『百獣のカイドウ、化猫の宿で居候になる 』   作:パスカルDX

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第15話 最強生物、連合軍の臨時護衛に任命される

第15話 最強生物、連合軍の臨時護衛に任命される

 

 

 青い天馬の別荘から、屋根がなくなっていた。

 

 正確に言えば。

 

 屋根は、建物のすぐ隣へ置かれている。

 

 百獣のカイドウが、黒い結界へ閉じ込められたウェンディを見つけるため、別荘の上部を蓋のように持ち上げた結果だった。

 

 屋根そのものは、驚くほど原形を保っている。

 

 瓦も。

 

 梁も。

 

 装飾も。

 

 一部が外れ、何か所か亀裂が入っているものの、粉々にはなっていない。

 

 だからこそ。

 

 カイドウは、先ほどから同じ主張を繰り返していた。

 

「壊してねェ」

 

「壊れています」

 

 サクラ・ヴィンセントは、淡々と言い返した。

 

 屋根のない会議室。

 

 床には黒い魔法陣の痕跡が残り、壁の一部は崩れ、机や椅子は部屋の隅へ吹き飛ばされている。

 

 その中央。

 

 聖十大魔導であるサクラと、異世界の最強生物が向かい合っていた。

 

「屋根は残ってる」

 

「本来あるべき場所にありません」

 

「横に置いただけだ」

 

「建物から取り外した時点で破壊です」

 

「戻せば使える」

 

「誰が戻すのですか?」

 

「おれだ」

 

 カイドウが当然のように答える。

 

 サクラは、隣へ置かれた巨大な屋根を見る。

 

 次に。

 

 屋根の上部へ、しっかり刻まれた巨大な指の跡を見る。

 

 最後に。

 

 得意そうな顔で腕を組むカイドウを見る。

 

「あなたが戻した場合、今度は別荘全体が潰れる可能性があります」

 

「潰さねェ」

 

「その言葉を信用できる材料がありません」

 

「ウェンディを助けた」

 

「それと修理能力は別です」

 

 サクラは一歩も引かない。

 

 カイドウの眉間に皺が刻まれる。

 

 両者の間へ。

 

 ウェンディが慌てて入った。

 

「二人とも、今は屋根の話をしている場合じゃありません!」

 

「重要です」

 

 サクラが答える。

 

「青い天馬からお借りした別荘です。指揮官として、損害を確認する必要があります」

 

「屋根より、六魔将軍だろ」

 

 カイドウが言った。

 

「原因を作った方が言わないでください!」

 

 ウェンディの声が響く。

 

 その横では。

 

 青い天馬の代表、一夜が地面へ膝をついていた。

 

 開け放たれた空を見上げ。

 

 両手を震わせている。

 

「我らが美しき別荘の屋根が……」

 

「一夜さん」

 

 ヒビキが肩へ手を置く。

 

「命が助かっただけでも幸運です」

 

「しかし、あの優雅な曲線! 青く輝く瓦! 月明かりを受けて香り立つ屋根が!」

 

「屋根は香りません」

 

 レンが冷静に指摘する。

 

「メェーン……」

 

 一夜は胸を押さえた。

 

 まるで、大切な家族を失ったような顔である。

 

 カイドウは、一夜を見下ろした。

 

「横にあるぞ」

 

「屋根は、建物の上にあるからこそ屋根なのだ!」

 

「戻せばいい」

 

「繊細な装飾が崩れている!」

 

「直せ」

 

「誰が壊したと思っているのだ!」

 

「おれだ」

 

「堂々と言うな!」

 

 一夜の叫びが、森へ響いた。

 

 ウェンディは額へ手を当てる。

 

 シャルルは隣で、深い溜息を吐いた。

 

「助けに来たはずなのに、騒動を増やしているわね」

 

「ウェンディは助かった」

 

 カイドウが言う。

 

「それだけは感謝しているわ」

 

「なら問題ねェ」

 

「問題は別にあるのよ!」

 

 カイドウは、不満そうに鼻を鳴らした。

 

 彼のすぐ隣。

 

 ウェンディは無事に立っている。

 

 顔色は少し白い。

 

 黒い結界へ閉じ込められ、魔力を遮断された影響が残っているのだろう。

 

 それでも。

 

 大きな怪我はない。

 

 意識もはっきりしている。

 

 カイドウは、会話をしている間も何度も彼女を確認していた。

 

 呼吸。

 

 足元。

 

 手の震え。

 

 顔色。

 

 少しでも変化があれば、すぐに抱き上げるつもりなのだろう。

 

「カイドウさん」

 

「何だ」

 

「見すぎです」

 

「見てねェ」

 

「ずっと私の方を見ています」

 

「お前の後ろを見てる」

 

 ウェンディが振り返る。

 

 後ろにあるのは、崩れた壁だけだった。

 

「壁しかありません」

 

「また敵が出るかもしれん」

 

「だからって、私をずっと見なくても大丈夫です」

 

「大丈夫じゃなかっただろ」

 

 低い声。

 

 ウェンディは言葉を止めた。

 

 黒い結界。

 

 空気を遮断され。

 

 助けを呼べず。

 

 敵の転送魔法へ飲み込まれかけた。

 

 カイドウが戻らなければ。

 

 自分は、どこかへ連れ去られていたかもしれない。

 

「……ごめんなさい」

 

「謝るな」

 

「心配させました」

 

「だから謝るな」

 

「でも」

 

「呼んだ」

 

 カイドウは、ウェンディの頭へ手を置いた。

 

「お前は呼んだ。おれが来た。それで終わりだ」

 

 ウェンディは、頭へ載せられた大きな手を見る。

 

 少し重い。

 

 けれど。

 

 嫌ではなかった。

 

「はい」

 

 ウェンディは小さく笑った。

 

 その光景を。

 

 連合軍の魔導士たちが、少し離れた場所から見ている。

 

「完全に親子だな」

 

 グレイが呟いた。

 

「違ェ」

 

 カイドウが即座に否定する。

 

 グレイの肩が跳ねる。

 

「聞こえてんのかよ!」

 

「親子ではありません!」

 

 ウェンディも顔を赤くして否定した。

 

 ルーシィは苦笑する。

 

「そこだけは、息が合うのね」

 

「親子ほど似るというではないか」

 

 ジュラが穏やかに言う。

 

「違います!」

 

「違ェ!」

 

 再び声が重なる。

 

 ナツは大声で笑った。

 

「やっぱり似てるじゃねェか!」

 

「お前は黙れ!」

 

 カイドウの怒声。

 

 ナツは楽しそうに拳を握る。

 

「元気になったなら勝負しようぜ!」

 

「おう」

 

