『百獣のカイドウ、化猫の宿で居候になる 』 作:パスカルDX
第15話 最強生物、連合軍の臨時護衛に任命される
青い天馬の別荘から、屋根がなくなっていた。
正確に言えば。
屋根は、建物のすぐ隣へ置かれている。
百獣のカイドウが、黒い結界へ閉じ込められたウェンディを見つけるため、別荘の上部を蓋のように持ち上げた結果だった。
屋根そのものは、驚くほど原形を保っている。
瓦も。
梁も。
装飾も。
一部が外れ、何か所か亀裂が入っているものの、粉々にはなっていない。
だからこそ。
カイドウは、先ほどから同じ主張を繰り返していた。
「壊してねェ」
「壊れています」
サクラ・ヴィンセントは、淡々と言い返した。
屋根のない会議室。
床には黒い魔法陣の痕跡が残り、壁の一部は崩れ、机や椅子は部屋の隅へ吹き飛ばされている。
その中央。
聖十大魔導であるサクラと、異世界の最強生物が向かい合っていた。
「屋根は残ってる」
「本来あるべき場所にありません」
「横に置いただけだ」
「建物から取り外した時点で破壊です」
「戻せば使える」
「誰が戻すのですか?」
「おれだ」
カイドウが当然のように答える。
サクラは、隣へ置かれた巨大な屋根を見る。
次に。
屋根の上部へ、しっかり刻まれた巨大な指の跡を見る。
最後に。
得意そうな顔で腕を組むカイドウを見る。
「あなたが戻した場合、今度は別荘全体が潰れる可能性があります」
「潰さねェ」
「その言葉を信用できる材料がありません」
「ウェンディを助けた」
「それと修理能力は別です」
サクラは一歩も引かない。
カイドウの眉間に皺が刻まれる。
両者の間へ。
ウェンディが慌てて入った。
「二人とも、今は屋根の話をしている場合じゃありません!」
「重要です」
サクラが答える。
「青い天馬からお借りした別荘です。指揮官として、損害を確認する必要があります」
「屋根より、六魔将軍だろ」
カイドウが言った。
「原因を作った方が言わないでください!」
ウェンディの声が響く。
その横では。
青い天馬の代表、一夜が地面へ膝をついていた。
開け放たれた空を見上げ。
両手を震わせている。
「我らが美しき別荘の屋根が……」
「一夜さん」
ヒビキが肩へ手を置く。
「命が助かっただけでも幸運です」
「しかし、あの優雅な曲線! 青く輝く瓦! 月明かりを受けて香り立つ屋根が!」
「屋根は香りません」
レンが冷静に指摘する。
「メェーン……」
一夜は胸を押さえた。
まるで、大切な家族を失ったような顔である。
カイドウは、一夜を見下ろした。
「横にあるぞ」
「屋根は、建物の上にあるからこそ屋根なのだ!」
「戻せばいい」
「繊細な装飾が崩れている!」
「直せ」
「誰が壊したと思っているのだ!」
「おれだ」
「堂々と言うな!」
一夜の叫びが、森へ響いた。
ウェンディは額へ手を当てる。
シャルルは隣で、深い溜息を吐いた。
「助けに来たはずなのに、騒動を増やしているわね」
「ウェンディは助かった」
カイドウが言う。
「それだけは感謝しているわ」
「なら問題ねェ」
「問題は別にあるのよ!」
カイドウは、不満そうに鼻を鳴らした。
彼のすぐ隣。
ウェンディは無事に立っている。
顔色は少し白い。
黒い結界へ閉じ込められ、魔力を遮断された影響が残っているのだろう。
それでも。
大きな怪我はない。
意識もはっきりしている。
カイドウは、会話をしている間も何度も彼女を確認していた。
呼吸。
足元。
手の震え。
顔色。
少しでも変化があれば、すぐに抱き上げるつもりなのだろう。
「カイドウさん」
「何だ」
「見すぎです」
「見てねェ」
「ずっと私の方を見ています」
「お前の後ろを見てる」
ウェンディが振り返る。
後ろにあるのは、崩れた壁だけだった。
「壁しかありません」
「また敵が出るかもしれん」
「だからって、私をずっと見なくても大丈夫です」
「大丈夫じゃなかっただろ」
低い声。
ウェンディは言葉を止めた。
黒い結界。
空気を遮断され。
助けを呼べず。
敵の転送魔法へ飲み込まれかけた。
カイドウが戻らなければ。
自分は、どこかへ連れ去られていたかもしれない。
「……ごめんなさい」
「謝るな」
「心配させました」
「だから謝るな」
「でも」
「呼んだ」
カイドウは、ウェンディの頭へ手を置いた。
「お前は呼んだ。おれが来た。それで終わりだ」
ウェンディは、頭へ載せられた大きな手を見る。
少し重い。
けれど。
嫌ではなかった。
「はい」
ウェンディは小さく笑った。
その光景を。
連合軍の魔導士たちが、少し離れた場所から見ている。
「完全に親子だな」
グレイが呟いた。
「違ェ」
カイドウが即座に否定する。
グレイの肩が跳ねる。
「聞こえてんのかよ!」
「親子ではありません!」
ウェンディも顔を赤くして否定した。
ルーシィは苦笑する。
「そこだけは、息が合うのね」
「親子ほど似るというではないか」
ジュラが穏やかに言う。
「違います!」
「違ェ!」
再び声が重なる。
ナツは大声で笑った。
「やっぱり似てるじゃねェか!」
「お前は黙れ!」
カイドウの怒声。
ナツは楽しそうに拳を握る。
