界渡りの不確定な切り札 作:アルフレッド
キョウスケside
「レオナちゃ~~~ん!!」
「……誰ですの、あなた?」
格納庫に男の絶叫が響き渡った。
「俺だよ! タスクだよ! タスク・シングウジ!」
「存じませんわ」
「即答!?」
「というより、なぜ初対面の女性をいきなり『ちゃん』付けで呼びますの?」
「いや、なんというか……初めて会った気がしなくて」
「口説いているのでしたら、もう少しましな台詞を考えることをお勧めしますわ」
「違うって!」
「ではナンパですの?」
「もっと悪くなってる!?」
……妙だ。
初対面のはずなのに、なぜか妙に息が合っている。
「お前たち、本当に初対面なのか?」
「初対面ですわ!」
「初対面だよ!」
声まで揃った。
「…………」
「真似しないでくださる!?」
「レオナちゃんが真似したんだろ!?」
「ちゃん付けはやめなさい!」
ミオが俺の横にきて
「あはは、いきなり仲良くなってますしね。タスクくん。」
「そうだな、どう見ての初対面には見えん。前世で何か縁があったのかもしれんな」
笑いを止めたミオは真面目な顔をして
「キョウスケさん、レモンさんの指示によりアルトアイゼンのアップデートが終わっています」
そこには、見慣れたアルトアイゼン――しかし以前とは明らかに印象の異なる機体が立っていた。
機体色は赤から暗い深緑へ。
シルエットそのものに大きな変化はないが、その姿はまるで――
「……ナハトだな」
「はい。レモンさんもそう呼んでました」
ミオが笑いながら機体を見上げる。
腰部には新たにシシオウブレードを固定するためのハードポイントが増設されている。
「シシオウブレードを毎回手で持って出撃するわけにもいきませんからね。腰部に専用の固定具を追加しました」
「助かる」
「それだけじゃありませんよ」
ミオが得意げにアルトを見上げる。
「レモンさんから『アースクレイドルに行くなら、できるだけ仕上げておきなさい』って言われまして。装甲材の一部交換、関節部の強化、ジェネレーター出力の調整。それと――」
「待て」
「はい?」
「なぜ色まで変わっている?」
「そこですか?」
「そこだ」
「レモンさんが『いつまでもベーオウルフ時代と同じ色じゃつまらないでしょう?』って」
「正式名称はまだアルトアイゼンですけどね。」
「これなら戦闘中でも必要に応じて抜けるか」
「はい。キョウスケさん、最近は剣を使うことが増えましたから」
「リシュウ先生に仕込まれたからな」
「アルトもパイロットに合わせて変わるってことですよ」
「…………」
あの人らしい。
「それで、この色は?」
「キョウスケさんが森の中で戦った時のデータも参考にして、視認性を少し落としたそうです。もっとも――」
ミオが苦笑する。
「アルトアイゼンで隠密行動なんて無理だと思いますけど」
「同感だ」
「それじゃあ、最終チェックも終わりました」
ミオは腰に手を当て、満足そうにナハトを見上げる。
「これでいつでも出せますよ!」
「ありがとう、ミオ」
「いえいえ。整備士ですから!」
「それじゃ、いってらっしゃい。キョウスケさん」
「ああ。行ってくる」
◇ ◇ ◇
アースクレイドルside
「逃がすな! ゼンガー・ゾンボルトとソフィア・ネートを拘束しろ!」
アースクレイドル研究区画に、テンペスト・ホーカーの怒号が響き渡る。
ノイエDCの警備兵たちが次々と通路へ雪崩れ込む。
その先を走るのはゼンガー・ゾンボルトとソフィア・ネート。
「ゼンガー……! 私に構わず、あなた一人なら――」
「ならん!」
ゼンガーは振り返ることなく言い切った。
「貴女をここに残すわけにはいかん!」
「でも、このままでは二人とも……!」
「ならば二人で生き延びるまで!」
銃声。
ゼンガーはソフィアを庇うように身体を入れ替え、曲がり角へ飛び込んだ。
数では圧倒的に不利。
それでもそこは歴戦の戦士、ゼンガー・ゾンボルト。
警備兵の配置、射線、追跡速度を読みながらソフィアを守り、確実に目的地へ近づいていた。