「駄目です!」

 

 ウェンディが二人の間へ飛び込んだ。

 

「今、敵に襲われたばかりなんですよ!」

 

「だから体が温まってる」

 

 ナツが言う。

 

「オレも戦い足りねェ!」

 

「おれもだ」

 

「気が合うな!」

 

「二人とも戦わないでください!」

 

 ウェンディの声が屋根のない会議室へ響く。

 

 サクラは。

 

 その騒がしい光景を見ながら。

 

 額へ指を当てていた。

 

「サクラ」

 

 エルザが隣へ立つ。

 

「どうする?」

 

「何をですか?」

 

「カイドウだ」

 

「帰っていただきます」

 

 即答だった。

 

 カイドウの耳が動く。

 

「聞こえてるぞ、桜頭」

 

「サクラです」

 

「おれは残る」

 

「帰ってください」

 

「ウェンディが狙われてる」

 

「理解しています」

 

「なら残る」

 

「正式な連合軍の参加者ではありません」

 

「今から入る」

 

「勝手に加入しないでください」

 

「化猫の宿代表を二人にしろ」

 

「すでにウェンディさんが代表です」

 

「護衛枠を作れ」

 

「そのような枠はありません」

 

「今作れ」

 

「無理です」

 

「面倒な女だな」

 

「その言葉は禁止です!」

 

 ウェンディが反射的に叫ぶ。

 

 カイドウは口を閉じた。

 

 サクラの眉が僅かに上がる。

 

「今の一言で止まるのですね」

 

「止まってねェ」

 

「黙りました」

 

「考えてただけだ」

 

「今夜のお酒についてでしょうか」

 

「……」

 

 カイドウはウェンディを見る。

 

 ウェンディも見返す。

 

「今日は一杯です」

 

「ウェンディを助けた」

 

「それは、とても感謝しています」

 

「屋根も壊してねェ」

 

「壊しました」

 

「敵の魔法陣も止めた」

 

「はい」

 

「なら三杯だ」

 

「どうして増えるんですか!」

 

「戦果だ」

 

「一杯です!」

 

「二杯」

 

「一杯です」

 

「一杯半」

 

「杯は半分に割れません!」

 

「量を減らせ」

 

「それなら最初から一杯です!」

 

 カイドウとウェンディの交渉が始まる。

 

 サクラは。

 

 それを黙って見つめていた。

 

「指揮官殿」

 

 ジュラが声をかける。

 

「少しよろしいですかな」

 

「はい」

 

「カイドウ殿を、完全に帰すことは難しいでしょう」

 

「分かっています」

 

 サクラは小さく息を吐く。

 

「本人に聞こえる場所で言いたくはありませんが」

 

「全部聞こえてるぞ」

 

 カイドウが言う。

 

「なら、聞いてください」

 

 サクラはカイドウへ向き直る。

 

「あなたを連合軍へ正式加入させることはできません」

 

「なぜだ」

 

「命令に従わないからです」

 

「必要な命令なら聞く」

 

「何を必要と判断するかを、あなたが決めるのでしょう?」

 

「ああ」

 

「それでは指揮系統が成立しません」

 

「指揮なんていらん」

 

「必要です」

 

 サクラの声は穏やか。

 

 だが。

 

 少しも揺らがない。

 

「複数のギルドから集まった魔導士が、それぞれ勝手に動けば、敵の罠へ簡単に誘導されます」

 

 先ほど。

 

 実際に。

 

 連合軍は敵の陽動へ引っかかった。

 

 外からの包囲へ意識を向け。

 

 別荘内部へ侵入した敵の存在を見落とした。

 

 結果。

 

 ウェンディが連れ去られかけた。

 

「今回の失敗は、私の責任です」

 

 サクラは全員を見回す。

 

「敵が正面から来るという思い込みがありました」

 

「サクラさんだけの責任じゃありません」

 

 ウェンディが言う。

 

「私も、風の違和感へもっと早く気づいていれば」

 

「違います」

 

 サクラは首を横に振る。

 

「指揮官である私が、全体を見なければなりませんでした」

 

「お前一人の責任でもねェ」

 

 カイドウが言った。

 

 サクラの目が僅かに見開かれる。

 

「珍しいですね」

 

「何がだ」

 

「私を責めないのですか?」

 

「守れなかったことは、腹が立つ」

 

「……」

 

「だが、敵がそれだけ上手かった」

 

 カイドウは床へ残る魔法陣の痕跡を見る。

 

「囮を出して、気配を消して、狙った奴だけを閉じ込める」

 

 それは。

 

 ただの力自慢にはできない策だ。

 

「戦場じゃ、騙された方が悪い」

 

「では」

 

「次は騙されるな」

 

 サクラは、しばらくカイドウを見る。

 

 やがて。

 

「そのためにも、指揮系統が必要です」

 

「ああ」

 

「従っていただけますか?」

 

「ウェンディを守る命令ならな」

 

「また、それですか」

 

「それ以外は知らん」

 

「では、交渉しましょう」

 

 サクラの口元へ。

 

 僅かな笑みが浮かんだ。

 

 カイドウの目が細くなる。

 

「何だ」

 

「あなたを、連合軍の正式な戦闘員にはしません」

 

「帰らんぞ」

 

「分かっています」

 

「なら」

 

「臨時護衛として、限定的に同行を認めます」

 

 会議室が静まり返った。

 

「サクラさん?」

 

 ウェンディが驚く。

 

「本当にいいんですか?」

 

「条件があります」

 

 サクラはカイドウから目を逸らさない。

 

「一つ。勝手に敵を追わない」

 

「敵が目の前にいてもか」

 

「連合軍へ情報を伝えてからです」

 

「面倒だ」

 

「その言葉は禁止です」

 

 ウェンディが即座に言う。

 

「……続けろ」

 

 カイドウは不満そうに腕を組んだ。

 

「二つ。私の撤退命令には必ず従う」

 

「ウェンディが残っていたら?」

 

「私も残ります」

 

「ならいい」

 

「三つ。味方へ攻撃しない」

 

「先に殴られたら?」

 

「避けてください」

 

「無理だ」

 

「努力してください!」

 

 ウェンディが口を挟む。

 

「カイドウさんなら避けられます!」

 

「殴り返した方が早い」

 

「駄目です!」

 

「四つ」

 

 サクラは続ける。

 

「建物、森、街道、遺跡を必要以上に破壊しない」

 

「必要以上とは何だ」

 

「屋根を外す行為は必要以上です」

 

「あれは必要だった」

 

「次からは、事前に相談してください」

 

「緊急時に相談してる暇はねェ」

 

「ならば、壊す範囲を最小限に」

 

「今回も最小限だ」

 

