後世の歴史家いわく、俺は面従腹背の成り上がり復讐者らしい   作:トマトルテ

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9章:決着

 

『我が兵士達よ。今、この場に立つ諸君らの目を見れば、誰にでも分かる。

 疲れも、傷も、不安も、全てを抱えたまま、諸君らはここに立っている。

 だが、ここまで決して逃げなかった。折れなかった。

 それだけで、すでに諸君らは万夫不当の英雄だ。

 

 しかし、今日、私は諸君らに英雄であることを求めはしない。

 人間であることを求める。

 

 諸君らの守りたいものを思い出せ。

 己の命を守りたいという想いも、一切情けなくなどない。

 この土地を守りたいという想いに、決して引けを取ることはない。

 

 ただ家族の身を案ずることも、誰も笑いはしない。

 

 老いて皺だらけになった母親の手を。

 幼い子や弟妹が、諸君らの背中を見上げる視線を。

 妻や恋人と、最後に交わした約束を。

 

 守りたいだろう? 

 私がそうであるように、諸君らも己の大切なものを守りたいのだろう? 

 

 ならば、剣を取れ。弓を取れ。杖を取れ。

 武器が無ければ石を握れ。拳を握れ。

 腕が折れれば、歯で奴らの喉に食らいつけ。

 

 敵を屠る英雄であっても、逃げることはあるだろう。

 だが、何かを守ろうとする人間に逃げ道はない。

 

 我々の背中の後ろに居る、愛する者達を守るために、私達はここにいるのだから。

 

 敵は強い。戦いは残酷だ。

 今日、誰かが倒れ、誰かが泣き、明日の朝日を二度と望めないかもしれない。

 だが、だからこそ、仲間を信じて欲しい。

 

 諸君らの隣にいる戦友(とも)を見ろ。

 彼もまた、同じように愛する何かを想い、同じように恐れ、同じように立っている。

 君が倒れそうになったとき、彼が支える。

 彼が倒れそうになったとき、君が支える。

 

 それだけでいい。

 それこそが、我々の強さだ。

 勝利は、誰か一人の力で手に入るものではない。

 

 だが、一人一人が『ここで退くわけにはいかない』と心に決めたとき、その決意は鉄の壁となり、炎となり、嵐となる。

 

 恐れるな。怯むな。振り返るな。前を見ろ。仲間を見ろ。

 そして、自分が守るべきものを、胸の奥で確かに感じろ。

 今日、この戦場で、諸君達はただの兵士ではない。

 

 未来を切り開く刃であり、希望の砦であり、歴史を動かす力そのものだ。

 

 立て! 進め! 

 そして、生き残れ! 

 私達は、必ず生き残るッ! 

 皆で、生きる!! 

 

 平和を取り戻すその日まで、戦い続けるのだッ!!』

 

 出典:『マロン・アールツトの手記:第54項~ウッドベン伯爵の演説~』より

 

 

 以上は、フランソワの軍勢が、しびれを切らして攻城戦に持ち込んできた日に語った、ウッドベン伯爵の演説だ。

 ウッドベン伯爵のこの言葉は、兵士達の心に感動と炎を呼び起こしたという。

 

 ラインに根差した兵達は、涙ながらに自らの家族を守ることを誓い。

 寝返って来た兵達は、自らを仲間と疑うことなく言ってくれた、伯爵へと忠義の炎を燃やす。

 半ば崩壊状態にあったフランソワ軍とは違い、彼らは一つの砦となって立ち向かった。

 

 自分達の10倍を誇る敵軍に対しても、一歩たりとも引くことなく戦ったと伝わる。

 この演説は映画『ライン』でも、実際に使用されて、映画史に残る名シーンとして今も多くの人に語り継がれている。

 

 さて、この兵士達を奮い立たせた演説ではあるが、実は残念なことにクラウスは聞いていない。

 後年、この名演説について聞かれた時に『城の外で戦っていた』と、残念そうに語っている。

 

 では、この時、クラウスとエリザは何をしていたのか? 

