『爆薬の設置を開始する』
茶柱の指示を受け、二機は背部へ搭載していた爆薬コンテナを共同溝の床へ降ろした。
サムライ4が無人作業アームを展開し、
地下河川を跨ぐ橋梁部の支柱へ爆薬を固定していく。
茶柱機も別の支柱へ作業アームを伸ばし、崩落が一方向へ偏らないよう、
管制室から送られる設置位置に従って爆薬を分散させた。
一基目。
二基目。
三基目。
作業そのものは順調だった。
しかし、二機の周囲では状況が急速に悪化している。
左右の壁面で観測されていた振動はさらに強まり、
戦車級と要撃級の反応に加えて、新たな大型反応が検出された。
ひよりが地震波を解析し、驚きを隠せない声を上げる。
「突撃級です。共同溝の都心側から、こちらへ向かっています」
堀北は共同溝の断面図を確認した。
「この通路では、突撃級の身体が通らないはずよ」
「通常の幅では足りません」
ひよりは振動源の動きを追う。
「壁と天井を崩しながら進んでいます」
茶柱たちのさらに都心側から、地面を揺らすほどの巨大反応が迫っていた。
共同溝を利用して移動しているのではない。
自ら通路を破壊し、身体が通れるだけの空間を作りながら、
爆破予定地点へ向かっている。
龍園が敵の進路を見て低く言った。
「向こう側から、爆破地点ごと潰しに来たか」
坂柳有栖が現在位置と接近速度を計算する。
「接触まで約三分です」
爆薬設置の進捗は、まだ四十パーセント。
作業を中止して戻る時間はある。
だが、ここで引き返せば都心へ続く共同溝は残り、
今後もBETAの侵入路として使われる。
茶柱は迷わなかった。
『三分あれば間に合う』
サムライ4も作業アームの速度を上げる。
『設置手順を短縮します』
自動制御だけでは間に合わない。
サムライ4は左右二本の作業アームを同時に使用し、
一方で爆薬を支柱へ押しつけながら、もう一方で固定具を打ち込んでいく。
茶柱機も爆薬設置を進める一方、周囲へ突撃砲を向けた。
右側の崩れた壁から戦車級が流れ込んでくる。
茶柱が短い連射で排除する。
その直後、左側の壁の向こうから再び要撃級の腕が突き出された。
茶柱は長刀を抜き、横から迫る腕を受け流した。
巨大な外殻と長刀が激突し、暗い共同溝へ火花が散る。
機体が強い衝撃を受け、左腕部へ損傷警告が表示された。
『茶柱機、左腕部小破』
茶柱は誰に尋ねられたわけでもないのに答えた。
『操縦に問題はない』
中間地点から状況を見ていた星之宮が通信を開く。
『佐枝ちゃん、ちゃんと戻ってきてよ』
『分かっている』
『本当に分かってる?』
『作業中だ。黙れ』
茶柱は素っ気なく返したが、通信を切ろうとはしなかった。
爆薬設置は七十パーセントへ到達。
突撃級との距離は二百メートル。
姿はまだ見えない。
それでも、共同溝全体を震わせる地響きは明らかに大きくなっている。
天井から細かな粉塵が落ち、橋梁部を支える柱にも小さな亀裂が入った。
突撃級が到達する前に、共同溝そのものが崩壊する危険もあった。
後方防衛地点から戦闘映像を確認していた真嶋が言う。
『設置中止も判断に入れろ』
茶柱は作業を続けながら答えた。
『ここを残せば、次は都心へ出る』
『お前たちが崩落へ巻き込まれたら、作戦成功とは言えない』
サムライ4が残る爆薬を確認する。
『あと二基です』
突撃級との距離は百五十メートル。
すでに壁の向こうからは、岩盤が砕ける轟音まで聞こえている。
地面は波打つように揺れ、二機の姿勢制御装置が絶え間なく補正を続けていた。
最後から二番目の爆薬が支柱へ固定される。
サムライ4は残る一基を持ち上げ、管制室から指定された最後の位置へ押し込んだ。
固定具。
起爆回線。
遠隔信号。
すべて正常。
『爆薬設置完了!』
報告を受けた坂柳理事長は、即座に命じた。
「二機とも撤退してください」
茶柱が確認する。
『起爆は』
「遠隔で行います。爆破地点から二百メートル以上離れた後に起爆します」
二機は作業アームを格納し、来た道へ機体を反転させた。
その直後。
共同溝の奥から、突撃級が姿を現した。
前面を覆う分厚い装甲殻。
左右の壁を削り、天井へ身体を擦りつけながら、
巨大な質量そのものが通路を押し広げて進んでくる。
砕かれたコンクリート片が周囲へ飛び散り、
装甲と人工構造物が擦れるたびに火花が上がった。
茶柱たちの退路も安全ではない。
前方には戦車級。
左右の壁の向こうには要撃級。
背後からは突撃級。
