後世の歴史家いわく、俺は面従腹背の成り上がり復讐者らしい   作:トマトルテ

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8章:ラインの悪魔

 

『私はアーサーに負けたわけではない。ラインの悪魔に負けたのだ』

 

 以上の発言はシャルル・ドゥ・ゼグリーズが、フランソワ王国に帰還した時に残した言葉だ。

 もちろん、この発言は己の敗戦の責任から逃れるものとして、王国内で厳しく追及された。

 しかし、後年、この発言は別の意味を持っていたと分かることになる。

 

 後年に、クラウスが帝国内で頭角を表してきた時に、シャルルは『あれが、ラインの悪魔だったのか』と言ったと記録に残っている。

 すなわち、第五次ライン会戦において、シャルルはクラウスにやられたと言いたかったのである。

 しかし、当時はクラウスの地位は低かったため、敵国であるシャルルの立場ではその正体が分からなかった。

 故に『ラインの悪魔』と表現するしかなかったのだ。

 

 名将シャルルに悪魔とまで言わしめた、クラウスが何を行ったのか? 

 

 ここに来て、ようやく歴史の表舞台へとクラウスは現れた。

 みなさんはクラウスは、さぞ、煌びやかな活躍を見せたと思われるだろう。

 しかし、彼の活躍はその真逆だ。

 

 泥臭く、陰湿。

 英雄と呼ばれる者の行動ではないとさえ言われる。

 実際、彼の活躍は、当時の帝国内部の騎士道的価値観から見れば、邪道に当たるものだった。

 これは、彼が公爵家に生まれながらも、まともな教育を受ける前に教会に送られたことが大いに関係しているだろう。

 

 当時の帝国の価値観では、戦う場合は基本的に正面戦闘が基本。

 強い武将に周りが付き従い、時には部下の命を守るために一騎打ちで決着を付けたりした。

 そんな、戦場で英雄が名を馳せることが時代である。

 しかし、クラウスの思考はひどく現代的なものであった。

 

 フランソワ軍の鎧を着て擬態をした寡兵を率いて、ゲリラ的な奇襲を繰り返す。

 相手の食料に毒を仕込む。

 捕虜を懐柔した上で解き放ち、内患に仕立て上げる。

 

 華やかな戦いではない。

 しかし、稀代の復讐者という彼のアイデンティティから見れば、ある意味で納得できるだろう。

 何をしてでも、目的を達成する。

 そんな、寒気がするほどの、冷徹な意思。

 

 クラウスが英雄ではなく、断罪の申し子と呼ばれる所以がそこにある。

 

 さて、ではこれから具体的に、クラウスが行った戦い方について、シャルルの手記を見ていくとしよう。

 

 

 

 

 出典:『シャルル・ドゥ・ゼグリーズの手記』。

 

 初めは誰も気に留めてなどいなかった。

 兵士の何人かが、腹を下し、嘔吐しても、偶々腐ったものを食べたのだろうと考えていた。

 だが、それは明確な過ちであった。

 

 私はこの時点で、悪魔の卑劣な策に気づくべきであった。

 

 兵士が体調を崩し始めてから、戦況は大きく変わり始めた。

 ライン側が奇襲を仕掛けてくるようになったのである。

 我が軍は大軍。対して、相手は数人の寡兵。

 

 大軍の動きは遅いため、防衛の指示が間に合わずに被害は出る。

 しかし、それはハチがクマに襲い掛かるようなものだ。

 被害はあるが、無視をしても問題のないもの。

 そのはずだった。

 

 ハチがクマをも屠る、英傑でなければ。

 

 我が軍を荒らし回るハチの正体は、一人の少女であった。

 彼女は、恐らくは英雄と呼ぶべき存在なのだろう。

 名は分からない。鎧などで見分けようにも、彼女は農民に扮して我らに近づいた。

 

 少女と侮った兵は、皆その命を絶った。

 兵士をかき集めて、数で押そうとしても、彼女は深追いせずに帰っていく。

 そんな奇襲が何日も続いた。

 

