Q. もしも1981年11月1日の夜が物凄く寒かったら 作:階段下から
「……さて、ちょっとばかしお喋りしすぎてしまったかのう」
渾身の閃きとやらを説明したことで満足したのか、老いぼれはひとつ頷くとローブのポケットを探り、大きな紙袋を取り出した。
「そうそうハリー。おぬしにお見舞いの品を持ってきたのじゃ」
「えっありがとうございます!」
子どもが早速紙袋を開けると、中には蛙チョコや百味ビーンズ、レモン・キャンディーなどが詰め込まれていた。老いぼれは詰め合わせセットを買ってきたようで、友人と食べるように子どもへと伝えている。ふと、何か思い出したかのように、老いぼれは子どもがベッドの上に並べたお菓子の中から百味ビーンズの箱を手に取った。
「お、バーティー・ボッツの百味ビーンズじゃ! ……わしは昔、不幸にもゲロ味に当たってしまってのう。それ以来すっかり敬遠しておったんじゃが……でもこのおいしそうな茶色のビーンズなら、きっとトフィー味だと思わんか?」
……。
(ハリー、何故こちらを見るんだ?)
この老いぼれの前で不用意なことはしないでくれ。いやむしろ何故急にトフィー? 子どもが人目のあるところで僕の名を呼んだことはあっただろうか……? いや、流石に僕の気にし過ぎか? トフィーは一般的な菓子の名前なのだ、茶色いビーンズを見て連想するのは決して不思議なことではない。……決して不思議では無いが……やめよう。この老いぼれがとっとと目の前から居なくなるのであればそれに越したことはない。下手に藪をつつく必要はないだろう。老いぼれは笑顔でその茶色いビーンズを口へと放り込むと、思いっきりむせかえった。
「げほっぉごほっ……なんと耳クソ味じゃ!」
…………。
(ハリー、僕を見て笑うのはやめてくれ)
この老いぼれ最悪である。トフィーだと思って選んで? 口に自ら放り込んだ挙げ句に耳クソだと?
無論のこと僕とは一切合切関係ない。ない……が、それはそれとして何とも言い難くやり場のない苛立ちをどうしたものだろう。今すぐにでも茶色いビーンズを食べてむせているこの老いぼれを壁か床に叩きつけたい。だが相手が相手だ。クィレルなら兎も角、この老いぼれに手を出そうものなら、こちらがどうなるか分かったものではない。癪に障るが、どんなに腹の虫がおさまらなくても、今この場で僕は耐え忍ばねばならない。……しかし子どもは何時までゲラゲラと笑っているんだ腹立たしいな。いっそマダム・ポンフリーがこの騒ぎに気付いて、老いぼれを医務室から追い出さないだろうか。
「げほっ。ふぅ、失礼したの。わしは何とも良くない味を引き当ててしまうようじゃ」
そのままビーンズを喉にでも詰まらせればよかったのに。
「さて、そろそろ失礼するとしようかの」
老いぼれは子どもへと笑いかけると、一瞬子どもの視線の先をなぞるように見てから医務室から去っていった。……今のは偶然か?
