アイドルたちは、今日も…… 作:しーすたー
鳥さんがいなくても
今日のお仕事が終わって、私、櫻木真乃はPさんと一緒に事務所へ戻ってきた
鞄へ荷物をしまっていると、後ろから小さなため息が聞こえた
振り返ると、Pさんが机の前で肩を回している
いつもより、ほんの少しだけ動きが重そうだった
今日は朝から、ずっと一緒にお仕事をしていた
移動している間も、Pさんは何度も予定を確認していた気がする
少し、お疲れなのかな
「Pさん」
「どうした、真乃?」
「今日は、もうお仕事は終わりですか?」
「ああ。急ぎのものはないから、そろそろ帰ろうと思ってる」
「そうなんですね」
それなら、少しくらい寄り道をしても大丈夫かもしれない
温かい飲み物を用意するのもよさそうだけれど、事務所に残っていたら、Pさんはまたお仕事を始めてしまいそうだった
「Pさん。今日は……少しだけ、遠回りして帰りませんか?」
「遠回り?」
「はい。近くの公園を通って、駅へ行きたいなと思って」
「構わないけど、何かあるのか?」
「夕方になると、かわいい声で鳴く鳥さんが来るんです」
木の葉が揺れる音や、鳥さんたちの声を聞きながら歩けば、Pさんも少しゆっくりできるかもしれない
それに、私もPさんともう少し一緒にいられる
どちらも本当の気持ちだった
「Pさんにも見てもらいたいなと思って」
「わかった。真乃がそこまで言うなら、行ってみようか」
「はいっ」
一緒に来てもらえることになった
嬉しくて、自然と笑顔になる
私が笑ったからか、Pさんも少しだけ笑ってくれた
「それでは、行きましょう」
「ああ。案内を頼むよ」
「はい。任せてください」
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事務所を出て、Pさんと並んで歩く
駅へ向かう道から少し外れると、車の音がだんだん遠くなっていった
代わりに聞こえてきたのは、風に揺れる木の葉の音と、鳥さんたちの声
建物の間へ隠れていた空も、ここでは少し広く見える
「今日は、たくさん鳴いていますね」
「もう目当ての鳥がいるのか?」
「まだです。今のはスズメさんですね」
「真乃は声だけでわかるのか?」
「はい。よく聞くと、みんな少しずつ違うんですよ」
私は足を止め、耳を澄ませる
「今、右の木から聞こえた声がスズメさんです」
「右の木……」
Pさんも立ち止まり、同じ方向へ顔を向ける
少しして、甲高い音が響いた
「今のか?」
「今のは、自転車のブレーキですね」
「鳥じゃなかったか」
「ふふっ。少し似ていました」
後ろから来た自転車が、私たちの横を通り過ぎていく
Pさんは少し恥ずかしそうに、その背中を見送っていた
Pさんでも、間違えることがあるんだ
いつもは私のことを見守ってくれているPさんの、少し珍しい顔を見つけた気がした
「慣れれば、Pさんにもわかりますよ」
「そうかな」
「はい。私がお教えします」
「それは頼もしいな」
頼もしいと言ってもらえると、嬉しい
私にできることでPさんの役に立てるのなら、頑張りたくなる
「むんっ。任せてください」
「気合いが入ってるな」
「今日は私が先生ですから」
Pさんが笑ってくれた
事務所にいた時よりも、少しだけ表情が柔らかく見える
誘ってよかった
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公園へ入ると、土と草の匂いがした
風が木の枝を揺らし、葉っぱの間から夕方の光がこぼれている
目当ての鳥さんは、まだ来ていないようだった
私は鳴き声を思い出し、Pさんへ聞かせてみる
「チチッ、チチッ……という感じで鳴くんです」
「今のが、その鳥の声か?」
「はい。もう少し高くて、澄んだ声ですけど」
「真乃が鳴いたら、鳥のほうから来るんじゃないか?」
「来てくれるでしょうか」
もう一度、小さく鳴きまねをしてみる
「チチッ、チチッ……」
葉っぱの揺れる音を聞きながら、少し待つ
今日はPさんも一緒だから、できれば顔を見せてほしい
心の中でお願いしてみたけれど、鳥さんからの返事はなかった
代わりに、隣から小さな音が聞こえた
「あ……」
「……今のは鳥じゃないぞ」
Pさんがお腹を押さえている
「ふふっ。はい。今度は私にもわかりました」
「昼が早かったからな」
