Q. もしも1981年11月1日の夜が物凄く寒かったら 作:階段下から
きっとこの罠を作った教師は、侵入者を挑戦者か何かと勘違いしているのではないだろうか。なんだって僕がこんな障害物競走じみた動きを見続けねばならないのだ。段差をよじ登ったかと思えば坂を滑り落ち、最終的に物拾いをしている。
「Wingardium Leviosa!」
「いいわよハリー! そのままこの窪みにはめ込んで!」
どうやら扉の窪みにダイスらしき何かをはめ込む仕掛けのようで、三人は散らばったダイスの中から壁に描かれた正解の模様を探し出してはめ込むという作業を繰り返している。
(ここにもあるよ)
「ロン、こっちお願い!」
「『Wingardium Leviosa』……それにしたってあといくつあるのさ」
ロンの言う通りである。死ぬと言われていた割に、どこか突破できるように作られているようにも感じるのが些か気味が悪い。ハーマイオニーが説明していた悪魔の罠や噛み噛み白菜とやらも、時間をかければ一年生でも突破できたのだ。ならばもし、この罠全体が捕獲型のネズミ捕りのようなものならば?
「よし、これで開くはずよ」
三人は頷き合いながら扉を開いた。次の部屋は真っ暗だったが、子どもが一歩踏み出すと光が部屋中に灯った。中には巨大なチェス盤があり、三人の背丈よりも大きい駒がずらりと並んでいる。侵入者が黒側だろうか? 白い駒の先に扉が見える。
「ヤーヤー! またもや来おったか、我が守りし聖なる場へ侵入せし不届きものよ!」
急に大声が後ろからかかり三人は振り返った。よく見ると何やら布らしきものが被せられた四角い何かが叫んでいる。
「この我を誰だと思っている! 我こそは高貴な魂と鋼鉄の筋肉を持つ、かのカドガン卿ぞ!」
誰だそれは。子どもとロンはちらりとハーマイオニーを見ている。
「カドガン卿? たしかワイバーンを討伐した円卓の騎士……だったかしら」
「あー『カドガンのポニーに乗ってやろう』のカドガンかぁ。ハリーも見たことあるだろ、中庭にある巨大なワイバーンの噴水。あれカドガン卿が倒したワイバーンがモデルになってるって噂」
「むっ我の武勇を知っておるのか。中々に学があるではないか」
四角い何かは続けて、あの中庭のオブジェはワイのワイバーンであり我が討伐せしめたのだと長々と語り始めた。なお布のせいか、くぐもっていて聞き取り辛い。……もしかしたら先行している侵入者の顔を見ている可能性はないだろうか?
(ねえ、彼なら僕らより先に進んでいる誰かを目撃している可能性はない?)
「カドガン卿! ここって僕ら以外に誰か通らなかった?」
「諸君ら以外に? 通ったぞ。無礼なことに我に布を被せてな! 顔すら見せぬ下賤な悪党め、今再び相まみえたら突撃せしめん!」
なんだ見ていないのか、使えないな。
「何より忌々しいのは高貴な我に被せられしこの布よ! まさか他の絵へ移れぬようになるとは、何たる屈辱だろうか! 我には不届き者をご婦人へ報告する使命があるというのに」
なるほど、元々は侵入者を報告する役割があったのか。これだけ騒がしい人物なのだ、侵入者も真っ先に黙らせるだろう。布にはよく見ると紋様らしい何かが刺繍されているが、あれのせいなのだろうか?
「……布取ってあげようよ。なんか叫んでるし」
「そ、そうね」
ハーマイオニーが引っ張ると布はするりと剥がれ、絵の中にはずんぐりとした小さな騎士がポニーと共にいた。
「何と、まだ幼子ではないか! 忌々しき布を取り払ったこと感謝する」
「幼子って、そりゃ千年くらい生きてるカドガン卿にしたらそうだろうけどさ」
「じゃあカドガン卿、誰か先生への報告頼んでいい?」
そう言うと、子どもはチェスへ向き直った。
「ロン、どう思う?」
「きっと向こうに行くにはチェスをしないといけないんだと思う」
ロンはそのまま黒のナイトに近づき、手を伸ばして馬へと触れた。すると、命が吹き込まれたかのように駒が動き出し、そのまま駒と一言話したロンは子どもとハーマイオニーの近くに戻って来た。
「僕たち三人それぞれ黒い駒の役目をしなくちゃいけなさそう……」
子どもとハーマイオニーはロンが考えるのを黙って見つめている。子どもはロンにチェスの手ほどきを受けている最中で、ハーマイオニーもチェスではロンに負け越していた。
「まさかこの幼さで巨兵に挑もうとは、なんと見上げた騎士道精神よ! よかろう、このカドガン卿が汝らの勇姿を見届けようぞ!」
こいつ、教師に知らせるのではなかったのか?