一本道をただ走れば逃げられる状況ではなかった。
茶柱が指示する。
『サムライ4、先に行け』
『茶柱機の方が損傷しています』
『後方を見ながら下がる機体が必要だ。命令に従え』
一瞬の間を置いて、サムライ4が答える。
『了解』
サムライ4が先行し、前方へ現れる戦車級を射撃しながら帰路を作る。
茶柱は後方を向いたまま、突撃級へ砲撃を加えた。
正面装甲へ三十六ミリ弾を撃ち込んでも、大きな損傷は与えられない。
それでも連続する爆発と煙によって視界を遮り、
僅かでも進行速度を落とすことはできる。
茶柱は百二十ミリ砲を突撃級の進路上へ発射した。
大爆発によって共同溝の床が抉れ、突撃級の巨体が一瞬傾く。
完全には止まらない。
だが、速度は僅かに落ちた。
その時間を使い、茶柱機も後退する。
爆破地点から五十メートル。
百メートル。
突撃級は爆薬を設置した支柱群へ近づき続けている。
管制官が距離を読み上げる。
『爆破地点から、あと百メートルです』
茶柱は起爆装置を準備した。
『起爆待機』
坂柳理事長は許可しない。
「まだです」
『今なら突撃級を崩落へ巻き込めます』
「茶柱先生が安全距離へ達していません」
『爆発と同時に抜けられる』
坂柳理事長の声が僅かに強くなる。
「命令した距離は二百メートルです」
茶柱は小さく舌打ちした。
それでも、独断で起爆することはしなかった。
サムライ4とともに、さらに後退する。
百五十メートル。
先行するサムライ4が戦車級へ射撃し、茶柱の進路を確保する。
茶柱機は百八十メートル地点へ到達。
突撃級は、すでに爆薬を設置した橋梁部へ入り込んでいた。
堀北が距離を確認する。
「茶柱機、二百メートルへ到達しました!」
坂柳理事長が命じる。
「起爆」
共同溝の支柱群へ設置された爆薬が、ほぼ同時に作動した。
地下空間が白い閃光に包まれる。
次の瞬間、爆発が支柱を根元から吹き飛ばした。
地下河川を跨いでいた共同溝の橋梁部が大きく沈み、
天井と岩盤へ無数の亀裂が走る。
突撃級は爆炎と土砂の中へ呑み込まれた。
支えを失った地層が、巨大な質量となって落下する。
何万トンもの岩盤。
コンクリート。
配管。
共同溝の壁面。
すべてが崩れ、都心方向へ続いていた通路を押し潰していく。
地下河川の水が衝撃で噴き上がり、
爆炎、泥、蒸気が入り混じった濁流となって周囲へ広がった。
突撃級の反応は、崩落の中心で消失。
共同溝も完全に埋まり、
都心方向への侵入経路は長い区間にわたって遮断された。
だが、崩落によって生じた衝撃波は、
二百メートル離れた茶柱たちの位置へも容赦なく襲いかかった。
サムライ4は背後から押され、前方へ倒れ込む。
茶柱機は横へ流され、右肩を共同溝の壁へ激しく打ちつけた。
警告表示が管制ユニットを埋め尽くす。
粉塵によって外部映像が失われ。
通信も一瞬で途切れた。
第一作戦管制室。
茶柱機の反応表示が画面から消える。
堀北が叫ぶ。
「茶柱先生の反応が消えました!」
平田が息を呑む。
須藤は席から立ち上がりかけた。
「先生!」
坂柳理事長は慌てず、通信担当へ命じる。
「予備回線へ切り替えてください」
橋本がすぐに操作する。
「接続を試みています!」
数秒。
それだけの時間が、異様に長く感じられた。
やがて画面へノイズが走り、消えていた機体反応が再び表示される。
茶柱機。
右肩部中破。
頭部センサーの一部が停止。
主機は正常。
搭乗者の生命反応も確認された。
『……聞こえるか』
茶柱の声が戻る。
管制室全体から、同時に息を吐く音が漏れた。
坂柳理事長が答える。
「聞こえています」
茶柱は損傷表示を確認しながら言う。
『爆破は成功した』
「確認しています。直ちに中間地点へ戻ってください」
『了解』
先に倒れていたサムライ4も機体を起こす。
左腕部を小破しているものの、歩行に問題はない。
二機は互いの状態を確認した後、来た道を引き返した。
都心方向へ続く共同溝の封鎖。
暁光作戦の第二目標は達成された。
しかし、作戦はまだ終わらない。
崩落の振動へ引き寄せられたのか、後方のBETA反応はさらに増加していた。
前方部隊と後方防衛隊の間に位置する中間地点では、
左右の壁面に新たな穴が開き、戦車級と要撃級が次々と侵入している。
さらに。
これまで地下では確認されていなかった反応が表示された。
光線級。
坂柳有栖の表情が変わる。
「地下に光線級がいるのですか?」