「元気になったなら勝負しようぜ!」
「おう」
「駄目です!」
ウェンディが二人の間へ飛び込んだ。
「今、敵に襲われたばかりなんですよ!」
「だから体が温まってる」
ナツが言う。
「オレも戦い足りねェ!」
「おれもだ」
「気が合うな!」
「二人とも戦わないでください!」
ウェンディの声が屋根のない会議室へ響く。
サクラは。
その騒がしい光景を見ながら。
額へ指を当てていた。
「サクラ」
エルザが隣へ立つ。
「どうする?」
「何をですか?」
「カイドウだ」
「帰っていただきます」
即答だった。
カイドウの耳が動く。
「聞こえてるぞ、桜頭」
「サクラです」
「おれは残る」
「帰ってください」
「ウェンディが狙われてる」
「理解しています」
「なら残る」
「正式な連合軍の参加者ではありません」
「今から入る」
「勝手に加入しないでください」
「化猫の宿代表を二人にしろ」
「すでにウェンディさんが代表です」
「護衛枠を作れ」
「そのような枠はありません」
「今作れ」
「無理です」
「面倒な女だな」
「その言葉は禁止です!」
ウェンディが反射的に叫ぶ。
カイドウは口を閉じた。
サクラの眉が僅かに上がる。
「今の一言で止まるのですね」
「止まってねェ」
「黙りました」
「考えてただけだ」
「今夜のお酒についてでしょうか」
「……」
カイドウはウェンディを見る。
ウェンディも見返す。
「今日は一杯です」
「ウェンディを助けた」
「それは、とても感謝しています」
「屋根も壊してねェ」
「壊しました」
「敵の魔法陣も止めた」
「はい」
「なら三杯だ」
「どうして増えるんですか!」
「戦果だ」
「一杯です!」
「二杯」
「一杯です」
「一杯半」
「杯は半分に割れません!」
「量を減らせ」
「それなら最初から一杯です!」
カイドウとウェンディの交渉が始まる。
サクラは。
それを黙って見つめていた。
「指揮官殿」
ジュラが声をかける。
「少しよろしいですかな」
「はい」
「カイドウ殿を、完全に帰すことは難しいでしょう」
「分かっています」
サクラは小さく息を吐く。
「本人に聞こえる場所で言いたくはありませんが」
「全部聞こえてるぞ」
カイドウが言う。
「なら、聞いてください」
サクラはカイドウへ向き直る。
「あなたを連合軍へ正式加入させることはできません」
「なぜだ」
「命令に従わないからです」
「必要な命令なら聞く」
「何を必要と判断するかを、あなたが決めるのでしょう?」
「ああ」
「それでは指揮系統が成立しません」
「指揮なんていらん」
「必要です」
サクラの声は穏やか。
だが。
少しも揺らがない。
「複数のギルドから集まった魔導士が、それぞれ勝手に動けば、敵の罠へ簡単に誘導されます」
先ほど。
実際に。
連合軍は敵の陽動へ引っかかった。
外からの包囲へ意識を向け。
別荘内部へ侵入した敵の存在を見落とした。
結果。
ウェンディが連れ去られかけた。
「今回の失敗は、私の責任です」
サクラは全員を見回す。
「敵が正面から来るという思い込みがありました」
「サクラさんだけの責任じゃありません」
ウェンディが言う。
「私も、風の違和感へもっと早く気づいていれば」
「違います」
サクラは首を横に振る。
「指揮官である私が、全体を見なければなりませんでした」
「お前一人の責任でもねェ」
カイドウが言った。
サクラの目が僅かに見開かれる。
「珍しいですね」
「何がだ」
「私を責めないのですか?」
「守れなかったことは、腹が立つ」
「……」
「だが、敵がそれだけ上手かった」
カイドウは床へ残る魔法陣の痕跡を見る。
「囮を出して、気配を消して、狙った奴だけを閉じ込める」
それは。
ただの力自慢にはできない策だ。
「戦場じゃ、騙された方が悪い」
「では」
「次は騙されるな」
サクラは、しばらくカイドウを見る。
やがて。
「そのためにも、指揮系統が必要です」
「ああ」
「従っていただけますか?」
「ウェンディを守る命令ならな」
「また、それですか」
「それ以外は知らん」
「では、交渉しましょう」
サクラの口元へ。
僅かな笑みが浮かんだ。
カイドウの目が細くなる。
「何だ」
「あなたを、連合軍の正式な戦闘員にはしません」
「帰らんぞ」
「分かっています」
「なら」
「臨時護衛として、限定的に同行を認めます」
会議室が静まり返った。
「サクラさん?」
ウェンディが驚く。
「本当にいいんですか?」
「条件があります」
サクラはカイドウから目を逸らさない。
「一つ。勝手に敵を追わない」
「敵が目の前にいてもか」
「連合軍へ情報を伝えてからです」
「面倒だ」
「その言葉は禁止です」
ウェンディが即座に言う。
「……続けろ」
カイドウは不満そうに腕を組んだ。
「二つ。私の撤退命令には必ず従う」
「ウェンディが残っていたら?」
「私も残ります」
「ならいい」
「三つ。味方へ攻撃しない」
「先に殴られたら?」
「避けてください」
「無理だ」
「努力してください!」
ウェンディが口を挟む。
「カイドウさんなら避けられます!」
「殴り返した方が早い」
「駄目です!」
「四つ」
サクラは続ける。