カドガン卿は、先ほど話していた使命とやらもほったらかして勝手に盛り上がり始めている。ついには剣を抜いて振り回し、バランスを崩して顔面から地面にぶつかっていた。これが本当にワイバーンを討伐した円卓の騎士だと?
(ちょっと、カドガン卿には教師に報告しに行ってもらった方が良くないか?)
ロンが考えている間に子どもがカドガン卿を説得しようとしたが、聞き入れるつもりはなさそうで断固としてこの世紀の一試合をこの目で見届けるのだといって動こうとはしなかった。何故例の幽霊といいホグワーツに存在する奴らはこうも癖があるのだろうか。
「ハリー、ハーマイオニー。僕にここは任せてもらってもいい? ほら二人ともチェスはあまり……」
「もちろん。ロンが僕らの中で一番チェスが得意なんだから、何をしたらいいか教えてよ」
子どもとハーマイオニーはロンの言葉に頷いている。後ろで感動したカドガン卿がべらべらと自分の武勇伝を話しているが、三人は無視することにしたようだ。
「ありがとう。じゃあハリーはあそこのビショップと、ハーマイオニーはあっちのルークのかわりをしてほしい。僕はナイトになるよ」
チェスの駒はロンの言葉を聞いていたようで、三つの駒はくるりと背を向けてチェス盤を降りた。子どもとロン、ハーマイオニーが空いた持ち場に着くと、ゆっくりと白駒が動き始めた。
「白のポーンが動いたね」
「さあ我が朋輩よ、いざゆかん!!」
ロンが黒駒に次々と指示を出し、駒は黙々と動き始めた。カドガン卿はロンの一手一手に盛り上がっている。しかし白駒は容赦なく、白のクイーンなどはロンと対になっていた黒のナイトを床に叩きつけるとチェス盤の外へと放り出した。これは大丈夫なのだろうか? しばらくすると負傷した駒が壁際に積み上がり、子どもやハーマイオニーが取られそうになることもあった。子どもとハーマイオニーを取られるわけにはいかないと悩みながらも、ロンは上手く駒を動かしている。
「うーん……詰めが近いけど、やっぱり僕が取られるしか」
「だめだよ、ロンやめて!」
子どもとハーマイオニーがロンへ向けて叫んでいるが、ロンは青ざめた顔でチェス盤を見ながら首を振った。
「これしか手はないんだ。僕が一手進めば、白のクイーンが僕を取る。ハリー、君がキングにチェックメイトするんだ! ここでグズグズしてる暇はないだろ?」
子どもとハーマイオニーが黙り込んだのを確認して、ロンは目を瞑り震えながらもゆっくりと前に進んだ。
ロンが動き終わると、すぐさま白のクイーンが飛びかかり、ロンは殴られて倒れ込んだ。そのまま白のクイーンは、倒れたロンを片隅へ引きずっていった。子どもから離れてロンの様子を見ると、衝撃のためか気絶してしまっているようだった。
(ロンは生きてるよ)
子どもは震えながら斜め左へ三つ進んだ。すると白のキングは王冠を脱いで投げた。これで試合は子どもたちの勝利らしい、チェスの駒は首を垂れながら左右へ分かれ、扉まで道をあけている。
「み、見事……見事ぞ! まさに名采配! 汝の勇猛果敢さを、このカドガン卿が後世に語り継いでやろう!」
途中から黙り込んでいたカドガン卿は、泣きながら叫んでいる。
「カドガン卿、先生を呼んで! ロンをお願い!」
「ああ承ったとも! かの我らが戦友を、決して決して死なせはしませんぞ!」
そう話すとガチャガチャと鎧を鳴らしながら、ポニーにも乗らずに絵の中から走り去っていった。勇敢なのは認めるが、先へ友を進ませるために犠牲になるのは、ただの考えなしなのではないのか。あれだけ青ざめて震えながらも前に進むのだ。グリフィンドールの無謀さは、きっと後に残る人間のことなど頭にもないのだろう。
子どもとハーマイオニーは時間を無駄にすまいと扉に突進し、次の通路へと進みだした。
「ねえハリー……ロンなのだけど」
「大丈夫。カドガン卿がきっとすぐに先生を呼んでくれる」
