『百獣のカイドウ、化猫の宿で居候になる 』 作:パスカルDX
第13話 最強生物、遠ざかる気配に違和感を覚える
青い天馬の別荘を囲む森の奥で、重い爆発音が響いた。
大地の底を叩くような振動が木々の根を伝い、枝に止まっていた鳥たちが一斉に空へ飛び立っていく。
それは、平穏な森には似つかわしくない音だった。
続いて、風が騒いだ。
いくつもの魔力が交錯し、遠く離れた場所にまで空気の乱れが伝わってくる。火、氷、大地、光。それぞれ性質の異なる力が膨れ上がり、衝突し、また離れていく。
連合軍の拠点で何かが起きた。
それだけは、誰の目にも明らかだった。
「……」
化猫の宿へ戻る道を歩いていたカイドウは、森の中央で足を止めていた。
巨大な背中。
腰に下げた金棒。
二本の角。
腰帯には、青い布で作られた小さなお守りが揺れている。
ウェンディが渡したものだった。
『私が呼ぶまで、待っていてください』
別れる直前の声が、耳の奥に残っている。
信じる。
待つ。
手を離す。
そのためのお守り。
カイドウは、太い指で青い袋へ触れた。
「まだ呼ばれてねェ」
誰に聞かせるでもなく呟く。
低い声は、木々の間へ溶けていった。
別荘の方角からは、今も魔力の揺らぎが届いている。
ウェンディのものもあった。
柔らかく、澄んだ風の魔力。
普段より強く。
明らかに戦闘を意識して練り上げられている。
だが。
まだ消えてはいない。
乱れてもいない。
近くにはサクラ。
ジュラ。
エルザ。
ナツ。
ほかにも、多くの魔導士の気配がある。
敵の数は多い。
しかし、ウェンディが一人で戦っているわけではない。
「……」
カイドウは再び歩き出した。
宿の方角へ。
一歩。
もう一歩。
重い足が地面へ沈む。
だが。
歩みは、いつものように速くなかった。
普段のカイドウなら、森の道など一息で駆け抜ける。
木々を避ける必要さえない。
それでも今日は。
何度も立ち止まる。
何度も振り返る。
別荘は、すでに木々の向こうへ隠れて見えなくなっている。
見えないからこそ。
気配だけが、余計に鮮明だった。
カイドウは戦場の空気を知っている。
大軍がぶつかり合う音。
殺意。
恐怖。
死を覚悟した者の気配。
退路を失った者が放つ焦り。
弱者の絶望。
強者の余裕。
何十年と、そうしたものの中で生きてきた。
だからこそ。
今、別荘の方角から漂ってくるものに。
説明しにくい違和感を覚えていた。
「妙だな」
カイドウは足を止める。
敵の魔力は多い。
数だけを見れば、別荘を包囲するほどだった。
だが。
その多くは、六魔将軍ほど強くない。
配下の闇ギルド。
先遣隊。
捨て駒。
その程度の者たちだろう。
連合軍には聖十大魔導が二人いる。
妖精の尻尾の精鋭もいる。
普通に考えれば。
苦戦する相手ではない。
にもかかわらず。
敵の気配には、焦りがなかった。
勝つために襲っている者の気配ではない。
倒すためでも。
奪うためでもない。
何かを待っている。
時間を稼いでいる。
カイドウの目が細くなる。
「こいつら」
別荘の周囲へ集まった敵は。
連合軍を壊滅させるために来たのではない。
目を向けさせるために来た。
拠点へ全員を集め。
注意を一点へ集中させる。
その間に。
別の何かが動く。
「囮か」
カイドウの声が低くなる。
戦場ではよくある策だ。
正面から派手に攻め。
本命を隠す。
敵の目を奪い。
側面。
背後。
あるいは。
狙った一人だけを、密かに引き離す。
カイドウの頭へ。
ウェンディの姿が浮かんだ。
小さな体。
水色の髪。
治癒魔導士。
天空の滅竜魔導士。
連合軍の中でも、非常に特殊な力を持っている。
