Q. もしも1981年11月1日の夜が物凄く寒かったら 作:階段下から
突然引っ掻くような音がして、卵が大きくひび割れ始めた。隙間から黒い何かが見えており、そのまま隙間を押し広げるようにしてドラゴンが孵った。黒い胴体に大きな翼を持っており、くしゃみをすると口から火花が飛び散っている。生まれて既に火を吹く能力があるようだ。
「おぉすげえ! 生まれた!!」
子どもやロンは目を輝かせて見ており、ハーマイオニーは生まれてすぐドラゴンが火花を出す様子に驚いている。ドラコは興味深そうに途中まで見ていたものの、現れたドラゴンにうっすら余計なことに首を突っ込んだことを察したのか少し顔を引きつらせていた。
「……ドラゴンじゃないか!?」
「あぁ、美しいなぁ……」
大男はうっとりと眺めながらドラゴンに触れようとしている。頭を撫でようとしたのだろうか、ドラゴンは差し出された大男の手に勢い良く嚙みつこうとした。
「おぉすごい! おまえさん生まれたばっかなのに、もうママちゃんのことがわかるんじゃな!」
そうだろうか? 僕としては明らかに餌として食いつこうとしているようにしか見えない。自分のことをママちゃん呼ばわりしていることと言い、きっと求めていたドラゴンを手に入れたことでこいつは狂ってしまったのだろう。
ドラコはギョッとした表情で一歩後ずさった。ドラゴンによるものだろうか、それとも噛みつこうとされながらも陶酔した表情で母親を自称し始めた大男にだろうか?
「おまえさんらもよく見てくれ! このオレンジ色のくりっくりなおめめを、可愛いだろう?」
ドラコは更に後ずさり、子どもやロン、ハーマイオニーへと目線を向けている。なお、三人とも決してドラコと目線をあわせようとはしなかった。そしてドラゴンは、鼻にしわを寄せて思いっきりガチガチと顎を鳴らして大男の指に嚙みつこうと奮闘している。……それにしてもノルウェー・リッジバック種だったか、彼らの牙には毒はないのだろうか?
「それでハグリッド。その、この子はどれくらい早く成長するのかしら?」
「そうだなぁ、きっと一週間もすりゃ体長が三倍くらいにはなるんじゃないか?」
「三倍!?」
では二~三週間もすればこの小屋では隠せないくらいになりそうだな。本当に飼えると思っているのだろうか? 大量虐殺が始まるとしたら、およそ一か月くらいを見ておくべきかもしれない。
「三倍っつっても、まだこんなちびすけの赤ちゃんだぞぉっとっと……」
その赤ん坊とやらは、噛みつけなかった大男の指を諦めて髭を燃やすことにしたようだ。慌てて火を消しているが中々消えず、小屋の中に焦げた臭いが漂っている。
……たしか『卵から焦熱地獄まで』だっただろうか? この調子であれば焦熱地獄に陥るのはホグワーツだろう。僕が石を手に入れる前に、城ごと焼け尽きるだなんて冗談じゃない。
(手放すように説得しないか? 人を殺してしまったら言い訳できないよ)
「ハグリッド、このままじゃ小屋が燃えちゃうよ? 外に放して自由にしてあげるのはどう?」
「そんなっ……で、できるわけねぇ。こんなにちっちぇえんだ。きっと外に出したらすぐにおっ死んじまう」
たとえ禁じられた森に放したとして、生態系を破壊することはあれど死ぬことはなさそうに思うが。大男には、今も甲高い声を上げて火花を散らしているドラゴンが見えていないのだろうか?