「建物、森、街道、遺跡を必要以上に破壊しない」
「必要以上とは何だ」
「屋根を外す行為は必要以上です」
「あれは必要だった」
「次からは、事前に相談してください」
「緊急時に相談してる暇はねェ」
「ならば、壊す範囲を最小限に」
「今回も最小限だ」
全員が屋根のない空を見る。
カイドウも見る。
「……少し大きかったかもしれん」
ルーシィが目を見開く。
「認めた!?」
「気のせいだ」
「今、認めましたよね!」
ウェンディの顔が明るくなる。
「カイドウさん、成長しています!」
「褒めるな」
「最後の条件です」
サクラの声が少し低くなる。
「ウェンディさん本人の意思を尊重すること」
カイドウの表情が変わった。
「危険な判断をしたら止める」
「止めること自体は構いません」
「なら」
「ですが、無理やり連れ帰ることは認めません」
「……」
「意見を伝える。危険を説明する。守るために動く。それは許可します」
サクラの桜色の瞳は。
真っ直ぐにカイドウを見ている。
「ですが、ウェンディさんの道を、力で閉ざしてはなりません」
ヤマト。
鎖。
手枷。
鬼ヶ島。
カイドウの脳裏へ。
過去が浮かぶ。
「分かってる」
低い声だった。
「本当ですね?」
「ああ」
「ならば」
サクラは右手を差し出す。
「連合軍臨時護衛として、同行を認めます」
カイドウは、差し出された手を見る。
「握手か」
「契約の確認です」
「必要ねェ」
「では、認めません」
カイドウの眉間へ皺が寄る。
サクラは手を引かない。
ウェンディが、カイドウの上着を引いた。
「握手してください」
「面倒だ」
「その言葉は禁止です」
「お前、便利に使ってねェか」
「カイドウさんが何度も言うからです!」
カイドウは。
しばらくサクラの手を見た。
やがて。
巨大な右手を差し出す。
サクラの手を握った。
体格差。
カイドウの手だけで、サクラの腕まで包めそうだった。
「力を入れないでください」
「分かってる」
「本当に?」
「お前よりは丈夫だろ」
「比較対象がウェンディさんなのですか?」
「ああ」
「カイドウさん」
ウェンディが不満そうに言う。
「私だって丈夫です!」
「細い」
「普通です!」
「軽い」
「カイドウさんが大きいんです!」
サクラとカイドウの握手は。
無事に終わった。
骨が折れることも。
手が潰れることも。
突然勝負が始まることもなかった。
「契約成立です」
サクラが言う。
「今日から、カイドウは連合軍の臨時護衛となります」
「おお!」
ナツが声を上げる。
「これで勝負できるな!」
「できません」
サクラが即答した。
「何でだよ!」
「味方同士への攻撃は禁止です」
「訓練なら?」
「六魔将軍を倒してからにしてください」
「よし!」
ナツが拳を上げる。
「早く六魔将軍をぶっ飛ばすぞ!」
「目的が変わっていない?」
ルーシィが呆れる。
カイドウは。
ウェンディを見る。
「これで残れる」
「条件を守ってくださいね」
「ああ」
「本当に?」
「ああ」
「勝手に一人で行かない」
「ああ」
「サクラさんの撤退命令を聞く」
「ウェンディが一緒ならな」
「全員一緒です!」
「味方を殴らない」
「向こうが殴らなければな」
「避けてください!」
「森を壊さない」
「敵の場所による」
「最小限です!」
「お酒は」
「それは連合軍の条件ではありません」
カイドウの目が僅かに光る。
「なら自由だな」
「一日一杯です」
「なぜだ!」
「私との約束です!」
サクラは。
二人のやり取りを見ながら、少しだけ後悔し始めていた。
◇◇◇
屋根を失った別荘で。
連合軍は、改めて状況を整理することになった。
黒い魔法陣の残骸。
侵入者が残した古代文字。
ウェンディへ告げられた言葉。
『風の娘』
『天空の巫女』
『光と闇の間を巡る風』
『ニルヴァーナは、あなたを待っている』
それらを。
ヒビキが情報魔法によって記録し、解析を進めている。
長机の代わりに。
壊れていない小さな机が、庭へ運び出された。
その周りへ。
連合軍の魔導士たちが集まる。
別荘内部は危険だ。
再び魔法陣が発動する可能性もある。
そのため。
会議は、屋外で行うことになった。
「敵の先遣隊は撤退しました」
エルザが報告する。
「こちらが体勢を立て直す前に、全員森の奥へ消えた」
「追跡は?」
サクラが尋ねる。
「グレイとナツが一度追おうとしたが、止めた」
「何で止めたんだよ!」
ナツが不満そうに叫ぶ。
「罠の可能性が高いからだ!」
エルザの一喝。
ナツは口を閉じる。
カイドウは腕を組み、ナツを見た。
「情けねェな」
「何だと!?」
「一言で止まった」
「エルザは怖ェんだよ!」
「誰が怖い?」
エルザがナツを見る。
ナツの背筋が伸びる。
「何でもありません!」
「やはり情けねェ」
「てめェ!」
「二人とも!」
ウェンディが声を上げる。
カイドウとナツが同時に口を閉じた。
今度は。
グレイが吹き出した。
「お前ら、同じじゃねェか」
「違ェ!」
「違う!」
声が重なる。
「似ているわね」
シャルルが言う。
「あい!」
ハッピーも頷いた。
サクラは咳払いをする。
「話を続けます」
