていた、過去の自分を殴りたい。
ちょうど、エリザの武器の持ち込みを担当した人間が、失踪したというのだ。
「マジかぁ……取り敢えず、情報ありがとう。これ、約束のお金」
「へへへ、毎度あり」
俺は、約束通りにお金を支払いつつ、内心で頭を抱える。
札束には札束で殴り返すんだよ! と、意気込んでいたはいいが、躱されてしまってはどうしようもない。
貴重なお小遣いがパァだ。
いや、もともと俺の金じゃないけど。
「……ねぇ、その人を最後に見た場所ってどこ?」
そんな俺の横で、シェーネが真剣な顔で係員の人達に質問をする。
因みに、エリザとクラウディアは次の試合の準備で、別の部屋に居る。
俺達は汚れ役みたいなものだ。
「どこって……コロシアムの外に出て行くとこは、見たがなぁ」
「人目につかない所って、この辺にあるかしら?」
「今は大会中で、何処も人がごった返してるが……外にある『サボり小屋』なら静かかもな」
「サボり小屋?」
サボり小屋なら人目が無いと言う、係員にシェーネが食いつく。
もしかして、そこに逃げたと思っているのか?
「あっしらが勝手に使ってる、休憩場所でさ。ただの空き家が何個かあって、それをサボり小屋って呼んでるだけで」
「それって、使っていいのか…?」
「使われて困る人間居ないから、空き家って言うんでっせ、坊ちゃん」
不法滞在ではないかと聞くが、流石は中世ファンタジー。
勇者ですら、人の家に踏み入るのだから空き家ぐらいわけがなかった。
「ありがと。じゃ、クラウス。そこに行ってみるわよ?」
「逃げた奴を追うのか? でも、逃げてるんなら、わざわざ近場で止まらないだろ?」
係員達が帰っていく中、シェーネが追うぞと言ってくる。
俺なら、金を持ってとにかく遠くまで逃げるんだが……と、思っていたら。
「馬鹿ねぇ、こういうのは口封じに殺されるのが普通よ? 私も何回か、殺されかけたことがあるし」
シェーネの実に重みのある言葉に黙らされる。
「自分の秘密を握ってるのよ? みんながみんな、あんたみたいにお人好しじゃないのよ? 普通なら、私だってあんたに命を狙われてもおかしくないんだから」
言われて初めて気づく。
シェーネが俺が生きていることをバラさないかは、考えていたが始末すると言う選択肢は思い浮かばなかった。
確かに、死者蘇生でもなければ、死人に口なし。
秘密を知る人間を殺すのが、最も情報が洩れるのを防げる。
「私の経験なら、人気のない場所に呼び出して、不意打ちをするのが一番多いパターンね」
「どんだけ殺されかけてるんだよ、お前……」
「本当恩知らずよね? こっちはお金で死んだことにしてあげてるのに」
「頼んだ俺が言うのもなんだけど、普通は信用出来ないからな?」
プンプンと怒るシェーネだが、彼女を殺そうとした奴らの気持ちは分かる。
俺は現代人だから、殺しは最後の手段という認識だったが、他の奴らは殺伐としている。
エリザですら、殺しにはそこまで戸惑いが無い。
「でも、あんたは結構信じてくれてるじゃない?」
「いや、まあ……疑うのも疲れるし、お前の場合」
因みに、俺がシェーネを信用しているのは、こいつがカラッとしすぎていて疑うのがアホらしくなるからだ。
正直、裏切られても流せる気がする。
「とにかく、早く追うわよ。上手くいけば、一緒に犯人も拾えるかもしれないわよ?」
そうして、俺達は失踪した係員との鬼ごっこを開始するのだった。
「あー……これはもうダメそうね、死んでるわ」
サボり小屋を探し回った末に、見つけたものは血に塗れた死体であった。
俺は即座に駆け寄り、呼吸と脈、瞳孔を確認する。
一方でシェーネは、これはダメだわと、完全に見切りをつけている。
(呼吸無し……脈無し……瞳孔は開いたまま……シェーネの言う通り、死んでる)
医者としての見解としても、もう助からない。
完全にやられた。
先回りされて、証人を消されてしまった。
