地球も、人々も、常に月と隣り合わせに生きてきた。
だが、知っているだろうか。
両者は、互いの引力によって徐々にその距離を狭めている。
…距離の縮まりは必ずしも良いことばかりでは無い。
時にそれは、相手に隠していたものを露わにしてしまうものだ…
(妻に逃げられたレッドウィンターの天文学者が書き残した遺書の序文)
「見てくださいっ!見てくださいよシグレちゃん!」
「ここまで空が澄んでいるのは滅多に無いですよ!」
その日のノドカは明らかに興奮していた。
10年ぶりに地球に接近する大型彗星HAL-9200。
天体が大好きな彼女にとって長年待ち侘びていた日であり、興奮するのも無理はないな、と君は思う。
「そろそろ見えてくるんじゃない?」
「私の計算では、あと43秒で地平線に現れます!」
ノドカは10年前のことを思い出していた…..
地平線から現れる、白い頭。それに連なる、碧い尾。
まだ子供のノドカが人生で初めて、心の底から美しいと感じた瞬間だった。
その時からであった。ノドカは、いつも空を眺めるようになった。
そのせいか友達は少なく、社会にもあまり馴染めなかったが、君という唯一無二の親友はいつもそばにいた。
それだけで十分過ぎるほどだ。と、ノドカは思った。
「飲む?」
君はポケットからいつものカンポットを取り出す。
非常に甘くて美味しいが、78.8%の確率で発酵していて(ノドカ統計)、飲むとその後の記憶は曖昧になってしまうかもしれない。
「だ、だめですよぉ!?10年に一回しかないチャンスですよ!?終始集中して目に焼き付けなければなりません!!」
「え~、そんなぁ。今日もノドカと一緒に飲むために持ってきたのに..」
「見終わってから!!!見終わってからじゃないとダメです!!!」
ノドカは感じていた。あの時と同じ状況。
違いは、緻密に詰め込まれた天文学の知識、そして隣にいる君の存在だけ。
今、はっきりと分かる。
どこから、どんな角度で、あの彗星が現れるのか。
何回も計算した机上の軌道は、今、青い光となって彼女の前に現れるだろう。
ピカっ…..
「わぁ…」
君は驚いた。
ノドカにくどいほど力説されてはいたが、、実際に見てみると彼女の言葉に間違いはないのだと分かった。
恐ろしいほど魅力的な光。その時間は一瞬のように感じられた。
地平線に星が帰っていった後、君は思わず言った。
「すご…すごかったねノドカ!本当に綺麗だったよ!」
「シグレちゃん….」
あれ?と君は思う。今頃感動して泣き出していてもおかしくない。
しかし彼女の瞳は、いつもどおり平然としていた。
「どうしたの?すごく綺麗だったと思うけど…」
「綺麗…そうだね、確かに綺麗だったけど…
全てが、同じだった…..」
「同じ?」
「うん…軌道、明度、そして尾の長さまで、計算と全く一緒だった…」
「えっ」
それの何がいけないことなのだろう?と君は当然のように思った。
第一、私のノドカが計算を間違える方がおかしい。
「何か問題が?」
「ねぇシグレちゃん…おかしいとは思わない?」
「おかしいって?というか、逆にノドカが惑星軌道の計算を間違えたこと、今までにあった?」
「…もうこれで、私が知らない星は無くなった。天球のどこを見ても、星とその周期は私の予想と完全に一致する。10年に一度しか見えないあの星を最後に、私が美しさを見出してきた”不変“は完成したんだよ…」
「なら、なおさら良くない?どうしたの?」
「10年。私が天文学を勉強してきた時間。たった10年だよ...それに、私は別にすごい神秘を持ってるわけでもないし、頭脳が飛び抜けて良いわけでもない。」
「えぇと...もしかして、天文学極めちゃったから次どうすれば良いかわからない...みたいな?」
「ううん、そうじゃない...おかしいんだよ。確たる証拠があるわけじゃない...でも、直感で異常だと分かる。確かに私が観測できるのは可視光線が届く範囲だけ。でも、それだけでもものすごく広い範囲。そんな広大な宇宙空間で、10年間、色だったり形だったり明るさが何も変わらない星が、同じ軌跡を描き続けている。10年前、あの日から一ヶ月後に手に入れた、何年製のものかもわからない昔の天文書は、今も完全に使える。」
「ほ、星ってそういうものじゃ...というか、そこに惹かれてノドカは...」
「違うよシグレちゃんっ!!!こんなにも美しい宇宙が、こんなにも簡単な構造をしているわけはないよ!!...ちょっと待って。10年の接近周期...?最長が..10年?今まで何も思ってこなかったけど..地球に近づく周期彗星の最長の接近周期が10年って...短過ぎない?」
あぁ..ノドカが学者モードに入ってしまった...というか、美しいと簡単って別に矛盾してないと思うんだけどなぁ...まぁそこはノドカの美学の問題か。
時既にカンポットをお裾分けできる雰囲気ではなかったので、君は思索中のノドカに声をかけた。
「ノドカ。それはひとまず置いておいて、帰ろうか。」
「うん...」
ノドカは相変わらず何かに没頭している。そんなノドカの手を取ってみる…
何も言わない。よし、今日はノドカと合法的に手がつなげる!
君は微笑みながら来た道を戻る。そして寝泊まりしている旧校舎に着いて、寝る準備をする。
結構疲れていて、すぐにでも寝てしまいそうだ...ノドカは何やら机に向かっている。昔からたまにこうなることはあったけれど、今回のは重そう...彗星、私のノドカをどこに...まぁ、これも悪くないけどね.....
君は目を閉じた。月明かりが、古びた窓から差し込んでいた。
初めまして…..先生をやっているものです…
ノドカが真理に気づけるか…少々哲学的にはなってしまうかもしれませんが
結末を、一緒に見守ってくださるとありがたいです..
※現代の科学と矛盾している箇所があるでしょうが、気にしないで大丈夫です。