全員が地図へ視線を戻す。
「敵の目的は、ウェンディさんの確保だったと考えて間違いないでしょう」
「私を……」
ウェンディは、自分の手を見る。
「どうして、私の魔力がニルヴァーナの鍵になるんでしょう」
「天空の滅竜魔法が、ただの風魔法ではないからだろう」
ジュラが答えた。
「滅竜魔法は、古代の魔法じゃ」
「では、ニルヴァーナと同じ時代の魔法?」
ルーシィが尋ねる。
「その可能性はある」
ジュラは頷く。
「ニルヴァーナが光と闇を反転させる魔法ならば、その二つの間を巡る力が必要なのかもしれぬ」
「風が、光と闇の間を巡る」
ウェンディは、敵の言葉を繰り返す。
「風には、形がありません」
サクラが静かに言う。
「善でも悪でもない。どちらへも吹き、どちらの場所にも存在する」
「だから、私の魔力が?」
「まだ推測です」
サクラは続ける。
「ですが、六魔将軍は何らかの確信を持って、あなたを狙った」
「次は」
シャルルの声が険しくなる。
「もっと直接的に来るでしょうね」
「ああ」
エルザが頷く。
「今回の襲撃で、敵はウェンディを転送できなかった」
「次は、六魔将軍本人が動くかもしれない」
リオンが言う。
「なら、待てば来る」
カイドウが口元を上げた。
「話が早ェ」
「戦いを楽しみにしないでください!」
ウェンディが注意する。
「お前を狙う奴が来る」
「だからこそ、慎重に戦います」
「おれが先に潰す」
「サクラさんの指示を聞いてください!」
サクラは、カイドウを真っ直ぐ見る。
「敵が現れても、単独での突撃は禁止です」
「状況による」
「禁止です」
「ウェンディが狙われたら?」
「私たち全員で守ります」
「間に合わなかったら?」
「あなたが守ってください」
サクラは、はっきりと答えた。
「ただし、周囲の仲間を巻き込まないように」
「注文が多い」
「守れますか?」
カイドウは、ウェンディを見る。
黒い結界から引き出した時。
小さな腕を掴んだ感触。
もう離さないと。
思った。
だが。
ウェンディは。
連合軍へ残ることを選んだ。
「……やる」
カイドウが答える。
サクラは小さく頷いた。
「では、次の問題です」
地図の別荘付近へ。
ヒビキが新しい印を表示する。
「黒い魔法陣の転送先を、完全には特定できませんでした」
「完全には?」
ルーシィが聞き返す。
「術式の残滓から、方向だけは分かる」
ヒビキは。
別荘から北西。
森のさらに奥を指差した。
「この方角に、強い魔力の流れがあります」
「敵の本拠地か」
グレイが言う。
「あるいは、ニルヴァーナの眠る場所」
サクラの表情が引き締まる。
「どちらにせよ、調査が必要です」
「全員で行くの?」
シェリーが尋ねた。
「いいえ」
サクラは首を横に振る。
「敵は、こちらの人数を分散させたいはずです」
「なら、全員で動けばいい」
ナツが言う。
「大人数では、敵に位置を把握されやすい」
エルザが答える。
「別荘も、このまま放棄するわけにはいかない」
「魔法陣の資料も残っている」
ヒビキが続ける。
「解析には、もう少し時間が必要だ」
サクラは地図を見る。
別荘。
北西の魔力反応。
周囲の森。
六魔将軍の位置は不明。
連合軍を分ければ。
各個撃破される危険がある。
しかし。
全員で一か所へ動けば、別の場所を狙われる。
「二班に分かれます」
サクラが決断した。
「調査班と拠点防衛班です」
「私は、どちらですか?」
ウェンディが尋ねる。
カイドウが先に答える。
「防衛だ」
「カイドウさんが決めないでください!」
「狙われてる奴が、敵の場所へ行くな」
「でも、私の魔力が必要になるかもしれません」
「だから危険だと言ってる」
「サクラさん」
ウェンディは指揮官を見る。
サクラは、少し考える。
「ウェンディさんは、調査班へ入ってください」
カイドウの顔が険しくなる。
「桜頭」
「理由があります」
「聞く」
「転送術式の残滓は、ウェンディさんの魔力へ反応しています」
ヒビキが光の画面を見せる。
黒い術式。
その中心に。
青白い風の流れが残っている。
「彼女が近づけば、転送先やニルヴァーナの位置を特定できる可能性があります」
「囮にする気か」
「違います」
サクラの声は強い。
「狙われているからこそ、最も厚い護衛をつけます」
「誰だ」
「私」
サクラが言う。
「エルザ」
「ああ」
「ジュラ」
「承知しました」
「そして」
サクラはカイドウを見る。
「あなたです」
カイドウの目が僅かに細くなる。
「おれを護衛に使うのか」
「臨時護衛ですから」
「面白ェ」
「勝手な行動は禁止です」
「分かってる」
「本当に?」
ウェンディが尋ねる。
「三人もいる」
カイドウは、サクラ、エルザ、ジュラを見る。
「お前らが、ウェンディを守れるか見てやる」
「何様なのよ」
ルーシィが呟く。
「カイドウ様だ」
カイドウは堂々と答える。
「聞こえていたの!?」
「それなら」
ナツが手を上げる。
「オレも調査班!」
「お前は拠点防衛だ」
エルザが即答する。
「何でだ!」
「敵が再び別荘を狙う可能性がある」
「でも、六魔将軍は向こうかもしれねェだろ!」
「だからこそ、ここにも強い戦力を残す」