「武器は……多分、短剣ね。背中からグサッと一刺し。完璧な不意打ちね」
「……お前医者の俺より詳しいな」
「当たり前でしょ。私は暗殺者よ? 元だけど」
「……お前のこと、正直舐めてたわ」
純然たる経験則。
交渉人の方が向いていると思ってはいるが、こうした殺しの知識を見るに、こいつは見逃すとき以外は、ちゃんと仕事をしていたのだろう。
「でも、死んだ後のことは、そこまで詳しくないわよ。さっさと逃げるから。そういうのは、あんたの方が得意でしょ?」
「まあな……血がまだ赤い。体温もまだ感じる。犯行時刻から、そこまで時間が経っていない。それと、引きずられたような跡があるから……多分、どこかに隠そうとしたんだろうな」
「で、私達が来たから、犯人は慌てて逃げてったってこと?」
「だろうな」
被害者の状況から推測するが、犯人はそこまで遠くには逃げていないはずだ。
今から追えば、追いつく可能性は十分にあるが。
(犯行に成功した以上は、近場に留まる必要もない。外に続く血痕は……ない。そうなると、人ごみに紛れ込まれたら見つけようがない。しかも、こっちの人員は俺とシェーネだけ。金で雇うにしても、時間をかけたら意味が無い)
確率の低い賭けだ。
こんな時代だ。現行犯で捕まえでもしない限りは、殺しですら隠し通せる。
そもそも、バウム家のロン毛がやったのか。それとも、侯爵がやったのか。
もしくは、新しく雇った暗殺者がやったのかも分からない。
選択肢が多すぎる。
これだと、決定打が打てない。
「死人に口なしって奴ね。生きてさえいれば、目が覚めるのを待って、犯人を聞けたのに……ついてないわね」
「一端戻るしかないか……」
死人に口なし。まさにその通りだ。
無理やりにでも生き返らせることが出来るのなら、情報を喋らすことが出来るのだが……そんなものは漫画の世界だけだ。
本当に生きてさえいれば、色々と取れる手段は増えるんだけど。
「待てよ?」
ふと思い出す。この係員が殺された理由を。
彼は恐らくは、何者かに買収された事実を喋らないように口封じされたのだ。
「この人は、喋ったら一発で犯人がアウトになる情報を握っている」
「だから、殺されたんでしょ? そんな分かり切ったことを言って、何になるのよ?」
「そうだ。じゃあ──」
俺はシェーネと初めて出会った日を思い出す。
何故、自分自身を死んだことにしたのかを。
答えは簡単。生きている限りは、もう一度殺しに来る可能性が高いと思ったからだ。
つまり。
「──この人が
この係員を生きていることにすれば、相手はもう一度殺しに戻ってくる必要が出てくるのだ。
「あんた……何を言ってるの…?」
「まだみゃくがあるぞ。それにこきゅうもしている。いそいでいむしつにはこびこめばたすかるかもしれない……ほら、シェーネ。担架を組むから運ぶのを手伝え。出来る限り、人目につくように大通りを運ぶぞ」
「ええぇ……あんた死体まで利用する気?」
「おっと、縁起の悪いことを言うなよ。まだ、この人は生きてるんだ、うん」
いやー、凄い生命力だ。
まさか、あの状況から息を吹き返すとは、これは神のご加護だな。
俺は適当な棒を二つ取り、間に服を括り付けることで応急担架を作りつつ、生命の奇跡に感動する。
きっと、無事に目を覚まして、犯人の情報を喋ってくれることだろう(棒)。
「医者がまだ死んで無いって言ってるんだぞ? じゃあ、生きてるってことだ。さーて、医務室についたら、
「とんだ藪医者ね、あんた」
俺はシェーネの呆れた視線を無視しつつ、他の医者にもお金を渡して、話を合わせて貰おうと画策する。
きっと、すぐに噂は広がってくれるはずだ。
殺されかけた係員が、死の淵から蘇ったってな。
「さて……今度はそっちが鬼になる番だ。ただし、こっちは逃げるんじゃなくて待ち構えているがな」
──しくじった。
