『百獣のカイドウ、化猫の宿で居候になる 』   作:パスカルDX

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オリキャラがでます!


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オリキャラ、サクラ


第11話 最強生物、連合軍の美しすぎる指揮官を警戒する

第11話 最強生物、連合軍の美しすぎる指揮官を警戒する

 

 

 六魔将軍討伐連合軍の出発まで、あと二日。

 

 化猫の宿では、朝から慌ただしく準備が進められていた。

 

 広間の長机には、包帯、傷薬、解毒薬、魔力回復用の薬草、保存食、水筒、携帯用の毛布が整然と並べられている。

 

 ウェンディとシャルルは、その一つ一つを確認していた。

 

「包帯は、これで三十本ね」

 

「もう少しあった方がいいかな?」

 

「連合軍には治療を受ける人が多いかもしれないわ。念のため、十本追加しましょう」

 

「うん」

 

 ウェンディは頷き、倉庫から新しい包帯を持ってこようとする。

 

 だが。

 

 椅子から立ち上がった瞬間。

 

 巨大な手が、彼女の肩を押さえた。

 

「座ってろ」

 

「カイドウさん?」

 

「おれが取ってくる」

 

「包帯の場所が分かるんですか?」

 

「倉庫だろ」

 

「倉庫のどこです?」

 

「棚だ」

 

「棚が十二個あります」

 

「全部持ってくる」

 

「駄目です!」

 

 ウェンディは慌ててカイドウの上着を掴んだ。

 

「必要な物だけ持ってきてください!」

 

「探すのが面倒だ」

 

「全部運ぶ方が大変でしょう!」

 

「軽い」

 

「重さの問題ではありません!」

 

 カイドウは、今日も普段通りだった。

 

 否。

 

 正確には、普段以上に落ち着きがなかった。

 

 ウェンディが連合軍へ参加すると決まってからというもの、彼の過保護はさらに悪化している。

 

 出発用の鞄を一日に七回確認し。

 

 保存食の量を勝手に増やし。

 

 薬草の中に毒が混じっていないか匂いを嗅ぎ。

 

 水筒の蓋が緩くないか、自分の力で締めすぎて開かなくした。

 

 夜になれば、ウェンディの部屋の前で見張り。

 

 朝になれば、服装と靴底を確認する。

 

 靴紐が少しでも緩ければ、その場で結び直す。

 

 ただし、カイドウの指では細い靴紐を扱いにくいため、毎回巨大な結び目ができてしまう。

 

「この結び目では歩けません!」

 

「ほどけねェ」

 

「ほどくこともできません!」

 

「なら切れ」

 

「新しい靴ですよ!」

 

 その騒動が、今朝だけですでに二度起きていた。

 

「ウェンディ」

 

 シャルルが呆れた顔で言う。

 

「この男を集合地点へ連れていく方が、六魔将軍と戦うより大変かもしれないわ」

 

「聞こえてるぞ、白狸」

 

「エクシードよ」

 

「カイドウさんは集合地点までです」

 

 ウェンディは強調した。

 

「着いたら、化猫の宿へ帰ってくださいね」

 

「考えておく」

 

「約束しました!」

 

「助けを呼ばれるまで待つとは言った」

 

「はい」

 

「どこで待つかは決めてねェ」

 

「ここで待ってください!」

 

「集合地点の近くで待つ」

 

「それでは帰ったことになりません!」

 

「森の中に隠れる」

 

「カイドウさんが隠れられると思いますか?」

 

 巨大な体。

 

 二本の角。

 

 人間離れした気配。

 

 さらに、少しでも不機嫌になれば周囲の動物たちが逃げ出す。

 

 木の後ろへ立っても、両肩と角が完全に出るだろう。

 

「龍になって雲の中へ隠れる」

 

「もっと目立ちます!」

 

「小さくなる」

 

「できるんですか?」

 

「できねェ」

 

「では言わないでください!」

 

 朝から響く、いつもの言い争い。

 

 ローバウルは広間の奥で、その様子を静かに眺めていた。

 

 表情には穏やかな笑み。

 

 だが、その手には六魔将軍に関する資料が握られている。

 

 連合軍結成。

 

 四つの正規ギルドから集められる精鋭。

 

 闇ギルドの頂点の一角。

 

 古代魔法ニルヴァーナ。

 

 戦いが始まれば、何が起きるか分からない。

 

 ウェンディが無事に戻る保証もない。

 

 そして。

 

 ローバウル自身にも、残された時間は多くなかった。

 

「マスター?」

 

 ウェンディが呼ぶ。

 

 ローバウルは我に返った。

 

「どうしました?」

 

「いや。何でもない」

 

「少し顔色が悪いですよ」

 

「年寄りじゃからのう。朝は体が重いのじゃ」

 

「治療しましょうか?」

 

「必要ない」

 

 ローバウルは笑った。

 

「出発前のお前が、無駄に魔力を使うことはない」

 

「でも」

 

「本当に大丈夫じゃ」

 

 ウェンディは心配そうに彼を見る。

 

 その隣。

 

 カイドウは、ローバウルを鋭く見つめていた。

 

「ジジイ」

 

「何じゃ?」

 

「また何か隠してるな」

 

 ローバウルの目が僅かに細くなる。

 

「何のことじゃ」

 

「マグノリアへ行く前も同じ顔をしてた」

 

「お主の思い過ごしじゃ」

 

「そうか」

 

 カイドウはそれ以上追及しなかった。

 

 だが、納得したわけではない。

 

 人の嘘。

 

 敵意。

 

 恐怖。

 

 長年、裏切りと戦場の中で生きてきたカイドウは、それらを見抜くことに慣れている。

 

 ローバウルは、確実に何かを隠している。

 

 しかも。

 

 それはウェンディに関係することだった。

 

 カイドウが口を開こうとした、その時。

 

 化猫の宿の外。

 

 森の向こうから、巨大な魔力が近づいてきた。

 

「……」

 

 カイドウの顔が変わる。

 

 シャルルも耳を動かした。

 

「何か来るわ」

 

「魔物ですか?」

 

 ウェンディが立ち上がる。

 

「違う」

 

 カイドウも椅子から立った。

 

「人間だ」

 

 低い声。

 

「かなり強ェ」

 

 直後。

 

 化猫の宿を包む森へ、白い光が差し込んだ。

 

          ◇◇◇

 

 その光は、太陽のものではなかった。

 

 森の木々の隙間から入り込んだ白い光は、淡い桜色を帯び、風もないのに花びらのような光の粒を舞わせていた。

 

 空気が変わる。

 

 清らかでありながら。

 

 同時に、圧倒的な威厳を秘めた魔力。

 

 宿にいた魔導士たちが一斉に入り口へ視線を向ける。

 

「敵か?」

 

 カイドウの口元が上がった。

 

「違います!」

 

 ウェンディが反射的に言う。

 

「まだ誰かも分かっていません!」

 

「強い奴が来る」

 

「だからって戦おうとしないでください!」

 

「向こうが喧嘩を売ってきたら仕方ねェ」

 

「普通に挨拶してください!」

 

 シャルルは窓の外を確認する。

 

 木々の上。

 

 白い翼を広げた人影が、ゆっくりと降下してくる。

 

「人が飛んでいるわ」

 

「エクシードではなく?」

 

「人間よ」

 

 白い翼。

 

 それは鳥のものではない。

 

 純白の魔力によって形作られた、巨大な天使の翼だった。

 

 羽ばたくたび。

 

 光の羽根が舞い落ち。

 

 木々へ触れた光は、傷んだ枝や葉を鮮やかに蘇らせていく。

 