 

 それはずばり、嫌がらせだ。

 彼らは、動き始めたフランソワ軍の側面を叩き始めた。

 その行動は今まで行っていた奇襲と変わらないものであった。

 

 しかし、状況が変われば同じ行動でも、別の意味を持つようになる。

 フランソワ軍の兵士達は動き出したことで、後ろに逃げ道が生まれた。

 いや、正確には後ろ以外に逃げ道が無くなったと言うべきだろう。

 

 攻城戦に打って出たということは、すなわち前方に敵が居るということだ。

 そして、側面にはクラウスとエリザが率いる奇襲部隊。

 

 前と横が塞がれている以上は、後ろに逃げる他ない。

 そして、厭戦(えんせん)ムードが漂う軍隊が思うことは、いつの時代も変わらない。

 故郷(くに)に帰りたい。

 さっさと、ここから逃げ出したいだ。

 

 後方へと逃げていった兵士達は、そのまま帰ってくることはなかった。

 

 そして、それを止めようにも、フランソワ軍は既に攻城戦に出ていたため、手が回らなかった。

 攻めている側とは言え、城からは弓矢や魔法が飛んでくる。

(注釈:当時は大砲が無かった代わりに、魔法使いが移動式の大砲のように扱われていた)

 

 古今東西、軍は脱走者には死罰という厳格な罰を与えることが多かった。

 下手をすると、普通に戦って負けるよりも罪が重い。

 それは、一度でも敵前逃亡を許してしまえば、他の者達へも怯えが伝播し、脱走に歯止めが利かなくなってしまうからだ。

 

 まさに、当時のフランソワ軍のように。

 

 

 

 

 

 出典:『シャルル・ドゥ・ゼグリーズの手記』。

 

 撤退。

 

 その二文字が頭に浮かんだのは、いつ頃だっただろうか? 

 ライン城の堅牢を崩せずに、無意味に時間が経過していると苛立った時だったか? 

 それとも、戦乙女の少女の奇襲で、脱走者が日に日に増えているという、報告を受けた時か? 

 どちらにせよ、私は総大将として決断を迫られていた。

 

 意地を貫き通して、多大な犠牲を払ってでもライン城を攻め続けるか。

 それとも、被害を最小限に抑えた上で、祖国まで撤退するか。

 

 選択は二つに一つ。

 私としては後者を選びたかった。

 しかし、他の隊長達は犠牲の大きさに、撤退を選べなかった。

 損害を出した以上は、それ以上の利益を出さなければ帰れないと。

 

 損切が出来ていない。

 

 ハッキリとそう思ったが、私も若い頃程、苛烈にはなれなかった。

 首を刎ねて、強権を振るうことも考えたが、今の状態では逆効果だろう。

 彼らの首の次に、私の首が飛ぶことは想像に難くなかった。

 

 対話に時間を割いた。

 そして、その時間で少なからぬ犠牲が増えた。

 だからこそ、通常であれば不幸である知らせも、私には天運と思えたのだろう。

 

 一際に冷え込んだ、夜。

 ヒンデンブルク辺境伯の援軍が近づいているという知らせが、伝令より伝えられた。

 

 やはり、私は悪運だけは強いようだ。

 

 

 

 

 

「やっと援軍が来たみたい!」

 

 エリザが声を上げる。

 俺達の視線の先には、遠くからでも見える豪華な金色の旗がはためいている。

 ヒンデンブルク辺境伯の援軍が遂に到着したらしい。

 数は……分からんが、まあかなり多い。

 フランソワ軍よりは流石に少ないが、それでも俺達と合わせれば、正面から戦える数だろう。

 

「フランソワの軍も、退却を始めているよ」

「おー、粘るかと思ったけど、あっさり引いて行ったなぁ」

 

 援軍の到着を見るや否や、フランソワ軍は速やかに退却を始め出す。

 良く、歴史の名将の条件に、退却を戸惑わずに行うことが上げられるが、どうやら相手は名将の部類に当たるらしい。

 まあ、あくまでも軍事知識が、三国志か日本の歴史の人間の感想だが。

 