 全員が屋根のない空を見る。

 

 カイドウも見る。

 

「……少し大きかったかもしれん」

 

 ルーシィが目を見開く。

 

「認めた!?」

 

「気のせいだ」

 

「今、認めましたよね!」

 

 ウェンディの顔が明るくなる。

 

「カイドウさん、成長しています!」

 

「褒めるな」

 

「最後の条件です」

 

 サクラの声が少し低くなる。

 

「ウェンディさん本人の意思を尊重すること」

 

 カイドウの表情が変わった。

 

「危険な判断をしたら止める」

 

「止めること自体は構いません」

 

「なら」

 

「ですが、無理やり連れ帰ることは認めません」

 

「……」

 

「意見を伝える。危険を説明する。守るために動く。それは許可します」

 

 サクラの桜色の瞳は。

 

 真っ直ぐにカイドウを見ている。

 

「ですが、ウェンディさんの道を、力で閉ざしてはなりません」

 

 ヤマト。

 

 鎖。

 

 手枷。

 

 鬼ヶ島。

 

 カイドウの脳裏へ。

 

 過去が浮かぶ。

 

「分かってる」

 

 低い声だった。

 

「本当ですね?」

 

「ああ」

 

「ならば」

 

 サクラは右手を差し出す。

 

「連合軍臨時護衛として、同行を認めます」

 

 カイドウは、差し出された手を見る。

 

「握手か」

 

「契約の確認です」

 

「必要ねェ」

 

「では、認めません」

 

 カイドウの眉間へ皺が寄る。

 

 サクラは手を引かない。

 

 ウェンディが、カイドウの上着を引いた。

 

「握手してください」

 

「面倒だ」

 

「その言葉は禁止です」

 

「お前、便利に使ってねェか」

 

「カイドウさんが何度も言うからです!」

 

 カイドウは。

 

 しばらくサクラの手を見た。

 

 やがて。

 

 巨大な右手を差し出す。

 

 サクラの手を握った。

 

 体格差。

 

 カイドウの手だけで、サクラの腕まで包めそうだった。

 

「力を入れないでください」

 

「分かってる」

 

「本当に?」

 

「お前よりは丈夫だろ」

 

「比較対象がウェンディさんなのですか?」

 

「ああ」

 

「カイドウさん」

 

 ウェンディが不満そうに言う。

 

「私だって丈夫です!」

 

「細い」

 

「普通です!」

 

「軽い」

 

「カイドウさんが大きいんです!」

 

 サクラとカイドウの握手は。

 

 無事に終わった。

 

 骨が折れることも。

 

 手が潰れることも。

 

 突然勝負が始まることもなかった。

 

「契約成立です」

 

 サクラが言う。

 

「今日から、カイドウは連合軍の臨時護衛となります」

 

「おお!」

 

 ナツが声を上げる。

 

「これで勝負できるな!」

 

「できません」

 

 サクラが即答した。

 

「何でだよ!」

 

「味方同士への攻撃は禁止です」

 

「訓練なら?」

 

「六魔将軍を倒してからにしてください」

 

「よし!」

 

 ナツが拳を上げる。

 

「早く六魔将軍をぶっ飛ばすぞ!」

 

「目的が変わっていない?」

 

 ルーシィが呆れる。

 

 カイドウは。

 

 ウェンディを見る。

 

「これで残れる」

 

「条件を守ってくださいね」

 

「ああ」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「勝手に一人で行かない」

 

「ああ」

 

「サクラさんの撤退命令を聞く」

 

「ウェンディが一緒ならな」

 

「全員一緒です!」

 

「味方を殴らない」

 

「向こうが殴らなければな」

 

「避けてください!」

 

「森を壊さない」

 

「敵の場所による」

 

「最小限です!」

 

「お酒は」

 

「それは連合軍の条件ではありません」

 

 カイドウの目が僅かに光る。

 

「なら自由だな」

 

「一日一杯です」

 

「なぜだ!」

 

「私との約束です!」

 

 サクラは。

 

 二人のやり取りを見ながら、少しだけ後悔し始めていた。

 

          ◇◇◇

 

 屋根を失った別荘で。

 

 連合軍は、改めて状況を整理することになった。

 

 黒い魔法陣の残骸。

 

 侵入者が残した古代文字。

 

 ウェンディへ告げられた言葉。

 

『風の娘』

 

『天空の巫女』

 

『光と闇の間を巡る風』

 

『ニルヴァーナは、あなたを待っている』

 

 それらを。

 

 ヒビキが情報魔法によって記録し、解析を進めている。

 

 長机の代わりに。

 

 壊れていない小さな机が、庭へ運び出された。

 

 その周りへ。

 

 連合軍の魔導士たちが集まる。

 

 別荘内部は危険だ。

 

 再び魔法陣が発動する可能性もある。

 

 そのため。

 

 会議は、屋外で行うことになった。

 

「敵の先遣隊は撤退しました」

 

 エルザが報告する。

 

「こちらが体勢を立て直す前に、全員森の奥へ消えた」

 

「追跡は?」

 

 サクラが尋ねる。

 

「グレイとナツが一度追おうとしたが、止めた」

 

「何で止めたんだよ!」

 

 ナツが不満そうに叫ぶ。

 

「罠の可能性が高いからだ!」

 

 エルザの一喝。

 

 ナツは口を閉じる。

 

 カイドウは腕を組み、ナツを見た。

 

「情けねェな」

 

「何だと!?」

 

「一言で止まった」

 

「エルザは怖ェんだよ!」

 

「誰が怖い?」

 

 エルザがナツを見る。

 

 ナツの背筋が伸びる。

 

「何でもありません!」

 

「やはり情けねェ」

 

「てめェ!」

 

「二人とも!」

 

 ウェンディが声を上げる。

 

 カイドウとナツが同時に口を閉じた。

 

 今度は。

 

 グレイが吹き出した。

 

「お前ら、同じじゃねェか」

 

「違ェ!」

 

「違う!」

 

 声が重なる。

 

「似ているわね」

 

 シャルルが言う。

 

「あい!」

 

 ハッピーも頷いた。

 

 サクラは咳払いをする。

 

「話を続けます」

 

 全員が地図へ視線を戻す。

 

「敵の目的は、ウェンディさんの確保だったと考えて間違いないでしょう」

 

「私を……」

 

 ウェンディは、自分の手を見る。

 

「どうして、私の魔力がニルヴァーナの鍵になるんでしょう」

 

「天空の滅竜魔法が、ただの風魔法ではないからだろう」

 

 ジュラが答えた。

 

「滅竜魔法は、古代の魔法じゃ」

 

「では、ニルヴァーナと同じ時代の魔法?」

 

