後世の歴史家いわく、俺は面従腹背の成り上がり復讐者らしい 作:トマトルテ
帝国暦681年。クラウス・フォン・ヴィクトワール、永遠の眠りにつく。
これは、現存するクラウスの墓に刻まれた言葉である。
言葉自体は何もおかしくない。
だが、年数がおかしいとは思わないだろうか?
帝国暦681年。すなわち、クラウスが15歳の年だ。
そう、どう考えても没年齢が合わないのだ。
この本で既に記してあるように、彼が帝位を簒奪するのは帝国暦690年のこと。
それより前に死んでいるわけがない。
さて、そうなると、この墓は一体何なのかと、皆様も不思議に思ってくることだろう。
実はクラウスには墓が二つある。
もっとも有名な一つ目の墓は、ヴィクトワール朝の首都である『帝都ロンベルク(現代のボンブルク)』にある。
この墓にはしっかりと、クラウス本人がエリザと共に今も眠っている。
では、二つ目の墓とは何なのか?
それは現在の舞台である、クラウスが幼少を過ごした教会の墓地にある墓だ。
ロンベルクにある墓とは比べものにもならないほどに質素なもので、そうだと言われなければ、誰もが素通りするようなものだ。
そして、先程述べたように、この墓はクラウスが15歳の時のものである。
では、この年に何が起きたのか?
どういった理由で、この墓が作られたかと言えば──
──クラウスが暗殺されたからである。
「あー……もう一度、言ってくれるか?」
15歳になり、背も伸び、声も低くなった今日この頃。
いつものように、教会の医務室で暇を潰していた俺の下に、初見の客が来ていた。
この、村の顔見知りしか来ないような場所にである。
「だからさぁ、私はあんたの暗殺を依頼されて、ここに来たって言ってるじゃない?」
「声も聞き取れてるし、言葉の意味も分かる。ただ、それを暗殺対象の俺に言う意味がまるで分からないんだが……」
「別に私の勝手でしょ?」
目の前で、鮮やかな赤い髪を長いポニーテールにした褐色の女が、呆れたように入れ墨を入れた顔を振って溜息を吐いている。
いや、溜息を吐きたいのはこっちなんだが?
「……もしかしてあれか? 殺しにポリシーとかがあって、殺す前に必ず挨拶しないといけないとかか?」
「はぁ? そんな意味不明なポリシーとかあるわけないじゃない。常識考えなさいよ?」
「暗殺から、情報の暴露まで、徹頭徹尾で常識外れのお前には言われたくねぇよ!」
呆れた表情でこちらを見下してくるので、流石にイラっと来て怒鳴り返してしまう。
なんだよ、この状況?
なんで殺されそうな俺が、気を使わないといけないんだよ?
「そもそも、お前誰だよ!?」
「シェーネ・メルダリンよ。あんたは?」
「あ、これはご丁寧に。俺の名前はクラウス・フォン・ヴィクトワール……て! 暗殺対象の名前ぐらい覚えておけよ!!」
「しょうがないでしょ。私はここに居る男を殺して来いって、依頼を出されただけなんだから」
「無茶苦茶だな、お前」
悪びれた様子が全くないシェーネに、思わずノリツッコミしてしまう。
こんなに命の危険を感じない暗殺も初めてだよ。
いや、暗殺自体初めてだけど。
「というか、それならなんで、さっさと俺を殺さないんだよ?」
「え? あんた死にたいの?」
「………確かに、俺は何で自分で自分を殺すように促しているんだ?」
シェーネの赤い瞳がドン引きするように、俺を見つめて来て俺も正気に戻る。
非常に腹の立つことだが、自分を殺すように促す俺も確かにおかしい。
いや、おかしな行動に出たのは、どう考えてもこいつのせいだが。
「で、結局何がしたいんだ? 俺を殺すのか? 殺さないのか?」
面倒くさいので、もう直球で聞いてみる。
抵抗や逃げることも考えたが、なんかもうアホらしい。
「お金をくれたら見逃してあげるわ」
「お前には、暗殺者としての矜持とか無いのか?」
清々しいまでの拝金主義に、いっそ敬意すら覚えてしまう。
「なぁ……こういうのって信用が大切だから、金で裏切るとかご法度じゃないのか…?」
「ハッ! 信用なんて欠片も無いわよ。私はただの、下請けの下請けの下請け下請けの下請け暗殺者なんだから」
「下過ぎて、もはや地下に潜ってるレベルだろ、それ……」
イライラとした口調で、ぶちまけるシェーネにちょっと同情する。
ファンタジー世界の暗殺者も、社会構造には勝てないんだな。
「依頼料だって、中抜きの中抜きの中抜きの中抜きの中抜きで、雀の涙なのよ? それなのに、まじめに仕事なんてやってられないわよ」
「俺としてはそのレベルなら、真面目な仕事に転職することをお勧めするが……」
「それが出来るなら、とっくにしてるわよ。あんた、私の顔見ても何とも思わないの?」
「美人だとは思うけど……それだけだろ?」
シェーネがこれ見よがしに、顔を指差すが俺には何が言いたいか分からない。
この顔を見忘れたかという展開だろうか?
