Q. もしも1981年11月1日の夜が物凄く寒かったら 作:階段下から
クリスマスの朝、子どもはいつもより早く目を覚ました。
子どもは貰えることを期待していなかったのか、ベッドの足元に置かれたプレゼントを見て固まっている。そしてプレゼントの中でもひときわ目立っていたのは、プレゼント山の一番上に乗っかっていたふくろうだろうか。立派な羽根を一枚咥えてじっと胸を張っている。
「メリークリスマス、ヘドウィグ! もしかして僕に?」
ふくろうがこちらを見てきたので補足する。
(メリークリスマスハリー。ヘドウィグから君にクリスマスプレゼントだそうだ)
「ヘドウィグありがとう! 大事にするね」
子どもの感謝を受け取って満足したのか、ふくろうはプレゼントの山からやっと退いて小屋へと戻っていった。
「ハリー! メリークリスマス!」
「メリークリスマスロン! 見て、プレゼントがある!」
はしゃいだ二人はプレゼントを開封し始めた。大男からの手作りの横笛や、ハーマイオニーから蛙チョコレートなどを貰い、子どもは嬉しそうにしている。
「うげ」
「ハリーどうしたの?」
子どもがもっている小さな包みを見ると、ダーズリー家からクリスマスプレゼントだと書いたメモと五十ペンス硬貨が貼り付けてある。
「なにそれ、これがお金なの? へんな形」
ロンは初めて見るマグル硬貨に興味津々なようで、子どもは気に入ったのならと硬貨をロンへと渡している。次の大きな包みはロンの母親からのようで、手編みのセーターとお菓子のファッジが入っていた。ロンのプレゼントにも手編みのセーターが入っており、毎年編まれているらしい。
最後の包みからは、液体のような滑らかな布が出てきた。
「これって透明マントじゃない……!? ハリーちょっと着てみてよ!」
子どもがマントを肩からかけると覆われた部分が消えていた。ロンの叫び声を聞いて、子どもは部屋にある姿見の前へと走っていった。……どたばたと走る音は聞こえるため、姿を消すだけのようだ。走り去る拍子にマントから何かが落ちたため、近づいて確認したところどうやら手紙のようだった。
手紙には、子どもの父親から預かっていたことや返す時が来たこと、上手に使うようにと神経質そうな細長い文字で書かれていた。……上手に使えとは、まるでこの子どもに無謀なことでもさせたいかのような煽り口である。姿見の前から戻ってきた子どもは、その手紙をゆっくりと読んでいた。
「これ、お父さんのものだったんだ……」
(そうらしいね)
子どもはしばらくマントを眺めた後、もう一度肩から被り首だけになった。
「お父さんもホグワーツでこれ使ってたのかな」
「そりゃあ使ったんじゃない? 僕だってこんなマント持ってたら絶対使うよ!」
「そっか、そうだよね」
子どもは考え込み始めた……どうしてか嫌な予感がする。
(僕はやめたほうがいいと思うよ)
石探しには有用そうではあるが、無計画に使うべきではなさそうだ。そもそも手紙に「上手に使え」と記載があるからといって、決して使わなければいけないわけではないだろうに。
その後はロンやウィーズリー兄弟たちと大広間へ向かい、昼から夜までひたすら食べて騒いでいた。クラッカーから飛び出した妙な帽子を被ったり、丸々と太った七面鳥のローストなど豪華な料理を思う存分食べたりと、子どもは一日中随分と楽しそうだった。……老いぼれが花飾りのついた婦人用の帽子を被っているが、あれには誰も触れないのだろうか?
◇
ロンが既に寝静まった夜、子どもは急にベッドの下から透明マントを取り出した。黙って見ていると、子どもはベッドから抜け出してマントを被り始めた。
(ハリー?)
……こちらから子どもの姿は見えないが、繋がりまでが消えたわけではない。つまり黙って部屋から移動し始めたことは僕にはバレている。
(ちょっと、聞こえているだろう?)
「シッ、トフィーちょっと黙ってて。……これを着ていればホグワーツ中を自由に歩けるでしょ?」
小さく言った子どもはそのまま談話室を通り過ぎ、肖像画の裏を通り抜けた。勝手に肖像画が動いたことに、太った婦人が驚いた声をあげている。子どもは何も言わずに廊下へと進んだ。
(やっぱり僕はやめたほうがいいと思うな、このまま何処に行くつもりだい?)