「ハリー!」
今度はロンとハーマイオニーがベッドから飛び起きてこちらへやって来た。彼らも念のため一晩医務室で過ごしたらしい。チェスの駒に殴られていたロンもどうやら元気そうだ。
「もう、無事でよかったわ! クィレル先生が犯人だったんでしょう?」
「ハリー大丈夫? 僕が気絶しちゃった後、いったい何があったの?」
子どもは二人に炎の先でクィレルと会ったこと、鏡の中に賢者の石が隠されていたこと、そしてクィレルの後頭部にヴォルデモートが寄生していたことを、先ほど渡されたお菓子を一緒に食べながら話して聞かせた。ターバンの下に何が潜んでいたのかを子どもが語ると、ハーマイオニーは悲鳴をあげ、ロンは絶句していた。……そういえばあの時勘違いかもしれないと考えていた子どもは、今は僕のことを何だと思っているのだろう。
「それで、ロンとハーマイオニーはあの後どうしてたの?」
「えぇっと。私はあの後ロンのところまで戻ったのよ。それでロンの意識が戻った頃に、カドガン卿が先生方を呼んできてくださったわ。その時には、ダンブルドア先生も既にロンドンから戻られていたみたい」
「ダンブルドアが全部仕向けてたのかな? 君のお父さんのマントを送ったのもそうなんだろ?」
ロンは、これは全てダンブルドアが仕掛けたことかと疑っているようだ。僕としてもロンの言うことには一理あると思うが……。
「きっとダンブルドアって、おかしな人なんだ」
「今更?」
「うぅん、そうなんだけどちょっと違くて……。もしかすると僕たちが何かするって予想してたのかもしれないなって。ヴォルデモートのことも本当は知ってたって不思議じゃないし……」
ハーマイオニーは首を傾げながら、知っていたなら子どもは見殺しにされるところだったのではと話している。
……クィレルが燃えたのは子どもの母親が命を懸けたからだと話していたな。老いぼれが言う愛だの何だのというよりは、自らが犠牲になることで成立する類いの魔法だと言った方がより正確だろうか? そして、その犠牲を老いぼれが把握していたのであれば、クィレルが子どもに触れられないことも把握していたのかもしれない。鏡の仕掛けからして、あの場にいた中で石を取り出せるのは子どもだけだったのだ。……もしもそこまで老いぼれが見越していたとしたら? クィレルが直接手を下すことはないだろうと踏んでいた?
「まあとりあえず一件落着? したんだしさ、僕らは早く元気になろうよ! あと数日で学年末パーティーだし、ごちそうだっていっぱい食べたいし……」
ロンはそう話しながら、数日後の学年末パーティーの話をし始めた。今は寮の得点を集計中らしいが、ロンの予想ではスリザリンが勝つ可能性が高いらしい。
「あなたたちいつまでお喋りしているのですか! まだ休息が必要ですよ!」
ついにマダム・ポンフリーがやってきて、ロンはベッドへと、大きな怪我を負わなかったハーマイオニーはひと足先にグリフィンドール寮へと戻っていった。その後も見舞いに訪れようとする生徒はいたが、マダム・ポンフリーはなかなか面会を許さず、見舞いのお菓子が積み上がっていった。なお、中には見舞い品としてトイレの便座を送ろうとしていた双子も居たらしく、衛生的ではないと子どもの手に届く前に没収されてしまったようだ。
そんな騒がしい見舞い客たちとは打って変わり随分と大人しい人物もいた。翌日になるとロンも寮に戻り、子どもだけが医務室でまだ横になっている。そのような状態で、マダム・ポンフリーに面会を許された大男は、巨体をしょんぼりと縮こまらせるようにして入って来た。
「は、ハリー……すまねぇ俺のせいで」
子どもの隣に座ると、首に残った痣を見るなりいつもの豪快さは何処かへ消え失せ、声を震わせてめそめそぽろぽろと泣き出した。
「こんなことになるなんて思っとらんかった……俺が喋っちまったせいでおまえさんが死ぬところだったなんて……。たかがドラゴンの卵のせいで俺は……」
「ハグリッド! たかがだなんて言わないでよ、ノーバートのことだって今も大切でしょ? それに僕たちだって勝手に地下に行ったんだから」
子どもは大男の腕を叩いて慰めるように話している。
「それに、相手はヴォルデモートだったんだ。他の先生の罠だって突破されてたんだから、ハグリッドが喋らなくてもきっと突破されてたよ。だから元気だして、石はあいつには奪われなかったんだから……」
『には』? やけに含みがある言い回しをするな。子どもは慰めながら見舞いで貰った蛙チョコを大男へすすめている。