敵が彼女の力を知っているなら。
優先して狙う価値がある。
「……」
カイドウは腰のお守りを握った。
『私が呼ぶまで、待っていてください』
約束。
ウェンディは自分で戦うことを選んだ。
カイドウも認めた。
危険を理由に。
すべてを取り上げないと決めた。
だが。
戦いへ送り出すことと。
罠へ放り込むことは違う。
「白狸がいる」
シャルルがいる。
サクラがいる。
強い魔導士たちもいる。
ウェンディが一人になるとは思えない。
それでも。
胸の奥に引っかかる違和感は、消えなかった。
むしろ。
歩けば歩くほど。
別荘から離れれば離れるほど。
大きくなっている。
◇◇◇
青い天馬の別荘。
周囲では、連合軍の魔導士たちが慌ただしく動いていた。
窓から見える森の中。
木々の隙間を、いくつもの人影が移動している。
直接姿を見せる者もいれば。
森の奥から魔法だけを放ち、すぐに身を隠す者もいる。
連合軍を囲むように。
しかし。
決して深く踏み込まず。
一定の距離を保っていた。
会議室では、ヒビキが魔法通信装置を操作している。
「敵の数、増加!」
光で作られた画面へ、いくつもの反応が浮かび上がる。
「北側に十五! 東側に二十以上! 南西にも反応!」
「西側は?」
サクラが尋ねる。
「少ない! 五人程度です!」
サクラは壁の地図を見る。
桜色の髪が、窓から吹き込む風に揺れた。
「包囲としては不自然ですね」
ジュラが静かに言う。
「同感です」
サクラは頷いた。
「敵は別荘へ突入しようとしていない」
「オレたちを怖がってんだろ!」
ナツは窓の外を睨みながら拳へ炎を灯している。
「なら、こっちから行く!」
「待て」
エルザが腕を伸ばして止めた。
「敵の目的が分からないまま森へ入るのは危険だ」
「でも、このままじゃ何も始まらねェぞ!」
「始めないことが、敵の目的かもしれない」
グレイが言った。
「俺たちをここへ足止めしているんじゃねェか?」
「足止め?」
ルーシィが周囲を見回す。
「でも、何のために?」
その問いへ。
すぐ答えられる者はいなかった。
ウェンディは、会議室の端に立っていた。
窓から入り込む風。
魔力。
森の気配。
それらを感じ取ろうと、意識を集中している。
「ウェンディ」
シャルルが隣へ飛んでくる。
「大丈夫?」
「うん」
「無理をしないで」
「まだ何もしてないよ」
「顔が硬いわ」
「少し緊張してるだけ」
ウェンディは小さく息を吐く。
「敵の匂いが、たくさんある」
「六魔将軍もいる?」
「分からない」
森から流れてくる、いくつもの匂い。
土。
木。
煙。
魔力。
人間。
だが。
その中に、際立って強い匂いはない。
「六魔将軍本人たちは、まだ来ていないと思う」
「では、配下の闇ギルドね」
「たぶん」
ウェンディは窓へ近づく。
「でも」
「何?」
「変なの」
シャルルの耳が動く。
「何が?」
「敵の人たち」
ウェンディは目を閉じる。
風へ耳を澄ませるように。
「怖がってる人が多い」
「連合軍を?」
「ううん」
ウェンディは首を横へ振る。
「私たちじゃない」
「では、何を?」
「分からない」
敵として現れた者たち。
その中にある恐怖。
戦う相手を恐れているのではない。
背後にいる誰か。
命令した誰か。
失敗した時に、自分たちを処分する存在。
その恐怖だった。
「無理やり戦わされている者もいるのでしょうか」
サクラが近づいてきた。
「サクラさん」
「闇ギルドにも、すべての者が自分の意志で所属しているとは限りません」
「じゃあ」
「ですが、今は敵です」
サクラの声は厳しい。
「油断はしないでください」
