後世の歴史家いわく、俺は面従腹背の成り上がり復讐者らしい 作:トマトルテ
残念ながら、教会を旅立ったクラウスの、旅の記録を示す資料は見つかっていない。
これは、非常に残念なことではあるが、ある意味で当然である。
クラウスは自らの死を偽装したのだ。
下手に表に出て、目立つ行動などするはずもない。
闇に紛れて逃げ、そのまま表舞台に立つまでは、当然白紙のページだ。
しかし、それでは歴史家の名折れである。
何より、読者の皆様に白紙のページを見せて、金を返せと言われたくはない。
というわけで、実際にやってみることにした。
どういうことかと言われれば、この章では私が実際にクラウスの旅路を再現して、旅をした記録を書いてみようと思う。
具体的にはクラウス研究者の聖地である、クラウスの墓のある教会から実際に旅をしてみたのだ。
もちろん、当時の状況を再現するために、可能な限り現代文明の利器は置いてきた。
移動手段も、闇に紛れて逃げたクラウスと同じにするべく、徒歩である。
食料も、当時のクラウスが食べたであろう、昔ながらの保存食を中心に選んだ。
そして、クラウスの危機的な状況を再現するために、スタート時刻は“アンファン村”が寝静まった深夜からにする。
出来る限り人目に映らないという、制約も自分に課す。
私は、現在の教会の神父を務めるトーマス氏に事情を説明して、快く夜になるまで教会に居させて貰うことが出来た。
夜になるまでの間は、クラウスが過ごしたと言われる医務室や、世紀の発見があった空の墓を眺めて、意識がクラウスそのものになりきるように、想像を膨らませて過ごす。
そして、夜になったところで、私は人目を避けるために松明すら持たずに、教会から踏み出した。
暗い。見えない。道が分からない。
まず、私が思ったことはそれだった。
村の明かりそのものを消すことは当然出来ないので、多少の明かりはあったが、当時は更に暗かったことは想像に難くない。
何より、村の出身ではない私には、どこに何があるかも分からない。
スタートして僅か一分で、私は苦境に立たされてしまったのだ。
そして、この苦境は、クラウスにも降りかかったのは間違いない。
彼は村で過ごしてきたが、その間は幽閉されていた事実は皆様もご存じの通りだ。
教会の近くならともかく、出口までとなると私と同様に、分からなかったのではないだろうか?
結局、その後一時間ほどしてから、私は村の外に出ることが出来た。
私は村人に見つかっても、怪訝な目で見られるだけだったが、クラウスは違う。
自分の死を偽装していたのだ。
生きていることがバレる訳にはいかない。
そう考えれば、出来る限り人目につかない道を通るか、最短で村を出るかの二択だろう。
このことから、私はある仮説を立てた。
クラウスには道案内役がついていたのではないか?
道案内があれば、スムーズに誰にも見つからずに、村の外に出ることも難しくはないはずだ。
では、一体誰がクラウスを案内したのか?
私が候補として考えているのは、次の三人である。
死の偽装を行った、イーダ。
駆け落ち同然についていった、エリザ。
そして、寝返ったシェーネだ。
私としてはエリザと言いたいが、確率的には低いだろう。
彼女も当時は村娘。村の外のことはクラウス同様に深く知らないはずだ。
そして、イーダも死の偽装を行った立場上、一緒に動いたとは考えづらい。
そうなると、闇に紛れて動くことが出来る暗殺者、シェーネが第一候補に挙がる。
彼女であれば村から出た後も、目的地まで案内したと仮定しても、何もおかしくはない。
最強の暗殺者である彼女にとっては、暗闇こそがホームグラウンドだ。
クラウスの逃亡に、これ以上頼もしい味方は居ない。
と、そこまで想像した私であったが、残念なことに当時の私の隣には、頼もしい暗殺者は居なかった。
寂しい一人旅である。
しかし、当時のクラウスよりもマシだったことが一つある。
それは、私は既に目的地に行ったことがあるという点だ。
私はアンファン村から出て、徒歩で国境線にある都市『ライン』を目指すことを決めていた。
何故、ラインなのか?
それは、クラウスが初めて歴史の表舞台に立つのが、この地であるからである。
ラインでのクラウスの活躍については今後の章で書くので、クラウスの活躍を知りたい読者の方々には、もうしばらく我慢して頂きたい。
そして、私がクラウスの目的地をラインと定めたことには、もう一つ理由がある。
前の章にあった『クラウスは皇帝になった後に、自分を助けてくれた者達には、必ず何かしらの形で恩賞を与えていた』という文を覚えているであろうか?
