Q. もしも1981年11月1日の夜が物凄く寒かったら 作:階段下から
「落ち着いてよハーマイオニー。今はイースター休暇中だぜ? 試験は夏でもっとずっと先の話じゃないか」
「ロン、何を悠長なこと言っているの? 十週間先でしょ、つまりそれはもう十週間くらいしか残っていないのよ」
ハーマイオニーは、子どもとロンに学習予定表を作るべきだと勧めている。三つの呪文を習得してからも三人は一緒に行動しており、遊びがちな子どもとロンの課題の面倒などをハーマイオニーは見るようになっていた。
「十週間は『しか』じゃないだろ。それに復習っていったって何のためにするのさ、君はもう全部知ってるだろ?」
「気は確か? 私たちは試験をパスしないと二年生になれないのよ。試験に落第したら進級できないかもしれないじゃない! そんな大切な試験を勉強せずに受けるつもり?」
そう言い放つと、ハーマイオニーは最悪の予想をし始めた。この試験でもし留年したら、新入生の中に一人混じって同じ授業を繰り返すことになるかもしれない。他の進級したみんなと寮部屋すらも移動させられるかもしれない……と。それを聞いた子どもとロンは顔を引きつらせている。黙った二人を見て満足したのか、ゆっくりと頷いた。
「さあ。だからまずはイースター休暇の宿題を全部片づけちゃいましょ。それから、試験には筆記だけじゃなくて実技もあるから、暗記や杖の振り方を練習しないと……」
学習予定表を見ながら、一か月前から勉強を始めるべきだったと後悔しているハーマイオニーを見た子どもとロンは、呻きながらも勉強をし始めた。
このイースター休暇は、僕にとっても少しは実りのある期間となった。なにせ彼らは自由時間のほとんどを図書館で過ごしていたのだから。フローリシュ・アンド・ブロッツ書店の時と同じように背表紙を眺めていると、以前読んだことのある本なら内容がぼんやりと思い出せた。そのため、子どもが机に齧りついている間に魔法薬学や呪文などの棚だけではなく、普段近づく機会のなかった禁書の棚にまで足を伸ばすことができた。
きっと僕が学生だった時に、この禁書の棚の本は読みこんだのだろう。読んだ覚えのある本がいくつも存在した。中には『最も邪悪なる魔術』という、最も邪悪などと自称する割には肝心なことが書かれていなかった役立たずの本も見かけた。……当時の僕はさぞ腹立たしかったのだろうか、何を探していたかは思い出せないが、背表紙を見て内容ではなく苛立ちのような感情が浮かぶのは初めてのことだ。それにしても、禁書の棚には他にも本が存在したはずだが見当たらない。……僕の気のせいだろうか。
「あれハグリッド! こんなところで何してるの?」
ロンの声は静かな図書館で大きく響いた。大男? 名残惜しいが禁書の棚を離れて子どものいる方へと戻ることにする。最近は僕を疑っているのか監視しているのか、時々子どもはこちらに不規則に目線を向けることがあった。僕が周囲にいないと気付かれでもしたら面倒だ。
子どもの元に戻ると、三人は背中に何かを隠した大男を見つめているところだった。
「いや、気にせんでくれ。ちょっとばかし気になることがあってな。おまえさんたちは何をしとるんだ?」
「試験勉強……」
「おー凄いじゃねえか。今からちゃんと勉強しとるんなら大丈夫だ」
大男はにこやかに三人を褒めているが、若干声が上擦っている。
「じゃ、俺はちと忙しくてな」
そのままそそくさと出ていったが、どうやらあの挙動不審な姿を見て三人の興味を引いてしまったようだ。
「……なんかさ、ハグリッド怪しくない?」
「背中に何を隠していたのかしら、石かフラッフィーに関係があるかもしれないわね。ハグリッドのペットなんでしょう?」
(僕は見ていないよ)
