マブラヴ・カーストルーム   作:EXTERMINATION

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第40話 静かなる剣

横浜基地で迎える最初の夜は、東京にいた頃よりも静かだった。

 

もちろん、基地全体が休んでいるわけではない。

 

地上では戦術機の整備が続けられ、

滑走路からは輸送機が一定の間隔で離陸している。

 

地下通路を歩けば、夜勤の兵士や研究員と何度もすれ違った。

 

それでも居住区画まで下りると、

地上で響いていた機械音は厚い壁に遮られ、低い振動として伝わってくるだけになった。

 

オレたちへ割り当てられた部屋は、二人で使用するには十分な広さがあった。

 

壁際には二段式ではない個別のベッドが並び、その間には小さな机が置かれている。

衣服や装備を収納する棚もあり、長期間の生活を想定した設備として不足はなかった。

 

同室になったのは龍園だった。

 

夕呼が意図的に決めたのか、単なる偶然なのかは分からない。

 

龍園は自分の荷物を棚へ放り込むと、ベッドへ腰を下ろした。

 

「随分と殺風景な部屋だな」

 

「軍事基地の居住区画に、何を期待していたんだ」

 

「酒の一本くらい置いてあってもいいだろ」

 

「候補生に支給されるとは思えない」

 

「真面目な答えだな」

 

龍園は上着を脱ぎ、ベッドの背へ掛けた。

 

訓練が終わってからも疲労を見せていないが、戦術機へ搭乗した時間は短くない。

実戦ほどではなくとも、機体の挙動に身体を慣らすだけで一定の負担はかかる。

 

「白銀とは随分と仲良くなったみてぇじゃねぇか」

 

「そう見えたのか?」

 

「喧嘩するほど仲がいいって言うだろ」

 

「意見が一致していないだけだ」

 

「それを仲がいいって言う奴もいる」

 

龍園は薄く笑った。

 

「お前とあいつじゃ、考え方が違いすぎる。

だからこそ、どちらかが折れない限り何度でもぶつかるだろうな」

 

「折れる必要はない」

 

「ほう」

 

「互いの判断を把握できれば、考え方が違っていても連携はできる」

 

「随分と便利な考え方だ」

 

「同じ価値観を持つ必要はない。

戦場で必要なのは、相手が次に何をするか予測できることだ」

 

龍園は少しだけ目を細めた。

 

「白銀が相手なら簡単そうだな」

 

「ああ。守るべき対象があれば、必ずそちらへ向かう」

 

「馬鹿正直な奴だ」

 

「だが、その行動には迷いがない」

 

「評価してるじゃねぇか」

 

「事実を確認しているだけだ」

 

「お前がそう言う時は、大抵それなりに気に入ってる時だ」

 

龍園はそう言うと、ベッドから立ち上がった。

 

「食堂へ行くぞ」

 

「夕食は済ませただろ」

 

「彩峰が売店の焼きそばパンを全部買い占める前に、もう一本確保しておく」

 

「そこまで気に入ったのか?」

 

「味は普通だ。ただ、あの女が俺より先に売り切れを作るのが気に入らねぇ」

 

龍園は部屋を出ていった。

 

焼きそばパンそのものより、彩峰との競争を楽しんでいるのだろう。

 

オレはしばらく部屋に残り、明日からの訓練予定を端末で確認した。

 

午前五時に起床。

 

五時半から体力訓練。

 

七時に朝食。

 

八時から部隊別の戦術講義。

 

その後は実機を用いた市街地戦闘訓練となっている。

 

予定表の下には、夕呼から個別に送られてきた指示が表示されていた。

 

午後九時。

 

第三格納庫へ来ること。

 

理由は書かれていない。

 

オレだけに送られた指示かどうかも分からなかった。

 

時刻は午後八時を過ぎたばかりだった。

 

集合まで時間があるため、基地内を確認しておくことにした。

 

居住区画を出ると、廊下の向こう側から堀北と純夏が歩いてきた。

 

二人とも手に飲料の入った紙コップを持っている。

 

「綾小路くん」

 

純夏が先に声をかけた。

 

「こんな時間にどこへ行くの?」

 

「基地内を見ておこうと思っただけだ」

 

「明日も早いんだから、あまり遅くならない方がいいわよ」

 

堀北が言った。

 

「分かっている」

 

「だったらいいけれど」

 

堀北の返事を聞き、純夏が笑った。

 

「堀北さん、本当に綾小路くんのお母さんみたいだね」

 

「違うわ」

 