「あんた……奴隷の印も知らないとか、とんでもない世間知らずね。顔にこんなに目立つ、入れ墨とか普通は入れないわよ?」
「いや……そういう伝統とか、ファッションかなって」
「……私のことを常識外れって言ったけど、あんたも十分常識外れよ」
「悪いな。こっちはずっと、教会の引き籠りなんだよ」
呆れた視線を寄越すシェーネから、ソッと目を逸らす。
6歳からずっと、幽閉中の身なのだ。
この世界の常識なんて、知る術もなかったんだから、許せ。
異世界ファンタジーだし、そういう文化もあるかなで、受け入れた俺はきっと悪くない。
「当たり前だけど奴隷は、持ち主の所有物よ? 他の場所で働こうにも、この入れ墨で断られるわよ。雇う側だって二重契約で、持ち主と面倒ごとを起こしたくないもの。住む場所だって、長居をしてたらおかしいってばれるから、定住も出来ないのよ」
「そうか、それは悪かったな……で、お前の主の寄越す給料が低いのか? だから、こうして俺と交渉していると?」
奴隷の持ち主と言えば、普通に考えれば金持ちか権力者。
そりゃあ、一般の雇い主は下手に労働力を奪って、恨みを買いたくないか。
定住も、しづらいなら農業も厳しいか。
そう納得して、謝りながらシェーネに尋ね返す。
だが。
「あ、私は、元のクソ主から逃げて来ただけだから。普通の奴隷はお金を貯めて、主に払えば、自由になって入れ墨も消せるわよ?」
「やっぱり、お前が非常識なだけじゃねぇか!」
シレッと逃げ出して来たとのたまう、シェーネ。
そりゃあ、別の仕事に転職は出来ないよな!
バイトをバックれた経験があるって分かるなら、誰も雇わねぇわ。
コンビニバイトで同じシフトに入ってた奴が、急にバックレて
「で? 払うの? 払わないの?」
「はぁ……調子が狂う」
思わず頭が痛くなってくるが、シェーネの言いたいことをまとめると、こういうことだろう。
下請けだから、依頼料が中抜きで安いので、暗殺対象に告発して金を貰った方がマシ!
どこの誰が俺を暗殺しようとしているか知らないが、組織体制として腐り過ぎだろ。
仮にも人の命を奪うんだぞ? もっとまじめにやれよ。
「しっかし、金か……このボロ教会にそんな大金があると思うか? 最低でも、暗殺の依頼料以上は払わないといけないんだろ?」
「依頼料は3万ベルクだけど? この際、3万5000ベルクでも手を打つわよ」
「安ッ!? 俺の命、たったの3万かよ! そんな安値なら受けるなよ!!」
「こういう汚れ仕事ぐらいしか、逃げた奴隷にはないんだから、しょうがないじゃない」
因みに、1ベルクは1円程度の価値である。
つまり、俺の命は3万円で奪われる所だったのだ。
俺の前世の一か月の食費より、ちょっと良いぐらいじゃねぇか。
「結構お買い得だと思うけど、どう?」
「いや、なぁ……確かに払えるけど」
「今なら、大出血サービスで3万2500ベルクに値切ってあげるわよ?」
「俺の命を勝手に値切るな! 後、出血するとしたら俺だろ!?」
俺はツッコミで荒れた息のまま考える。
このギャグ的状況。
正直、暗殺の危機感が欠片も沸いてこない。
もしかして、新手の詐欺かとすら思ってしまうほどだ。
売りつけるのは壺ではなく、命だが。
しかし、シェーネがあのゆったりとした服の下に、武器を隠し持っている可能性も十分ある。
詐欺だとしても、断ると危害を加えられそうだ。
一応、交渉を受けるべきだろうか?