「おぉ! そうだな、うんうん腹が減ったか! さあママちゃんがミルクをあげよう……」
……。
いったい僕らは何を見せられているのだろう。
大男はミルクだとほざきながら、ブランデーと鶏の血を混ぜている。先ほどまで目を輝かせていた子どもも、大男の異様な様子に少したじろいでいた。この狂った空間に居続けたら、そのうちこちらまで気が狂ってしまいそうだ。
(ねえ、いつまでここにいるつもりだい? 僕にはあの醜態を見続ける趣味はないよ。孵るところは見たのだから、さっさと出よう)
「あー……ありがとうハグリッド! それじゃあ僕らそろそろ学校に戻るね」
「おう、また見に来とくれ! その頃にはもっともっとでっかい自慢の子になっとるだろうさ! よ~しよしよしミルクができたぞ~」
ドラゴンが大きくなる頃には大男も食われているだろう。子どもは何も言わずに手を振りながら小屋を出た。
「「「……」」」
「……おい、お前らあれを知ってて僕を連れてきたのか?」
三人が黙って頷くのを見たドラコは顔をしかめている。
「それでね、ドラコにも見てもらったし、よければ少し相談したいんだ。なんとかあれをどうにかすることってできないかな?」
「ドラゴンだぞ? そんなこと出来るわけないだろ」
「ハリー、たとえドラゴンを飼えるようになったとしても、きっとドラゴンなんてハグリッド一人じゃ育てきれないわよ。さっきだって髭が燃えてしまっていたじゃない」
何故かは知らないが、子どもはやけに大男の肩を持とうとしている。
「そういやさ、お前の父さんってホグワーツ理事じゃなかったっけ?」
「僕の父上を巻き込もうとするなウィーズリー。それに、学校でドラゴンを飼っているなんて知られたら大事になるぞ」
親を自慢するわりには、そういった無理は親に押し付けようとしないのだな。ドラコは、少し考えればわかるだろうと言いながらロンを責め立てている。
「そっか。ありがとうドラコ、ごめんね無理言って」
「……ポッター。もしどうしても何とかしたいのなら、マクゴナガルに言えばいいだろ。いきなりドラゴンを殺すことはしないんじゃないか?」
ドラコはそのまま少し考えると、にやりと笑った。
「あとはそうだな、僕からスネイプ先生に言えば、もしかすると見なかったことにしてくれるかもな。ただ、その時はあのドラゴンは瓶詰めになっているかもしれないけど」
貴重な魔法薬の素材が無料で手に入ると知ったら、そうなる可能性はありそうだ。子どもは首を横に振っている。
「おいおいマルフォイ冗談キツイって、スネイプならマジでやりそうじゃん。あとさ、もしそうなったらあのママちゃんがどうなると思う?」
「……」
「そうね。きっと、さぞ大変なことになるでしょうね……」
四人は黙り込んでしまった。大変なことになるのは大男とスネイプのどちらだろうか?
(僕はきっとルビウスが泣きながらスネイプを滅多打ちにすると思うな)
そうなれば出来上がるのは血肉が飛び散るグロテスクで凄惨な光景だろう、きっとスネイプは生きてはいまい。子どもは同じ予想をしたのか小さく頷いた。
「……うん、ただ僕らが先生に言う前にさ。一度ハグリッドに手放すように説得してみる」
(そんな悠長にしていて大丈夫かい?)
あの口ぶりからするに、ドラゴンはすぐに大きくなってしまいそうだ。先ほどの暴れっぷりからして、小屋だって破壊される可能性がある。
「僕は今すぐにでも伝えたほうが良いと思うよポッター。第一にだ、いくら手放したくないからって危険なものを隠していい理由にはならないだろ」
全くもってドラコの言う通りだ。ここは学び舎なのだ、あのドラゴンが生徒を食料として認識したら大変なことになるだろうに。子どもは曖昧に頷きながらこちらをちらりと見た。……なぜ、今僕を見たんだ?
…………こいつ、まさか僕とあの畜生を重ねているのか?
(まさかとは思うのだけどね。念のために確認するけれど、僕とあれを似たようなものだとか考えていやしないだろうね?)
子どもは黙ったままドラコへと目線を戻している。正気か? 何も出来ない……いや人畜無害な僕と、あの卵から孵ったばかりの畜生を?