「グレイに任せろ!」
「てめェが残れ!」
グレイが怒鳴る。
「二人とも残ってください」
サクラが言う。
「拠点防衛班は、ナツ、グレイ、ルーシィ、ハッピー、一夜、青い天馬の三名、リオン、シェリー」
「私は?」
シャルルが尋ねる。
「ウェンディさんと共に、調査班です」
「当然よ」
シャルルはウェンディの肩へ飛び乗った。
「今度は絶対に離れないわ」
「ありがとう、シャルル」
「ウェンディさん」
サクラは、改めて少女を見る。
「危険な任務になります」
「はい」
「先ほどの結界の影響も残っています」
「私は大丈夫です」
カイドウの眉が動く。
「大丈夫じゃねェ」
「カイドウさん?」
「顔がまだ白い」
「少し疲れただけです」
「手も冷えてる」
「触っていませんよね?」
カイドウは。
ウェンディの手を取った。
「きゃっ」
巨大な手で。
小さな手を包む。
「やっぱり冷てェ」
「風に当たっていたからです」
「休め」
「出発前に休憩します」
「一時間だ」
「長すぎます」
「二時間」
「増えています!」
「休めば増える」
「何がですか?」
「魔力だ」
「少しで十分です!」
サクラが口を挟む。
「出発は、一時間後にしましょう」
「サクラさん!」
「ウェンディさん」
サクラの声は優しい。
「自分を守ることも、仲間を守ることです」
昨日。
教えられた言葉。
ウェンディは反論を止める。
「……分かりました」
「一時間、休んでください」
「はい」
「食事も取る」
カイドウが言う。
「はい」
「肉だ」
「消化にいい物にしてください」
サクラが答える。
「肉は消化にいい」
「脂の少ない物なら」
「桜頭」
「サクラです」
「話が分かるな」
「戦場で体調管理は重要ですから」
「酒は」
「不要です」
「やはり気に入らん」
「光栄です」
◇◇◇
一時間の休憩。
その間。
ウェンディは、庭の木陰へ座っていた。
別荘内部は危険。
屋根もない。
そのため。
青い天馬の魔導士たちが、庭へ簡易的な休憩所を作っている。
柔らかな長椅子。
日差しを遮る天幕。
温かいスープ。
果物。
パン。
さらに。
ウェンディの前には、山のような肉が置かれていた。
「多いです」
「食え」
カイドウが隣へ立っている。
「これ、カイドウさんの分ですよね?」
「お前のだ」
「食べられません!」
「魔力を使った」
「スープとパンで十分です!」
「肉もだ」
「一枚だけでいいです」
「五枚」
「多いです」
「四枚」
「一枚」
「三枚」
「一枚です!」
「二枚」
「……一枚半」
「交渉成立だ」
「カイドウさんが勝手に始めた交渉です!」
カイドウは肉を切り分けようとする。
包丁を持つ。
ウェンディの顔が青くなった。
「待ってください!」
「何だ」
「まな板まで切ります!」
「今回は加減する」
「この前も言いました!」
「今は違う」
「何が違うんですか?」
「連合軍だ」
「関係ありません!」
エルザが近づいてくる。
「私が切ろう」
「お願いします!」
ウェンディは、すぐに包丁をエルザへ渡した。
カイドウは不満そうに腕を組む。
「おれでもできる」
「まな板を壊さずに?」
「できる」
「では、こちらを切ってみろ」
エルザが、別の小さな肉とまな板を差し出す。
「エルザさん?」
「今後、野営で料理をする可能性もある」
エルザは真剣な顔だった。
「カイドウが力加減を覚えれば、戦力以外でも役に立つ」
「おれを料理係にする気か」
「できるのか?」
「ああ」
「なら証明しろ」
カイドウの目が細くなる。
「面白ェ」
ウェンディは嫌な予感を覚えた。
「カイドウさん」
「黙って見てろ」
カイドウは包丁を握る。
大きな手。
小さな包丁。
玩具のように見える。
肉へ刃を当てる。
「力を入れすぎないでください」
「ああ」
「ゆっくりです」
「ああ」
「まな板へ届く前に止めて」
「ああ」
刃が下りる。
肉が切れる。
まな板へ触れる。
ぴしっ。
小さな音。
全員の視線が集まる。
カイドウが包丁を上げる。
肉は綺麗に二つへ切れていた。
まな板には。
細い亀裂が一本。
「……」
「……」
「壊れてねェ」
カイドウが先に言った。
「ひびが入っています!」
「割れてねェ」
「壊れかけています!」
「前よりましだ」
エルザが言った。
「成長している」
「褒めるな」
「カイドウさん!」
ウェンディの顔が明るくなる。
「本当に上手くなっています!」
「子供扱いするな」
「もう一回やってみましょう!」
「嫌だ」
「練習です!」
「戦いの前だぞ」
「力加減の練習は、戦いにも役立ちます!」
「……」
カイドウは反論できない。
サクラが少し離れた場所から見ていた。
「ウェンディさん」
「はい?」
「あなたは、カイドウの教育係なのですか?」
「違います!」
「完全にそう見えるわ」
シャルルが言う。
「娘に育てられる父親ね」
「誰が父親だ!」
「大声を出さないでください!」
「……悪かった」
カイドウは、また自分から謝った。
今度は。
周囲が一瞬だけ静かになる。
「何だ」
「いえ」
サクラは、僅かに微笑んだ。
「本当に成長しているのですね」
「桜頭まで言うな」
