後世の歴史家いわく、俺は面従腹背の成り上がり復讐者らしい 作:トマトルテ
本物のクラウスは帝国暦681年に死んでおり、その後のクラウスは影武者である。
一昔前の学会では、大真面目にそのような説が唱えられていた時期があった。
これは現代の我々からすれば、眉唾物の陰謀論レベルであるが、実は荒唐無稽な話でもない。
3章で説明したが、クラウスには墓が二つある。
そして、一つは自分が死んだと見せかけたものだ。
しかし、クラウスがクラウスであるとする証拠は、当時はなかったのだ。
簡単に言えば、これは実際にクラウスがシェーネに殺されたと仮定しても成り立つのだ。
クラウスを殺した後に、その後に影武者が入れ替わる。
実際にあったかは分からないが、他の歴史上の偉人でも良く語られる事柄だ。
DNA鑑定もなかった昔では、入れ替わりというものが大真面目に可能であったのである。
ただし、この説は近代になって立ち消えることになる。
今から100年程前に、クラウスとエリザの子孫の立会いの下に、第二の墓の発掘調査が行われたのである。
墓の骨を鑑定すれば、クラウスが本当に暗殺されたかどうかが分かるという、単純なものだ。
そして、発掘の結果だが、答えは骨の鑑定をするまでもなく出た。
──墓には誰も入っていなかったのである。
そう。
空の墓の上に、墓石が立っていただけだ。
しかし、これだけでは既に墓荒らしに遭っていただけと、主張が出来るだろう。
故に、クラウス入れ替わり説の否定において、真に決め手となったのは空の棺桶に入っていたものである。
棺桶の中には、腐らないように厳重に一枚ずつ封筒に入れられた、個人宛の手紙の束が入っており、その束の一番上には短くメモが記されていた。
『村の皆様へ。ご無礼を承知ですが、旅立ちの挨拶を手紙にて行わせて頂きます~クラウス・フォン・ヴィクトワール~』
旅立ちの挨拶。
すなわち、クラウスは殺されることなく、村から脱出したという事実を示していた。
この手紙は筆跡から、後年のクラウスとほぼ一致していると結果が出ている。
つまり、この手紙を書いたのは皇帝になったクラウスと同一人物。
そして、手紙には短いながらも、当時クラウスと親交のあった者達全員へ別れの言葉が書かれていた。
もちろん、エリザへ向けた
歴史書に名を残してもいない、ただの村人達。
彼ら全員へと手紙を書くのは、入れ替わった人間では出来るはずがない。
そうした世紀の発見で、クラウス影武者説は霧散してしまったのである。
まあ、この説自体はそもそも当時から、ただの罪人の息子であるクラウスに影武者を使う理由がないという、しごく真っ当な指摘で反論出来たのであるが。
とにかく、この手紙はクラウスの人柄を示す資料として、偉大な発見であったことは疑いようがない。
現在はボンブルク博物館に保管されているこの手紙には、クラウスから村の住人への『腰を大事に』、『飲み過ぎには注意』などといった心配の言葉と、直接挨拶できないことへの謝罪が記されていた。
これはクラウスの、受けた恩は忘れないという、非常に義理堅い性格を良く表している。
クラウスは皇帝になった後に、自分を助けてくれた者達には、必ず何かしらの形で恩賞を与えていた。
この義理堅い性格は、教会時代にクラウスが師と呼ぶシスター・イーダから教わった教えであろうと言われている。
とにもかくにも、この手紙の存在が示すように、クラウスは偽の墓を作ることで、暗殺の危機をかいくぐって、アンファン村の教会からの脱出を果たしたのである。
「イーダさん。暗殺されたことにするので、偽の墓を作って欲しいのですが?」
「……クラウス。あなたは時たま突拍子のないことを言い出す子だとは、思っていましたが、今回の件は過去最大級ですね」
俺の説明を聞いた、イーダさんが頭が痛そうにおでこに手をやる。
何故だ。反逆の意思はないと示すために、言いつけを守るいい子を演じてきたはずなのだが?
「しかし……暗殺というのは本当なのですか? なんというか……余りにも暗殺者が抜けている気がするのですが…?」
「それは俺も思っています。いえ、自分でも本当に殺す気があるのかと疑ってしまうほどに」
そして、当然と言うべきか暗殺の話は本当なのかと聞かれる。
うん。まあ、そりゃあ疑うよね?