 ルーシィが尋ねる。

 

「その可能性はある」

 

 ジュラは頷く。

 

「ニルヴァーナが光と闇を反転させる魔法ならば、その二つの間を巡る力が必要なのかもしれぬ」

 

「風が、光と闇の間を巡る」

 

 ウェンディは、敵の言葉を繰り返す。

 

「風には、形がありません」

 

 サクラが静かに言う。

 

「善でも悪でもない。どちらへも吹き、どちらの場所にも存在する」

 

「だから、私の魔力が?」

 

「まだ推測です」

 

 サクラは続ける。

 

「ですが、六魔将軍は何らかの確信を持って、あなたを狙った」

 

「次は」

 

 シャルルの声が険しくなる。

 

「もっと直接的に来るでしょうね」

 

「ああ」

 

 エルザが頷く。

 

「今回の襲撃で、敵はウェンディを転送できなかった」

 

「次は、六魔将軍本人が動くかもしれない」

 

 リオンが言う。

 

「なら、待てば来る」

 

 カイドウが口元を上げた。

 

「話が早ェ」

 

「戦いを楽しみにしないでください!」

 

 ウェンディが注意する。

 

「お前を狙う奴が来る」

 

「だからこそ、慎重に戦います」

 

「おれが先に潰す」

 

「サクラさんの指示を聞いてください!」

 

 サクラは、カイドウを真っ直ぐ見る。

 

「敵が現れても、単独での突撃は禁止です」

 

「状況による」

 

「禁止です」

 

「ウェンディが狙われたら?」

 

「私たち全員で守ります」

 

「間に合わなかったら?」

 

「あなたが守ってください」

 

 サクラは、はっきりと答えた。

 

「ただし、周囲の仲間を巻き込まないように」

 

「注文が多い」

 

「守れますか?」

 

 カイドウは、ウェンディを見る。

 

 黒い結界から引き出した時。

 

 小さな腕を掴んだ感触。

 

 もう離さないと。

 

 思った。

 

 だが。

 

 ウェンディは。

 

 連合軍へ残ることを選んだ。

 

「……やる」

 

 カイドウが答える。

 

 サクラは小さく頷いた。

 

「では、次の問題です」

 

 地図の別荘付近へ。

 

 ヒビキが新しい印を表示する。

 

「黒い魔法陣の転送先を、完全には特定できませんでした」

 

「完全には?」

 

 ルーシィが聞き返す。

 

「術式の残滓から、方向だけは分かる」

 

 ヒビキは。

 

 別荘から北西。

 

 森のさらに奥を指差した。

 

「この方角に、強い魔力の流れがあります」

 

「敵の本拠地か」

 

 グレイが言う。

 

「あるいは、ニルヴァーナの眠る場所」

 

 サクラの表情が引き締まる。

 

「どちらにせよ、調査が必要です」

 

「全員で行くの?」

 

 シェリーが尋ねた。

 

「いいえ」

 

 サクラは首を横に振る。

 

「敵は、こちらの人数を分散させたいはずです」

 

「なら、全員で動けばいい」

 

 ナツが言う。

 

「大人数では、敵に位置を把握されやすい」

 

 エルザが答える。

 

「別荘も、このまま放棄するわけにはいかない」

 

「魔法陣の資料も残っている」

 

 ヒビキが続ける。

 

「解析には、もう少し時間が必要だ」

 

 サクラは地図を見る。

 

 別荘。

 

 北西の魔力反応。

 

 周囲の森。

 

 六魔将軍の位置は不明。

 

 連合軍を分ければ。

 

 各個撃破される危険がある。

 

 しかし。

 

 全員で一か所へ動けば、別の場所を狙われる。

 

「二班に分かれます」

 

 サクラが決断した。

 

「調査班と拠点防衛班です」

 

「私は、どちらですか?」

 

 ウェンディが尋ねる。

 

 カイドウが先に答える。

 

「防衛だ」

 

「カイドウさんが決めないでください!」

 

「狙われてる奴が、敵の場所へ行くな」

 

「でも、私の魔力が必要になるかもしれません」

 

「だから危険だと言ってる」

 

「サクラさん」

 

 ウェンディは指揮官を見る。

 

 サクラは、少し考える。

 

「ウェンディさんは、調査班へ入ってください」

 

 カイドウの顔が険しくなる。

 

「桜頭」

 

「理由があります」

 

「聞く」

 

「転送術式の残滓は、ウェンディさんの魔力へ反応しています」

 

 ヒビキが光の画面を見せる。

 

 黒い術式。

 

 その中心に。

 

 青白い風の流れが残っている。

 

「彼女が近づけば、転送先やニルヴァーナの位置を特定できる可能性があります」

 

「囮にする気か」

 

「違います」

 

 サクラの声は強い。

 

「狙われているからこそ、最も厚い護衛をつけます」

 

「誰だ」

 

「私」

 

 サクラが言う。

 

「エルザ」

 

「ああ」

 

「ジュラ」

 

「承知しました」

 

「そして」

 

 サクラはカイドウを見る。

 

「あなたです」

 

 カイドウの目が僅かに細くなる。

 

「おれを護衛に使うのか」

 

「臨時護衛ですから」

 

「面白ェ」

 

「勝手な行動は禁止です」

 

「分かってる」

 

「本当に?」

 

 ウェンディが尋ねる。

 

「三人もいる」

 

 カイドウは、サクラ、エルザ、ジュラを見る。

 

「お前らが、ウェンディを守れるか見てやる」

 

「何様なのよ」

 

 ルーシィが呟く。

 

「カイドウ様だ」

 

 カイドウは堂々と答える。

 

「聞こえていたの!?」

 

「それなら」

 

 ナツが手を上げる。

 

「オレも調査班!」

 

「お前は拠点防衛だ」

 

 エルザが即答する。

 

「何でだ!」

 

「敵が再び別荘を狙う可能性がある」

 

「でも、六魔将軍は向こうかもしれねェだろ!」

 

「だからこそ、ここにも強い戦力を残す」

 

「グレイに任せろ!」

 

「てめェが残れ!」

 

 グレイが怒鳴る。

 

「二人とも残ってください」

 

 サクラが言う。

 

「拠点防衛班は、ナツ、グレイ、ルーシィ、ハッピー、一夜、青い天馬の三名、リオン、シェリー」

 

「私は?」

 

 シャルルが尋ねる。

 

「ウェンディさんと共に、調査班です」

 

「当然よ」

 

 シャルルはウェンディの肩へ飛び乗った。

 

「今度は絶対に離れないわ」

 

「ありがとう、シャルル」

 

「ウェンディさん」

 

 サクラは、改めて少女を見る。

 

