後世の歴史家いわく、俺は面従腹背の成り上がり復讐者らしい 作:トマトルテ
『死体を利用するのは、神に唾吐く悪魔の行為である。汝らは神の国には決していけないだろう。先に地獄にて汝らを待つ』
ウェルケンは死の間際に、恥知らずにもこう吐き捨てたと伝わる。
これは、クラウスが起死回生の手として使った、死体の生存偽装に対しての言葉である。
まさに『死に瀕した人を生き返らせる』という、本来の起死回生の意味に近い策を取られたウェルケンが、文句を言いたくなるのも分かるというものだ。
何故なら、当時の宗教観では死体というものは、非常に重要なものであった。
死後に肉体があれば、神の国で再び蘇ることができる。
そうした宗教観があった故に、死体の損壊などの行為は今以上に忌避された。
死体を餌に
しかし、クラウスには関係が無かった。
教会で10年近く暮らしたというのに、彼の倫理観は非常にドライであった。
自身の死亡偽装の件も合わせると、ハッキリ言って彼は、死体に対して特別な意識を抱いていない。
それは、医者として死体と向き合うことが多かったのもあるだろうが、一番に影響を与えたのは幼少期の経験であろう。
両親と兄達を皆殺しにされ、母親以外は墓すら残っていない。
道に晒されて野犬に食われたのか、はたまた共同墓地に適当に投げ捨てられたのか。
それは分からないが、クラウスは母の墓すら16歳になるまで存在を知らなかった。
クラウスが当時から、殺された家族の死後の安寧を祈っていたのならば、死体が無ければ神の国で蘇れないという当時の宗教観は、到底受け入れられなかったであろう。
何故なら、彼には家族の死体に祈るという当然の行為すら、許されなかったのだから。
心理学者などは、こうした背景からクラウスは、教会で育ちながらも死体そのものには何の価値もないという宗教観になったのではないかと、分析をしている。
死体が大切なものであると認めてしまえば、彼の家族の死後の安寧は決して訪れない故に。
彼は肉体よりも魂を重視した。
さらに、クラウスの宗教観を知る上で興味深いのは、ウェルケンに対して言い返した言葉にある。
クラウスは地獄行きだと吐き捨てたウェルケンに対して、以下のように返したという。
『生まれ変わればいい』
生まれ変わり。すなわち、転生という宗教観を彼は有していた。
この転生という考えは、当時としては珍しく、異端とも言える考えであった。
土着の信仰などでは残っていたが、その考えが一般に広まるのは東洋の考えが入ってくる数百年後。
当時の流通を考えても、東洋の知識を手に入れたとは考えづらい。
そして、土着の信仰も教会に軟禁状態であった彼が、触れられる可能性は低い。
そこから考えると、クラウスは自分自身で転生という、考えに辿り着いたのであろう。
もう出会えない家族と、もう一度会いたいという一心で。
幼い時から、自分の家族への想いを隠さなければならなかったクラウスは、転生という考えを持つことで、必死に己の心を保っていたのだろう。
家族は皆転生している。だから、もう一度出会うことが出来ると。
まるで、迷子の子供のような切ない願いを抱きながら。
音を殺して歩く。
大丈夫。騎士見習いに学んだことを活かすだけだ。
ウェルケンは、焦る心を落ち着かせるように、内心で呟く。
そして、目的の係員が眠る部屋の前に辿り着く。
静かに、それでいて不自然が無いように見渡す。
あくまでも、自分の代表であるコッブの見舞いに来て、道に迷ってしまったのだと。
そんな白々しい態度を崩すことなく、部屋の中に入る。
誰も居ない。気配もしない。
存在するのは、死んだように眠る係員だけ。
よし。と、頷くように短剣を懐から取り出す。
その動きは滑らかで、とてもではないが素人の動きには見えない。
確かな研鑽の跡が見受けられる。
それもそうだろう。
ウェルケンは騎士見習い時代に
ハイムバッハとは年齢的に絡むことは少なかったが、当時のビューレンベルクの当主に技術を叩き込まれている。
騎士なのに、なぜ暗殺技術を学んだのか?