私はこの部分に注目した。
クラウスの消息が不明だった時期。
この時期の居場所を知るために、クラウスから恩賞を与えられた人間を調べることにしたのだ。
クラウスから恩賞を与えられた人間は、当たり前だがクラウスと何らかの関りを持つ人間だ。
調べれば、それなりの理由が出るはずなのだ。
逆に言えば、しっかりとした理由が分からないのに多大なる恩賞を受けた人間。
その人間こそが、クラウスが歴史の表舞台に居ない時に、世話になった人間である可能性が高いと。
そして、幸運なことに私の考察は当たっていた。
アーサー・フォン・ウッドベン。
当時のラインを治めた伯爵である。
彼は、皇帝となったクラウスから多大なる恩賞を与えられた。
もちろん、一切の働きもなく恩賞を与えられたわけではない。
それに足る実績はあったし、『騎士の中の騎士』とクラウスが褒め称えたとも伝わっている。
しかし、伯爵から公爵まで引き上げられたことは、いささか過分に見えたのだ。
ここに秘密があるに違いない。
そう考えた私は、アーサー・フォン・ウッドベンを調べた。
その結果として、アーサーにはクラウスの父、ミハエルとの個人的な親交があったことが明らかになった。
アーサーとミハエルは、少年時代に共にヒンデンブルク辺境伯の下で、騎士見習いをしていたのだ。
(注釈:当時の貴族は、人脈作りや、貴族間でのパワーバランスのための
アーサーとミハエルは、まさに同じ釜の飯を食った仲。
ミハエルの方が圧倒的に地位は上であったが、騎士見習いを終えてからも、その交友は続いていたらしい。
その証拠に、アーサーはミハエルが皇帝暗殺未遂の冤罪を被せられた時に、真っ先に弁護に向かおうとしたと伝わっている。
だが、悲しいことに彼がこの事件を知った時には、既にミハエルは処刑された後だったという。
その後悔のせいかどうかは分からないが、アーサーは密かに教会へと援助を行っていたようだ。
つまり、教会から出たクラウスは、父の友人であるアーサーを頼ってラインへと身を潜めた。
それが私の立てた仮説である。
この仮説には当時から自信があった。
だが、仮説とは証明しなければ意味が無い。
なので、私はクラウスがラインまで逃げ延びたことを証明するために、実際に旅に出たのだ。
こうして、クラウスの足跡を辿る、ラインへの旅路が始まったのである。
「あんた、ホントに体力無いわねぇ」
「はぁ…はぁ…うる…せぇ……こっちは…今までずっと……幽閉されてたん…だぞ?」
村の外へと脱出し、俺は久方ぶりの自由を満喫。
など、出来る訳もなく、俺は月明りだけが頼りの夜道で、ぜぇぜぇと息を吐いていた。
「村を出て、もう二日よ? このペースだと、目的地に着くのが来年になるわよ」
「流石にそこまではかからねぇよ! ……多分」
呆れたように、俺を見下ろしてくるシェーネに言い返すが、歯切れが悪い自覚はある。
密かに移動するために、時間を選び徒歩で行動しているのだが、引きこもりにいきなりこの運動量はキツイ。
教会の中で、筋トレでもしていればよかった。
「というか……なんで、お前はまだ居るんだよ? いや、ついてきてくれるのは、素直にありがたいけどさ」
「あんたがどこに行ったか分かってた方が、後で情報を売る時に高値になるでしょ? 後、移動中はあんたにたかれば、食費はタダだし」
「一瞬でも、お前に優しさを期待した俺が馬鹿だったよ」
「護衛として、有り金を搾り取られるよりはマシでしょ?」
どうやら俺は財布扱いされているらしい。
まあ、旅どころか外が初体験の俺には、ありがたい申し出なのは事実なのだが。
それはそれとして、思うことはある。
最初から、俺の情報を売る気満々じゃねぇかと。
「ま、一緒にいる間に襲われたりしたら、守ってあげるわよ。飯代分だけ」
「……誰かに襲われた時は、頼むぞ?」
飯代というのが、食べさせたもので決まるかどうかは、気になるが聞かないことにする。
変に突っ込んで、豪華な食事を要求されても困るしな。
「任せなさい。ところで……知ってるかしら?」
「……何がだ?」
シェーネがスッと目を細めて、当たりを見渡す。
明らかに雰囲気が変わった。
その様子に何かが発生するのだと、俺は否が応に理解させられて、同じように辺りを観察する。
「旅で本当に怖いのは、追手でも、強盗でもなく……野生動物だってことを」
「これは……オオカミか!?」
音もなく、臭いもなく。
まさに闇に紛れるように、月明かりに照らされて輝く、オオカミの瞳が無数に現れる。
いや、現れるという言葉は適切ではない。
彼らはきっと最初から、俺達の周りに潜んでいたのだ。
「あんた、戦える?」
「傷ついた時の手当ては任せろ!」
「戦えないのね、役に立たないわね」
「ヒーラーを馬鹿にする奴は、後で痛い目にあうって知らないのか! 雑に消毒液ぶちまけるぞ!」
治療は任せろと胸を張るが、シェーネはお気に召さなかったらしい。
怪我してもワザと見捨てるぞ、この野郎。
「まあ、いいわ。私の華麗な技を見ていなさい」
「おお…! お前本当に、暗殺者なんだな」
服の下からナイフを取り出し、フッと長いポニーテールを横に振る、シェーネ。
その姿はたのもしさから、月明かりの下でより一層美しく見えた。
「さあ、来なさい、ワンちゃん達。遊んであげるわ?」
そして、シェーネの無双が始まる!
