マブラヴ・カーストルーム   作:EXTERMINATION

34 / 34
第33話 帰還路

羽田空港防衛戦と同時刻の午前五時三十五分。

 

東京ハイヴ西中層では、候補生第一隊と正規軍部隊が、

上昇を続ける中枢構造体へ背を向け、浅層出口へ向かって撤退を始めていた。

 

すでに足元は水平ではない。

 

中枢構造体が周囲の地層を強引に押し上げているため、

これまで床だった岩盤は急な斜面へ変わり、

壁面だった場所が頭上から覆いかぶさるように迫っている。

 

通路の形は数秒ごとに変化し、

地図に記録されていた分岐や高低差も、ほとんど意味を失いつつあった。

 

正規軍の健在機が先頭を進み、その中央に損傷機を置く。

 

候補生第一隊は、その後方で敵の追撃を防ぎながら撤退を支える。

 

最後尾を担当するのは、龍園と宝泉だった。

 

二機は通路の左右へ分かれ、

追ってくる戦車級と要撃級へ交互に射撃を続けている。

 

ただ並んで撃つのではない。

 

片方が射撃している間に、もう片方が後退する。

 

弾倉を交換し、互いの位置を入れ替える。

 

二機が同時に足を止めれば、最後尾全体がその場へ取り残される。

 

だからこそ、一方が敵を押し返し、もう一方が下がるという動きを崩さなかった。

 

龍園が短い連射で戦車級の群れを通路奥へ押し戻す。

 

その直後、宝泉が一歩前へ出た。

 

右側の保守坑から要撃級が姿を現している。

 

宝泉は巨大な脚部へ射撃を集中した。

 

要撃級を完全に撃破するほどの火力ではない。

 

だが、片脚を大きく傾かせることには成功した。

 

巨体が斜めに崩れ、狭い保守坑を一時的に塞ぐ壁となる。

 

龍園が命じる。

 

『下がれ、宝泉』

 

宝泉はそのまま撃ち続けようとした。

 

倒し切れる。

 

もう少し前へ出れば、完全に停止させられる。

 

そう考えたのかもしれない。

 

だが、一瞬だけ動きを止める。

 

七瀬の言葉を思い出したのかもしれない。

 

一人で戦わないでください。

 

宝泉は要撃級を倒し切らずに機体を反転させた。

 

龍園と同じタイミングで後退する。

 

二機は横へ並びすぎず、互いの射線を潰さない間隔を維持しながら、

候補生第一隊の最後尾へ戻っていく。

 

龍園が低く言う。

 

『少しは分かってきたじゃねぇか』

 

『何がだ』

 

『止まるべき場所だ』

 

宝泉は鼻で笑う。

 

『お前に褒められても嬉しくねぇ』

 

『褒めてねぇ』

 

『なら黙ってろ』

 

言い争いは続いている。

 

それでも隊形は崩れない。

 

以前なら、宝泉は敵がいる限り一人で前へ出た。

 

龍園も、命令で押さえつけるだけだった。

 

だが今は、龍園が宝泉の動きを見て射撃の終わる瞬間を読み、

宝泉も龍園が下がるタイミングに合わせている。

 

完全な信頼ではない。

 

互いを好いてもいない。

 

それでも戦場では、相手が次に何をするか分かるだけで、生存率は大きく変わる。

 

前方で全体位置を確認していた堀北が、後衛交代を命じた。

 

『第二後衛、交代準備へ入って』

 

須藤と高円寺が中央隊列から左右へ分かれる。

 

龍園と宝泉が後退し、二機と位置を入れ替えた。

 

宝泉機は七瀬、天沢、八神の第三班前方へ戻る。

 

第三中継器はすでに放棄されていた。

 

通信そのものは、まだ後方に残された中継器を経由して地上へ届いている。

 

だが部隊が進めば、その距離も限界へ近づく。

 

真嶋の声が通信へ入った。

 

『第三中継器との距離が限界に近い』

 

八神が答える。

 

『確認しています』

 

『予備中継器は』

 

『二基です』

 

『使いどころを間違えるな』

 

『了解しました』

 

候補生第一隊は、戦いながら撤退を続ける。

 

前進する時とは違う。

 

敵を倒し、道を切り開くためではない。

 

全員で地上へ戻るための戦闘だった。

 

だが戻る道は、侵入時よりも遥かに危険になっている。

 

中枢構造体が上昇するたび、地層全体へ新たな圧力が加わる。

 

断界作戦で崩落させた主要幹線。

 

灯火作戦で沈めた海上施設。

 

お台場地下で破壊された空洞。

 

人工島周辺の損傷した地盤。

 

人類側がこれまで壊してきた場所と、中枢が新たに押し広げている場所。

 

それらすべての歪みが、東京湾地下へ集まり始めていた。

 

地面が激しく揺れる。

 

壁面へ新しい亀裂が走る。

 

天井から大小の岩塊が落ちる。

 

オレは前方の正規軍機を見る。

 

一機が損傷した右脚部を引きずりながら進んでいた。

 

その後方へ平田と一之瀬が入り、左右から牽引装置を接続する。

 

平田が左側。

 

一之瀬が右側。

 

二機で損傷機の傾きを抑えながら、移動を支えている。

 

神崎が各部へかかる負荷を確認した。

 

『歩行速度を、あと五パーセント落として』

 

『このままでは牽引対象の腰部へ負荷が集中する』

 

平田。

 

『了解』

 

一之瀬。

 

『右側の張力を少し上げるね』

 

二機の出力が調整され、傾いていた損傷機の姿勢が戻る。

 

その時、後方から別の要撃級が現れた。

 

正規軍後衛が射撃へ入る。

 

だが、さらに前方右上へ赤い照射反応が現れた。

 