「治癒魔法……?」

 

 ウェンディが目を見開いた。

 

 人影は、化猫の宿の前へ静かに降り立った。

 

 魔力の翼が消える。

 

 光の羽根も、空気へ溶けるように消えていった。

 

 現れたのは、一人の女性だった。

 

 腰まで届く、長い桜色の髪。

 

 風になびく髪は、光を受けて淡い輝きを放っている。

 

 瞳もまた、鮮やかな桜色。

 

 白を基調とした長い外套には、金色の縁取りと肩飾り。

 

 胸元には赤い宝石の首飾り。

 

 腰には桜色の短いスカート。

 

 左肩には、《妖精の尻尾》の紋章が刻まれていた。

 

 美しい。

 

 その一言だけでは足りないほど、目を引く容姿。

 

 だが。

 

 彼女が人々の視線を集める理由は、美しさだけではない。

 

 全身から漂う魔力。

 

 力を抑えているにもかかわらず、周囲の空気が彼女を中心に動いているように感じられる。

 

 妖精の尻尾所属の魔導士。

 

 天使魔法の使い手。

 

 そして。

 

 魔法評議院から、大陸でも特に優れた十人の魔導士として認められた存在。

 

 聖十大魔導。

 

 サクラ・ヴィンセント。

 

「化猫の宿で、間違いありませんね」

 

 サクラは、宿の建物を見上げた。

 

 柔らかく。

 

 それでいてよく通る声。

 

「妖精の尻尾より参りました。サクラ・ヴィンセントと申します」

 

 ローバウルが杖をつき、入り口へ向かう。

 

「遠いところを、よく来てくださった」

 

「ローバウル殿ですね」

 

 サクラは胸へ手を当て、丁寧に頭を下げた。

 

「今回の連合軍において、指揮を任されました。出発前に、化猫の宿の代表者と直接お話ししたいと思い、訪問させていただきました」

 

「連合軍の指揮官?」

 

 ウェンディが小さく呟く。

 

 サクラの視線が、彼女へ向いた。

 

 桜色の瞳が、優しく細められる。

 

「あなたが、ウェンディ・マーベルさんですね」

 

「は、はい!」

 

 ウェンディは慌てて姿勢を正した。

 

「化猫の宿所属、天空の滅竜魔導士のウェンディ・マーベルです!」

 

 緊張のあまり、声が少し裏返る。

 

 サクラは微笑んだ。

 

「お会いできて光栄です」

 

「こ、こちらこそ!」

 

「マカロフ様から、お話を聞いています。若くして優れた治癒魔法を使い、天空の滅竜魔法まで操る、とても将来有望な魔導士だと」

 

「そ、そんな。私はまだ……」

 

 ウェンディの頬が赤くなる。

 

 聖十大魔導から、直接褒められた。

 

 嬉しさ。

 

 恥ずかしさ。

 

 緊張。

 

 さまざまな感情が混ざり、どのような表情をすればいいか分からない。

 

 サクラはウェンディへ近づいた。

 

「今回、あなたが参加してくださることを、とても心強く思います」

 

 手を差し出す。

 

 ウェンディも両手で握ろうとした。

 

 だが。

 

 二人の手が触れる直前。

 

 巨大な手が、間へ入った。

 

「待て」

 

 低い声。

 

 サクラが顔を上げる。

 

 カイドウが、ウェンディの前へ立っていた。

 

 サクラほど背の高い女性でも、カイドウと比べれば小さく見える。

 

 彼女はカイドウの顔を見上げた。

 

 二本の角。

 

 黒い長髪。

 

 圧倒的な体格。

 

 そして、その奥に眠る龍の力。

 

「あなたが」

 

 サクラの桜色の瞳が僅かに鋭くなる。

 

「百獣のカイドウですね」

 

「ああ」

 

「マカロフ様とラクサスから伺っています」

 

「雷の小僧は、何と言ってた」

 

「非常に強く、非常に面倒で、非常に酒臭い男だと」

 

 広間が静まり返った。

 

 シャルルが口元を押さえる。

 

 ウェンディも、笑いを堪えるように俯く。

 

 カイドウの眉間に深い皺が刻まれた。

 

「あの小僧……」

 

「間違っていないわ」

 

 シャルルが言う。

 

「白狸」

 

「エクシードよ」

 

「酒臭くねェ」

 

「昨夜も飲んでいたでしょう」

 

「一杯だけだ」

 

「二杯目を勝手に注ごうとしました」

 

「杯の大きさを確認した」

 

「また、その言い訳ですか!」

 

 ウェンディが叫ぶ。

 

 サクラは、そのやり取りを見て少し目を丸くした。

 

 マカロフから聞いた話。

 

 異世界から来た龍。

 

 ラクサスと互角に殴り合った怪物。

 

 国を滅ぼしかねない力を持つ危険人物。

 

 その男が。

 

 小さな少女に酒の量を管理されている。

 

「それで」

 

 カイドウは、サクラを見下ろす。

 

「なぜウェンディへ触ろうとした」

 

「握手です」

 

「必要ねェ」

 

「初対面の挨拶ですが」

 

「口で十分だ」

 

「カイドウさん!」

 

 ウェンディがカイドウの上着を引く。

 

「サクラさんは連合軍のリーダーです!」

 

「知ってる」

 

「挨拶をしてくださったんです!」

 

「危険かもしれん」

 

「妖精の尻尾の魔導士ですよ!」

 

「聖十大魔導です」

 

 サクラが静かに付け加えた。

 

 カイドウの目が光る。

 

「聖十大魔導?」

 

「はい」

 

「強いのか」

 

 サクラは僅かに微笑んだ。

 

「少なくとも、連合軍の皆様を守る責任を任される程度には」

 

 カイドウの口元が上がる。

 

「ウォロロロロ」

 

 ウェンディの顔が青くなる。

 

「カイドウさん」

 

「何だ」

 

「戦いませんよ」

 

「まだ何も言ってねェ」

 

「顔が戦う気です!」

 

「強い奴へ、強いか聞いただけだ」

 

「笑い方が悪党です!」

 

 サクラは、カイドウを真っ直ぐ見つめていた。

 

 圧倒的な威圧感。

 

 普通の魔導士なら、目を合わせるだけで足が震える。

 

 だが。

 

 サクラは微動だにしない。

 

「手合わせをご希望ですか?」

 

「サクラさん!?」

 

 ウェンディが驚く。

 

「面白ェ」

 

 カイドウの笑みが深くなる。

 

「カイドウさん!」

 

「ただし」

 

 サクラは続ける。

 

「今は、その時ではありません」

 

 カイドウの笑みが少し消える。

 

「六魔将軍との戦いを控えています。味方同士で無駄に魔力や体力を消耗することは、指揮官として許可できません」

 

「おれは連合軍の一員じゃねェ」

 

「では、なおさらです」

 

 サクラは静かに言い切った。

 

「部外者との戦闘へ、時間を使う理由がありません」

 

「部外者だと?」

 

 カイドウの周囲に、僅かに黒い稲妻が走る。

 

 宿の者たちが息を呑む。

 

 サクラの長い桜色の髪が、圧力を受けて揺れた。

 

 それでも。

 

 彼女の表情は変わらない。

 

「正式な連合軍の参加者ではないのでしょう?」

 

「ああ」

 

「ならば、私の判断は正しいはずです」

 

「おれが誰か知って言ってるのか」

 

「百獣のカイドウ」

 

 サクラは答える。

 

「異世界から来た龍。圧倒的な肉体と、魔法とは異なる力を持つ。ラクサスと互角以上に戦い、山を破壊した」

 