 もちろん、私は気にするなと伝令を出した。

 軍全体で見れば、大した被害ではない。

 何より、相手の苦し紛れの行動だと分かっていたからだ。

 

 しかし、兵達の動揺は取り除かなければならない。

 そこで、軍で一番の武勇を誇る、ユーゴ大隊長に軍を巡回して兵達を安心させるように、指示した。

 ユーゴ大隊長も笑いながら、次に現れたら自分が返り討ちにすると言った。

 

 

 その三日後に、ユーゴ大隊長は少女に討たれた。

 

 

 軍全体に動揺が広がった。

 この軍に、奇襲を仕掛ける少女を倒せる人間はいないという事実が、兵から冷静さを奪い去る。

 少女には『戦乙女(ヴァルキリー)』などという、仇名がついたりもした。

 

 私は軍全体に、村人であろうとも軍に近づく者がいれば、矢や魔法で近づけるなと指示を出した。

 時間を稼げれば、その間に大軍で囲ってハチの巣に出来る。

 如何なる英雄であろうとも人間だ。殺せば必ず死ぬ。

 

 こうして、一時は奇襲の被害を抑えることが出来た。

 

 だが、私は『ラインの悪魔』の悪辣さを見くびっていた。

 目に見える英雄にばかり、引き付けられていたのだ。

 

 そうこうしているうちに、どういう訳か捕虜に取られていた兵士が数人程、帰って来た。

 彼らは相手の情報を持ち帰るという、思いがけぬ恩恵を私達に与えてくれた。

 最悪の形で。

 

 

『我々が、村々から略奪して来た食料には、毒が仕込まれている』

 

 

 もたらされた情報を、握り潰すことは出来なかった。

 捕虜だった者達は、一大事だと私の耳に届く前に、様々な部隊に言いふらしてしまったのだ。

 そして、一度でも漏れた情報をせき止める方法はない。

 

 状況証拠はある。

 実際に、体調を崩した者も居る。

 軍医も改めて、症状が出た者を調べて、毒だと診断を下す。

 いや、もはやそれが毒だったかどうかは、関係がないだろう。

 

 我々の兵糧は、短い言葉で、全てが食べ物ではなく毒と化してしまったのだ。

 まるでワインに泥を一滴、こぼされたかのように。

 

 一滴でも泥が入ったワインは、それはもう泥でしかない。

 いや、適切な表現ではないかもしれない。

 汚い言葉の方がより適切だろう。

 

 糞尿を混ぜられた水を、戸惑うことなく飲める者は、そう多くは居ない。

 

 我々は、軍においての唯一の娯楽である食事の時間を、一気にババ抜きの時間に変えられたのである。

 全てが毒ではない。しかし、運が悪ければ毒に当たる。

 だが、生きていく以上は食べるしかない。

 命までは取られないと笑える者は、生憎として我が軍には居なかった。

 

 食事をするだけでかかる、精神的負担。

 奇襲を警戒して、眠れぬ夜。

 

 兵の士気が落ちるのも時間の問題であった。

 

 そして、更に悪辣なことに、奇襲に変化があった。

 今度は、我が軍の鎧を着て、逃げてきた捕虜のフリをして少女達が奇襲を仕掛けてきたのである。

 ごく最近あった、捕虜の帰還。

 前例があるから大丈夫。

 その気の緩みが、油断となって警戒を怠らせた。

 

 被害はいつもの如く軽微。

 少女はすぐに姿を消した。

 だが、仲間の姿をした者に奇襲を受けたという、衝撃は更なる不安と猜疑心を煽った。

 私は即座に、逃げて来た捕虜であっても、簡単に軍に入れないように厳命を下した。

 

 

 だが『ラインの悪魔』はそれを狙っていた。

 

 

 それから、アーサーは捕虜を無償で解放した。

 何度も、私と交渉をしようとしていたが、私が応じなかったために痺れを切らしたものと最初は思った。

 アーサーのような高潔な男ならば、取り得る選択肢だと。

 

 しかし、アーサーもまた『ラインの悪魔』の掌の上で踊っていたにすぎない。

 

