「知らない天井ね……」
鼻につく消毒液の匂い、規則正しく鳴る心電図の音……。記憶が曖昧だけど、どうやら病室みたい。
上体を起こそうとしたら、ぐらっと左に傾いてしまった。
「左脚が……」
だんだん思い出してきた。ある日の出撃、私はラプチャーの攻撃を受けて墜落。その際に、左脚を失ってしまったのだと思う。
違和感はすごいけど、生還できただけでも儲けものね。
そんなことを考えていると、ノックが聞こえ、ドアが開いた。
「おや、起きたのか。調子はどうかな?」
「左脚以外は特に問題はありません」
「それは何より」
データを打ち込みながら、先生は言葉を続けた。
「君の左脚は現在作成中だ。あと1ヶ月程で完成するだろう」
「ありがとうございます。……戦線への復帰はいつ頃できますか?」
「リハビリ等含めると、大体2ヶ月後になるかな」
2ヶ月。今の戦況を考えると決して短くない時間ね。私1人で変わる戦況ではないけど、それでも救える命は減る一方だ。
「……先生」
「なにかな」
「今のままじゃ、人類は勝てませんよね」
「……ああ、そうだね」
「どうしたら、勝てますか?」
問いかけながら、そんな方法は無いと、そう思った。
それでも先生なら、きっと。
「……」
「やっぱり、なんでもな───」
「あるよ」
「え?」
「人類が勝つ方法は、ある」
そう言って、先生は"ある計画"について話し始めた。
「そんなこと、可能なんですか?」
「可能だ。前例もある。わずかだがね」
「……上層部が許しますかね」
「許さないだろうね。だが、人類の存亡と天秤にかければ首を縦に振らざるを得ないだろう」
先生が語った計画は危険極まりないもので、成功率も高いとは言えない。けど、人類の逆転の一手となるものだった。
「なります。私がなります」
「一応聞くが、本当にいいのかい?失敗する可能性は無いとは言えない」
「覚悟の上です。それに、先生は失敗しないでしょ?」
「……これ以上は野暮だね。リリス、私の全身全霊をもって君を人類の希望にしてみせるよ」
「また明日」そう言って小さく微笑むと、先生は静かに病室を後にした。
ドアが閉まり、ぽつりと息を吐く。
……正直、恐怖や不安がないと言えば嘘になる。シーツ越しに失われた左脚の感覚に触れながら、私はそっと目を閉じた。
大丈夫。これで人類は、きっと────。
1ヶ月前、突如として現れた機械生命体、ラプチャーが侵攻を開始した。
その脅威に対抗すべく、人類は世界中の軍事力を結集させた"人類連合軍"を発足させた。
しかし、既存の兵器が殆ど通用しないラプチャーの力は強大であり、人類は敗退を繰り返していた。
人類連合軍本部。
その会議室には重々しい空気が流れていた。
「……まさに、万事休す、と言ったところか」
「如何にも。白旗でも揚げますかな?」
「ヤツらに通じるならいくらでも揚げるが、そうもいかんからな」
彼らは、何処か諦めを感じられる会話しかできなくなっていた。それだけ、人類とラプチャーには圧倒的な差があった。
「……例の赫い彗星について、何か情報は掴めたのか?」
「それが全く。あらゆることが不明ですな。現段階では人類への被害は無いものの、明らかに音速を超えている。あれが戦線に加わるとなると……いよいよ滅亡でしょう」
「まさに凶星、だな。……あれが人類側のものであれば、希望の星となるのだが」
「希望的観測にすぎませんな」
「分かっている……」
重い静寂が広がる。しかし、その静寂を切り裂くように会議室のドアがノックされた。
「失礼しますよ」
「君は……」
「テンスイ大佐、入室の許可は出していないぞ」
「どうせ出すでしょう?それに、私は希望を持ってきた」
「希望だと?」
「ええ、人類の反撃の一手です。まずはこちらをご覧ください」
テンスイが提示したのは"ある計画"についての資料だった。
「これは……」
「"ヒューマノイド型対ラプチャー汎用兵器"の開発計画、だと?」
「既知の通り、旧来の銃火器は通用しません。戦車砲でなんとか、といったレベルです。しかし、ラプチャーの機動力や圧倒的な物量の前では、現状の兵器だと大きな問題がある。そこで、その計画です」
上官たちが固まっているが、テンスイは構わず話し続ける。
「身体を構成する主な物質は私が開発したガッデシアムという特殊合金です。これに液体触媒を流すと超硬度と柔軟性を両立した……ああ、詳細は資料にてご確認を」
テンスイは端末を操作しながら、淡々と説明を続けた。
「人工知能による制御も試みましたが、全てにおいて失敗。私の脳を一部模倣した制御基盤を使用したところ約80%の確率で制御に成功。それに基づいた製作理論はほぼ確立できています。ですが、私の脳以外であれば、成功率は30%もいけば上々でしょう。付け加えると……」
テンスイが説明を続ける中、上官の1人がはっと我に返る。