地下では長距離の射線を確保しにくい。
だが、直線状に伸びる坑道では、距離が短くても十分な脅威となる。
ひよりが位置を確認する。
「中間地点の前方に一体います」
「茶柱先生たちが戻る経路上です」
中間地点を守っているのは、坂上、星之宮、サムライ3、サムライ5、サムライ6。
茶柱たちが戻るためには、この場所を維持しなければならない。
光線級の発光部が赤く輝き始める。
地下坑道で照射準備が始まった。
坂上が叫ぶ。
『全機、遮蔽物へ入れ!』
五機が左右の分岐や壁面の窪みへ移動する。
直後、赤い光が坑道を一直線に貫いた。
高熱によって地面と壁面が焼かれ、通信中継器の一部も損傷する。
映像へ強いノイズが入り、部隊位置の表示が一瞬乱れた。
星之宮が叫ぶ。
『地下にまで出てこないでよ!』
サムライ3が装備状態を確認する。
『重金属雲の残量は』
サムライ6。
『地下戦用装備のため、ほとんど積んでいません』
坂上は光線級までの距離と、周囲の敵数を確認した。
『接近して撃破するしかない』
だが、光線級の周囲には三体の要撃級と、多数の戦車級がいる。
坑道内では跳躍ユニットを自由に使用できない。
正面から突破すれば、要撃級へ捕まる可能性が高かった。
龍園が敵の配置を見て言う。
「真正面から相手にする必要はねぇ」
堀北が地形図を見る。
「でも、他の経路がないわ」
ひよりが細い分岐へ気づく。
「左側に保守坑があります」
「戦術機一機が通れる程度ですが、光線級の側面へ回れる可能性があります」
坂柳有栖も立体地形を確認した。
「一機だけなら、迂回できます」
須藤が尋ねる。
「誰を行かせる?」
高円寺が各機の状態を比較する。
「最も機体状態が良く、狭所での移動速度を維持できる機体だね」
候補に挙がるのは坂上の陽炎。
だが坂上機は、昨日からの戦闘で左腕と脚部を損傷している。
一方、サムライ5の不知火は損傷がほとんどなく、機動力も残っていた。
龍園が言う。
「サムライ5を回せ」
堀北が懸念を示す。
「正面の防衛火力が一機分減るわ」
オレは光線級と茶柱たちの帰還経路を確認した。
「光線級を排除しなければ、茶柱先生たちも含めて全員が戻れない」
坂柳理事長へ提案する。
「サムライ5を左側の保守坑から迂回させます」
「正面では坂上機、星之宮機、サムライ3、サムライ6が
要撃級の注意を引きつけてください」
坂柳理事長が決定する。
「実施してください」
サムライ3。
『了解』
サムライ5。
『左保守坑へ入る』
サムライ5の不知火が隊列から離れ、細い坑道へ入った。
両側の壁が近く、肩部装甲が接触するたびに火花が散る。
跳躍ユニットも使えず、速度は上げられない。
その間、正面では光線級が再び照射準備へ入った。
坂上たちは要撃級へ砲撃を集中させ、敵の注意を引く。
一体の要撃級が前へ出る。
坂上機は振り下ろされる腕を回避し、星之宮機が側面へ砲弾を撃ち込む。
サムライ3とサムライ6も左右から射撃を続けるが、光線級への射線は通らない。
要撃級の巨体が盾となっている。
赤い発光が強くなる。
『照射が来る!』
全機が再び遮蔽物へ入る。
光線が坑道壁へ直撃し、高熱によって表面を大きく焼いた。
損傷した壁面の一部が崩落し、飛散した破片がサムライ6の左脚へ当たる。
『サムライ6、左脚部小破!』
星之宮が尋ねる。
『動ける?』
『歩行に問題はない』
保守坑では、サムライ5が出口まで五十メートルへ迫っていた。
前方へ少数の戦車級が現れる。
狭い通路では横へ避けることができず、一体ずつ射撃で排除するしかない。
弾薬を消費しながら進み。
やがて光線級の側面が見える位置へ到達する。
しかし、出口には一体の要撃級がいた。
サムライ5へ気づき、巨大な腕を振り上げる。
狭い出口では回避方向がない。
『サムライ5、要撃級と接敵!』
坂上が正面側から答える。
『こちらで注意を引く!』
坂上たちが要撃級の側面へ一斉に砲撃する。
肩部へ爆発が重なり、要撃級が正面部隊へ向きを変えた。
その瞬間、サムライ5が機体を低くする。
要撃級の腕の下へ滑り込み、長刀を脚部関節へ叩き込む。
完全に切断する必要はない。
姿勢を崩させ、光線級への道を開ければいい。
サムライ5は反転し、光線級へ突撃砲を向ける。
至近距離から連射。
発光部が爆発し、赤い光が消えた。
『光線級を排除!』
管制室で須藤が拳を握った。
「やった!」
だが、戦闘は終わっていない。
