僕のヒーローアカデミア -DBLEGENDS- 作:熱いおゆ
入学二日目。
初日があれだけ濃かった反動か、朝から午前中にかけての授業は、拍子抜けするほど普通に進んでいった。
現代国語、数学、英語――ヒーロー科とはいえ、座学の内容は他の普通科とそう変わらない。
教科書を開き、ノートを取り、ときどき睡魔と戦う。
その平凡さが、むしろ今のアキトには新鮮だった。
(昨日があまりに濃すぎただけで、こういう地味な積み重ねもちゃんとあるんだよな……)
黒板を睨みながら、アキトは内心でそんなことを思っていた。
窓際の席では、退屈そうに頬杖をつく爆豪の姿が視界の端に入る。
周囲の生徒たちは早くもヒーロー科らしい実習の話題で持ちきりだったが、午前中の授業は淡々と過ぎていった。
———
昼休みのチャイムが鳴るなり、クラス中が一斉に椅子を鳴らして立ち上がる。
食堂までの道のりは、既に他学年の生徒たちでごった返していた。
「うわぁ、すごい人だかりだね……!」
お茶子が背伸びをしながら、行列の先を覗き込む。
「二年、三年の先輩方も混ざっているからな! この時間はどこも混雑すると聞いている!」
飯田が生真面目に腕を振り下ろしながら解説し、器用に人波を縫って進んでいく。
アキトと出久もその後ろに続いた。
ようやく確保した席に着き、四人でトレーを並べる。
今日のメニューは、名物のカツカレーだった。
「星宮くん、午後は『ヒーロー基礎学』だよね。何するんだろう」
「さあな。楽しみにしとけばいいんじゃないか」
前世の記憶では答えを知っていたが、あえて詳しくは言わなかった。
誰かに聞かれて困る類の情報でもないが、知っていることをいちいち先取りして話すのも、なんだか気が引ける。
「昨日の個性把握テスト、まだクラス中で話題になってるよね……」
出久がスプーンを止めて呟く。
「みんな、星宮くんの個性のこと、色々噂しててさ」
「あー……そうだろうな」
「変なこと聞いて悪いんだけど、今日の午後も、また何か使う機会とかあるのかな」
「さあ、それは分からないな」
曖昧に濁しながらも、アキトは内心で身構えていた。
(前世の記憶通りなら、今日という日は、ある意味で入学二日目にして最初の山場だ)
「そういえば飯田って、中学の時からずっとヒーロー科目指してたのか?」
話題を逸らすつもりで振った質問に、飯田は目を輝かせて熱弁を振るい始めた。
兄がヒーローであること。
その背中を追い続けてきたこと――。
その熱量に、アキトも出久も、お茶子も、しばらく相槌を打ち続けることになった。
———
食後、教室に戻ってしばらくすると、廊下の向こうから、やけに大きな足音と共に、聞き覚えのない濁声が響いてきた。
「わーたーしーがー!! 普通にドアから来たァ――!!」
「オールマイトだー!!」
歓声が上がる中、教室の扉が勢いよく開く。
そこに立っていたのは、聞くまでもなく分かる、この社会のシンボルそのものだった。
(本物のオールマイトだ……。何度見ても、この威圧感は慣れないな)
長らくナンバーワンヒーローとして君臨し続ける、あの伝説の男。
今年度から教壇に立つという話は聞いていたが、まさか二日目からその授業を受けられるとは思っていなかった。
教室中の空気が、一瞬にして張り詰める。
爆豪でさえ、頬杖をやめて姿勢を正していた。
「早速だが、今日はコレ! 戦闘訓練!!」
「「「おおお……!」」」
教室がどよめく。
オールマイトは満足げに頷きながら、続けて壁際を指し示した。
「そしてそれに伴って――こちら!」
壁の一角が開き、番号の振られたロッカーがずらりと現れる。
金属質な扉が並ぶ様は、まるで秘密基地の一角のようだった。
「入学前に提出してもらった『個性届』と『要望』に沿って仕立てた、『戦闘服(コスチューム)』だァ!!」
教室全体が沸き立つ。
あちこちで歓声が上がり、爆豪でさえ口の端をわずかに上げていた。
アキトも思わず身を乗り出した。
生徒たちが我先にとロッカーへ駆け寄っていく。
アキトも自分の番号を確認しながら、人波をかき分けて歩いた。
二十番――。
探し当てた扉を開くと、中に収められていたのは、持ち上げた瞬間に思わず口元が緩んでしまうほど軽い一着だった。
(……相変わらず、とんでもない精度で作ってくれたもんだな)
手に伝わる驚異的な軽さに感心しながら、アキトは箱の中の装甲パーツに指先で触れる。
三週間前、あの天才科学者にお願いした夜の出来事が、鮮明に頭へ蘇った――。
――三週間前。
合格通知が届いて間もない頃。
雄英高校への進学に合わせ、アキトは実家を出て、学校近くのセキュリティがしっかりしたマンションで一人暮らしを始めていた。
両親が「自立の練習に」と用意してくれた防音の効いた自室は、誰の目も気にせず召喚を試すには最高の環境だった。
そのリビングで、コスチュームの要望書を前に頭を抱えていたアキトは、ソファに横になるシャロットへため息混じりに話しかける。
「ヒーロースーツの要望書って言われてもな……。どんな機能や構造にすればいいかサッパリだ。シャロット、何か良い案ないか?」
「あぁ? 知るかよ、俺に訊くな。壊れにくくて動きやすけりゃ何でもいいだろ」
心底興味なさそうに吐き捨てる相棒に、アキトは苦笑した。
(『戦う奴』じゃなくて、『作る奴』なら――)
レジェンズの戦士たちの顔を思い浮かべた、その瞬間。
まるで雷に打たれたように、ひとりの人物が脳裏に浮かぶ。
(そうだ……ブルマだ!! 俺の知る限り最高の天才科学者! あの人なら向こうの世界の技術力で、とんでもないスーツを作ってくれるんじゃないか!?)
