人類が住み慣れた地球から出ようとした時、最初に目指した場所も火星だった。
そんな火星は、地球と宇宙とを繋ぐターミナルとも言えるかもしれない。
その時にはもう、戦争や軍神の象徴として崇高に扱われていた火星はどこにもなかった。
…偉大で尊敬していたものが実は身近なものだと知った時、人は落胆する。
次に、一晩寝るとそれを利用できないか考え始めてしまう。
情がないように見えるが、そうして人類は発展してきたのだ…
(人類で初めて神秘に触れた少女の日記より)
「…シグレちゃんっ..シグレちゃん!」
「……おはよう。ノドカ。」
「聞いてよシグレちゃん!やっぱり私の感じた違和感は間違ってなかった!見えると見えないを繰り返す周期彗星の周期が最長で10年なのも、星の外見が一切変わらないのも確率論上、ほぼありえない、今の知識は何かがおかしいんだよ!これは天文学史に残る大革命になるよ!」
革命……あぁ、そうだ…昨日確かハレー型大型彗星…HAL…を見てノドカの学者スイッチが入っちゃったんだ…
にしても…天文学史に残る…?不思議なことを言い始めたなぁ。
天文学はずっと昔に完成したことで知られている。太陽系付近の惑星は全て徹底的に調べ上げられ、体系化されている。今となって天体観測を本格的に続けているのは、ノドカくらいなのである。もしその体系が崩壊していると分かったのなら、もはやそれは革命ではない。新しい学問が始まると言っても過言ではない。
「聞いてる!?今日はミレニアムサイエンススクールに行こうと思うんだけど、一緒に来るよね!?」
「分かった、分かったから。ちょっと待ってね。支度するから。」
君は布団から起き上がった。君は天体の知識はノドカに比べれば全くないと言っても過言ではないものの、今回はいつもと違い高揚感があった。今まで空を賛美するだけだったノドカが、急にそれに対して疑問を抱き始めたのだ。君にとって、それだけで革命だった。
「行くよぉ!」
雪を踏み締めてミレニアムの方角に進んだ。
..途中なんということもなく、エンジニア部室に到着した。
「久しぶり。今日も改造を頼みにきたよ!」
ノドカの到来とともに、何人かのエンジニア部生徒が駆けつけてくる。
「久しぶりですね!それで、今日はどのようなロマンをお求めに…///」
「私の望遠鏡に、レーザー距離測定器をつけて欲しいんですよ。」
「!?」
周りの生徒たちが驚く。確かに距離測定器なら様々なバリエーションをいくらでも用意できる。何故なら、銃のスコープによく取り付けられるからであり、過去にも何度か他の生徒から受注したことがなん度もあるからである。しかし、スコープに似てはいても望遠鏡に取り付けるなどということは想像もできなかった。
「の、ノドカさん…正気ですか!?」
現代のレーザー距離測定器は測れて0.00000001光年である。いうまでもなく、何千光年と離れている星との距離を測るなんて無謀にも程がある。距離の問題に加えて、星間ガスのような障害物に拡散…考えればキリがない。
「うん。それでお願いなんだけど、レーザー発射機は精度を最高に高めて欲しい。そして、レーザーの反射を受け止める装置はできるだけ大きいものを別に作って。」
「ちなみに、ご用途の方は…///」
「もちろん、いつも通り、星を見るためですよ。」
エンジニア部員たちは何か言おうとしたが、ついに言葉が発せられることはなかった。ノドカの光学の知識は自分たちのそれに匹敵、いや凌駕している。そんな彼女の一見無謀に見える作戦には何か非凡な考えがあるに違いないと思ったからだ。その上、自分たちの理解者であり最も優秀なテスターである彼女の願いなら迅速に達成しなければならないとも思った。
「……分かりました。3日ほど待ってください…///」
「いつもありがとうございますね。」
部室を出たノドカと、目が合った。
「これから3日望遠鏡が無くて、大丈夫?」
「えぇ!むしろ3日で済ませてくれてむしろ困ってるぐらいですよぉ!」
「計算し直すことがたくさんあります!」
君は安心していた。いつものノドカがそこにはいた。
ー旧校舎、227号特別クラスへの帰り道の途中、君は雪道の中に血まみれのオコジョが横たわっているのを見つけた。見るも痛々しい状況だが、まだ生きているようだ。
見てみよう。助かるかもしれない。
レッドウィンターでは傷ついている動物を見るのは珍しくない。だがやはり、生き物のそう言った姿を見るのは心に来るのだ。
