アイドルたちは、今日も……   作:しーすたー

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765編
目覚まし係、天海春香です!


午後の事務所は静かだった

 

私、天海春香はソファに座り、次の仕事でもらった台本へ目を通している

向かい側では、Pさんがパソコンに向かって作業をしていた

 

「ふわぁ……」

 

小さなあくびが聞こえる

 

顔を上げると、Pさんが慌てて口元を隠した

 

これで3回目だ

 

「Pさん」

 

「どうした、春香?」

 

「眠いんですか?」

 

「いや、大丈夫だ」

 

「本当ですか?」

 

「ああ。少しあくびが出ただけだよ」

 

「さっきから3回目です」

 

「数えてたのか?」

 

「目の前で何度もされたら、嫌でも気づきますよ」

 

Pさんは少し気まずそうに目をそらす

 

いつもなら、それ以上は追及しなかったかもしれない

 

けれど、今日は朝から少し様子がおかしかった

髪には寝癖が残っていたし、事務所へ来た時も普段より慌ただしかった

 

「昨日は、何時に寝たんですか?」

 

「そんなに遅くはなかったぞ」

 

「じゃあ、どうしてそんなに眠そうなんですか?」

 

「実は、今朝ちょっと寝坊して」

 

「寝坊?」

 

「目覚ましを止めて、そのまま寝直したみたいなんだ」

 

Pさんがスマートフォンを取り出す

 

「最近、この目覚ましの音に慣れてきたのかもしれないな

 鳴っていても気づかないことがあるんだ」

 

「それは危ないですよ。今日は間に合ったからよかったですけど」

 

「ああ。別の音に変えないとな」

 

私はPさんのスマートフォンを見る

 

普通の目覚まし音では起きられない

それなら、もっとわかりやすい音にすればいい

 

大きなベルの音

好きな曲

 

そこまで考えて、1つ思いついた

 

「Pさん」

 

「うん?」

 

「私の声を、目覚ましにするのはどうですか?」

 

「春香の声?」

 

「はい。スマートフォンなら、録音した音声を目覚ましに設定できますよね」

 

「できると思うけど」

 

「それなら、私が起こしてあげます!」

 

「毎朝、電話してくれるのか?」

 

「そうじゃありません

 今ここで、目覚まし用の声を録音するんです」

 

「ああ、そういうことか」

 

「私の声なら、いつもの目覚ましとは違いますし、きっと気づくと思います」

 

「でも、春香にそこまでしてもらうのも悪いな」

 

「遠慮しないでください」

 

私は胸を張る

 

「Pさんが遅刻しないように、私がお手伝いします!」

 

「なんだか生活指導を受けてるみたいだな」

 

「誰のせいですか?」

 

「俺です」

 

「わかればいいんです」

 

Pさんが笑いながら、スマートフォンの録音機能を起動する

 

私もソファから立ち上がり、Pさんの隣へ移動した

 

「それじゃあ、録音するぞ」

 

「はい!」

 

「準備はいいか?」

 

「いつでも大丈夫です」

 

Pさんが録音開始のボタンを押す

 

私はスマートフォンへ向かって、できるだけ明るい声で呼びかけた

 

「Pさん、朝ですよ!

 起きてください!」

 

少し間を置き、Pさんが録音を止める

 

「どうですか?」

 

「聞いてみよう」

 

スマートフォンから、自分の声が流れる

 

『Pさん、朝ですよ!

 起きてください!』

 

自分の声を改めて聞くと、少し恥ずかしい

 

けれど、目覚ましとしては悪くないと思う

 

「いいんじゃないか?」

 

「本当ですか?」

 

「ああ。ただ……」

 

「何か気になるところがありますか?」

 

「春香の声が優しいから、安心してまた寝そうだな」

 

「駄目じゃないですか!」

 

「悪い。春香の声が駄目という意味じゃないぞ」

 

「わかっています

 では、もう少し元気にしましょう」

 

私は一度深呼吸する

 

ライブのステージへ出る直前のような、力強い声を意識する

 

「もう一度お願いします!」

 

「わかった」

 

録音が始まる

 

「Pさん!朝ですよ、朝!