「はい」
「あなたは別荘内で待機を」
「でも、怪我をした人がいたら」
「負傷者が運ばれてきた場合に、治療をお願いします」
「分かりました」
ウェンディは頷いた。
前へ出て戦いたいわけではない。
だが。
役に立ちたい。
それでも今は。
指揮官の指示へ従う。
サクラはウェンディの肩へ、優しく手を置いた。
「焦らなくても、あなたの力が必要になる時は来ます」
「はい」
「その時まで、魔力を温存してください」
「分かりました」
シャルルは、サクラを見上げた。
冷静。
敵の数。
味方の配置。
ウェンディの状態。
すべてへ気を配っている。
カイドウは心配していたが。
サクラは信頼できる指揮官だった。
少なくとも。
今は。
「サクラ」
ジュラが呼ぶ。
「西側の反応が消えました」
サクラが地図へ顔を向ける。
「消えた?」
「撤退したようです」
「なぜ、西だけ」
ヒビキの画面。
別荘を囲む敵の反応。
北。
東。
南。
そこには、まだ多くの敵が残っている。
だが西側だけ。
道を開けるように。
魔力反応が消えていた。
「逃げ道を作った?」
ルーシィが言う。
「誘っているのかもしれん」
エルザが答える。
「西へ進めば、罠がある可能性が高い」
「あるいは」
ヒビキが画面を操作する。
「西側から何かを入れるために、道を空けた」
会議室の空気が変わった。
サクラの桜色の瞳が鋭くなる。
「全員、外ではなく内側を警戒してください」
「内側?」
ナツが聞き返す。
「敵が別荘へ侵入している可能性があります」
「でも、魔力反応は」
「反応を消す魔法があるかもしれません」
サクラは翼を広げた。
白い羽根が会議室へ舞う。
「ヒビキ。別荘内部の情報を再確認」
「了解!」
「エルザとグレイは一階」
「分かった」
「ああ」
「ジュラは地下と基礎部分を」
「承知しました」
「一夜たちは通信と防御」
「メェーン!」
「ナツ、ルーシィ、ハッピーは二階を」
「任せろ!」
「あい!」
「ウェンディとシャルルは、ここから動かないでください」
「はい」
全員が動き始める。
足音。
扉の開閉。
魔法通信の音。
会議室に残されたのは、ウェンディ、シャルル、サクラ、ヒビキ、そして青い天馬の数名。
ウェンディは胸元へ手を当てた。
違和感。
先ほどから。
風が妙だった。
窓は開いている。
森から風が吹き込んでいる。
なのに。
部屋の隅。
誰もいないはずの場所だけ。
風が避けている。
「サクラさん」
「何ですか?」
「そこ」
ウェンディが部屋の隅を指差す。
「風が通っていません」
サクラの表情が変わった。
「全員、下がってください」
白い翼が大きく広がる。
光の羽根が、部屋の隅へ向かって放たれた。
だが。
何かへ触れる直前。
光は歪み。
霧のように消えた。
「魔力が吸収された?」
ヒビキが驚く。
「姿を現しなさい」
サクラが低く命じる。
返事はない。
ただ。
誰もいない空間から。
小さな笑い声が聞こえた。
◇◇◇
その頃。
カイドウは森の中を歩き続けていた。
別荘からは、かなり離れた。
普通の人間なら。
もう魔力の気配を正確には感じられない距離。
だが。
カイドウの感覚は、人間のものとは違う。
別荘で魔力が膨れ上がるたび。
遠くの空気が震える。
地面へ伝わる振動。
風の流れ。
見聞色。
それらが、戦場の様子を断片的に伝えてくる。
「まだか」
敵の気配は消えない。
むしろ。
周囲を取り囲み。
一定の距離を保ち続けている。
連合軍が外へ出れば離れ。
戻れば近づく。
完全に。
足止めだった。
では。
本命は何だ。
ニルヴァーナの探索。
別の場所へ向かった六魔将軍。