「援軍がそのまま追撃をしに行ってるけど……アタシ達も追撃する?」

 

 援軍は地響きを立てて、逃げるフランソワ軍を追っていく。

 まあ、何のために遥々ここまで来たのかを考えれば、当然の行動ではある。

 エリザがやる気満々に、俺達も続くべきかと剣を握る。

 だが、そんなエリザに対して俺は。

 

「いや、俺達の仕事は終わったし、帰ろうぜ? 戦略目標は達成できたんだしさ」

 

 残業はしないと宣言する。

 

「え…? で、でも、手柄を立てるチャンスだよ…?」

 

 困惑する、エリザ。

 確かに、ここで追撃して大将首を取れば、大手柄だろう。

 出世も出来る。

 しかしだ。

 

「いや……俺、そんなに目立っても困るし……一応、死人扱いだし」

 

 俺は既に、死んだことになっているのだ。

 下手に目立つと、また目を付けられかねない。

 ほどほどの手柄で満足しておいた方が良い。

 今回の作戦もウッドベン伯爵に押し付け……もとい譲った方が、何かと都合がいいしな。

 

「まあ、あくまでも俺の都合だし。お前が行くって言うなら、付き合うぞ?」

 

 それはそれとして、エリザには関係がないのも事実。

 そして、今回の立役者は間違いなく、三国無双をしていたエリザなので、彼女が行くというなら付き合うつもりだ。

 もちろん、手柄は全部エリザにやる。

 

「ただ、行くなら援軍と一緒にじゃなくて、様子見してからだな」

「なんで? すぐに行かないと逃げ切られるよ」

 

 すぐに行くのは良くないと告げると、小首をかしげる、エリザ。

 

「散り散りになって逃げ回ってるならともかく、統率の取れた状態で撤退しているなら……」

 

 三国志にも逃げる相手を追撃する様子が、何度も出て来る。

 だが、そこで勝利しました万歳、となることは少ない。

 こういう時は大勝利するか──

 

「大体、最後に一当てして、反撃して来るだろ?」

 

 伏兵に反撃されるかの二パターンだ。

 

 

 

 

 

 シャルル・ドゥ・ゼグリーズが何故、名将と呼ばれたのか? 

 

 10倍の大軍を率いてなお、ラインを落とせなかった無能の烙印を押されてもおかしくはなかった。

 だが、彼の真骨頂は撤退戦にあった。

 

 生涯戦績25戦15勝。勝率は60%。

 これは世界最高勝率を誇る、同じフランソワの英雄であるアポロネン・ナダルの、38戦35勝の92%に比べれば如実に低い。

 まあ、これはアポロネンが異常過ぎるだけとも言えるが。

 

 しかし、アポロネンと違うのは、シャルルは戦に10敗したにも拘わらず、死ぬこともなければ、大きく地位を失墜することも無かった点だ。

 

 シャルルは10敗した。

 しかし、大きく軍を崩すことはなく、持ち堪えて帰っていくことが出来た。

 そもそも、彼の人生においての最大の敗北と言われるのが、第五次ライン会戦なのだ。

 

 彼の真骨頂は撤退戦の上手さにある。

 そして、ライン会戦においても、それは遺憾なく発揮された。

 

 ヒンデンブルク辺境伯の援軍が到着するのを見るや否や、シャルルは軍を畳んで速やかに撤収を始めた。

 もちろん、ヒンデンブルク辺境伯の援軍は、到着の勢いそのままにシャルルの軍を攻め立てた。

 しかし、幾度となく敗走を経験してきたシャルルは、逃走の仕方を心得ていた。

 

 ただ逃げるのではなく、追撃が行われる敵の先頭から離れるように、軍を放射状に広げる。

 この陣の厄介な所は、空から見ているのでもなければ、攻撃側は相手が逃げているようにしか見えない所だ。

 

