Q. もしも1981年11月1日の夜が物凄く寒かったら   作:階段下から

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第14話 ダイアゴン横丁

「夢だったんだ」

 

 (ハリー?)

 

 朝から早々に寝ぼけたことを言い始めた。子どもはもう目を覚ましているはずなのに、決して瞼を開くまいと頑なに目を閉じている。

 

 (何を言っているんだい)

 

「きっと目を開けたらいつもの物置に決まってる」

 

 (……ハリー?)

 

 ……夜の出来事はよほどショックが大きかったのか? あれだけ大事そうにしていた自分の誕生日ごと綺麗さっぱり無かったことにしようとしている。それこそ、目を開けばすぐそこに大男がソファを押し潰しながら眠っているのが見えるのに。

 

 (夢じゃないさ。ほら、目を開いてごらん。ルビウスがそこに転がっているのが見えるよ)

 

「…………」

 

 無視である。……いや、どちらかというと二度寝に入ろうとしてないか?

 

 そのままゆっくりじっくりともう一度眠りにつこうとする子ども。このままずっと寝るつもりか? もう日は昇っているのだ、さっさと起こすために声をかける。

 

 しかし効果はなく、それどころかこちらの声が子守歌にでも聞こえているのか徐々に息が深くなってしまった。より声を張り上げようとしたその時、窓ガラスから叩くような大きな音がした。音がしたほうを見ると、ふくろうが何かを咥えながら、足の爪を使って器用に窓ガラスを叩いている。

 

「うぅ……おばさんが僕を起こそうとしてるんだ……」

 

 (違う。とりあえず目を開くところから始めないか?)

 

 粘るんじゃない。

 

 ゆっっくりと目を開いた子どもは、やっと夜の出来事が夢ではなかったと実感したのか跳ね起きた。そのまま勢いをつけて駆け出し窓をひらくと、窓ガラスを叩いていたふくろうが部屋の中へと入ってくる。ふくろうは大男の上に新聞を落とし、流れるように襲い始めた。

 

「えっ」

 

 ものすごい勢いで突っつかれている。しかし大男は気にせずに眠ったままだ。子どもがなんとか追い払おうとするが、ふくろうは勇猛果敢に襲い続けている。なんなら邪魔をするなとでも言いたいのか、子どもに顔を向けて鋭い嘴をカチカチ鳴らしている。

 

「ハグリッド!」

 

「金を払ってやってくれ……新聞配達料だ。コートのどこかのポケットん中に入っちょる……」

 

 どこのポケットか言え。子どもは大男のコートにあるポケットを片っ端からひっくり返し、なんとか奇妙なコインを見つけると料金をふくろうへと支払った。

 

 流通している通貨も違うのか。子どもも不安になったのか大男へお金がないことを伝えている。

 

「心配いらんさ。おまえさんの父さん母さんが残したもんがある。よし、まずはグリンゴッツだな」

 

 大男は、グリンゴッツは魔法使いの銀行であること、ゴブリンが経営しており、流通しているコインもゴブリンが鋳造していることなどを子どもへと説明した。コインには製造番号が刻まれていることや、銀行強盗が狂気の沙汰だと思えるくらい、防犯対策がしっかりしていることも。

 

 そして、たぶん確実に誰かに話してはいけないだろう頼まれごとの話。

 

「ダンブルドア先生に頼まれてな。先生は俺にいつも大切な用事を任せてくださる」

 

 大男は誇らしげにふんぞり返っているが、子どもへ自慢げに話して大丈夫な話なのか?