「危険な任務になります」

 

「はい」

 

「先ほどの結界の影響も残っています」

 

「私は大丈夫です」

 

 カイドウの眉が動く。

 

「大丈夫じゃねェ」

 

「カイドウさん?」

 

「顔がまだ白い」

 

「少し疲れただけです」

 

「手も冷えてる」

 

「触っていませんよね?」

 

 カイドウは。

 

 ウェンディの手を取った。

 

「きゃっ」

 

 巨大な手で。

 

 小さな手を包む。

 

「やっぱり冷てェ」

 

「風に当たっていたからです」

 

「休め」

 

「出発前に休憩します」

 

「一時間だ」

 

「長すぎます」

 

「二時間」

 

「増えています!」

 

「休めば増える」

 

「何がですか?」

 

「魔力だ」

 

「少しで十分です!」

 

 サクラが口を挟む。

 

「出発は、一時間後にしましょう」

 

「サクラさん!」

 

「ウェンディさん」

 

 サクラの声は優しい。

 

「自分を守ることも、仲間を守ることです」

 

 昨日。

 

 教えられた言葉。

 

 ウェンディは反論を止める。

 

「……分かりました」

 

「一時間、休んでください」

 

「はい」

 

「食事も取る」

 

 カイドウが言う。

 

「はい」

 

「肉だ」

 

「消化にいい物にしてください」

 

 サクラが答える。

 

「肉は消化にいい」

 

「脂の少ない物なら」

 

「桜頭」

 

「サクラです」

 

「話が分かるな」

 

「戦場で体調管理は重要ですから」

 

「酒は」

 

「不要です」

 

「やはり気に入らん」

 

「光栄です」

 

          ◇◇◇

 

 一時間の休憩。

 

 その間。

 

 ウェンディは、庭の木陰へ座っていた。

 

 別荘内部は危険。

 

 屋根もない。

 

 そのため。

 

 青い天馬の魔導士たちが、庭へ簡易的な休憩所を作っている。

 

 柔らかな長椅子。

 

 日差しを遮る天幕。

 

 温かいスープ。

 

 果物。

 

 パン。

 

 さらに。

 

 ウェンディの前には、山のような肉が置かれていた。

 

「多いです」

 

「食え」

 

 カイドウが隣へ立っている。

 

「これ、カイドウさんの分ですよね?」

 

「お前のだ」

 

「食べられません!」

 

「魔力を使った」

 

「スープとパンで十分です!」

 

「肉もだ」

 

「一枚だけでいいです」

 

「五枚」

 

「多いです」

 

「四枚」

 

「一枚」

 

「三枚」

 

「一枚です!」

 

「二枚」

 

「……一枚半」

 

「交渉成立だ」

 

「カイドウさんが勝手に始めた交渉です!」

 

 カイドウは肉を切り分けようとする。

 

 包丁を持つ。

 

 ウェンディの顔が青くなった。

 

「待ってください!」

 

「何だ」

 

「まな板まで切ります!」

 

「今回は加減する」

 

「この前も言いました!」

 

「今は違う」

 

「何が違うんですか?」

 

「連合軍だ」

 

「関係ありません!」

 

 エルザが近づいてくる。

 

「私が切ろう」

 

「お願いします!」

 

 ウェンディは、すぐに包丁をエルザへ渡した。

 

 カイドウは不満そうに腕を組む。

 

「おれでもできる」

 

「まな板を壊さずに?」

 

「できる」

 

「では、こちらを切ってみろ」

 

 エルザが、別の小さな肉とまな板を差し出す。

 

「エルザさん?」

 

「今後、野営で料理をする可能性もある」

 

 エルザは真剣な顔だった。

 

「カイドウが力加減を覚えれば、戦力以外でも役に立つ」

 

「おれを料理係にする気か」

 

「できるのか?」

 

「ああ」

 

「なら証明しろ」

 

 カイドウの目が細くなる。

 

「面白ェ」

 

 ウェンディは嫌な予感を覚えた。

 

「カイドウさん」

 

「黙って見てろ」

 

 カイドウは包丁を握る。

 

 大きな手。

 

 小さな包丁。

 

 玩具のように見える。

 

 肉へ刃を当てる。

 

「力を入れすぎないでください」

 

「ああ」

 

「ゆっくりです」

 

「ああ」

 

「まな板へ届く前に止めて」

 

「ああ」

 

 刃が下りる。

 

 肉が切れる。

 

 まな板へ触れる。

 

 ぴしっ。

 

 小さな音。

 

 全員の視線が集まる。

 

 カイドウが包丁を上げる。

 

 肉は綺麗に二つへ切れていた。

 

 まな板には。

 

 細い亀裂が一本。

 

「……」

 

「……」

 

「壊れてねェ」

 

 カイドウが先に言った。

 

「ひびが入っています!」

 

「割れてねェ」

 

「壊れかけています!」

 

「前よりましだ」

 

 エルザが言った。

 

「成長している」

 

「褒めるな」

 

「カイドウさん!」

 

 ウェンディの顔が明るくなる。

 

「本当に上手くなっています!」

 

「子供扱いするな」

 

「もう一回やってみましょう!」

 

「嫌だ」

 

「練習です!」

 

「戦いの前だぞ」

 

「力加減の練習は、戦いにも役立ちます!」

 

「……」

 

 カイドウは反論できない。

 

 サクラが少し離れた場所から見ていた。

 

「ウェンディさん」

 

「はい?」

 

「あなたは、カイドウの教育係なのですか?」

 

「違います!」

 

「完全にそう見えるわ」

 

 シャルルが言う。

 

「娘に育てられる父親ね」

 

「誰が父親だ!」

 

「大声を出さないでください!」

 

「……悪かった」

 

 カイドウは、また自分から謝った。

 

 今度は。

 

 周囲が一瞬だけ静かになる。

 

「何だ」

 

「いえ」

 

 サクラは、僅かに微笑んだ。

 

「本当に成長しているのですね」

 

「桜頭まで言うな」

 

「サクラです」

 

          ◇◇◇

 

 休憩の後。

 

 調査班は出発の準備を整えた。

 

 サクラ。

 

 エルザ。

 

 ジュラ。

 

 ウェンディ。

 

 シャルル。

 

 そしてカイドウ。

 

 六人。

 

 正確には。

 

 五人と一匹。

 

 森へ入る前。

 

 ヒビキが、サクラへ小さな通信魔水晶を渡す。

 

「転送先の方向は、北西」

 

「ああ」

 

「ただし、魔力反応が途中で分岐している」

 

「分岐?」

 

「本物の痕跡を隠すため、複数の偽装経路が作られている」

 