「助ける気かい?」
突然、低い声が聞こえた。見ると、少し離れた場所に一人の老人が座っている。どうやらこのオコジョを見守っていたようだ。
「あなたは…?」
「私は、そのオコジョの飼い主なんだよ。」
「なら、どうして助けないの?そばにいてきた家族が苦しんでいるのを見て、辛くないというの?」
「その子の、頭を見てみるといい。」
頭…特に何も…あっ
そのオコジョの頭上には、薄らと輪っかのようなものが浮かんでいた。
「これは…ヘイロー?」
「そう。生まれてから半年ほど経って、少しずつ見えてきたんだ。」
「珍しい…昔本で読んだことがあったけど、本当に動物にも…って、でも、だからってなんでこんな仕打ちを」
「怖いんだ。」
ヘイローは神秘の力の具現である。無限のエネルギーを秘めていると言われ、ヘイロー持ちでない人から見ると恐怖の対象には十分なり得る。
「神秘の力が怖いから、殺すの?」
「違う。死のうとしているんだ。自分で。」
彼は語り出した。
そのオコジョは、彼の飼っている幸せな家族の中で生まれた。初めての子供だった。雌らしい。誕生の時は祝福され、生活に不自由もないはずだった。飼われていた、と言っても監禁されていたわけではなく、自由で、森によく出かけて行った。森には彼女の友人が沢山いて、群れでいるのをよく見かけた。しかしある日、彼女は血まみれになって森から帰ってきた。そう、ちょうど今日のような状態で。彼はすぐに治療にかかった。熊か、イタチとでも喧嘩したんだろうと、その時は思っていた。だが、森から傷を負って帰ってくるのはその時だけではなかったのだ。来る日も来る日も瀕死になって帰ってくる彼女を、彼は心配に思い、そして疑問に思った。ある日、彼はこっそり後をつけてみることにした。森の中は怖かったが、好奇心が優った。彼女の歩みは異様に穏やかだった。途中傾斜が続き、彼は息切れし始めた。そして急に視界が開けた。崖だった。彼女の姿はどこにもない。はっと思って崖の下を見ると、相当な高さにたじろいだが、転落中の彼女が視界に入った。真下には大きく、硬い岩。目を背けたかったが、飼い主である責任からか、最後まで見届けなければならないと思った。その時、彼女の頭にヘイローが現れ、光った。落下軌道が突如大きく横に逸れた。そして、傷だらけの彼女は雪の上に落ちた。信じられない思いで見ていると、彼女は立ち上がり、またさっきまでの異様に穏やかな歩調で歩き出した。自分の家の方角に。彼は急いで先に家に戻ろうとした。しかしすぐに、オコジョの群れがいるのを見かけた。全員が彼女の方を向いていた。その目は不気味なものを見るようでも、威嚇しているようでもあった。彼はひとまず家に帰った。しばらくして、彼女も家に帰ってきた。いつも通り、彼女は苦しそうで、治療を求めていた。しかしながら、彼はそうしようとはおもわなかった。苦しみがいつまでも続くなら、責任を持って死に際を見届けたほうがいいと思った。しかし、それは後付けの理由に過ぎない。純粋に彼は怖かった。動物に現れたヘイロー、そして謎の自殺動悸に対して。
そして今、彼女の親と初めて出会った場所で、じっと待っていたのだ。彼女の死を。
「私には手に負えない。どうか、分かってくれ。」
「まだ、生きてるんでしょ。」
「あぁ、生きているとも。」
「私が助けるよ。ちょうだい。」
君は突発的にそう言った後、そんな自分に驚いた。でも、目の前の動物を見殺しにすることは絶対にあってはならないと思った。
「そうか。」
老人はすんなりと受け入れた。もう飼い主としての責任感は消え、目の前の恐怖を処理できればいいとしか思っていないのかもしれない。
腕に抱えたそれはずっしりと重かった。君はすぐに走り出した。ノドカの待っている旧校舎へ。
この子は瀕死。走って間に合うか。もし治ったら、ノドカはいっしょに飼ってくれるだろうか。おそらく森の中に彼女の居場所はないだろう。そして根拠はないが、その原因はヘイローだろう。野生動物の勘か何かが、彼女を異質なものとして認識したのではないだろうか。ヘイローが彼女を殺したとまで言える。
ヘイローは。神秘は。なんのためにあるんだ?
君の中に、長年当然だと思ってきたことに対する疑問が生まれた瞬間だった。
夕日が差し掛かる。日はまだ暮れていない。日が出ているなら、何か見つかるかもしれない。