脚部を斬られた要撃級が、倒れながらもサムライ5へ腕を振るう。
サムライ5は光線級への攻撃直後で、回避が遅れた。
直撃する寸前。
遠方から飛来した星之宮機の砲弾が、要撃級の肩部へ命中した。
腕の軌道が逸れる。
サムライ5はその隙に保守坑へ飛び込んだ。
『助かりました』
星之宮が明るく返す。
『帰ったら何か奢ってね』
『了解』
光線級を失ったことで、正面部隊はようやく前へ出ることができた。
要撃級と戦車級へ火力を集中し、坑道の奥へ少しずつ押し返していく。
そこへ、茶柱機とサムライ4が戻ってきた。
『中間部隊へ合流する』
坂上が答える。
『遅い』
茶柱。
『爆破作業をしていたんだ』
星之宮。
『無事で良かった』
茶柱。
『今言うな』
『じゃあ、帰ってからもう一度言う』
中間地点へ、茶柱たちを含む七機が揃った。
一方、後方防衛地点には真嶋、サムライ7、サムライ8の三機。
作戦参加部隊十機は、ようやく撤退へ移る条件を整えた。
サムライ3が全機へ命じる。
『作戦目標を達成した』
『これより全機、侵入口へ撤退する』
中間部隊は後方防衛隊との合流を目指して進み始めた。
坑道には戦車級と要撃級が残っている。
射撃。
長刀。
爆発。
炎と煙に満ちた地下道を、七機が隊形を崩さず進む。
サムライ3が全体を管理し、茶柱と坂上が前方を担当する。
星之宮は側面支援。
残るサムライ隊が左右の敵を押さえる。
茶柱機は右肩部を中破し、頭部センサーの一部も機能していない。
それでも自分一人で死角を補おうとはしなかった。
坂上が前方を確認し、星之宮が右側の情報を送り、
サムライ3が全体位置を管理する。
茶柱が以前、堀北たちへ教えたこと。
見えない部分を無理に一人で補わず、仲間へ任せる。
今度は茶柱自身が、それを実行していた。
星之宮が報告する。
『右側の穴から戦車級が来るよ』
『報告を続けろ』
『了解』
七機は少しずつ後方防衛地点へ近づいていく。
その頃、真嶋たちは限界へ近づいていた。
前衛を担当するサムライ7の前へ、二体目の要撃級が現れる。
先ほど倒した要撃級の巨体を乗り越え、
その後ろから戦車級の群れも押し寄せてくる。
真嶋が残弾を確認する。
『そろそろ厳しいな』
管制室で神崎が報告する。
「真嶋機の残弾は二十一パーセント」
「サムライ7は三十五パーセント」
「サムライ8は三十二パーセントです」
平田が合流までの距離を計算する。
「中間部隊が到着するまで、あと二分」
一之瀬は画面を見たまま、小さく呟く。
「持って」
誰に向けた言葉でもない。
だが、願わずにはいられなかった。
サムライ7が要撃級の攻撃を引きつけて回避する。
サムライ8が側面へ射撃。
真嶋は後方から、残っていた最後の百二十ミリ弾を発射した。
砲弾は要撃級の胸部へ直撃。
大爆発が起こり、巨体が坑道へ倒れる。
二体目の要撃級を撃破。
しかし、真嶋機の百二十ミリ弾はゼロになった。
残るのは三十六ミリ弾と近接武装だけ。
戦車級の群れは、倒れた要撃級の隙間から押し寄せてくる。
サムライ8が叫ぶ。
『こちらも弾切れが近い!』
真嶋。
『接近されたら短刀を使え』
『戦車級相手にか?』
『足元まで来たら、銃では撃ちにくい』
サムライ7が警告する。
『来るぞ!』
三機は残る弾薬を使い、戦車級の群れへ射撃を続ける。
爆炎の向こうから、さらに後続が現れる。
距離五十メートル。
三十メートル。
二十メートル。
真嶋機の足元まで戦車級が入り込んだ。
突撃砲で一体を撃つ。
その直後、弾切れ警告。
真嶋は突撃砲を捨て、短刀を抜いた。
脚部へ取りつこうとする一体を切り払う。
別の個体が反対側から迫る。
サムライ8が残る弾で援護。
サムライ7は長刀を使い、狭い坑道で横薙ぎにはせず、
突きによって前方の群れを押し返す。
堀北が合流までの時間を告げる。
「あと三十秒です!」
だが、真嶋機の右脚部には戦車級が集まり始めている。
出力もさらに低下していた。
高円寺が機体データを確認する。
「真嶋機の歩行速度が落ちています」
須藤が焦った声を上げる。
「さっき交代して下げたのに」
「それまでに受けた衝撃が蓄積している」
龍園が険しい顔で言う。
「置いていくつもりか」
誰も答えない。
置いていく選択などしたくはない。
だが、撃震が動けなくなれば、真嶋自身が最後尾へ残ると判断する可能性がある。
教官。
整備主任。