――グルンガスト零式が格納されている格納庫へ。
指令室ではアギラ・セトメとアーチボルトが様子を見ていた。
「しかし今更ソフィアを連れ出そうとは何を考えているんだろうね、ゼンガーは」
「ゼンガーは機を待っていたんでしょう。今こちらにシャドウミラーが向かっているという情報が入りました。シャドウミラーと合流できればソフィアを助けられる、そう考えも不思議はないですよ。愚者の浅知恵だと思いますがね」
口角を上げながらアーチボルトは続ける
「大体にしてシャドウミラーがそれほど強力な軍隊ではありません。所詮非正規軍の寄せ集めです」
「なるほどねぇ。つまりゼンガーはそこまで追い詰められていたという訳かい。ソフィアをメイガスへの実験台にされるのが嫌だったんだろうねぇ」
「もっとも、零式まで辿り着いたところでどうにもなりませんがね」
「そうだねぇ。あれ一機でここから逃げられると思っているなら、随分と甘くなったものだよ」
アギラはモニターの一つへ視線を移した。
そこには四人の少年少女の姿が映し出されている。
「ちょうどいい。あの子たちの最終調整も済んでいるところだ」
「スクールの?」
「ああ。ブロンゾ28、ブロンゾ27、ラトゥーニ11……そしてアウルム1」
アギラの口元が歪む。
「ゼンガー相手なら、いい実戦データが取れるだろうさ」
「それは結構」
アーチボルトも楽しげに笑った。
「では彼らには、かつての教官を殺していただきましょうか」
「殺す必要はないよ。壊れる寸前まで追い込めばいい。ゼンガーにはまだ使い道が――」
「いえ」
アーチボルトが遮った。
「彼は殺します」
「……ほう?」
「あの男は嫌いなんですよ。ああいう、自分の信念だけは決して曲げないという顔をした人間がね」
モニターの中では、ゼンガーとソフィアが格納庫へ近づいている。
「それに――」
アーチボルトは笑みを深めた。
「希望を持った直後に絶望へ落とす方が、面白いでしょう?」
◇ ◇ ◇
キョウスケside
格納庫にヴィンデルの声が響く。
『アースクレイドル発見! 機動部隊は突入せよ! 艦隊は後方から援護する!』
「「「了解!」」」
カタパルトの前方に巨大な地下施設が見える。
あれが――アースクレイドル。
『キョウスケ、聞こえるか』
クエルボから通信が入る。
『聞こえている』
『俺が知っている出入口は正面だけじゃない。物資搬入口がある。そこからなら格納庫区画へ直接入れる』
『分かった。レオナ、俺についてこい!アクセルはここで退却路を守っていてくれ!』
『了解!』
『承知しましたわ!』
『量産型W部隊は後続! 突入口を確保しろ!』
『了解』
『了解』
『了解』
無機質な返答が一斉に返ってくる。
「行くぞ!」
アルトアイゼン――ナハトを加速させる。
◇ ◇ ◇
『前方に熱源!』
「数は?」
『四機! 機種――ガーリオン!』
「四機……?」
四機のガーリオンが通路の奥から姿を現した。
三機は通常型。
だが、その中央にいる一機だけは違う。
『ガーリオン・カスタム……』
レオナが呟く。
『あれを子供が……?』
「子供?」
『パイロットデータが表示されています。全員、まだ――』
『構うな、キョウスケ!』
ヴィンデルの声が割り込んだ。
『敵ならば排除しろ!』
「…………」
その瞬間だった。
一機のガーリオンが隊列を無視するように突出した。
『ブロンゾ28! 勝手に前へ出るんじゃないよ!』
「!」
通信を聞いていたクエルボが息を呑んだ。
『……今、なんて言った?』
「クエルボ?」
『今の通信だ! ブロンゾ28と言ったのか!?』
「ああ。そう聞こえたが」
『…………』
クエルボから返事がない。
「知っているのか?」
『いや……まだ分からない』
『だが――』
突出したガーリオンがナハトへ迫る。
射撃ではない。
機体を強引に加速させ、その勢いのまま接近戦を仕掛けてくる。
「っ!」
シシオウブレードを抜き、振り下ろされた武器を受け止める。
――重い。
いや、機体の出力だけじゃない。
こいつ、ガーリオンをこんな使い方しているのか?