 早く起きないと遅刻しちゃいますよ!」

 

「うわっ」

 

驚いたPさんが、スマートフォンを落としかける

 

私は慌てて手を伸ばした

 

「危ない!」

 

2人で同時にスマートフォンをつかむ

 

私の手が、Pさんの手へ重なった

 

「あ……」

 

「助かった。ありがとう、春香」

 

「い、いえ。落とさなくてよかったです」

 

スマートフォンが無事なことを確認し、手を離す

 

今度は別の意味で、心臓が大きな音を立てていた

 

「今のは、少し大きすぎたな」

 

「そうですね。

 なら、次はもう少し落ち着いた感じで」

 

「まだやるのか?」

 

「もちろんです

 始めたからには、Pさんがきちんと起きられる目覚ましを作ります!」

 

何度も録音を繰り返す

 

少し厳しい先生のような声

 

「Pさん。起きる時間はとっくに過ぎています

 今すぐ布団から出てください」

 

「怒られてるみたいで、朝から落ち込みそうだな」

 

「では、これは不採用ですね」

 

次は、朝食を用意して待っているような声

 

「Pさん、朝ご飯ができましたよ

 冷めないうちに起きてください」

 

「起きたら朝ご飯がないことに気づいて、悲しくなりそうだ」

 

「そこまで想像しなくてもいいじゃないですか!」

 

「春香の作った朝ご飯が食べられると思ったのに」

 

「私が毎朝作りに行くわけにはいきませんから」

 

「それは残念だな」

 

冗談だとわかっている

 

それでも、毎朝Pさんのために朝食を作る自分を想像してしまった

 

台所に並んで、2人で朝食を食べる

Pさんを玄関まで見送り、帰りを待つ

 

そこまで考えたところで、私は慌てて想像を打ち消した

 

「春香?」

 

「な、なんですか?」

 

「今度は春香がぼんやりしてるぞ」

 

「次の台詞を考えていただけです!」

 

「何か思いついたか?」

 

「今、考えています!」

 

変な想像をしたせいで、次の言葉が浮かばない

 

私は腕を組み、真剣に考える

 

「遅刻したと思わせるのはどうでしょう?」

 

「心臓に悪くないか?」

 

「でも、絶対に起きますよ」

 

「試しに録ってみるか」

 

録音が始まる

 

私は焦った声を作った

 

「Pさん、大変です!

 もう集合時間を過ぎていますよ!」

 

「それは飛び起きるな」

 

「続けますね」

 

「まだあるのか?」

 

「早くしないと、私が先に現場へ行っちゃいますからね!

 それでは、お待ちしてま――きゃっ!」

 

台詞を言いながら後ろへ下がった瞬間、足が椅子へ引っかかった

 

体勢を崩し、前へ倒れそうになる

 

「春香!」

 

Pさんが、すぐに腕を伸ばした

 

私は肩を支えられ、どうにか転ばずに済んだ

 

「大丈夫か?」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「本当に、目を離せないな」

 

「い、今のは椅子がちょうど後ろにあったからです!」

 

「椅子は悪くないだろ」

 

「それはそうですけど……」

 

スマートフォンを見ると、録音は続いたままだった

 

聞き返してみる

 

『早くしないと、私が先に現場へ行っちゃいますからね!

 それでは、お待ちしてま――きゃっ!』

 

そのあとに、Pさんが私の名前を呼ぶ声まで入っている

 

「これは使えないな」

 

「消してください! 今すぐ!」

 

「目覚ましとしては、一番起きられそうだけど」

 

「駄目です!」

 

Pさんからスマートフォンを受け取り、すぐに録音を削除する

 

「もう。Pさんが変な台詞を録らせるからですよ」

 

「俺のせいか?」

 

「少しくらいは、そうです」

 

「悪かったよ」

 

2人で顔を見合わせ、笑う

 

録音を始めてから、もう随分時間が経っていた

 

いろいろ試したけれど、目覚ましとして使えそうなものは1つもない

 

「難しいですね」

 

「台詞を作ろうとするからじゃないか?」

 

「え?」

 

「目覚ましらしいことを言おうとしなくていいよ」

 

Pさんがスマートフォンを私へ向ける

 

「春香が本当に言いそうなことで頼む」

 

「私が、本当に言いたいことですか?」

 

「ああ。そのほうが、自然に起きられそうだ」

 

「わかりました」

 

私は目を閉じる

 

朝、Pさんのそばにいるところを想像する

 

まだ眠っているPさんを起こす

 

カーテンを開けて、朝の日差しを部屋へ入れる

返事がなければ、もう一度名前を呼ぶ

 

