Q. もしも1981年11月1日の夜が物凄く寒かったら 作:階段下から
日が傾き始めた頃には、ペットを無くしたという少年が来たり、教科書を丸暗記したという少女が来た。僕の記憶にはないが、はたしてこんなにも汽車の中は騒がしいものなのだろうか?
「学校卒業後? みんないろんなことしてるよ。僕の兄さん、チャーリーはルーマニアでドラゴンの研究、ビルはアフリカでグリンゴッツの仕事をしてるんだ。……そうだ、グリンゴッツのこと聞いた? 誰かが特別警戒の金庫に侵入しようとしたらしいよ」
「えっ! それって捕まったの?」
「ぜーんぜん捕まってないみたい。パパはきっと強力な闇の魔法使いだろうって言うんだけどさ、侵入したのになんにも盗らなかったらしくて。変だよね」
なんだ。グリンゴッツの決意に満ちた盗みへの警告文はただのはったりだったのか。
ロンは続けて、こういう事件が起こると陰に『例のあの人』がいるかもってみんな恐がるんだ。などと言い始めた。まったくもって失礼な事実無根の冤罪である。
(僕は何もしていないよ)
何か言いたげに目を向ける子どもをばっさりと切り捨てて続ける。
(そもそも僕一人で動ける範囲はそう広くはないだろう? 何かしら事件が起こったからって全部僕のせいにするというのは、ただ考えなしなだけじゃないかな。何も盗らずに消えたのなら、どちらかというと腕試しか度胸試しな気がするけど)
もしくは盗みに入ったものの、目的のものが見つからなかったか。
……そういえば大男が立ち寄った金庫も厳重な警護だったな。中身は薄汚れた小さな包み一つで肩透かしをくらったが。
子どもは納得したのか、そのままロンへと視線を向けて次の話題を話し始めた。今はクィディッチという魔法界にあるスポーツの話をしているらしい。それにしても次から次へとよくもまあ話題が尽きないものだ。
「このコンパートメントにハリー・ポッターがいるって聞いたけど。……君がハリー・ポッターだったのか」
コンパートメントの戸が開くと、ダイアゴン横丁で出会った少年が後ろに二人ほど体格の良い人間を従えながら立っていた。どうやら少年は、探していた対象がダイアゴン横丁で出会った子どもだと気付いたようである。
「知り合い?」
「えっと……知り合いっていうか」
子どもの視線に気づいたのか、そのまま自己紹介をし始めた。
「ああ、後ろのこいつらはクラッブとゴイル。僕はドラコ・マルフォイだ」
その紹介を聞くと、失礼な赤毛の少年はクスクスと笑い始めた。誤魔化すかのように咳払いをしているが隠しきれていない。そうやって初対面の人を名前で馬鹿にするのは、あまりにも常識が無いのではなかろうか。
(人の名前を笑うだなんて品性を疑うね)
「僕の名前がそんなにおかしいか?」
「ぜんぜんおかしくないよ! 僕はハリー・ポッター」
子どもは僕と少年の反応からまずいと感じたのか、即座に立ち上がり赤毛の少年を見えなくしつつ、ぎこちなく手を差し出した。
そんな失礼で常識の無い人間なんて、僕は庇わなくてもよいと思うが。ドラコは赤毛の少年から視線をそらし、子どもの握手へと応じた。
「よろしく。魔法族にも家柄のいいのとそうでないのがいるからね、そのへんは僕が教えてあげようじゃないか」
「ありがとう。……でも僕は自分で話して決めたいな」
ドラコは少しばかり気分を害したようだったが、子どもが曇った顔をしたのを察したのかふうんと頷くだけに留めてそれ以上は何も言わなかった。少なくとも、赤毛に比べて彼には引き際が分かるらしい。
「座る?」
子どもはそのまま彼らをコンパートメントへと招待した。ドラコはすっと赤毛の少年へと目を向けた。あちらもあちらで大変驚いた表情をしており、そしてそのうちどちらも嫌そうな表情に変わった。
(ねえハリー。そろそろホグワーツに着くんじゃないか? それまでに、この散らばっているお菓子を何とかしたほうが良いと思うよ)