「……所で、暗殺依頼を出した奴って分かるか? マジで分かるなら、倍の6万ベルク払うけど?」
「直接の依頼者なら分かるわ。でも、そいつも多分下請けよ?」
「あー……下請けに任せてるのは、誰がやったか分からないようにするためもあるのか」
俺をわざわざ暗殺しようとするなんて、お家を取り潰したヨーゼフ皇帝ぐらいしか思い浮かばないが……そうだとしたら、ハッキリ言って不味い。
(ここで、シェーネを追い払っても、相手が皇帝ならまた狙ってくるよな? しかも、だんだん、まともな暗殺者になっていくはず。ここで金を払うだけじゃ、俺どころかイーダさんや、この教会も危ない)
相手が本気で俺を殺す気なら、手はいくらでもある。
直接的に殺しに来てくれる、現段階はマシだ。
飯や水に毒を混ぜられたり、寝込みを襲われたらちょっとキツイ。
しかも、状況次第では、イーダさんや村のみんなが犠牲になりかねない。
見つからないように逃げだすのが最善だが、幽閉中にそんなことが出来る訳もない。
「待てよ……」
ふと俺は前世の記憶を思い出す。
それは、とある復讐者のお話。
彼は無実の罪で投獄されたが、死体と入れ替わることで牢から脱獄を果たした。
そこに発想を得る。
「そうだ…! 死んだら、もう暗殺されない!」
「大丈夫、あんた? 熱でもあるんじゃない?」
俺の発言に、暗殺に来たはずのシェーネが心配の声をかけて来る。
正直、ムカつくが今はそれどころではない。
俺は暗殺を防ぎ、ここから抜け出す画期的な発想を得たのだ。
「シェーネ、6万ベルク払う。だから──」
相手が誰だか知らないが、俺を邪魔に思っているのは事実。
だったら簡単だ。
相手には、この世から俺が──
「──俺を殺したことにしてくれ。そうすれば、お前は依頼料を貰えて、俺はもう暗殺されなくなる。一石二鳥って奴だ」
──消えたと誤認させればいい。
クラウスは帝国暦681年に、暗殺者の襲撃を受けたと言われている。
実は、この年に襲撃を受けたのは偶然ではない。
翌年の帝国暦682年が、ある節目の年であることに関係があるのだ。
帝国暦682年。
それは、皇帝ヨーゼフが652年に皇帝に即位して、30年になる年である。
ゲルマニウム帝国では、こうした節目の年には必ずと言っていい程、恩赦が行われていた。
ヨーゼフもまた、同じように恩赦を行う予定であった。
この際に、クラウスに恩赦を与える予定だったのかどうかは、現在でも分かっていない。
しかし、対ヴィクトワール家の筆頭だったミトル・フォン・ブリュッセ侯爵は、クラウスに恩赦が与えられる可能性を危惧した。
ヴィクトワール家冤罪事件の主犯であるからこそ、ヨーゼフが実際にはヴィクトワール家に対して、さほど恨みが無いことを把握している。
故にミトル侯爵は、クラウスが恩赦で帝都に戻ってくるのではないかと、疑心暗鬼になったのだ。
たかが子供。されど、ヴィクトワールの血を引く子供。
恐れていたからこそ、排除したその血にミトル侯爵は恐れたのかもしれない。
もしくは、クラウスの大器を感じ取ったからこその動きかもしれない。
今なお、その理由は明らかになっていないが、とにかくミトル侯爵はクラウスに暗殺者を送った。
それが、シェーネ・メルダリンである。
彼女の名前は、
故に、現在では、この名前は実名ではなく異名だったのではないか? というのが研究者間での通説だ。
恐らくは、最強の暗殺者に与えられる称号的なものだったのであろうと、推論されている。
その証拠に彼女の名前は、その後もクラウスの人生に良く現れることになる。
さて、勘のいい読者である皆様なら、既に気づいたであろう。
彼女は、クラウスの暗殺に来た。
だというのに、その後もクラウスの人生に良く現れる。
この矛盾が何なのか? 答えは簡単。
シェーネ・メルダリンはクラウスに寝返ったのである。
そう。彼女はワザとクラウスが死んだ見せかけることで、ミトル侯爵の目からクラウスを引き離して見せたのだ。
この章の冒頭で語った、クラウスの二つ目の墓とは、この際に作られたものである。
既にクラウスは殺された。
その虚偽の事実を生み出すことで、クラウスを教会の幽閉から解き放ったのである。
クラウスの復讐譚の始まりの引き金。
これを引いた人物がシェーネと言えば、いかに彼女が重要人物か分かるだろう。
しかし、彼女の生まれなどは未だに良く分かっていない。
ミトル侯爵に仕えたという記録も無ければ、クラウスと出会う前にどこに住んでいたかという記録もないのだ。
一説には彼女は元奴隷だったというものがあるが、主であるはずのミトル侯爵の記録にはその名は出てこない。
当時の奴隷は、労働者兼財産である。
侯爵家に仕えていたのであれば、何かしらの記録が残っているはずだ。
だというのに、まるでそこには存在していなかったかのように、彼女の記録は何もない。
まさに闇に生きる者。暗殺者の鑑。
おそらく、クラウスという光が彼女を照らし出すことが無ければ、シェーネ・メルダリンの名前は歴史の闇に埋もれて、私達研究者でさえ見つけ出すことは叶わなかっただろう。
では何故、シェーネがクラウスに寝返ったのか?
