Q. もしも1981年11月1日の夜が物凄く寒かったら 作:階段下から
大男は小屋の外にいた。どうやら椅子に腰掛けて豆の下処理をしているようだった。
「おぉ! ようきたな、試験はもう終わったんか?」
「うん、さっきようやくね」
大男は嬉しそうに三人を迎えた。三人は大男の近くに腰を下ろし、試験やノーバートの近況を話している。ノーバートはすくすく成長しているらしく、手紙に同封されていたのだと大男が写真を取り出した。写真の中では、飼育員らしき人間の隣で人の丈を優に超える巨体が動いていた。
「すっごいでっかくなってる!」
「ノーバート元気そうでよかった!」
「ああロン、ハリー。……本当に元気で、俺ぁ安心したよ」
大男は目を潤ませながら、どんなに小さい赤ちゃんだったか、どんだけ立派に育っているかを語り始めた。ロンはまた始まったとばかりに肩をすくめている。折角ノーバートの話を大男がしているのだ、質問するのであれば良い機会だろう。
(クィレルの見回りの件、聞くなら今じゃないか?)
「ねえハグリッド、ノーバートが生まれた時やお世話してた時って、森の見回りはどうしてたの? クィレル先生が見回りしてたらしいんだけど……ハグリッド知ってた?」
「お、おぉ……? そうなんか? あ、いや俺も見回りはしとったぞ。ただノーバートにかかりっきりだった時はあったな……ありがてぇ、代わりに森の見回りをしてくれとったんか!」
この馬鹿なにも把握していないじゃないか。大男が知らないとなると、クィレルは黙って動いていたのだろう。はて、善意だけで見回り業務まで引き受ける可能性などあるだろうか?
「あら? ハグリッドはクィレル先生が夜の森に入っていたことは知らなかったの?」
「おまえさんたちに今聞いて知ったな。いやはやそうだったんか、クィレル先生も粋なことをするもんだ……」
粋か? ではもしクィレルが善意ではない場合、どのようなことが考えられるだろう。森に何かを隠す、貴重な素材の収穫、あるいは人目を避けての密会などだろうか。
(最近森で異変や何か起こらなかったか、ルビウスに聞いてくれないかい?)
何かあるのであればクィレルが関与している可能性もあるだろう。子どもが大男に質問すると、大男は腕を組み首を捻りながら話し始めた。
「あー……。この森には実はユニコーンがいるんだが、ノーバートの世話で忙しかった頃くらいから、何者かに酷く傷つけられちまうようになってな。俺も傷ついたユニコーンを何度か見つけたんだ、中には死んじまったやつもおる。先生方にも報告はしとるんだが結局犯人は分からずじまいだ。もっとも、ここ最近は被害も出とらんがな」
へえ、ここ最近。大男は顔をしかめ、悔しそうに拳を握っている。
「えっじゃあ、クィレル先生もその頃に森を見回ってたの?」
「そういうことになるだろうな。いやぁ、危ねえ危ねえ。うっかりクィレル先生を撃っちまうかもしれんかったのか」
大男は小屋に立て掛けた石弓を指差しながら、森をうろつく奴を射かけるつもりで見回っていたと話している。……大男が話す「ここ最近」がいつかは不明だが、クィレルがスネイプに問い詰められた後から被害が出なくなったとしたら?
(さてさて、どうにもきな臭くなってきたじゃないか)
子どもは何か言いたげにこちらへ目線を向けて考え込み始めた。……僕を見たところでこの件が解明できるわけでもなかろうに。
「先生方にはユニコーンの事件は報告してあるのよね?」
「もちろんだとも」
「だったら、スネイプ先生がクィレル先生を問い詰めていた件も、マクゴナガル先生へお話ししたほうがいいんじゃないかしら」
「げぇっ、またマクゴナガル? 何かあるたびにマクゴナガルへ話しても、向こうだって困るんじゃない?」
ハーマイオニーは教師という存在をどうにも過信しているようだ。僕としてはロン同様に、下手なことは言わないほうが良いと思うが。
(被害が止んだ時期がいつか聞いてみてよ。スネイプが問い詰めていた時期から止んだのであれば、ユニコーンを殺して回っていたのはクィレルの可能性だってあるだろう?)