ウェルケンは係員が何者かに襲われたが、命は取り留めたという噂を聞き、舌打ちをする。
完全に仕留めたつもりだった。
だが、死体をどこかに隠す前に、追っ手の気配を感じて逃げ出したのが悪かった。
手応えはあったが、多くの医者が生きているというのなら、奇跡的に生きていたのだろう。
まだ、意識は不明だと言うが、目を覚まさないなどという、楽観的な考えは出来なかった。
当たり前だ。真実を告げられれば、自分の命どころの騒ぎではない。
一族の全てがここで途絶えてしまう。
ウェルケンが噂を聞いてから、心ここにあらずな状態になるのも無理はなかった。
「どうする……今度こそ息の根を止めに行くか?」
ウェルケンは爪を噛みながら、必死に考える。
今、この場で打つべき最善手は何かと。
(止めを刺すか、無視をするか、逃げるか……全て危険性がある)
考えつく選択肢は三つ。
しかし、どれを選んでもリスクなしにとはいかない。
(止めを刺せば、これ以上頭を悩ませる必要は無くなる。だが、今度は人気のない場所ではない。医務室に忍び込む必要がある……人に見つかる可能性は高い)
単純に止めを刺すと言っても、その難易度は一度目から跳ね上がっている。
誰にも見つからないようにするにも難しい上に、逃げ切る前に捕まる可能性も高い。
可能ならば、取りたくない選択肢だ。
(仕留め損ねたとはいえ、致命傷は与えたはず。このまま無視をして、死ぬのを待つのも手だが……目を覚ますかもしれないという危険は付きまとう)
第二の選択肢の無視する。
後世の視点からすればこれが正解だが、ウェルケンにとっては不安が残る。
何せ『係員よ、復活するな』と神頼みをする以外に、自分は何も出来ないのだから。
ハイムバッハの作戦は穴が大き過ぎると思うような人間に、そのような度胸はない。
(なら、逃げるか? 今なら逃げ切ることは出来る……自分の地位も家も家族も捨てればだが)
最終手段。それは逃げることである。
何もかもを捨てて、今すぐに逃げ出せば生き残ることは出来るだろう。
しかし、係員が起きて真実を話してしまえば、最低でも大会の邪魔をして、皇帝の顔に泥を塗ったと怒りを買うことだけは間違いない。
領地に逃げ帰ったところで、討伐隊が襲ってくるだけだ。
結局、係員の死を祈るしかない。
「……やるしかない」
故にウェルケンは覚悟を決めた。
(止めを刺しに行く。目に見えない不確定要素を残しておくぐらいならば、目に見える危険を犯した方がマシだ。どんな困難であっても、実在するものならば対処することは出来る)
もう一度、係員を暗殺するのだと。
無視をするという一か八かの選択肢は選ばずに、多少のリスクを取った。
それは、多分に彼の性格によるものだった。
少しでも成功率を高めるために、ハイムバッハの作戦の補助としてエリザへの妨害を行った。
買収した係員が信用出来ないから、口封じをしようとした。
そう。彼は臆病者なのだ。
勝率が高くなければ、勝負に出ることはない。
故に、ハイムバッハのように、0か100に賭けるような真似が出来ないのだ。
それは常時であれば、長所と言うことも出来るだろう。
だが、しかし。
全てが懸かっているような、戦場のような状況では──
「今度こそ、口封じを済ませる」
──明確な短所であった。
(そうと決まれば、医務室に行くアリバイを作らなければ……コッブに少々
ウェルケンは、日の光を浴びるような戦士ではなかった。
どちらかと言えば、陰で動く暗殺者の性分。
罠を仕掛けて相手を仕留める、クモのような戦い方が本来の在り方。
本来ならば、ハイムバッハのガバガバの作戦を聞いた時点で、足抜けする男だ。
だと言うのに、ハイムバッハに協力をしようとしているのは。
「まさか、私がハイムバッハの足を引っ張る側になるとはな……」
心のどこかで、ハイムバッハの一種の潔さに憧れていたからかもしれない。
もしくは──