帰還路を守る役割を、自分が引き受けようとする人間。
平田の表情が強張る。
一之瀬も画面から目を離さない。
「絶対に駄目」
須藤は本来の管制手順を無視し、直接真嶋へ通信した。
「先生、聞こえるか!」
真嶋が短く返す。
『聞こえている』
「勝手に残るなよ!」
『誰が残ると言った』
「先生なら言いそうなんだよ!」
真嶋は一瞬黙った後、低く答える。
『機体が動く限り帰る』
須藤はすぐに尋ねる。
「動かなくなったら?」
『その時に考える』
「今考えろ!」
そこへ茶柱の声が割って入った。
『真嶋』
『何だ』
『こちらから、お前たちの照明が見えた』
後方防衛地点の暗闇へ、七機分の白い光が現れる。
次の瞬間、茶柱たちの砲撃が戦車級群の側面へ着弾した。
爆発が連続し、真嶋たちの周囲にいたBETAが押し返される。
坂上。
サムライ3。
星之宮。
残るサムライ隊。
全機が援護射撃へ加わる。
星之宮が言う。
『迎えに来たよ』
真嶋。
『遅い』
茶柱は真嶋機の状態を確認する。
『歩けるか』
『速度は落ちているが、まだ動く』
坂上が即座に指示する。
『撃震を隊列中央へ入れろ』
サムライ7とサムライ8が左右へ位置し、真嶋機を囲む。
中間部隊と後方防衛隊。
十機すべてが合流した。
サムライ3が撤退隊形を命じる。
『損傷機を中央へ置く』
『前衛は茶柱、坂上、サムライ4、サムライ5』
『後衛はサムライ7、サムライ8』
『残る機体は左右を警戒しろ』
全員で戻る。
隊列の速度は、最も遅い真嶋機へ合わせられた。
効率だけを考えれば、動ける機体を先へ行かせた方がいい。
だが、誰もそれを提案しなかった。
後方からBETAが追ってくる。
前方にも小型反応。
十機は射撃と近接武装を使い分けながら、侵入口へ向かう。
第一中継器は損傷していたが、完全には停止していない。
不安定な通信を維持しながら、部隊は距離を縮める。
侵入口まで四百メートル。
三百メートル。
戦車級が進路へ現れる。
弾薬の残る機体が射撃し、残弾の少ない機体は長刀や短刀で補う。
真嶋機は中央で歩き続ける。
一歩進むたび、右脚部へ警告が表示される。
二歩目。
出力がさらに落ちる。
高円寺はデータを見続けていた。
「右脚部は限界に近い」
堀北。
「侵入口まで、あとどれくらい?」
「二百メートル」
平田が尋ねる。
「持つ?」
高円寺は画面から目を離さずに答えた。
「持たせるしかない」
やがてサムライ3が前方へ巨大な縦坑を確認する。
『侵入口を視認した』
海面へ続く縦坑。
地下滝。
降下時に使用したケーブル装置。
地上へ戻れる。
だが、十機を一機ずつ引き上げなければならない。
その間にも、後方からBETAの群れが迫ってくる。
サムライ3が判断した。
『損傷機から先に上げる』
真嶋が反対する。
『俺は最後でいい』
茶柱が即座に却下した。
『弾薬も脚も残っていない。先に上がれ』
『後方を守る機体が必要だ』
坂上。
『お前の撃震は、すでに盾として使える状態ではない』
真嶋はなおも何か言おうとする。
星之宮が割って入る。
『それなら私が残る』
茶柱。
『お前も残弾が少ない』
サムライ3が議論を打ち切った。
『命令だ。真嶋機から上げる』
真嶋は数秒黙り。
『了解』
と答えた。
撃震がケーブル位置へ入る。
固定具が機体へ接続され、ゆっくりと縦坑を上昇し始める。
海水の中へ入り、地下空洞から離れていく。
次に指定されたのは茶柱機。
右肩中破。
頭部センサー損傷。
茶柱も反発した。
『私は後でいい』
サムライ3が呆れたように言う。
『教導隊は命令違反を好むのか』
茶柱は一瞬黙り。
『……了解』
と答えた。
茶柱機が上昇。
続いて右肩を損傷したサムライ4。
星之宮。
坂上。
一機ずつ海上へ引き上げられていく。
地下へ残る機体が減るたび、侵入口を守る火力も減少した。
後方のBETAは止まらない。
サムライ7とサムライ8が射撃を続け。
サムライ5とサムライ6が前へ出る。
サムライ3は最後まで全体を指揮した。
残り五機。
四機。
三機。
戦車級の群れが侵入口へ雪崩れ込んでくる。
サムライ8は弾薬を使い果たし、長刀で群れを押し返す。
サムライ7は最後の弾倉を使用。
サムライ5がケーブルへ接続され、上昇する。
地下へ残ったのは、サムライ3、サムライ7、サムライ8の三機。
サムライ3が命じる。
『サムライ8、先に上がれ』
『隊長が先です』
『命令だ』
短い沈黙の後。
『了解』