連合軍の情報を盗む。
あるいは。
「……一人」
カイドウの目が細くなる。
連合軍の中から。
誰か一人を狙っている。
指揮官のサクラ。
聖十大魔導のジュラ。
情報魔法を使うヒビキ。
星霊魔導士のルーシィ。
滅竜魔導士のナツ。
そして。
天空の滅竜魔導士。
「ウェンディ」
口にした瞬間。
腰のお守りが、僅かに震えた。
風ではない。
魔力。
中に入れられた薬草。
白い花びら。
それらが。
ほんの一瞬だけ。
淡い光を放った。
「……」
カイドウは立ち止まる。
お守りを手に取る。
青い布。
見た目には変わっていない。
だが。
ウェンディの魔力が、微かに残っている。
作る時に込められたものだろう。
その魔力が。
何かへ反応した。
「呼んだのか」
返事はない。
当然だ。
遠く離れたウェンディの声が、普通に届くはずはない。
だが。
カイドウには。
嫌な予感がした。
ただの心配。
親バカ。
いつもの過保護。
そう片づけられない。
戦場で何度も生き残ってきた感覚が。
今すぐ戻れと告げている。
「約束は」
カイドウは拳を握る。
「呼ばれるまで待つ」
まだ呼ばれていない。
ウェンディの気配も消えていない。
大きく乱れてもいない。
むしろ。
静かすぎる。
「……静か?」
カイドウは気づいた。
先ほどまで感じていたウェンディの魔力。
風のように。
周囲へ柔らかく広がっていた。
それが。
急に小さくなっている。
消えたわけではない。
押さえ込まれている。
何かに囲まれ。
外へ漏れないよう閉じ込められたような。
不自然な静けさ。
カイドウの顔から、感情が消えた。
「そういうことか」
敵は。
ウェンディの気配を消そうとしている。
外から分からないように。
助けを呼べないように。
隔離する。
もし。
魔力を閉じ込める結界。
あるいは、音を消す魔法が使われているなら。
ウェンディは呼びたくても呼べない。
『私が呼ぶまで、待っていてください』
約束。
だが。
呼べない状態まで待てとは言われていない。
「屁理屈だな」
カイドウは自分で呟いた。
ウェンディなら。
そう言うだろう。
約束を破るための理由を探している。
心配しすぎ。
まだ何も起きていない。
「……」
それでも。
カイドウは森の道へ背を向けた。
別荘の方角を見る。
目に見えるものはない。
木々。
空。
遠くの煙。
だが。
確かに。
違和感がある。
「一度だけだ」
カイドウは腰のお守りへ触れる。
「様子を見るだけだ」
自分へ言い聞かせる。
「戦わねェ」
木々の葉が。
風もないのに揺れ始めた。
「暴れねェ」
カイドウの背中へ。
青い鱗が浮かぶ。
「連れ帰らねェ」
角が伸び。
体から雲が生まれる。
「無事なら、すぐ帰る」
巨大な体が。
青い龍へ変わっていく。
木々の上へ頭が伸び。
胴体が空へ昇る。
黒い雲が集まり。
森全体が暗くなる。
「だから」
龍の瞳が。
別荘の方角を睨んだ。
「約束は破ってねェ」
完全に。
破ろうとしている者の言葉だった。
◇◇◇
会議室。
誰もいないはずの空間から、笑い声が続いていた。
サクラはウェンディの前へ立っている。
白い翼を広げ。
何が現れても守れるように。
「姿を見せなさい」
返事はない。
ただ。
部屋の隅の景色が。
水面のように揺れた。
壁。
床。
窓。
そこにあるはずのものが歪み。
一人分の影が浮かび上がる。
だが。
輪郭だけ。
顔も。
服も。
性別さえ分からない。
「幻影魔法」
ヒビキが魔法装置を操作する。
「いや、違う。情報そのものが読めない!」
「魔力を消しているのですか?」
ウェンディが尋ねる。
「消しているんじゃない」