こちらへ目線を向けてきたため答える。子どもの様子を見ても、僕の不在に気付いたかどうかまではわからなかった。ハーマイオニーの言葉を聞き、ロンが大男がいた書棚を見に立ち上がり、少しすると本を抱えて戻ってきた。
「見て! 『イギリスとアイルランドのドラゴンの種類』『ドラゴンの飼い方 卵から焦熱地獄まで』、きっとハグリッドはドラゴンの本を探してたんだよ」
「そういえば、ハグリッド言ってたよね。ドラゴンが欲しいって」
「でも僕らの世界じゃ法律違反だよ。僕もあの後ちょっと確認したんだけど、ワーロック法でドラゴンの繁殖とかいろいろ禁止になってるんだ。それに、家で飼うとしても狂暴だから上手くいきっこないさ」
そのままロンは、兄のチャーリーが野生のドラゴンにやられた火傷を見せてやりたいとぼやいている。子どもが野生のドラゴンなんてイギリスに存在しているのか質問すると、ロンは指折り数え始めた。
「ウェールズ・グリーン普通種とか、他にも結構いるよ。そいつらがマグルに見つかんないように、魔法省はマグルに忘れさせる魔法をかけたり法律で禁止してたりするんだ」
「もしそうなら、ハグリッドは法律をわかっているのかしら?」
三人は黙って顔を見合わせている。……あの大男、ついに法でも犯したのだろうか。似たようなことを考えたのか、三人は勉強を中断して大男の小屋へと向かうつもりのようだ。
◇
「なあ、せっかくならフラッフィーの下にあった扉みたいなやつ、ハグリッドに聞いてみない?」
「聞いてしまったら私たちが近づいたことに気付かれないかしら?」
「ほら、なんで学校にあんなの飼ってるのかとかさ。スネイプが近くで怪しいことしてたって言えば教えてくれるかも」
ロンは行きすがらに子どもとハーマイオニーへ相談している。フラッフィーの足元にあったものについても、折角なら聞いてみようということらしい。
大男の小屋は、珍しくカーテンが全て閉まっているようだった。子どもがドアをノックすると、来訪者を確かめてからドアを開ける念の入れようである。これは確実に何かしら隠し事がありそうだ。
「えっハグリッド!? 何ここ、めちゃめちゃ暑いよ!?」
春にもかかわらず、暖炉には炎が燃え上がっていた。ロンはその熱気にたじろいでいる。そしてその炎の中央、ヤカンの下に大きく黒々とした卵が鎮座していた。
「ハグリッド……それ、何?」
「あー……、えーっとだなぁ。ほら、あれはほら……あれだよあれ」
子どもの質問に、大男は髯をいじりながら目線をふらふらとさせている。ついにやらかしたか?
「ねえこれってドラゴンの卵だよね? こんなすごく高いもの、どこで手に入れたの?」
ロンは卵をまじまじと見ている。言い方からして、それだけ入手手段がほぼ存在しない希少なものなのだろうか。
「ああ! 賭けに勝ってよ。昨日の晩にちと村で酒を飲んどったんだが、知らないやつとトランプをしてな。そいつはいい厄介払いができたとせいせいしとったんだ。まだ生まれてもおらん卵なのに、そんなん可哀想だろ?」
「でもハグリッド……その卵が孵ったらどうするの?」
「ああ、それで本を読んどるんだがな」
ハーマイオニーの質問に答えるためか、大男は枕の下から大きな本を取り出した。『趣味と実益を兼ねたドラゴンの育て方』……いったい何を考えているのだこいつは、この卵を確実に孵化させようとしているじゃないか。
「図書館から借りてな。古い本だが、知りたいことは大抵書いてある。母ドラゴンがやさしく息を吹きかけるように卵は火の中へ、孵ったらブランデーと鶏の血を乳替わりに飲ませたりな。それと卵の見分け方、この卵はノルウェー・リッジバックという種類らしいぞ。俺はこいつを立派な翼を持った、火を吹くでっけえ自慢の子に育てて見せるさ!!」
こいつには青ざめた三人の顔が見えていないのだろうか、確実に隠蔽しきれなくなるだろう法律違反を目の前にして固まってしまっている。いち早く復帰したハーマイオニーが、大男へ恐る恐る聞いた。