その理由は単純。そちらの方が適性があったからだ。
騎士見習いという限られた期間で、向いていないことをやらせるほど、ビューレンベルクの一族は甘くない。
適性のある方で、戦場で生き残れる術を叩きこんだ。
その結果としてウェルケンは、自分自身で暗殺をした方が効率が良いと、言い切れる程の技術を身に着けたのだ。
(次は確実に。首を切り落とす)
刃を光らせて、布団から顔だけを出す、係員を覗き込む。
そして、すぐに違和感に気づく。
(呼吸が無い…?)
息を感じない。
顔色もどう見ても、血の通った人間ではない。
これは、間違いなく──
(死体…!?)
「迷子さんかしら? 私が案内してあげるわよ──地獄に」
──罠だ。
「クッ!?」
「あら、あれを躱すなんて、良いセンスしてるじゃない?」
自身の首に飛んできた安物のナイフを間一髪で躱し、ウェルケンは舌打ちをする。
はめられた。
そう理解するも、時既に遅し。
「死体を生きていると偽って、私をおびき寄せたのか…?」
「そうよ。まさか、あの時の貴族自身が来るとは思ってなかったけど」
「死体を利用するとは……まるで悪魔だな…ッ」
「うん、それは私も思ったわ」
死体を有効活用する作戦に、思わず悪魔と叫ぶ、ウェルケン。
シェーネも苦笑いをして、肯定する。
これも全て、クラウス・フォン・ヴィクトワールの卑劣な策である。
「ま、そういう訳だから。大人しくお縄についてちょうだい? あんたには聞きたいことが山ほどあるから」
「聞きたいことがあるだと? だったら、さっきのナイフは何だ? 殺しに来ていただろう」
「捕まったら、死ぬしかない暗殺者が素直に投降するわけないじゃない」
「なら、お縄につけとはなんだ?」
「お約束ってやつよ」
軽口を叩きながら、シェーネは無造作に近寄っていく。
音もなく、静かに。
(待て……この動きは…!? ビューレンベルクで学んだものと同じ!)
その動きにウェルケンは見覚えがあった。
奇しくも同じ型。
少しアレンジされているが、自分が騎士見習い時代に学んだものと同じ。
「まさか…!」
「?」
そして、改めてシェーネの顔を見る。
美しい顔立ちの中に浮き上がる、歪な模様。
奴隷の入れ墨。そして、その模様が示す家名は──
「馬鹿な……ハイムバッハが私を裏切ったのか…!?」
──ビューレンベルク家の奴隷だ。
ウェルケンは状況証拠から、ハイムバッハが自分を殺すために暗殺者を寄越したのだと、早合点してしまう。
それだけ、裏切られた衝撃が大きかったのであろう。
まあ、まさか逃げ出した奴隷が、目の前に来るとは誰も思わないだろうが。
「…? ッ! へー……分かるんだ」
当然、シェーネの方は何を言っているんだと思うが、そこは切り替えの早い女。
相手が勘違いして、重要な情報を落としたのだと察して、即座に情報を奪いにかかる。
交渉人シェーネの腕の見せ所である。
「そうよ、あんたはもう用済み。大人しくした方が、苦しまずに済むわよ?」
「そういうことか……ハイムバッハめ! 今の内に私を殺して、陛下亡き後の利益を独占するつもりか…ッ!」
(陛下亡き後…? は? もしかして、あのクソ主って皇帝でも殺すつもりなの!?)
そして、とんでもない情報を引き出してしまい、内心で叫んでしまう。
有益な情報が得られたら、報酬アップ出来るかも程度に考えていたら、とんでもない爆弾情報を引き当ててしまった。
しかし、あまりに大きすぎる情報なので、裏付けが欲しい。
「……
なので、シェーネは鎌をかける。
ハッキリと皇帝暗殺と言い切ったのだ。
彼女の勘違いであれば、ウェルケンは何らかのリアクションを見せるはずだ。
だが。
「奴の潔さを信頼した私がバカだった……そもそも、力の信奉者であるあいつが誰かと並び立とうと思う訳が無かったな」
(うっわ……無反応……皇帝暗殺は本当ってこと?)