 ヒビキは、地図へ三本の線を表示する。

 

「中央が最も強い。だが、それが本物とは限らない」

 

「敵は、こちらが魔力を追跡することを想定している」

 

 サクラは地図を見る。

 

「ウェンディさん」

 

「はい」

 

「風で、違いを感じられますか?」

 

「やってみます」

 

 ウェンディは目を閉じた。

 

 森から流れる風。

 

 土。

 

 木。

 

 水。

 

 動物。

 

 魔力。

 

 多くの匂いが混じっている。

 

 三つの経路。

 

 いずれにも。

 

 黒い魔力の残滓がある。

 

 だが。

 

「右の道は」

 

 ウェンディが言う。

 

「匂いが強すぎます」

 

「強すぎる?」

 

「わざと残したみたいです」

 

 カイドウが鼻を鳴らす。

 

「罠だな」

 

「たぶん」

 

「左は?」

 

 サクラが尋ねる。

 

「途中で風が止まっています」

 

「結界かもしれません」

 

 ジュラが言う。

 

「では、中央が本命?」

 

 エルザが地図を見る。

 

 ウェンディは、すぐに答えなかった。

 

 目を閉じたまま。

 

 さらに深く。

 

 風へ意識を沈める。

 

 黒い魔力。

 

 その奥。

 

 微かな。

 

 古い石。

 

 水。

 

 花。

 

 そして。

 

 何か。

 

 悲しい匂い。

 

「中央」

 

 ウェンディが目を開く。

 

「中央の道から、泣いているような匂いがします」

 

「匂いが泣く?」

 

 エルザが聞き返す。

 

「上手く言えません」

 

 ウェンディは胸元へ手を当てる。

 

「誰かが悲しんでいるみたいな」

 

「ニルヴァーナかもしれません」

 

 サクラが言う。

 

「光と闇を反転させる古代魔法。その力に、多くの感情が残っている可能性があります」

 

「中央へ行く」

 

 カイドウが先に歩き出す。

 

「待ってください」

 

 サクラが止める。

 

「今、中央と決まった」

 

「隊列を決めます」

 

「必要ねェ」

 

「契約を忘れましたか?」

 

 カイドウが止まる。

 

「……続けろ」

 

「先頭はエルザとジュラ」

 

 サクラが指示する。

 

「私は中央で全体を確認。ウェンディさんとシャルルも中央」

 

「おれは?」

 

「最後尾です」

 

 カイドウの顔が険しくなる。

 

「なぜだ」

 

「背後からの攻撃を警戒してください」

 

「ウェンディから遠い」

 

「数歩です」

 

「遠い」

 

「十分近いです」

 

「三歩以内だ」

 

「隊列では無理です」

 

「なら、ウェンディの後ろ」

 

「私の後ろです」

 

「お前が邪魔だ」

 

「指揮官です」

 

 二人が睨み合う。

 

 ウェンディが手を上げた。

 

「私が、カイドウさんから見える位置を歩きます」

 

「ウェンディさん」

 

「サクラさんの後ろで。カイドウさんからも見える場所です」

 

 サクラは少し考える。

 

「分かりました」

 

 カイドウも。

 

 渋々頷く。

 

「見えなくなったら、前へ出る」

 

「見えるように歩きます!」

 

「男はいないな」

 

「ジュラさんがいます!」

 

「年上すぎる」

 

「何の確認ですか!?」

 

 ジュラは、穏やかに笑った。

 

「心配はいりません、カイドウ殿」

 

「何がだ」

 

「私はウェンディ殿を、孫ほどの年齢の少女として見ております」

 

「本当だな」

 

「誓いましょう」

 

「ならいい」

 

「何を納得しているんですか!」

 

 ウェンディの顔が赤くなる。

 

「もう出発します!」

 

「焦るな」

 

「カイドウさんのせいです!」

 

 調査班は。

 

 ようやく森へ向かって歩き始めた。

 

          ◇◇◇

 

 別荘から離れるにつれ。

 

 森は、少しずつ姿を変えていった。

 

 最初は。

 

 太陽の光が差し込む、明るい林だった。

 

 鳥が鳴き。

 

 小動物が走り。

 

 草花が風に揺れる。

 

 だが。

 

 北西へ進むほど。

 

 木々は太く。

 

 枝葉は密集し。

 

 空が見えなくなっていく。

 

 地面には。

 

 古い石の欠片が点在している。

 

 人工的に削られた跡。

 

 崩れた柱。

 

 苔に覆われた石畳。

 

「遺跡ですね」

 

 サクラが周囲を見回す。

 

「かなり古い」

 

 エルザが石壁へ触れる。

 

「文字が刻まれている」

 

 壁面。

 

 風化した古代文字。

 

 円。

 

 線。

 

 光と闇を表すような、二つの紋章。

 

「ニルヴァーナと関係が?」

 

 ウェンディが尋ねる。

 

「可能性は高い」

 

 ジュラが答える。

 

「この森には、かつて古代文明が存在したといわれている」

 

「ウェンディ」

 

 カイドウが呼ぶ。

 

「はい?」

 

「石へ触るな」

 

「まだ触っていません」

 

「罠かもしれん」

 

「気をつけます」

 

「見るだけにしろ」

 

「でも、調査が」

 

「サクラにやらせろ」

 

「指揮官を便利に使わないでください」

 

 サクラが言う。

 

「お前は強いんだろ」

 

「ウェンディさんも魔導士です」

 

「だからって、全部やらせるな」

 

「全部はやらせません」

 

「半分も駄目だ」

 

「カイドウさん」

 

 ウェンディが振り返る。

 

「私は大丈夫です」

 

「さっきも言ってたな」

 

「……」

 

「大丈夫じゃなかった」

 

 ウェンディは言葉を止める。

 

 カイドウの顔は。

 

 怒ってはいない。

 

 責めてもいない。

 

 ただ。

 

 心配している。

 

「では」

 

 ウェンディは考えた。

 

「カイドウさんと一緒に調べます」

 

「あ?」

 

「私が文字を見ます。カイドウさんは、危険がないか見ていてください」

 

「触らねェな」

 

「必要があれば、サクラさんへ確認します」

 

「一人で動かねェな」

 

「はい」

 

 カイドウは少し考える。

 

「ならいい」

 

 サクラが目を丸くした。

 

「交渉が成立しましたね」

 

「ウェンディさんは扱いが上手い」

 

 ジュラが笑う。

 

「誰が扱われてる」

 

 カイドウが不満そうに言う。

 

「教育されています」

 

 シャルルが答える。

 

「白狸」

 

「エクシードよ」

 

 ウェンディは、古代文字を読む。

 

 完全には理解できない。

 

 だが。

 