「何か食べてから来ればよかったですね」
「いや、大丈夫だ。聞かなかったことにしてくれ」
Pさんは少し恥ずかしそうだった
こういうPさんを見るのも、珍しいかもしれない
「鳥さんの声を覚えるには、何度も聞くことが大切なんです」
「つまり?」
「今の音も、しっかり覚えておきますね」
「忘れてくれ」
Pさんが困ったように笑う
私も一緒に笑った
鳥さんはまだ来ていない
でも、Pさんの笑った声なら聞くことができた
それだけでも、ここへ来てよかったと思う
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目当ての場所へ着いたけれど、鳥さんの姿は見えなかった
私はPさんと一緒に、池の近くにあるベンチへ座る
「ここで少し待ってみましょう」
「ああ」
水面には夕方の空が映っている
風が吹くたびに揺れて、青と赤がゆっくり混ざり合っていた
小さな虫が水の上を飛び、池の向こうからは別の鳥さんの声が聞こえてくる
いつも見ている景色なのに、今日は少し違って見えた
隣にPさんがいて、同じ景色を見てくれている
それが、なんだか嬉しい
「静かだな」
「はい。私は、ここの空気が好きなんです」
「よく来るのか?」
「時々、日向ぼっこをしたり、鳥さんを見たりしています」
「真乃らしい過ごし方だな」
「そうでしょうか」
「ああ。のんびりしていて、落ち着く」
Pさんが背もたれへ体を預ける
その横顔は、事務所にいた時よりも穏やかに見えた
鳥さんはまだ来ていないけれど、Pさんは少し休めているみたい
よかった
「Pさん、お疲れだったみたいなので」
「気づいてたのか?」
「はい。事務所で肩を回していましたから」
「それで公園へ誘ってくれたのか」
「少しでも、ゆっくりできたらいいなと思って」
Pさんは少し驚いたように、こちらを見る
「ありがとう、真乃」
「いえ。私も、Pさんと一緒に来たかったので」
口にしてから、自分の言葉に驚いた
鳥さんを見てもらいたかったから、と答えることもできたのに
でも、今の言葉も嘘ではない
むしろ、一番伝えたかったことなのかもしれない
Pさんは、どんなふうに聞いたんだろう
そっと横を見ると、Pさんは穏やかに笑っていた
「俺も来てよかったよ」
「本当ですか?」
「ああ。真乃と一緒にいると、時間がゆっくり流れるみたいで落ち着く」
「私と一緒だと……」
「ああ。いつも助けられてる」
胸の奥が、ぽかぽかしてくる
私がPさんと一緒にいたいと思ったように、Pさんも私といる時間を大切にしてくれている
同じ気持ちなのかは、まだわからない
でも、同じベンチで同じ景色を見ていられることが嬉しかった
「真乃?」
「す、すみません。少し考えごとをしていました」
「そうか?」
「はい」
頬も少し熱くなっている気がする
夕方の日差しのせいだと思ってもらえたらいいけれど
その時、聞き覚えのある声がした
「あっ」
「どうした?」
「Pさん、来ました」
「どこだ?」
「向こうの木です」
私はベンチから立ち上がり、池のそばにある木を指さす
葉っぱの間に、小さな鳥さんが止まっていた
来てくれた
「あそこです。太い枝から、少し右のところにいます」
「太い枝……」
Pさんも立ち上がり、目を細める
「駄目だ。枝が重なっていて、よくわからない」
「もう少し右です」
「この辺りか?」
「そこから、少しだけ上です」
Pさんは一生懸命探しているけれど、なかなか見つけられない
せっかく来てくれたのだから、Pさんにも見つけてほしい
「私が見ているところを、そのまま見てください」
私はPさんの隣へ移動する
「もう少し、こちらです」
Pさんの肩へそっと手を添え、少しだけ向きを変える
「ここから、斜め上を見てください」
「斜め上……」
「はい。そのまま、もう少しだけ右へ――」
そこまで言って、Pさんとの距離に気づいた
近い
私の手は、まだPさんの肩に触れている
Pさんの横顔も、すぐそばにある
鳥さんを探していたはずなのに、Pさんのことばかりが目に入ってしまう
胸の中で、小さな鳥が急に羽ばたいたような気がした
「真乃?」
Pさんがこちらを向く
「ほ、ほわっ……!」
驚いて、思わず後ろへ下がる
鳥さんも驚いたのか、枝から飛び立ってしまった
「あっ……」
小さな姿は、木々の向こうへ消えていく