ウェルケンは何の反応も見せず、当たり前のように会話を続けた。
今のシェーネの言葉に引っかかる所など、何もなかったのだと。
「思えば、最初からおかしかったのだ。ビューレンベルクの娘がコッブを妨害した段階で、もっと問い詰めておくべきだった……やはり、他人は信用出来ない」
そして、ウェルケンの方はそうとは知らずに、今までの違和感の正体が分かったと歯ぎしりする。
普通に考えれば同盟相手の仲間を、叩き潰すわけがない。
最初から失敗させて、自分を暗殺の舞台に立たせることが目的だったのだろうと、合点する。
ハイムバッハへの信用はないのか? 冤罪に加担する奴を心から信用する奴は居ない(迫真)。
なお、全ての原因のマチルダは、そうとは知らずにエリザとの試合の時をワクワクしながら待っている。
「ハイムバッハめ……やってくれたな…ッ」
(……なんだか良く分からないけど、褒賞が追加されそうな情報が手に入ったから……よし!)
衝撃の情報ばかりだが、こっちにとって利益になるのは間違いない。
シェーネはそう、心を落ち着けて静かに笑う。
そして、有利を確信したところで、再び口を開く。
「あんたはこの国ではもう終わり。でも……お金さえくれれば、海外逃亡の手引きぐらいはしてあげるわよ?」
更なる金儲けをするために。
「……何を言っている?」
「あんたを殺したことにして、そのまま海外に逃がしてあげるって言ってるのよ。もちろん、お代はがっぽり貰うけど」
稼げるチャンスは決して逃さない。
それが、シェーネ・メルダリンの哲学だ。
ブレない女である。
「さ、どうする?」
明確な裏切り行為。
しかし、それが無ければ、クラウスも既にこの世には居なかったであろう、彼女の在り方。
恐らく、クラウスもこのことを知れば、笑いながらため息を吐くだろう。
「……仕方ない。こうなった以上、他に方法はない」
ウェルケンは諦めたように、短剣をわざとらしく床に投げ捨てる。
もう武器は持っていないというアピールだ。
「金は払う。他の家族の手引きも可能か?」
「もちろん……まあ、それまでに捕まったらどうしようもないけど。出来る限り、早く動くわよ」
ウェルケンが近づいて来る。
シェーネが理想の国外逃亡プランを考えながら、背中を向ける。
──刹那。
「──シッ!」
狙いすました不意打ち。
たった今裏切られた(勘違い)人間が、見ず知らずの女を信じる訳も無かった。
ウェルケンの拳がシェーネの無防備な後頭部に向けて、突き出される。
多くの格闘技において禁止技にされる後頭部へのパンチ。
だが、それは、暗殺においては推奨される行為なのだ。
故に。
「──やっぱり、恩知らずはダメね」
同じ技術を持つ人間にとっては、これ以上に読みやすいことも無い。
「ガッ──」
「ここで準備しておきなさい? そこの係員と
後頭部への不意打ちを躱しての、遠心力を利用した振り向き様の後頭部へのカウンター。
背を向けたのは罠。
必ず相手がそこを狙う様に誘導するために、ワザと隙を見せたのだ。
「不覚……」
ドサリと倒れ込む、ウェルケン。
こうして、ウェルケンの暗躍はシェーネによって止められるのだった。
皇帝暗殺という爆弾情報を土産にして。
「そ、それは本当ですの? へ、陛下の暗殺など……」
誰も入って来れないようにした、個室でクラウディアが衝撃の声を上げる。
まあ、エリザの邪魔をした人間を捕まえに行かせたら、皇帝暗殺計画を持って帰って来たのだから、それは驚くだろう。
正直、俺も驚いている。
因みに、当のウェルケンはワザとかもしれないが、まだ目を覚ましていない。
現在は
まあ、起きたらすぐに尋問が始まるだけなので、ある意味で正解だろう。
「私の入れ墨を見たら、勝手にビューレンベルク家の人間と勘違いして、口を滑らせてくれたのよ。『陛下亡き後の利益を独占するつもりか』って。特別褒賞をくれてもいいんじゃない?」
