アイドルたちは、今日も…… 作:しーすたー
「頑張らない」を頑張ります!
今日は、お仕事もレッスンもない休日だった
だから私、島村卯月は、事務所のレッスンルームで自主練習をしていた
「ワン、ツー、スリー、フォー……」
鏡に映る自分を確認しながら、昨日教えてもらった振り付けを繰り返す
昨日よりはよくなっていると思う
でも、ターンのあとの動きが少し遅れている気がした
「もう1回、頑張ります!」
音楽を最初から流そうとした時、レッスンルームの扉が開いた
「卯月?」
「Pさん?」
入り口には、鞄を持ったPさんが立っていた
「今日は休みじゃなかったか?」
「はい。お休みなので、自主練習をしようと思いまして」
「昨日も遅くまでレッスンしてただろ」
「でも、昨日教えてもらったところを、もう少し練習しておきたいんです」
「卯月」
Pさんが、再生しようとしていた音楽を止める
「今日は練習禁止」
「ええっ!?」
「昨日まで十分頑張ったんだから、今日は休むこと」
「でも、あと少しだけなら――」
「その『あと少し』を何回繰り返すつもりだ?」
「それは……上手にできるまでです!」
「やっぱり禁止だ」
Pさんは、私が持っていた音楽プレーヤーを取り上げてしまった
「そんなぁ……」
「休むのも大切だぞ
疲れたまま練習を続けたら、できることもできなくなる」
「まだ疲れていません
元気いっぱいです!」
私はその場で両腕を上げてみせる
「それに、せっかく事務所まで来たんですから、何もしないで帰るのはもったいないです」
「それなら、何か別のことをすればいいじゃないか」
「別のことですか?」
「自主練以外で、卯月が休日にしたいことだよ」
したいこと
急に聞かれると、なかなか思いつかない
「それでは、事務所のお掃除をします!」
「どうしてそうなるんだ」
「窓が少し曇っていますし、棚の上にも埃がありましたから」
「卯月が休日にしたいことを聞いたんだぞ」
「きれいになったら、みんな気持ちよく過ごせますよ?」
「そうだけど、今日は卯月を働かせたくないんだ」
「でしたら、Pさんのお仕事をお手伝いします!」
「もっと駄目だ」
「どうしてですか?」
「休みの日にまで俺の仕事を手伝わせたら、俺が怒られる」
「誰にですか?」
「俺の良心に」
Pさんはそう言うと、私の荷物を持ち上げた
「ほら、着替えてこい」
「帰るんですか?」
「いや。せっかく来たんだから、少し付き合ってくれ」
「Pさんにですか?」
「ああ」
何をするのかはわからない
それでも、Pさんから誘ってもらえたことが嬉しくて、私はすぐに頷いた
「はい!よろしくお願いします!」
「そんなに気合いを入れなくていいからな」
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着替えを終えた私は、Pさんと一緒に事務所を出た
「それで、どこへ行くんですか?」
「特に決めてないかな」
「決めていないんですか?」
「ああ。この辺りを歩いて、気になったものがあったら寄ってみよう」
「なんだか、楽しそうですね!」
私たちは並んで歩き始めた
商店街へ入ると、パン屋さんから焼きたてのパンの香りが漂ってくる
「わあ、いい匂いです!」
「寄ってみるか?」
「いいんですか?」
「そのために歩いてるんだろ」
店の前へ近づくと、ショーケースに動物の形をしたパンが並んでいた
クマ、ウサギ、ネコ
どれもかわいくて、食べるのがもったいなくなりそうだ
「Pさん、見てください
こっちのネコさん、少し困った顔をしています」
「本当だ。耳の形も左右で違うな」
「手作りらしくて、かわいいですね」
「卯月はどれにする?」
「買ってもいいんですか?」
「食べたいんだろ?」
私はパンを見比べる
どれも気になったけれど、一番笑顔に見えるクマのパンを選んだ
Pさんは、困った顔のネコを買っている
「Pさん、その子にしたんですね」
「ああ。見てるうちに放っておけなくなってきてな」
「ふふっ。Pさんらしいです」
「そうか?」
「はい。困っている子を、そのままにはできませんから」
Pさんは何か言いたそうに私を見た
「どうかしましたか?」