サムライ8が上昇する。
残る二機。
サムライ3。
サムライ7。
BETAとの距離は五十メートル。
坑道の奥には要撃級も一体見えている。
『サムライ7、次はお前だ』
『隊長』
『命令だ』
『……了解』
サムライ7がケーブルへ接続され、海中へ引き上げられる。
最後に残ったのは、サムライ3の不知火一機。
残弾十九パーセント。
長刀一振り。
短刀一振り。
侵入口を、一機だけで守る。
第一作戦管制室では、全員がサムライ3の機体映像を見つめていた。
照明の先。
戦車級の群れ。
さらに後ろから接近する要撃級。
ケーブル装置が戻るまで二十秒。
管制官が時間を読み上げる。
『回収ケーブル到着まで二十秒』
サムライ3は突撃砲を構えた。
戦車級が射程へ入る。
連射。
先頭が爆発へ呑み込まれる。
残弾十三パーセント。
九パーセント。
五パーセント。
弾切れ警告。
サムライ3は突撃砲を捨て、長刀を抜く。
要撃級の腕が振り下ろされる。
機体は横へ回避。
縦坑の縁ぎりぎりへ踏み込む。
足を滑らせれば、さらに深い地下へ落下する。
要撃級の腕が壁面へ直撃し、岩盤を砕いた。
サムライ3は懐へ入り、要撃級の脚部へ長刀を振り下ろす。
損傷は浅い。
それでも、次の攻撃を僅かに遅らせる。
周囲へ戦車級が集まる。
左手には短刀。
二本の刃を使い、足元へ来た個体を切り払う。
一体。
二体。
三体。
要撃級が再び腕を振るう。
サムライ3が回避するが、完全には間に合わない。
腕の先端が左肩部装甲を掠め、機体が大きく揺れた。
『サムライ3、左肩部中破!』
その時。
回収ケーブルが地下空洞へ戻った。
管制官が叫ぶ。
『ケーブルを固定してください!』
サムライ3は後退する。
戦車級が脚部へ取りつこうとする。
蹴り飛ばし。
短刀で追撃。
要撃級が迫る。
固定具が機体へ接続された。
『固定完了!』
サムライ3が叫ぶ。
『上げろ!』
不知火が縦坑へ引き上げられる。
要撃級は逃がすまいと腕を伸ばした。
巨大な腕が機体脚部へ届きかける。
サムライ3は長刀を下へ突き出し、腕を弾いた。
次の瞬間。
機体が海水の中へ入る。
要撃級の腕はそれ以上届かない。
暗い地下空洞。
押し寄せるBETA。
戦場が少しずつ遠ざかっていく。
サムライ3。
最後の機体も帰還。
第一作戦管制室では、誰もすぐには声を出さなかった。
海上へ反応が移動するまで。
最後の一機が無事に輸送艦へ回収されるまで。
全員が画面を見続けた。
十機。
全機生存。
坂柳理事長は短く目を閉じた。
そして全回線を開く。
「暁光作戦参加部隊へ」
「都心侵攻経路の封鎖を確認しました」
「全機の帰還も確認しています」
「暁光作戦は終了です」
「輸送艦へ収容後、東部軍港へ帰還してください」
茶柱が答える。
『了解』
サムライ3も続く。
『了解』
輸送艦は海上で十機を順番に回収した。
弾薬を使い果たした機体。
装甲を失った機体。
泥と海水に汚れた機体。
それでも、すべての戦術機が自力、あるいは支援を受けながら甲板へ立った。
教導隊。
サムライ選抜小隊。
十名全員が帰った。
午後一時二十分。
大型輸送艦が東部軍港へ帰港した。
岸壁には、整備員、医療班、教師、候補生たちが待っている。
十機の戦術機が一機ずつ甲板から降ろされていく。
最初に運び出されたのは、真嶋の撃震だった。
右脚部はすでに限界へ達しており、
甲板から数歩進んだところで歩行不能警告が表示された。
支持車両が機体を左右から支える。
ハッチが開き、真嶋が地上へ降りた。
須藤が近くで待っていた。
本来なら候補生が入れない区域だが、
整備補助要員として立ち入りを許可されている。
「先生」
真嶋が須藤を見る。
「何だ」
「帰ってきたな」
「見れば分かる」
須藤は撃震の右脚を見る。
「機体は壊れたけど」
真嶋も自分の機体を見上げた。
「壊れていない」
「右脚、動かねぇじゃん」
「直せる」
真嶋は短く言う。
「直せるものは、壊れたとは言わない」
須藤は少しだけ笑った。
「じゃあ、また乗れるな」
「整備班を過労で倒さなければな」
「俺も手伝う」
「お前に触らせられる精密部品はない」
「箱を運ぶくらいならできる」
真嶋は須藤をしばらく見た。
「なら、弾薬箱から始めろ」
須藤はすぐに答えた。
「了解」
次に茶柱機が降ろされる。
右肩部中破。
頭部センサーも大きく損傷している。
ハッチが開き、茶柱が地上へ降りると、堀北が待っていた。
