Q. もしも1981年11月1日の夜が物凄く寒かったら 作:階段下から
時間を漠然と浪費するなど御免だ……などと考えてからもう何週間が経過しただろう?
結局のところ、僕がひとり息巻いたところで肝心の手段が好き勝手に生えてくるわけでもなく。また子どもを思い通りに動かそうと思ったところで、肝心の子どもが僕の思い通りに動くほど素直なわけでもなかった。
そして子どもは、知りたいことは一通り把握できたつもりなのか、ただ純粋に地道な調査に飽き飽きしているのか、今はロンと遊んだり杖を振り回すことに熱心なようだ。
僕としても下手に石に執着していると誤解されると困るため、石の調査は行き詰まりつつある。
「『Flipendo』を練習するのなら、ちゃんと先生に許可を取るべきよ」
「そこまでしなくたって良くない? 爆発呪文じゃないんだからさ、『Incendio』は談話室の暖炉で練習したろ?」
「うっかり誰かを吹き飛ばしたらどうするの」
提案された三つの呪文のうち、二つはハーマイオニーが既に学んでいたため子どもとロンはコツを教わりながら習得していた。だが『Flipendo』についてはハーマイオニーも使ったことが無いらしい。
「じゃあ、どの先生に聞いたらいいかな?」
「ウーン。とりあえず僕はスネイプとマクゴナガルはやめたほうがいいと思うなぁ。許可してくれそうなのは……スプラウト先生か、フリットウィック先生、クィレル先生?」
「……その中ならクィレル先生かしら? 闇の魔術に対する防衛術の先生なのですもの、空き部屋と一緒に訓練用の人形だって貸してもらえるかもしれないわ」
「いいね! クィレル先生ってば押しに弱そうだし、僕ら三人で押せば何とかなりそう」
ロンの一言で、最終的にクィレルへと相談することに決めたようだった。それにしても子どもはロンの言葉になるほどと頷いているが、常に怯えているような教師を三人で囲って圧力でもかけるつもりなのだろうか?
そうして三人は、防衛術の授業終わりに教師の中でいちばん押しに弱そうなクィレルを捕まえた。可哀想にクィレルは震えている。
「えっ……? あ、あの、み、みなさん、ど、どうされました?」
「クィレル先生! 実は私たち、先生に相談したいことがあるんです」
間髪を入れず、ハーマイオニーは話し始めた。本で見つけた『Flipendo』を練習したいこと、できれば空き部屋や訓練用の人形を貸してほしいこと、そしてこの相談は防衛術のクィレル先生だからこそ頼んでいると。
「「お願いだよクィレル先生!」」
クィレルは困ったような声を出しながら少しずつ距離をとろうとしているが、三人はその分だけ距離を詰めている。膠着状態が数分ほど続いたのち、とうとう空き部屋の使用許可と、訓練用の人形を用意してもらう約束までちゃっかりと取り付けた。クィレルは急いで用意したのか、それからほどなくして迎えた防衛術の授業終わりに、三人は呼び止められて用意したという空き部屋へ案内された。
「クィレル先生、ありがとうございます!」
案内された部屋は、普段ほとんど使用されていないのか、壁際に家具などが寄せられていた。部屋の中央には、古い甲冑のようなものを着た訓練用の人形らしきものがぽつんと置かれている。
「ありがとうございます! それじゃあさっそく……Flipendo!」
子どもが呪文を唱えたが……そよ風だろうか? 訓練用の人形がほんのかすかに揺れただけで、あまりにも頼りなく微妙だ。
「も、もう少し、杖はこ、こう振るといいですよ」
「こうですか? Flipendo!」
アドバイスをもとに再度子どもが杖を振ると、人形が目に見えて後ろへ押されている。
「やった! クィレル先生ありがとうございます!」
「で、では、気をつけて……」
コツを教えるだけ教えるとさっさと行ってしまった。少し話すだけで改善できるなら、教師としての能力はあるだろうに。怯えた様子のせいで生徒に舐められているのはなんとも勿体ない。
その後も何度か同じ部屋を借り、三人は『Flipendo』が形になるまで時間を見つけては呪文の練習を続けた。
◇