ひよりの警告が飛ぶ。

 

『前方右上に光線級反応!』

 

全機が一斉に壁側へ寄る。

 

直後、赤い閃光が通路を貫いた。

 

正規軍機一機の突撃砲が照射を受け、武装と右腕部の一部が焼かれる。

 

警告音。

 

出力低下。

 

それでも機体は止まらない。

 

損傷した武装を切り離し、右腕部も接続部から落とす。

 

残る左腕で長刀を構えたまま、地上への撤退を続ける。

 

誰もその判断を止めなかった。

 

機体を完全な状態で持ち帰ることより。

 

搭乗者が地上へ戻ることを優先する。

 

真嶋が何度も教えてきた応急処置が、

撤退中の正規軍機によって実行されている。

 

茶柱たち中枢接触隊は、さらに後方にいた。

 

上部亀裂から中層へ戻ろうとしているが、通信は途切れがちだった。

 

『……坂上、右を……』

 

『星之宮、爆薬機を……』

 

『真嶋、後ろを見ろ……』

 

短い声。

 

激しいノイズ。

 

映像も大きく揺れている。

 

中枢構造体の上昇によって、上部亀裂そのものが崩れ始めていた。

 

中枢へ設置できなかった大型爆薬を搭載しているため、

爆薬運搬機の動きは他機よりも遅い。

 

茶柱たちは、その機体を捨てずに戻そうとしていた。

 

坂柳理事長の声が全回線へ入る。

 

「爆薬を放棄してください」

 

茶柱が返す。

 

『地上決戦で使えます』

 

「地上には別の爆薬があります」

 

『ですが、この量があれば――』

 

「茶柱先生」

 

坂柳理事長の声が強くなった。

 

「爆薬より、機体と搭乗者を優先してください」

 

茶柱は答えない。

 

代わりに真嶋が口を開いた。

 

『司令官の判断が正しい』

 

『爆薬運搬機、コンテナを投棄しろ』

 

運搬機の衛士が答える。

 

『了解』

 

固定具が解除された。

 

大型爆薬コンテナが機体から離れ、岩盤へ重く落下する。

 

その衝撃で周囲の地面がさらに揺れた。

 

傾斜した床を、巨大なコンテナが暗闇へ向かって滑り落ちていく。

 

その先には統率級と無数のBETAがいる。

 

だが誰も起爆しない。

 

地下深部で大爆発を起こせば、中枢だけでなく、

撤退中の部隊や東京湾岸まで巻き込む危険がある。

 

装備を置いていく。

 

任務を諦めるためではない。

 

生きた人間を地上へ持ち帰るために。

 

爆薬を失ったことで、茶柱たちの移動速度は上がった。

 

候補生第一隊との距離は二百八十メートル。

 

少しずつ縮まり始める。

 

だが、浅層出口側の状況はさらに悪化していた。

 

午前五時三十八分。

 

人工島西側の浅層入口では、

葛城を中心とした候補生第二隊十二機が、防衛線を維持していた。

 

入口の幅は、戦術機二機が並べる程度。

 

左右には細い補助通路。

 

その先には、地上から地下へ続く急斜面がある。

 

第一候補生隊と正規軍が地上へ帰還するための、事実上唯一の道だった。

 

そこへ、浅層に取り残されていたBETAが集まり始めている。

 

断界作戦によって深部との接続を失った個体。

 

中枢上昇に反応して移動してきた個体。

 

人工島の戦術機反応炉や、人間の存在を感知して集まった個体。

 

それらが一斉に浅層入口へ向かっている。

 

葛城機が中央。

 

大型盾を構えている。

 

右側にはアルベルトと石崎。

 

左側には伊吹と神室。

 

後方で橋本が通信と全機位置を管理し、

軽井沢と櫛田が中央射線と弾薬支援を担当していた。

 

前方に戦車級数百体。

 

要撃級五体。

 

さらに遠方には、光線級一体の反応がある。

 

葛城が命じる。

 

『光線級へ射線を通させるな』

 

アルベルトと石崎が大型盾の左右へ出る。

 

伊吹は要撃級の脚部を狙い、

神室は左側保守坑から流れ込む戦車級を止める。

 

橋本はすべての位置を把握しながら報告する。

 

『右側の反応が増えてる』

 

石崎が尋ねる。

 

『どれくらいだ』

 

『百以上』

 

伊吹が苛立つ。

 

『百って言われても分かりにくい!』

 

橋本も声を荒らげる。

 

『見えてる分は全部だ!』

 

神室が冷たく言う。

 

『雑』

 

『こんなの数えられるか!』

 

緊張の中でも、いつもの調子が僅かに残っていた。

 

中央にいる軽井沢は、最初に実弾を撃った時よりも落ち着いていた。

 

操縦桿を握る手の震えは、完全には消えていない。

 

それでも照準は合わせられる。

 

一体。

 

発射。

 

命中。

 

次に二体が来る。

 

一体目を櫛田。

 

二体目を軽井沢。

 

二人は担当区域を分けた。

 

『右端は私が見るね』

 

櫛田が言う。

 

『じゃあ、私は中央』

 

『無理しないで』

 

『そっちも』

 

短い会話。

 

それでも互いの位置を確認できる。

 

軽井沢は自分の照準だけを見ていなかった。

 

櫛田の射線。

 

伊吹が前へ出る位置。

 

石崎が後退する経路。

 

神室が戻るための空間。

 

全部を見ようとしている。

 

平田に言われた言葉。

 

隣の人を見て。

 

その意味を、今ようやく理解していた。

 

一体の要撃級が中央へ接近した。

 

葛城が大型盾で正面から受ける。

 

激しい衝撃によって機体が一歩下がった。

 

石崎が右側から射撃し、アルベルトが反対側へ回る。

 