 実際は、袋の中に入っていくように、徐々に囲まれていく。

 

     フランソワ軍

   兵 /    \ 兵

  兵 /  ↑   \ 兵

 兵 /   援軍   \ 兵

 

 図に記すと、上のようになる。

 これを逃げながら行うことで、相手からは自分達が敵陣の中央に向かっているだけと錯覚させる。

 

 そして、攻め込んでいる側が孤立したところで、今まで逃げていた側が一気に反転して叩く。

 今まで攻めているだけと思っていた敵は、慌てふためいて攻撃を受けるというわけだ。

 

 しかし、当然ながらこの作戦には欠点がある。

 

 第一に、前提条件として攻めている相手より数が多くなければ、包囲が出来ない。

 第二に、相手の勢いが強すぎれば、そのまま中央を食い破られる。

 第三に、逃げている最中は普通に攻撃を食らうので、損害前提の策であること。

 第四に、軍の統率が上手く出来ていなければ、兵がそのまま逃げて策として成立しない。

 以上の点が挙げられる。

 

 そして、前述のシャルルの手記にもあったように、フランソワ軍の統率は既に壊滅状態だった。

 それでも、上手く兵をまとめて撤退を選べたのはシャルルの能力の高さと言う他にないだろう。

 自分に従う部隊で側面を担当し、純粋に逃げる者達を援軍に追わせて、何とか形にしたのだ。

 

 さらに、シャルルは悪運も強かった。

 10度の敗走をしても、生きていたのは、彼の言うように運としか言いようがない。

 

 実は、ヒンデンブルク辺境伯の援軍ではあるのだが、辺境伯自身が率いていたわけではない。

 彼の娘が率いていた。そのため、普段よりも統率力が低かった。

 これがシャルルの幸運であり、ヒンデンブルクの不運であった。

 

 援軍を率いていたのは、クラウディア・フォン・ヒンデンブルク。

 辺境伯の次女である。

 

 このクラウディアだが、援軍を率いて来たので、エリザのような勇ましい女戦士だったと思われるかもしれない。

 しかし、それは残念ながら全くの勘違いである。

 この時、クラウディアの年齢は25歳。

 従軍経験はこの時が初めてである。

 そして、別に彼女に軍才があったわけでもない。

 

 ハッキリ言って人選ミスである。

 

 では、なぜ辺境伯はクラウディアを代理に立てたのか? 

 これもハッキリ言おう。皇帝ヨーゼフが原因である。

 

 ヨーゼフはどのような意図があってかは知らないが、この時期にヒンデンブルク辺境伯を帝都ロンベルクに呼び出した。

 当然、ヒンデンブルクは拒否しようとした。

 敵国が攻めている状態で、何を考えているのだと。

 

 しかし、ヨーゼフは従わないのは、反意(はんい)があるのではないのかと追及。

 ミハエルと、子供の時より付き合いのあるヒンデンブルクは当然、無実の罪を被せられるのではと考える。

 そして、しぶしぶ長男に後を任せて、自身は帝都に赴く。

 

 任せられた長男は、闘志に満ちてラインへと向かおうとした。

 だが、ここで急病にかかってしまい、床に()せてしまう。

 こうなってしまうと、戦に出るわけにもいかない。

 

 さらに代理を頼もうとするが、留守の間に領地を治める予定だった次男を出すわけにもいかない。

 そして、長女は既に嫁いでいるため、呼び戻せはしない。

 そこで白羽の矢が立ったのが、次女のクラウディアだった。

 

 自由に動かせるヒンデンブルク家の人間は、既に彼女しかいなかった。

 次男と交代することも考えたが、どういう訳かクラウディアは戦に向かうことに乗り気であった。

 また、指揮は信頼のおける隊長に任せれば大丈夫だろうとの、次男の判断もあった。

 そうして、クラウディアはラインへと出陣することになった。

 

 しかしながら、後にこの話を知った、クラウディアを最も知る姉はこう口にしたという。

 

