アイドルたちは、今日も…… 作:しーすたー
劇場からの帰り道、私、春日未来はPさんと一緒に商店街を歩いていた
今日のお仕事はもう終わっている
あとは駅へ向かい、家に帰るだけ
――だったのだけど
「あっ、Pさん!
ちょっと待ってください!」
私は気になるお店を見つけて、足を止めた
文房具や小物を扱っている雑貨店
ショーウインドウには色とりどりのペンやノート、それにかわいい髪留めが並んでいる
「どうした、未来?」
「新しい髪留めが入ってるみたいです!
少しだけ見ていってもいいですか?」
「ああ。今日はもう予定もないからな」
「ありがとうございます!」
私はさっそく店へ入った
花やリボン、動物をかたどった髪留めが、棚の上にたくさん並んでいる
「わあ……どれもかわいいです!」
「気に入ったものでもあったか?」
「かわいいものが多すぎて悩んじゃいますね
Pさんも一緒に選んでください!」
「俺が?」
「はい!
私に似合いそうなものをお願いします!」
Pさんは少し困った顔をしながらも、髪留めを1つずつ見始めた
私はその横顔を眺める
Pさんが私のために真剣に選んでくれている
そう思うと、髪留めを見るよりPさんを見ている時間のほうが長くなってしまった
「未来」
「は、はい!」
「これはどうだ?」
Pさんが手にしていたのは、小さな花がついた髪留めだった
白い花びらの中央に、黄色の飾りがついている
「かわいいです!」
「未来の雰囲気に合いそうだと思って」
「私の雰囲気ですか?」
「ああ。明るい感じがするだろ」
Pさんが私のことを考えて選んでくれた髪留め
急に特別なものに見えてきた
「これにします!」
「ほかのものは見なくていいのか?」
「はい。Pさんが選んでくれたので!」
私は髪留めを大切に持ち、レジへ向かおうとした
その途中、店の奥にある大きな看板が目に入る
『5年後の自分へ、手紙を送りませんか?』
「5年後……?」
近づいて説明を読む
専用の便箋へ手紙を書いて店に預けると、5年後に指定した住所へ送ってくれるらしい
「Pさん、見てください!」
「ああ。未来の自分への手紙か」
「面白そうです!
私も書いてみたいです!」
「いいんじゃないか?」
「はい、Pさんの分です!」
私は受付に置かれていた参加用紙を2枚取り、そのうち1枚をPさんへ差し出した
「俺も書くのか?」
「もちろんです!」
「どうして?」
「一緒に見つけたんですから、一緒に書いたほうが楽しいですよ!」
「そういうものか?」
「そういうものです!」
Pさんは少し考えてから、参加用紙を受け取った
「わかった。未来がそこまで言うなら書いてみるよ」
「やった!
それじゃあ、さっそく書きましょう!」
---
店内の一角に、手紙を書くための机が用意されていた
Pさんと向かい合って座り、専用の便箋を広げる
『5年後の私へ』
そこまではすぐに書けた
でも、その先がなかなか思いつかない
5年後の私は、19歳になっている
どんなアイドルになっているのだろう
今より歌やダンスが上手になっているだろうか
もっと大きなステージに立てているだろうか
静香ちゃんや翼たちとも、変わらず一緒にいるだろうか
Pさんは――
顔を上げると、向かいに座るPさんは、もう手紙を書き始めていた
迷う様子もなく、ペンを動かしている
「Pさん」
「どうした?」
「何を書いているんですか?」
「5年後の俺への手紙」
「それは見ればわかります!」
「だったら、どうして聞いたんだ?」
「そうじゃなくて、中身です!」
「秘密だよ」
Pさんは手紙を腕で隠した
そんなことをされると、余計に気になる
私は少しだけ腰を浮かせ、Pさんの腕の向こうをのぞき込もうとする
「ちょっとだけ見せてください!」
「駄目だ」
「最初の1行だけでいいですから!」
「未来。自分の手紙を書きなさい」
Pさんが便箋を裏返してしまう
「むー……」
「そういう未来は、何を書いてるんだ?」
「私のですか?」
「ああ。見せてくれるなら、俺も見せるけど」
私は慌てて自分の便箋を胸元へ引き寄せた
「駄目です!」
「自分は見ようとしたのに?」
「私の手紙には、秘密がいっぱい書かれる予定なんです!」
「まだ書いてないのか」
「今から書きます!」
笑われてしまった
私はPさんに見られないよう、便箋へ顔を近づける
5年後の私は、どんなアイドルになっていますか?