Pさんが目を覚ましたら、最初に何を伝えたいだろう

 

「準備はいいか?」

 

「はい」

 

録音が始まる

 

私は目を開け、スマートフォンへ向かって微笑んだ

 

「おはようございます、Pさん」

 

なるべく優しく、けれどきちんと届くように話す

 

「今日も会えるの、楽しみにしてますから

 そろそろ起きてくださいね」

 

録音が止まる

 

事務所が静かになる

 

「……」

 

「……」

 

私は自分が言ったことを、頭の中でもう一度繰り返す

 

今日も会えるのを楽しみにしている

 

作った台詞ではない

正真正銘の本心だった

 

「い、今のは」

 

「聞いてみよう」

 

「待ってください!」

 

止める前に、スマートフォンから録音が再生される

 

『おはようございます、Pさん

 今日も会えるの、楽しみにしてますから

 そろそろ起きてくださいね』

 

自分の声が、事務所の中へ響く

 

恥ずかしい

 

録音する時は自然に出てきたのに、改めて聞くと、まるで毎朝会えることを待ち望んでいるみたいだ

 

実際、そのとおりなのだけれど

 

「これがいいな」

 

Pさんが言う

 

「えっ」

 

「一番自然だし、朝から元気が出そうだ」

 

「でも、毎朝聞くには、少し変じゃありませんか?」

 

「どこが?」

 

「どこがって……」

 

「春香らしくて、いいと思うぞ」

 

Pさんが、その音声を目覚ましへ設定する

 

「本当に使うんですか?」

 

「ああ。せっかく春香が録ってくれたんだからな」

 

「ほかの録音でもいいんですよ?」

 

「俺はこれが気に入った」

 

そこまで言われると、取り消してほしいとは言えない

 

毎朝、Pさんが私の声で目を覚ます

 

そう考えると、恥ずかしい

けれど、それ以上に嬉しかった

 

「わかりました」

 

「いいのか?」

 

「はい。ただし、きちんと起きてくださいね」

 

「ああ。約束するよ」

 

「目覚ましを止めて、また寝てしまったら意味がありませんから」

 

「春香が起こしてくれるなら大丈夫だ」

 

「録音の私ですけどね」

 

「それでも、春香の声だろ」

 

Pさんは満足そうにスマートフォンを見る

 

その表情を見ていると、私まで嬉しくなった

 

---

 

翌朝

 

目を覚ますと、Pさんからメッセージが届いていた

 

『春香の目覚ましで起きられた。ありがとう』

 

送信された時間は、普段Pさんが起きると言っていた時刻より少し早い

 

きちんと起きられたらしい

 

私はベッドの上で、何度もメッセージを読み返す

 

ただ目覚ましとして役に立っただけ

それでも、自分がPさんの朝の一部になれた気がした

 

『おはようございます。ちゃんと起きられてよかったです!』

 

そう返信し、いつもより早く支度を始めた

 

---

 

事務所へ到着すると、Pさんはすでに仕事を始めていた

 

昨日とは違い、眠そうには見えない

 

「おはようございます、Pさん!」

 

「おはよう、春香」

 

「今日は寝坊しなかったんですね」

 

「ああ。春香のおかげだよ」

 

「役に立てたならよかったです」

 

私はPさんの顔を確認する

 

寝不足の様子もない

体調も悪くなさそうだ

 

「ところで、目覚ましは1回で止められましたか?」

 

「ああ。でも、そのあと録音を5回くらい聞き直した」

 

「ええっ!?」

 

思わず大きな声が出る

 

「どうしてですか?」

 

「春香がせっかく録ってくれたから、1回だけじゃもったいないと思って」

 

「目覚ましは繰り返し楽しむものじゃありませんよ!」

 

「でも、途中で止めるのも悪いだろ」

 

「1回目は最後まで聞いてくれたんですよね?」

 

「ああ」

 

「それなら十分です」

 

「春香は、俺に聞いてほしくなかったのか?」

 

「そうではありませんけど……」

 

Pさんが私の声を何度も聞いた

 

恥ずかしいけれど、嫌ではなかった

 

むしろ、少し嬉しい

 

「明日からは、きちんと1回で起きてくださいね」

 

「録音を聞き直すのは?」

 

「起きたあとなら、好きにしてください」

 

「わかった。そうするよ」

 