「……来ないわね」
なんてことはなかった。
挑発するように笑うシェーネとは正反対に、オオカミ達は一定の距離を保ったまま。
姿勢を低くして、何かを待つように動かない。
「これ、逃げて良いのか?」
「いいんじゃない?」
何だかよく分からんが、とにかくチャンスだ!
俺はオオカミ達を刺激しないように、静かに動き出そうとして──
「──見つけた、クラウス」
──聞き慣れた声に、足を縫い留められる。
「ッ! エリ…ザ…?」
声のした方に、バッと振り返る。
すると、そこには懐かしきエリザの姿が──
「ありがとうね、狼さん達」
「ク、クマに乗ってる……」
「……オオカミ達が、あの子に従ってるわね」
──クマを乗りこなしたまま、狼を従えるエリザの姿があった。
What?
「お前、何してんの…?」
前から、金太郎の生まれ変わりではないかと疑っていたが、マジでクマを乗りこなせるとは思っていなかったぞ。
「知らなかったの? アタシは村の近くの動物とは、みんな友達なんだよ。拳で仲を深めたから」
「友達っていうか、圧倒的力で、服従させているように見えるんだけど?」
「オオカミが人間相手にお腹を向けるなんて、普通あり得ないわよ……」
エリザはまさしく、動物達の覇王だった。
力が絶対の野生に生きる動物達は、欠片たりともエリザに逆らおうとはしていない。
あ、オオカミ達が、お腹を差し出して服従のポーズを取り始めた。
「というか、どうやって俺を追って来たんだ? イーダさんに、偽の墓まで作ってもらったのに……」
「オオカミさん達に匂いで追ってもらったんだ。クラウスが生きてることを知ったのは、墓から手紙を掘り返したから」
「マジかぁ……あれ、誰かに見つけられる予定はなかったんだけどな。ほぼ遺書みたいなもんだし……というか、掘り返すの早くない?」
「むしろ、時間が経てば経つだけ、掘り返し辛いでしょ?」
抑揚のないエリザの言葉に、思わず冷や汗を流す。
エリザ相手には、気恥ずかしかったので軽い感じで書いたせいで、怒っているかもしれない。
流石に、嫁の貰い手が無いは言い過ぎだったか?
「そんなことより、クラウス」
「お、おう…」
低い声。
普段のエリザからは想像できない、感情のない瞳。
その状態のままクマから降りて来た、エリザはまっすぐに俺の下へと向かい──
「──本当に…生きてるんだよね…?」
ギュッと俺を抱きしめる。
「エリ…ザ?」
「夢じゃないよね…? 手紙も…この温もりも…全部…ちゃんと現実だよね…?」
エリザの震える頬に、涙が流れていく。
そうか……エリザは純粋に、俺の死(仮)を悲しんでくれていたんだな。
そう思うと、急にバツが悪くなる。
「ああ、現実だよ……俺は生きてる。ごめんな、死んでるなんて嘘をついて」
「ううん……クラウスが生きてるなら、良いの。クラウスが居てくれるなら、アタシはそれで……」
俺の胸に顔を埋めて泣く、エリザの頭を撫でてやる。
思いついた時は、自分の死を偽装する作戦は完璧だと思ったが、俺の死を悲しんでくれる人のことまでは気が回っていなかった。
これは明確な俺の落ち度だ。
今度からは、もう少し人の気持ちも考えて作戦を考えよう。
「ねぇ、クラウス……」
「なんだ、エリザ?」
ギュッと、もう逃がさないとばかりに、俺の服を掴むエリザが子供みたいで可愛いなと思いながら、眺めていると──
「──あの
──訂正、目の座った顔がめっちゃ怖い。
これ、子供の甘えとかじゃなくて、お前だけは逃がさないっていう拘束だったわ。
「ねぇ? なんで、アタシに黙って出て行ったの? もしかして、あの
「お、落ち着け、エリザ…!」
「アタシは最高に落ちついてるよ。クラウスの葬式が
グググと、エリザの指に力が籠っていくのが分かる。
まずい、俺の自業自得だけど、死の偽装にブチギレていらっしゃる…!