「半分は雷の小僧だ」

 

「そこを訂正する必要がありますか?」

 

「ああ」

 

「では、山を半分破壊した危険人物」

 

「言い方が悪くなってねェか」

 

「事実です」

 

 サクラは一歩も退かない。

 

 カイドウの目が細くなる。

 

「強いだけじゃねェな」

 

「褒め言葉として受け取ります」

 

「気に入った」

 

「私は、まだあなたを気に入っていません」

 

「はっきり言う女だな」

 

「指揮官として、危険な人物を警戒するのは当然です」

 

 二人の間に、見えない火花が散る。

 

 ウェンディは慌てて間へ入った。

 

「二人とも、喧嘩は駄目です!」

 

「私は喧嘩をしていません」

 

 サクラが答える。

 

「おれもだ」

 

 カイドウも言う。

 

「どう見ても、喧嘩の直前です!」

 

 シャルルが溜息を吐く。

 

「サクラという人も、かなり気が強そうね」

 

「聞こえていますよ、白いエクシードさん」

 

「シャルルよ」

 

「失礼しました、シャルルさん」

 

「白狸とは大違いね」

 

「誰が白狸だ」

 

「あなたが毎日呼ぶからでしょう!」

 

          ◇◇◇

 

 サクラを広間へ迎え。

 

 ローバウルは、彼女のために温かい茶を用意させた。

 

 長机の中央。

 

 ローバウル。

 

 サクラ。

 

 ウェンディ。

 

 シャルル。

 

 そしてカイドウが席につく。

 

 正確には。

 

 カイドウだけは、サクラとウェンディの間へ無理やり椅子を置こうとした。

 

「カイドウさん」

 

「何だ」

 

「そこは狭いです」

 

「おれが座る」

 

「椅子が入りません!」

 

「机を動かす」

 

「壊れます!」

 

「少しだ」

 

「カイドウさんの少しは信用できません!」

 

 結局。

 

 カイドウはウェンディの真後ろへ座ることになった。

 

 椅子へ深く腰を下ろし。

 

 腕を組み。

 

 サクラを見張る。

 

「……」

 

 サクラは茶を一口飲んだ後、カイドウを見た。

 

「先ほどから、なぜ私を見ているのですか?」

 

「見張りだ」

 

「私は敵ではありません」

 

「まだ分からん」

 

「妖精の尻尾所属です」

 

「知ってる」

 

「連合軍の指揮官です」

 

「知ってる」

 

「聖十大魔導です」

 

「それが怪しい」

 

「聖十大魔導であることが?」

 

「強い奴ほど、何を考えてるか分からん」

 

 サクラは少し考えた。

 

「それは、あなた自身にも当てはまるのでは?」

 

 シャルルが吹き出した。

 

 ウェンディも口元を押さえる。

 

 カイドウの眉が動く。

 

「おれは分かりやすい」

 

「確かに」

 

 サクラは頷いた。

 

「戦いたい。酒を飲みたい。ウェンディさんを守りたい」

 

「最後が違ェ」

 

「違わないわ」

 

 シャルルが言う。

 

「違いません」

 

 ウェンディも続けた。

 

「マグノリアでも、ずっと私の手を繋いでいたんですよ」

 

「人が多かった」

 

「診療所では、男の助手さんを尋問しました」

 

「怪しかった」

 

「青い天馬の使者さんにも、家族構成を聞きました」

 

「あいつも怪しかった」

 

「まだ続きがありますか?」

 

 サクラが尋ねる。

 

「たくさんあります」

 

 ウェンディは指を折って数え始める。

 

「町で水たまりがあると、勝手に抱き上げます」

 

「転ぶ」

 

「森では、五歩以上離れません」

 

「魔物が出る」

 

「私の靴底を毎朝確認します」

 

「減ってる」

 

「食事では、お肉を勝手に増やします」

 

「成長期だ」

 

「夜は部屋の前で寝ます」

 

「見張りだ」

 

「連合軍へ行くと決まってから、鞄を一日に七回確認します」

 

「六回だ」

 

「七回です!」

 

「一回は、酒が入るか確認しただけだ」

 

「それも数えます!」

 

 サクラは、しばらく黙っていた。

 

 やがて。

 

「なるほど」

 

 小さく頷く。

 

「完全にお父様ですね」

 

「違ェ!」

 

 カイドウの怒声が響く。

 

 茶の表面が波打った。

 

「大声を出さないでください!」

 

 ウェンディが叱る。

 

「父親じゃねェ!」

 

「では、保護者ですか?」

 

「護衛だ」

 

「頼んでいません!」

 

「しかし」

 

 サクラは微笑む。

 

「ウェンディさんを大切にされていることは、よく分かりました」

 

「別に大切にしてねェ」

 

「では、連合軍へ参加する彼女が怪我をしても問題ないのですか?」

 

「誰が怪我をさせる」

 

 カイドウの声が一瞬で低くなる。

 

 机に置かれた杯が、小さく震えた。

 

「ウェンディへ傷一つつけたら」

 

「つけたら?」

 

「六魔将軍だろうが連合軍だろうが、まとめて潰す」

 

「カイドウさん!」

 

「あなたのせいで連合軍まで敵にしないでください!」

 

「怪我をさせる方が悪い」

 

「戦いへ行くんです!」

 

「だから、おれがついていく」

 

「集合地点までです!」

 

 サクラはカイドウを観察する。

 

 怒り。

 

 執着。

 

 不器用な心配。

 

 それらすべてが、ウェンディへ向けられていた。

 

 危険な男。

 

 それは間違いない。

 

 だが。

 

 少なくとも、ウェンディを意図的に傷つけることはない。

 

 むしろ。

 

 彼女が傷ついた場合、六魔将軍以上の災害になる可能性がある。

 

「一つ確認させてください」

 

 サクラが言う。

 

「何だ」

 

「連合軍の集合地点まで、ウェンディさんへ同行する予定なのですね?」

 

「ああ」

 

「その後は?」

 

「残る」

 

「帰ります」

 

 ウェンディが同時に答えた。

 

 サクラは二人を交互に見る。

 

「どちらですか?」

 

「残る」

 

「帰ります!」

 

「おれが決める」

 

「マスターが決めました!」

 

「おれは化猫の宿の魔導士じゃねェ」

 

「背中に紋章があります!」

 

 カイドウの背中には、化猫の宿の紋章が刻まれている。

 

 本人は客だと言い張っていたが、いつの間にか依頼を受け。

 

 報酬から修理代を引かれ。

 

 ギルドの仕事を手伝っている。

 

 どう見ても、立派な所属魔導士だった。

 

「お主は、わしの許可を得て依頼を受けておる」

 

 ローバウルが言う。

 

「なら、わしの指示へ従ってもらう」

 

「ジジイ」

 

「何じゃ」

 

「今だけ客へ戻る」

 

「都合のいい時だけ戻らないでください!」

 

 ウェンディが叫ぶ。

 

「では」

 

 サクラは茶の杯を置く。

 

「指揮官として、私から明確に申し上げます」

 

 空気が変わった。

 

 先ほどまでの柔らかな雰囲気。

 

 それが消えたわけではない。

 

 だが。

 

 声には、聖十大魔導としての威厳が宿っていた。

 

「百獣のカイドウ。あなたの連合軍への無断参加は認めません」

 

「お前に決められるのか」

 

「今回の指揮官は私です」

 

「おれに命令するのか」

 

「連合軍の活動地域へ入るならば」

 

 サクラの背後へ、白い光が集まる。

 

 一対の天使の翼が、ゆっくりと広がった。

 