「いや。卯月に言われると説得力があると思って」
「私ですか?」
「ああ。卯月も、困ってる人を見るとすぐに手を貸すだろ」
「それは、私にできることならお手伝いしたいですから」
「だから、今日はその相手に自分も入れてくれ」
「自分も?」
「卯月が疲れていたら、卯月自身を休ませてやってほしいってこと」
Pさんの言っていることはわかる
でも、自分に何をしてあげればいいのかは、まだよくわからなかった
「難しいですね」
「すぐに上手くならなくてもいいよ」
「では、少しずつ練習します!」
「休む練習というのも妙な話だな……」
Pさんが苦笑する
私もおかしくなって、一緒に笑った
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パンを持ったまま歩いていると、小さな公園が見えてきた
花壇には色とりどりの花が咲き、芝生では子供たちが犬と遊んでいる
「Pさん、あそこで食べませんか?」
「ああ。そうしようか」
私たちは並んでベンチへ座った
袋からクマのパンを取り出す
「かわいいですね」
「さっきから何度も言ってるぞ」
「だって、本当にかわいいんです」
「そんなにかわいいかわいい言ってて、食べられるのか?」
「……少し難しいかもです」
クマの笑顔を見ていると、かじるのが申し訳なくなる
隣を見ると、Pさんもネコのパンを手にしたまま止まっていた
「Pさんも食べられないんですか?」
「思ったより困った顔で見てくるからな」
「ふふっ」
「笑うなよ
卯月だって同じだろ」
「そうですね」
顔を見合わせ、また笑う
いつまでも見つめているわけにもいかないので、私は意を決してパンを一口食べた
「あっ、美味しいです!」
「急に切り替わったな」
「Pさんのネコさんはどうですか?」
Pさんもパンを食べる
「こっちも美味しい
中にクリームが入ってるな」
「クリームですか?」
「食べてみるか?」
Pさんが、自分のパンをこちらへ差し出す
「えっ?」
「卯月のも違う味なんだろ?」
「あ、はい。私のはチョコレートです」
「それなら交換してみよう」
Pさんは何でもないことのように言っている
けれど、Pさんが一口食べたパンを私が食べて、私が食べたパンをPさんが食べるということは――
「卯月?」
「な、何でしょうか?」
「交換するのは嫌だったか?」
「ち、違います!」
思わず大きな声が出た
近くにいた子供たちがこちらを見る
恥ずかしくなり、私は少し声を落とした
「嫌ではありませんけど、その……」
「何か気になるのか?」
Pさんは、本当にわかっていないらしい
私だけが気にしているようで、ますます恥ずかしくなる
「なんでもありません
交換しましょう!」
私はPさんへクマのパンを差し出し、代わりにネコのパンを受け取った
Pさんが食べていないほうを探して、端から小さくかじる
確かに、甘いクリームが入っていた
「どうだ?」
「美味しいです」
「卯月のほうも美味しいな」
Pさんは、私が食べた場所をまったく気にせず、そのすぐ近くをかじっている
「P、Pさん!」
「どうした?」
「いえ……なんでもありません」
Pさんが平気なら、私だけが慌てるのもおかしい
そう思おうとしたけれど、顔が熱くなるのは止められなかった
「卯月、顔が赤くないか?」
「歩いたので、少し暑くなったみたいです!」
「さっきまで踊っても平気な顔をしてただろ」
「今のほうが暑いんです!」
「そうなのか?」
Pさんは不思議そうに首を傾げている
この人に気づいてもらうのは、きっと難しい
私は気持ちを落ち着かせるため、残っていたパンを食べることにした
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パンを食べ終えたあとも、私たちはベンチに座っていた
子供たちの笑い声が聞こえる
犬が投げられたボールを追いかけて走っている
風が吹くたび、花壇の花が小さく揺れていた
「あのワンちゃん、元気ですね」
「さっきからずっと走ってるな」
「飼い主さんのところへ戻るたびに、褒めてもらうのを待っているみたいです」
「嬉しそうな顔をしてる」