大きなステージに立てていますか?
今も毎日、楽しく歌っていますか?
少し考えてから、続きを書く
――今も、Pさんのアイドルでいられていますか?
書いた途端、少しだけ恥ずかしくなった
5年後もPさんが私の担当をしてくれているとは限らない
もしかしたら、今とは違う形でお仕事をしているかもしれない
でも、できることなら、5年後もPさんと一緒にいたい
私はさらに言葉を続けた
――Pさんに、今よりもっとすごいアイドルだと思ってもらえていますか?
――Pさんと一緒に、たくさん笑えていますか?
そこまで書いたところで、向かいから視線を感じた
「Pさん、見ました?」
「見てないよ」
「本当ですか?」
「ああ」
Pさんは自分の手紙を書いている
でも、なんとなく怪しい
「絶対に見ないでくださいね?」
「わかった」
「約束ですよ?」
「約束する」
私は便箋を手で隠しながら、最後まで書き終えた
Pさんは途中で新しい便箋を取り、2枚目を書き始めている
「Pさん、2枚も書くんですか?」
「ああ。書き始めたら、思ったより長くなってな」
「そんなにたくさん、何を書いてるんでしょう……」
「未来、声に出てるぞ」
「でへへ~。気にしないでください!」
私のことも、少しくらい書いてくれているだろうか
気にはなるけれど、Pさんが教えてくれないなら、無理に見ることはできない
私は手紙を書き終え、用意されていた水色の封筒へ入れた
Pさんも同じ色の封筒を手に取る
「Pさん、そっちも水色にするんですか?」
「これが一番落ち着くからな」
「では、お揃いですね!」
「封筒が同じだけだろ」
「それでもお揃いです!」
私は封筒へ封をする
Pさんも手紙を入れ、同じように封をした
あとは宛名を書くだけ
そう思って机の端に置いてあったペンを取ろうとした時、私の腕がPさんの封筒に当たった
「あっ!」
2つの封筒が床へ落ちる
慌てて拾い上げるが、どちらも同じ水色で、まだ宛名を書いていない
「……Pさん」
「どうした?」
「どっちが私のでしたっけ?」
「え?」
Pさんも2つの封筒を見る
表も裏も、まったく同じだった
「未来は覚えてないのか?」
「Pさんのほうに私の封筒が飛んでいった気がするんですけど、落ちた時に回転して、戻ってきたような気もします」
「わからないってことだな」
「はい!」
「元気よく答えるところじゃない」
大変なことになってしまった
もし間違えたら、Pさんの手紙が5年後の私へ届き、私の手紙が5年後のPさんへ届いてしまう
5年後ならいいのでは、と一瞬だけ思った
でも、私の手紙にはPさんのことをたくさん書いている
それを本人に読まれたら――
「駄目です!」
「急にどうした?」
「絶対に間違えられません!」
私は2つの封筒を手に取る
まずは重さを比べてみる
右、左、もう一度右
「どうだ?」
「こっちのほうが、少し重いような……同じような……」
「俺は便箋を2枚使ったから、重いほうが俺のじゃないか?」
「それです!」
Pさんが封筒を1つずつ持ち、重さを確かめる
「たぶん、こっちだな」
「たぶんですか!?」
「便箋1枚の差だから、はっきりとはわからないよ」
「ほかに何かありませんか?」
私は封筒を光へ透かしてみる
けれど、厚い紙でできているため中身は見えない
次に、封筒を耳元で軽く振ってみる
もちろん、何も聞こえない
「未来、何をしてるんだ?」
「私の手紙が入っているほうから、私らしい音が聞こえないかなと思って」
「手紙から未来らしい音って、どんな音だよ」
「『でへへ~』とか」
「聞こえたら怖いな」
駄目だった
私は封筒を両手に持ったまま考える
最悪の場合、封を開けて中身を確認するしかない