 捕虜は解放された。

 だが、私達は変装した奇襲を警戒して、受け入れることが出来ない。する気もない。

 すると、行く当てのなくなった捕虜達は──ラインに寝返った。

 

 逃げ出すという選択肢を捨てて、元同胞に剣を向ける道を選んだのだ。

 それは、アーサーに手厚い保護を受けたからというのもあるだろう。

 

 しかし、一番の理由は私達に捨てられたと暴露されたこと。

 何より、先にアーサーから勧誘を受けたからだろうと、毒のことを伝えてくれた元捕虜は言った。

 

 シャルルは兵を見捨てるが、アーサーは決して見捨てない。

 

 圧倒的な数の有利があるというのに、兵の士気では完敗してしまったと、言うほかない。

 負けても生きていられると思った兵士が、本気で戦う訳などない。

 ほんの少しでも不利だと感じれば、降伏の選択肢が頭を過る。

 これは、由々しき事態だった。

 

 私達はここで勝つだけでは意味が無いのだ。

 ラインを占領して、更に進軍を行う。

 もしくは、ここをフランソワの拠点に変えて、今度は帝国の反撃を防ぎきらねば成らない。

 だからこそ、私は高確率で損害が大きく出る攻城戦を避けて、持久戦を選んだのが……失敗だったようだ。

 

 さらに、『ラインの悪魔』は人の心を弄ぶ策を使ってきた。

 

 声だ。

 寝返った捕虜達の、フランソワ訛りの声を利用したのだ

 

『奇襲だ! 迎え撃て!! また、変装をしているぞッ!!』

 

 夜、または早朝。視界が悪い時間帯。

 聞き慣れた言葉で、そんな叫び声が聞こえる。

 平時であれば、声だけでは何もならない。

 しかし、不安と緊張で追い込まれた兵士達には、それで十分だった。

 

 奇襲はない。

 仲間の気を付けろと言う、声が聞こえるだけ。

 しかし、闇の中で聞こえる自分達の足音が。

 偶然に触れてしまった仲間の鎧の冷たさが。

 

 同士討ちを誘った。

 

 一人が自軍に扮した敵だと思い、仲間を斬った。

 斬られた側が、斬った人間こそが敵だと思い、反撃する。

 その繰り返しで、あっという間に被害は広がる。

 結局、それが奇襲でないと判明するのは、敵がさっさと撤退しないという状況証拠だけ。

 

 ただの声だけで、我々を弄ぶ悪辣さ。

 かと思えば、我々が嘘に慣れた所で、実際に奇襲を行うことで我々を安心させない。

 まさに、悪魔のような手腕であった

 

 

 軍はもはや、隣の仲間すら信じられなくなっていた。

 

 

 誰が敵か? どこに敵が? 分からないという恐怖が兵の心を蝕む。

 さらにライン側へ投降しないように、仲間同士で見張り合い、ギスギスとした空気が流れる。

 相手が全く関与しない喧嘩や騒動が増えていった。

 

 そして、大軍を率いているというのに、いつまでも攻め切らない私に隊長達も徐々に不満を募らせていった。

 

 いつまでも、攻め込まないからこんなことになるのだと。

 多少の犠牲を払ってでも、城を落としてしまえばいい。

 そう、声高に叫ぶ派閥が出来てしまった。

 

 血の気の荒い若い奴らの意見だ。

 現実が見えていない。

 いや、確かにそれも選択肢としては有りだった。

 兵の士気が完全に失せる前であれば。

 

 見捨てられると分かった兵士は、軍のために命をかけることはしない。

 状況が悪くなれば、相手側に居る元同僚のように、降伏をすればよいと考えてしまう。

 これでは、一度でも(つまづ)くだけで、士気は底をついてしまう。

 

 私はそれを説明した。

 しかし、既に私の声には、彼らを無理やり言いくるめられるだけの説得力が無かった。

 彼らは彼らの派閥を作り、私に反発するようになっていった。

 

 処刑も考えたが、今それをやるのは逆効果だろう。

 何せ、軍で私だけは()()()だった。

 

