Q. もしも1981年11月1日の夜が物凄く寒かったら 作:階段下から
「ハーマイオニー、これは?」
「駄目よ」
開かれた本を子どもが指差した途端、ハーマイオニーは間髪入れずに却下した。子どもが指差した呪文を確認すると「Bombarda」という名の爆発呪文が載っていた。ロンは子どもが指差した呪文を見て目を輝かせている。
「強そうじゃん? なんで駄目なのさ」
「だって危険すぎるわ、その呪文はいわくつきだもの。あなたたちだって一度はホグワーツにある人の形をした焦げ跡を見たことはあるでしょう?」
首を左右に振りながら、ハーマイオニーは説明し始めた。「Bombarda」はおそらくホグワーツで最初に成功したとされていること。そして、その際についたらしい焦げ跡が鐘の音が大きく響く廊下に今も残っていること。僕としては危険だからこそ覚えたほうが良いと思うが……。
「あー、フレッドとジョージに聞いたことあるかも? あの焦げ跡はフィルチが消そうとしても消せなくて、最低でも百年以上は残っているかもしれないって」
「焦げ跡って人の形をしてたよね? ……なんで?」
三人は顔を見合わせて黙り込んだ。
あのハロウィンから数日ほど経過した。以来三人は時間があれば集まって勉強したり、使えそうな呪文を練習するようになっていた。スネイプとフラッフィーの攻防を見て危機感を覚えたらしく、危険なものに遭遇した時のために使える魔法を増やそうと考えているらしい。
僕としてもあの無詠唱での呪文は見事なものだった。隙を突いて横から掠め取る場合、最大の難関は彼になりそうではある。それに僕の生存のためにも、子どもが使える魔法は多いに越したことはない。
「やめよやめよ、気にしたってしょうがないよ」
ロンが手を振り、三人はまた呪文を探し始めた。ぺらぺらとページをめくる子どもの手元を見る。……汎用性が高いとなると、スネイプが使用していた魔法も便利ではあるだろう。
(スネイプが使っていたような呪文はどうだい?)
子どもが手を止めたため続ける。あの巨体を跳ね返したのだ、上手いこと間合いがとれるようになるだけでだいぶ生存率も上がるはずだ。問題は一瞬の攻防だったことで杖の動きが見えなかったこと、さらに無詠唱だったために使用した魔法が断定しきれないことだが。
(……たぶんあれは『Flipendo』という衝撃で相手を弾き飛ばすジンクスか、『Depulso』という相手を術者から遠ざけるチャームだよ)
子どもは小さく頷いて呪文を探し始めた。見つけたのか、ロンとハーマイオニーへ相談している。
「……たしか『Depulso』はもっと後の学年で習うはずよ、今の私たちでは難しいかも。『Flipendo』は良さそうね」
もっと後? ではそれはいつだ、一年後か二年後か? そんなに悠長にしていてあれがいつまでも同じ場所にある保証など無いじゃないか。
「あのスネイプが使ってたかもしれない呪文かぁ、確かに距離とれるに越したことはないもんな」
ロンは双子のいたずらから逃げる時にも便利そうだと子どもに頷いた後、爆破呪文についてハーマイオニーに質問し始めた。どうやらまだ派手な攻撃呪文に未練があるようだ。
「そもそも一年生が自主練習で扱うには、爆発呪文は危険すぎるのよ? 私だって危険な魔法を自分で使おうとは思わないわ、壁のしみになりたくないもの」
ハーマイオニーの中では、あの焦げ跡はやらかした人間が壁のしみになったのだと結論付けられたらしい。流石にやらかしてもそうはならないと思うが……、不運なこの子どものことを考えると問題ないとは若干断言し辛いな。
「ウーン……、あっじゃあ爆発がダメならこれは? 『Incendio』、これなら炎を出すだけだろ?」
「いいわね。これから寒くなるし、炎を出す魔法なら私も少し知っているから教えられるかも」
十一月のホグワーツは、ハーマイオニーの言う通りかなり寒くなっていた。毎朝校庭は霜で覆われるようになっており、吹き抜けの廊下を生徒は凍えながら歩いていた。
「『Flipendo』と『Incendio』。……もし私たちがスネイプ先生のように危険な場所に入り込んでしまったのなら、まずは逃げ道を確保できることも大事よね」
考えがまとまったのか、ハーマイオニーは勢いよく基本呪文集をめくり始めた。
「私からはこの魔法を提案するわ。『Alohomora』、この呪文を使えば鍵を開けることができるの。逃げ道を塞がれたりした時にも使えそうでしょう?」
(……覚えておきなよ。またダーズリー家の人間が君を閉じ込めようとしても、鍵なんて意味がなくなるだろう?)