──誰一人として信用出来ない自身の弱さから、目を逸らしたかったからかもしれない。
第171回、帝国一武道会は波乱に満ちていた。
エリザの机の件。
係員の唐突な暗殺未遂。
そして、マチルダの不可視の斬撃である。
記録にはマチルダの戦い方について、こう記されている。
『マチルダが剣を振るう度に、かすりもせずに相手の体に切り傷が浮かび上がった』
『潰された刃だというのに、まるで真剣のように皮膚が切り裂かれた。だが、不思議な事に血は少なかった』
『大会側はマチルダの武器を調べたが、確かに刃は潰されており、大会側が用意したもので間違いなかった』
速い話が、彼女は模造刀に近い剣で飛ぶ斬撃を放ったのである。
何を言っているのかと思われるかもしれないが、上の言葉は事実なので仕方がない。
マチルダは見えない剣撃で、相手を切り裂いて勝利を重ねた。
これは、複数人の記録に残っている事実である。
もちろん、上にもあるようにマチルダは大会運営にも違反武器を疑われた。
出来る限り、死人を減らす工夫をしているのに、殺人ショーでも開くつもりかと。
しかしながら、ここでもハイムバッハの擁護が入る。
『用意された武器と己の力を使うことに、何の違反性があるのか? そもそも、死人は出ていないのだ。かすり傷すら恐れるというのならば、最強の戦士を決めるこの場に立つべきではない』
自分の娘への擁護。
それだけ見れば、単なる依怙贔屓に見えるが、彼は既にエリザの机も擁護している。
机が良いなら、飛ぶ斬撃だって許されるだろう。
そんな説得力が、会場を包み込んでしまったのである。
一説には、ハイムバッハはマチルダのために、敢えて先にエリザを擁護したのだとする説もある。
ただ、やはり、純粋に武に対して一貫した態度を取っていただけという、説の方が根強い。
真実は分からないが、この発言も受け入れられ、マチルダは何事もなく勝ち進んでいった。
不可視な上に、圧倒的なリーチを誇る飛ぶ斬撃。
それが狭い空間で振り回されるのだ。
マチルダの剣は攻略不可能にさえ思われた。
実際、当時のブックメーカー(賭け事)の
剣を振るうだけで、相手は勝手に傷ついていく。
まるで、手品のような悪夢の戦術に、誰もがその原理を思い浮かばなかったのだ。
ただ一人。クラウスを除いて。
手品には種も仕掛けもある。
ただ、観客の居る表ではそれを見せないだけ。
では、観客の居ない裏ではどうだろうか?
例えば、マチルダの不可視の斬撃を受けた者が運び込まれる──医務室などでは。
クラウスはその優れた洞察力と、医学知識からあっさりと、マチルダの種を暴いて見せたのだった。
「風魔法だな、この傷」
コロシアム内の医務室にて。
俺は新しく運ばれてきた怪我人を見ていた。
係員の生存偽装のために、お金だけでなく仕事も手伝って他の医者の好感度も稼ぐことにしたのだ。
因みに、係員の方にはシェーネがついている。
「そう…なのですか? いきなり体が斬られていて、自分は何も分からなかったのですが」
怪我人。つまりは、マチルダに負けたという代表の男性が困惑の声を出す。
風で斬るなんて、ファンタジー魔法の鉄板だと思うんだけどな?
「まず、傷口が綺麗すぎる。切れ方もそうだし、汚れも無い。つまり、物理的接触じゃないってことだ。刃で斬られたら、こんなに綺麗な傷にはならない。しかも刃が潰された模造刀……普通なら、傷口はえげつないことになるぞ?」
パッと見で判断するなら、かまいたちで出来た傷と似ている。
血が少なく、外敵裂傷ではないので切り口が綺麗。
しかも、剣に斬られたのと比べて、バイ菌などが入る汚れが無い。
「一応消毒して、傷口を乾かないように保護してれば、一週間ぐらいで綺麗に治る」
「あ、ありがとうございます……」
テキパキと処置を施すが、何故か男性は納得のいかない顔を見せる。
診断結果に何か不満でもあるのだろうか?