「でも、さっきも食堂でちゃんと食べたか確認してたよね」

 

「体調管理も部隊行動の一部よ。綾小路くんだけを気にしているわけではない」

 

「そうかな」

 

「そうよ」

 

純夏は堀北の顔を覗き込んだ。

 

堀北は視線を逸らさなかったが、わずかに眉を寄せている。

 

「鑑さんは、他人のことへ踏み込むのが早いのね」

 

「純夏でいいよ」

 

「では、純夏さん」

 

「さんもいらないよ」

 

「初対面に近い相手を、いきなり呼び捨てにはできないわ」

 

「私は堀北さんって呼んでるけどね」

 

「それなら問題ないでしょう」

 

「じゃあ、鈴音ちゃん」

 

「なぜそうなるの?」

 

純夏は楽しそうだった。

 

堀北は困っているが、本気で拒絶しているわけではない。

 

東京にいた頃の堀北なら、

ここまで強引に距離を縮めてくる相手を避けていた可能性が高い。

 

しかし今は、純夏の明るさを受け止めようとしている。

 

「綾小路くんからも何か言ってよ」

 

純夏がオレへ助けを求めた。

 

「堀北が嫌がっているなら、無理に呼ぶ必要はない」

 

「そこは私の味方をするところじゃない?」

 

「なぜだ」

 

「綾小路くんも真面目すぎるよ」

 

純夏は頬を膨らませた。

 

「武も頑固だけど、綾小路くんは別の意味で頑固だね」

 

「白銀と一緒にしないでくれ」

 

「ほら、そういうところ」

 

堀北が小さく息を吐いた。

 

「純夏さん。綾小路くんに会話の調整役を期待するのは間違っているわ」

 

「堀北さんも結構ひどいことを言うね」

 

「事実よ」

 

二人は食堂から戻る途中だったらしい。

 

堀北によれば、純夏が横浜基地の中を案内すると言い出し、

予定になかった場所まで歩いていたという。

 

「横浜基地には慣れたの?」

 

純夏が尋ねた。

 

「構造はある程度把握した」

 

「今日来たばかりなのに?」

 

「主要区画の位置は案内図に載っている」

 

「覚えるのが早いんだね」

 

純夏は素直に感心している。

 

「タケルちゃんなんて最初の頃、何度も道を間違えてたよ」

 

「余計なこと言うなよ」

 

背後から声が聞こえた。

 

白銀武が廊下の曲がり角から現れる。

 

手には訓練用の資料を抱えていた。

 

「タケルちゃん、聞いてたの?」

 

「聞こえるような声で話してただろ」

 

「本当のことだからいいじゃない」

 

「良くない」

 

武は純夏の隣へ来ると、オレを見た。

 

「お前も散歩か?」

 

「基地内を確認している」

 

「俺はまりもちゃんに資料を届けるところだ」

 

「神宮司教官を、その呼び方で呼んでいるのか」

 

「ああ。昔からな」

 

「怒られないの?」

 

堀北が尋ねた。

 

「怒られるけど、今さら変えるのも変だろ」

 

「怒られているなら変えなさい」

 

「榊みたいなことを言うなよ」

 

武が苦笑した。

 

堀北と純夏が先に居住区画へ戻り、オレと武は同じ方向へ歩くことになった。

 

しばらく無言で進んだ後、武が口を開いた。

 

「さっきの訓練のことなんだけどな」

 

「何だ」

 

「最後に建物を崩しただろ」

 

「ああ」

 

「あの判断をした時、俺が救助対象を守り切れると本当に思ってたのか?」

 

「思っていた」

 

「随分とはっきり言うんだな」

 

「お前は多少無理をしてでも守る。

判断を誤ったとしても、その場から退く可能性は低い」

 

「褒められてる気がしない」

 

「評価している」

 

武は歩きながら前を見た。

 

「俺は、お前が負傷機を連れてくると思ってなかった」

 

「救助対象だったからな」

 

「そうじゃなくて、お前なら全体の成功率を上げるために、見捨てることもあると思ってた」

 

「見捨てる必要がなかった」

 

「必要があったら見捨てるのか?」

 

「同じ質問を何度もするな」

 

「答えが変わるかもしれないだろ」

 

「変わらない」

 

武は少しだけ黙った。

 

「俺は変えさせるつもりだからな」

 

「何をだ」

 

「お前の考え方だよ」

 

「無駄だと思うが」

 

「やってみなきゃ分からない」

 

武は真っ直ぐな目をしていた。

 