 

 まったくこんな口の軽い大男に頼み事とは。きっとそのダンブルドアとやらにはろくな部下が居ないのだろうな。

 

 小屋から出ると、嵐などなかったかのように晴れ晴れとしていた。バーノンが借りた船は、船底は水浸しだったがしぶとく壊れずに生き残っている。

 

「ここには船で来たの?」

 

「うんにゃ、飛んで来た。だが、帰り道はこの船だな。おまえさんを連れ出してからは魔法は使っちゃいかんことになっとる」

 

 おや、どうやらダーズリー家は帰りの足を失うようだ。あれだけいがみ合ったのだ、大男にとってダーズリー家の人間はどうでも良いのだろう。

 

 (ハリー。ダーズリー家は海を泳いで帰ることになりそうだけど)

 

 子どもはにこやかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと首を縦にふった。なるほど、あえて何も言わないつもりのようだ。

 

 そのまま子どもと大男は船へと乗り込んだ。

 

 なお先ほど魔法は使ってはいけない。などと言っていた大男は、漕ぐのは癪だと言いながら早速魔法を使っている。

 

 船旅は行きよりも穏やかだった。大男は新聞を読みながら、子どもへと魔法界のことを説明した。魔法省という政府機関があること、ダンブルドアが大臣に請われて断ったこと、現在の魔法大臣が世にも珍しいドジであること。そして、魔法省の一番の仕事は、魔法使いや魔女の存在をマグル……特別な力を持たない存在に見つからないよう秘匿すること。

 

「どうして?」

 

「そりゃあ、みんなすぐ魔法で解決したがるようになるだろ? 我々とマグルは関わらんのが一番だ」

 

 手早く魔法で解決できるのなら良いのではないだろうか。

 

 特別な力があるのなら、秘密になんてせずに振るってしまえばよいのに。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「おいハリー! あれを見ろ、マグルの考えることはよくわからんな、え?」

 

 こいつ本当に隠すつもりはあるのか?

 

 大声でマグルだなんだと話し続けるその姿に、魔法を隠し通そうという気概を一切合切感じられない。

 

 あまりの巨漢と大きな声に、道行く人々の視線をすべてかっさらっている。これだけの注目を受けながらマグルだなんだ言っているのは、秘密を守るどころか大声で暴露しているようなものではないのか。

 

 先ほど言っていた「関わらないのが一番」とはいったい何だったんだ。先ほど言っていたことは、嘘っぱちの口から吐いた出まかせだったりするのだろうか。

 

 子どもはそんな大男とはぐれまいと小走りでついていった。電車に乗り、やがて辿り着いたのはロンドンの薄汚れた小さなパブだった。

 

 『漏れ鍋』

 

 ……知っている、ずっと昔にこの扉をくぐったことがある気がする。カウンターの向こう、たしか何かが酷く気に入らなかったような、思い出すのが嫌になるざらついた感覚。

 

 大男は子どもを店の中へと促すと、ホグワーツの仕事中だと自慢げに子どもの肩を叩いた。あまりに力強いからか子どもはよろけている。

 

 店内は一瞬水を打ったように静まり返り、それから一斉に動き始めた。

 

 全員が立ち上がり、子どもに握手を求めた。全員がこの子どもの名前を知っていて、額の傷を知っていて「生き残った男の子」を知っていた。

 

 子どもは戸惑っていた。今まで名前を呼ばれることすら少なかったのだ、無理もないだろう。

 

 握手の列が途切れかけた頃、一人の男が近づいてきた。

 

 青白い顔をした奇妙なほど落ち着きのない男。片方の目がピクピクと痙攣している。

 

「クィレル教授! ハリー、この方はホグワーツの先生だ」

 

「ポ、ポッター君。お、お会いできて、こ、こうえいです」

 

 男は子どもの手を握り、闇の魔術に対する防衛術を教えていること、自分もここに本を買いに来たのだとぼそぼそと神経質そうに話した。

 

 そして卑屈そうに、子どもに自分の教えは必要だというわけではないかもしれないなどと言いながら笑っている。

 

 子どもは教授の反応を不思議に思ったのか、こちらにちらっと目線を送ってきた。

 

 (さあ? 自分の言ったことに怯えているようにも、君に怯えているようにも見えたね。一つ言えるとしたら、あの状態でまともな授業ができるかは疑わしいくらいかな)

 

 (おっと。他にも握手したい人がいるようだよ?)