「ねぇ、誰なの? 何? アタシには言えない関係なの? ねぇ?」
「シェ、シェーネは俺を村の外まで出して、その後、旅の護衛してくれるだけで…!」
「アタシが最初に村の外に出してあげたかったのに…!」
そう言いながら、ミシミシと音を立てて俺を抱きしめる、エリザ。
「フフ、お熱いわね。じゃ、私はここで帰るわ、クラウス。私はもう旅に要らなそうだから、後はその子に守ってもらいなさい」
「待て! この状況で俺を見捨てるな、シェーネッ!!」
「何よそ見してるの、クラウス? アタシよりもその
「ち、違ッ! あ!? 折れる! 折れる!! あばらが折れるから、いったん落ち着けーッ!!」
こうして、俺の悲鳴が暗闇に響き渡る中、予期せぬ相棒との合流が果たされるのだった。
私のラインへの旅路は、過酷を極めた。
慣れない徒歩。見通しの効かない夜道。襲い来る野犬。
そして、夜道を歩く私を職質してくる警察官達(途中からは、自分から先に目的を言って挨拶をするようにした)。
しかし、これもクラウスが過酷な旅路で経験したものだと思うと、興奮と共に力が湧いてきた。
人類は昔から聖地巡りや、偉人の足跡を辿る行為が好きだが、そこには憧れの存在を追いたいという心があるのだろう。
彼らが生きていないのならば、せめてその足跡の上に自分の足を重ねる。
自分でやっておいてなんではあるが、とてもいじらしい行動だとは思う。
しかし、それこそが、歴史を知るということの醍醐味だと私は信じている。
さて、いつまでも私事を話していては、読者の皆様に怒られてしまうので、ここは一つエリザに関する逸話をご紹介しよう。
戦乙女として、勇ましく戦場を駆けた彼女ではあるが、彼女の魅力は何も武勇だけではない。
なんと、エリザは動物達と会話が出来たという伝承が残っている。
オオカミを従えて、敵を追わせる。
クマの上に乗り、ウマ代わりに乗りこなしていた。
彼女を前にした動物は、大半がお腹を晒して服従の意思を示した。
などなど、到底現実的ではない話ばかりだ。
もちろん、私も本当に動物と会話が出来たとは思っていない。
しかし、彼女の逸話に多く動物が登場しているのも、また事実だ。
何なら、ヴィクトワール朝の守護獣がクマになっているのは、彼女が決めたからとも言われている。
恐らくこの話は、彼女が村娘として牧畜を行っていたことから、来ているのだと推測する。
他の騎士や貴族と違って、明確に動物達と多く触れ合っていた彼女は、動物の扱いに長けていたことは想像に難くない。
そうした姿が、時が経つにつれて尾ひれがついて、このような形になったのだろう。
ただ、実は、この逸話は近年までそれほど有名ではなかった。
その理由は、私以前の歴史家達も誇張された話だろうと思って、大して調べなかったことにある。
しかし、そんな忘れ去られかけていた逸話に、大きく切り込んだ存在が居た。
ディヅニーである。
彼らは、私達学者とは全く異なる切り口で、エリザの新しい魅力を引き出して見せた。
映画館で、歌を歌いながら動物達と戯れ、いざという時は動物達に頼んで、クラウスを助ける。
そんな、勇ましい戦士とは、また別の彼女の姿に、私も映画館で度肝を抜かれたものだ。
エンディングでクラウスと結ばれたシーンでは、思わずスタンディングオベーションをしてしまったのは、未だに覚えている。
さて、少し脱線してしまったが、やはりディヅニーの力は大きく、今では幼い子供達に聞けば戦乙女の姿よりも、プリンセスとしての姿ばかりが語られる。
事実と異なる姿に少し思うこともあるが、これもまた彼女の歴史の一つだろうと、私は思っている。
これから先、100年後にクラウスとエリザが語られる時に、こうしたエンターテイメントの歴史も加わるのならば、彼女達の物語は決して飽きられることなく、語り継がれていくことだろう。
それは、きっと喜ばしいことなのだろうと、私は今を生きる一人として素直に考える。
何よりも──
──メルヘンチックで優しいエリザもまた、魅力的で素晴らしいとは思わないだろうか?
事実は小説より奇なり。
次回は8/10に投稿します。
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