オレが何を言っても、簡単には諦めないだろう。

 

それは純夏や冥夜たちに対しても同じなのかもしれない。

 

「お前は、なぜそこまで全員を救うことにこだわる」

 

オレが尋ねると、武の表情が変わった。

 

歩みは止まらなかったが、返事までに少し時間があった。

 

「救えなかった奴がいるからだ」

 

声は低かった。

 

「何度も失敗した。自分がもっと強ければ、

自分がもっと早く気づいていれば、救えたかもしれない奴がいる。

だから、もう同じことは繰り返したくない」

 

「後悔が理由か」

 

「それだけじゃない」

 

武はオレを見る。

 

「目の前にいる奴を助けたいと思うのに、理由なんて必要ないだろ」

 

オレには、武の言葉を完全に理解することはできなかった。

 

人間は理由もなく行動しているように見えても、

必ず何らかの感情や経験に影響されている。

 

武の場合は、過去の後悔と現在の願いが結びついている。

 

それでも、本人にとっては理屈より先に身体が動くのだろう。

 

「お前は違うのか?」

 

武が聞いた。

 

「誰かを助けたいと思う時、必ず理由を考えるのか?」

 

「考える前に動く場合もある」

 

武が驚いたようにオレを見た。

 

「あるのか?」

 

「ああ」

 

「意外だな」

 

「オレを何だと思っている」

 

「何を考えてるか分からない奴」

 

「その評価は否定しない」

 

廊下の分岐点へ到着した。

 

武が向かう教官室と、第三格納庫へ続く通路は別方向だった。

 

「じゃあ、また明日な」

 

「ああ」

 

武と別れた後、オレは第三格納庫へ向かった。

 

途中で時刻を確認すると、指定された時間まで十五分ほどある。

 

第三格納庫へ通じる通路は、

昼間に見た中央格納庫周辺よりも人が少なかった。

 

照明も必要最低限しか点いていない。

 

扉の前で認証を受けると、内部へ入ることが許可された。

 

格納庫の中央には、オレの武御雷が一機だけ立っていた。

 

周囲には整備用の足場が組まれ、複数の技術者が機体の調整を続けている。

 

紫色の装甲には模擬戦で付着した汚れが残っていたが、損傷はない。

 

武の武御雷と異なり、修復作業を必要とする箇所もなかった。

 

足場の上から、夕呼がオレを見下ろしていた。

 

白衣のポケットへ両手を入れ、整備兵と何かを話している。

 

その近くには冥夜と鬼龍院もいた。

 

さらに少し離れた場所には、坂柳が用意された椅子へ座っている。

 

「来たわね」

 

夕呼が階段を下りてきた。

 

「呼び出した理由は、この機体の調整ですか?」

 

「半分はそうね」

 

夕呼はオレの武御雷を見上げた。

 

「模擬戦の記録を確認したけど、あなたの動きは武とも冥夜とも違う。

射撃より近接戦を優先している点は珍しくないけど、刀の使い方が独特だわ」

 

「独特でしょうか」

 

「自覚がないの?」

 

夕呼は端末を操作し、格納庫の壁面へ模擬戦の映像を表示した。

 

最初に接近した無人機を斬った場面。

 

オレの武御雷は長刀を高く構えていない。

 

刀身を低い位置へ置き、敵機が射撃姿勢へ入った瞬間だけ横へ動いている。

 

すれ違いざまに胴体を切断し、その結果を確認することなく次の敵へ向かっていた。

 

「予備動作がほとんどない」

 

夕呼が言った。

 

「通常の衛士は、

敵機へ自分の動きを悟られないようにしていても、攻撃前に重心が変わる。

跳躍ユニットの出力も上がるし、刀を振るために腕部と肩部が動く」

 

映像が拡大される。

 

「あなたの場合は、敵が間合いへ入るまで機体を動かさない。

相手が攻撃した瞬間に初めて動き、最小限の機動で射線を外している。

それから刀を抜くように振っている」

 

「敵が先に動けば、対応する場所を限定できます」

 

「言葉にすれば簡単だけど、実際にやるには相手の攻撃を

ぎりぎりまで引きつける必要がある。判断が少し遅れれば直撃よ」

 

「間に合う位置まで引きつけています」

 

「だから、その感覚が普通じゃないと言っているの」

 

夕呼は別の映像へ切り替えた。

 

大型無人機との戦闘。

 

オレは倒れた敵へ追撃せず、武装だけを斬り落としている。

 