暗殺者の方から告発して来るとか、リアリティが無さすぎる。
でも、これがリアルにあるんだから、現実って怖い。
「だからさぁ? 私がそう言ってるんだから、本当だって」
「シェーネ…!」
「あなたは……怪我の治療に来た方ですね?」
そんな風に疑う俺らの横に、スッとシェーネが姿を現す。
自然過ぎてマジで気づかなかった。
あれ? もしかして、こいつってアホだけど実力はガチなのか?
「ああ、あの時のシスターさんね。悪いわね、怪我をしたって嘘をついて」
「いいえ。怪我がなかったのなら、それが一番の知らせです」
「…………」
からかう様に言葉を返すシェーネだったが、イーダさんの言葉に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
「一応、お金が貰えなかったら、そいつを殺すのは本気だったんだけど……」
「確かに、その行動は悪です。ですが、傷ついていると述べる者を治療することに、その者の善悪は関係ありません。あなたが悪ならば、神はあなたを赦さないでしょう。ですが、悪だからと言って、人を見捨てる行為もまた、神は赦しません」
「……あっそ」
イーダさんは厳しいが、その博愛精神は本物だ。
例え、悪人だとしても治療を求めるのならば、それを断わってはいけない。
治療を終えてから、しかるべき対応をしなさいと、俺も口酸っぱく言われてきた。
「とにかく、そういう訳なので俺はこれ以上、この教会に居ることは出来ません。シェーネが帰っても、俺が生きている限りは、別の暗殺者が送り込まれてくるはずです」
「まあ、こいつの言ってる通りだと思うわ。私は下請けの下請け下請けの下請けの下請けだから。こいつを殺したい奴は、まだ最低4人はいるわよ」
「………そうですね。分かりました」
イーダさんが何かを決めたように頷く。
「ですが、その前に一つ、お聞かせください。シェーネさん? あなたが、クラウスの生存を上の者に伝えないと保証出来るのですか?」
イーダさんには非常に珍しい、人を疑う言葉。
それは、彼女の主義とは関係なく、俺を思ってくれてのことなのだろう。
そんな覚悟の籠った問いかけに対して、シェーネは。
「倍のお金を支払われたら、話すわ」
清々しいまでの拝金主義で答えるのだった。
「ちょ…お前……そこは嘘でも言わないって、答えるべきじゃないのか…?」
「優しい人には嘘をつかないわよ」
「良いこと言ってるように聞こえるが、最低なことに変わりはないぞ?」
金さえ払われれば、俺を売ると堂々と言い切るシェーネに、怒りを通り越して呆れる。
やっぱり、こいつ頭おかしいって。
「ただし、自分からあんたが生きてるとは言わないわ。相手の方から、交渉してきたら、あんたの情報を売るけど」
「さっきのセリフを聞いて信用すると思うか?」
「はぁ……馬鹿ね、あんた。先にあんたが生きてるって言ったら、暗殺代の依頼料が貰えなくなるじゃない? だから、相手側からお金を出してでも、生存を聞きたいって言われない限りは言わないわ。まあ、そもそもの話、ワザと依頼を失敗した暗殺者に、また金を払うお人好しはいないだろうけど」
「筋が通ってるけど……すげぇムカつく…!」
やれやれといった感じで、両手を上げて説明するシェーネに、青筋が立つ。
一応は俺の利益になることを言ってくれているのだが、認めたくない感情が渦巻く。
人間とは不合理な生き物なのだと痛感する。
「そうですか……あなたを信頼しましょう、シェーネさん。……クラウス!」
「…! はい、イーダさん」
イーダさんに呼ばれて近寄る。
すると、イーダさんが俺の肩を掴み、まっすぐに俺の瞳を見つめて来る。
「イーダさん…?」
「クラウス。これから、あなたの人生は苦難の道のりとなるでしょう。ですが、忘れないでください。神は常にあなたを見守っていることを。そして、私は常に、あなたの幸せを祈っていることを」
そう言って、今度は俺の頭を撫でてくれる、イーダさん。
彼女の手は、この体が久しく忘れていた母親の温もりを感じさせた。
「感謝致します、イーダさん…!」
「クラウス。私の3つの教えは覚えていますね?」
「はい……1つ、己を愛しなさい。2つ、己の手の届く範囲で人を助けなさい。3つ、人に何かを与えられたら、自分も人に与えなさい」
「よろしい。あなたは本当に優秀な生徒ですね」
ハッキリ言って、宗教なんてものは余り信じていない。
だが、目の前の自分のことを想ってくれる人は信じられる。
世話になったお礼に、この教えぐらいはほどほどに守っていくとしよう。
「少ないですが、旅費を用意します。クラウス、あなたはアーサー・フォン・ウッドベン伯爵の下を目指しなさい」
「ウッドベン伯爵?」
「あなたの御父上と親交があった伯爵です。密かに、この教会へと支援を行って頂いている方でもあります。ウッドベン伯爵であれば、あなたの力になってくれるでしょう」
父親との旧友?