 私は運が良かった。

 毒に当たらなかったので、冷静な判断を下すことが出来たから。

 私は運が悪かった。

 毒に当たらなかったせいで、総大将だけは安全を確保していると疑われたから。

 

 この状態で、強権を振るうことは、更なる反感を生み出すことになる。

 

 大軍は強い。

 結束して戦えば、いかなる状況にも対応できるのだから。

 大軍は脆い。

 一度、結束させる信頼(ひも)が解けてしまえば、再び結びなおすことは困難を極めるのだから。

 

 それは、袋からひっくり返した小麦粉を、再び袋の中に入れるに近い行為だ。

 全てを拾い上げることは不可能で、かき戻すだけで無意味な労力を割かれる。

 捨てるしかない。

 

 だが問題は、小麦粉そのものが意思を持った兵士ということだ。

 捨てられた兵は勝手に動き出す。

 私がラインへの捕虜として、見捨てた兵と同じように。

 

 ああ、認めよう。これは完全に私の失策だ。

 ラインの次を見据えるばかりに、最初から死力を尽くそうとしなかった。

 

 使えない兵を相手に押し付けることで、ラインの物資を消耗させて、こちらは消費を抑えられる。

 そんな皮算用が、逆に利用されてしまった。

 私の策を逆に利用されて、内側から食い破られている。

 策士策に溺れるとは、まさにこのことだろう。

 

 ハッキリ言おう。私は敵ながら、アーサーの高潔さを尊敬している。

 だからこそ、信用しすぎてしまったのだ。

 

 彼は絡め手など使えないだろうと。

 獅子は追い詰められようとも、決して誇りを捨てないと。

 見下しではなく、尊敬から視野を狭めてしまった。

 

 ラインにはアーサー以外にも(つわもの)が居ることを、失念していた。

 あの、奇襲を仕掛け続ける、美しき英雄が。

 どんな逆境であっても、決してアーサーを裏切らない、兵達が。

 そして何より、私の首を見えない手で絞めてくる悪魔が。

 

 一体何者であろうか? 

 事前の情報では、このような策を取る者はいなかったはずだ。

 アーサーは古くからの騎士道を好む。

 当然、部下もその性質を持った人間が集まる。

 派閥というものは、元来そういうものなのだから。

 

 ならば、外からだろうか? 

 しかし、新しい隊長や援軍が到着したという情報もない。

 

 英雄らしい少女の策かとも考えてみるが、恐らくは違うだろう。

 彼女もまた、何者かの指示を受けているように動いていた。

 故に奇襲は彼女自身の考えでもないだろう。

 

 華々しく勝ち名乗りを上げるわけでもない。

 軍の先頭に立つわけでもない。

 かといって、アーサーの代わりに指揮を執る軍師でもない。

 

 だというのに、確かにそこに存在する。

 

 決してその姿を見せずに、悪辣に辛辣に我々を苦しめ続ける。

 故にこそ、私はこう呼んでいるのだ。

 どこからともなく、ラインに現れて、我々を地獄へと引きずり込もうとする存在──

 

 

 ──ラインの悪魔と。

 

 

 

 

 

 効き過ぎて、草ww。

 いや、本当にこんなに上手くいくとは思ってなかったんだけど……。

 

「クラウスー、ちょっと石を投げただけで、相手が勝手に争い始めたんだけど?」

「え? なんで…?」

 

 フランソワ捕虜の人から鎧を借りて、バレないようにゲリラ的な奇襲を繰り返してたら、なんか急に同士討ちを初めて困惑している。

 村人の変装がバレて来たので、ちょっと手を込んだものに変えただけなのに、何故? 

 

「どうする? いつも通り、正面から突っ込む?」

「……いや、ついでだし、捕虜の人にエリザが来たって叫んでもらって、もっと混乱させようぜ。その後はさっさと帰って休もう。早上がりだ」

「分かった!」

 

 まあ、それはそれとして、利用させてもらうが。

 劉邦と項羽の四面楚歌を参考に、ワザと同士の声で動揺を誘ってもらう。

 これで勝手に争うなら、俺達が頑張る必要もないからな! 