伊吹が脚部へ砲撃を集中。

 

要撃級の巨体が傾く。

 

神室が百二十ミリ弾を肩部へ撃ち込んだ。

 

大爆発。

 

要撃級は入口左側へ倒れた。

 

だが、巨体が通路の半分を塞いでしまう。

 

葛城が叫ぶ。

 

『倒す位置が悪い!』

 

伊吹が反発する。

 

『でも、止めたでしょ!』

 

『第一隊の退路が狭くなる!』

 

神室が残された幅を確認した。

 

『右側なら一機ずつ通せる』

 

葛城は即座に判断する。

 

『入口右側を空ける』

 

全機が位置を変更した。

 

だが、帰還するのは候補生第一隊だけではない。

 

正規軍と教導隊を合わせれば五十機以上になる。

 

一機分の道では足りない。

 

葛城は倒れた要撃級を見た。

 

『巨体を動かす』

 

石崎が驚く。

 

『どうやって?』

 

『牽引ワイヤーを使う』

 

アルベルトが前へ出る。

 

石崎が補助。

 

葛城は盾で巨体を押す。

 

伊吹と神室が周囲の戦車級を止める。

 

三機が要撃級の身体へワイヤーを固定した。

 

出力を上げる。

 

最初は動かない。

 

戦術機三機の脚部が地面へ食い込む。

 

葛城が命じる。

 

『もう一度だ』

 

さらに出力を上げる。

 

要撃級の巨体が僅かに滑り始める。

 

左壁へ押しつける。

 

もう一度引く。

 

右側へ、戦術機二機が並べる幅が確保された。

 

橋本が報告する。

 

『これなら帰還部隊を通せる』

 

葛城。

 

『この幅を維持しろ』

 

その時、遠方の光線級が照射準備へ入った。

 

赤い発光。

 

橋本の警告。

 

『光線級!』

 

全機が遮蔽物へ入ろうとする。

 

だが、軽井沢と櫛田は入口中央へ近い。

 

左右に十分な遮蔽物はない。

 

葛城の盾は一枚。

 

二機を同時に守れる幅ではない。

 

軽井沢が先に櫛田機を押した。

 

『左へ行って!』

 

櫛田が驚く。

 

『軽井沢さん?』

 

『早く!』

 

櫛田機が倒れた要撃級の影へ入る。

 

軽井沢機だけが中央へ残された。

 

葛城が盾を向ける。

 

だが、距離が足りない。

 

その瞬間、神室機が軽井沢の前へ滑り込んだ。

 

『伏せて!』

 

二機が姿勢を低くする。

 

赤い閃光。

 

光線が神室機の左肩部と背部装甲を掠めた。

 

装甲が焼け、警告表示が広がる。

 

『神室機、左肩部中破!』

 

神室はすぐに答えた。

 

『動ける』

 

軽井沢が声を震わせる。

 

『どうして前に出たの』

 

『あんたが櫛田を押したからでしょ』

 

『でも――』

 

『今はいい』

 

神室は損傷した左腕部を切り離した。

 

重い音を立てて、腕部が地面へ落ちる。

 

残された右腕で突撃砲を構える。

 

『橋本』

 

『何だ』

 

『私の左側を見て』

 

橋本は神室機の死角を確認した。

 

『了解』

 

神室は、自分だけで損傷を補おうとはしない。

 

左側の視界と射線を、橋本へ任せる。

 

橋本は通信管制を続けながら、神室の死角から接近する敵を報告した。

 

『三歩前』

 

『右へ一歩』

 

『戦車級二体』

 

神室が向きを変え、射撃する。

 

命中。

 

二体の反応が消える。

 

二人の付き合いは、長いとは言えない。

 

それでも戦場で必要な言葉は、それだけで足りていた。

 

軽井沢が言う。

 

『助かった』

 

神室は前を見たまま答える。

 

『後で返して』

 

『何を?』

 

『知らない』

 

神室らしい返事だった。

 

だがその言葉は、次があることを前提にしている。

 

午前五時四十分。

 

西中層では、後衛交代が行われた。

 

龍園と宝泉が中央隊列へ戻り、須藤と高円寺が最後尾へ入る。

 

各機の弾薬残量が共有された。

 

宝泉機は六十二パーセント。

 

龍園機は四十九パーセント。

 

須藤機は五十八パーセント。

 

高円寺機は七十一パーセント。

 

中継器を守る役割を任されていた宝泉は、他の前衛機よりも弾薬を残していた。

 

独断で前へ出なかった結果が、今になって意味を持っている。

 

須藤が左。

 

高円寺が右。

 

後方には統率級一体と、要撃級、戦車級が迫っていた。

 

距離は八十メートル。

 

統率級の赤い孔が開く。

 

ひよりが叫ぶ。

 

『蒸気攻撃が来ます!』

 

須藤は百二十ミリ砲を構えた。

 

『撃つ!』

 

発射。

 

砲弾が赤い孔へ直撃し、内部で爆発する。

 

噴き出そうとしていた蒸気が上方へ逸れ、天井へ激突した。

 

高円寺も開口部へ三十六ミリ弾を集中させる。

 

統率級の動きが止まる。

 

だが、別の肢体が横から須藤機へ伸びてきた。

 

高円寺が警告する。

 

『下がれ』

 

『見えてる!』

 

須藤機が回避する。

 

巨大な肢体が地面へ激突し、二機が衝撃で揺れた。

 

須藤が次の射撃を促す。

 

『次はお前が百二十ミリを撃て』

 

高円寺は敵の状態を確認した。

 

『温存する』

 

『ケチるな』

 

『必要な時に使う』

 

『今が必要な時だろ』

 

高円寺は動きの止まった統率級を見る。

 

『今は止まっている』

 

須藤も確認する。

 