「先生」
「何だ」
「命令通り戻りましたね」
茶柱は僅かに眉を寄せた。
「当然だ」
堀北はさらに尋ねる。
「途中で、一人だけ残ろうとはしませんでしたか?」
「していない」
直後。
後ろから降りてきた星之宮が言う。
「してたよ」
茶柱の声が低くなる。
「星之宮」
「突撃級ごと爆破しようとしてたでしょ」
堀北は茶柱を真っ直ぐ見る。
茶柱も視線を逸らさない。
「必要な判断だった」
「でも、命令では二百メートル離れてから起爆することになっていました」
「間に合うと判断した」
堀北の声が僅かに強くなる。
「結果で正当化しないでください」
茶柱が言葉を止めた。
それは以前、茶柱自身が須藤たちへ言ったことだった。
作戦が成功したからといって、危険な判断まで正しくなるわけではない。
堀北は真剣だった。
茶柱はしばらく沈黙し。
「……その通りだ」
と認めた。
「作戦検証で扱う」
堀北は僅かに表情を緩める。
「はい」
坂上が陽炎から降りる。
左腕部と脚部に損傷。
長時間の戦闘による疲労も大きい。
平田が近づいた。
「お疲れさまでした」
坂上は答える。
「お前たちもな」
平田は首を横へ振った。
「僕たちは、管制室で見ていただけです」
坂上は平田を見る。
「高円寺が真嶋を下げなければ、撃震は地下へ残っていたかもしれない」
「綾小路たちが後方の異常を発見しなければ、退路を塞がれていた」
「椎名たちが共同溝を見つけなければ、作戦目標も達成できなかった」
「見ていただけではない」
平田は少し考え。
「はい」
と頷いた。
最後にサムライ3の不知火が降ろされる。
左肩部は中破。
装甲各部にも多くの傷が残っていた。
ハッチが開き、第十三戦術機甲大隊の副長が地上へ降りる。
サムライ隊の整備員たちが迎える。
誰も大声を上げない。
ただ、全員が姿勢を正し、敬礼した。
サムライ3も無言で敬礼を返す。
全機帰還。
今回の作戦における、最大の戦果だった。
午後二時。
第一作戦管制室で、暁光作戦の報告会が始まった。
取得した情報は多い。
東京ハイヴ浅層部の構造。
都心共同溝との接続地点。
内部のBETA密度。
有機壁面のサンプル。
通信障害の発生条件。
地下に存在する光線級。
要撃級。
突撃級。
そして、都心方向への侵攻経路の封鎖成功。
鳳翼作戦で侵入口を発見して以来、
人類側が初めて東京ハイヴ内部へ有人部隊を送り込み、
明確な目的を達成して帰還した。
規模としては小さな勝利。
だが、今後の攻略作戦へつながる大きな一歩だった。
しかし、作戦中に記録された最後の映像には、
勝利を喜ぶだけでは済まない情報も残されていた。
共同溝を爆破する直前。
無人探査機が突撃級のさらに後方を捉えた映像。
ほんの一瞬だけ。
共同溝の奥に、巨大な空間が映っている。
壁一面へ開いた無数の穴。
その内部から検出されたBETA反応は数千。
あるいは、それ以上。
暁光隊が進んだ場所は、東京ハイヴの本体ではなかった。
外周へ伸びた枝の一つ。
浅層部の一部分にすぎない。
そのさらに下には、今まで人類側が確認していなかった巨大構造が広がっている。
ひよりが映像と振動データを確認する。
「この奥に、深部へ続く経路があります」
坂柳有栖も立体地図を更新した。
「しかも、一つではありません」
東京湾。
お台場。
人工島。
都心。
複数の縦坑と横坑が、地中へ枝のように伸びている。
今回封鎖できたのは、そのうち一本だけだった。
龍園が地図を見ながら言う。
「一つ潰しただけで、喜んでる場合じゃねぇな」
須藤が返す。
「でも、一つは潰した」
龍園が須藤を見る。
「だから何だ」
「ゼロのままじゃねぇ」
須藤は赤く表示された地下経路を見た。
「何本あるか知らねぇけど、一つずつ潰すしかないだろ」
龍園は僅かに笑う。
「単純だな」
「悪いかよ」
「いや」
龍園は正面へ視線を戻す。
「たまには役に立つ」
須藤が眉を寄せる。
「喧嘩売ってんのか?」
伊吹が呆れたように言う。
「今のは褒めてたんでしょ」
石崎も頷く。
「龍園さんなりに」
龍園。
「お前らは黙れ」
室内の空気が僅かに緩む。
だが、坂柳理事長は巨大な地下構造の表示から目を離していなかった。
東京ハイヴは、人類側が想定していた初期段階をすでに超えている。
浅層部だけでも複数の大型種が存在し、
地下に光線級が配置され、都心へ続く侵攻経路も完成していた。
深部には、さらに大規模なBETA群が存在する。