「す、すまん……ハリー無事でよかったよ。それでな、おまえさんにプレゼントがあるんだ」
大男は皮表紙の本を子どもへ手渡した。子どもが開くと中には写真が隙間なく貼られており、どのページも子どもへと笑いかけている。
「ご両親の学友にふくろうを送って集めたんだ。ゴドリックの谷に連れていった際に用意できればよかったんだが……気に入ったか?」
子どもは熱心に見つめながら、黙って大男へと頷いていた。
◇
その後、学年末パーティー当日に子どもはやっと医務室から解放された。老いぼれが石の件をマダム・ポンフリーへ伝えてしまったせいで、診察が多岐に渡り時間がかかっていたのが要因だろう。現段階で異常が見つからなかったのは、ひと安心だろうか。
ロンの予想通りスリザリンが七年連続で寮対抗杯を獲得したらしく、大広間はグリーンとシルバーの落ち着くスリザリンカラーで彩られていた。子どもは大広間に入ると、一瞬静まり返ったと思ったら大声で出迎えられた。子どもはロンとハーマイオニーの間に座ると、他の話を聞きたがっている生徒は無視することにしたようだ。
子どもが着席した後にすぐ老いぼれが現れ寮の表彰が行われた。一位はスリザリンで、グリフィンドールは二位のようだ。その後、老いぼれは最近の出来事だと続け、子どもとロンとハーマイオニーの勇気や機転を称えた。称賛を送られた三人は、他のグリフィンドール生にもみくちゃにされている。目が合ったのか、ドラコは子どもへゴブレットを掲げながら嬉しそうにニヤリとしていた。
「あーあ、結局今年もスリザリンかぁ」
「そういうなよロン! ちなみに、お前らの武勇伝をカドガン卿が話しまわってるぜ?」
「よっ戦友軍師どの! 来年こそはグリフィンドールで寮杯を獲りたいよな!」
残念そうにしているロンを双子が慰めているが、三人のことをカドガン卿は言いふらしているのか。言い方からして、チェスのことを随分と方々へ話しまわっていそうだ。スリザリンのテーブルからは珍しく歓声が上がり、グリフィンドールの生徒たちは拍手しながらも次第に食事へと関心を移していった。
それから数日、試験の結果も返され帰省の支度が始まった。なお子どもの成績はなかなか良かったようだ。
「うへぇ……ハリー見ろよこれ『休暇中魔法を使わないように』だってさ」
ロンが嫌そうな顔をして注意書きをひらひらとさせている。……あの大男は魔法を使ってはいけないとほざきながら気軽に使っていたじゃないか。生徒には随分と厳しいのだな。子どもは何とも言えない顔をしているが、持ち物は全てトランクの中に詰め込んできたのだ。状況によっては、別にダーズリー家に戻らなくても良いのではないだろうか?
そうして瞬く間にホグワーツを発つ日がやってきた。帰りのホグワーツ特急でも三人は随分と賑やかで、夏休みの予定だの来年の授業だのと話題が尽きないようだった。
「ねえ! よければ夏休みに二人とも僕の家に泊まりにきてよ。ふくろう便送るからさ」
子どもはロンの誘いに頷いているが、手紙であれだけ発狂したバーノンを忘れてしまったのか? 上手くダーズリー家の面々に気付かれないようにしないと破かれそうだ。
やがて列車はキングズ・クロス駅へ到着した。不思議なことに、どうやらダーズリー家の三人も子どもを迎えに来ているようだった。もし彼らが居なければ、そのまま漏れ鍋へ向かわせてダイアゴン横丁で宿でも取らせたのだが。子どもはロンの母親にクリスマスプレゼントの感謝をし、二人へ別れの挨拶をしている。
「ねえハリー……その、大丈夫?」
ダーズリー家を見たロンとハーマイオニーは、あんな嫌な人間と過ごすのかと心配そうだ。
「もちろん!」
子どもはうれしそうな表情で得意げに言った……が、きっとろくなことにならないだろう。
「悲しいことに、ダーズリー家のみんなは僕たちが休暇中に魔法を使えないって知らないんだ。ほら、僕からわざわざ教えるのも失礼でしょ? ダドリーには楽しい夏休みを過ごしてもらおうかなって」
(僕はやめたほうがいいと思うよ)
おそらくダッドちゃん狂いが許さないだろう。……きっと僕の忠告に子どもは耳を傾けないだろうけど。
賢者の石編、ひとまずここで一区切りとなります。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
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次章に入る前に、既存話も少し見直したいと思っています。