「す、少し待ちたまえ!君は今、自分が何を言っているのかわかっているのか!?」
それを皮切りに、絶句していた他の上官たちも声を荒らげ始める。
「人間の脳を移植して兵器にするなどと、気は確かか!?」
「この計画はあまりにも人道から外れすぎている!」
騒がしくなる会議室。テンスイはため息をつきながら、口を開いた。
「……それで?」
決して大きくはない声量。だが、そこに見える冷酷な色が室内を静まらせた。
「私とてこのようなリスクの高い手段は取りたくはありません。ただ……」
テンスイは上官たちを見回す。
「……そんな些細なことを気にしている場合ですか?」
極めて無感情に、テンスイは述べた。
「そ、それは……」
「この1ヶ月、多様な兵器を研究、開発してきました。しかし、そのどれもがラプチャーに有効打になりえない」
「そこでこの計画、というわけか」
「その通りです」
落ち着きを取り戻した上官たちがテンスイに問いかける。
「しかしだ。実際のところ、成功率が30%というのはリスクが大きすぎる」
「左様。その点についてはどう考えているのだ」
「その数値はあくまでシミュレーション上のものです。そのため、死刑囚たちで人体実験をさせてもらえればと」
その言葉に躊躇いはない。だが、テンスイの瞳の奥には苦渋の選択であることが密かに滲んでいた。
そして、上官たちも揺れていた。もしこの計画が順調に運べば、人類の勝利の兆しが見えてくる。けれども、懸念がないとは言いきれなかった。
「……この計画の有用性の根拠は?」
「こちらの報告書をどうぞ。それと……リリス、入室しなさい」
「失礼します」
テンスイの呼びかけで入室してきたのは某国軍で最年少エースパイロットとして名を馳せていたリリス少尉だった。
彼女がテンスイと師弟関係にあるというのは周知の事実であるが、この場に現れる理由を上官たちは理解できなかった。
「テンスイ大佐、何のためにリリス少尉を呼んだ?というか、彼女は今治療中だった筈だが……」
「それは報告書をご覧になった方が早いかと」
「一体何を言って……」
「ま、待て!この報告書の内容は事実か!?」
先んじて報告書に目を通していた上官が驚愕し、テンスイに詰め寄る。
テンスイは若干顔を顰めながら、肯定の意を表した。
「おい、今更何をそんなに驚く必要があるのだ」
「見ればわかる!」
そう言って、報告書を突きつける。
瞬間、疑問に思っていた上官も否応なしに驚愕させられた。
「リ、リリス少尉が既に兵器になっているだと……?」
「ええ、コードネームはリリーバイス。この計画の、所謂プロトタイプということです」
「我々に計画を通す前に既に……もう何も言えんな。この戦果は?」
「この計画を持ってくる前に用意したものです。見事なものでしょう?」
リリス改めリリーバイス。彼女とその戦果が、この計画の有用性を示す最大の根拠であった。
「……単騎でラプチャー約1000体を撃破、とな」
「加えて素手でか、凄まじいな」
「おかげさまで良いサンプルがそれなりに入手できました。ラプチャーの研究も少しずつ進むでしょう」
有用性は確保された。それも十分すぎるほどに。
「もはや計画を否決する理由はないな」
「ああ。懸念点が他にないとは言い切れないが……君のことだ、既に手を打っているのだろう?」
「よくおわかりで。対策については追ってご報告いたします」
上官たちは諦めにも似た信頼をテンスイに向けていた。
そして、この男とこの計画に人類の未来を賭けることにした。
会議室を後にした二人は、静かな廊下を並んで歩く。
「……先生。私、あの場にいる必要ありました?報告書だけで十分だった気がするんですけど」
呆れた様子でジト目を向けるリリスに、テンスイは悪戯っぽく微笑む。
「百聞は一見に如かずというやつだね。それに、実物を見せた方が、お偉方へのプレッシャーにもなる」
「まったく……相変わらず良い性格してますね」
軽口を叩き合いながら、テンスイは今後について話す。
「それはさておき……これで正式に開発許可が降りた。けど、まだ足りない」
「足りない?確かに私1人じゃどうしようもないですけど、これからなんじゃ……」
「戦力もそうだが、戦場において重要な役割を担うものだ」
「それって……」
「戦場で君たちを正しく導き、勝利へと繋げる"指揮官"だよ」
────爆音、銃声、悲鳴。
最近では珍しくもない悲惨な光景の中、男は瓦礫の陰で荒い息を吐いていた。
「クソっ……!ここまでか……!」
男は金なるなら何でもする、汚い傭兵だった。されど、優れた実力を持っていた。
男の第一優先は生存だった。命に関わるような依頼も多くあったが、引き際はしっかり見極めてきた。
しかし、ラプチャーの侵攻によって仕事は激減。報酬に見合わないような危険な依頼でも、生き残る為に受けざるをえなかった。
今回の依頼はそれほど危険ではなかった。そのはずだった。