完成したハイヴではない。
今も成長途中。
しかし、攻略対象としてはすでに十分すぎる規模に達している。
統合司令部の副官が言う。
「鳳翼作戦による地上封鎖だけでは、東京ハイヴの拡大を止められません」
坂柳理事長は静かに頷いた。
「ええ」
「暁光作戦で得られた全情報を、中央政府と統合司令部へ送ってください」
「東京ハイヴに対する本格攻略作戦の必要性を、正式に進言します」
茶柱が医療区画から遠隔回線を開く。
『次は、有人部隊を増やすのですか』
「まだ決定しません」
『ですが、浅層だけでこれだけの敵がいます』
坂柳理事長は茶柱の意見を否定せずに答えた。
「だからこそ、急いで決めてはいけないのです」
室内にいる全員を見る。
「次に東京ハイヴへ入る時は、偵察だけでは終わりません」
声は穏やかだった。
だが、そこには明確な決意があった。
「必要な戦力」
「複数の撤退経路」
「地上防衛部隊」
「民間人の避難計画」
「補給と救難」
「すべてを整えます」
そして、画面に表示された赤い地下構造を見据える。
「そのうえで」
「東京ハイヴを、我々の手で止めます」
その夜。
高度育成衛士高等学校の教導隊格納庫では、
整備員たちが休むことなく機体修理を続けていた。
真嶋の撃震は右脚部を分解。
茶柱の不知火は右肩と頭部センサーを交換。
坂上の陽炎は左腕と脚部。
星之宮機やサムライ隊の不知火も、装甲や武装の点検を受けている。
候補生たちも、許可された範囲で整備作業を補助していた。
弾薬箱。
工具。
交換部品。
真嶋の指示を受け、須藤が重い箱を運ぶ。
石崎が反対側を支え。
平田が作業人数を調整する。
普段なら他人へ任せることの多い高円寺も、大型部品の搬送へ加わっていた。
一方。
堀北は戦闘記録を整理し。
ひよりは地下構造を分析。
坂柳有栖は作戦図を更新。
龍園は敵の配置と反応の変化を追う。
一之瀬は地上避難計画。
神崎は次回作戦に必要となる補給量を計算している。
全員が次の戦いへ備えていた。
オレは、暁光作戦で記録された最後の映像を繰り返し確認していた。
東京ハイヴ深部。
巨大な空間。
無数のBETA反応。
その中央付近。
一瞬だけ、他の個体とは異なる動きが記録されている。
周囲のBETAは絶えず移動している。
だが、中央の反応だけは動かない。
むしろ、その周囲を避けるように他の個体が流れている。
何かがいる。
大型種とは違う。
少なくとも、既知のBETAが見せる動きとは一致しない。
ひよりがオレの隣へ来た。
「綾小路くんも気づきましたか」
「中央の反応か」
「はい」
映像を拡大する。
ノイズ。
暗闇。
不鮮明な巨大な影。
壁の一部にも見える。
あるいは。
生物のようにも見える。
「反応炉のような施設ではないと思います」
ひよりが言う。
「確認された位置では、まだ深度が浅すぎます」
「なら何だ」
ひよりは首を横へ振った。
「分かりません」
龍園が後ろから画面を覗き込む。
「分からねぇなら、見に行くしかねぇな」
堀北がすぐに反応する。
「簡単に言わないで」
龍園は笑う。
「簡単じゃねぇから、面白いんだろ」
「あなたはすぐ、そうやって――」
「冗談だ」
堀北が言葉を止める。
龍園は画面を見ていた。
表情は笑っていない。
「次も、今日みたいに全員で帰れる保証はねぇ」
ひよりが静かに言う。
「それでも、誰かが行かなければなりません」
龍園。
「ああ」
そして、候補生たちが並ぶ格納庫を見た。
「いずれは俺たちもな」
誰も否定しなかった。
今は候補生。
まだ実戦部隊ではない。
だが、東京ハイヴは人類側の成長を待ってくれない。
深部。
暗闇。
未知の反応。
暁光作戦によって、人類は初めて東京ハイヴの闇を僅かに照らした。
だが、見えたのは入口にすぎない。
そのさらに奥。
照明の届かない場所で。
巨大な何かが、ゆっくりと動いていた。
一度。
地層が揺れる。
二度目の振動で、周囲のBETAが道を空ける。
そして。
人類が爆破した都心経路とは別の方向へ。
東京ハイヴ深部から、新たな掘削反応が伸び始めた。
北ではない。
南でもない。
人工島へ向かう経路でもない。
さらに西。
東京中心部の地下。
それも、これまでより深い場所を。
地上側の観測へ気づかれないように。
静かに。
暁光作戦で得た小さな勝利を嘲笑うかのように。
東京ハイヴはすでに。
次の侵攻経路を作り始めていた。