(聞いているのかい? 少なくとも僕は火を吐いたり暴れたり噛みついたりしない。そもそも僕とドラゴンでは事情も全く違うだろ、くだらないこと考えるのはやめなよ)
子どもは聞こえないふりをしているが、あまりにも僕に対して失礼ではないだろうか? 僕とあの生まれたての畜生を重ねるだなんて、一体全体どこに共通点を見出したのだ。
「でもマルフォイ。あのママちゃんが母ドラゴンみたいに暴れるとこを想像してみなよ」
「……」
「たしかに、無理に引き離そうとしたら一体どうなってしまうのでしょうね……」
(それに僕のことを『非力で弱々しい』と嘲ったのは君じゃないか)
何だその露骨に悩んでいますみたいな表情は。本当に何をどう重ねたんだ、さっさとその失礼な認識を撤回して悔い改めてくれ。
「明日、もう一度ハグリッドと話してみる。それで手放すって納得してくれたらマクゴナガル先生に相談してみるよ。だからドラコも先生に伝えるのはもう少しだけ待っててくれないかな?」
「もう少しってどれくらいのつもりだ? 一週間で三倍になるって聞いただろ」
完全に子どもはこちらのことを無視するつもりのようだ。大男を説得するからとドラコに口止めをし始めた。
「ウーン……じゃあその一週間でどうよ。それまでに僕らじゃどうにもなんなかったら、僕らからマクゴナガルに話してみるのは?」
「私もロンの一週間に賛成よ。それまでに何も決まらなかったら、今度こそ先生に伝えましょう。ハリーもそれでどう?」
子どもは一週間に賛成なようで頷いている。ドラコはしばらく三人を無言で見回していた。
「……わかった。一週間だ、それまでは僕も知らないふりをしてやる。だけど一週間経って状況が変わらなかったら、僕が伝えるからな」
「うん、ありがとうドラコ」
話がまとまったところで、ドラコは何とも言えない顔をしながらも先に城へと戻っていった。卵が孵る時は興味深そうに見ていたので、その後のあれやそれやが気になっているのだろう。ロンとハーマイオニーも、大男の状況を話しながらも歩き出している。
……結局子どもは夜になっても、あの時僕を見た理由について一言も話そうとはしなかった。
◇
「この子をな、ノーバートと名付けたんだ。素敵な名前だろ?」
翌日、三人が小屋へと向かうとドラゴンには名前がつけられていた。大男はドラゴンを潤んだ瞳で見つめている。……これは果たして説得できるのだろうか、早くも難航しそうな気配が漂っている。
「ほ~れノーバート。おぉよちよち、ママちゃんがわかるかい?」
この一晩で何があったんだ、昨日よりも悪化しているじゃないか。よく見れば床の隅にブランデーの空き瓶や鶏の羽らしきものが散っていた。
「……どうするハリー? ハグリッド狂っちゃってるけど」
ロンが子どもの耳元で囁いているが、これはもう大男の意志など無視するのが最適解ではないだろうか。
「ねえハグリッド。昨日の話なんだけど……」
「ノーバートはまだ生まれて一日の赤ちゃんなんだ。まだママちゃんが必要な時期だ、そんな無責任なことはできん」
このドラゴンは大男にどう見えているのだろうか?
「でもハグリッド。このまま大きくなったらここじゃ飼えないよ」
「……そりゃ、俺だってずっと飼っておけんことはわかっとるさ。だが昨日やっと生まれたんだ、俺はもっとちゃんと愛情を注いでやりてえ」
大男は泣きそうになりながらドラゴンを見つめている。そのドラゴンは今まさに椅子の脚に噛みついているが。
「じゃあ、六日だけ。それでさ、マクゴナガル先生とかダンブルドア先生に相談しようよ」
「六日……」
全くご苦労なことだ。別にドラゴンがこの世に生まれたいと望んだかどうかもわからないのに。生まれる側の都合を考えず、自己満足で孵しておきながら随分と身勝手なものだ。