もう一機に対しても、脚部や関節を狙い、必要以上の攻撃を加えていない。

 

「あなたは敵を倒すために剣を振っていない」

 

夕呼が言った。

 

「自分の進路を作るために必要な部分だけを斬っている。

戦果を求める衛士の動きではないわね」

 

「目的を達成できれば、撃破数に意味はありません」

 

「その考え方は合理的よ。でも、見栄えが悪い」

 

「見栄えは必要ですか?」

 

「記録映像を宣伝に使うなら必要ね」

 

夕呼は冗談とも本気とも取れる口調だった。

 

鬼龍院が映像を見ながら腕を組む。

 

「私には真似できそうにないな。敵が攻撃するまで動かないなど、性に合わん」

 

「鬼龍院さんは、自分から相手の間合いへ踏み込む方でしょう」

 

坂柳が言った。

 

「ああ。待つよりも、こちらから崩す方が早い」

 

冥夜はオレの戦闘映像を静かに見ていた。

 

「綾小路の剣には、迷いがない」

 

「御剣さんも迷ってはいないでしょう」

 

「私とは異なる」

 

冥夜は武御雷へ目を向けた。

 

「私は剣を振るう時、自らが背負っているものを意識する。

敵を倒し、道を切り開き、その先にいる者を守るために剣を振るう」

 

冥夜は再び映像を見る。

 

「綾小路の剣には、意思すら表へ出ない。

敵意も、怒りも、倒そうとする気迫も感じさせぬ。

それゆえ、相手にはいつ剣が来るのか分からない」

 

「褒めているのですか?」

 

坂柳が尋ねた。

 

「ああ。恐ろしい剣だ」

 

冥夜は率直に答えた。

 

「構えているように見えぬのに、既に間合いへ入っている。

相手が攻撃を決めた時には、綾小路の剣も決まっているのだろう」

 

夕呼が満足そうに頷いた。

 

「その戦い方を、実機でさらに試すわ」

 

「今からですか?」

 

「呼び出した理由の残り半分よ」

 

第三格納庫の奥にある隔壁が開いた。

 

その先には小規模な室内訓練場が設けられている。

 

本来は機体調整後の動作確認に使われる区画らしい。

 

中央には四機の無人戦術機が待機していた。

 

全て模擬用の長刀を装備している。

 

「四対一ですか」

 

「不満?」

 

「問題ありません」

 

夕呼はオレの返事を聞き、口元を上げた。

 

「今回、突撃砲は使用禁止。跳躍ユニットも出力を制限する。

近接戦だけで四機を無力化して」

 

「制限時間は?」

 

「三分」

 

鬼龍院が夕呼を見る。

 

「それでは長すぎないか?」

 

「あなたなら、どれくらい?」

 

「一分で十分だ」

 

「それなら後であなたにもやってもらうわ」

 

「望むところだ」

 

坂柳は穏やかに笑った。

 

「鬼龍院先輩が先に挑戦した方が、

綾小路くんとの差が分かりやすいかもしれませんね」

 

「坂柳、私を比較対象に使うつもりか?」

 

「先輩の戦い方も見てみたいだけです」

 

鬼龍院は断らなかった。

 

先に不知火へ搭乗し、室内訓練場へ入る。

 

四機の無人機が起動した。

 

開始信号と同時に、鬼龍院の不知火は正面へ飛び出した。

 

最初の無人機が長刀を振り下ろす。

 

鬼龍院はその攻撃を正面から受け止め、機体の出力差で押し返した。

 

続けて横から迫った二機目へ蹴りを叩き込み、体勢を崩したところへ長刀を振り抜く。

 

模擬刀が胸部へ命中し、撃破判定が表示された。

 

三機目と四機目が左右から挟み込む。

 

鬼龍院は後退しなかった。

 

一機の攻撃を肩部装甲で受けながら、もう一機の腕部を切断する。

 

そのまま機体を回転させ、背後の敵へ長刀を突き立てた。

 

最後に残った無人機が距離を取ろうとする。

 

鬼龍院は跳躍ユニットを短く噴射し、一気に間合いを詰めた。

 

正面から振り下ろされた長刀を自分の刀で弾き、返す刃で敵機の中枢を斬る。

 

四機全てが停止した。

 

記録は五十二秒。

 

鬼龍院が操縦席から降りると、夕呼が端末を確認した。

 

「宣言した一分は切ったわね」

 

「当然だ」

 

「ただし、肩部装甲に損傷判定。実戦なら次の戦闘へ影響する可能性がある」

 