 

 項羽(チート)なら、囲いを抜けて来る? 

 安心しろ。エリザ(チート)はこっちに居る。

 

「そう言えば、あっちの兵士が大分痩せてたけど……そんなに酷い毒を食料に盛ったの?」

「致死性はないぞ。適量なら薬に使えるものだからな。それに、あんまり多めに混ぜると、食べる前にバレるだろうし。相手の軍医とかに、食べる前に解毒されても嫌だから、せいぜい、吐いて下痢になる程度しか入れてないぞ」

 

 最初は本当に嫌がらせ目的で入れたのだが、思った以上にダメージが出たようだ。

 まあ、毎食ロシアンルーレットをするのは、精神的にキツイものがあるのだろう。

 

「へー、そうなんだ。もっと、凄い死ぬぐらいの毒でも入れてるかと思ってた」

「毒だって、貴重な物資なんだぞ? 無駄遣いは出来ないから、腹が当たる程度だと思う。バレても、あれだけの数の軍を支える食料全部を解毒しようと思ったら、そっちで軍医のリソースをめちゃくちゃに割けるし。怪我人をお前の奇襲で増やしてる最中だから、対処されても間違いなく嫌がらせにはなると思う」

 

 しかし、俺は致死量は入れていないので、安心して欲しい。

 あくまでもどう動いても嫌がらせになるようにしただけだ。

 努力と嫌がらせは結果よりも、やることに意味があるって言うしな。

 

 まあ、嫌がらせの方も、過酷な戦場の環境で脱水と栄養失調になる危険性を、あえて度外視して行ってはいるが。

 

「それに、俺だって悪魔じゃない。毒じゃなくて、感染病の(もと)を送らないだけ優しいだろ」

「感染病…?」

「……まあ、要するに風邪が移らないだけマシってことだ」

 

 歴史上の外道共と比べれば、俺など可愛いものだ。

 この寒い時期ならば、相手に天然痘患者の使った毛布をプレゼントに贈るなどという、洒落たことも出来た。

 病気で死んだ敵の死体を、優しさ100%で敵の陣地に送り返してあげることも出来る。

 

 毒など全然マシな方だ。

 何せ、病気と違って、ゲロや嘔吐から集団に感染していかないからな。

 まあ、抵抗力が弱まって病気になるのには、気を付けて欲しいが。

 

「……あっちの軍に戻った捕虜の人達、大丈夫かな?」

「うーん……まあ、自分の意思で戻ったからなぁ。俺達には何とも」

 

 解放された捕虜を思いやるエリザから、俺はソッと目を逸らす。

 ウッドベン伯爵の『君達を勇敢な戦士として、我が軍に迎え入れたい』という勧誘を断わってまで、戻っていったのだ。

 何せ、仲間に見捨てられたと知らされながらも、仲間のためにラインの情報を持ち帰っていったのだ。その覚悟は本物だろう。

 たとえ、死んだとしても。

 

「他のみんなみたいに、こっちについてくれれば良かったのに……」

「まあ、最初以降は、捕虜はみんな追い返されるようになったからな」

 

 しかし、どういう訳か、捕虜は二回目以降(一斉に開放するとその場で、暴動を起こされかねないので複数回に分けた)は追い返されるようになってしまった。

 もしかして、最初の人達が何かをやってくれたのだろうか? 

 まあ、おかげでこっちに味方が増えてくれたのだが。

 

「でも、()()()()()()、祖国に待っている家族が居るのに、良くこっちについてくれたよ……これもウッドベン伯爵の人徳か?」

 

 捕虜ではなく、完全な裏切り。

 家族が祖国に居るにも拘わらずに、こちらについてくれた覚悟には、素直に尊敬するしかない。

 俺だって、転生した記憶が無ければ、家族を捨てられなかっただろう。

 本当に頭の下がる思いだ。

 

「クラウス……」

 

 俺とは違って。

 その言葉に、エリザが反応して、丸い目を悲しげに細める。

 

「こっちに来て初めて知ったんだけど……クラウスの家族は……」

「ん? ああ、気にするな。もうずいぶん昔の話だ。顔も大して覚えてないしな」

「…ッ」

 