確かに統率級は内部へ損傷を受け、動きが鈍っていた。

 

百二十ミリ弾を使う必要はない。

 

『……分かった』

 

須藤は認めた。

 

高円寺が少しだけ笑う。

 

『君も成長したね』

 

『それを言うな』

 

二機は統率級を倒し切らずに後退する。

 

目的は敵の全滅ではない。

 

撤退時間を作ることだった。

 

次の後衛は、オレと堀北。

 

第三後衛。

 

最後の交代だった。

 

前方には、中層から浅層へ続く狭窄区画がある。

 

戦術機二機が並べるかどうかという幅。

 

正規軍機が先に入る。

 

一機。

 

二機。

 

平田と一之瀬に牽引された損傷機が通過。

 

神崎が後方確認。

 

八神が通信状態を維持する。

 

宝泉、七瀬、天沢も入る。

 

龍園。

 

高円寺。

 

須藤。

 

最後に残ったのは、オレと堀北だった。

 

後方には要撃級と統率級が迫っている。

 

距離は五十メートル。

 

堀北が言う。

 

『先に入って』

 

「お前が先だ」

 

『副指揮官より、指揮官が先に戻るべきよ』

 

「今はオレが最後尾だ」

 

『また一人で残るつもり?』

 

「二人いる」

 

堀北は一瞬黙った。

 

確かに。

 

今回は一人ではない。

 

『なら、同時に下がる』

 

「了解」

 

二機は左右へ分かれ、後退しながら要撃級の脚部へ射撃を加える。

 

爆発。

 

統率級の赤い孔は閉じている。

 

正面装甲へは撃たない。

 

無駄弾を使わず、敵との距離だけを保つ。

 

一歩。

 

二歩。

 

堀北が残り距離を報告する。

 

『狭窄区画まで二十メートル』

 

「見えている」

 

『天井に亀裂がある』

 

「右側が危険だ」

 

二機が左へ移動する。

 

直後、右側天井が崩落した。

 

大量の岩盤が通路の半分を塞ぐ。

 

要撃級の進路は狭まる。

 

だが統率級は、太い肢体で瓦礫を押し退けようとしている。

 

時間は十秒もない。

 

「入る」

 

二機が狭窄区画へ向かう。

 

オレが先。

 

堀北が後ろ。

 

だが、堀北機の左脚部が瓦礫へ引っかかった。

 

警告表示。

 

機体が停止する。

 

『動けない』

 

オレは即座に機体を反転させた。

 

「出力を下げろ」

 

『引けば抜ける』

 

「その角度では横転する」

 

第二侵入口で回収したサムライ6と同じだった。

 

堀北機の左脚部が岩盤の亀裂へ入り、外装が挟まっている。

 

後方から統率級。

 

距離三十メートル。

 

要撃級がその前にいる。

 

堀北が言う。

 

『先へ行って』

 

「命令か」

 

『そうよ』

 

「従えない」

 

『綾小路くん』

 

オレは牽引ワイヤーを射出し、堀北機の腰部へ固定した。

 

「右へ傾ける」

 

『壁へ当たるわ』

 

「当てる」

 

『左肩が損傷する』

 

「装甲は交換できる」

 

茶柱。

 

真嶋。

 

何度も繰り返された言葉だった。

 

堀北は一瞬だけ黙った。

 

『了解』

 

堀北機を右へ傾ける。

 

左肩部が壁面へ接触し、激しい火花が散る。

 

左脚部へかかっていた荷重が減る。

 

オレがワイヤーを引く。

 

その時、統率級との距離は二十メートルまで縮まっていた。

 

赤い孔が開く。

 

坂柳有栖が警告する。

 

『噴射準備に入りました』

 

堀北が叫ぶ。

 

『綾小路くん!』

 

オレは百二十ミリ砲へ切り替え、赤い孔へ照準を合わせる。

 

発射。

 

砲弾が開口部へ直撃した。

 

内部で爆発。

 

蒸気攻撃が天井へ逸れ、統率級の動きが止まる。

 

その間にワイヤーを引く。

 

堀北機の左脚部が亀裂から抜けた。

 

二機は狭窄区画へ入る。

 

後ろには要撃級と統率級。

 

だが通路は狭く、一体ずつしか追ってこられない。

 

オレと堀北も横へ並べない。

 

堀北が先。

 

オレが後ろ。

 

堀北が言う。

 

『次は私が最後尾を担当する』

 

「交代できる場所がない」

 

『なら、このまま出口まで行く』

 

「そうなる」

 

二機は前後に並んで進む。

 

オレは後方へ射撃を続ける。

 

狭い通路では、排除された戦車級の身体そのものが障害物になる。

 

そのため要撃級も速度を落とした。

 

やがて通路の出口が見えてくる。

 

正規軍と候補生たちが待っていた。

 

須藤が叫ぶ。

 

『遅ぇぞ!』

 

高円寺が奥を見る。

 

『来ている』

 

龍園。

 

『後ろを撃て!』

 

正規軍機が出口側から狭窄区画奥へ射撃を集中する。

 

爆炎。

 

要撃級が足を止める。

 

その隙にオレと堀北は出口へ到達した。

 

全機合流。

 

誰も残っていない。

 

さらに後方の別経路から、茶柱たちの信号が近づいてくる。

 

距離百メートル。

 

通信が明瞭になる。

 

『候補生隊を視認した』

 

茶柱たちも戻ってきた。

 

教導隊四機。

 

サムライ3。

 

爆薬運搬機。

 

大型爆薬は失ったが、六機すべてが健在だった。

 

星之宮機は左腕部小破。

 

坂上機は脚部損傷。

 

真嶋機は装甲を大きく損傷。

 

サムライ3は右肩部中破。

 

爆薬運搬機は装備を投棄し、軽くなっている。

 