「四機を一分以内に倒せるなら、多少の損傷は安いものだ」

 

「あなたらしいわね」

 

鬼龍院はオレを見た。

 

「次は君だ。私より遅ければ、武御雷が泣くぞ」

 

「機体は泣かないと思います」

 

「そういう話ではない」

 

オレは武御雷へ搭乗した。

 

操縦系統を起動し、模擬用の長刀を確認する。

 

刃はなく、一定以上の衝撃を与えることで撃破判定が出る。

 

実戦用の刀より軽いが、動きへの影響は小さい。

 

訓練場へ入ると、四機の無人機が新たな位置へ配置された。

 

一機が正面。

 

二機が左右。

 

最後の一機は後方。

 

開始信号が表示された。

 

オレは動かなかった。

 

四機の無人機も、すぐには踏み込んでこない。

 

制御装置がこちらの出方を見ている。

 

鬼龍院のように突撃すれば、前後左右から同時に攻撃を受ける配置になっている。

 

武御雷の右手は長刀の柄を握っている。

 

刀身は低く下げたまま、先端だけが床へ近づいていた。

 

夕呼の声が通信へ入る。

 

「時間は進んでいるわよ」

 

「分かっています」

 

開始から十秒が過ぎた。

 

正面の無人機が先に動いた。

 

その直後、左右の二機も距離を詰める。

 

後方の一機だけは動かず、退路を塞ぐ位置に残っている。

 

正面の無人機が長刀を振り上げた。

 

オレはまだ動かない。

 

敵の刀が振り下ろされる。

 

武御雷を半歩だけ右へ滑らせた。

 

刀身が肩部装甲のすぐ横を通過する。

 

敵の腕が伸び切った瞬間、低く置いていた長刀を斜めに振り上げた。

 

無人機の肘関節へ模擬刀が当たる。

 

撃破ではない。

 

武装喪失の判定。

 

長刀を落とした無人機の横を通り抜ける。

 

左から二機目が斬りかかる。

 

振り返らず、長刀の柄を後方へ突き出した。

 

柄の先端が敵機の胸部へ当たる。

 

無人機の前進が止まった。

 

その瞬間だけ身体を反転させ、刀身を横へ滑らせる。

 

首に相当する接続部へ命中。

 

撃破判定。

 

最初の無人機が残った腕で掴みかかってくる。

 

武御雷の脚部をわずかに引く。

 

敵の指先が装甲の表面をかすめる。

 

伸びた腕の内側へ長刀を差し込み、肩関節を切断するように振り抜いた。

 

両腕を失った無人機が前へ倒れる。

 

オレは最後まで確認せず、右から迫っていた三機目へ向かった。

 

三機目は長刀を水平に構えている。

 

こちらが踏み込めば、間合いに入った瞬間に振るつもりなのだろう。

 

オレは歩く速度を変えなかった。

 

敵機が長刀を振る。

 

武御雷の上体だけを後ろへ倒す。

 

模擬刀が胸部装甲の前を横切った。

 

敵の刀が通過した直後、武御雷は前へ戻る。

 

振り終えた刀の上へ自分の長刀を重ね、そのまま押し下げる。

 

相手の腕部が下がった。

 

空いた胸部へ刀の先端を当てる。

 

撃破判定。

 

後方に残っていた四機目が、ここで初めて動いた。

 

速度を上げ、武御雷の背中へ迫る。

 

警告音が鳴る。

 

オレは振り返らなかった。

 

足元に倒れている一機目の無人機を確認する。

 

その胴体へ片足を掛け、機体を後方へ蹴り飛ばした。

 

倒れた無人機が滑り、接近してきた四機目の脚へ当たる。

 

体勢が崩れる。

 

四機目は転倒を避けるため、長刀を床へ突いて身体を支えた。

 

その一瞬だけ動きが止まる。

 

武御雷を反転させた。

 

長刀を構える動作は行わない。

 

右腕を低く伸ばし、鞘から刀を抜くような軌道で振る。

 

武御雷と無人機がすれ違った。

 

オレはそのまま数歩進んだ。

 

背後で四機目の無人機が停止する。

 

腰部へ撃破判定が表示され、上半身が力を失った。

 

訓練終了。

 

記録は一分十九秒。

 

鬼龍院より二十七秒遅かった。

 

夕呼は記録を確認しながら、すぐには何も言わなかった。

 

武御雷を格納位置へ戻し、操縦席から降りる。

 

鬼龍院が腕を組んで待っていた。

 