そうこうしているうちに、十二月も半ばを過ぎホグワーツではクリスマス休暇の話題が増え始めた。湖は凍りつき、中庭も深い雪で覆われている。なお雪玉に魔法をかけていたずらしていた双子は、クィレルのターバンを襲ったか何かで罰を受けたらしい。
魔法薬学ではスネイプ回避策として、子どもは引き続きドラコと実技を組んでいた。先月のクィディッチでスリザリンが勝利してからというもの、ドラコは何かにつけてスリザリンの選手を自慢している。どうやら来年は自分も選手になるつもりのようだ。
「ドラコ飛ぶの得意だもんね。どのポジション?」
「もちろん、僕はシーカーを狙うつもりだよ」
グリフィンドールとの試合で勝利したものの、ドラコとしてはもっと早く決着をつけられたと考えているらしい。あのタイミングの飛行はああだったこうだったと、作業は正確にこなしながら話し続けている。ふと、ドラコは黙り込むとにやりと笑った。
「そういえばポッター、貸しのことは覚えてるか?」
最初の飛行訓練の時にあったネビルの思い出し玉のことだろう。子どもが覚えていると話すと、ドラコは満足したように頷きはじめた。
「結構結構。なら貸しは返してくれるんだろう? ポッター、君も来年グリフィンドールのクィディッチ選考を受けたらどうだい?」
「僕も?」
「飛ぶのは得意だろ、来年もただ観客席で見ているだけのつもりかい? もちろん、ポジションは僕と同じシーカーだ」
(……ハリー、あんな危険な競技をやるなんて言わないだろうね?)
僕としては回避できるならしていただきたい。ドラコの言う貸しだって、別の何かで返す方法もあるだろう。
「いいよ! 来年受けてみるよ、ドラコと同じシーカーで」
(ハリー?)
こいつ一瞬だけ僕に目線を向けたくせに見なかったことにしたぞ、死にたがるのも勘弁してくれ。
「そう来なくっちゃなポッター。無事にシーカーになれることを願っておこうじゃないか」
ドラコはそう話をまとめると、子どもの手元からさっと素材を奪い取り、計量は子どもに任せて素材を切り刻み始めた。
……子どもと組んでの調合に慣れてきたのか、ドラコは子どもの作業が雑になりそうだと察すると、黙って作業を入れ替えるようになっていた。数か月前までは慌てて止めていたのが嘘のようだ。指摘しないと子どもは怠けるので、できればスネイプに怒られる程度には作業を任せてほしいものだが。
「そうだポッター。クリスマス休暇はどうするんだい?」
「ホグワーツに残るつもりだよ」
ドラコは子どもの返事を聞くと曖昧に頷き、素材の処理へと戻っていった。それにしても、これだけ調合中に雑談をしていてもスネイプはドラコに注意しようとはしない。いっそ何か弱みでも握られているのだろうか?
魔法薬の授業が終わると、行く手を大きなモミの木が塞いでいた。
「あれ、ハグリッドじゃん。これってクリスマスツリー? 僕、運ぶの手伝おうか?」
「おうロン! 授業終わりか、これくらい大丈夫だ。ありがとうよ」
「……じゃあねポッター。休暇中ホグワーツにいるなら、箒に乗って練習しておくんだね」
「いいね、箒借りれるか相談してみるよ」
ドラコとクラッブとゴイルの三人は、そのままモミの木を避けながら歩いて行った。
「なあハリー。来年ほんとに選考受けるの?」
「うん、貸しも返せるし。箒乗るの楽しいから」
ロンは納得がいっていないのか首を傾げている。まあネビルの落とし物を拾ったにしては面倒なことになっているのは確かだ。
「シーカー同士で勝負ねぇ。あいつ絶対負けたらうるさいぞ。もちろん僕としては、ハリーが来年シーカーになったら嬉しいけどね!」
「ハリーがシーカーになるんなら俺も応援するぞ。おめえさんら、よければこのまま一緒に来るか? 大広間が凄いことになっとるぞ」
子どもとロンは、大男と共に大広間へ向かい始めた。ウィーズリー兄弟もクリスマス休暇はホグワーツへ残るらしく、ロンは休暇中に一緒に何して遊ぼうかと子どもに箒やチェス、雪合戦などを提案している。
「チェスって、あのチェス?」
「あー……ちょっとだけ違うかも? 駒の動かし方はマグルのチェスと同じなんだけど、魔法使いのチェスは駒が生きててワガママなんだ」
「ワガママ?」
(……何か言いたいことでも?)