セカンドオピニオンで、別の医者にでも紹介するべきか。
「何か、気になることでもあるのか?」
「あの……本当に魔法なのですか?」
「傷と死体は嘘をつかない」
ただし、生きている人間は嘘をつく。
「……お医者様。あなたは私の試合を見ましたか?」
「いや、その時には医務室に居たけど……」
「ああ、なるほど。だから、風魔法だとおっしゃったのですね」
なるほどと、合点の言った顔をする、男性。
どういうことだろうか?
「魔法は知っての通り、使う際には集中力が要求され、大きく動くことが出来ません」
「ああ、だから魔法使いは周りに守ってもらって、固定武器として戦うんだろ?」
「はい。通常の戦士とは運用方法が違います。戦士は常に剣を持って動き、魔法使いは杖を持って動かずに戦う。それが基本です」
魔法という遠距離武器があるのに、この世界でも騎士が主力な理由。
それは単純に、魔法使いは動き回ることが出来ないからだと男性が告げる。
それと同時に。
「ですが、彼女は平然と動き回りながら、剣を振るっていた。そして、お医者様の診断に間違いが無ければ、その状態で同時に魔法も使っていたことにもなります」
マチルダの異常性も。
「俺は治療魔法しか使えないから聞くけど……攻撃魔法って本当に、動きながらは使えないのか?」
そう言えば、魔法剣士とかのジョブを見たことが無いなと思いつつ、尋ねる。
因みに俺は、自分で攻撃魔法を学ぶよりも、エリザを強化する方が効率が良いので、攻撃魔法は未だに学んでいない。
「理論上は可能ですが……熱湯を入れた鍋を持って、激しく踊ったらどうなりますか?」
「なるほど……大火傷するな」
「そういうことです」
男性の言葉に納得する。
熱湯を零さないバランス感覚という前提があれば、確かに可能だろう。
だが、そんなものは机上の空論に過ぎない。
ここはゲームではなく現実。攻撃の反動を無視して動くことは出来ない。
熱湯が零れて、大火傷を負うだけだ。
しかも、実際に入っているのは熱湯ではなく爆弾。
火傷で済むなら、運が良い方だ。
そんなことを実際に行うのは、何も知らない子供か馬鹿だけだろう。
「だから、俺が風魔法の仕業って言ったことに、引っ掛かったんだな」
「はい……ですが、冷静になって考えれば、触れずに物を斬るなど魔法以外では不可能……彼女は熱湯をパートナーにワルツを踊れる女性なのでしょう」
状況証拠からそう考えるしかないと男性が溜息を吐く。
この世界の常識では考えられないが、前世知識で魔法剣士などを知っている俺からすると、軽いカルチャーショックだ。
(一応、エリザに教えておいた方が良いか……まあ、魔法はルール違反じゃないから、普通に戦うしかないけど)
しかし、種明かしされたからと言って、特攻策があるわけでもない。
別に魔法を使うこと自体は禁止されていないのだから。
ただ単に、一対一の閉鎖空間で足を止めなければならない、魔法を使う人間が居なかっただけで。
「それでは、お医者様。ありがとうございました」
「ああ。お大事にどうぞ」
頭を下げて帰っていく男性を見ながら考える。
(まあ、エリザなら大丈夫だろう。俺はあいつが満足に戦える状況を整えてやるだけだ)
何より、俺はエリザの強さを信用している。
飛ぶ斬撃だって、エリザなら攻略してくれるだろう。
小手技など効かない。
剛よく柔を制す。それが、エリザの戦い方なのだから。
「急患だ! 急いで治療を頼む!!」
「はい、了解」
と、そんなことを考えていると、急患の言葉が聞こえて来たので、思考を切り替える。
色々と裏はあるが、仕事自体はまっとうにこなすのが俺のポリシーなのだから。
「さて、症状は──」
運び込まれた患者の顔を見て、俺は固まる。
何故なら、その顔にはとても見覚えのある──
「また、お前かよ……ロン毛野郎」
──ロン毛が生えていたからだ。
因みに、ロン毛ことコッブさんの名前は子分からつけてます。
次回は21日に投稿します。
感想・評価のほどよろしくお願いいたします。
今回はマチルダの設定を呟いています。
作者のX→ https://x.com/tomatorute