でも、それではPさんに私の手紙を見られてしまうかもしれない
「わかりました」
「何が?」
「Pさん、目を閉じてください」
「どうして?」
「私が両方の封筒を開けて、名前だけ確認します!」
「俺の手紙を読むつもりじゃないだろうな」
「読みません! 絶対に名前しか見ません!」
「さっきまで、あんなに中身を知りたがってたのに?」
「今は非常事態です!」
「信用できないな……」
「そんなぁ!」
その時、Pさんが片方の封筒を指で軽く押した
もう一方よりも少しだけ厚みがある
「やっぱり、こっちが俺のだ」
「わかるんですか?」
「ああ。便箋を折ったところが重なってる」
私も触ってみる
確かに、片方の封筒のほうが少し厚かった
「よかったぁ……」
安心して力が抜ける
私は薄いほうの封筒を抱き締めた
「そんなに見られたくないことを書いたのか?」
「えっ?」
「間違って俺に届くのを、随分気にしてただろ」
「そ、それは……5年後の自分にしか言えないこともありますから!」
「そういうものか」
「そういうものです!」
Pさんは納得したようだけれど、私はまだ少し落ち着かなかった
気になっていたことを確かめるため、Pさんの封筒を見る
「Pさん」
「今度は何だ?」
「Pさんの手紙に、私のことは書いてありますか?」
「書いてあるぞ」
「えっ」
あまりに簡単に認められ、次の言葉が出てこなかった
「本当に書いたんですか?」
「ああ」
「どんなことを?」
「秘密じゃなかったのか?」
「私に関係するところだけ、教えてください!」
「仕方ないな」
Pさんは少し考えてから答えた
「5年後、未来がどんなアイドルになっているのか楽しみだって書いた」
「私が、どんなアイドルに……」
「今より歌もダンスも上手くなって、もっと大きなステージに立っているかもしれないからな」
「はい!」
想像しただけで楽しくなる
5年後の私は、どれくらい成長しているのだろう
「それから、未来が笑ってステージに立てるように、俺もきちんと支えられるPになっていたいって」
「Pさんも?」
「ああ。未来だけに頑張らせるわけにはいかないだろ」
Pさんは、これからも私を支えてくれるつもりでいる
それが嬉しくて、頬が緩むのを止められなかった
「ということは、5年後もPさんは私の隣にいるんですよね?」
「もちろん。そのつもりだ」
「本当ですか?」
「ああ。俺は未来の担当だからな」
やっぱり、PさんはPとしての話をしている
少しだけ残念な気もした
けれど、5年後も私の隣にいることを当たり前のように言ってくれた
今は、それだけで十分嬉しかった
「でへへ~」
「どうした?」
「なんでもありません!」
私は自分の封筒に、5年後の住所を書く
その横で、Pさんも宛名を書き始めた
---
宛名を書き終えた私たちは、店内に置かれた専用の投函箱の前へ立った
「これを入れたら、5年後まで読めないんですよね」
「ああ」
「なんだか、ちょっと緊張します」
「未来が自分で書いた手紙だろ」
「そうですけど、5年後の私がどう思うのか気になりませんか?」
「忘れてるかもしれないぞ」
「忘れませんよ!」
「随分、自信があるな」
「だって、Pさんと一緒に書いた手紙ですから」
答えてから、少しだけ恥ずかしくなる
けれど、Pさんはからかったりせず、柔らかく笑った
「それなら、きっと覚えてるな」
「はい!」
私は封筒を両手で持ち、投函口へ近づける
「5年後の私、ちゃんと読んでくださいね」
「手紙に書けばよかったんじゃないか?」
「あっ」
もう封をしてしまった
「Pさん、今から裏に書いてもいいでしょうか?」
「5年後の未来も、届いた手紙くらい読むだろ」
