Q. もしも1981年11月1日の夜が物凄く寒かったら 作:階段下から
「ウッッソだろマジか……」
「い、いいえ。もしかすると、先生方の誰かが守りの点検しているかもしれないわ」
「点検だったらいいけどさぁ。もしこれが本当に侵入者だったらやばいって……」
今日が狙い目だと推理したロンが、まさかと言わんばかりに驚いている。子どもを置いて扉の隙間から入ると、大男の飼い犬フラッフィーがハープの音色を聞きながら涎を垂らして眠っていた。侵入者は見当たらなかったが仕掛け扉が少しだけずれているため、先へと進んだ可能性が高そうだ。そのまま近づき仕掛け扉の先を覗いてみたが、かなり深いうえに中が暗く、何があるかは視認できなかった。
(部屋に人はいないよ。フラッフィーは眠り込んでいるし、仕掛け扉は少しだけ開いているね。教師かどうかはわからないけれど先に進んでいるようだ)
子どもはこちらの話を聞きながら、隙間から部屋を覗き込もうとしている。
「ねえ、先生に知らせるべきよ。私たちだけでどうこうできる問題じゃないわ」
さて、どうしたものかな。石は欲しいが僕は余計な手間をかけたくはない。いっそ子どもに教師を呼ばせてここで罠を張るか? だが教師を呼ぶ間に侵入者に石ごと逃げられでもしたら困る。そもそも侵入者が無事に石を盗むことが出来るかも保証されていないのだから。考えうる最悪の展開としては、侵入者は無謀に突撃しただけで結局石は盗めずに捕らえられてしまい、追いかけてしまって中に入った子どもが負傷したり死亡すること……だろうか。
(……うん。僕はハーマイオニーの言う通りにしたほうが良いと思うな。誰かがここで見張りながら、先生を呼びに行くのはどうだい? それなら教師だとしても、侵入者だとしても問題ないだろう?)
あの老いぼれが学期の始めに話していた『死ぬ』という警告が、もしフラッフィー以外にも当てはまるのであれば、きっとリスクは背負うべきではない。罠というからには、部屋の中は袋小路になっていることも考えられる。
(僕らは別に危険な場所へ飛び込む必要はないからね。ここで部屋に入った何者かを待とうじゃないか)
「そう、だね……。だったらハーマイオニー、先生呼んできてよ」
「ええそうしましょう。マクゴナガル先生に校則違反をどう誤魔化そうかしら……とりあえず早く戻りましょ」
「……僕は先に進もうと思う。透明マントも渡しておくよ」
子どもは三人で被っていた透明マントをハーマイオニーへ渡そうとしている。が、馬鹿なのだろうか? 僕の声は届かなかったのか?
(やめてくれよ。そんな危ないことをする必要なんてないだろう?)
侵入者が中に存在しているのなら、この場で罠を張りながら石が届くのを待つ方が効率的だろうに。
「バカ言うなよハリー、一人で行くつもりか? だったら僕も行く」
「ちょっとあなたたち……!」
「ごめんハーマイオニー。でも、じっとしてられないよ。先生が来るまで待ってたらもう手遅れになっちゃうかもしれないし、なんか上手く言えないんだけど」
子どもはそういうと一瞬こちらを見た。
……まさか、僕が乗り気でないと知ってわざわざ逆の行動を取ろうとでも? もしくは折を見て石を奪おうとしていることでも察したか?
(僕はやめたほうがいいと思うけど?)
「だったらなおさら先生に話すべきよ!」
「大丈夫、任せて。きっと危ないことはしないから」
この子どもの『大丈夫』は毎度毎度ろくなことになっていないだろうに。何を根拠に大丈夫だとほざいているのだろうか、もう既に入る前から嫌な予感しかしない。
「うん、よしっ! それじゃまあ決まりってことで、ハーマイオニー後はよろしく」
子どもを一人で行かせられないと思うその心意気は認めるが、せめてロンは無謀を止める側に回ってくれないだろうか。これで二対一になってしまっている。ハーマイオニーは透明マントを手に持ったまま廊下を歩き始めた。しかし、曲がり角あたりまで進むとぐるりと向きを変え、扉の前へと戻って来た。
「……もうっ! 『任せて』って二人だけで行くつもり? 私も行くわ、行ってやろうじゃない。だって私の方があなたたちよりたくさん呪文だって使えますもの。それに、戻ってきた時に倒れたあなたたちを見るだなんて勘弁よ!」
(僕はやめたほうがいいと思う)
子どもはこちらを無視してハーマイオニーに頷き、三人で透明マントを被り直して扉を押し開けた。何故こんな状況で無謀にも突撃しようとするのか、全くもって理解ができない。三人が滑り込むように中へと入ると、フラッフィーの三つの鼻がヒクヒクと動き始めた。
「眠っているみたいだけど……」
「あのハープのおかげっぽいな、きっとスネイプの野郎が置いてったに違いない」
「音楽が止んだら起きちゃうかも、ハープを倒さないよう慎重にいこう」
三人はそのまま仕掛け扉の方に移動した。フラッフィーの鼻息により、透明マントが飛ばされそうになっている。ロンが慎重にフラッフィーの足に触れないようにまたぎ、仕掛け扉の引き手を引っ張り扉を大きく開いた。
先ほどは暗くて見えなかったが、扉が大きく開いた今なら中にあるものが見えそうだ。今度は仕掛け扉の下へと降りてみる。だが、あれは何だ? 急に差し込んだ光のせいかはわからないが、黒々とした太い触手のようなものが絡み合いながら隙間なく蠢いている。近いものだと川底のイトミミズだろうか?