「なるほど……裏切られたと勘違いしたわけですね。自分がまさに、口封じをしている真っ最中だったので」
「独占って言い方からして、皇帝暗殺の仲間はビューレンベルクとバウムだけか」
バウム家が消えることで、独占となるのなら仲間は二家だけと見て良い。
そして、中心人物である片方の人間は既に捕まえてある。
状況は圧倒的にこっちが有利ではあるが……。
「伯父上。いかがなさいますか?」
「…………」
決定権はラインハルトにある。
エリザへの個人的な逆恨みではなく、明らかな政治的な動き。
お小遣いも貰った手前、俺の勝手な判断で決める訳にもいかないだろう。
「クラウス……相手はなぜ、ヒンデンブルク家に手を出して来たと思う?」
「なぜ……確かに、皇帝陛下の暗殺が目的ならこちらに絡んでくる必要はない」
「そうだ。むしろ、今我らが気づいたように、下手に探りを入れるのは危険でしかないはずだ」
「危険を冒してでも、ヒンデンブルク家に絡んできた理由……もっと言えば、エリザを負けさせようとした理由……」
ラインハルトの質問に静かに考える。
何となくや、嫌がらせが理由ではない。
じゃあ、どうしてリスクを冒してまでエリザを負けさせたかったのか?
ビューレンベルク家が絡んでいるなら、一番に考えられるのはマチルダの勝利を確固たるものに変えるために、ライバルの排除をしたかったという理由だ。
しかし、それだと皇帝暗殺を狙っている行動がちぐはぐになる。
「伯父上、仮に陛下が暗殺をされたとして、この大会はそのまま続行されますか?」
「ない……とは言い切れんが、常識的に考えれば陛下に何かあったと知れ渡れば、それ以上に大切なことは存在しない」
「ですよね……」
優勝したいのに、大会そのものが中止しかねない行動を裏で取る。
それはあり得ない。
つまり、エリザを負けさせる理由は、優勝のためではないのだ。
「だとしたら……決勝の舞台にエリザに居て欲しくない別の理由がある」
「別の理由ですか?」
「そう言えば、ウェルケンが犯人ってことは、受付のときからエリザを狙ってたのよね?」
クラウディアとシェーネの言葉にさらに考える。
「エリザの強さを最初から知っていたとも思わないし、そうなってくると最初から目的はヒンデンブルク家が負けることにある。決勝で何かをするから、その時にヒンデンブルク家には居て欲しくないってことか」
「何か……それは帝覧試合で訪れた皇帝陛下の暗殺であろうな。そして、決勝の場に我らが居て欲しくないということは──」
ラインハルトの声に頷く。
わざわざ、何も知らない状態の俺達を遠ざける意味。
それは即ち。
「はい──皇帝暗殺の冤罪をふっかけるつもりなのでしょう。
俺達を犯人に仕立て上げるつもりなのだ。
「なっ!? そのようなことを誰が信じるというのですか…!」
「動機自体は、復讐で簡単に説明できる。それに、どうしても俺達だけをその場に来て欲しくないのは……全体でも巻き込む気じゃないか?」
「会場全体でも壊す気かしら? まあ、ただ単に皇帝一人を狙うだけじゃ、その場に居なかっただけで、こっちのせいにはしづらいだろうけど」
こっそりと皇帝一人を暗殺するだけなら、その場に居なかった人間が怪しいとは言えない。
だが、会場そのものを巻き込むなら別だ。
現代で言えば、爆弾でもしかけて自分達は逃げたのだろうと、言いがかりをつけられる。
「なるほど……流石だな、クラウス。貴殿の考えは、こうした場面では実に冴えわたる」
「はぁ……ありがとうございます。それで、どうなされますか、伯父上?」
ラインハルトの誉め言葉に、微妙な気分になるが流してから尋ねる。
これから、どのように動くべきかと。
皇帝にこのことを報告して、さっさとビューレンベルク家を捕まえてもらうのが、正解だと思うけど。
