Q. もしも1981年11月1日の夜が物凄く寒かったら 作:階段下から
石のことだろうか。
廊下の物陰で、スネイプがクィレルを壁際に追い詰めていた。しかもクィレルが逃げないようにか、壁に手をついて退路を塞いでいる。何やら低い声で問い詰めているようだが、スネイプの声が小さいせいで肝心の内容が聞こえない。
賢者の石の件かはまだ決まったわけではないが、わざわざこんな人目のつかない場所で同僚を脅しているのだ。他にどんな可能性があるというのか。
(しっ、止まって。これ以上近づくと気付かれてしまうかもしれない)
子どもを制止して、僕だけ彼らへと近づくことにする。スネイプとクィレル、どちらも石の守りを担当している教員なのだ。たとえ石の話でなくとも、何かしら有益な情報を得られるかもしれない。
「……せ、セブルス? な、なぜ……こ、こんな」
「ハグリッドが外部に情報を漏らした件は、先月の臨時職員会議であなたも聞いていただろう?」
スネイプはそこで言葉を切ると周りを見渡した。いちいち用心深い男である。子どもは上手いこと身を物陰に隠したからか、どうやら気付かれなかったようだ。
「ですので、最近の行動について是非ともお聞かせ願おうかと思いましてね」
「わ、私はただ……他の先生方の、ま、守りも破られていないかが、し、心配でして……」
ふうん? フラッフィーの弱点が漏れてしまったと知っても、ホグワーツから移動させないのだろうか? ……グリンゴッツやホグワーツ以上に警備が厳重な保管先の選定か用意が難しかったか、それとも老いぼれの元にある方が安全だという慢心によるもの、きっとどちらかだろう。マクゴナガルが報告したことにより、警備の見直しなどは入っていると見るべきか。まあ、ホグワーツから移動しないのであれば僕にとっては好都合だ。
「ご苦労なことですな。まさかあなたが『賢者の石』の警備にそこまで熱心に取り組んでいたとは。ですがクィレル、あなたはご自分の担当する守りだけを点検すればよかったのだ」
全くもって僕は運が良い、都合良くこんな重要な情報が拾えるとは。これであの守りの先にあるものが『賢者の石』だと確定したな。
「で、ですが……」
「クィレル。あなたはどうやら勘違いをなさっているようだ。たとえ校長からの依頼だとしても、あの石の警備だけが我々の職務ではありません。第一、随分と余裕がおありのようですな? ご自分の担当する守りだけでは飽き足らず、他の教師の仕事まで引き受けようとするとは。無論、そのように他の教師の仕事の粗探しをするくらいなのです。授業の準備や試験問題の作成については、とうにお済みなのでしょうな?」
清々しいほどの嫌味である。余計な仕事を勝手に増やした同僚に対する苛立ちと憎しみが滲んでいるようだ。もしこの男がクィレルより先に自分の守りを確認していたとしたら、勝手に手が加えられていないかなどを再度確認するのだろうか? いやはや、ご苦労なことである。
クィレルが何かどもりながらも伝えようとしているのをさらに遮り、スネイプは更にクィレルを壁に押し付けた。よく見れば片手で退路を塞ぎながら、もう片方の手でクィレルの胸ぐらを掴み上げている。
「せ、せ、セブルス……?」
「それで? 守りを出し抜く方法は把握したのかね」
……おや、どちらだ? 仕事を増やした八つ当たりなのかもしれないが、これではクィレルがスネイプに不審な行動を咎められているようにも見える。
「な、なんのことか……ぐっ」
「惚けて煙に巻こうとでも? あまり、不誠実なことをされても困りますな」
クィレルは藻掻いているが、スネイプは微動だにしていない。
「では、あなたが夜な夜な森へ出向いていることについては如何でしょうか。さて、お聞かせ願えますかね」
「そ、それは、ハグリッドが、ど、ドラゴンのことで小屋に籠っていた、と、聞きましたので……も、森の見回りが、心配で……」
「ほお。あなたはいつから森番になったのだ?」
「いえ! そ、そんな、け、決してそういうつもりでは……」
禁じられた森、あのような場所にどんな用が? それにクィレルが仕事を肩代わりしていたことを、大男は把握しているのだろうか。本当に仕事を肩代わりしていたかも含めて、確認するのは有意義かもしれないな。
「ならば何故職員会議で報告しないのですかな。それに、」
「せ、先生方の、お手を煩わせる程のことではないと思い……」
クィレルはスネイプの言葉を遮りながら言い訳をしている。スネイプは疑わしげに、あるいは鬱陶しげに顔を歪めながら、胸ぐらから手を離した。
「まあ、いいでしょう。あなたがそう仰るのであれば、近々また話し合いの機会を設ける必要がありそうですな。どちらに忠誠を捧げるのか、それまでによくよく考えておくことです。ゆめゆめ忘れぬように」
スネイプは最後にそう牽制し、マントを翻しながら立ち去って行った。クィレルはまるで蛇に睨まれたかのように立ち尽くしたままだ。顔を青ざめさせているが、同僚に脅されたことがよほど恐ろしいのか、それとも夜の行動までスネイプに把握されていたことが気掛かりなのか。
それにしても忠誠ねぇ。二者択一を迫ったからには二つの勢力が存在しているのだろうが……僕と老いぼれか?
(聞こえたかい?)
