他の星が目まぐるしく動く中、不動のこの星は航海士たちにとって方角を表すコンパスであり、政治家たちにとっては憧れの目標だった。しかし、それは地球から見た時の話。かつて地球上から眼差しを向けられ続けた道標は、宇宙空間ではただの点であった。
導いてくれるものがないと人は何もできないが、導いてくれるものが出てくると人はそれに反逆するものだ。
(クーデターによりトリニティに亡命中の万魔堂議長の手記より)
「あぁ!やっと届きました!」
うーん...朝、か...
すでに起きていたノドカのほうを見ると、巨大な段ボールが横たわっている。おそらくあれが例の受信装置だろう。というか、毎回思うけど精密な機械を段ボールに包んで大丈夫なのだろうか。
そしてノドカは夜、ちゃんと寝ているのだろうか。君は心配になる。
「あ、おはようございますシグレちゃん!今日から、星間距離を測り始める予定です!」
「ねぇノドカ、ノドカは今、既存の天文学の確率論的な怪しさを突いてるんだよね。でも、宇宙はものすごく広くてなんでもありえちゃうんだから確率論上はすっごく可能性が低くても、それは現実かもしれない。今の計算とか、仮定が全て合ってて、ノドカの今やろうとしていることは過去の研究の立証にしかならないかもしれない。それでも、ノドカは大丈夫?」
「シグレちゃん、何を言っているんです。確率論上ほぼあり得ない稀有な宇宙空間に自分が住んでいるだなんて、想像するだけで興奮が収まりません。にしても、なかなかのナイスアイデアを思いつきますね。やるじゃないですか。」
ノドカはいきなり真顔で語りだした。うん、いつものノドカだ。今日も変わりない。
途中、いつものようにテルが森に出かけて行ったこと以外は特に何事もなく夜が来た。
「いよいよですよぉ...」
ノドカは望遠鏡を月の方角に向けている。月は一番近く、反射率も問題なさそうな惑星だから、とりあえずの試し打ちにはぴったりだという。ちなみに、月の軌道が間違っているのはさすがにないらしい。ほかの惑星と比べて単純なのだろうか。
「いきます。」
ノドカはスイッチに指をかけた。ほんとはフルオートで連射しまくって試行回数の暴力で解決するのだが、記念すべき一発目は手動で行いたいらしい。
ピッ
レーザーが発射される。無論、反射光は拡散と減衰によって肉眼では見えない。
「さぁ、見てみましょう。装置が壊れていなければ2.56あたりが出ているでしょう。さぁ、どうですか?シグレちゃん!」
「えーと、ノドカ。これ、単位は秒で合ってるんだよね?」
「はい。そのまま読み上げちゃってください。」
「0.000666656……」
「えっ」
「ノドカ、光の速さを早くしてたんじゃない?」
「それは大丈夫ですが...」
(たった一発目で満足の得られるデータがとれるとはよもや思っていませんが、レーザーが正確なら相当近い位置で跳ね返ったことになります。距離はおよそ...100km。これは大体宇宙と大気の境界線当たり。うーん、高度100kmの熱圏に鳥でも飛んでいたんでしょうか。まぁそれはないでしょうが、流星にでも跳ね返ったんですかね。そんなものは観測していませんが...)
「やっぱり、どれだけ装置の精度を上げても、月は銀ピカの鏡じゃないし途中にも障害物があったりすることがあるので、なかなか大変ですね。では、フルオートモードを起動して寝ましょう。」
「分かった。」
その夜ノドカはテルを抱いて寝た。私もノドカに抱...じゃなくて、テルは神秘の源のようだから、願掛けの意味も込めてこうしているらしい。かなうといいが、テル。私はお前のことを許さない。
翌日、目が覚めてノドカのほうを見ると、すぐにでも結果を見に行ってるかと思っていたが、ぐっすり寝ていた。やはり最近寝不足だったのではないだろうか。
そして君は望遠鏡のほうに歩いて行った。フルオートシステムは日の出とともに切られるようセットされているから、もう動いていない。太陽はあらゆる波長の光を放射しまくるので日中の光観測なんてしても意味がないのである。
そして君はそれを見た。
「うぅ...シグレ、ちゃん?あっおはようございます、それ、読み上げてくれますか?」
「0.0006666666666666…..」
「..............」
実験は恐らく失敗していた。この数値は何があってもありえない。
いや、それとも?
月は、実は手の届くような距離に浮いていたのであろうか。