 宿の広間が、清らかな魔力で満たされていく。

 

「私の指示に従っていただきます」

 

 カイドウの周囲へ。

 

 黒い稲妻が走る。

 

「従わなかったら?」

 

「連合軍とウェンディさんの安全を脅かす者として、私が排除します」

 

 正面から。

 

 何の迷いもなく。

 

 サクラは百獣のカイドウへ言い切った。

 

 宿にいた魔導士たちが息を呑む。

 

 ローバウルは目を細め。

 

 シャルルは身構える。

 

 ウェンディは慌てて立ち上がった。

 

「サクラさん!」

 

「心配はいりません」

 

 サクラは、カイドウから視線を逸らさない。

 

「今すぐ戦うつもりはありません」

 

「おれはあるぞ」

 

「カイドウさん!」

 

「面白ェ女だ」

 

 カイドウが立ち上がる。

 

 椅子が後方へ倒れた。

 

 床は壊れていない。

 

 だが。

 

 彼の体から溢れ出す圧力により、窓が震え始める。

 

「おれを排除する?」

 

「必要ならば」

 

「聖十大魔導だからできると思ってんのか」

 

「できるかどうかではありません」

 

 サクラの翼から、白い羽根が舞う。

 

「しなければならない時は、します」

 

「ウォロロロロ!」

 

 カイドウが大きく笑った。

 

「ますます気に入った!」

 

「私は、あなたを気に入っていないと言ったはずです」

 

「強がる奴は嫌いじゃねェ」

 

「強がりではありません」

 

「なら試すか」

 

 カイドウの右腕へ、青い鱗が浮かび上がる。

 

 サクラの背後には、巨大な光輪。

 

 その中から、白い剣を持つ天使の影が現れようとしていた。

 

「やめてくださあああああい!」

 

 ウェンディの叫びが、広間へ響き渡った。

 

 二人の魔力が止まる。

 

 ウェンディは、カイドウとサクラの間へ立っていた。

 

 両手を広げ。

 

 頬を膨らませ。

 

 明らかに怒っている。

 

「何をしているんですか!」

 

「こいつが、おれを排除すると言った」

 

「カイドウさんが無断でついてくると言うからです!」

 

「お前を守る」

 

「私は連合軍のみんなと行きます!」

 

「指揮官が信用できん」

 

「まだ会ったばかりでしょう!」

 

「おれを排除すると言った」

 

「カイドウさんが挑発したんです!」

 

「先に命令したのはこいつだ」

 

「指揮官だからです!」

 

 ウェンディは今度はサクラを見る。

 

「サクラさんもです!」

 

「はい」

 

「カイドウさんの挑発へ乗らないでください!」

 

「申し訳ありません」

 

 サクラは素直に頭を下げた。

 

「指揮官として、彼の危険性を確認する必要があると判断しました」

 

「確認のために戦わないでください!」

 

「以後、注意します」

 

「……」

 

 ウェンディは目を瞬かせた。

 

 素直。

 

 カイドウとは違い、叱られればすぐに謝る。

 

「分かってくださればいいです」

 

「ありがとうございます」

 

 サクラは微笑む。

 

 ウェンディも、少し安心したように笑った。

 

 その光景を見て。

 

 カイドウの顔が、僅かに険しくなる。

 

「おい」

 

「何ですか?」

 

「なぜ、こいつには優しい」

 

「謝ってくれたからです」

 

「おれも謝ればいいのか」

 

「謝れますか?」

 

「……」

 

 カイドウは黙る。

 

 シャルルが鼻で笑った。

 

「できないでしょう」

 

「できる」

 

「では、言ってみなさい」

 

 カイドウはサクラを見る。

 

 サクラも待つ。

 

「……」

 

 長い沈黙。

 

 カイドウの口が僅かに開く。

 

「悪かった」

 

 非常に小さな声だった。

 

「聞こえませんでした」

 

 サクラが言う。

 

 カイドウの額に青筋が浮かぶ。

 

「聞こえてただろ」

 

「指揮官として、正確に確認する必要があります」

 

「お前、性格が悪いな」

 

「褒め言葉として受け取ります」

 

「サクラさん」

 

 ウェンディが苦笑する。

 

「カイドウさんは、今ので精いっぱいなので……」

 

「そうなのですか?」

 

「はい。たぶん」

 

「たぶんとは何だ」

 

「カイドウさん、もう一度です」

 

「嫌だ」

 

「謝ってください」

 

「一度言った」

 

「サクラさんに聞こえていません」

 

「聞こえてた」

 

「もう一度です!」

 

 ウェンディが両手を腰へ当てる。

 

 カイドウは彼女を見る。

 

 次にサクラ。

 

 最後に、広間の奥に置かれた酒樽を見る。

 

「今夜の一杯」

 

 ウェンディが静かに言う。

 

 カイドウの顔が歪んだ。

 

「……悪かった」

 

 今度は、広間全体に聞こえる声だった。

 

 サクラは満足そうに頷く。

 

「謝罪を受け入れます」

 

「二度と言わん」

 

「次に悪いことをしたら、また言ってもらいます」

 

 ウェンディが答える。

 

「面倒だ」

 

「その言葉は禁止です!」

 

 緊張していた宿の魔導士たちから、笑い声が漏れた。

 

          ◇◇◇

 

「それでは、本題へ入りましょう」

 

 騒ぎが落ち着いた後。

 

 サクラは、連合軍に関する資料を机へ広げた。

 

 フィオーレ王国の南東部。

 

 広大な森。

 

 その中にある、青い天馬所有の別荘。

 

 さらに奥には、古代都市の遺跡が点在している。

 

「現在、六魔将軍はこの一帯を中心に活動しています」

 

 サクラが地図の森を指差す。

 

「ニルヴァーナも、この地域に存在すると考えられています」

 

「六魔将軍の居場所は分かっているんですか?」

 

 ウェンディが尋ねる。

 

「正確には分かっていません」

 

「では、集合後に捜索するんですか?」

 

「はい。ただし」

 

 サクラは、別の資料を開いた。

 

「彼らも、連合軍が結成されたことを把握している可能性があります」

 

「待ち伏せね」

 

 シャルルが言う。

 

「その危険があります」

 

「敵が来るなら、探す手間が省ける」

 

 カイドウが言う。

 

「あなたは参加しません」

 

 サクラが即座に返す。

 

「まだ言うか」

 

「何度でも言います」

 

「本当に気が強い女だな」

 

「聖十大魔導ですから」

 

 ウェンディは資料へ目を通す。

 

 六魔将軍。

 

 コブラ。

 

 レーサー。

 

 エンジェル。

 

 ホットアイ。

 

 ミッドナイト。

 

 ブレイン。

 

 六人の名。

 

 だが。

 

 使用する魔法については、不明な点も多い。

 

「情報が少ないですね」

 

「闇ギルドです。自分たちの能力を簡単には公開しません」

 

 サクラは頷く。

 

「だからこそ、連合軍では各ギルドの連携が重要になります」

 

「妖精の尻尾からは、誰が参加するんですか?」

 

「ナツ、グレイ、エルザ、ルーシィ、ハッピー」

 

 話で聞いた顔ぶれ。

 

 ウェンディは安心する。

 

「青い天馬は?」

 

「一夜、ヒビキ、レン、イヴ」

 

 カイドウの顔が険しくなる。

 

「男が四人」

 

「またですか」

 

 ウェンディが溜息を吐く。

 

 サクラはカイドウを見る。

 

「何か問題がありますか?」

 

「ウェンディへ近づけるな」

 

「連合軍の仲間です」

 