「好都合だ。ビューレンベルクの動きを泳がせて──そのまま陛下を暗殺してもらおう」
だが、ラインハルトはワザと見逃すという選択肢を上げた。
「ま、まことですか? お父様…?」
「冗談ではないぞ、クラウディア。そもそも、我らにとっても皇帝は仇でしかない。飼い犬に手を噛まれるのを、外から見ておくのも一興というもの」
敵の敵は味方とは言うが、どちらも消えてくれるのならそれに越したことはない。
ラインハルトが獅子のように獰猛な顔で、ニヤリと笑う。
「大丈夫それ? こっちが、冤罪をかけられるのを防げないじゃない?」
「案ずるな、シェーネ。貴女の働きにより、ウェルケンは既にこちらの手に落ちている。証拠を吐かせることも出来れば、アリバイ作りにも使える。ビューレンベルク家を落とすことは出来なくとも、こちらを犯人扱いするのは不可能だろう。良い身代わりになる」
そして、ビューレンベルク家の協力者であるウェルケンは捕らえてある。
最悪、全ての罪をウェルケンに押し付ければ、利害の一致でその場は収まるだろう。
ただ、一つ問題があるとすれば。
「……決勝戦は潰れますね」
ビューレンベルク家の動きを見逃すということは、決勝が潰れるということだ。
エリザが楽しみにしている、マチルダとの戦いが。
「クラウディア……エリザは?」
「決勝前に、このような話を聞かせたくありませんでしたので……自由時間にさせています」
「まあ、エリザの強さなら一人でも大丈夫よ」
ケラケラと笑うシェーネの言う通り、俺はエリザが一人でいることに不安はない。
刺客が来ても容赦なく跳ね返してくれるだろう。
俺が気にしているのは。
「伯父上、その話……決勝が終わるまで、待って頂くことは出来ませんでしょうか?」
エリザの笑顔が曇るかもしれないということだけだ。
「クラウス……それは私に、皇帝が死ぬ最大の機会を逃せということか?」
決勝が終わるまで待つ。
要するに、それは先にビューレンベルク家をチクる訳でもなく、皇帝の暗殺を見逃すわけでもない。
むしろ帝覧試合で皇帝が居る間は、こっちで暗殺を防ぐ必要まで出て来かねない。
理想は、試合が終わった後に殺して貰うことだが、こっちを嵌めようとしている相手に、そんな交渉が出来るわけがない。
しかも、試合が終わったら皇帝の護衛もいつも通り、厳戒態勢になるので暗殺の成功率は一気に下がる。
「はい」
「……理由は?」
「──エリザに決勝を楽しんでもらうためです」
ラインハルトの目がクワッと開く。
「そのような下らない理由で、妹の敵を討つ千載一遇の機会を捨てろというのか! 仮にビューレンベルクが我らの動きに気づき計画を止めて逃げれば、皇帝どころかビューレンベルクすら討ち漏らすのだぞ!?」
怒声が部屋に響き渡る。
隣でクラウディアが父親の剣幕にビクリと震える。
「ここでビューレンベルクの思惑通りに進ませてやれば、労せずに皇帝も纏めて消すことが可能なのだ! それでコリーナの仇が取れるのだ! 優勝の栄誉など、また次の機会で十分だろう! 考え直せ! クラウス!!」
黙って、ラインハルトの叱責を聞く。
確かに、ここでラインハルトの復讐を終わらせて、優勝は次の大会にすれば何も変わらない。
利益だけを追及するのなら、それで十分だ。
だが。
「エリザがマチルダと戦いたいと言って、俺はそれを全力で応援すると約束したんです」
次の大会にマチルダは居ない。
当たり前だ。皇帝が生きていようがいまいが、暗殺を企てた一族が生きられるはずもない。
そして、ラインハルトも妹の死の原因となった一族を許さない。
最低でも、家を取り潰すだろう。
そうなれば、侯爵以上でなければ参加できない大会に、出てくることは出来ない。
こちらのチャンスも一度きりだ。