実はこれも確かな資料はない。
クラウスの死の偽装自体は、当然クラウス自身が後年にバラしたのだが、シェーネに関しては何も語らなかった。
確定している事柄は、クラウスの教会時代に暗殺に来て、出会ったということだけ。
そのため、彼女の存在は当時から知られていたというのに、クラウスとの出会いはずっと想像で語られてきた。
当時のクラウスの人生を元にした演劇を見ると、そのパターンの多さには思わず舌を巻く。
・クラウスのカリスマを目にしたシェーネが、自らの主として仕えると決める展開。
・最強の暗殺者であるシェーネを、クラウスが正面から打ち倒す王道の展開。
・戦乙女エリザVS最強の暗殺者シェーネという、ロマン溢れるバトル展開。
・シェーネがクラウスに、一目惚れするというラブロマンス展開。
・実はシェーネはヴィクトワール家の元奴隷で、ずっとクラウスを守っていたという展開。
などなど、様々な展開が演劇では行われており、当時の人々の日記に今回はどのパターンだったなどと記されたりしている程だ。
さらには、彼女の
そのため、当時の演劇ではエリザに次ぐヒロインとして、広く人気を集めた。
中には、クラウスの愛人であったという説を元に作られたものすらある。
だが、私はハッキリ言って、この愛人説だけは受け入れられない。
理由は単純だ。クラウスはエリザに一途であったからだ。子供の頃から仲を深めていき、共に波乱の人生を戦い抜き、最終的には結ばれ、死が2人を別った後も同じ墓に眠る二人の間に、そのような下種な考えを挟み込むのは如何なるものか? 前の章で書いたが、エリザは送ることは出来なかったが『はじめて会ったときから、あなたのことが好きでした』という真っ直ぐな想いをしたためた手紙を書いている。この淡い純心を抱いた女性を、愛妻家で知られるクラウスが裏切るなどありはしない。そもそもの話、彼が皇帝となってからも、彼が愛人を抱えたという記録はどこにもない。当時の常識としては、貴族などが愛人を抱えることは、確かに公然の秘密であった。だが、クラウス程に注目を集めた皇帝が、愛人を隠しきることなど不可能だ。不義があれば、必ずそのような記録が残るはずだ。何より、クラウスは自らの寝所の護衛に関して、常に『エリザだけ居れば問題ない』と言って断っていた(出典:出典:“ヴィクトワール朝・編纂帝史~クラウス・フォン・ヴィクトワールの御言葉~”)。これは、単純にエリザが誰よりも強かったからではないだろう。恐らくは、もっと単純な、男としての独占欲として、エリザの無防備な姿を誰にも見せたくなかった、というものだと私は考えている。クラウスは忍耐強く、計算高い男だ。だが、家族の復讐を成し遂げたことからも分かるように、彼は誰よりも愛に満ちた人物であった。誰よりも人を愛する人間だからこそ、家族の喪失が赦せずに復讐を行うのだ。そんな愛情深いクラウスが、自分を一途に慕うエリザを裏切るであろうか? いや、ありえない。証明のしようのないものを、妄想という仮説から組み立てていくのは、私達歴史家の十八番ではあるが、これはあまりにも荒唐無稽で、突拍子もない出来の悪い推論だ。クラウスがシェーネを愛した証拠はないが、エリザを愛した証拠はいくらでもある。シェーネの愛人説には根拠など欠片もない。故にクラウスの誠実さも、そしてエリザの純真さも全てを否定する、この説を私は到底受け入れられないのである。
ともかく、この暗殺を機に、クラウスの復讐譚は大きく動き始めることになった。
今回で旅立ちまで書きたかったのですが、どういう訳か文字数が膨れたので次回書きます。
次回は6日の朝7時に投稿します。基本は2日ごとに投稿していきます。
感想・評価の程よろしくお願いします。