 一部。

 

 知っている言葉と似た形がある。

 

「光」

 

 指で示す。

 

「こちらは、闇だと思います」

 

 その間。

 

 渦を巻くような紋章。

 

「これは、風?」

 

「あるいは循環です」

 

 サクラが答える。

 

「光と闇の間を巡る力」

 

「やはり」

 

 ウェンディの魔力。

 

 天空の風。

 

 それが。

 

 ニルヴァーナを起動させる何かと繋がっている。

 

「気に入らんな」

 

 カイドウが言う。

 

「何がですか?」

 

「お前の力を、勝手に鍵に使う」

 

「私も嫌です」

 

「なら、鍵ごと壊す」

 

「私を壊さないでください!」

 

「ニルヴァーナだ」

 

「主語をつけてください!」

 

 シャルルが呆れる。

 

「会話だけ聞くと、ウェンディを壊すみたいだったわ」

 

「おれが、こいつを壊すわけねェだろ」

 

 カイドウは即答した。

 

 ウェンディの目が僅かに大きくなる。

 

 サクラも。

 

 エルザも。

 

 ジュラも。

 

 カイドウを見る。

 

「何だ」

 

「いえ」

 

 サクラは小さく笑った。

 

「本当に大切なのですね」

 

「違ェ」

 

「今の言葉で否定する方が無理でしょう」

 

「護衛だ」

 

「はいはい」

 

 シャルルは、もう追及しなかった。

 

          ◇◇◇

 

 遺跡の石畳を進む。

 

 やがて。

 

 道が三つへ分かれた。

 

 ヒビキが示した分岐点。

 

 右。

 

 左。

 

 中央。

 

 右側の道には。

 

 目に見えるほど濃い黒い魔力が漂っている。

 

「分かりやすいですね」

 

 ウェンディが言う。

 

「来てくださいと言っているようです」

 

「罠だな」

 

 エルザが頷く。

 

 左側。

 

 風がない。

 

 木々も。

 

 草も。

 

 完全に静止している。

 

「結界です」

 

 サクラが手をかざす。

 

「内部の気配が読めません」

 

「壊すか」

 

 カイドウが拳を握る。

 

「まだです」

 

「手間が省ける」

 

「何が隠れているか分かりません」

 

「だから壊す」

 

「建物の時と同じです!」

 

 ウェンディが止める。

 

「まず、中央を調べましょう」

 

 中央の道。

 

 見た目には。

 

 最も普通だった。

 

 黒い魔力も。

 

 結界もない。

 

 ただ。

 

 奥から。

 

 冷たい風が吹いている。

 

 ウェンディの水色の髪が揺れる。

 

「この風」

 

 ウェンディは目を閉じる。

 

 風の中へ。

 

 声が混ざっている。

 

 誰かの。

 

 何人もの。

 

 泣き声。

 

 怒り。

 

 悲しみ。

 

 恨み。

 

 助けを求める声。

 

「苦しい……」

 

 ウェンディが胸を押さえた。

 

 カイドウが、すぐに肩を抱く。

 

「どうした」

 

「風の中に、感情が」

 

「聞くな」

 

「でも」

 

「離れろ」

 

 カイドウはウェンディを抱き上げようとする。

 

 ウェンディが止めた。

 

「大丈夫です」

 

「また、それか」

 

「今度は、本当に」

 

「顔が白い」

 

「少しだけです」

 

「戻るぞ」

 

「待ってください」

 

 ウェンディは、カイドウの腕を掴む。

 

「この声を聞かないと」

 

「なぜだ」

 

「ニルヴァーナが何なのか、分かるかもしれません」

 

「お前が苦しむ必要はねェ」

 

「私にしか聞こえないんです」

 

 カイドウは黙る。

 

 ウェンディは。

 

 風へ向き直る。

 

 怖い。

 

 胸が痛い。

 

 知らない人たちの悲しみが。

 

 自分の中へ流れ込んでくる。

 

 それでも。

 

 逃げない。

 

「一人で聞くな」

 

 カイドウが言った。

 

「え?」

 

 大きな手が。

 

 ウェンディの頭へ載る。

 

「おれがいる」

 

 魔法で。

 

 感情を共有できるわけではない。

 

 風の声を聞けるわけでもない。

 

 それでも。

 

 隣にいる。

 

「シャルルもいるわ」

 

 白いエクシードが肩へ乗る。

 

「私たちもです」

 

 サクラが続ける。

 

 エルザ。

 

 ジュラ。

 

 全員が近くにいる。

 

「はい」

 

 ウェンディは。

 

 もう一度。

 

 風へ耳を澄ませた。

 

 泣き声。

 

 古い記憶。

 

 争い。

 

 善と悪。

 

 憎しみ。

 

 愛情。

 

 何かが。

 

 反転する。

 

 親しかった者が敵となり。

 

 憎んでいた者を守ろうとする。

 

 世界が。

 

 ひっくり返る。

 

 その中心。

 

 巨大な魔法。

 

 そして。

 

 声。

 

『止めて』

 

 ウェンディの目が開いた。

 

「誰かが」

 

「何ですか?」

 

 サクラが尋ねる。

 

「ニルヴァーナを止めてって」

 

「誰が?」

 

「分かりません」

 

 ウェンディは中央の道の奥を見る。

 

「でも」

 

 木々の向こう。

 

 暗闇の中。

 

 淡い青い光が見える。

 

「この先にいます」

 

「誰かが?」

 

「はい」

 

「罠の可能性があります」

 

 サクラが言う。

 

「それでも、進む必要があります」

 

 エルザが剣へ手をかける。

 

「敵が待っているなら、突破する」

 

「ウォロロロ」

 

 カイドウが笑う。

 

「やっと戦いらしくなってきたな」

 

「勝手に前へ出ないでください」

 

 サクラが先に釘を刺す。

 

「分かってる」

 

「本当に?」

 

 ウェンディが聞く。

 

「ああ」

 

「では、隊列を守って」

 

「おれは後ろだったな」

 

「はい」

 

「ウェンディが見える位置です」

 

「分かってる」

 

 カイドウは。

 

 少しだけ不満そうに。

 

 最後尾へ下がった。

 

 エルザが目を丸くする。

 

「本当に従った」

 

「ウェンディさんの教育の成果です」

 

 サクラが言う。

 

「誰が教育されてる」

 

「では、自主的に?」

 

「ああ」

 

「なぜ?」

 

 カイドウは、ウェンディの背中を見る。

 

「見えるからだ」

 

 小さな背中。

 

 水色の髪。

 

 シャルル。

 

 周囲には。

 

 サクラ。

 

 エルザ。

 

 ジュラ。

 

 強い魔導士たち。

 