そんな人が居たのか……昔のこと過ぎて全く覚えてない。
まあ、皇帝の逆鱗に触れてまで、俺に会いに来れる存在は居ないからしょうがないか。
「分かりました、イーダさん。この御恩は……一生涯忘れません」
「私もあなたのことは生涯忘れません。では、後のことは私に任せなさい。あなたは、本日中に……いえ、今日では死の偽装が間に合いませんね。明日以降に準備が整い次第、闇に紛れてこの村を出るのです。すいませんが、シェーネさん。依頼料を支払うので、この子を村の外まで案内して頂けませんか? この子は、村の外まで出て行ったことが無いので」
「2万ベルク……いえ、1万ベルクで良いわよ。サービスよ」
そうして、俺の教会脱出計画が着々と進んでいく。
エリザや村のみんなへの挨拶は……まあ、状況が状況なので諦めるしかない。
しかし、今までお世話になった人達に挨拶も出来ないのは、心苦しい。
ついさっき、3つの教えを出来る限り、守ろうと決めたばかりなのだから……そうだ!
「イーダさん、もう一つお願いがあります」
「なんでしょうか、クラウス?」
これは自己満足だ。
多分、届かないだろうが、みんなへの感謝の気持ちぐらいを残していこう。
人に何かを与えられたら、自分も人に与えなさいの教え通りに。
「手紙を書くので、俺の墓に入れてくれませんか?」
俺の偽物の墓に、皆へ宛てた手紙を残すことで。
偽の墓に残されたクラウスの手紙であるが、1つだけ不明な点があるとされる。
それはとある一通だけ、調査団が開ける前に開封されていた
そして、その一通だけは、肝心の
調査団が来る前に、墓荒らしが持ち去ってしまったのか?
クラウスが書き直そうとした後に、入れ忘れてしまったのか?
もしくは、送られるはずだった人間が直接墓の中から持ち去ったのか?
今日まで様々な説が唱えられ、時には激論を呼ぶことあった。
では、何故、ただ一枚の紙きれの紛失が、ここまで大きな議題となっているのか?
既にピンと来ている読者の方もいるだろう。
中身が失われた一通。
調査団が、最も調べたかった手紙。
そう、それは──
──クラウスからエリザへと向けられた手紙である。
この事実は、我々歴史家達の想像力を非常に強くかき立てて来た。
私事ながら、私の所属する派閥の立場としては、クラウスがエリザにだけは直接手紙を渡した説。
もしくは、エリザが墓から持ち去った説を提唱している。
この説は、多分に願望が含まれているように感じられるかもしれないが、しっかりとした状況証拠がある。
それは、クラウスが死亡偽装をして姿をくらませた後に、再度表舞台に顔を出した時には既に、彼の隣にはエリザが居たというものだ。
死亡偽装をしたクラウスの足跡を辿るのは、直接偽装したであろうイーダすら出来ていないことだ。
このことを考えれば、エリザがクラウスの隣に居たのは、死亡偽装当初からなのは確定的であろう。
クラウスがエリザと離れるのだけは、我慢出来なかったが故に告白した。
もしくは、エリザにだけ自分の居場所を手紙で教えたのを、墓から知った。
この二択が答えだろうと、私達の派閥の歴史家は睨んでいる。
ただし、この説もクラウスからエリザへの手紙が見つからない以上は、確定とは言えない。
真実は、今もクラウスとエリザしか知らない。
「クラウス…ッ! クラウス…ッ! 死なないでよ……」
「エリザさん……」
これが葬式かと言われたら、万人が驚くほどに質素な式。
だとしても、確かに人が亡くなったのだと分かる、沈痛な叫び声。
今日はクラウス・フォン・ヴィクトワールの葬式だった。
「何で死んじゃうのぉ…? あんなに元気だったのにぃ…!」
「…………」
他の参列者は帰ったというのに、エリザ・ミュラーだけは彼の墓の前で泣き叫び続ける。
彼女の両親や兄妹は、最初は連れ帰ろうとしたが、あまりの嘆き悲しみぶりに同情して……いや、純粋に力では引き剝がせなかったので、先に帰っている。
「クラウス……死んじゃ嫌だよ。まだ、一緒にやりたいことがいっぱいあったのに……外に連れて行ってあげたかったのに……美味しい物を一緒に食べたかったのに……」
とめどなく流れ落ちる涙を拭おうともせずに、エリザは泣き続ける。
その姿をイーダは、沈痛な面持ちで見つめることしかできない。