「大丈夫、任せてよ」
……どうしてこうも信用ならないのだろう。長年の実績だろうか、このまま進ませたら絶対にろくなことにならない気がする。
(昔から思っていたんだけど。君が妙に自信ありげな時は、大抵ろくでもない結果になっているだろ。思い出しなよ)
「気のせいじゃない?」
絶対に僕の気のせいではない。何故こうも自信満々なのだろうか、勘弁してくれ。
子どもは僕の忠告など聞く気もないらしく、そのまま上機嫌に人気のない廊下を歩き始めた。
トロフィー室や、一年生で受けていない授業の教室など、子どもは片っ端から覗いている。しばらく人気のない廊下を歩いていると、どこからか妙な音が聞こえてきた。
「……誰かいるのかな」
(こんな夜中に?)
この子どものような人間が他にもいるとは。よくよく聞いてみると妙に陽気で調子の外れた鼻歌のようだ、当然のように子どもは鼻歌のする方へ歩き始めた。しかし、鼻歌は聞こえるのに誰もいない。
「誰もいないね」
(ハリー、あの甲冑じゃないか?)
よく見ると片方が鼻歌を歌い、片方が咳払いをしたり小突いたりしている。子どもは面白そうに見物しているが、夜中に抜け出してまで見るべきものだろうか? 指摘された甲冑はそれでも鼻歌を続け、隣の甲冑はだいぶ苛立っているようだ。
「トフィーもああじゃない?」
(どこが?)
「ずっと文句言ってるところ」
(言いたくて言っているわけがないだろう)
急に何を言っているんだか。更に言い返そうとしたところで大きな音が廊下に鳴り響いた。見ると鼻歌を歌っていた甲冑が、片方に武器で殴られていた。いや、殴られるどころではない。甲冑の四肢が四方八方に飛び散り、胴体もばらばらになってしまっている。そして片方は追い打ちをかけるように、武器を何度も振り下ろしている。最終的に鼻歌を歌っていた甲冑は粉砕され、とどめのつもりか最後に足蹴にされて終わった。
「…………」
(で、あれが僕だと?)
「ごめん」
その時、廊下の先から今度は別の声が聞こえてきた。
「おや? おやおやおや? 真夜中にフラフラしている悪い子だーれだ?」
……ピーブズは子どもには気づいていないようだった。ただ、甲冑の惨殺死体を見て、近くに誰かいたとでも思ったのか周囲を探しまわっている。
(逃げようハリー)
「逃げちゃったのかなぁ? 言ってやろ言ってやろ、フィルチに言ってやろ!」
見当たらなかったからか、ピーブズは甲冑の死体の近くで騒ぎ始めた。いくら姿が見えないとはいえ、このまま人が集まってしまえば子どもは見つかってしまうだろう。同じことを考えたのか、子どもはじりじりと距離をとりだした。
やがて廊下の向こうから、こちらへ近づいてくる足音が聞こえ始めた。子どもは後ずさりしているが、逃げ切れるだろうか?
周囲を見渡すと、進んだ先に少しだけ開いているドアがあった。上手く潜り込むことができればやり過ごせそうだ。
(ハリー、見えるかい。あそこの部屋は入れそうだよ)
子どもは静かに隙間からそっと滑り込んだ。足音の持ち主はスネイプだったようで、ピーブズと少し言い争うとそのまま去っていった。
「はぁ……」
(危なかったね。もういい加減に寮へ戻ろう)
まだ戻るつもりはないのか、子どもは部屋の中を探索し始めた。使われていない教室のようでゴミ箱すら逆さまに置かれていたが、ひとつだけ天井まで届くような背の高い鏡が置かれていた。上の方には何か字が彫り込まれている。反転しているのか、心の望みを映す鏡? 何故こんなものがこんなところに。
「……ねえ、これって」
子どもの気配は鏡の真ん中あたりで止まり、何かを探すように動いている。
(心の望みを映す鏡だそうだ。あまり見るんじゃない)
「心の……望み……」
聞こえているのかいないのか、透明マントが滑り落ちたことにも気が付かない様子で、子どもは熱に浮かされたように鏡から目を離さずにふらふらと近寄っている。そして鏡に鼻でもつけんばかりに近づき、両手をぴったりと鏡に押し当てている。
「ママ? パパ?」
子どもは肩あたりに手を置いたり、鏡の中に映っているだろう人間へと手を伸ばし続けている。……子どもの両親だけではないのか、いろんな場所を何度も何度ものぞき込もうとしていた。
「みんな僕に似ているや、家族なのかな」