「男だ」

 

「だから何です?」

 

「危険だ」

 

「六魔将軍よりも?」

 

「ああ」

 

「カイドウさん!」

 

 ウェンディが立ち上がる。

 

「青い天馬の皆さんは味方です!」

 

「男は何を考えてるか分からん」

 

「カイドウさんも男でしょう!」

 

「おれは分かりやすい」

 

「それは先ほど認めました」

 

 サクラが言う。

 

「酒、戦い、ウェンディさん」

 

「最後を勝手に入れるな」

 

「間違っていますか?」

 

「……」

 

 カイドウは答えない。

 

 サクラは話を続けた。

 

「蛇姫の鱗からは、ジュラ、リオン、シェリー」

 

「ジュラ」

 

 カイドウが反応する。

 

「十聖大魔道だな」

 

「はい」

 

「お前とどちらが強い」

 

「魔導士の強さは、単純に比較できません」

 

「戦えば分かる」

 

「戦いません」

 

「つまらん」

 

「連合軍は、あなたの強者探しの場ではありません」

 

「強い奴が何人もいるんだろ」

 

「います」

 

「なら行く」

 

「帰ってください」

 

「嫌だ」

 

「駄目です」

 

 カイドウとサクラ。

 

 互いに一歩も譲らない。

 

 ウェンディは頭を抱える。

 

「どうして、この二人はこんなに相性が悪いんですか……」

 

「似ているからでしょう」

 

 シャルルが答えた。

 

「どこがだ」

 

「どこがですか?」

 

 二人の声が重なる。

 

「そういうところよ」

 

「一緒にするな」

 

「一緒にしないでください」

 

 また重なる。

 

 ローバウルが静かに笑った。

 

「連合軍の指揮は、任せられそうじゃな」

 

「本当に?」

 

 シャルルは疑わしそうにサクラを見る。

 

「カイドウと会話を続けられる時点で、精神力は十分じゃ」

 

「確かに」

 

「どういう意味だ」

 

 カイドウが低い声で言う。

 

「褒めているんじゃよ」

 

「そうは聞こえん」

 

          ◇◇◇

 

 説明が一段落した後。

 

 サクラはウェンディへ視線を向けた。

 

「あなたの魔法について、少し確認してもよろしいですか?」

 

「はい」

 

「天空の滅竜魔法。治癒、状態異常の解除、身体能力の強化。そして戦闘魔法」

 

「はい。まだ未熟ですけど」

 

「謙遜する必要はありません」

 

 サクラは優しく言った。

 

「自分の力を正確に把握することは、仲間を守るために必要です」

 

 ウェンディは真剣な顔で頷く。

 

「分かりました」

 

「まず、治癒魔法を使える範囲は?」

 

「一人ずつなら、重い怪我でもある程度は治せます。でも、失った体力までは戻せません」

 

「複数人へ同時に使うことは?」

 

「軽い傷ならできます。でも、魔力の消耗が大きくなります」

 

「毒や麻痺は?」

 

「種類によります。魔法によるものなら、時間がかかるかもしれません」

 

「なるほど」

 

 サクラは丁寧に記録する。

 

 カイドウは、二人の会話を聞きながら眉を寄せていた。

 

「魔力の消耗が大きい?」

 

「はい」

 

 ウェンディが答える。

 

「何人も治療すると、疲れてしまいます」

 

「なら、治療するな」

 

「何を言っているんですか!」

 

「自分が倒れたら意味がねェ」

 

「無理はしません」

 

「お前の無理は信用できん」

 

「カイドウさんに言われたくありません!」

 

「私は」

 

 サクラが静かに口を挟む。

 

「指揮官として、ウェンディさんへ無理な治療はさせません」

 

 カイドウがサクラを見る。

 

「本当だな」

 

「はい」

 

「敵より、こいつを先に守れ」

 

「カイドウさん!」

 

「それは約束できません」

 

 サクラは即答した。

 

 カイドウの目が鋭くなる。

 

「何?」

 

「連合軍には、全員を守る責任があります」

 

「ウェンディを優先しろ」

 

「できません」

 

「指揮官なんだろ」

 

「だからこそです」

 

 サクラの声は穏やかだった。

 

「私はウェンディさんだけを守るために、連合軍を率いるのではありません」

 

「なら、お前は信用できん」

 

「しかし」

 

 サクラはカイドウを真っ直ぐ見つめる。

 

「ウェンディさんを見捨てるつもりもありません」

 

「……」

 

「全員で出発し、全員で帰る。それが私の目標です」

 

 カイドウは黙る。

 

「絶対か」

 

「絶対とは言えません」

 

 サクラは正直に答えた。

 

「戦場に、絶対はありません」

 

 その言葉を。

 

 カイドウは誰よりも理解していた。

 

 どれほど強くても。

 

 どれほど準備をしても。

 

 一瞬の油断。

 

 一つの裏切り。

 

 一度の判断ミス。

 

 それだけで、すべてを失う。

 

「ですが」

 

 サクラは続ける。

 

「絶対ではないからこそ、私は最善を尽くします」

 

「綺麗事だな」

 

「そうかもしれません」

 

「守れなかったら?」

 

「その責任は、私が負います」

 

「死んでもか」

 

「必要ならば」

 

 サクラは迷わない。

 

 カイドウは、しばらく彼女を見ていた。

 

 やがて。

 

「お前」

 

「はい」

 

「死ぬ覚悟だけで、指揮官をやるな」

 

 サクラの目が僅かに見開かれる。

 

「死んだら責任は取れねェ」

 

「……」

 

「生きて帰って、失敗した奴へ頭を下げろ」

 

 それは。

 

 少し前までのカイドウなら、絶対に口にしなかった言葉だった。

 

 頭を下げる。

 

 失敗を認める。

 

 生きて責任を取る。

 

 ウェンディと過ごす中で。

 

 ヤマトとの過去を思い返す中で。

 

 彼の中に生まれ始めた、新しい考え方。

 

 ウェンディは驚いたようにカイドウを見上げる。

 

「カイドウさん……」

 

「何だ」

 

「今、とてもいいことを言いました」

 

「普通だ」

 

「前なら、死んだ奴が弱いって言いそうでした」

 

「お前、おれを何だと思ってる」

 

「少し前まで、本当に言っていたでしょう」

 

 シャルルが冷静に指摘する。

 

 カイドウは何も言い返せない。

 

 サクラは。

 

 僅かに笑った。

 

「分かりました」

 

「あ?」

 

「生きて責任を取ります」

 

「ああ」

 

「あなたが連合軍の邪魔をした場合も、生きたまま連れ帰り、ローバウル殿とウェンディさんへ謝罪していただきます」

 

「待て」

 

「生きて責任を取るのでしょう?」

 

「おれの話じゃねェ」

 

「同じです」

 

「やはり、お前は気に入らん」

 

「光栄です」

 

          ◇◇◇

 

 昼食の時間。

 

 サクラは、化猫の宿の食卓へ招かれた。

 

 彼女の前には、野菜のスープ、焼きたてのパン、肉料理。

 

 ウェンディは隣の席へ座っている。

 

 カイドウは。

 

 当然のように、ウェンディを挟んだ反対側へ座った。

 

「カイドウさん」

 

「何だ」

 

「近いです」

 

「普通だ」

 

「椅子が私の方へ寄っています」

 

「机が狭い」

 

「動かしたのはカイドウさんです!」

 

 カイドウの椅子は、ウェンディの椅子へほとんど接触している。

 

 反対側。

 

 サクラとの距離は大きく空いていた。

 

「なぜ、そこまで私を警戒するのですか?」

 