「私の勝ちだな」

 

「時間だけなら、そうなります」

 

「時間以外に何がある?」

 

夕呼が端末の画面を鬼龍院へ向けた。

 

「綾小路の機体損傷はゼロ。推進剤の消費は、あなたの四分の一以下。

関節部への負荷も最小限。無人機のうち二機は、

完全破壊ではなく武装と行動能力だけを失っている」

 

「倒すまでが遅い」

 

鬼龍院は譲らなかった。

 

「だが、四機の動きは見えていたのだろう?」

 

冥夜がオレへ尋ねた。

 

「ある程度は」

 

「開始直後に動かなかったのは、敵の連携を確認するためか」

 

「先に動けば、四機全てを同時に警戒する必要がある。

相手を動かせば、最初に攻撃する機体と待つ機体が分かれます」

 

「ゆえに、敵の攻撃を待ったのだな」

 

「ああ」

 

坂柳は壁面へ表示された映像を見ている。

 

「綾小路くんは、自分から戦いを始めていませんね」

 

夕呼が映像を巻き戻した。

 

「最初の一機が刀を振るまで、完全に静止している。

次の三機に対しても、自分から大きく踏み込んではいないわ」

 

「敵が攻撃を決めた瞬間、その敵は一つの動きへ縛られます」

 

オレは答えた。

 

「振り下ろすと決めた刀を、途中で別の方向へ変えることは難しい。

踏み込んだ脚も、すぐには止められない。

先に動いた側の選択肢が減った時に斬ればいい」

 

「居合いの考え方に近いわね」

 

夕呼が言った。

 

「剣を抜いてから戦うんじゃなく、相手が剣を抜く瞬間に勝負を終わらせる」

 

「刀を既に持っているので、厳密には違うと思います」

 

「理屈の話よ」

 

鬼龍院は映像をもう一度見た。

 

「確かに、無駄はない。だが、私はもっと派手な方が好みだ」

 

「あなたは誰が見ても分かりやすい戦い方をするわね」

 

夕呼が言った。

 

「正面から敵を押し潰すから、味方の士気も上がる。

綾小路の戦い方は逆よ。見ている側が理解する前に終わっている」

 

「敵に理解される必要はありません」

 

「味方には理解される必要があるわ」

 

夕呼の言葉には、茶柱から受けた注意と同じ意味が含まれていた。

 

オレの判断が正しくても、周囲に意図が伝わらなければ連携は成立しない。

 

「だから、今後はあなたの近接戦闘を部隊へ共有する」

 

夕呼が続けた。

 

「特に白銀武には、あなたが敵を待つ理由を理解させる必要がある。

あの子は、あなたが動かなければ一人で前へ出るでしょうから」

 

「その可能性は高いでしょう」

 

「他人事みたいに言わないで」

 

その時、格納庫の照明が一度だけ揺れた。

 

完全に消えたわけではない。

 

明るさがわずかに落ち、すぐに元へ戻った。

 

整備兵の一人が天井を見上げる。

 

「電圧が不安定になったのか?」

 

別の整備兵が端末を確認する。

 

「主電源に異常はありません」

 

床の下から、ごく小さな振動が伝わってきた。

 

戦術機の移動によるものとは違う。

 

一定の間隔を持たず、地面そのものが低くうなるような振動だった。

 

夕呼の表情が変わる。

 

端末を取り出した直後、中央管制室から通信が入った。

 

『副司令、海底観測網から緊急報告です』

 

「何が起きたの?」

 

『横浜沖で確認されていた振動が急激に増大しました。

発生源が複数に分裂し、地下二千メートル付近を陸地へ向かって移動しています』

 

「速度は?」

 

『先ほどまで時速数キロ程度でしたが、現在は急速に上昇しています』

 

「現在位置を送って」

 

端末へ地下構造図が表示された。

 

横浜沖から伸びていた反応は、既に海岸線を越えている。

 

一本は横浜ベイブリッジ方面。

 

一本はみなとみらい方面。

 

そして最も大きな反応が、横浜基地へ向かっていた。

 

夕呼が画面を拡大する。

 

「地震波との一致は?」

 

『ありません』

 

「地下水脈の変動は?」

 

『周辺で急激な水圧変化を確認しています。ただし、自然現象では説明できません』

 

格納庫の床が再び揺れた。

 

今度は誰にでも分かるほど強かった。

 

整備用の工具が棚の上で音を立てる。

 

天井から細かな埃が落ちた。

 