子どもは座席に積まれている菓子へ視線を向けた。結局未開封のまま積まれている大量のお菓子へ。百味ビーンズはまだ箱の底に少し残っており、蛙チョコも未開封のものが積まれている。大鍋ケーキも半分ほど残ったままだ。かろうじて食べきっているのはかぼちゃパイくらいだろうか。
「ね、お腹空いてない? 僕ちょっとお菓子を買いすぎちゃって」
なに控えめに申告しているんだ。
この菓子の山はどう頑張っても「ちょっと」どころではないだろう。
ドラコも一瞬疑問に思ったのか目を瞬かせたが、何も言わずに子どもの隣へと菓子を避けながら座った。
クラッブとゴイルも席へ座りながら、遠慮もせずにそのまま蛙チョコへと卑しく手を伸ばしている。ロンは一瞬遠慮したものの、子どもがもったいないからと大鍋ケーキを手渡して強制参加させていた。乱入者を交えて、子どもはそのままクィディッチの話へと戻っていった。
「僕、今までマグルの家に住んでいたからクィディッチのルールも知らなくて」
「それなら僕が教えてあげるよ」
「必要無いよ。僕がもう説明してるんだから!」
……大丈夫だろうか? 子どもを挟んで言い争いが始まった。子どもはそれを無視しながら、風船ガムの消費を諦めたのかパッケージを端の方へと寄せている。
「そういえばダイアゴン横丁で箒を見たよ。『ニンバス2000新型』って、箒にも種類があるの?」
「もちろんさ! ニンバス2000はすごい箒だよ! 他の箒……例えばコメットなんかは見栄えはいいけど、ニンバスと比べると全然格が違うよ」
「はっ、わざわざニンバスのためにコメットを下げる必要はないね。ニンバス2000は最新モデルとだけあって良い箒だが、コメットだって箒ブランドとして高性能さ」
そのまま子どもを放置し、たかだか箒で二人は言い争いをし始めた。正直なところ専門用語ばかりで何一つ興味が湧かない。魔法使いなのであれば、箒など使わずとも身一つで空を飛べばいいのに。……それ以前に彼らは知り合いなのだろうか、顔を合わせるやいなや険悪さを出しはじめたが。
子どもは、ロンもドラコもクィディッチ熱はほぼ同じくらい高いと気付いたのか、そのまま二人にクィディッチの質問を投げて上手くとりなそうとしている。
「二人とも詳しいね。クィディッチには大会とかもあるの?」
「もちろん! プロのリーグがあるよ」
「リーグだけじゃないさ。国際大会としてクィディッチワールドカップだって開催されているんだ」
いや、子どもは火種を投げ続けているのだろうか? 被せるようにそれぞれ話し始めた二人は、一瞬相手を見たと思ったらまた顔を歪めて睨み合っている。
「……プロのクィディッチチームもたくさんあってね。もちろん僕はチャドリー・キャノンズを応援してるよ」
「チャドリー・キャノンズ?」
先ほどの仕返しだろうか、ドラコはチーム名を聞いて鼻で笑った。
「なんだよ」
「冗談だろう? 本気であのチャドリー・キャノンズを応援しているのか? 最後に彼らが優勝したのは、君の両親が生まれるずっと前じゃないか。今じゃ鳴かず飛ばずの低迷弱小チームで、リーグにいること自体が奇跡だよ」
そのままドラコは、彼らのモットーだって今じゃ『幸運を祈ろう』みたいな願望じみたものに変わっていなかったか? とロンを器用に煽りながら、子どもに最近の強いチームや優れた選手を教えている。
「はんっ、どうせ勝っているチームしか応援しないんだろ?」
「わざわざ負けるようなチームを応援する趣味はないね」
何故子どもを挟んでいがみ合っているんだ。
子どもはニコニコしながら二人の話を聞いているが、残りの百味ビーンズを食べる手が止まっている。嫌な味でも引いたのだろうか。
「クィディッチには反則とかもあるの?」
「あるよ! 七百種類」
「七百!?」
「しかも、全部とある決勝戦で行われたんだ」
「チェイサーを動物に変身させたり、敵の箒に火をつけたり」
「あとは斧で相手を直接攻撃したり、吸血コウモリを放ったりね」
……野蛮すぎないか? そんなスポーツが人気とは魔法界の程度も知れるな。反則として七百も禁止する前に、競技そのものを見直した方が良いんじゃないか?