それでも搭乗者は全員戻ってきた。

 

堀北が茶柱機を見る。

 

『先生』

 

茶柱が答える。

 

『約束は守った』

 

『はい』

 

それだけだった。

 

長く言葉を交わす時間はない。

 

全部隊は浅層出口へ向かって進む。

 

中枢構造体の深度は三百二十メートル。

 

地表到達まで推定十二分。

 

浅層入口では、候補生第二隊の防衛線がさらに圧迫されている。

 

坂柳理事長が全回線へ報告する。

 

「地下部隊へ」

 

「浅層西側入口の防衛線が押されています」

 

「第一隊到達まで推定五分」

 

軽井沢の声がノイズの向こうから届く。

 

『五分なら持つ』

 

平田が反応する。

 

『軽井沢さん』

 

『聞こえてる』

 

銃声と爆発。

 

それでも軽井沢は続ける。

 

『心配しないで』

 

『こっちは葛城くんもいる』

 

『櫛田さんも、伊吹さんもいる』

 

橋本が横から口を挟む。

 

『俺もいるぞ』

 

神室。

 

『自分から入ってくるな』

 

『通信担当だ』

 

軽井沢が僅かに笑う。

 

『大丈夫』

 

平田は短く答えた。

 

『分かった』

 

本当に大丈夫かどうか。

 

誰にも分からない。

 

それでも信じる。

 

自分の役割を果たし、地上へ向かう。

 

候補生第一隊。

 

正規軍。

 

教導隊。

 

その先で、右側から大量の敵反応が現れた。

 

神崎が確認する。

 

『右側から百体以上』

 

宝泉が言う。

 

『俺が行く』

 

「第三班は中央を維持しろ」

 

『でも――』

 

「中継器を守れ」

 

八神が最後の予備中継器を持っている。

 

浅層入口までは残り二百メートル。

 

ここで設置しなければ、地上との通信が完全に切れる可能性がある。

 

宝泉は動きを止めた。

 

『分かった』

 

七瀬が言う。

 

『私と天沢さんで右側を見ます』

 

天沢。

 

『宝泉くんは中央でお留守番だね』

 

『後で覚えてろ』

 

そう言いながらも、宝泉は中継器前から離れない。

 

八神が最後の中継器を設置する。

 

その時、地面が大きく揺れた。

 

中枢深度は二百八十メートル。

 

地上に配置された囮反応炉が、すべて最大出力で起動した。

 

東京湾中央。

 

複数の無人撃震。

 

大型発熱装置。

 

模擬通信波。

 

二酸化炭素。

 

灯火作戦を遥かに上回る規模で、戦術機と人間の集結を偽装する。

 

BETA反応の一部が囮方向へ変わる。

 

さらに、中枢構造体の進路も僅かに変化した。

 

坂柳有栖が報告する。

 

『中枢進路の変更を確認しました!』

 

坂柳理事長。

 

「誘導成功です」

 

完全に制御できたわけではない。

 

それでも、高育直下へ向かっていた進路は東京湾中央の無人海域へ逸れた。

 

海上艦隊と地上防衛部隊が、そこで待つ。

 

地上決戦の準備が進められる。

 

午前五時四十三分。

 

浅層西側入口。

 

候補生第二隊の防衛線では、先ほどの光線級が再び照射準備へ入っていた。

 

橋本が警告する。

 

『また来る!』

 

全機が遮蔽物へ入る。

 

倒れた要撃級の巨体。

 

岩壁。

 

葛城の盾。

 

軽井沢、櫛田、神室は要撃級の影へ入る。

 

橋本は通信中継器を維持するため、高所へ残っていた。

 

周囲に十分な遮蔽物はない。

 

神室が叫ぶ。

 

『橋本!』

 

橋本機は中継器を背負ったまま姿勢を下げようとする。

 

だが照射までの時間が足りない。

 

ここで橋本が位置を動かせば。

 

数秒間ではあるが、第一候補生隊と地上管制の回線が切れる。

 

橋本は動こうとした。

 

それでも間に合わない。

 

赤い閃光。

 

橋本機が光に包まれる。

 

神室が叫ぶ。

 

『橋本!』

 

通信へ強いノイズが走った。

 

次の瞬間。

 

橋本機の反応が消失した。

 

直接的な爆発映像は届かない。

 

ただ赤い閃光。

 

その後、中継器信号が途絶える。

 

第一候補生隊との回線も切断された。

 

最後に聞こえたのは、神室の声だった。

 

『橋本――!』

 

通信断。

 

地下の候補生第一隊から、音声が消える。

 

堀北が呼びかける。

 

『橋本くん?』

 

返答はない。

 

神崎が中継器状態を確認した。

 

「浅層中継器の反応が消えた」

 

八神。

 

『予備回線へ切り替えます』

 

最後に設置した中継器が地上回線を拾う。

 

数秒後。

 

通信が復帰した。

 

地上映像には煙と赤い光。

 

橋本機の反応はない。

 

神室機が橋本の位置へ向かおうとしている。

 

葛城が止める。

 

『神室、戻れ!』

 

『橋本がいる!』

 

『位置へ戻れ!』

 

『でも!』

 

軽井沢が叫ぶ。

 

『神室さん!』

 

神室機の動きが止まった。

 

橋本機は光線級の射線上。

 

反応もない。

 

救援へ向かえば、神室まで同じ場所へ入る。

 

神室の声が震えた。

 

それでも、残された右腕の突撃砲を構える。

 

『……分かった』

 

低い声。

 

『光線級を止める』

 

橋本が最後まで守った通信を使う。

 

地上管制から送られる敵位置。

 

地下から届く一之瀬の支援情報。

 

一之瀬が言う。

 

『左側へ二十メートル』

 