『ヒンデンブルク家の末代まで残る、失策』と。

 

 果たして、姉の不安は的中した。

 クラウディアはシャルルの罠にかかってしまったのだ。

 

 まあ、仮に罠が無くとも、このような経歴の彼女が老練のシャルルに勝てるとは思えない。

 補佐の隊長がいくら経験豊富だとしても、それは総大将としてではない。

 あくまでも、兵としてだ。

 

 いや、そもそもシャルルは相手が誰でも、最低限の戦いをするからこそ、名将なのだ。

 クラウディアが勢いそのままに、突っ込み、逆に罠にかけられたのも仕方のないことだろう。

 

 しかし、シャルルの運が良いように、クラウディアもまた天運に愛されていた。

 あわや、討ち取られるかと覚悟した時に、助けが来たのである。

 

 エリザとクラウスだ。

 クラウディアはこの時のことを、後に回想し、こう述べている。

 

『運命の出会いとは、まさにこのことである』と。

 

 

 

 

 

「あなた様は(わたくし)の命の恩人……これぞまさに、(わたくし)が求めていた運命の出会い…! あなた様こそが、このクラウディア・フォン・ヒンデンブルクの伴侶に相応しい! どうか、お名前を聞かせて頂けませんか?」

 

 何か、罠に嵌っていた援軍を助けるために、しぶしぶ突撃をかました結果。

 取り敢えず、襲われていた一番偉そうな人を助けられたんだが……。

 その金髪縦ロールに緑の目、更に巨乳という、いかにもなお嬢様がどういう訳か求婚をかましてきた。

 

 

「エ、エリザ、ミュラーです……ただ…その…アタシ……女ですけど……」

 

 

 何故か、エリザに。

 

「性別など些細な問題ですわ。屈強な兵士を容赦なく切り裂く、圧倒的武勇……実に誉れ高い! まさに、(わたくし)が長年追い求めていた、英雄ですわ!」

「さ、些細な問題じゃないと思うけど……」

 

 お姫様を危機一髪の所で、救いに来た英雄。

 まあ、性別に目を瞑れば、白馬の王子様的な展開かもしれない。

 重ねて言うが、女性同士という点に目を瞑ればだが。

 

「ど、同性愛は、非生産的だって……教会で言ってましたよ…?」

「神が何ですか? 私の燃え盛るこの想いは、神であろうとも消すことは出来ません。禁忌の地であっても、愛さえあれば乗り越えられますわ」

 

 ドン引きするエリザに、熱弁をかます、クラウディア。

 ぶっちゃけ、クラウディア側のお付きの兵士達もドン引きしている。

 この世界は中世的価値観だ。

 同性愛とか、ハッキリ言ってあり得ないもの扱いされる。

 現代の価値観を知る俺でも、正直どうかと思うので、その困惑は一際だろう。

 

「ア、 アタシは、そういう趣味は無いので……」

「あら、勘違いしないでくださいませ。(わたくし)は女性が好きなのではないのです。あなたに運命を感じただけですわ。天があなたを手に入れろと、囁いているのです」

「ま、まだ、会ったばかりだし……」

「ご安心を。(わたくし)、これでも人を見る目には自信がありますので」

 

 正直に言って、頭を叩いてツッコミを入れたいところだが、相手の姓はヒンデンブルク。

 間違いなく、辺境伯の身内だ。

 下手なことは出来ない。

 

「ク、クラウス……助けて…ッ」

 

 しかし、このままエリザを放っておくことも出来ない。

 涙目で助けを求められれば、男として引くわけにはいかないのだから。

 

「失礼。私は、ウッドベン伯爵の下で軍医を務めるものです。そちらは、ヒンデンブルク辺境伯からの、ラインへの援軍とお見受けします……フランソワの蛮族を追い払ってくださり、感謝の極みです。つきましては、我が主であるウッドベン伯爵からの、礼を受け取って頂きたく……今からライン城へとご案内したいのですが、よろしいでしょうか?」

 