「嫁の我儘ぐらいは叶えられる男になりたいんですよ、俺は」
俺はラインハルトの前に土下座する。
「ビューレンベルクは暗殺を行おうとした事実だけでも、十分に追い落とせるはずです。裏切られたと思っている、バウム家の者を利用すれば、公の前で証言を引き出せるでしょうから。ですが、皇帝の暗殺は……どうか、この場では我慢して頂きたい。そうすれば、暗殺を防いだ功績と優勝の栄誉で、ヒンデンブルク家はますます発展できます。我慢するだけで利が得られるのです、伯父上」
情に訴えるのと同時に、ちゃんとしたメリットも提示する。
ビューレンベルク自体は、この時点でどちらに転ぼうとも潰せる確率は高い。
皇帝の暗殺は流石に無理だが、逆に言えばさらに皇帝に取り入ることが出来る。
今以上の繁栄も望めるし、何より近くに居れば、また暗殺の機会は巡ってくるはずだ。
後、バウムの人を捕まえたことで、ビューレンベルクが警戒して計画を止める可能性もゼロじゃない。
「……あの日から12年だ。まだ耐えろと言うのか…?」
「失礼ですが、私も12年ですよ、伯父上」
俺も同じ期間耐えることになる。
そう返すと、何言えずにラインハルトの怒気が小さくなっていく。
「……分かった。偶然、降って来た幸運だ。見なかったことにしても、何も変わらん」
「伯父上…!」
「貸し一つだ。今回は小遣いという訳には行かん。いずれ取り立てる。覚悟をしておけ」
貸し一つ。
一体、何をさせられるか分からないが、悔しそうな顔を見るに、今何かあるわけではないだろう。
一応言っておこうという感じだ。
「はい。この御恩は必ずや、お返しします」
「よかろう……では、話はここで終わりだ。私はクラウディアと少し話すことがある。二人は、エリザの下にでも行っているがいい」
そう言って、俺達はクラウディアを置いて出て行くように言われる。
少し話の内容が気になるが、藪蛇になりそうなので大人しく退出することにする。
「はい! シェーネ、行くぞ」
「はいはーい……ほんと、あんたってエリザのことになると頑固よね……ちょっと、あの子が羨ましく感じるわ」
パタンと扉を閉じて出て行く。
さて、エリザは今どこに居るのやら?
「それで、お話とは何でしょうか? お父様」
親子だけ残された部屋。
重苦しい空気が漂う中、クラウディアは緊張した面持ちで、ラインハルトに尋ねる。
「クラウディア、私は……」
そんなクラウディアを見つめ、ラインハルトは誰かに重ねるように問いかける。
「……エレナの我儘を叶えられていただろうか?」
「お母様の…?」
自分は亡き妻を、ちゃんと幸せに出来ていただろうかと。
妻の面影を残す、娘に珍しく問いかける。
「フフ……クラウスの言葉に触発されたのですか?」
「別に……ふと思っただけだ」
少し目を逸らしてバツの悪そうな顔をする、ラインハルト。
そんなラインハルトに対して、クラウディアは。
「私の結婚をしないという、我儘を許してくださっているお父様が、お母様の我儘を聞かない訳がありませんわ」
冗談めかして、そう答えるのだった。
「……まったく。我儘という自覚があるのなら、早く結婚して私を安心させて欲しいのだがな」
「マチルダちゃん……」
「エリザ……」
エリザとマチルダが向かい合う。
見る者が見れば、それは一触即発の空気だと言うだろう。
しかし、その真実は──
「……もしかして、迷子?」
「………客観的に見ればそうなるな。人混みは苦手なんだ。慣れてない……」
──マチルダが迷子になっていただけだった。
エリザ>>>超えられない壁>>他の人>>>>>>>>復讐
クラウスの優先基準はこんな感じ。
次回は28日に投稿します。
感想・評価のほどよろしくお願いいたします。
今回もマチルダの設定を呟いています。
作者のX→ https://x.com/tomatorute