「……ハグリッド。その、ユニコーンの事件が最後にあったのはいつ?」
「たしか、試験が始まる前には止んどったはずだ。もう暫くは起きとらん、犯人はいなくなっちまったのかもしれんな……」
大男の返答を聞き、三人は顔を見合わせている。クィレルが犯人か共犯かは不明だが、状況からして何かしら関与しているのかもしれない。
「ありがとうハグリッド! ごめん、ちょっと僕ら急用を思い出しちゃった!」
「お、お? そうか、また来とくれよ!」
三人は大男と別れて城へ戻り始めた。僕が確認したかったことは聞けたので別に良いのだが、この後どうするつもりなのだろう。
「……もし、もしもの話よ? もしクィレル先生が事件にかかわっているのなら、やっぱり先生にお話ししましょうよ。私たちで調査するんじゃなくて、先生に伝えるだけならきっと大丈夫でしょう? マクゴナガル先生が難しいのなら、ダンブルドア先生とか」
老いぼれに話すのは気が進まないな。できればこれ以上は余計な情報を渡したくない。子どもは戸惑っており、ロンは首を捻っている。
「ウーン。伝えるっていったって、ダンブルドアってそもそもどこにいるんだ?」
「校長室じゃないの?」
「だから、その校長室ってどこよ」
ハーマイオニーはロンの疑問に対し、なら校長室がどこかを先生に聞けばよいと話しだした。何という堂々巡りだろうか、最終的に三人は校長室の場所を尋ねるためにマクゴナガルを探すことにしたらしい。探し始めてだいぶ時間が経った頃、ようやくマクゴナガルと遭遇した。
「マクゴナガル先生!」
「……また、ハグリッドが何か?」
三度目ともなれば、大男の名を出したくなる気持ちはわからなくはない。ドラゴンの次はいったい何だと言わんばかりに、顔をしかめている。
「いえ、今回はハグリッドじゃなくて、ダンブルドア先生に話したいことがありまして、お会いできないかなと」
「ダンブルドア先生は、先ほどロンドンへお出かけになりました」
「えっロンドン!? 急になんで?」
「魔法省から緊急のふくろう便が届いたのです。用件があるのなら私が聞きましょう」
おやまあ、ならば今夜が石を盗む絶好の機会という訳か。クィレルかスネイプかの仕込みかどうかはどうでも良いが、折角なら便乗しようじゃないか。
三人は何故よりによって今日なのかとでも言わんばかりに顔を見合わせている。それからあたりを見回しながら、小声でスネイプがクィレルを問い詰めていた件や、森で起きたユニコーンの事件について説明し始めた。
マクゴナガルは途中で口を挟まず、三人の話を最後まで聞いていた。眉は若干吊り上がってしまっているが。
「……わかりました。ですが、それだけでは先生方のどちらかがユニコーンの事件に関わっているとは判断できません。この件は私の方で確認します」
「でも先生……スネイプがクィレル先生を問い詰めていたのって、前に相談したフラッフィーの件とも関係しているんじゃないでしょうか」
「ミスター・ポッター。以前、この件には関わらないようにと言いましたよね?」
マクゴナガルはぴしりと言った。僕としても、今ここで石の話が出ないようにしたいのでありがたい話である。
「校長は明日お戻りになります。さあ、せっかくの天気なのです。外で遊んでいらっしゃい」
そう言い本を抱え直すと、コツコツと靴音を鳴らしながら立ち去った。三人はマクゴナガルの背中を見送り、いわれたとおり城の外へと向かいだした。もっとも、遊ぶ気分ではないのか足どりはゆっくりしている。校庭の人通りが少ない場所まで来たところで、ロンが重々しく口を開いた。
「あー……どうする? ダンブルドアは明日戻ってくるらしいけど」
「マクゴナガル先生は確認してくれるって言ってたし、私たちはもう何もしなくていいと思うわ」
では僕は子どもをどう動かすべきだろうか? 偶然にも今日が良い日だと知ったのだ、是非とも向かうべきだが……さてどう言ったものかな。
「ウーン。でもさ、もし石を盗もうとしてる奴がいるんなら、ダンブルドアがいない今日が一番都合がいいんじゃないか? 夜中とかさぁ」
「……それはそうかもしれないけれど」
「ねえ、今夜だけ例の廊下を見に行かない?」
……はは。なんだ、僕が何も言わなくても都合良く話が進んでいる。
「ちょっとハリー、夜中に出歩くのは校則違反よ! しかも、さっき先生に注意されたばっかりじゃない!」
「中に入るわけじゃないって。誰かが盗みに来ないか少し確かめるだけ、もし何かあれば先生に知らせるのはどう?」
子どもは軽い調子で校則破りを話しているが、ハーマイオニーは顔を歪めたままだ。……そういえば子どもとロンはクリスマス休暇に出歩いていたが、ハーマイオニーはいなかったか。
「でもそれだって校則違反でしょう? もし見つかったらどうするのよ」
「あっそうだハリー、マントがあるじゃないか! あれを使えば見つからないだろ?」
「もうロン! 見つからなければいいってことでもないわ!」
面倒だな。見つからなければどうにでもなるだろうに、融通の利かないことだ。ロンは一度口を閉じて、子どもと顔を見合わせている。いっそ置いていってしまうのはどうだろう?
「でもダンブルドアが戻ってくるのは明日なんだろ? もし今夜何かあったらどうするのさ。前のハロウィンの時みたいに、危なくなったらすぐ戻ればいいって」
ハーマイオニーは更に言い返そうと口を開きかけたが、結局何も話さずに子どもとロンを見つめている。説得しようにも折れそうにないことを察したのか、ついには諦めたようだ。深いため息を吐きながら、首を振っている。
「……私は反対よ。でも、私が反対したってどうせ二人で行くつもりなんでしょう? だったら私も行くわ。ただし本当に様子を見るだけよ。もし私がフィルチに捕まりそうになったら、『私は止めようとしてた』ってキチンと証人になってね」
「オーケーオーケー、見つかったらそうするよ。証人にだってなんだってなってやろうじゃん。たぶん見つかんないし」
その日の夜。三人は他の寮生たちが寝静まるのを待って、透明マントを被り寮を抜け出した。
(大丈夫、近くにはフィルチは居ないよ)
三人全員がきちんと透明マントに隠れているか、見回りの誰かと出会わないかなどは、僕の方で確認することにする。四階の廊下に辿り着くまでに、ミセス・ノリスと遭遇したりピーブズに気付かれそうになったりしたが、辛うじて誰にも見つかることなく辿り着いた。
しかし扉はすでに少し開いており、中からはフラッフィーの寝息とハープの音色が聞こえていた。