警報はまだ鳴っていない。

 

しかし、夕呼は既に結論へ近づいているようだった。

 

「地下を移動している物体の大きさは?」

 

通信の向こうで、担当者が一瞬言葉を失った。

 

『推定不能です。複数の反応が重なっています。

ただし、単一の地下構造変化ではなく、相当数の移動体である可能性があります』

 

「BETAだと思う?」

 

『現時点では断定できません。

しかし、反応の一部は過去に確認された地下侵攻時の記録と一致します』

 

夕呼はすぐに通信回線を切り替えた。

 

「ラダビノッド司令へつないで。基地全区画を第二種警戒態勢へ移行。

地上部隊を待機させて、戦術機は全機即時出撃可能な状態にしなさい」

 

『了解しました』

 

「候補生たちもですか?」

 

まりもの声が通信へ入った。

 

別の場所で報告を受けたのだろう。

 

「全員よ」

 

「今日到着したばかりです」

 

「BETAは訓練終了を待ってくれないわ」

 

「分かりました」

 

まりもの声から迷いが消えた。

 

夕呼はオレたちを見る。

 

「訓練は終わり。各自、機体へ戻りなさい」

 

鬼龍院が笑みを消し、自分の不知火を見上げた。

 

冥夜も武御雷へ向かう。

 

坂柳は椅子から立ち上がり、迎えに来た兵士の補助を断って杖を握った。

 

「予想より早く、横浜基地の歓迎を受けることになりそうですね」

 

「歓迎する側とされる側が逆だと思うが」

 

オレが答えると、坂柳は小さく笑った。

 

基地全体へ警報が響いた。

 

先ほどまで人の声と整備音だけが聞こえていた格納庫に、

緊急事態を告げる機械音が反響する。

 

天井付近の照明が赤へ切り替わった。

 

『第二種警戒態勢発令。全戦術機部隊は直ちに出撃準備へ移行せよ。

繰り返す。第二種警戒態勢発令。全戦術機部隊は直ちに出撃準備へ移行せよ』

 

通路の向こうから、多数の足音が近づいてくる。

 

堀北。

 

龍園。

 

一之瀬。

 

櫛田。

 

高円寺。

 

ひより。

 

純夏。

 

千鶴。

 

彩峰。

 

壬姫。

 

美琴。

 

霞。

 

武。

 

全員が状況を聞き、格納庫へ集まってきた。

 

武はオレの姿を見つけると、すぐに駆け寄った。

 

「何が起きてる?」

 

「地下から複数の反応が接近している」

 

「BETAか?」

 

「可能性が高い」

 

武の表情が引き締まる。

 

「横浜基地の真下から来るってことか」

 

「それだけではない。反応は三方向に分かれている」

 

夕呼が中央の大型スクリーンへ地下地図を表示した。

 

「現時点で確認されている進路は、横浜ベイブリッジ、

みなとみらい、横浜基地の三つ。地上へ出る位置はまだ分からない」

 

堀北が地図を見つめる。

 

「同時に三か所へ現れた場合、戦力を分散させる必要があります」

 

「その通りよ」

 

夕呼が答えた。

 

「ただし、今すぐ分けるつもりはない。

敵の規模も種類も分からない段階で

部隊を散らせば、各個撃破される可能性がある」

 

龍園が口元を上げた。

 

「敵が三方向から来るんじゃなく、こっちを三方向へ分けようとしてるなら厄介だな」

 

「BETAが意図的に動いていると?」

 

千鶴が尋ねた。

 

「意図があろうとなかろうと、結果は同じだ」

 

龍園は第一話と同じ考えを示した。

 

「三か所を守らなきゃならねぇなら、こっちは分かれるしかねぇ」

 

「まだ地上へ出ていないわ」

 

夕呼が言った。

 

「今は全機、基地周辺で待機。敵の出現地点が確定した時点で部隊を移動させる」

 

壬姫が一之瀬を見る。

 

「出撃になったら、私たちは後方支援ですね」

 

「うん。今度は標的じゃなくて、本物を狙うことになる」

 

一之瀬の声には緊張があった。

 

しかし、恐怖に押されてはいない。

 

「約束、覚えてる?」

 

一之瀬が尋ねた。

 

「どちらかが無理をしそうになったら止める、ですね」

 

「そう。生きて帰ろうね」

 

「はい」

 

ひよりは霞の隣に立っていた。

 

霞は大型スクリーンを見ながら、耳に似た感覚器官をわずかに動かしている。

 