動物か植物かも不明だが、柔らかそうなので別に子どもが飛び降りても怪我はしないだろう。いったん子どもの元へと戻り、中で見たものを伝える。できるだけ率直に気色の悪さを伝えるとしよう。これで先に進むのは諦めてくれないだろうか。
(下の方で黒い触手が蠢いているね。柔らかそうだから飛び降りても怪我をする危険性は少ないだろうけど……本気で進むのかい?)
子どもがギョッとした顔でこちらを振り向いたが、僕はありのままを伝えただけだ。少し考えると、ロンとハーマイオニーへ先に自分が飛び降りると伝え始めた。
その時だった。背後から聞こえていたハープの音がふつっと途切れた。フラッフィーを見るとあれほど涎を垂らしながら眠っていたはずが、目を開いてゆっくりと体を起こそうとしている。
(不味いね、フラッフィーが起きそうだ)
「ロン、ハーマイオニー! 飛んで!」
子どもが叫び、その声につられたようにロンが穴へと飛び込み、続けてハーマイオニーも飛び降りた。フラッフィーはまだ寝ぼけているのか、左右の頭はキョロキョロと首を振っている。子どもも黙って仕掛け扉の中へと落ちていった。
鈍い音を立てて子どもはイトミミズのような何かの上へと着地した。
「ふい~。ハリー、ハーマイオニー無事?」
「どうにかね。それにしてもこれなんだろう? 柔らかいし植物のツルっぽいけど……」
……フラッフィーのあの様子では、僕らも逃げ道を失ってしまったように思える。最悪の展開としては、侵入者との鉢合わせからの人質、教師にも発見されず餓死? 勘弁してくれ、もっときつく言って子どもをどうにかして止めるべきだった。
「なんだっていいよ。この植物のおかげで無事だったんだから、ラッキーってやつさ」
「ラッキー!? 何を言っているの!?」
ロンの幸運発言にハーマイオニーが怒号をあげた。
「ほら見て!」
そのままハーマイオニーが両腕を広げてツルを振り払おうとすると、よりツルが巻き付き始めた。よく見ると、子どもやロンの脚にも徐々に巻き付いているようだ。実演した後、ハーマイオニーは完全に捕まる前に手を引き、子どもとロンが巻き付かれているのを引きつった顔で見ている。
「う、動いちゃだめよ! これ『悪魔の罠』だわ!」
「動かないと絞め殺されるだろ!?」
へえ、これが悪魔の罠なのか。子どもとロンはますます雁字搦めにされてしまっているが……流石に不味そうだ。
(植物なら燃えるんじゃないか?)
「ハーマイオニー! 植物なんでしょ、燃やしてよ!」
「燃やしてって言われても、薪がないわ……!」
「何言ってんだよハーマイオニー!? 君は魔女だろ!? 『Incendio』だって練習したじゃないか!」
子どもの言葉に狼狽えていたハーマイオニーは、ロンの叫び声を聞き慌てて杖を取り出して呪文を唱えた。ツルが炎によりすくみ上がり、子どもとロンは無事ツルから解放された。
「ありがとうハーマイオニー、おかげで助かったよ」
「ほんと……あとハリーが冷静だったおかげだ。それにしたって『薪がないわ』だなんて……」
「わ、悪かったわね。咄嗟に出てこなかったのよ」
それにしてもこんな綱渡りがあとどれ程あるのだろうか。そしてなぜ、僕は僕の首を絞めるような真似をし続けなければならないのだろう。これでは教師の助力を得ることすらままならないじゃないか。子どもの『大丈夫』はいったい何だったのか一日中問い詰めてやりたいくらいだ。
「ねえ、あっちに道があるよ」
子どもが石畳の通路を指差した。通路は下り坂のようで先は見えない。
……?
(あれは何だい?)
通路の脇に小さな緑色の塊がいくつか転がっている。葉が重なり合ったその植物のような塊は、ひとりでに大きく飛び跳ねた。
「……ハーマイオニー、あれは何かわかる?」
悪魔の罠が絞め殺そうとしていたのだ。ある程度の殺傷能力を備えていると見たほうが良いかもしれない。どうしてこうも次から次へと、教師どもはさぞ時間をかけてこの罠を作ったのだろうな。緑色の塊はこちらへゆっくりと転がって向かってきている。そして再び跳ねると、葉の間からがぱりと鋭い牙をむき出した。
「うわああぁっ!? ふっ『Flipendo』!」
ロンは咄嗟に呪文を唱えて跳ね返したが、あまり効果は無いようで、通路の先まで吹き飛んでも元気に飛び跳ねている。
「ま、魔法植物よ! たしか名前は……噛み噛み白菜!」
「噛み噛み白菜ぃ?」
ふざけた名前の割に、あまりに凶悪すぎやしないだろうか。植物が持っていて良い牙の鋭さではない。吹き飛んだ白菜を筆頭に、通路の両脇から別の個体がこちらへころころと向かってきている。
「Incendio!」
子どもは先手必勝とばかりに燃やし始めた。しかし、葉が何枚も重なっているせいか『悪魔の罠』より上手く燃やせていないようだ。
「二人とも手伝って! こいつら上手く燃えない!」
「もちろん『Flipendo』!」
ロンとハーマイオニーが白菜を跳ね返しながら時間を稼ぎ、子どもが襲い掛かってくる個体を燃やし尽くしたことで、なんとか通路を進めるようになった。
「つ、疲れた……なんだよ噛み噛み白菜って」
「誰にでも噛みつくような狂暴な性格だと、たしか本に書いてあったわ。指を食い千切る可能性がある危険な植物だって」
きっと侵入者をズタズタに引き裂きたいのだろう。顔を見合わせた三人は、そのまま白菜をなかったことにして歩き始めた。通路の先では、水滴が落ちるかすかな音と三人の足音しか聞こえない。侵入者はどうやらだいぶ先へ進んでしまっていそうだ。