二人は罠の予測をしながら通路を進み続け、次の扉を押し開けた。すると悪臭漂う異様な部屋へと辿り着いた。子どもとハーマイオニーは慌ててローブで鼻を覆っている。部屋の中央を見ると、子どもの身長の倍以上は大きい、鈍い灰色のような巨体が横たわっていた。巨体に比べて小さい頭には血だらけのこぶが出来ており、気絶してしまっているようだった。
「たぶん、これはトロールだと思うわ」
「これがトロールなんだ……こんな大きいのと戦わなくて良かったよ。先に進もう」
しかしここまで罠を突破し、この巨体を倒している相手となると出し抜くのは難しそうだな。子どもとハーマイオニーは、トロールを起こさないようにサッと通り抜けた。子どもが次の扉を開けると、部屋にはただテーブルが置かれておりその上には瓶がいくつも並んでいた。
「魔法薬学?」
二人が扉の敷居をまたぐと、通ってきた道が紫色の炎で燃え上がった。前方には黒い炎が上がっており、閉じ込められたようだ。ハーマイオニーがテーブルへ駆け寄り、瓶の横に置かれている巻紙を読み始めた。どうやら九つの瓶の中に、進む薬と戻る薬がそれぞれ一つずつ、三つは酒で残り四つは毒薬らしい。仕掛けに関わった教師たちからしてこの先が最後だろうか? やはりどこか突破できるような作りの印象に薄気味悪さを感じる。
ハーマイオニーは、巻紙を読み終えると大きなため息をついた。
「これすごいわ! 魔法じゃなくて論理パズルのようなものみたい。大魔法使いでも、論理がなければきっとここで進めなくなってしまうわ。もちろん、そんなことは私がさせないけど」
そう言うとハーマイオニーは、紙を何度も読み直し、瓶の列に沿って動き回っていた。
「ハリー、わかったわ。この一番小さな瓶の薬を飲めば、黒い炎を通り抜けられるわ」
「……一人分しかないね」
子どもの言う通り、その小さな瓶には一口分あるかないかの量しか入っていなかった。
「じゃあ戻る薬はわかる? ハーマイオニーには戻る薬を飲んで、ロンのところに戻ってほしい。きっとカドガン卿が先生を連れて来てくれるはず。ロンは怪我をしてしまっているし、先生に詳しい事情を説明できるのは君しかいないんだ」
(そんな危険なことしなくても良いじゃないか。ここで教師を待っているのはどうだい?)
一瞬睨まれた。目だけで随分雄弁に伝えてくるようになったな。
「でもハリー、あなた一人で行くつもり? ここまで罠が突破されてしまっているのだもの、侵入者の可能性が高いわ」
ハーマイオニーは罠の点検かもと話していたが、薄々違うことに気付いていたのだろう。ロンのあの自己犠牲も、状況が切迫していることを感じていたのかもしれない。
だが、それはそれとして僕らは侵入者と遭遇していないのだ。きっと最後の仕掛けで立ち往生しているだろう。
「大丈夫だよ。ほら、僕ってば幸運だから」
(ちょっと)
子どもはそう言いながら額の傷を指しているが、僕に対する当てつけか? ハーマイオニーは少し涙目になりながら子どもに駆け寄り抱きついた。そのまま子どもが偉大な魔法使いだと伝えている。
「私なんて本が読めるだけ! もっと大切なものがあるのよ……お願い、気をつけてね!」
ハーマイオニーはそのまま大きな丸い瓶を飲み干した。若干身震いしているが、大丈夫だろうか?
「ど、毒?」
「違うわよ! でもちょっと氷みたい」
最後に一言子どもへと伝え、ハーマイオニーは紫の炎の中をまっすぐ走っていった。それにしても何故こんな状況でこの子どもは一人になっているのだろう? 幸運? 僕はこの子どもは不運だと思うが。
子どもは深呼吸し、小さな瓶を一気に飲み干して歩き出した。黒い炎が子どもの体に纏わりつくように動いたが、熱くも焼けてもいないようだ。とうとう炎の向こう側に出ると、そこは行き止まりで最後の部屋のようだった。
そこにはターバンを巻いたクィレルが佇んでいた。
「そんなっ、まさか先生!?」
「おや、ポッター。こんな時間に、こんな場所で何をしているんだ?」
お前そんなに流暢に喋れたのか。