(ハリー、それは君の望みを映しているだけだよ)
「見えない?」
(僕に君と同じものが見えるわけじゃない)
「そう……」
死人に夢中になる感性がよくわからないし、こんな願望を見せるだけの鏡などそもそも微塵も興味が湧かない。しかし子どもは一生離れないとでも言わんばかりに鏡へと引っ付いている。
(もう帰って寝ないと)
……聞こえていないかのように動かなくなった。最終的に遠くの方から物音が聞こえ、子どもはやっと鏡から目を離した。
「また来るからね」
また来るつもりなのか。その後ベッドに横になったものの子どもは数時間しか寝れず、翌朝なんとか起きてはいたが引き続き熱に浮かされたかのような様子だった。
「起こしてくれてもよかったのに」
翌朝ロンは子どもの話を聞くと、不機嫌そうに言った。
「ごめん気持ちよさそうに寝てたから忍びなくて。今晩一緒に行こうよ!」
ロンは嬉しそうに子どもの両親を見たいと意気込んでいる。しかし、子どもは昨日僕が言ったことは忘れているのだろうか? 連れて行ったとしても同じものが見えるはずがないのに。
「ねえハリーどうしたの、何も食べてなくない? せめて何か食べようよ」
……。
夜、子どもとロンは二人でマントを着て暗い廊下を突き進んだ。例の鏡がある部屋に辿り着くと、子どもは透明マントをかなぐり捨てて鏡へ突進した。
……食事もとらず鏡に夢中になっている子どもは、なんと愚かなのだろう。
「ねっ? ロン見える?」
子どもがロンを鏡の正面に立たせると、今度はロンが食い入るようにのぞき込み始めた。ロンには首席になってクィディッチキャプテンになった自分が見えているようで、はしゃぎながらあれこれ話している。
「凄いよハリー! この鏡は未来を見せるの?」
「ううん、その人の望みを映しているみたい。ロン、僕にも見せて」
自分の願望を見たいからと、鏡の正面をめぐって押し合い始めた。大きな音を出していたことにやっと気づいた二人は、透明マントを着直して息を潜めている。ミセス・ノリスがしばらく部屋を見回していたが、やがてゆっくりと向きを変えて去っていった。
「ハリー、まだ安心できないよ。今日はもう帰ろう」
ロンは留まろうとする子どもを引っ張って戻った。ロンは子どもほど、あの鏡に入れ込み過ぎていないようだ。
「ねえハリー! チェスでもしない? もしくはハグリッドのところに遊びに行こうよ」
「いや大丈夫」
次の日の朝、ロンが心配そうに子どもへいろいろ提案をしているが、子どもはもう鏡のことしか考えられないようだ。あれだけ仲良く遊んでいたロンすらも、まるで目に入っていないかのように。
「ハリー本当に大丈夫? きっとあの鏡のことを考えてるんだろ、今夜はもうやめておきなよ」
「どうして?」
「昨日ミセス・ノリスがいたんだ。フィルチやスネイプだってうろついてるかもしれないだろ? それに君はごはんだってちゃんと食べてないじゃないか」
「……なんだかロンったらハーマイオニーみたい」
「もう、茶化さないでよ! 本当に心配してるんだってば、行っちゃだめだよ」
ロンの忠告すら耳に入っていないらしい。子どもは素直に頷いてはいるが、目線は透明マントへ向かっている。ロンには黙って今夜も向かうつもりのようだ。子どもはとうとう死人ばかり追いかけるあまり、現実まで疎かにするつもりなのだろうか。
結局三日目も、子どもは鏡の部屋へと向かおうとロンが深い眠りに落ちるのを静かに待っていた。
(ねえハリー。いい加減にしなよ)
「どうしてそんなこと言うの」
……どうして? 逆に僕が問い詰めたいくらいだ、自分の惨状が目に入っていないのか? 会ったことすらない、鏡の中に映っているだけのただの死人に対して何をそんなに夢中になっているのか。食事もろくにとらず、ろくに眠りもせず、ただの鏡に執着して。
何故この子どもは、自分が持っているものをこうも粗末にするのだろう。僕が望んでやまない身体を持っているくせに、何処へでも行ける自由があるくせに。
そんなにも肉体がいらないのだろうか、そんなにもこの世界が色褪せて見えるのだろうか。味気ないのであれば、現実に興味がないのであれば、いっそ。
(そんなに死人に夢中になって、現実の自分なんてどうでもいいのか? それなら、その身体は僕が使った方がよほど有意義じゃないか)