「この家は木で出来ているじゃない」
「きっと大丈夫だ。無事に産まれて来てくれりゃあ俺はそれでいいさ」
何を勝手に良い話で終わらせようとしているのだ。何も解決になっていないし何も大丈夫ではない。燃えないだろうという根拠が何一つ存在していない。三人も同意見なのか、大男の言葉に絶句してしまっている。
「まっまあ、まあな、とにかく! ちゃあんと育てりゃ大丈夫だ!」
「……そうだハグリッド。僕たちハグリッドに聞きたいことがあってきたんだ」
ロンが首を横に振りながら、ドラゴンの卵から話題を切り替えた。
「ん?」
「ほら、前にハグリッドがフラッフィーを飼ってるって言ってたでしょ。たぶん三つ頭の犬だよね、僕らフラッフィーの近くでスネイプが怪しいことしてるのを見かけちゃって」
「ちょ、ちょっと待っとくれ。おまえさんら、フラッフィーのとこにいったんか!?」
「私たち偶然スネイプ先生をみかけて、気になって追いかけてみたらフラッフィーと争っているのを目撃してしまったの」
ロンとハーマイオニーの話を聞いて、大男はまた挙動不審になってしまっている。……そうか、大男は今この三人に弱みを握られた直後でもあるのか。大男本人が気づいているかは怪しいが。
「僕ら、こんなことを相談できるのハグリッドしかいないんだよ。フラッフィーだけが守っているの?」
「うぅんん……」
子どもの言葉を聞いて大男は唸り始めた。いっそ卵を脅しに使ってしまえば良いのに。
「ちょっと気になっているだけなの。誰がどうやって守りを固めているのかなぁって。ダンブルドア先生が信頼して助けを借りるのはハグリッド以外だと誰だろうって」
ハーマイオニーの言葉で、唸っていた大男は照れながらふんぞり返っている。
「うーん、そうか? まあそれくらいなら……。俺のフラッフィー以外にも何人かの先生が魔法の罠をかけとる、スプラウト先生にフリットウィック先生、マクゴナガル先生……」
いいのか? それは重要な情報ではないのだろうか、おだてられていいように話してしまっている。
「それからクィレル先生にスネイプ先生。もちろんダンブルドア先生も細工をしておる」
……あの老いぼれか。きっとさぞ悪趣味で性格の悪い罠を張っているのだろう。
「スネイプ!?」
「ああ。きっとフラッフィーと争ったというのも、おまえさんらの勘違いだ。なんせスネイプは守る手伝いをしとるんだからな、盗もうとなんてするはずがない」
もしそうなのであれば、教師はある程度の罠を把握していると見たほうがよさそうだな。大男がこれだけ把握しているのだ、罠の詳細すらも共有している可能性も視野に入れておくべきか? ……同じことを考えたのか、子どもも心配そうな表情を浮かべている。
「前になだめ方さえコツを掴めばって言ってたよね。ハグリッド、誰にも教えたりしてない?」
「もちろんだとも! 俺とダンブルドア先生くらいしか………………」
おい、何だその不穏な沈黙は。大男は言いかけた状態で目をぐるぐると回し始めた。
(これは、誰かに話したっぽいね)
「ちょっとハグリッド!?!?」
「いや……うん、昨日のあいつとは、飼っとる生き物の話で盛り上がったような……盛り上がってないような……」
どちらだ。いや、いっそドラゴンの卵を持った人間と偶然出会って卵を譲り受けるのも、もしかすると仕込みだろうか。大男は首を捻りながらこめかみをさすっている。
「次々に酒を奢ってくれてな、よく覚えておらんが景気のいい奴だったんだ。そう、たしか卵を賭けた時にドラゴンを飼えるか聞かれたもんで……俺はだから言ってやったよ。フラッフィーに比べりゃ大人しいもんだろうって、ちょいと音楽を聞かせればすぐねんねしちまう可愛いやつだって…………」
馬鹿か。何をもってして誰にも教えていないと言えたんだ。今も漏らしているじゃないか馬鹿め。