神室。

 

『聞こえてる』

 

『次の照射前に――』

 

『分かってる』

 

神室。

 

伊吹。

 

石崎。

 

三機が光線級へ向かう。

 

正面には要撃級の巨体があり、直接射線を通せない。

 

左側の保守坑を使う。

 

神室が先頭。

 

左肩部中破。

 

視界の一部も失われている。

 

伊吹が後ろ。

 

石崎がさらに後方を守る。

 

軽井沢と櫛田は中央。

 

葛城は入口を維持する。

 

橋本を失った悲しみへ立ち止まる時間はない。

 

神室は左側保守坑を進む。

 

橋本の声は、もう聞こえない。

 

代わりに地上管制の坂柳有栖が呼びかけた。

 

『神室さん』

 

神室の返答は一瞬遅れた。

 

『何』

 

『左側の映像を、こちらで補います』

 

橋本が担当していた役割。

 

坂柳が引き継ぐ。

 

『前方に戦車級三体』

 

『撃つ』

 

伊吹。

 

『右側は私が見る』

 

石崎。

 

『後ろは俺が守る!』

 

三機が進む。

 

光線級は再び照射準備へ入った。

 

坂柳が残り時間を伝える。

 

『あと十五秒です』

 

神室。

 

『十分』

 

保守坑出口。

 

光線級の側面が見える。

 

神室は残る右腕で突撃砲を構えた。

 

一発目。

 

外殻へ着弾。

 

二発目。

 

赤い発光部へ命中。

 

伊吹と石崎も同じ箇所へ射撃を集中する。

 

光線級の反応が停止した。

 

神室が小さく呟く。

 

『橋本』

 

誰にも向けない声。

 

『止めた』

 

返事はない。

 

午前五時四十五分。

 

候補生第一隊は浅層入口まで百メートルへ迫っていた。

 

通信は復旧している。

 

だが、橋本の反応は戻らない。

 

誰も口には出さない。

 

それでも、全員が理解している。

 

神崎の表情は硬かった。

 

同じAクラス。

 

橋本。

 

神室。

 

坂柳。

 

神崎は回線状態を確認し、役割を続けた。

 

『中継器は維持できている』

 

声は揺れていない。

 

『第一隊、前進して』

 

「了解」

 

悲しむことより。

 

今は橋本が守った通信を使って、全隊を地上へ戻す。

 

浅層入口には、さらに要撃級二体が現れていた。

 

第二候補生隊の弾薬は減っている。

 

葛城の大型盾も損傷。

 

アルベルトは前方。

 

石崎と伊吹は光線級側から戻る途中。

 

神室も片腕しか残っていない。

 

中央には軽井沢と櫛田。

 

一体の要撃級が、第一候補生隊の退路へ迫る。

 

軽井沢はその巨体を見る。

 

第一隊と正規軍はもうすぐ到着する。

 

この一体を通すわけにはいかない。

 

葛城が命じる。

 

『中央へ火力を集中しろ』

 

軽井沢と櫛田が脚部へ射撃する。

 

爆発。

 

だが要撃級は止まらない。

 

葛城が盾で受ける。

 

衝撃。

 

盾へ大きな亀裂。

 

機体が押される。

 

アルベルトが横から支える。

 

二機のすぐ近くへ要撃級の腕が迫る。

 

軽井沢から射線は見える。

 

百二十ミリ弾も残っている。

 

だが、葛城とアルベルトが近すぎる。

 

僅かに外せば、味方機へ直撃する。

 

軽井沢の指が震える。

 

櫛田が呼びかけた。

 

『軽井沢さん』

 

『撃てない』

 

『大丈夫』

 

『何が大丈夫なの』

 

『私が照準を補助する』

 

櫛田機がレーザー指示を出す。

 

要撃級の肩部。

 

葛城たちから僅かに外れた位置。

 

軽井沢は照準を重ねた。

 

一人で撃たない。

 

櫛田。

 

葛城。

 

アルベルト。

 

仲間の位置。

 

全員を見て撃つ。

 

櫛田が言う。

 

『今』

 

軽井沢が百二十ミリ弾を発射した。

 

砲弾が要撃級の肩部へ直撃する。

 

大爆発。

 

巨体は右側へ崩れた。

 

入口の左側が開く。

 

葛城が言う。

 

『よくやった』

 

軽井沢はうまく呼吸できなかった。

 

操縦桿を握る手も震えている。

 

『当たった』

 

櫛田が答える。

 

『ちゃんと当たったよ』

 

二人は一瞬だけ笑った。

 

だが、倒れた要撃級の後ろから、二体目が迫っている。

 

葛城の盾は損傷している。

 

軽井沢の百二十ミリ弾は残り一発。

 

櫛田は三十六ミリ弾のみ。

 

神室たちは戻る途中。

 

地下からは第一隊の照明が見え始めた。

 

平田の声が届く。

 

『第二隊が見える!』

 

軽井沢も答える。

 

『平田くん』

 

入口奥。

 

正規軍機。

 

候補生機。

 

全員が戻ってくる。

 

あと少し。

 

要撃級の腕が葛城へ振り下ろされる。

 

葛城は回避。

 

盾がさらに破損する。

 

アルベルトが横へ出る。

 

石崎。

 

伊吹。

 

神室も戻りながら射撃する。

 

それでも要撃級は止まらない。

 

軽井沢が一歩前へ出た。

 

櫛田が驚く。

 

『軽井沢さん?』

 

『入口を空ける』

 

『でも――』

 

『平田くんたちが戻ってくる』

 

軽井沢機が要撃級の右側へ移動し、射撃する。

 

要撃級が軽井沢へ向きを変える。

 

入口中央が開く。

 

葛城が命じる。

 

『戻れ!』

 

軽井沢は拒んだ。

 