「今でも伝説の試合として語り継がれてるんだ。そんな試合一度は見てみたいよな!」
「出場するのは御免だけどね」
「こわいのかマルフォイ?」
「吸血コウモリに襲われたい物好きじゃないだけさ。君と違ってね」
一瞬意気投合したと思ったらまたいがみ合い始めた。子どもを見ると、少し顔が引きつっているようだ。
「えっ。……その、人を動物にして反則で済むの?」
「反則だから今じゃ誰もやらないけどね」
「そうなんだ……」
反則だからしないのであれば、ルールになければやって良いという考えなのだろうか。
どうにも魔法界育ちの子供たちは、死人が出そうなスポーツに何も違和感を覚えていないようだ。この子どもには絶対にやらせたくない。不運で間の悪い子どもでは一瞬で死んでしまいそうだ。
◇
ふと窓の外を見たドラコは、そろそろ汽車が到着するだろうと菓子を食べ続けていたクラッブとゴイルを立たせ、自分のコンパートメントへと戻っていた。
「……ねえ、気を付けたほうが良いよ。マルフォイの家族は『例のあの人』が消えた時、闇の陣営からまっさきにこっちに戻ってきたんだ」
ロンは暗い顔をしながら、子どもへと話し始めた。
(別に、多少のつきあいであればそう影響も無いと思うよ。それに彼の父親はホグワーツの理事の一人だとダイアゴン横丁で言っていただろう? 伝手として、適度な関係は残しておいて損はないんじゃないかな)
子どもはロンへ相槌を打ちながら器用にこちらを睨みつけてきた。……よくわからないが何やら不服そうである。
「二人とも急いでローブに着替えたほうがいいわよ。運転手さんがもうまもなく着くって」
コンパートメントの戸を開き、先ほどの教科書を丸暗記したという少女ハーマイオニーが顔を出して言った。そしてロンの鼻に泥が付いていることを指摘するだけ指摘して去っていった。
二人が着替え始めるのを横目に残りの菓子を確認する。……どうやらクラッブとゴイルは蛙チョコレートやケーキなど食べやすいものを食べていったようだ。それでもまだ少し残ってしまっている。
(ハリー。食べきれなかった分はどうするつもりだい?)
着替え終わった子どもは、菓子に目をやるとそのまま黙ってローブのポケットへと詰め込み始めた。入りきらなかったのかロンのポケットにも詰め込んでいる。……とりあえず、買うだけ買ってそのまま放置にはならなそうだ。
ちょうど到着したのか汽車は緩やかに停車した。窓の外を見ると完全に日が落ちており、夜風が寒いのか子どもは身震いしている。
「一年生! 一年生はこっちだぞ!」
大男の声が響いた。ゆらゆらと灯りをかざしながらこちらへ近づいてきている。
「ようハリー! 元気か?」
「ハグリッド!」
少し前にも顔を合わせているだろうに、二人そろって嬉しそうだ。大男は一年生を集めると、狭く険しい小道を歩き始めた。
「さあ! もうすぐホグワーツが見えるぞ!」
静かに歩いていた一年生たちが、わっと声をあげる。狭い道が開けると大きな湖のほとりが見えた。湖のむこうには、大きな城がそびえている。
石造りの城。かつての僕が何かを学び、そして何か偉大なことを始めたであろう場所。
……。
見れば何かを思い出せるかと考えていたが、別に何も思い出せなかった。