 サクラが尋ねる。

 

「お前はウェンディを戦場へ連れていく」

 

「連合軍へ参加すると決めたのは、ウェンディさん自身です」

 

「指揮官はお前だ」

 

「はい」

 

「怪我をさせるな」

 

「努力します」

 

「疲れさせるな」

 

「戦闘なので、疲労は避けられません」

 

「腹を空かせるな」

 

「食事は用意します」

 

「男を近づけるな」

 

「それは保証できません」

 

「一番重要だぞ」

 

「重要ではありません!」

 

 ウェンディが叫ぶ。

 

「連合軍には男性の魔導士もいるんです!」

 

「ナツ、グレイ、ヒビキ、レン、イヴ、一夜、リオン、ジュラ」

 

 サクラが参加者を数える。

 

 カイドウの顔が、名前を聞くたびに険しくなる。

 

「多すぎる」

 

「何がです?」

 

「男だ」

 

「そこですか?」

 

「ウェンディさんは治癒魔導士です」

 

 サクラは説明する。

 

「怪我人がいれば、男性でも治療します」

 

「駄目だ」

 

「駄目ではありません!」

 

「触るのか」

 

「治療です!」

 

「どこを」

 

「怪我をした場所です!」

 

「胸か」

 

「怪我の場所によっては!」

 

「腹か」

 

「必要なら!」

 

「背中か」

 

「カイドウさん!」

 

 ウェンディの顔は真っ赤だった。

 

 湯気が出そうなほど、耳まで赤くなっている。

 

「治療の話です!」

 

「男は勘違いする」

 

「しません!」

 

「する」

 

「何をですか!」

 

「お前は知らなくていい」

 

「また、それですか!」

 

 サクラは真剣な顔でカイドウを見る。

 

「治療へ不要な接触をする者がいれば、私が止めます」

 

「本当だな」

 

「はい」

 

「青い天馬の男が口説いたら?」

 

「状況によります」

 

「潰す」

 

「カイドウさん!」

 

「連合軍の規律を乱す場合は、私が処分します」

 

 サクラが答える。

 

 カイドウは少し考えた。

 

「お前、意外と話が分かるな」

 

「指揮官ですから」

 

「何の話で意気投合しているんですか!」

 

 ウェンディが机を軽く叩く。

 

「私を勝手に守る相談をしないでください!」

 

「必要だ」

 

「必要です」

 

 カイドウとサクラの声が重なる。

 

「サクラさんまで!?」

 

「あなたは連合軍で最年少です」

 

「でも、魔導士です!」

 

「それは理解しています」

 

「なら」

 

「魔導士として扱いながら、年少者として配慮します」

 

 サクラは真っ直ぐ言った。

 

「それが指揮官として当然です」

 

 ウェンディは一瞬、言葉を失う。

 

 子供扱いされるのは嫌だ。

 

 だが。

 

 完全に大人と同じ扱いを求めることが正しいわけでもない。

 

 自分の力。

 

 経験。

 

 年齢。

 

 それらを理解した上で、役割を果たす。

 

「分かりました」

 

 ウェンディは頷く。

 

「でも、できることは自分でやらせてください」

 

「もちろんです」

 

「無理をしていたら止めてください」

 

「約束します」

 

「困った時は、助けてください」

 

「必ず」

 

 サクラは手を差し出す。

 

 今度こそ。

 

 ウェンディは、その手を握った。

 

「よろしくお願いします、サクラさん」

 

「こちらこそ、ウェンディさん」

 

 穏やかな握手。

 

 カイドウの手が動く。

 

 だが。

 

 ウェンディが先に睨んだ。

 

「カイドウさん」

 

「何もしてねェ」

 

「今、離そうとしましたよね?」

 

「握手が長い」

 

「まだ三秒です!」

 

「二秒で十分だ」

 

「細かすぎます!」

 

 サクラは握手を終え、カイドウを見る。

 

「心配はいりません」

 

「あ?」

 

「ウェンディさんは、私が守ります」

 

 カイドウの目が細くなる。

 

「その言葉」

 

「はい」

 

「忘れるなよ」

 

「あなたこそ」

 

 サクラは静かに返した。

 

「ウェンディさんを信じるという約束を、忘れないでください」

 

「……」

 

 カイドウは答えない。

 

 だが。

 

 否定もしなかった。

 

          ◇◇◇

 

 昼食後。

 

 サクラは、ウェンディの魔法を確認したいと申し出た。

 

 戦闘前に、各参加者の能力を把握するためである。

 

 化猫の宿の裏手。

 

 木々に囲まれた訓練場。

 

 ウェンディ。

 

 シャルル。

 

 サクラ。

 

 ローバウル。

 

 そしてカイドウが集まった。

 

「まず、強化魔法を見せてください」

 

「はい」

 

 ウェンディは両手へ風を集める。

 

「アームズ!」

 

 柔らかな風が、サクラの両腕を包む。

 

 身体能力を強化する付加術。

 

 サクラは拳を握る。

 

「なるほど。力の上昇だけではなく、魔力の流れまで整えていますね」

 

「はい」

 

「非常に優れた付加術です」

 

「ありがとうございます」

 

「次に、速度強化を」

 

「バーニア!」

 

 今度は足へ風が集まる。

 

 サクラの長い桜色の髪が揺れ。

 

 彼女の姿が一瞬で消えた。

 

 次の瞬間。

 

 数十メートル離れた場所へ移動している。

 

「速い」

 

 シャルルが驚く。

 

「ウェンディさん自身の魔力だけで、これほどの強化を」

 

 サクラも感心している。

 

 ウェンディは嬉しそうに笑った。

 

 カイドウは腕を組んだまま。

 

「まだ弱い」

 

「カイドウさん!」

 

「敵を倒すには足りねェ」

 

「これは仲間を強くする魔法です!」

 

「おれに使え」

 

「え?」

 

「どのくらい強くなるか試す」

 

「駄目です」

 

 サクラが先に止めた。

 

「なぜだ」

 

「あなたを強化した場合、訓練場が消えます」

 

「加減する」

 

「信用できません」

 

「初対面の女にまで言われたぞ」

 

 シャルルが笑う。

 

「白狸が悪い」

 

「私は何も教えていないわ」

 

「カイドウさんの行動を見れば分かります」

 

 ウェンディも言う。

 

 次は治癒魔法。

 

 サクラが、自分の指先へ小さな傷を作ろうとする。

 

 その瞬間。

 

 カイドウが腕を掴んだ。

 

「何をしてる」

 

「治癒魔法を確認するためです」

 

「勝手に怪我をするな」

 

「私自身の指です」

 

「ウェンディに治させるんだろ」

 

「はい」

 

「魔力を無駄に使わせるな」

 

 サクラは、カイドウの手を見る。

 

「離してください」

 

「傷を作らねェならな」

 

「治癒能力の確認は必要です」

 

「おれが怪我をする」

 

「カイドウさんは怪我が治ったばかりです!」

 

 ウェンディが止める。

 

「指一本だ」

 

「カイドウさんの指は、普通の刃では傷つきません!」

 

「覇気を使う」

 

「自分で傷つけないでください!」

 

「なら、白狸」

 

「なぜ私なのよ!」

 

「毛を一本抜く」

 

「それは怪我ではないわ!」

 

 サクラは、困ったように微笑んだ。

 

「ウェンディさん」

 

「はい?」

 

「普段から、こうなのですか?」

 

「はい」

 

「毎日よ」

 

 シャルルも答える。

 

「大変ですね」

 

「最近は少し慣れました」

 

「慣れるな」

 