「なあシャロット! ブルマに頼むってどうだ!?」
「あ? ブルマぁ? ……あー、確かにあの女なら、文句言いながらも結局すげぇもん叩き出してきやがるタイプだな」
その夜。
アキトは自室のリビングで、ブルマのカードをロードした。
眩い光が収束し、一人の女性が姿を現す。
「はぁ? なによ急に呼び出して……って、ここどこ?」
そこに立っていたのは、スタイル抜群でどこか色っぽさを漂わせた、あのブルマ本人だった。
胸元の開いた服から覗く健康的な色香。
大人っぽい甘い香り。
ドラゴンボール好きの男子高校生であるアキトの心臓は、一気に跳ね上がる。
不覚にも目線をどこへ向ければいいのか分からず、顔がみるみる熱くなっていった。
「わ、わりぃ! 頼れる技術者がブルマしか思いつかなくてさ……!」
「ちょっと。何をそんなに顔赤くしてドギマギしてんのよ。変なヤツね」
ブルマはフッと不敵に笑う。
豊満な胸元を軽く強調するように腕を組み、悪戯っぽく上目遣いでアキトを覗き込んだ。
「まあいいわ。それで? 天才科学者のあたしに、一体何の用かしら?」
その仕草に必死で平静を装いながら、アキトは学校から送られてきたコスチュームの発注書を差し出す。
ブルマは「ふーん」と小さく呟き、資料へ目を通し始めた。
さらに部屋の家電や家具、衣類の素材まで手際よくスキャンしていく。
「ちょっと……この世界の素材や技術って、正直言ってお粗末すぎない? カプセルコーポレーションの技術から見たら、おもちゃみたいなもんじゃないの」
「まあ、向こうの世界基準からすればそうなるよな……」
「まあいいわ」
ブルマは肩をすくめる。
「サイヤ人の戦闘服の構造は頭に入ってるから、動きを妨げない伸縮素材をベースに、要所だけ硬質化する軽量装甲を作ってあげる。この世界のレベルからすれば、とんでもない性能になるはずよ」
「本当か!? 助かる!」
「その代わり!」
ブルマは人差し指をピッと突きつけ、ニヤリと笑う。
「お礼として、この世界の『個性』っていう不思議な力について、じっくり研究させてもらうわよ? 人体の細胞変化とかエネルギー構造とか、すっごく面白そうじゃない!」
「う……研究の実験台になるのは勘弁してほしいけど、それくらいならお安い御用だ」
ブルマは満足そうに頷くと、
「交渉成立ね」
と笑った。
数日後。
完成したコスチュームを前に、アキトは思わず言葉を失う。
深みのある濃紺のボディスーツ。
要所だけを覆う、しなやかなプロテクター。
ベジータの戦闘服を彷彿とさせる洗練されたシルエットでありながら、関節部や装甲の境目には赤いハイテックラインが走り、この世界のヒーロースーツらしい機能美も兼ね備えていた。
さらに左胸の装甲には、小さく重厚なシルバーで刻まれた『CC』――カプセルコーポレーションのロゴ。
右太もものスリットラインには、『Bulma Special』の文字が小さく刺繍されている。
天才科学者の誇りと遊び心が詰め込まれた一着だった。
「これ、本当に凄すぎる……! 感謝するよ、ブルマ!」
「ふふん、見たかしら!」
ブルマは腰へ手を当て、得意げに胸を張る。
「着る人間の動きを殺さないことと、並の衝撃なら軽く受け流せる耐久性を両立しておいたわ。感謝しなさいよね!」
「もちろんだ。本当にありがとう」
アキトは心からそう言って、深々と頭を下げた。
完成した実物を事前に持ち込み提出していたからこそ、こうして雄英のロッカーから手元へと戻ってきたのだ。
(本当に言った通りの着心地と軽さになってるな……。さすがはブルマだ)
手元のスーツを愛おしそうに見つめながら、アキトは思わず口元を緩めた。
「星宮くん! 君も早く着替えてグラウンドβへ向かうぞ!」
声をかけてきたのは飯田だった。
廊下を見ると、すでに箱を抱えたクラスメイトたちが続々と更衣室へと向かっている。
「ああ、今行く!」
自分のコスチュームを丁寧に抱え上げ、アキトは男子更衣室へと急いだ。
この軽さと性能を、これから始まる戦闘訓練で周囲がどう見るのか――。
少しだけ、楽しみになっている自分がいた。
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