 恐らくは、家族が処刑されたことをウッドベン伯爵から知ったのだろう。

 エリザがとても気まずそうな表情をする。

 いや、転生者だから、本当に大して覚えていないだけなんだ。

 そんな顔をしないでくれ。

 

「まあ、俺にとってはイーダさんが第二の親だし」

「で、でも、知ってるよ…? もう、クラウスはイーダさんと会えないって……」

「死人が会いに行くわけもいかないしな。しょうがない」

 

 せっかく、死亡を偽装してまで村から脱出したのだ。

 イーダさんにも苦労をかけた。

 俺が戻って、生存をばらすわけにもいかない。

 

「でも、今の俺にはお前がいるから平気だよ。村からクマに乗って追って来た時は少し……いや、めちゃくちゃ驚いたけどさ。でも、正直に言って嬉しかったよ」

「そ、それって…!」

 

 エリザの顔がボッと赤くなる。

 俺も少し照れ臭いが、嘘は言えない。

 俺の死を悲しんでくれたばかりか、村を捨てて追って来てくれたのだ。

 嬉しくないわけがない。

 この恩は一生ものだ。

 

「ね、ねぇ、クラウス……」

 

 エリザがモジモジと手をこねる。

 軽々しく、敵兵をねじ伏せている手で。

 

「こ、この戦いが終わったら、ア、アタシと──」

「待て、エリザ。それはフラグ──」

 

 それは死亡フラグと言おうとした、瞬間。

 ガチャガチャと金属が擦れ合う足音が響く。

 それは、大軍勢が動き出した証。

 

「な、なに!? もしかして……相手が動き出してる?」

「……このタイミングで? 移動方向は……ライン城の方か?」

 

 ここに来て、どういう訳かフランソワが動き始める。

 しびれを切らして、持久戦ではなく、攻城戦を選んだのだろう。

 だが。

 

「……音が揃ってないな」

「音…?」

「それに……なんか、怒鳴り声も聞こえないか?」

「あ、本当だ。『いいから、進め』とか聞こえる」

 

 行軍にしては、どうにも統一されているように聞こえない。

 あれ程までにお行儀よく、統率されていたフランソワと思えない。

 何より、無理やり動かしているような声と、困惑する空気が伝わってくる。

 

「もしかして、意思が統一されていないのか…?」

 

 総大将ではなく、部下が勝手に動き出したのかもしれない。

 まるで、馬謖が山を登ったかのように。

 もしくは、事前準備を無視して、急な侵攻を選んだせいかもしれない。

 

「クラウス! 急いで、城に戻ってみんなと一緒にラインを守ろう!」

 

 どちらにせよ、ライン城に向かっていることに変わりはないだろう。

 エリザの言うように、防衛を固めるべきかもしれない。

 だが。

 

「いや、統率できてないなら、チャンスだ。俺達は今まで通り奇襲をかけるぞ」

 

 軍が動き出したからこそ、フランソワの兵士には()()()が生まれた

 

「動いてるところで少数だけ襲ったら、孤立状態になる。つまり、仲間同士での監視が無くなるはずだ」

「監視? 人の目が無くなったらどうなるの?」

「誰だって死ぬのは嫌だ。でも、今までは仲間の目があって、お前が襲ってきても逃げられなかった。でも、軍が前に進み始めた以上は、()()()()()()()()()。要するにだ」

 

 動いていない時であれば、孤立状態になっても、すぐに軍に戻ることが出来た。

 逆に言えば、仲間の目があった。

 だが、軍が前に進んでいる状態で、立ち止まれば当然置いて行かれる。

 そして、簡単に仲間を見捨てている戦術を見れば、わざわざ助けに来ることもないだろう。

 つまり、軍から離れれば、離れる程に──

 

 

「逃げ道をワザと用意してやって、国に帰ってもらうってことだよ」

 

 

 ──兵士は自国へと逃げ帰りやすくなるのだ。

 




クラウスは現代日本だと、特に使う機会のない才能の持ち主です。
次回は18日に投稿。

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