「サクラです」
◇◇◇
休憩の後。
調査班は出発の準備を整えた。
サクラ。
エルザ。
ジュラ。
ウェンディ。
シャルル。
そしてカイドウ。
六人。
正確には。
五人と一匹。
森へ入る前。
ヒビキが、サクラへ小さな通信魔水晶を渡す。
「転送先の方向は、北西」
「ああ」
「ただし、魔力反応が途中で分岐している」
「分岐?」
「本物の痕跡を隠すため、複数の偽装経路が作られている」
ヒビキは、地図へ三本の線を表示する。
「中央が最も強い。だが、それが本物とは限らない」
「敵は、こちらが魔力を追跡することを想定している」
サクラは地図を見る。
「ウェンディさん」
「はい」
「風で、違いを感じられますか?」
「やってみます」
ウェンディは目を閉じた。
森から流れる風。
土。
木。
水。
動物。
魔力。
多くの匂いが混じっている。
三つの経路。
いずれにも。
黒い魔力の残滓がある。
だが。
「右の道は」
ウェンディが言う。
「匂いが強すぎます」
「強すぎる?」
「わざと残したみたいです」
カイドウが鼻を鳴らす。
「罠だな」
「たぶん」
「左は?」
サクラが尋ねる。
「途中で風が止まっています」
「結界かもしれません」
ジュラが言う。
「では、中央が本命?」
エルザが地図を見る。
ウェンディは、すぐに答えなかった。
目を閉じたまま。
さらに深く。
風へ意識を沈める。
黒い魔力。
その奥。
微かな。
古い石。
水。
花。
そして。
何か。
悲しい匂い。
「中央」
ウェンディが目を開く。
「中央の道から、泣いているような匂いがします」
「匂いが泣く?」
エルザが聞き返す。
「上手く言えません」
ウェンディは胸元へ手を当てる。
「誰かが悲しんでいるみたいな」
「ニルヴァーナかもしれません」
サクラが言う。
「光と闇を反転させる古代魔法。その力に、多くの感情が残っている可能性があります」
「中央へ行く」
カイドウが先に歩き出す。
「待ってください」
サクラが止める。
「今、中央と決まった」
「隊列を決めます」
「必要ねェ」
「契約を忘れましたか?」
カイドウが止まる。
「……続けろ」
「先頭はエルザとジュラ」
サクラが指示する。
「私は中央で全体を確認。ウェンディさんとシャルルも中央」
「おれは?」
「最後尾です」
カイドウの顔が険しくなる。
「なぜだ」
「背後からの攻撃を警戒してください」
「ウェンディから遠い」
「数歩です」
「遠い」
「十分近いです」
「三歩以内だ」
「隊列では無理です」
「なら、ウェンディの後ろ」
「私の後ろです」
「お前が邪魔だ」
「指揮官です」
二人が睨み合う。
ウェンディが手を上げた。
「私が、カイドウさんから見える位置を歩きます」
「ウェンディさん」
「サクラさんの後ろで。カイドウさんからも見える場所です」
サクラは少し考える。
「分かりました」
カイドウも。
渋々頷く。
「見えなくなったら、前へ出る」
「見えるように歩きます!」
「男はいないな」
「ジュラさんがいます!」
「年上すぎる」
「何の確認ですか!?」
ジュラは、穏やかに笑った。
「心配はいりません、カイドウ殿」
「何がだ」
「私はウェンディ殿を、孫ほどの年齢の少女として見ております」
「本当だな」
「誓いましょう」
「ならいい」
「何を納得しているんですか!」
ウェンディの顔が赤くなる。
「もう出発します!」
「焦るな」
「カイドウさんのせいです!」
調査班は。
ようやく森へ向かって歩き始めた。
◇◇◇
別荘から離れるにつれ。
森は、少しずつ姿を変えていった。
最初は。
太陽の光が差し込む、明るい林だった。
鳥が鳴き。
小動物が走り。
草花が風に揺れる。
だが。
北西へ進むほど。
木々は太く。
枝葉は密集し。
空が見えなくなっていく。
地面には。
古い石の欠片が点在している。
人工的に削られた跡。
崩れた柱。
苔に覆われた石畳。
「遺跡ですね」
サクラが周囲を見回す。
「かなり古い」
エルザが石壁へ触れる。
「文字が刻まれている」
壁面。
風化した古代文字。
円。
線。
光と闇を表すような、二つの紋章。
「ニルヴァーナと関係が?」
ウェンディが尋ねる。
「可能性は高い」
ジュラが答える。
「この森には、かつて古代文明が存在したといわれている」
「ウェンディ」
カイドウが呼ぶ。
「はい?」
「石へ触るな」
「まだ触っていません」
「罠かもしれん」
「気をつけます」
「見るだけにしろ」
「でも、調査が」
「サクラにやらせろ」
「指揮官を便利に使わないでください」
サクラが言う。
「お前は強いんだろ」
「ウェンディさんも魔導士です」
「だからって、全部やらせるな」
「全部はやらせません」
「半分も駄目だ」
「カイドウさん」
ウェンディが振り返る。
「私は大丈夫です」
「さっきも言ってたな」
「……」
「大丈夫じゃなかった」
ウェンディは言葉を止める。
カイドウの顔は。
怒ってはいない。
責めてもいない。
ただ。
心配している。
「では」
ウェンディは考えた。
「カイドウさんと一緒に調べます」
「あ?」
「私が文字を見ます。カイドウさんは、危険がないか見ていてください」