その一言の後にこちらに目を向けるのは、あまりにも含みがありすぎやしないだろうか。
「そうそう。あそこへ進ませろ~とか、動きたくない~とか。いろいろ文句言ってくるんだよ、せっかくなら魔法使いのチェスで休暇中に遊ぼうよ!」
子どもとロンは休暇は遊んで終わらせるつもりなのか、課題も呪文練習もそっちのけで遊ぶことばかりを話し合っていた。
大広間に到着すると、マクゴナガルやフリットウィックが忙しそうにクリスマスの飾りつけをしていた。クリスマスツリーは十二本ほどそびえ立ち、それぞれ別の飾りつけがされている。
「あと一日で休暇! 待ちきれないや!」
子どもはロンにそう話しながらはしゃいでいる。……「待ちきれない」ね。僕としてはいい加減待つという選択そのものが癪に障るようになってきたが。
◇
クリスマス休暇になると、子どもとロンは四六時中遊び惚けた。ハーマイオニーなどは家に帰ったようで、誰もこの二人を止めようとする人間はいなかった。
暖炉のそばで何時間も座り込んでいろんなものを火にあぶって食べたり、双子の箒を借りて湖の上を飛び回ったり、ロンに魔法使いのチェスの手ほどきを受けたりしていた。
僕としては、延々と子ども同士の話を聞くような価値も趣味もないためただ苦痛なだけである。談話室が広いのは多少救いだろうか。
(……で、僕に何か用?)
子どものふくろうが、換気のため少し開いた窓からこちらを見つめていた。足でネズミの死体を掴んでいる。こちらが話しかけたことを察したのか、首を窓の外へと向けた。……僕に外へ出ろと?
隙間から外へ出ると、窓の縁にネズミの死体を置き爪で指差すように突いている。……つまり何だろうか。
(自慢かい?)
ふくろうは器用に首を振った。どうやら違うようだ。
(献上品? 僕に取り入ってどうする)
ふくろうは更に首を振り、チェスの駒に罵倒されている子どもの方を見つめ始めた。……そういえばいつのことだったか、せっせと子どもにネズミを献上していたことがあったな。
(子どもへ渡せと?)
ふくろうはわざとらしく、目を細めて嘴をカチカチと鳴らしている。ふくろうという鳥はこうも表情豊かだっただろうか? 伝わっていないと気付いたのか、ゆっくりと降り積もる雪にも目を向けた。
(……クリスマスプレゼントかい?)
やっと気づいたのかと言わんばかりに、ふくろうは細く息を吐いた。個人的にネズミは反応を見てみたい気持ちもあるが……唆したと気付かれでもしたら面倒なことになりそうだ。
(ネズミはやめなよ)
こちらが否定したことが伝わったのか爪でネズミを持ち直し、では何にすればよいのかと言わんばかりに首を傾けている。とはいえ、僕に相談されても困るというものである。そもそもこのふくろうには僕はどのように見えているのだろうか。
(獲物系はやめたほうが良い。前に君が渡した時もハリーは食べなかったろう?)
ふくろうは納得したようだ。少し頭をくるくると捻ると、片側の翼を広げて見せてきた。……羽根、だろうか?
(羽根かい? いいんじゃないかな)
少なくともネズミの死体よりかはましだろう。ふくろうは一度カチッと嘴を鳴らすと、そのまま飛び去って行った。