恐竜の声が聞こえるのは僕だけ~異世界の侵略兵器は絶滅種でした~ 作:タク@DMP
『なんじゃ貴様ァ、偉そうな口を利いたかと思えば専門外だと? 本当に医者か?』
「帰れーッッッ!!」
キューブの翻訳機能でダイレクトに聞こえてくる煽り文句に怒鳴り返す陸奥。
「ごめん、陸奥先生……メガたちのケガ、診てくれませんか? 頼れるの、先生しかいなくって」
「……私からも、お願いします」
「あーあ、クソ……何でこうも人生って思った通りに行かないのかなあ……イクサは進んで危ないコトに顔出すし……死んだらどうするつもりだったんだい」
「まあまあ、死んだらどうしようもないですよ」
「減らず口は本当にお父さんに似たなァ!?」
『うあああー、極楽ですわ~♨』
そう言ってのけるのはビニールプールに入ったお湯に浸かるカガチ。
尻尾と頭を床に垂らし、すっかり溶けてしまっているのだった。
変温動物であるカガチにとってお風呂は極楽そのものである。
「君は君で頑丈だね。鉤爪で引っ掻かれた外傷は酷いけど、骨は折れてなかった。後は内出血と凍傷が多数。まあ温めれば多少は良くなるでしょ。傷口をお湯に漬けないようにだけ気を付けて」
『貴方、なかなかの名医ですのね~、褒めて遣わしますわー!』
「チッ、やれやれ、調子の良い連中だよ全く……」
メガの傷を縫合しながら陸奥は舌打ちするのだった。文句は多いものの、処置はいずれも適切で──メガも暴れることなく甘んじて受け入れている。
「……ほんっと、無事でよかったよ」
「ッ……ご心配、おかけしました」
「レモン君もね。とりあえずは無事で何よりだ」
「……!」
陸奥は──レモンを指差す。
「……私、イクサ君を結局また……」
「……お兄さんさ、一応イクサの保護者なんだよ。だけど……そればっかりで君の事を知ろうとしなかった」
遠い目で陸奥は椅子に座る。
イクサが出て行ったあと、テレビでユウティラヌスが暴れているニュースを陸奥も見た。
ドローンで映し出された中継には、ユウティラヌス相手に冷気の中で組みかかるカガチと、冷気ではっきりとは見えなかったものの危険を顧みず共に戦うレモンの姿も映っていた。
それを見て──陸奥は己の至らなさに気付いた。
「二つ、間違ってたことがある。一つは──お兄さんには想像力ってもんが足りなかった」
人差し指を立てながら陸奥は言った。
「君の居た世界が子供でも戦わなきゃいけない場所だってことを失念していたんだ。お兄さんには……想像できない世界だったから」
「ッ……それは、でも」
「もう一つ。イクサは──君に巻き込まれたんじゃない。自分で戦いに行った。ほんっと大馬鹿野郎だよ」
「あ、あはは……」
「だから、君が居ようが居まいが、きっと彼は……あいつらと戦いに行くんだろうね。イクサは、友達が危険な時に自分だけ安全圏に居られるようなヤツじゃない」
何処か諦めたように陸奥は言った。
そして──レモンに頭を深々と下げる。
「……さっきは頭に血が昇ってたよ。酷い事を言って済まなかった」
「わ、私こそ……! イクサ君を危険な目に……遭わせてしまって」
「だからそれはもう良いって。そこのバカが勝手に飛び出していったんだからさ」
「そんなにバカバカって言わなくても……」
「それで、上野に出た羽毛の恐竜はどうなったんだい」
そう問われ、イクサは黙りこくる。
そして──絞り出すような声で言った。
「……助けられませんでした」
場が静寂に包まれる。
「……どうする? これからもきっと、同じような事が起きるよ。君が力不足かどうかとか関係なく、現実は容赦なく君を苛む」
試すように陸奥は問うた。
イクサは泣きそうになっていたが──涙を拭う。
悔しさも、無念も、全て飲み込んだ。
ユウティラヌスはもっと苦しかったはずだから。
「それでも──やります。やるしか、ない。それに僕は……1人じゃないから」
イクサは──レモン、メガ、カガチを順々に見ていく。
「……そうか。本当に……お父さんに似て来たな」