 

 子どもはこちらを一瞬睨んでから、すぐ握手へと戻った。なんとも器用なものである。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 それからやっと全員と握手し、パブを通り抜けて裏口の狭い中庭へ向かった。大男が傘の先でレンガを叩くと、レンガが組み変わりアーチ型の入り口が現れた。

 

 石畳の通りに両側にひしめく店、今にも崩れそうに積みあがった大鍋に、鳥かごに入ったたくさんのふくろうたち。子どもと同年代の少年が箒を眺め、人々は杖を振り荷物を浮かせている。

 

 子どもはそれを見て立ち尽くした。口が開いたままになっている。

 

「すごい」

 

 こちらもうっすらと見覚えがあった。この大通りも、あの大釜の店や本屋もなんとなく使っていたのだろうという感覚がある。あの角を曲がった先にある薄暗い路地——ノクターン横丁も。なんとなくではあるが、ノクターン横丁には毎日のように通っていたような気がする。……はて、僕は働いてでもいたのだろうか?

 

「さ、グリンゴッツだ」

 

 白い大理石の建物。磨き上げられた扉の両脇に、制服を着た背が低く指先が長い生き物がいた。扉は二つあり、二つ目の扉には盗もうとしたらどんな手を使ってでも殺すし逃がさない。というような決意に満ちた盗みに対する警告文が刻まれていた。

 

 大男は窓口で子どもの金庫の鍵と手紙を渡した。あの手紙が、例の頼まれごとだろうか。

 

「七一三番金庫の例の物って何?」

 

「それは言えん、極秘でな」

 

 喋ったりしたらどうなることやら、などと言っているがそれは話していることにはならないのか? いったい何を頼まれているのか、俄然興味がわいてきた。

 

 金庫へ向かうにはトロッコに乗る必要があるらしい。一行が乗ったトロッコは暗い坑道を猛速度で走った。大男は顔を真っ青にしてトロッコにしがみつき、辿り着いた頃には転がり出るように降りてくったりとしてしまった。

 

 (ハリー、君は平気そうだね)

 

「何が?」

 

 隣でくたばりかけている大男を横目に平然としている。そういえば、煙突などの高いところも怖がらなかったな。

 

 大男が落ち着いてから、ゴブリンは金庫の扉へ鍵を差し込んだ。子どもはあっと息を呑み、見えた金貨の山を見つめていた。

 

「おまえさんのご両親が残してくれたんだ」

 

 ダーズリー家はこれを知らなかったのだろう。きっと知っていたら全てをダドリーのものにしていたはずだ。

 

 しかしこれだけお金があるのに、子どもが食べるものにも着るものにも困る状況は何とかならなかったのだろうか? 手紙に『階段下の物置内』とまで宛名に書いてある割に、ああも『生き残った男の子』として有名なくせに。

 

 壊れた丸眼鏡にぶかぶかの服、健康とは言い難い痩せた体格。誰もかれもが子どもの現状を不思議に思っていない。

 

 ……。

 

 お金を詰め込んだ後、大男が大事な用事だというもう一つの金庫へと立ち寄った。

 

 厳重な警護の向こうには、薄汚れた小さな包みが一つ転がっていた。中身が少しでも見えないかと近くに寄って見てみたが、どうやら茶色い紙でしっかりと包まれているのか、少しも見えなかった。大男はそれを大切そうにコートのポケットへとしまった。

 

 子どもは、僕が包みの周りをふらふらしていることに気付いたのか、帰りのトロッコであれが何かわかったかと聞いてきた。

 

 (何も? みすぼらしい見た目だけど、しっかり包装されていて中身は見えなかったよ)

 

「なんだダメじゃん」

 

 そしてこの言いぐさである。知りたくてたまらないのであれば大男に聞けばよいのに。

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