行ってしまった
「悪い。俺が振り向いたから」
「いえ。私が大きな声を出してしまったので……」
せっかく来てくれたのに、Pさんに見てもらえなかった
鳥さんにも悪いことをしてしまった
「すみません、Pさん。せっかく来てもらったのに」
「真乃が謝ることじゃないよ」
「でも、まだ見てもらえていません」
「鳥は見られなかったけど、来てよかった」
「本当ですか?」
「ああ。真乃と歩いて、いろんな声を聞いてたら、疲れも取れた気がする」
Pさんが私を見る
「それに、真乃の楽しそうな顔も見られたからな」
「私の顔、ですか?」
「ああ。鳥の話をしてる時の真乃は、本当に嬉しそうだった」
Pさんは、鳥さんだけではなく、私のことも見てくれていた
さっきまで沈んでいた気持ちが、少しずつ明るくなっていく
「真乃?」
「いえ。大丈夫です」
「何が?」
「なんでもありません」
この気持ちを全部言葉にするのは、まだ少し恥ずかしい
だから今は、胸の中へ大切にしまっておこう
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しばらく待ってみたけれど、鳥さんは戻ってこなかった
空も少しずつ、夕方の色を深くしている
「そろそろ帰ろうか」
「はい」
Pさんと一緒に、公園の出口へ向かう
結局、目当ての鳥さんをPさんに見てもらうことはできなかった
でも、来た時よりもPさんの表情は明るく見える
今日の寄り道は、少しだけPさんの役に立てたみたい
それに、私も楽しかった
私のほうが元気をもらってしまったのかもしれない
「Pさん」
「どうした、真乃?」
「また、一緒に来てもらえますか?」
「ああ。次こそ、その鳥を見ないとな」
「はい。でも……」
鳥さんを見てもらいたい気持ちは、本当
でも、今日この道をPさんと歩いて、鳥さんが来るかどうかよりも大切なことに気づいた
「もし次も鳥さんが来なくても、私は大丈夫です」
「どうして?」
「Pさんと一緒に歩けたら、それだけでも楽しいので」
言ってしまった
胸がどきどきする
恥ずかしくて俯きそうになるけれど、Pさんの返事は聞きたい
私はそのまま、Pさんの顔を見ていた
「俺も、真乃と歩くのは楽しいよ」
「本当ですか?」
「ああ。真乃の話を聞いていると、いつもの道にも、いろんなものがあるって気づけるからな」
Pさんも、私と歩く時間を楽しいと思ってくれている
私と同じ気持ちかどうかは、まだわからない
それでも、今は十分だった
「次は、もう少し早い時間に来ようか」
「いいんですか?」
「ああ。真乃のおすすめの場所も、もっと教えてほしい」
「はい。たくさんあります」
いつも鳥さんが集まる木
季節ごとに違う花が咲く道
晴れた日に、日の光がきれいに差し込む場所
Pさんと一緒に行きたいところが、次々と浮かんでくる
どこから案内しよう
考えているだけで、今から楽しみになる
「それは楽しみだ」
「では、次までに案内する場所を考えておきますね」
「あんまり予定を詰めすぎるなよ」
「大丈夫です。ゆっくり歩ける場所を選びますから」
Pさんが笑う
私も、つられて笑った
その時、背後から小さな鳴き声が聞こえた
チチッ、チチッ
私は足を止め、振り返る
木の上に、先ほどの鳥さんが戻ってきていた
「Pさん、今のです!」
「ああ。聞こえた」
「本当ですか?」
「真乃がまねしていたのと同じ声だな」
「はい。その鳥さんです」
今度は、Pさんにも聞いてもらえた
戻ってきてくれた鳥さんへ、心の中でお礼を言う
「これで覚えましたか?」
「たぶん」
「たぶん、ですか?」
「忘れたら、また真乃に教えてもらうよ」
「それでは、また一緒に来ないといけませんね」
「ああ。そうだな」
Pさんは、すぐに頷いてくれた
次の約束ができたことが嬉しくて、頬が緩んでしまう
「次に来るまで、忘れないでくださいね」
「鳥の声を?」
「それも、です」
「ほかにも何かあったか?」
「ふふっ。なんでもありません」
Pさんは首を傾げている
やっぱり、まだ気づいていないみたい
でも、今はそれでいい
私たちは、また並んで歩き出す
鳥さんが来てくれたら、もちろん嬉しい
でも、もし会えない日があっても
Pさんが隣にいてくれるなら、その日もきっと、心がぽかぽかするような寄り道になると思う