「弾薬ももう無いな……いや、そもそも効果がないんだ。あったところでだな」
依頼先の街が突如としてラプチャーに攻撃され、瞬く間に壊滅状態になった。男も必死に応戦したが、焼け石に水だった。
「ツケが回ってきた、といったところか」
そして、遂にその時が来る。
ラプチャーが男の前に現れ、銃口を向ける。
「……クソ」
───死んでたまるか。
男は不屈の意志を瞳に宿し、ナイフを構え、ラプチャーと対峙する。その瞬間だった。
目の前のラプチャーが物凄い勢いで横に吹っ飛ばされていった。
「は……?」
突然のことに、男の呆けた声が漏れた。
「ギリギリセーフ、と言ったところかな?よくその装備で生き残ってたね」
戦場とは思えない飄々とした態度で、彼は男に話しかける。
直後、突風と共に舞い降りた少女が、ラプチャーの郡勢を瞬く間に粉砕した。
圧倒的な力を目の当たりにした男は言葉を失っていた。
「ひとまずこの場を離れようか。動けるかい?」
「あ、ああ」
「おーい、離脱するよ!」
はーい、と、またもや戦場に似つかわしくない間の抜けた返事が返ってくる。
「先生、残りのラプチャーはどうしますか?」
「後回しだ。残念だが、彼以外の生存者の気配は感じられない」
「わかりました」
短いやりとりを済ませ、近くに停まっていた軍用車に乗り込むと、すぐにその場から離れ始める。
暫く走っていると、男が口を開いた。
「……お前たちは何者だ」
警戒心を隠そうともしない声で、男は問いかける。
「その女はなんだ?さっきのは人間離れしすぎていた。軍の最新兵器か?」
「まあ、そんなところだね」
「ふん、さしずめメカゴリラってところか」
「んなっ……!?」
流石に看過できなかったのか、少女が声を荒らげる。
「ちょっと!さっきから思ってたんだけど、あなた失礼じゃないですか!?一応、命の恩人だと思うんですけど!」
「助けてくれなんて頼んだ覚えはないな」
「こっちだって仕事だから助けただけですー!」
「なら、恩着せがましいことは言わないことだな」
「くっ……!」
「仲良いね君たち」
「「仲良くない!」」
途端に騒がしくなる車内。運転手は少し胃が痛くなった。
「まあそれは置いといて、だ。君、指揮官にならないかい?」
「ちょっ……先生!?本気ですか!?」
「指揮官だと?」
少女は正気を疑うような目で彼を見つめたが、目配せをされ、渋々ながらも閉口する。
「彼女は軍の最新兵器、そのプロトタイプでね。いずれ彼女の後継機が造られ、部隊編成がされる予定なんだが……」
「部隊の指揮を執る奴がいないってことか」
「その通り。一応兵器だから、指揮を執るのは人間じゃなくてはいけないんだよ」
「お前がやればいいんじゃないのか?」
そう言われた彼は、ため息をつきながら首を振る。
「生憎、それなりに多忙な立場でね。できなくはないが、全ての作戦に帯同できるわけじゃない」
「理由はわかった。だが、何で……」
「何でこいつなんですか、先生!」
彼はふむ、と一瞬考える仕草をし、答えた。
「いくつか理由はあるが、ラプチャーと対峙しても動けること。不撓不屈の精神を持っていること。実際、ナイフだけでラプチャーと戦おうとしていたのは君も見ていただろう?」
ぐうの音も出ない様子で、少女が黙る。
「指揮能力について未知数だが……元より私が教鞭を執るつもりだったからね、問題ない」
「教鞭?その若さでか?」
「これでも生徒は多いんだよ?彼女もその1人だ」
なぜかドヤ顔で男を見つめる少女。男は顔を顰めた。
「でもまあ、一番の理由は───勘だね」
「そんなふざけた理由で……」
「ふざけてなんかいないさ。私の勘はよく当たるよ?」
極めて真面目に、彼は言った。
「それで?答えを聞こうか」
暫くの沈黙の後、男が口を切る。
「……報酬はいいんだろうな?」
その問いに彼はふっと微笑んだ。
「ああ、約束しよう。私は上層部にも口添えが効く方でね」
それを聞き、男はニヤリと笑った。
「契約成立だな」
「ああ、よろしく頼むよ」
「……なんか蚊帳の外なんですけど」
少女の愚痴を躱しつつ目礼を交わすと、彼は「そういえば」と思い至る。
「自己紹介がまだだったね。人類連合軍特務大佐、テンスイだ」
「人類連合軍中尉、リリーバイスでーす」
不貞腐れた態度を取るリリーバイスに、男は呆れた目を向けながら名乗る。
「アンダーソンだ。よろしく頼む、大佐殿」
────これが、伝説と呼ばれる部隊の始まりだった。
翌日。
「……おいリリーバイス。まさかこれを毎日やるのか?」
「多分……時間がないからじゃない?私の時よりもかなり厳しいけど、頑張ってくださいね?指揮官」
アンダーソンは絶望を滲ませた目でリリスを睨みつけ、ため息をついた。
「……不安だ」
忙しかったのは本当なんです……。ちょっと壊れた月とかにも行ってましたけど……。