『ブロンゾ28! 命令を聞きな!』
『分かってるよ! こいつを倒せばいいんだろ!』
『――っ!』
クエルボが息を呑む。
『その声……』
「クエルボ?」
『…………アラド?』
『ブロンゾ27! 28を援護!』
『了解!』
後方のガーリオンが射撃態勢に入った。
『待て……』
今度はクエルボの声が震えている。
『その動き……その声……』
『ラトゥーニ11! 右から回り込みな!』
『了解』
『…………』
「クエルボ、説明しろ!」
『……間違いない』
しばらく沈黙した後、クエルボが絞り出すように言った。
『あの子たちは――スクールの子供たちだ』
「スクール?」
『……特殊な環境で子供を戦闘要員として育成する施設だ』
「子供を……兵士に?」
レオナの声に怒気が混じる。
『ああ。薬物投与、記憶操作、戦闘訓練……そうやって優秀な兵士を作り出そうとしていた』
「…………」
『俺も一時期、あの子たちに関わっていた』
「クエルボが?」
『……ああ』
クエルボの声が沈む。
『ブロンゾ28、ブロンゾ27、アウルム1……あれはあいつらに与えられた識別番号だ』
「なら、さっき呼んだアラドというのは?」
『名前だ』
「名前?」
『あの子にはちゃんと名前がある。ブロンゾ28なんかじゃない』
クエルボが吐き捨てるように言った。
『アラドだ。アラド・バランガだ』
『アウルム1! いつまで見ている! 三人を統率しな!』
『……了解しました、博士』
『…………オウカ』
クエルボの声が、今度こそ完全に止まった。
「どうしてそこまで分かる?」
『……俺が名付けたんだ』
「何?」
『アラドも、ゼオラも、オウカも……俺があの子たちにつけた名前だ』
『あの子たちはナンバーじゃなく自分の名前を欲しがっていた。だから俺がつけたんだ』
「クエルボ。助けられるのか?」
『…………』
「洗脳されているんだろう?」
『ああ』
「解除する方法は?」
『……ここにはない』
「……殺さずに無力化する」
『キョウスケ、それは――』
「分かっている。できる保証はない」
シシオウブレードを構え直す。
「だが、最初から諦める理由にもならん」
『…………』
「レオナ。コックピットは狙うな。四肢と武装を潰す」
『承知しましたわ』
『キョウスケ!』
ヴィンデルの声が飛ぶ。
『敵戦力を相手に手加減するつもりか!』
「子供を殺すためにここまで来たんじゃない」
そして……分の悪い賭けは嫌いじゃない!
アルトアイゼン・ナハトのギアを上げる。
(手を抜くことじゃない。
相手を倒せるだけの力を出して――殺さないことだ。)
「レオナ!後ろは任せた!」
まずはブロンゾ28、いやアラドの機体に向かって走らせる。
アラドも突撃型前衛だ。相性は悪くない。しかも操縦技術はまだまだだ!
そのまま逆袈裟から両足を斬り移動力を奪う。そのままの勢いでゼオラと思われる機体に突撃し上段斬りで利き腕を斬り落とす。
俺の後ろではレオナがアラド機の両腕をアサルトブレードで斬り落とす。
『ブロンゾ28、戦闘続行不能!』
『くそっ! まだ――!』
「アラド!」
ゼオラと思われる機体が、右腕を失いながらこちらへ向き直る。
「悪いが、お前もここまでだ!」
左腕の武装を狙い――
――殺気。
「っ!」
反射的にナハトを後退させる。
直前までコックピットがあった空間を、刃が薙いだ。
『…………』
金色のガーリオン・カスタム。
アウルム1。
――オウカ。
「こいつ……!」
アラドたちとは動きが違う。
速いだけじゃない。こちらがゼオラを無力化する瞬間を狙っていた。
『アウルム1。対象の排除を開始します』
クエルボが息を呑む。
『気をつけろ、キョウスケ! オウカはあの四人の中でも別格だ!』
「見れば分かる!」
シシオウブレードを構える。
殺さずに倒す。
言葉にするのは簡単だ。
殺すより難しい。
だが、ここはやるしかない!
ナハトはシシオウブレードは構えたまま、俺は呼吸を整える。
オウカ機が空中から突撃してくるのを躱すと至近距離から五連チェーンガンを放つ!
『っ!』
オウカ機が咄嗟に機体を捻る。
狙ったのはコックピットじゃない。
脚部――正確には推進器だ。
数発が装甲を弾き、残りがスラスターへ突き刺さる。
『右脚部推進器損傷』
「まだだ!」
こちらへ向き直るより早く踏み込む。
シシオウブレードを横薙ぎに――
『甘い』
「!」
受けられた!?