「いいね! 僕その呪文覚えたいかも」
子どもが食い気味にハーマイオニーへと賛成した。最終的に三人は、それぞれ提案した呪文を一緒に練習することにしたようだ。そう、たった三つ。……それであの守りを抜けるとは思わないが、何もないよりはましだろうか。
◇
「ハリー今日はクィディッチだよ! グリフィンドール対スリザリン、良い席とりにいこう!」
朝早くに起きたロンはそう言いながら子どもを叩き起こした。ホグワーツ中が浮足立っており、どうにも騒がしい。ロンによると、十一時にはみんな良い観客席をとろうと混雑するらしく、数時間早めに移動すべきとのことだ。
「さあさあ、急いで朝食食べていこう!」
テーブルでロンはグリフィンドール対スリザリンの話ばかりをしており、同じくクィディッチ好きのシェーマスがケチャップを山盛りにしながら相づちをうっている。子どもはまだ少し眠いのか、トーストをゆっくりと食べていた。
「あっ、ハーマイオニーおはよう! それって双眼鏡?」
「おはようロン。ええ、クィディッチの試合を初めて見るのだから、せっかくならと思って」
そう言いながら、寒さ対策としてジャムの空き瓶に入れた青い火も作ったのだと彼らへ見せている。炎を出す魔法を少し知っていると話していたが、既に使いこなしているようだ。最終的に、子どもを含む同部屋の五人にハーマイオニーをあわせた六人で、観客席の最上段を陣取った。
試合前の競技場は、前に子どもとロンが見学した時とは様子が違って見えた。寮色のマフラーや旗があちこちで風にはためいている。最上段は風も強いのか、子どもは少し寒そうにしながらハーマイオニーの火を借りて暖まっていた。
「来たよ!」
歓声を浴びながら選手が入場してきた。どうやらマダム・フーチが審判なようで、正々堂々勝負してください。と念押しをしている。審判の笛の音が鳴り響くと、一斉に選手が空へと舞い上がった。
「さあグリフィンドール対スリザリン戦始まりました! クアッフルは早速グリフィンドールのチェイサー、アンジェリーナ・ジョンソンの手元へ! 何て素敵で魅力的なのでしょう、ときめきが止まりません!」
「ジョーダン?」
「先生失礼しました!」
双子とよく共に行動しているリー・ジョーダンが、マクゴナガルに監視されながらも実況放送をしている。……だいぶグリフィンドール贔屓の実況のようだ。
グリフィンドールが先取点をとると大歓声が広がった。子どもやロンも歓声を上げており、逆にスリザリン側からは野次やため息があがっている。
「よう、ちょいと俺もいいか? 小屋から見とったんだがな」
「ハグリッド!」
大男は首から大きな双眼鏡を下げており、完全に観戦するつもりのようだ。森番の仕事は放ってきているのだろうか、子どもたちはギュッと詰めて大男の場所を空けた。
「観戦席から見るのは違うのでな、スニッチはまだ現れとらんか?」
「まだだよ! どっちのシーカーも見つけてないみたい」
……いや待て。大男までここにいるということは、今城内は想像した以上に手薄なのではないか? それに競技場へこれだけの人が集まっているのだ、今こそ犯人にとって石を盗む良い機会じゃないか。観客席を見渡すと向かい側のスリザリン席にスネイプがいた。自分の寮の試合だからだろうか、それともやはり協力者がいるのか? よく見れば他の教員も観戦している。
(ハリー)
呼びかけは怒りの声によってかき消された。試合を見ると、どうやらスリザリンが何かしらの反則をしたようだ。
「なんだよあれ、退場させろよ審判!? レッドカードだ!」
「ちょっとディーン、サッカーみたいな退場はクィディッチにはないんだよ。ところでレッドカードって?」
子どもとディーンはレッドカードをロンへと説明している。競技場はまだ非難の声で埋め尽くされていた。
(ハリー)
……もう一度呼びかけても、子どもは試合に夢中で反応しない。今はクアッフルを目で追ったりスニッチを探しており、ただただ目の前のくだらない試合へと釘付けになっている。
……。ゆっくりと子どもから距離をとり、観客席から離れて競技場の外へ向かう。
自分がどこまで意識を伸ばせるか、限界を試したのはいつが最後だっただろう。そしてここは魔法学校なのだ。マグルの世界と環境も異なるため、もしかすると以前よりも子どもから離れられるかもしれない。……しかし、可能性があるならと考えたものの、やはり途中で意識がほどけるように朦朧とし始めた。城はまだはるか遠く、どうにもならない程度には距離があった。
機会が目の前に転がっているというのに、こんな忌々しい状況でさえなければ。
「おぉ! ブラッジャーがフリントの顔にぶつかりました。先ほどの胸くそ悪いファールのしっぺ返しでしょうか、鼻もへし折れるといいんですが」
「ジョーダン!」
「嫌だな先生、冗談ですよ冗談。あーっとここでスリザリン得点です、あ~あ……」
子どもの元へ戻ると、今度はスリザリン側で歓声が上がり、子どもからはため息があがっていた。その後も試合は進み、どちらの寮も何度も点を取り合った。子どもは声を枯らさんばかりの歓声を上げて試合に夢中になっている。僕は今こんなところに留まっている場合では無いのに。
最終的に、スリザリンのシーカーがスニッチを取ったことで試合は終わってしまった。
「あーあ、スリザリンは不利になると反則し始めるんだから。それこそディーンが言ってたように退場ルールが出来ないかなぁ」
ロンは枯れた声で嘆いている。生徒らがぞろぞろと城に戻り始めるころになって、やっと子どもはこちらへ目線を向けた。
しかし話を聞こうとしたところでもう今更無駄なのだ。きっと僕は、何もできないままに好機を一つ失ってしまった。
石が僕に効くかどうかなんて分からない。そもそも石が本当にあの下にあるのかすら不明だ。冷静になればそんなものに期待して縋りつくだなんてどうかしている。
……だがそれでも十年なのだ。何もできないこの無力な寄生状態から、やっと抜け出せる可能性が一つ見つかったというのに。このまま子どもにあわせて何も進まない時間を漠然と浪費するなど御免だ。