 カイドウが言う。

 

「カイドウさんのせいです!」

 

 最終的に。

 

 訓練用の魔法人形へ小さな傷をつけ。

 

 人間と同じ魔力経路を再現することで、治癒魔法の確認を行うことになった。

 

 ウェンディは人形へ両手を向ける。

 

 暖かな風。

 

 傷ついた部分が、少しずつ修復されていく。

 

「見事です」

 

 サクラは感心したように頷く。

 

「これなら、連合軍の要となれます」

 

「要?」

 

「はい」

 

 サクラはウェンディを見る。

 

「戦場で最も重要なのは、一番強い攻撃を持つ者とは限りません」

 

 負傷者を治し。

 

 毒を消し。

 

 仲間を強化する。

 

 戦い続ける力を与える者。

 

「あなたの存在が、連合軍全体の生存率を大きく上げます」

 

 ウェンディの表情が引き締まる。

 

「頑張ります」

 

「ただし」

 

 サクラの声が少し厳しくなる。

 

「自分の魔力を使い切らないでください」

 

「はい」

 

「仲間を助けるために自分が倒れれば、その後に助けられる者まで失います」

 

「分かりました」

 

「自分を守ることも、仲間を守ることです」

 

 ウェンディは、強く頷いた。

 

「はい!」

 

 カイドウは。

 

 サクラの言葉を聞きながら、僅かに目を細めていた。

 

 敵意はない。

 

 ウェンディの力を正確に評価し。

 

 無理をさせないよう、指示を出している。

 

 指揮官として。

 

 サクラは信用できる。

 

 少なくとも、今のところは。

 

「おい、桜頭」

 

 カイドウが呼ぶ。

 

 サクラの眉が僅かに動いた。

 

「私の名前はサクラです」

 

「似たようなもんだ」

 

「似ていません」

 

「ウェンディへ無理をさせねェと言ったな」

 

「はい」

 

「忘れたら潰す」

 

「あなたが連合軍の邪魔をしたら、天使魔法で拘束します」

 

「できると思ってんのか」

 

「試しますか?」

 

「おう」

 

「やめてください!」

 

 ウェンディの叫びが訓練場へ響いた。

 

「どうして、すぐに戦おうとするんですか!」

 

「向こうが言った」

 

「カイドウさんが先に潰すって言いました!」

 

「約束の確認だ」

 

「拳で確認しないでください!」

 

 サクラは小さく笑った。

 

「本当に、マカロフ様の手紙通りですね」

 

「何と書いてあった」

 

「強く、面倒で、酒臭く、ウェンディさんへ非常に弱い」

 

「最後が違ェ」

 

「全部合っているわ」

 

 シャルルが言う。

 

「白狸」

 

「エクシードよ」

 

          ◇◇◇

 

 夕方。

 

 サクラは、化猫の宿を出発する時間を迎えた。

 

「集合は、明後日の正午です」

 

 宿の入り口。

 

 彼女はローバウルとウェンディへ、最後の確認を行う。

 

「場所は、青い天馬所有の別荘。森の南側から入れば、街道沿いに案内があります」

 

「はい」

 

 ウェンディが頷く。

 

「遅れないように出発します」

 

「何か問題が起きた場合は、魔法通信で連絡してください」

 

「分かりました」

 

 サクラはシャルルを見る。

 

「移動中、ウェンディさんの様子を見ていてください」

 

「もちろんよ」

 

「疲労や体調不良があれば、すぐに休ませるように」

 

「任せて」

 

「食事も、きちんと取らせてください」

 

「カイドウが聞いたら喜びそうね」

 

「聞こえてるぞ」

 

 背後。

 

 カイドウは巨大な荷物袋を抱えていた。

 

 その中には。

 

 ウェンディ用の保存食。

 

 毛布。

 

 水。

 

 薬草。

 

 予備の服。

 

 さらに、サクラが必要ないと判断した大量の肉。

 

「その袋は何ですか?」

 

 サクラが尋ねる。

 

「ウェンディの荷物だ」

 

「多すぎます」

 

「三日分だ」

 

「連合軍の拠点にも食料はあります」

 

「信用できん」

 

「青い天馬が用意します」

 

「男のギルドだろ」

 

「女性もいます」

 

「飯へ何か入れるかもしれん」

 

「正規ギルドですよ!」

 

 ウェンディが叫ぶ。

 

「持っていくのは、この鞄一つです!」

 

「少ねェ」

 

「十分です!」

 

「毛布は三枚いる」

 

「一枚です!」

 

「夜は冷える」

 

「別荘の中で寝ます!」

 

「屋根が壊れるかもしれん」

 

「カイドウさんが来なければ壊れません!」

 

 サクラは、巨大な荷物袋を見る。

 

 中から、酒瓶の首が一本だけ覗いていた。

 

「酒も入っていますね」

 

 ウェンディの目が鋭くなる。

 

 カイドウは袋を背中へ隠した。

 

「入ってねェ」

 

「見えています」

 

「薬だ」

 

「酒瓶ですよね?」

 

 ウェンディが袋へ近づく。

 

「カイドウさん」

 

「何だ」

 

「見せてください」

 

「嫌だ」

 

「見せてください」

 

「おれの荷物だ」

 

「ウェンディさん用と言ったばかりでしょう」

 

 サクラが指摘する。

 

 カイドウは黙る。

 

 シャルルが袋の中へ飛び込み。

 

 酒瓶を一本取り出した。

 

「やっぱり入っているわ」

 

「白狸!」

 

「エクシードよ」

 

「これは何ですか?」

 

 ウェンディが尋ねる。

 

「消毒用だ」

 

「果実酒と書いてあります!」

 

「果実で消毒する」

 

「できません!」

 

「戦勝祝いだ」

 

「まだ戦っていません!」

 

「帰ってきた時に飲む」

 

「宿で待っていればいいでしょう!」

 

 ウェンディは酒瓶を没収し、ローバウルへ渡した。

 

 ローバウルは帳面を開く。

 

「勝手に持ち出した分は、借金へ」

 

「戻しただろ!」

 

「持ち出そうとした」

 

「まだ宿の前だ!」

 

「前回も同じことを言っておったのう」

 

「ジジイ!」

 

「今夜のお酒」

 

 ウェンディの一言。

 

 カイドウは口を閉じた。

 

 サクラはその様子を見て、肩を僅かに揺らした。

 

「笑うな」

 

「失礼しました」

 

「笑ってただろ」

 

「聖十大魔導も笑います」

 

「おれを笑った奴は」

 

「カイドウさん」

 

 ウェンディが先に止める。

 

「潰しません」

 

「……分かってる」

 

 カイドウは不満そうに鼻を鳴らした。

 

          ◇◇◇

 

 出発の直前。

 

 サクラは、ウェンディの前へしゃがんだ。

 

 視線の高さを合わせる。

 

「ウェンディさん」

 

「はい」

 

「不安ですか?」

 

 突然の問い。

 

 ウェンディは、すぐには答えなかった。

 

 六魔将軍。

 

 ニルヴァーナ。

 

 知らないギルドの魔導士たち。

 

 連合軍の要として期待される自分。

 

「少しだけ」

 

 正直に答える。

 

 サクラは微笑んだ。

 

「不安でいいのです」

 

「え?」

 

「不安があるから、慎重になれます」

 

 恐怖がある。

 

 迷いがある。

 

 それは弱さではない。

 

「本当に危険なのは、自分は絶対に負けないと思い込むことです」

 

 背後。

 

 カイドウの眉が動く。

 

「おい」

 

「特定の誰かを言ったわけではありません」

 

「おれを見てただろ」

 