「でも、誰かがいるところでは再生しないでくださいね!」

 

「ああ。春香との約束にする」

 

Pさんがスマートフォンを大切そうに机へ置く

 

「朝はこれで大丈夫そうだな」

 

「朝は?」

 

「ああ。今度は、夜に仕事を切り上げるきっかけが欲しくて」

 

「まだ何か問題があるんですか?」

 

「仕事をしてると、寝る時間を忘れることがあるだろ」

 

「忘れないでください!」

 

「だから、春香にもう1つ頼みたいんだ」

 

嫌な予感がする

 

「まさか……」

 

「寝る時間を知らせる音声も、録ってくれないか?」

 

「今度は、おやすみ用ですか?」

 

「ああ。春香に言われたら、仕事を切り上げられそうだ」

 

「私に言われないと休めないんですか?」

 

「昨日、遅刻しないように手伝ってくれると言ってただろ」

 

「夜更かしまで面倒を見るとは言っていませんよ」

 

「駄目か?」

 

Pさんが、少し残念そうな顔をする

 

ずるい

 

そんな顔をされたら、断れるわけがない

 

それに、Pさんが夜更かしをせずに済むなら、悪いことではない

 

「わかりました」

 

「本当か?」

 

「はい。ただし、音声が流れたら必ず仕事をやめてくださいね」

 

「ああ。約束する」

 

「それでは、録音してください」

 

昨日と同じように、Pさんがスマートフォンを私へ向ける

 

録音が始まる

 

「Pさん、今日も1日お疲れさまでした」

 

私は、今日の仕事を終えたPさんを思い浮かべる

 

「続きは明日にして、今日はゆっくり休んでください」

 

最後に、少しだけ迷ってから言葉を加える

 

「おやすみなさい。また明日」

 

録音が終わる

 

「どうでしょう?」

 

「いいな。これなら、安心して眠れそうだ」

 

「本当ですか?」

 

「ああ。春香の声を聞くと、明日も頑張ろうと思えるよ」

 

「それなら、よかったです」

 

Pさんが、おやすみ用の音声も設定する

 

これからは毎朝、最初に聞くのが私の声

毎晩、最後に聞くのも私の声になる

 

まるで、朝から夜まで一緒にいるようだ

 

そう考えただけで、胸が温かくなる

 

「なんだか」

 

「どうした?」

 

「ずっと一緒にいるみたいですね」

 

言ってから、自分の言葉の意味に気づく

 

また、本音が漏れてしまった

 

「確かに」

 

Pさんが頷く

 

「これなら、春香がいない時も安心だな」

 

やっぱり、Pさんは別の意味で受け取ったらしい

 

少しだけ残念に思う

けれど、録音の私に頼られることも悪くない

 

「Pさん」

 

「うん?」

 

「録音の私ばかり頼りにしないでくださいね」

 

「どういうことだ?」

 

「本物の私がいる時も、ちゃんと頼ってください」

 

「もちろんだよ」

 

Pさんは迷わず答える

 

「いつも頼りにしてるよ、春香」

 

「えへへ。ありがとうございます」

 

今度は、素直に笑うことができた

 

スマートフォンの中には、朝と夜の私の声がある

 

それでも、Pさんの前にいる時は、本物の私を見てもらいたい

 

「では、まずは今日の分です」

 

「今日の分?」

 

「もう遅い時間ですよ。そろそろ仕事を終わらせてください」

 

壁の時計を指さす

 

「でも、あと少しだけ――」

 

「駄目です」

 

「まだ録音が鳴る時間じゃないぞ」

 

「今日は本物の私がいますから」

 

私はパソコンの横から顔をのぞかせ、仕事を続けようとするPさんを見つめる

 

「続きは明日にして、今日はゆっくり休んでください」

 

「録音と同じ台詞だな」

 

「同じじゃありません」

 

「何が違うんだ?」

 

「今のは、Pさんの顔を見ながら言っていますから」

 

Pさんが、少し驚いたように私を見る

 

私も恥ずかしくなりながら、それでも目をそらさずに続ける

 

「お疲れさまでした、Pさん。また明日」

 

「ああ。また明日、春香」

 

一緒に事務所を出る

 

録音の私がPさんを起こし、眠る時間を知らせる

 

けれど、明日会えることを楽しみにしているのは、スマートフォンの中の私ではない

 

そのことに、いつか気づいてもらえたらいいと思う

 

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