オウカ機は片脚の推進力を失いながら、こちらの斬撃を刃で受け止めていた。
そのまま鍔迫り合いになる。
『なぜコックピットを狙わないのです?』
「…………」
『先ほどから、あなたの攻撃は武装と四肢ばかり。私たちを殺す気がない』
「気づいていたか」
『理解できません。敵を排除するなら、パイロットを殺すのが最も確実です』
「そう教えられたのか?」
『それが戦闘です』
「違うな」
ナハトの出力を上げる。
『!』
「それは――お前たちに戦わせている奴らにとって都合のいい理屈だ!」
一気に押し返す。
オウカ機が後方へ弾かれた。
追う。
だが――
『ラトゥーニ11!』
横から砲撃。
「っ!」
ナハトを滑らせるように回避する。
『隊長!』
「レオナ! そいつを頼む!」
『承知しましたわ!』
レオナ機がラトゥーニ機との間へ割り込む。
これで一対一。
「クエルボ! オウカの弱点は!?」
『そんなものを俺に聞くな! あの子を兵器として分析したくない!』
「……悪かった」
『だが――』
「?」
『オウカはあの子たちのリーダーだ!』
『自分より、弟や妹を優先する!』
「――!」
視線を動かす。
戦闘不能になったアラド。
その傍には右腕を失ったゼオラ。
そして――オウカ機が一瞬だけそちらを見た。
「そこか!」
『!?』
ナハトを突進させる。
だが、コックピットは狙わない。
シシオウブレードを振り抜き――
ガーリオン・カスタムの武器を根元から斬り飛ばした。
『武装喪失――』
「まだだ!」
五連チェーンガン。
今度は残った脚部推進器。
『――っ!』
金色のガーリオンが床へ落ちる。
それでもオウカは機体を起こそうとする。
「もういい!」
『…………』
「お前たちは負けた! これ以上戦う必要はない!」
『命令は……敵の排除です』
「だったらその命令を出した奴を俺が止める!」
『…………』
「だから――そこで待っていろ!」
◇ ◇ ◇
『四機とも戦闘続行不能!』
「よし! クエルボ、こいつらを――」
『待て、キョウスケ!』
「?」
突然、警報が鳴り響いた。
『隔壁閉鎖。第七格納区画を封鎖します』
「何!?」
前方と後方から巨大な隔壁が降り始める。
『レオナ!』
『分かっていますわ!』
二機が後退する。
だが――
「アラドたちが!」
戦闘不能になった四機だけが隔壁の向こう側に残る。
『ふん。やはり役立たずだったねぇ』
老女の声が通信に割り込んだ。
『だけど、あたしの大事な実験体を勝手に持っていかれちゃ困るんだよ』
『アギラ……!』
クエルボの声が変わった。
『おや、クエルボかい。まだ生きていたのかい』
『あの子たちに何をした!』
『何を? 調整しただけさ。兵器として使えるようにね』
『貴様……!』
「シシオウブレードなら――!」
隔壁へ斬りかかろうとする。
『やめろキョウスケ!』
「なぜだ!」
『その隔壁の向こうにあの子たちがいる! 無理に破壊すれば――』
「っ……!」
『そういうことさ』
アギラの笑い声。
『殺したくないんだろう?』
「…………!」
『なら大人しく見送るんだね』
床が動き始めた。
戦闘不能になった四機が、格納ブロックごと地下へ沈んでいく。
「待て!」
ナハトが手を伸ばす。
だが――届かない。
『アウルム1、回収するよ!』
床が沈み始める。
『待て! アラド! ゼオラ! ラトゥーニ! オウカ!』
クエルボが叫ぶ。
『…………』
金色のガーリオンが、わずかにこちらを向いた。
『……クエ……ルボ……?』
『オウカ!!』
『アウルム1! 何をしている!』
『……私は……アウルム……1……』
隔壁が落ちる。
『オウカ!!』
――轟音。
「…………」
閉ざされた隔壁だけが、俺たちの前に残った。
『アラド! ゼオラ! ラトゥーニ! オウカ!!』
クエルボの叫びだけが響いた。
やがて隔壁が完全に閉じる。
「…………」
助けられなかった。
殺さずに倒した。
そこまではできた。
だが――
救えなかった。
『……追えない』
「別ルートは?」
『ある。だが、この先は格納庫区画だ』
「格納庫?」
『グルンガスト零式が置かれている』
「…………」
『それに――』
クエルボが何かに気づく。
『誰かが零式を起動しようとしている』
「誰だ?」
『分からない。だが急げ!』
「……クエルボ」
『分かってる』
「必ず戻る」
『…………ああ』
「あいつらはまだ生きている」
『ああ』
「なら――まだ終わってない」