ヒビキの額へ汗が浮かぶ。
「こちらが認識できないように、意識を逸らしている!」
部屋にいる。
見えている。
それでも。
見ようとすると。
視線がずれる。
存在そのものを、脳が拒絶する。
「下がってください!」
サクラが光の剣を作り出す。
白い剣身。
聖なる魔力。
影へ向けて構える。
だが。
影は攻撃しない。
逃げようともしない。
ただ。
ウェンディの方を向いていた。
「私?」
ウェンディは息を呑む。
シャルルが彼女の前へ飛び出す。
「近づかせないわ!」
影から。
声が響いた。
「風の娘」
男とも女とも取れない。
何重にも重ねられた、不自然な声。
「あなたの風は、ニルヴァーナの鍵となる」
「鍵?」
ウェンディが聞き返す。
サクラの目が鋭くなる。
「何を知っているのですか」
「聖なる者よ」
影はサクラへ顔を向ける。
「あなたの光では、あれを止められない」
「ニルヴァーナの場所を知っているのですね」
「場所?」
影が笑う。
「それは場所ではない」
「どういう意味ですか?」
「ニルヴァーナは、すでに目覚め始めている」
会議室の床。
僅かに。
黒い線が走った。
サクラはすぐに気づく。
「全員、床から離れてください!」
白い翼が羽ばたく。
ウェンディとシャルルの体が、光に包まれて浮き上がる。
ヒビキたちも後方へ跳ぶ。
次の瞬間。
床へ広がった黒い線が。
巨大な魔法陣を描いた。
「いつの間に!」
「外の敵は、この魔法陣を完成させるために魔力を流していたのか!」
ヒビキが叫ぶ。
別荘を囲む敵。
直接攻めない。
一定の場所から魔法を放ち続ける。
その本当の目的は。
建物の下へ魔力を集めることだった。
「ウェンディさん!」
サクラが手を伸ばす。
だが。
魔法陣の中心から。
黒い風が吹き上がった。
ウェンディの周囲だけを囲む。
「きゃっ!」
「ウェンディ!」
シャルルが手を伸ばす。
黒い風へ触れた瞬間。
弾き飛ばされた。
「シャルル!」
「私は平気!」
シャルルは空中で体勢を整える。
サクラの光の剣が、黒い風へ振り下ろされる。
だが。
剣は風の表面で止まった。
「硬い……?」
風でありながら。
結界のように硬い。
さらに。
サクラの魔力が触れるたび。
黒い風は、光を吸収して強くなっていく。
「天使魔法を吸収している」
サクラはすぐに剣を引く。
「ウェンディさん! 中から出られますか!」
「やってみます!」
ウェンディは両手を胸の前へ構える。
「天竜の――」
息を吸い込む。
だが。
空気がない。
黒い風の内側だけ。
天空の魔力が遮断されている。
「風が……」
ウェンディの顔が青ざめる。
「魔力を集められない!」
「ウェンディ!」
シャルルが結界の周囲を飛ぶ。
「待っていて! 必ず出すわ!」
影は。
黒い風の向こうで笑っている。
「天空の巫女」
「誰ですか、あなたは!」
「あなたは、まだ自分の役目を知らない」
「役目?」
「風は、光と闇の間を巡る」
影の輪郭が薄くなる。
「ニルヴァーナは、あなたを待っている」
「待って!」
ウェンディが手を伸ばす。
影は。
完全に消えた。
残ったのは。
ウェンディを閉じ込める黒い風。
床の巨大な魔法陣。
そして。
別荘全体を覆い始める、異様な魔力。
「ヒビキ!」
サクラが叫ぶ。
「魔法陣を解析してください!」
「やってる!」
ヒビキの前へ、複数の光の画面が展開される。
「情報が多すぎる! 古代文字、呪術式、転送魔法が混ざってる!」
「転送?」
シャルルの顔色が変わる。
「ウェンディを、どこかへ運ぶつもりなの?」
「可能性が高い!」
「させません!」
サクラの背後。
光輪が大きく広がる。