『今戻ったら、また入口が塞がる!』

 

正しかった。

 

要撃級を入口から引き離さなければ、帰還部隊は通れない。

 

誰かが注意を引き続ける必要がある。

 

軽井沢は、その役割を引き受けた。

 

地下側から平田にも見える。

 

『軽井沢さん待って!』

 

軽井沢が叫ぶ。

 

『来ないで!』

 

平田機が前へ出ようとする。

 

オレは止める。

 

「位置を維持しろ」

 

平田。

 

『でも!』

 

「今前へ出れば入口を塞ぐ」

 

平田機は止まった。

 

軽井沢が自分で作った道。

 

それを無駄にするわけにはいかない。

 

軽井沢機は右へ走る。

 

要撃級が追う。

 

神室。

 

伊吹。

 

石崎が側面から射撃を加える。

 

要撃級の腕が軽井沢へ迫る。

 

軽井沢は一度回避。

 

続けて二度目。

 

激しい機動は得意ではない。

 

それでも動く。

 

平田が叫ぶ。

 

『右へ!』

 

軽井沢は声に従って右へ移動。

 

巨大な腕が外れる。

 

櫛田。

 

『次は左!』

 

左へ回避する。

 

要撃級の腕が壁面へ激突。

 

軽井沢が脚部へ射撃。

 

伊吹。

 

神室。

 

石崎も同じ場所を狙う。

 

爆発。

 

要撃級が大きく傾く。

 

だが後方から複数の戦車級が現れ、軽井沢の退路を塞いだ。

 

平田が叫ぶ。

 

『軽井沢さん、戻れ!』

 

『戻る!』

 

要撃級が最後の腕を大きく横へ振る。

 

軽井沢機が回避しようとする。

 

警告。

 

間に合わない。

 

平田が前へ出ようとする。

 

だが距離がある。

 

要撃級の腕が軽井沢機へ迫る。

 

その瞬間、櫛田機が横から射撃した。

 

砲弾が要撃級の腕へ着弾し、軌道が僅かに逸れる。

 

直撃ではない。

 

それでも軽井沢機の肩部へ強い衝撃が加わり、機体は壁面へ押しつけられた。

 

警告表示。

 

『軽井沢機、中破!』

 

平田が叫ぶ。

 

『軽井沢さん!』

 

ノイズの向こうから返事がある。

 

『……生きてる』

 

平田が息を吐く。

 

『動ける?』

 

『右腕が動かない』

 

『脚は?』

 

『動く』

 

葛城が命じる。

 

『軽井沢機を回収しろ!』

 

櫛田がワイヤーを接続する。

 

神室、伊吹、石崎が要撃級へ射撃を集中し、最後に停止させた。

 

入口は開いた。

 

候補生第一隊と正規軍部隊が次々と浅層へ流れ込む。

 

平田機が軽井沢機へ近づく。

 

『軽井沢さん』

 

『遅い』

 

声は弱い。

 

それでも軽井沢らしい返事だった。

 

『ごめん』

 

『謝らないで』

 

『道、空けたから』

 

『見てた』

 

『ちゃんと戻ってきたね』

 

『うん』

 

平田が牽引ワイヤーを接続する。

 

軽井沢機を地上へ向けて引く。

 

この時点では。

 

まだ軽井沢は生きていた。

 

だが右側奥で、別の赤い発光が現れた。

 

光線級二体目。

 

坂柳有栖が警告する。

 

『新たな光線級反応!』

 

全機が遮蔽へ向かう。

 

しかし、入口周辺には正規軍と候補生が密集していた。

 

逃げられる空間が少ない。

 

橋本の中継器は失われている。

 

地上管制が照射地点を特定するまで、僅かな遅れが生じる。

 

神崎が第一候補生隊の予備中継器から位置を割り出した。

 

『右上、距離三百メートル!』

 

神室が尋ねる。

 

『見えない』

 

『岩棚の向こうだ』

 

橋本がいない。

 

その代わりに神崎が全体を見る。

 

神室と伊吹は射線を通せない。

 

葛城は損傷した盾を前へ出す。

 

アルベルトが支える。

 

正規軍機も二機、三機と盾を並べる。

 

だが光線級の照射は、複数機をまとめて貫く可能性がある。

 

軽井沢の機体は中破。

 

右腕部は動かない。

 

だが左腕側には、最後の百二十ミリ弾が残っている。

 

光線級そのものは見えない。

 

それでも神崎が座標を送る。

 

右上。

 

距離三百。

 

岩棚の奥。

 

軽井沢が照準を上げる。

 

視界も完全ではない。

 

平田が気づく。

 

『軽井沢さん、撃つな』

 

『どうして』

 

『機体が安定していない』

 

『でも位置は分かる』

 

『外したら――』

 

『外さない』

 

平田は否定する。

 

『無理だ』

 

軽井沢は静かに答えた。

 

『一人じゃない』

 

神崎が座標を送り。

 

櫛田が照準を補助する。

 

坂柳が地形と空気流の変化を計算。

 

神室が光線級の位置を修正する。

 

全員の情報が、軽井沢へ集まる。

 

神崎が言う。

 

『今だ』

 

軽井沢は百二十ミリ弾を発射した。

 

反動によって中破した機体の姿勢が大きく崩れる。

 

砲弾は岩棚の上を越え、光線級へ直撃した。

 

爆発。

 

赤い発光が消える。

 

照射準備反応も停止した。

 

浅層入口は守られた。

 

だが反動によって、軽井沢機を支えていたワイヤー固定部が破損した。

 

機体が斜面を滑り始める。

 

平田が叫ぶ。

 

『軽井沢さん!』

 

一本目のワイヤーが張る。

 

だが途中で切れた。

 

櫛田が別のワイヤーを伸ばす。

 