「触らねェな」
「必要があれば、サクラさんへ確認します」
「一人で動かねェな」
「はい」
カイドウは少し考える。
「ならいい」
サクラが目を丸くした。
「交渉が成立しましたね」
「ウェンディさんは扱いが上手い」
ジュラが笑う。
「誰が扱われてる」
カイドウが不満そうに言う。
「教育されています」
シャルルが答える。
「白狸」
「エクシードよ」
ウェンディは、古代文字を読む。
完全には理解できない。
だが。
一部。
知っている言葉と似た形がある。
「光」
指で示す。
「こちらは、闇だと思います」
その間。
渦を巻くような紋章。
「これは、風?」
「あるいは循環です」
サクラが答える。
「光と闇の間を巡る力」
「やはり」
ウェンディの魔力。
天空の風。
それが。
ニルヴァーナを起動させる何かと繋がっている。
「気に入らんな」
カイドウが言う。
「何がですか?」
「お前の力を、勝手に鍵に使う」
「私も嫌です」
「なら、鍵ごと壊す」
「私を壊さないでください!」
「ニルヴァーナだ」
「主語をつけてください!」
シャルルが呆れる。
「会話だけ聞くと、ウェンディを壊すみたいだったわ」
「おれが、こいつを壊すわけねェだろ」
カイドウは即答した。
ウェンディの目が僅かに大きくなる。
サクラも。
エルザも。
ジュラも。
カイドウを見る。
「何だ」
「いえ」
サクラは小さく笑った。
「本当に大切なのですね」
「違ェ」
「今の言葉で否定する方が無理でしょう」
「護衛だ」
「はいはい」
シャルルは、もう追及しなかった。
◇◇◇
遺跡の石畳を進む。
やがて。
道が三つへ分かれた。
ヒビキが示した分岐点。
右。
左。
中央。
右側の道には。
目に見えるほど濃い黒い魔力が漂っている。
「分かりやすいですね」
ウェンディが言う。
「来てくださいと言っているようです」
「罠だな」
エルザが頷く。
左側。
風がない。
木々も。
草も。
完全に静止している。
「結界です」
サクラが手をかざす。
「内部の気配が読めません」
「壊すか」
カイドウが拳を握る。
「まだです」
「手間が省ける」
「何が隠れているか分かりません」
「だから壊す」
「建物の時と同じです!」
ウェンディが止める。
「まず、中央を調べましょう」
中央の道。
見た目には。
最も普通だった。
黒い魔力も。
結界もない。
ただ。
奥から。
冷たい風が吹いている。
ウェンディの水色の髪が揺れる。
「この風」
ウェンディは目を閉じる。
風の中へ。
声が混ざっている。
誰かの。
何人もの。
泣き声。
怒り。
悲しみ。
恨み。
助けを求める声。
「苦しい……」
ウェンディが胸を押さえた。
カイドウが、すぐに肩を抱く。
「どうした」
「風の中に、感情が」
「聞くな」
「でも」
「離れろ」
カイドウはウェンディを抱き上げようとする。
ウェンディが止めた。
「大丈夫です」
「また、それか」
「今度は、本当に」
「顔が白い」
「少しだけです」
「戻るぞ」
「待ってください」
ウェンディは、カイドウの腕を掴む。
「この声を聞かないと」
「なぜだ」
「ニルヴァーナが何なのか、分かるかもしれません」
「お前が苦しむ必要はねェ」
「私にしか聞こえないんです」
カイドウは黙る。
ウェンディは。
風へ向き直る。
怖い。
胸が痛い。
知らない人たちの悲しみが。
自分の中へ流れ込んでくる。
それでも。
逃げない。
「一人で聞くな」
カイドウが言った。
「え?」
大きな手が。
ウェンディの頭へ載る。
「おれがいる」
魔法で。
感情を共有できるわけではない。
風の声を聞けるわけでもない。
それでも。
隣にいる。
「シャルルもいるわ」
白いエクシードが肩へ乗る。
「私たちもです」
サクラが続ける。
エルザ。
ジュラ。
全員が近くにいる。
「はい」
ウェンディは。
もう一度。
風へ耳を澄ませた。
泣き声。
古い記憶。
争い。
善と悪。
憎しみ。
愛情。
何かが。
反転する。
親しかった者が敵となり。
憎んでいた者を守ろうとする。
世界が。
ひっくり返る。
その中心。
巨大な魔法。
そして。
声。
『止めて』
ウェンディの目が開いた。
「誰かが」
「何ですか?」
サクラが尋ねる。
「ニルヴァーナを止めてって」
「誰が?」
「分かりません」
ウェンディは中央の道の奥を見る。
「でも」
木々の向こう。
暗闇の中。
淡い青い光が見える。
「この先にいます」
「誰かが?」
「はい」
「罠の可能性があります」
サクラが言う。
「それでも、進む必要があります」
エルザが剣へ手をかける。
「敵が待っているなら、突破する」
「ウォロロロ」
カイドウが笑う。
「やっと戦いらしくなってきたな」
「勝手に前へ出ないでください」
サクラが先に釘を刺す。
「分かってる」
「本当に?」
ウェンディが聞く。
「ああ」
「では、隊列を守って」
「おれは後ろだったな」
「はい」
「ウェンディが見える位置です」
「分かってる」
カイドウは。
少しだけ不満そうに。
最後尾へ下がった。
エルザが目を丸くする。
「本当に従った」
「ウェンディさんの教育の成果です」
サクラが言う。