その中から。
白い甲冑を纏った天使の影が現れる。
「天使魔法――ラファエル!」
治癒と浄化を司る天使。
巨大な両手が、黒い風を包む。
光と闇。
二つの魔力がぶつかり。
会議室全体が激しく揺れる。
だが。
魔法陣は消えない。
「サクラさん!」
ウェンディが結界の中から叫ぶ。
「無理をしないでください!」
「あなたを閉じ込めたまま、止めるわけにはいきません!」
「でも、魔力を吸収しています!」
「ならば、吸収できないほどの力を流します!」
サクラの桜色の髪が舞い上がる。
白い翼から。
数え切れないほどの羽根が飛び散る。
聖十大魔導の魔力。
圧倒的な光。
それでも。
黒い風は。
ウェンディを離さない。
むしろ。
魔法陣の光が強くなっていく。
「転送術式が起動する!」
ヒビキが叫ぶ。
「残り三十秒!」
「解除方法は!」
「今、探してる!」
「遅いわ!」
シャルルが黒い風へ突っ込む。
「シャルル!」
再び弾かれる。
白い体が壁へぶつかりそうになる。
ハッピーが会議室へ飛び込み、受け止めた。
「あい! 危ない!」
「離して!」
「でも!」
「ウェンディが!」
シャルルは必死に翼を動かす。
「ウェンディを連れていかせない!」
「私も手伝う!」
ハッピーとシャルル。
二人で結界へ近づく。
だが。
黒い風は。
触れることすら許さない。
「残り二十秒!」
ヒビキの声。
ウェンディは、結界の中で両手を握った。
風がない。
魔力を集められない。
助けを呼ぶ声も。
黒い結界の外へ届いているか分からない。
「カイドウさん」
小さな呟き。
約束。
『本当に危なくなったら、カイドウさんを呼びます』
今。
本当に危ない。
だが。
呼んでも届かない。
遠く。
すでに森を離れた場所。
化猫の宿へ帰っているはず。
「カイドウさん!」
ウェンディは叫んだ。
「助けて!」
黒い風が。
声を飲み込む。
会議室の外へは、届かない。
だが。
ウェンディが作った青いお守り。
そこに残った魔力が。
少女の声へ反応した。
◇◇◇
森の上空。
青い龍となったカイドウが。
別荘へ向かって飛んでいた。
まだ遠い。
だが。
腰に結びつけたお守りが。
強く光った。
『カイドウさん!』
声が聞こえた。
耳ではない。
頭の中。
魔力を通して。
僅かに。
途切れながら。
『助けて!』
カイドウの瞳が見開かれる。
次の瞬間。
空が割れた。
龍の全身から。
黒い稲妻が迸る。
雲が弾け。
森の木々が、一斉に地面へ倒れそうなほど揺れる。
「呼んだな」
低い声。
龍の牙が。
大きく開く。
「呼んだな、ウェンディ」
違和感。
嫌な予感。
すべて。
間違いではなかった。
敵は。
連合軍を倒すつもりなどなかった。
狙いは。
最初から。
ウェンディだった。
「ウォロロロ……」
笑っている。
だが。
そこに楽しさはない。
怒り。
それだけだった。
空を覆う雲が。
カイドウを中心に渦を巻く。
「約束は守ったぞ」
ウェンディが呼ぶまで。
待った。
だから。
今からは。
誰にも止められない。
「おれを呼んだ」
龍の体が。
雷光を纏う。
「なら」
別荘の方角。
黒い魔力の柱が、森の中から立ち上がっている。
カイドウは。
そこだけを見ていた。
「迎えに行く」
巨大な龍は。
雷鳴と共に。
空を駆けた。
六魔将軍。
連合軍。
ニルヴァーナ。
誰が何を企んでいようと。
今のカイドウには関係がない。
ウェンディが呼んだ。
それだけで。
世界を敵に回す理由としては、十分だった。
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