 取り敢えず、話を逸らす。

 今やらないといけないことを、相手に思い出させる。

 ついでに、俺と同じように困惑している、クラウディアのお付きにも目配せする。

 お前達の主だろ? 何とかしろ。

 

「丁寧な歓待の言葉、感謝しますわ。しかしながら、もうしばらくお待ちいただけますか? (わたくし)の一世一代の告白ですので、何卒ご容赦してくださいまし」

「ク、クラウディアお嬢様……まずはヒンデンブルク家としての、役目を果たしていただかなければ……」

(わたくし)はエリザさんより、お返事を頂いていません。それからでも、遅くはありませんわ」

 

 が、ダメ。

 身分の低い俺にも、物凄く優雅にお辞儀を返してくれるのに、態度は頑な。

 お付きの人も、俺に同調してくれるが、クラウディアはテコでも動かない。

 

「さあ、ご返事をお願いしますわ」

「え、えっと……」

 

 まっすぐな瞳。

 本気なのは、傍から見ても分かる。

 

「ど、どうしたら…?」

 

 だからこそ、エリザも邪険に出来ない。

 俺どころか、クラウディア側のお付きの人達にも、助けを求める声を出す。

 迷っているのだろう。

 自分では即答出来ない程度には。

 

「………ヒンデンブルク様、少しよろしいでしょうか」

「何でしょうか?」

 

 そのことに、無性に心がささくれ立った。

 エリザが別の人間の下に行くのではないかと、不安が過る。

 

「いいえ、先程、名前を言いそびれましたので、失礼の無いように名乗らせて頂きます」

 

 エリザは俺についてきてくれた。

 村を捨てて、家族と離れて。

 逃げる必要もないのに、根無し草になる俺についてきてくれた。

 その理由に気づかないほど、俺は鈍感ではない。

 

「私の名前は──」

 

 だというのに、エリザの優しさに甘えて、何も彼女に返していなかった。

 いい加減、腹をくくろう。

 俺は──

 

 

「──クラウス・()()()()。エリザの夫です」

 

 

 ──エリザのことが好きだ。

 

「………へ?」

「私の妻を惑わすのはどうか、ご遠慮して頂きたい。それでもなお、妻を、エリザを、私から引き離すとおっしゃるのであれば……それ相応の、覚悟をしていただくことになるかと」

 

 ポカンと口を開けて、俺を見つめる、エリザ。

 俺はエリザの手を離さないように、しっかりと握りしめる。

 その行為にエリザは、自分が何を言われたかを理解して、ボフンと顔をゆでだこにする。

 

「……言葉は嘘ですわね」

 

 その様子に、クラウディアが冷静に零す。

 エリザの顔を見れば、まだ、そうした関係でないのは分かるのだろう。

 

「ですが、その心は(まこと)……お互いに」

 

 だが、いずれそうなることも分かる。

 

「分かりましたわ。(わたくし)もそこまで野暮ではありません。あなた方を決して、引き離すことはしません」

「よ、よかったぁ……」

 

 静かに目を閉じて頷く、クラウディア。

 ふぅー……人が大勢いる場で、啖呵を切るのは恥ずかしかったが、効果はあったみたいだな。

 これで、この意味不明な事態は、何事もなく終わ──

 

 

「──ですので、夫婦まとめて娶りますわ」

 

 

 ──? 

 

「………今なんと?」

「クラウスさん、エリザさん、あなた方夫婦を引き離すつもりはありません。(わたくし)が二人纏めて、伴侶にしてしまえば全てが解決します。我ながら、名案だと思うのですが……いかがでしょうか?」

「なるほど……」

 

 ははーん。ようやく理解したぞ。

 自信満々に顔を輝かせるクラウディアに対して、俺は確信する。

 こいつは、令嬢らしい上品な雰囲気で誤魔化しているが、本質からして──

 

 

「バッカじゃねぇの!?」

 

 

 ──馬鹿だ。

 




三角関係は恋愛物の王道。
次回は21日に投稿。

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