「誰が教育されてる」
「では、自主的に?」
「ああ」
「なぜ?」
カイドウは、ウェンディの背中を見る。
「見えるからだ」
小さな背中。
水色の髪。
シャルル。
周囲には。
サクラ。
エルザ。
ジュラ。
強い魔導士たち。
今度は。
一人ではない。
「行くぞ」
カイドウの声。
ウェンディが振り返る。
「はい!」
調査班は。
青い光の見える道へ進んでいった。
◇◇◇
同じ頃。
青い天馬の別荘。
拠点防衛班は。
屋根の修理へ取りかかっていた。
正確には。
戦闘への警戒を続けながら。
最低限、夜露を防げる程度の天幕を張っている。
「もっと右!」
ルーシィが指示を出す。
「ナツ、そっちを引っ張って!」
「こうか?」
「強すぎ!」
布が破れた。
「何してるのよ!」
「少し引いたんだぞ!」
「カイドウみたいなこと言うな!」
「誰があいつと同じだ!」
「似てるぞ」
グレイが言う。
「何だと!」
「喧嘩するな!」
エルザがいないため。
止める者がいない。
リオンが、冷たい目で二人を見る。
「くだらん」
「何だと、リオン!」
グレイが振り返る。
「貴様は昔から成長していない」
「てめェも相変わらず偉そうだな!」
「兄弟喧嘩?」
ルーシィが尋ねる。
「違う!」
「違わん!」
「どっちなのよ!」
一夜は。
外された屋根の前に立っている。
何とか戻せないか。
角度を変え。
距離を測り。
香水魔法で持ち上げようとしていた。
「力の香り!」
一夜の筋肉が膨らむ。
屋根へ手をかける。
「メェェェン!」
動かない。
ヒビキが冷静に言う。
「カイドウさんが片手で持ち上げていました」
「比較するな!」
一夜の膝が震える。
「美しき屋根よ、なぜこれほど重い!」
「屋根だからです」
イヴが答える。
レンは。
森の方角を見ていた。
「ヒビキ」
「何だ?」
「調査班の反応は?」
「通信魔水晶では、まだ問題ない」
「カイドウさんの反応だけ、異常に大きいね」
「情報画面の半分を占領している」
ヒビキは画面を見る。
五人と一匹。
その中で。
カイドウの魔力反応だけ。
巨大すぎる。
「本当に人間なのか?」
レンが呟く。
「本人は人間だと言っていました」
「龍になるが」
「異世界は怖いな」
その時。
ハッピーが鼻を動かした。
「あい?」
「どうしたの?」
ルーシィが尋ねる。
「変な匂いがする」
「匂い?」
「土の下から」
全員の動きが止まる。
ジュラは調査班。
大地の異変を察知できる魔導士は、ここにはいない。
グレイが地面へ手を触れる。
「冷気を流す」
氷の魔力。
地面の下。
根。
石。
空洞。
「……何かいる」
グレイの顔が変わる。
「別荘の地下だ!」
直後。
地面が。
大きく盛り上がった。
◇◇◇
森の奥。
調査班は。
青い光の前へ到着していた。
そこにあったのは。
崩れた石の門。
門の向こう。
地下へ続く階段。
階段の両側には。
淡い青い炎が灯っている。
「人を待っていたようですね」
サクラが言う。
「誰かが、火をつけた」
エルザは剣を抜く。
「敵がいる可能性が高い」
「匂いは?」
カイドウがウェンディへ尋ねる。
「人の匂いがあります」
「何人だ」
「一人」
「六魔将軍か」
「分かりません」
「弱いか」
「……弱っていると思います」
血。
古い衣服。
疲労。
空腹。
そして。
強い悲しみ。
「助けを呼んでいる人です」
ウェンディは階段へ進もうとする。
カイドウの手が肩を掴んだ。
「一人で行くな」
「はい」
「エルザ」
サクラが指示する。
「先頭を」
「分かった」
「ジュラは周囲の地盤を確認」
「承知しました」
「カイドウは最後尾」
「分かってる」
全員が。
慎重に階段を下りる。
石の壁。
青い炎。
湿った空気。
古い血の匂い。
奥。
広い地下空間。
そこに。
一人の少女が座っていた。
黒い鎖で。
壁へ繋がれている。
年齢は。
ウェンディより少し上。
長い銀髪。
粗末な服。
両腕には、黒い紋様。
少女は。
ゆっくり顔を上げた。
「天空の……巫女……」
かすれた声。
ウェンディは、一歩前へ出る。
「私を知っているんですか?」
「来ないで」
少女が叫んだ。
同時に。
床へ。
黒い魔法陣が浮かび上がる。
「罠です!」
サクラの翼が広がる。
カイドウの顔が険しくなる。
少女は。
涙を流しながら。
自分の腕を押さえていた。
「逃げて……」
黒い紋様が。
全身へ広がっていく。
「私の中に」
少女の背後。
巨大な闇が立ち上がる。
「六魔将軍の魔法がいる!」
地下空間の入口が。
轟音と共に閉じた。
別荘の地下。
新たな敵の気配。
森の遺跡。
閉じ込められた調査班。
二つの場所で。
同時に。
六魔将軍の次の罠が動き始めていた。
「ウェンディ」
カイドウが前へ出る。
「おれの後ろへ来い」
「でも、あの子を助けないと!」
「助ける」
カイドウの腕へ。
青い鱗が浮かぶ。
「今度は」
黄金色の瞳が。
少女の背後に立つ闇を睨む。
「お前を見失わねェ場所でな」
戦いの匂いが。
地下遺跡を満たしていった。
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