「偶然です」

 

「性格が悪いな」

 

「光栄です」

 

 サクラは再びウェンディへ向き直る。

 

「怖い時は、一人で抱え込まないでください」

 

「はい」

 

「妖精の尻尾も、青い天馬も、蛇姫の鱗もいます」

 

「はい」

 

「そして」

 

 サクラは、カイドウを見上げた。

 

「ここで帰りを待つ、非常に騒がしい保護者もいます」

 

「誰が保護者だ」

 

「カイドウさんです」

 

 ウェンディが答えた。

 

「お前まで言うな」

 

「でも、帰りを待ってくれるんですよね?」

 

 ウェンディが見上げる。

 

 カイドウは腕を組んだまま。

 

「お前が帰ってくるまでな」

 

「お酒を飲みすぎずに?」

 

「……」

 

「そこは黙らないでください!」

 

「一日一杯だ」

 

「本当ですね?」

 

「ああ」

 

「勝手に追いかけてきませんか?」

 

「呼ばれるまで待つ」

 

「絶対ですよ」

 

「約束しただろ」

 

 ウェンディは笑う。

 

「はい」

 

 サクラは、その二人を静かに見ていた。

 

 マカロフの手紙に書かれていた異世界の龍。

 

 世界を壊す災厄となるか。

 

 少女を守る者となるか。

 

 今のカイドウは。

 

 まだ危うい。

 

 ウェンディのためなら、連合軍すら敵に回すだろう。

 

 だが同時に。

 

 ウェンディの言葉を聞き。

 

 彼女の意思を尊重しようともしている。

 

「カイドウさん」

 

 サクラが立ち上がる。

 

「何だ」

 

「ウェンディさんは、必ず連れて帰ります」

 

「口だけじゃねェだろうな」

 

「聖十大魔導の名に懸けて」

 

 サクラの背中に、純白の翼が広がる。

 

 夕日を受け。

 

 桜色の髪と白い翼が、鮮やかに輝いた。

 

「そして、連合軍全員を帰還させます」

 

 カイドウは、彼女を見つめる。

 

「できなかったら」

 

「生きて責任を取ります」

 

「ああ」

 

「あなたも、勝手に戦場へ来た場合は責任を取ってください」

 

「行かねェ」

 

「本当ですか?」

 

「ウェンディが呼ぶまではな」

 

「その言葉、覚えておきます」

 

「好きにしろ」

 

 サクラは空へ浮かび上がる。

 

「では、明後日。集合地点でお待ちしています」

 

「はい!」

 

 ウェンディが手を振る。

 

「よろしくお願いします!」

 

「こちらこそ」

 

 サクラは微笑む。

 

 白い翼が大きく羽ばたく。

 

 光の羽根を残しながら。

 

 彼女の姿は、夕暮れの空へ上昇していった。

 

 やがて。

 

 桜色の光は、森の向こうへ消える。

 

          ◇◇◇

 

 サクラが去った後。

 

 化猫の宿の入り口には、しばらく静寂が残った。

 

「すごい人でしたね」

 

 ウェンディが空を見上げる。

 

「聖十大魔導で、天使魔法を使えて、連合軍のリーダーで……」

 

「気が強すぎるわ」

 

 シャルルが言う。

 

「カイドウへ正面から帰れと言える人なんて、そうはいないもの」

 

「気に入らん」

 

 カイドウが低く言う。

 

「でも、強いでしょう?」

 

「ああ」

 

「信用できそうですか?」

 

「まだ分からん」

 

「またですか」

 

「ただ」

 

 カイドウは、サクラが消えた空を見る。

 

「あの女は、嘘を言ってねェ」

 

「全員を連れて帰るという言葉ですか?」

 

「ああ」

 

 命を懸ける。

 

 守る。

 

 生きて責任を取る。

 

 それらの言葉に、迷いはなかった。

 

「では、安心ですね」

 

「安心はしてねェ」

 

「どうしてですか?」

 

「聖十大魔導でも、負ける時はある」

 

「……」

 

「だから、お前は自分で生き残れ」

 

 ウェンディは、カイドウを見る。

 

「はい」

 

「誰かが守ると思うな」

 

「はい」

 

「危なくなったら逃げろ」

 

「はい」

 

「戦う必要がねェなら戦うな」

 

「はい」

 

「男が近づいたら」

 

「それは自分で判断します」

 

「最後まで聞け」

 

「同じ話でしょう?」

 

「青い天馬の男は特に」

 

「もう!」

 

 ウェンディが頬を膨らませる。

 

「サクラさんが守ってくれます!」

 

「信用するな」

 

「さっき、嘘は言っていないって」

 

「それと男は別だ」

 

「何が別なんですか!」

 

 シャルルが頭を抱えた。

 

「せっかく少し格好いいことを言ったのに、全部台無しね」

 

「白狸」

 

「エクシードよ」

 

 ローバウルは笑っていた。

 

 だが。

 

 サクラが来たことで。

 

 いよいよ連合軍の出発が迫ったことを、実感していた。

 

「ウェンディ」

 

「はい、マスター」

 

「明日は、ゆっくり休むとよい」

 

「でも、まだ準備が」

 

「準備は十分じゃ」

 

「薬草の確認が残っています」

 

「カイドウが七回も確認したのでしょう?」

 

「六回だ」

 

「七回です!」

 

 ウェンディが即座に訂正する。

 

 ローバウルは目を細める。

 

「なら、問題なかろう」

 

「でも」

 

「出発前に大切なのは、体を休めることじゃ」

 

「……分かりました」

 

「カイドウ」

 

「あ?」

 

「明日は、ウェンディを疲れさせぬように」

 

「おれは何もしてねェ」

 

「朝から靴紐を三回結び直したでしょう」

 

 シャルルが言う。

 

「二回だ」

 

「三回です!」

 

 ウェンディがまた訂正する。

 

「さらに食事を増やし、鞄を確認し、森へついていこうとしたわ」

 

「心配だからだ」

 

「認めたわね」

 

 カイドウの顔が固まる。

 

「親バカね」

 

「違ェ!」

 

 怒声が森へ響いた。

 

 飛び立った鳥たちが、一斉に空へ舞い上がる。

 

「大声を出さないでください!」

 

「誰が親バカだ!」

 

「カイドウさんです!」

 

「違ェ!」

 

「サクラさんも言っていました!」

 

「あの桜頭の言うことは信用するな!」

 

「名前で呼んでください!」

 

 六魔将軍討伐連合軍。

 

 その指揮官。

 

 妖精の尻尾所属、天使魔法の使い手。

 

 聖十大魔導、サクラ・ヴィンセント。

 

 彼女の訪問により。

 

 戦いの始まりは、より現実的なものとなった。

 

 四つの正規ギルドが集まり。

 

 闇ギルド六魔将軍へ挑む。

 

 ウェンディは、自分の力で仲間を守るために戦場へ向かう。

 

 サクラは、全員を生きて帰すために連合軍を率いる。

 

 そして。

 

 カイドウは。

 

「やはり、こっそりついていく」

 

「聞こえています!」

 

「気配を消す」

 

「消せません!」

 

「龍になって雲へ」

 

「目立ちます!」

 

「海の中から」

 

「泳いだら力が抜けるんですよね!?」

 

「……忘れてた」

 

「絶対に宿で待っていてください!」

 

 六魔将軍よりも先に。

 

 己の親バカと戦わなければならなかった。

 

 出発まで。

 

 あと二日。

 

 カイドウが本当に約束を守れるのか。

 

 それを信じている者は。

 

 化猫の宿には、一人もいなかった。




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