何処か感慨深そうに、しかし──少し呆れたように言った陸奥はパン、と掌を合わせる。
「よし。今日の所は二人共、家に帰りな!」
「え、でも──」
「疲れただろ? メガとカガチは一晩こっちで預かるよ」
「でも、これ以上迷惑をかけるわけには……」
「……乗りかかった船ってヤツさ。どうせ止められないなら……お兄さん、とことんまでやるよ」
イクサはレモンの顔を見る。
彼女は不安そうに俯いていた。少なからず、巻き込んだ人間を増やしてしまったことに負い目を感じているようだった。
しかし、そんな彼女の逃げ道を塞ぐかのように陸奥は続けた。
「……あ、それと。明日、学校休んでウチに来なよイクサ君。てか、どうせ学校どころじゃないだろうけど」
「そりゃあ行きますけど。メガも心配だし」
「うん。じゃあ決まりだ。レモンも一緒に来るように。決して君にも無関係な用事じゃない」
「分かったわ。カガチを助けて貰ったんだもの、お礼をしたいわ」
「そんなのは後でいいよ。んじゃ、今日は解散。恐竜たちはお兄さんに任せといて」
『おーう、妾の事は心配せんでいいぞイクサ』
寝っ転がりながら言ってのけるメガ。何ともまあ尊大な恐竜である。
その姿を見て最初から何も心配していないんだけどな、と言おうとしたのを抑えるイクサであった。
さーやるかー、と伸びながら薬品の棚に向かう陸奥。やいのやいのと言い合いながらも甘んじて治療を受け入れているメガとカガチ。
「帰ろうか、レモンさん」
「……うん」
イクサたちに今出来る事は無く、後は休むだけ──イクサはレモンに手を伸ばすのだった。
※※※
「……眠れないや」
イクサはベッドに寝転がる。
今、下ではレモンがシャワーを浴びている。
正直また、戦いに巻き込んだ負い目を感じて何処かへ行ってしまわないか心配になったイクサだったが──かと言ってシャワーを浴びているのを見張るのは倫理的に問題が大きすぎる。
「……色々、あったけど……結局……僕一人じゃ何もできなかったな」
泥のように圧し掛かる疲労。
そして──無力感。
ユウティラヌスを助けられなかったこと。そしてダイアウルフ達も助けられなかったこと。
シャインはキューブ諸共ユウティラヌスに食われたので、結局他に恐竜を持っていたかどうかすらも分かりはしない。
一つだけ言えるのは──全ての命を救えるわけではない、という陸奥の言う通りになってしまったという点だった。
(……大口叩いたけど……やっぱり、僕のやってる事は限界があるのかな)
かと言って、やらない理由にはならない──とイクサは考える。
たった一人で戦うレモンを放っておけない。何より、恐竜の悲痛な声が──立ち上がれと奮い立たせる。
(僕の答えは決まってる。それを……レモンさんに伝えなきゃ)
ぱちん、と頬を叩く。弱気になりかけていた心を正す為に。
そんな中──扉がノックされた。
「……? レモンさんかな」
イクサはドアノブを捻る。
何の用だろうか、と考えながら扉を開ける。
そして──思わず、後ずさった。
「れ、レ、レ、レモンさんッッッ!?」
思わず声が裏返った。
ドライヤーで乾かしたての、ふわりとした長い黒髪。
こちらを不安そうに見つめる青い瞳。
そして、暗い廊下からもはっきり見える傷や痣の痕跡を残した──真っ白な肌。
しなやかな肢体をもじもじとさせながら──レモンは、それでもはっきりとイクサの名を呼んだ。
「イクサ……くん」
「待ってレモンさん!! 着替えは置いてたよね!? な、なんで、なんで──何も着てないの!?」
簡潔に言えばレモン・シトラスは──生まれたままの姿でイクサの前に立っていた。
扉を閉めようとするイクサだったが、強引に彼女は部屋に押し入り、そして──イクサの胸に縋りつく。
そうすれば当然、柔らかい肌がイクサに押し付けられるわけで。
「わわわわ!? ちょっと!! 本当に何考えてんのさ!!」
いつもの気丈さはそこには微塵も感じられなかった。
ただ、弱々しそうに彼女はイクサに希うように、ぽつりと──呟いた。
「お願い……私を……抱いて……?」