「クィレル先生可哀想……あんなにスネイプに脅されて……」
こいつ真面目に聞いていたのか? クィレルの言い分はスネイプにほぼ遮られて定かではないが、言い方はともかくスネイプの主張自体は道理にかなっていたと思うが。……いや、この子どもがどこまで聞き取れていたのか、確認しておく必要がありそうだ。
(とりあえず、落ち着けそうな場所……空き部屋か寮部屋にでも移動しようじゃないか。聞いたことを一度整理しよう。僕だけに聞こえていた内容もあるかもしれないからね)
子どもは未だにクィレルを見ており動こうとしなかった。やっと『賢者の石』だと確定したのだ、あんな教師にかまけている暇などないというのに。それに教師同士の騒動に首を突っ込んでも得られるものはないだろう、わざわざ目撃していたと名乗り出る必要もどこにあるのか。
(ほら、行くよ。気付かれたら余計な面倒事に巻き込まれるだろう?)
子どもは躊躇いながらゆるゆると動き始めた。少し先に空き部屋があったため中に入る。これでようやく話が出来そうだ。
(それで、スネイプが『賢者の石』と言ったのは聞こえたかい?)
「ぜんぜん? そっか、やっぱり賢者の石だったんだ。……クィレル先生、大丈夫かな」
聞こえていなかったのか。であれば、子どもはスネイプがクィレルを締め上げているようにしか見えていない可能性もあるだろう。とりあえずこちらで掴んだ情報を共有する。
(ルビウスがフラッフィーのことを漏らしただろう? その関係で石を守っている他の教師も、守りを確認するよう伝えられたみたいだ。そんな最中にクィレルが他の教師の守りも確認していたようでね、スネイプはご立腹だったというわけさ)
「……そんなことで?」
(下手に細工でもされてしまえば、自分の責任になると考えたんじゃないか? おまけにクィレルは夜な夜な森へ出入りしているらしい。君はどう思う?)
「クィレル先生がそんなことするわけないよ。空き部屋の用意だってしてくれたし、優しい先生だもの。僕はスネイプがクィレル先生を脅している可能性もあると思うけど?」
子どもとしては、クィレルがスネイプに脅されて無理矢理協力者として動いているかもしれないという考えのようだ。
なんということだろう。スネイプの日頃の行いが良くないせいで、こういう時すら真っ先に疑われてしまっている。……いや、僕としては別にどちらでも良いか? 最終的に僕が石を手に入れれば良いのだから。そうだな、クィレルが他の守りまで探っているのであれば、こちらが動くよりも暫くはあの男の動向を把握していた方が得だろう。
◇
スネイプがクィレルを問い詰めていた日からおよそ二週間ほど。あれから子どもは、ロンとハーマイオニーにクィレルがスネイプに脅されているかもしれないという推理を伝え、クィレルとすれ違うたびに愛想よく挨拶したり笑顔を向けるようになっていた。
「おい、クィレル先生のどもりをからかうのはやめろよ。性格悪いぞ」
そして子どもにつられるかのように、ロンもクィレルの吃音を揶揄う連中をたしなめはじめた。……これは如何にも怪しいスネイプが悪いのだろうか、悪いのだろうな。せめてもう少し、愛想のひとつでも子どもに振りまいていればよかったのに。
またその間、僕が認識している範囲ではクィレルは目立った行動はしていないようだった。スネイプは相も変わらず彼を警戒しているようで、クィレルは顔色を悪くしながら少しずつやつれてきているようだ。
なお、結局それ以上の進展は無く、子どもは試験対策に追われ大男の元にも行けず、とうとう学年末の試験が始まってしまった。教師も忙しいのか、あれだけ監視していたスネイプも、やつれたクィレルも慌ただしくしている。
「みなさん全員、特別な羽根ペンは配られましたか? では筆記試験を開始いたします」
筆記試験は茹だるような暑さの中で行われた。実技試験では、果物を机の端から端まで踊らせるものや、生き物を無機物へと変身させるもの、子どもが覚えられずに苦戦していた『忘れ薬』の調合などが課されていた。
子どもはハーマイオニーの学習予定表のおかげか、答えに窮することなく試験をこなしている。鏡の後に見ていた悪夢も、今は見なくなったようで体調も万全のようだ。最後の魔法史の試験を終えると、子どもは他の生徒と一緒に歓声をあげていた。
「思ってたよりもずっと易しかったわ」
「そりゃ君はそうだろうよハーマイオニー。とりあえずやっと試験勉強から解放されたんだ!!」
試験が終わり校庭に繰り出した三人は、湖まで歩き木陰に寝転んでいる。湖では、双子とリー・ジョーダンが浅瀬にいる大イカにちょっかいを出していた。
(そうだ。クィレルの森の見回りの件、やっと試験が終わったんだから聞きに行ってみないかい?)
子どももロンと共に寝転んでおり、動きたくないのか聞こえないふりをしている。
(聞こえているだろう? 試験が終わったからには、君が気にしていたスネイプによるクィレルへの脅しだって再開してしまうかもしれないよ)
少し目を閉じてじっとしたかと思うと、子どもはゆっくりと身体を起こして隣の二人へと声をかけた。
「ねえロン、ハーマイオニー。ハグリッドに会いにいかない?」
「んええ今から? せっかく試験が終わったんだからもっとゆっくりしようよ」
ロンは試験の疲れからか、かなり眠たそうにしている。
「ほら、クィレル先生が森を見回りしてたって話、ハグリッドも知ってるのか気になって」
「……そうね、確かめてみるのもいいかもしれないわね」
「わかった、わかったよ」
三人はローブについた草を払いながら立ち上がった。
……それにしても、他の教師の守りを調べ回った挙句、夜には森の見回りもしながら、授業準備や試験問題まで対応しているとは。クィレルは随分と勤勉な教師らしい。この様子では夜も寝ずに活動しているのだろうか?