 今度は。

 

 一人ではない。

 

「行くぞ」

 

 カイドウの声。

 

 ウェンディが振り返る。

 

「はい!」

 

 調査班は。

 

 青い光の見える道へ進んでいった。

 

          ◇◇◇

 

 同じ頃。

 

 青い天馬の別荘。

 

 拠点防衛班は。

 

 屋根の修理へ取りかかっていた。

 

 正確には。

 

 戦闘への警戒を続けながら。

 

 最低限、夜露を防げる程度の天幕を張っている。

 

「もっと右!」

 

 ルーシィが指示を出す。

 

「ナツ、そっちを引っ張って!」

 

「こうか?」

 

「強すぎ!」

 

 布が破れた。

 

「何してるのよ!」

 

「少し引いたんだぞ!」

 

「カイドウみたいなこと言うな!」

 

「誰があいつと同じだ!」

 

「似てるぞ」

 

 グレイが言う。

 

「何だと!」

 

「喧嘩するな!」

 

 エルザがいないため。

 

 止める者がいない。

 

 リオンが、冷たい目で二人を見る。

 

「くだらん」

 

「何だと、リオン!」

 

 グレイが振り返る。

 

「貴様は昔から成長していない」

 

「てめェも相変わらず偉そうだな!」

 

「兄弟喧嘩?」

 

 ルーシィが尋ねる。

 

「違う!」

 

「違わん!」

 

「どっちなのよ!」

 

 一夜は。

 

 外された屋根の前に立っている。

 

 何とか戻せないか。

 

 角度を変え。

 

 距離を測り。

 

 香水魔法で持ち上げようとしていた。

 

「力の香り!」

 

 一夜の筋肉が膨らむ。

 

 屋根へ手をかける。

 

「メェェェン!」

 

 動かない。

 

 ヒビキが冷静に言う。

 

「カイドウさんが片手で持ち上げていました」

 

「比較するな!」

 

 一夜の膝が震える。

 

「美しき屋根よ、なぜこれほど重い!」

 

「屋根だからです」

 

 イヴが答える。

 

 レンは。

 

 森の方角を見ていた。

 

「ヒビキ」

 

「何だ?」

 

「調査班の反応は?」

 

「通信魔水晶では、まだ問題ない」

 

「カイドウさんの反応だけ、異常に大きいね」

 

「情報画面の半分を占領している」

 

 ヒビキは画面を見る。

 

 五人と一匹。

 

 その中で。

 

 カイドウの魔力反応だけ。

 

 巨大すぎる。

 

「本当に人間なのか?」

 

 レンが呟く。

 

「本人は人間だと言っていました」

 

「龍になるが」

 

「異世界は怖いな」

 

 その時。

 

 ハッピーが鼻を動かした。

 

「あい?」

 

「どうしたの?」

 

 ルーシィが尋ねる。

 

「変な匂いがする」

 

「匂い?」

 

「土の下から」

 

 全員の動きが止まる。

 

 ジュラは調査班。

 

 大地の異変を察知できる魔導士は、ここにはいない。

 

 グレイが地面へ手を触れる。

 

「冷気を流す」

 

 氷の魔力。

 

 地面の下。

 

 根。

 

 石。

 

 空洞。

 

「……何かいる」

 

 グレイの顔が変わる。

 

「別荘の地下だ!」

 

 直後。

 

 地面が。

 

 大きく盛り上がった。

 

          ◇◇◇

 

 森の奥。

 

 調査班は。

 

 青い光の前へ到着していた。

 

 そこにあったのは。

 

 崩れた石の門。

 

 門の向こう。

 

 地下へ続く階段。

 

 階段の両側には。

 

 淡い青い炎が灯っている。

 

「人を待っていたようですね」

 

 サクラが言う。

 

「誰かが、火をつけた」

 

 エルザは剣を抜く。

 

「敵がいる可能性が高い」

 

「匂いは?」

 

 カイドウがウェンディへ尋ねる。

 

「人の匂いがあります」

 

「何人だ」

 

「一人」

 

「六魔将軍か」

 

「分かりません」

 

「弱いか」

 

「……弱っていると思います」

 

 血。

 

 古い衣服。

 

 疲労。

 

 空腹。

 

 そして。

 

 強い悲しみ。

 

「助けを呼んでいる人です」

 

 ウェンディは階段へ進もうとする。

 

 カイドウの手が肩を掴んだ。

 

「一人で行くな」

 

「はい」

 

「エルザ」

 

 サクラが指示する。

 

「先頭を」

 

「分かった」

 

「ジュラは周囲の地盤を確認」

 

「承知しました」

 

「カイドウは最後尾」

 

「分かってる」

 

 全員が。

 

 慎重に階段を下りる。

 

 石の壁。

 

 青い炎。

 

 湿った空気。

 

 古い血の匂い。

 

 奥。

 

 広い地下空間。

 

 そこに。

 

 一人の少女が座っていた。

 

 黒い鎖で。

 

 壁へ繋がれている。

 

 年齢は。

 

 ウェンディより少し上。

 

 長い銀髪。

 

 粗末な服。

 

 両腕には、黒い紋様。

 

 少女は。

 

 ゆっくり顔を上げた。

 

「天空の……巫女……」

 

 かすれた声。

 

 ウェンディは、一歩前へ出る。

 

「私を知っているんですか?」

 

「来ないで」

 

 少女が叫んだ。

 

 同時に。

 

 床へ。

 

 黒い魔法陣が浮かび上がる。

 

「罠です!」

 

 サクラの翼が広がる。

 

 カイドウの顔が険しくなる。

 

 少女は。

 

 涙を流しながら。

 

 自分の腕を押さえていた。

 

「逃げて……」

 

 黒い紋様が。

 

 全身へ広がっていく。

 

「私の中に」

 

 少女の背後。

 

 巨大な闇が立ち上がる。

 

「六魔将軍の魔法がいる!」

 

 地下空間の入口が。

 

 轟音と共に閉じた。

 

 別荘の地下。

 

 新たな敵の気配。

 

 森の遺跡。

 

 閉じ込められた調査班。

 

 二つの場所で。

 

 同時に。

 

 六魔将軍の次の罠が動き始めていた。

 

「ウェンディ」

 

 カイドウが前へ出る。

 

「おれの後ろへ来い」

 

「でも、あの子を助けないと!」

 

「助ける」

 

 カイドウの腕へ。

 

 青い鱗が浮かぶ。

 

「今度は」

 

 黄金色の瞳が。

 

 少女の背後に立つ闇を睨む。

 

「お前を見失わねェ場所でな」

 

 戦いの匂いが。

 

 地下遺跡を満たしていった。




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