「それもそうですね!」
私は封筒を投函箱へ入れた
少し遅れて、Pさんも自分の手紙を入れる
箱の中へ落ちる、小さな音が2回聞こえた
これで、5年後まで手紙とはお別れだ
「5年後って、遠いですね」
「いろんな仕事をして、ライブをしているうちに、案外すぐかもしれないぞ」
「それなら、たくさん思い出を作らないといけませんね!」
「そうだな」
「Pさんも一緒ですよ!」
「俺も?」
「5年後も隣にいるって、さっき言ったじゃないですか」
「覚えてるよ」
「忘れないでくださいね。約束です!」
私は小指を差し出した
Pさんが私の手を見る
「指切りまでするのか?」
「大事な約束ですから!」
「わかったよ」
Pさんも小指を差し出す
私たちは、その場で指切りをした
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます!」
「針千本は怖いな」
「それなら、絶対に守ってください!」
「ああ。未来も5年後まで、元気にアイドルを続けてくれよ」
「もちろんです!」
指が離れる
ほんの短い間触れただけなのに、小指にPさんの温かさが残っている気がした
「それじゃあ、髪留めの会計をして帰るか」
「あっ、そうでした!」
手紙に夢中になって、すっかり忘れていた
私は最初に選んだ髪留めを持ち、Pさんと一緒にレジへ向かった
---
店を出て、再び駅へ向かう
買った髪留めは、さっそく髪につけてみた
「どうですか、Pさん?」
私はPさんの前で振り返る
「似合ってるよ、未来」
「本当ですか?」
「ああ。選んで正解だったな」
「でへへ~。大切にしますね!」
Pさんが選んでくれた髪留め
見るたびに、今日のことを思い出せそうだ
少し歩いたところで、私は立ち止まった
「Pさん!」
「今度はどうした?」
「大事なことを思いつきました!」
「何だ?」
「次は、10年後の私たちにも手紙を書きましょう!」
「また書くのか?」
「はい! 5年後だけじゃ、その先のことがわかりませんから!」
「10年後だと、未来は24歳か」
「はい。立派な大人ですね!」
「大人になった未来か。想像できるような、できないような……」
「きっと、大人のトップアイドルになっていますよ!」
「もうトップアイドルになるところまで決めてるのか?」
「未来のことですから!」
「名前が未来だからって、何でもわかるわけじゃないだろ」
Pさんが呆れたように笑う
「でも、10年後もPさんは一緒ですよね?」
「ああ。10年後も未来の隣で頑張れるように、俺も負けずに頑張らないとな」
「それでは決まりです!」
「何が?」
「10年後の私たちにも、2人で手紙を書くことです!」
「勝手に決めたな」
「5年後も10年後も一緒なんですから、いいじゃないですか!」
Pさんは困ったような顔をしている
でも、嫌だとは言わなかった
「じゃあ、また今度な」
「はい!絶対ですよ!」
私はPさんの隣へ並び、駅へ向かって歩き出した
5年後の私は、今日の手紙を読んで何を思うのだろう
もしかしたら、書いた内容を見て恥ずかしくなるかもしれない
それでも、1つだけ叶っていてほしいことがある
5年後も、10年後も
私がアイドルとして笑っている時、その隣にPさんがいてくれること
「Pさん、早く行きましょう!」
「未来が立ち止まったんだろ」
「細かいことは気にしないでください!」
「はいはい」
私は少しだけ先へ走り、それからPさんを振り返る
未来のことは、まだ誰にもわからない
だからこそ、どんな楽しいことが待っているのか考えるだけで、わくわくする
それに、Pさんと一緒なら――
きっと5年後の私も、今と同じように笑っていると思う