間に合わない。

 

軽井沢機は斜面下へ滑り、断界作戦で生まれた深い亀裂へ向かっていく。

 

平田機が追おうとする。

 

葛城が叫ぶ。

 

『平田、止まれ!』

 

平田は止まらない。

 

『……っ!』

 

軽井沢の声が通信へ入る。

 

強いノイズ。

 

『来ないで』

 

『待って』

 

『来たら――』

 

軽井沢は苦しそうに呼吸する。

 

『道が塞がる』

 

機体は亀裂の縁で一度止まりかけた。

 

だが地面そのものが崩れる。

 

平田が叫ぶ。

 

『軽井沢さん!』

 

最後に、軽井沢の声が届いた。

 

僅かに笑っているように聞こえた。

 

『戻ってきてくれて』

 

短い間。

 

『よかった』

 

軽井沢機は深い亀裂へ落ちていった。

 

直接的な衝撃映像は映らない。

 

通信が途絶える。

 

機体反応も消失した。

 

平田機が動きを止める。

 

『……』

 

返事はない。

 

櫛田も声を出せない。

 

葛城が叫ぶ。

 

『平田!』

 

平田は動かない。

 

オレは平田機へ近づいた。

 

「戻れ」

 

『でも――』

 

「戻れ」

 

『まだ――』

 

「機体反応はない」

 

平田の呼吸が乱れている。

 

『でも』

 

オレは言った。

 

「軽井沢が空けた道を塞ぐな」

 

厳しい言葉だった。

 

それでも、それ以外に平田を戻す方法はない。

 

平田機が震える。

 

一歩。

 

後退。

 

二歩。

 

入口方向へ戻る。

 

軽井沢が守った道を、全隊が通過する。

 

平田は前を向く。

 

泣く時間はない。

 

それでも声は出なかった。

 

一之瀬が隣へ並ぶ。

 

『平田くん』

 

返事はない。

 

それでも一之瀬は離れなかった。

 

午前五時四十八分。

 

地下部隊は浅層入口を突破した。

 

地上まで残り三百メートル。

 

だが、中枢構造体の深度はすでに百八十メートル。

 

地表到達まで推定五分。

 

東京湾中央の海面が大きく隆起している。

 

艦隊は安全距離へ後退。

 

地上囮反応炉は最大出力。

 

重金属雲も散布され、軌道支援部隊が照準準備へ入っている。

 

坂柳理事長の声が届く。

 

「地下部隊、急いでください」

 

茶柱が答える。

 

『全機を地上へ戻します』

 

須藤が低い声で尋ねる。

 

『軽井沢は』

 

誰もすぐには答えなかった。

 

平田が通信を開く。

 

『……戻れなかった』

 

短い言葉。

 

須藤は黙った。

 

堀北は息を呑む。

 

一之瀬の声も震えている。

 

龍園は何も言わない。

 

神崎にとっては、橋本。

 

平田にとっては、軽井沢。

 

二人がすでに失われた。

 

神室も、橋本の機体を地下へ残している。

 

最終作戦で、戦死者は二名となった。

 

地上では、東京湾中央の海面が割れ始めていた。

 

最初に現れたのは、黒い有機構造体の一部だった。

 

巨大な柱。

 

続いて白い外殻。

 

統率級が一体。

 

二体。

 

海水と泥を押し上げ、地表へ姿を現す。

 

東京湾中央へ巨大な水柱が上がる。

 

艦艇が大きく揺れ、海面全体へ波が広がる。

 

地中から。

 

東京ハイヴ中枢構造体が。

 

ついに東京湾へ姿を現し始めた。

 

坂柳理事長が全軍回線を開く。

 

「地上部隊」

 

「海上艦隊」

 

「軌道支援部隊」

 

そして。

 

「天衝作戦は、最終段階へ移行します」

 

地下から戻る部隊は、浅層出口まで残り二百メートル。

 

その地上では。

 

人類がこれまで遭遇したものを遥かに上回る巨大な敵が。

 

東京湾中央から。

 

天を衝くように。

 

ゆっくりと上昇を続けていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

松下千秋の余裕(作者:中森藤之)(原作:ようこそ実力至上主義の教室へ)

松下千秋には仲の良い男友達がいる。▼彼女が欲しいと言われても「ふーん」としか思わないし、本当に作ったとしても全然オッケー。よくある独占欲とかそういうのはあんまりない。縁が切れたら、それはそれでお互いに新たなスタートになるし、切れなければそれでもよし。▼最終的にどんな形であれ、お互いに幸福ならそれでいいのだ。と、考えるようにしている。


総合評価:2070/評価:8.36/連載:17話/更新日時:2026年08月29日(土) 02:09 小説情報

ようこそAクラスの教室へ(作者:yadooo)(原作:ようこそ実力至上主義の教室へ)

最も不良品であるはずの綾小路が、何故だか優秀な生徒達の集まるAクラスに配属されるIFストーリー。▼


総合評価:4542/評価:8.79/連載:47話/更新日時:2026年09月04日(金) 20:42 小説情報

いつからここが尸魂界だと錯覚していた? (作者:yvrararara)(原作:ようこそ実力至上主義の教室へ)

「私が天に立つ(※友達たくさんできるかな。)」▼現代日本で平凡な生活を送っていたはずが、目を覚ますと『BLEACH』の絶対的ラスボス・藍染惣右介(5歳)に転生していた。▼霊力も斬魄刀もない『よう実』の世界で彼に与えられたのは、完璧な肉体と頭脳、そして普通の言葉が勝手にラスボス風ポエムに変換される理不尽な呪いだった。▼※Geminiを利用して加筆修正しています…


総合評価:16974/評価:8.47/連載:159話/更新日時:2026年09月04日(金) 12:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>