「好きだったのに……何にも伝えられなかった…! また、明日にすればいいやって……手紙を渡せなかった…!」
エリザの頭には、悲しみと後悔しかない。
初めて会った日から好きだったのに、ずっと恋をしていたのに。
“好き”というたった一言が伝えられなくて。
ずっとこの時間が続くと思って、いつまでも片想いのままでいた。
そうして、唐突に訪れた別れの運命に翻弄されている。
「クラウス…好きだよ…! 愛してるよ…ッ! だから……生き返ってよぉ…ッ」
今になって溜め込み続けて来た言葉を吐きだすが、どこにも届かない。
何故なら、彼はこの墓の下には眠っていないのだから。
もう届かない、遠くへと旅立ってしまっている。
「エリザさん……教会の中に入りましょう。もうすぐ夜になります」
「…………」
「……分かりました。満足するまで、別れの挨拶を交わしてください。ですが、決して愚かなことはしないように。クラウスもそれは望んでいませんから」
膝をついたまま、動くことのない彼女の背を優しく撫でて、イーダは教会へと戻る。
1時間ほどしたら迎えに来ようと、内心で困り果てながら。
真実を言いたいが、それを言うとクラウスが危ないので、言えないのである。
お労しや、イーダ。
「クラウス……」
それから、10分。あるいは30分か。
声もなく泣き続けた果てに、エリザはようやく落ち着く。
いや、絶望して、もう泣く力すら失ったのかもしれないが。
「好きだったよ……ううん…今も好き…大好き…ッ」
どうして、この言葉をもっと早く言えなかったのだろうか。
そんなことを一体何度考えたことか。
だが、時は巻き戻らない。
落ちた涙は、決して元には戻ってくれない。
「だから……最後に顔を見るぐらいは良いよね?」
だとしても、進むしかない。
この痛みを乗り越えて生きていくことが、クラウスも望んでいることだ。
イーダに言われたことを噛みしめつつ、エリザは掘り返されて柔らかい土に手を入れる。
「ごめんね…ごめんね…でも…最後にもう一度だけ…あなたの顔が見たいの……」
いけないことだとは分かっている。
だが、葬式ですら見れなかった愛しい彼の顔を、最後にもう一度だけ見たい。
そんな一心で、エリザは墓を掘り返すという禁忌を犯す。
彼女の力強い素手で掘り返すこと、数分。
まだ汚れの少ない棺桶が顔を出す。
「さよなら……クラウス。私の…私の…初恋…ッ」
そして、固く閉じられた棺を無理やり押し開ける。
だが。
「………え?」
中身はなかった。
そこに、クラウスの遺体は入っておらず、代わりに手紙の束だけが入っていた。
「なに…これ……」
訳が分からずに、手紙の束に手を伸ばす、エリザ。
そして、一番上にあった『エリザへ』という封筒を手に取る。
「アタシへの…手紙…?」
封を開け、中身を取り出す。
そこには──
──────────────────────────────────────────
“エリザへ”
こんな形での別れの挨拶になって悪い。
まあ、俺は元気に生きてるから、お前も気にせず元気でいろよ。
PS:もっとおしとやかにしないと嫁の貰い手がないから、もうちょっと落ち着けよ。
“クラウスより”
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──なんか悲壮感とは対極の言葉が書かれていた。
「……ッ!」
グシャリと、後世の歴史家が喉から手が出る程に欲する手紙を握りつぶす、エリザ。
紙が圧縮されて、見るも無残な姿に変わり果てる。
「ふふふ……生きてる? 人がこんなに泣き叫んでいるのに、こんなに暢気な文章で……ふざけてるよね? これ」
泣いた。悲しんだ。絶望した。
言葉では言い表せないほどに、大きな心の傷を負った。
だというのに、これは何だ?
こっちの気持ちも知らないで、暢気に元気でいるだなんて……許せなかった。
「なーにが、嫁の貰い手がないよ……そんなに言うんなら──」
そう。
端的に言って、エリザは──
「──あなたに責任を取ってもらうんだから…ッ!」
──ブチギレていた。
クラウスは人生の墓場に足を踏み入れたようです。
次回は8/8に投稿します。
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