「かわいいですね」
何気ないことを話しながら、同じ景色を眺める
何か特別なことをしているわけではない
でも、退屈だとは思わなかった
「卯月」
「はい?」
「今日は楽しかったか?」
「はい。楽しいです!」
すぐに答えると、Pさんは安心したように笑った
「それならよかった」
「でも、こんなにのんびりしていてもいいんでしょうか?」
「休日なんだからいいんだよ」
「そう、ですよね」
頭ではわかっていたつもりだった
けれど、何もしていない時間にも意味があると言われると、少しだけ落ち着かない
「私、何かしているほうが安心するんです」
「うん」
「レッスンでも、事務所のお手伝いでも、私にできることがあるなら頑張りたいと思ってしまって」
「それは卯月のいいところだよ」
Pさんが、まっすぐ私を見る
「卯月が頑張ってくれるから、俺も頑張ろうと思える」
「私が、ですか?」
「ああ。いつも助けられてるよ」
その言葉が嬉しくて、自然と笑顔になる
「でもな」
Pさんが続ける
「頑張っていない卯月と一緒にいる時間だって、俺は好きだぞ」
「えっ?」
「今日みたいに、パンを選んだり、公園で話したりしてる卯月も楽しそうだからな」
胸が大きく跳ねる
Pさんは、私のことをアイドルとしてだけではなく、こうして何もしていない時にも見てくれていた
「Pさんは、今日楽しかったですか?」
「ああ。卯月と一緒だったからな」
「私と一緒だったから……」
「ああ」
Pさんは、ごく普通のことのように頷いた
私はそれ以上、何も聞けなくなった
たぶん、Pさんの言う「好き」は、私が期待したものとは少し違う
それでも、今は十分だった
「私も、Pさんと一緒だったから楽しかったです!」
「そっか」
「はい!」
Pさんが隣にいたから、ただ歩くだけでも楽しかった
見つけたものを伝えれば、Pさんも一緒に立ち止まってくれた
いつも目にしている花も、Pさんと並んで見ると少し違って見えた
休日の過ごし方がわからなかったのではない
私はきっと、Pさんと休日を過ごしたかったのだ
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事務所へ戻る頃には、空が夕方の色へ変わっていた
「今日はありがとうございました、Pさん」
「ちゃんと休めたか?」
「はい。途中で自主練のことを忘れていました」
「それはよかった」
Pさんが満足そうに頷く
「今度から、休日は自主練ばかりしないようにな」
「わかりました」
返事をしてから、少し考える
今日のような休日なら、また過ごしてみたい
けれど、次もPさんが一緒にいてくれるとは限らない
「あの、Pさん」
「どうした?」
「次のお休みは、いつですか?」
「俺のか?」
「はい」
Pさんはスマートフォンを取り出し、予定を確認する
「卯月と同じ日なら、来週の日曜日だな」
「それでは、その日も一緒に過ごしませんか?」
言ってしまった
Pさんが驚いたように私を見る
急に恥ずかしくなり、私は慌てて言葉を付け加える
「もちろん、Pさんに予定がなければですけど!」
「俺は構わないけど……また自主練を止めてほしいのか?」
「違います!」
反射的に否定する
「違うのか?」
「次は、最初からPさんと一緒にお休みを楽しみたいんです」
今度は、誤解されないように言った
Pさんは少し黙ったあと、柔らかく笑う
「わかった。それなら、どこへ行くか考えておくよ」
「本当ですか?」
「ああ。今日みたいに何も決めないのもいいけどな」
「それも楽しそうですね!」
次の休日もPさんと一緒にいられる
そう思うと、今から楽しみで仕方がない
「それでは、次のお休みも一緒に頑張りましょう!」
「何を頑張るんだ?」
「頑張らないことを、です!」
「結局、頑張るのか……」
Pさんが困ったように笑う
私も一緒になって笑った
頑張る日も楽しい
何かを見つけて、誰かの役に立てるのも嬉しい
でも、Pさんとなら、頑張らない時間も同じくらい大切にできる気がする
次の休日は、今日よりも少しだけ自然に休めるだろうか
もし上手にできなくても、きっと大丈夫
その時はまた、隣にいるPさんと一緒に笑えばいいのだから