「霞さん?」

 

ひよりが声をかけた。

 

霞は答えず、床へ視線を落とした。

 

「聞こえる」

 

「何がですか?」

 

「下にいる」

 

周囲の者たちが霞を見る。

 

夕呼が近づいた。

 

「霞。何を感じるの?」

 

「たくさんいる」

 

霞は両手を胸元で握った。

 

「暗いところを進んでる。止まらない」

 

夕呼の目が鋭くなる。

 

「数は分かる?」

 

霞は首を横に振った。

 

「多すぎる」

 

その言葉と同時に、基地全体が大きく揺れた。

 

先ほどまでとは比較にならない。

 

格納庫内の足場が軋み、整備兵たちが支柱へ掴まる。

 

天井の照明が数秒間消え、非常電源へ切り替わった。

 

地面の下から、巨大な何かが岩盤を削るような振動が伝わってくる。

 

警報の種類が変わった。

 

『地下振動急増。基地直下に複数の移動反応を確認。

全隔壁を閉鎖。非戦闘員は直ちに指定避難区画へ移動せよ』

 

夕呼が叫ぶ。

 

「全員、搭乗しなさい!」

 

候補生たちが一斉に機体へ向かった。

 

オレも武御雷へ続く昇降機へ足を乗せる。

 

隣では武が自分の機体へ駆け上がっている。

 

冥夜の武御雷も起動を始めた。

 

三機の紫色の巨人へ、順番に光が灯る。

 

操縦席へ身体を固定し、主機を起動する。

 

正面モニターへ外部映像が表示された。

 

格納庫の大型扉が開き、その先に夜の横浜が見える。

 

遠くには、照明に縁取られた横浜ベイブリッジ。

 

みなとみらいの高層ビル群。

 

横浜港に停泊する艦船。

 

今のところ、街の姿に異常はない。

 

だが、その地下では無数の反応が動いている。

 

武から通信が入った。

 

『綾小路』

 

「何だ」

 

『さっきの訓練みたいに、敵が出てくるまで待つつもりか?』

 

「地上へ出る前に斬ることはできない」

 

『出てきた瞬間に斬るってことか』

 

「必要ならな」

 

『なら、俺が敵を引きつける』

 

「勝手に決めるな」

 

『お前は敵が動いた瞬間を狙うんだろ。だったら俺が動かす』

 

武の考えは単純だった。

 

しかし、間違ってはいない。

 

オレが静かに待ち、武が敵を動かす。

 

今日の訓練で、既に一度成立した形だった。

 

「機体を壊すな」

 

『お前も敵が近づくまで待ちすぎるなよ』

 

「問題ない」

 

『それならいい』

 

通信が切れる。

 

武御雷の右手が長刀を握る。

 

刀身を高く掲げる必要はない。

 

敵へ威圧を与える必要もない。

 

相手が地上へ現れ、攻撃のために身体を動かした瞬間だけ斬ればいい。

 

横浜基地の地面が再び揺れた。

 

滑走路の先に亀裂が走る。

 

一本だった亀裂は左右へ広がり、

地下から押し上げられるように舗装面が盛り上がっていく。

 

整備車両が緊急退避する。

 

地面が崩れ、その奥から巨大な影が見えた。

 

最初に現れたのは、太い前脚だった。

 

続いて岩盤と土砂を押し退け、要撃級の上半身が地上へ突き出る。

 

一体ではない。

 

亀裂の奥で、別の影が重なっている。

 

夕呼の命令が全機へ届いた。

 

『横浜基地所属全部隊へ。BETAの地下侵攻を確認。基地防衛戦へ移行する』

 

要撃級が地上へ這い上がり、最も近くに立っていた武御雷へ頭部を向けた。

 

オレの機体だった。

 

長刀は低く下げたままにしている。

 

要撃級が前脚を持ち上げる。

 

巨大な質量が武御雷を押し潰すため、真上から振り下ろされた。

 

オレは攻撃が始まるまで動かなかった。

 

前脚が機体へ届く直前、武御雷を半歩だけ横へ滑らせる。

 

地面へ叩きつけられた前脚が、滑走路を大きく砕いた。

 

その横を通り抜ける。

 

長刀を鞘から引き抜くように、低い位置から振り上げた。

 

要撃級の前脚が根元から切断される。

 

オレは振り返らなかった。

 

要撃級の身体が傾き、地面へ倒れ込む。

 

その背後から、次のBETAが地上へ姿を現した。

 

横浜基地の長い夜が始まった。

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