『百獣のカイドウ、化猫の宿で居候になる 』 作:パスカルDX
第21話 最強生物、家族を背負って聖地へ向かう
朝。
森には、薄い霧が降りていた。
夜露を含んだ草木が朝日に照らされ、葉の先から小さな雫を落としている。
鳥の声。
遠くを流れる川。
薪が燃え尽きる小さな音。
普段なら。
静かで。
心地よい朝だっただろう。
けれど。
化猫の宿が消えてしまった空き地には。
どこか。
昨日までとは違う空気が漂っていた。
「……」
ウェンディは。
目を覚ました後もしばらく。
横になったまま。
空を見ていた。
天幕。
その向こう。
木々。
青い空。
いつもなら。
起きれば。
化猫の宿の天井があった。
隣の部屋。
廊下。
階段。
食堂。
マスター。
仲間。
「……そっか」
小さな声。
「もう」
胸。
少し。
痛む。
「ないんだ」
化猫の宿。
建物。
仲間たち。
全部。
幻影。
ローバウルの魔法。
自分が一人にならないため。
作られた家族。
でも。
ウェンディにとって。
本物だった。
だからこそ。
消えたという事実は。
簡単には受け入れられない。
「ウェンディ?」
隣。
ルナが。
目を開けた。
「起きてたの?」
「今」
ウェンディは。
笑おうとする。
「おはよう」
「……おはよう」
ルナは。
ウェンディを見る。
そして。
すぐ。
何かを感じ取る。
「寂しい?」
「え?」
「家」
ルナ。
小さな声。
「なくなったから」
「……」
ウェンディは。
少し。
黙る。
「うん」
正直に。
「寂しい」
「……」
「すごく」
ルナは。
ウェンディの手へ。
自分の手を重ねる。
「私も」
「ルナも?」
「家が分からない」
「……」
「名前も」
「……」
「家族も」
銀髪。
朝日。
淡く。
光る。
「だから」
ルナは。
少しだけ。
笑った。
「ウェンディの気持ち」
「……」
「少しだけ分かる」
ウェンディの目。
柔らかくなる。
「ルナ」
「うん」
「一緒に」
手。
握り返す。
「探そう」
「何を?」
「帰る場所」
「……」
「ルナの家も」
「……」
「私の新しい家も」
「新しい?」
「はい」
ウェンディは。
少し考える。
「化猫の宿は」
「……」
「消えちゃいました」
「うん」
「でも」
胸。
指差す。
「なくなってはいません」
昨日。
自分で言った。
家は。
建物だけではない。
「だから」
「……」
「もう一度」
ウェンディ。
少し。
笑う。
「作ればいいんです」
ルナの瞳。
揺れる。
「私も」
「もちろん」
「いていい?」
「はい!」
即答。
「ルナも」
ウェンディは。
明るく。
「もう仲間です!」
ルナの目に。
僅かに。
涙。
「ありがとう」
「泣かないで」
「ウェンディも泣いてる」
「え?」
頬。
触る。
確かに。
涙。
「……」
二人。
見つめる。
そして。
少し。
笑った。
「朝から二人で泣くな」
低い声。
「わっ!」
ウェンディ。
振り返る。
天幕の入口。
カイドウ。
腕。
組む。
「カイドウさん!」
「飯だ」
「起こし方が怖いです!」
「声をかけただけだ」
「立っているだけで圧が強いんです!」
「知らん」
カイドウの手。
二つ。
皿。
片方。
ウェンディ。
片方。
ルナ。
「食え」
「朝ご飯?」
「ああ」
パン。
焼いた肉。
果物。
昨日の残り。
でも。
ちゃんと。
食べやすく。
切ってある。
ウェンディ。
目。
少し。
大きく。
「カイドウさんが切ったんですか?」
「ああ」
「まな板は?」
「無事だ」
「本当に?」
「ひびは一つだけだ」
「無事ではありません!」
「昨日より減った」
「成長を喜ぶところなんでしょうか……」
ルナ。
くす。
「ウェンディ」
「何?」
「カイドウ」
「うん」
「お父さんみたい」
「違います!」
「違ェ!」
即座。
同時。
天幕。
揺れるほど。
「大声!」
ウェンディ。
「……悪かった」
カイドウ。
すぐ。
小声。
ルナは。
また。
笑った。
「やっぱり似てる」
「どこがですか!」
「全然違ェ!」
朝。
化猫の宿は。
ない。
でも。
いつもの。
少し騒がしい声だけは。
ちゃんと。
そこにあった。
◇◇◇
朝食。
全員。
焚き火を囲む。
ウェンディ。
シャルル。
カイドウ。
サクラ。
エルザ。
ジェラール。
ルナ。
そして。
ローバウル。
今日の目的。
ニルビット族の聖地。
地下。
ニルヴァーナを完全破壊するための。
自壊術式。
天空の魔力。
ウェンディ。
天体の魔力。
ジェラール。
二人。
鍵。
「まず」
サクラが。
地面へ。
地図。
広げる。
「聖地の位置を確認します」
ローバウルが。
杖先。
地図。
指す。
「ここじゃ」
化猫の宿跡地。
北。
さらに。
深い森。
「かなり遠いですね」
エルザ。
「歩けば」
サクラ。
「四時間ほど」
「龍なら」
カイドウ。
「一時間もいらん」
「速度を出しすぎないでください」
ウェンディ。
即。
「分かってる」
「昨日も途中で速くしました」
「少しだ」
「髪が全部後ろに飛びました!」
「風だからな」
「飛んでいるからです!」
ジェラール。
少し。
笑う。
「俺は」
エルザ。
すぐ。
「無理なら乗るな」
「まだ何も言ってない」
「顔色が悪い」
「大丈夫だ」
「大丈夫は禁止です!」
ウェンディ。
反射。
「俺も?」
「はい!」
ジェラール。
少し。
困る。
「厳しいな」
「治療する側として当然です!」
エルザ。
ジェラールへ。
「今日は無理をするな」
「でも」
「お前の魔力が鍵なんだ」
「だから」
「だからこそだ」
エルザの声。
強い。
「聖地へ着く前に倒れたら、意味がない」
ジェラール。
黙る。
「……分かった」
「本当に?」
「ああ」
「頭が痛んだら言え」
「ああ」
「眩暈も」
「ああ」
「息苦しさも」
「ああ」
「寒気も」
「ああ」
「エルザさん」
ウェンディ。
「エルザさんも過保護になっています」
「なっ!」
エルザ。
顔。
赤く。
「私は負傷者の管理を!」
「赤髪」
カイドウ。
口元。
上がる。
「お前も親バカだな」
「誰がだ!」
「カイドウさんが言わないでください!」
「おれは違ェ!」
「一番ひどいです!」
「何がだ!」
ローバウル。
笑う。
「ウォホホホ」
昨日。
消える覚悟。
していた老人。
今。
少しだけ。
いつものマスターへ戻っている。
ウェンディは。
その笑顔を見て。
安心する。
でも。
同時に。
目を離さない。
「マスター」
「何じゃ?」
「今日は」
ウェンディ。
人差し指。
「絶対に一人で行動しないでください」
「分かっておる」
「本当ですか?」
「ああ」
「森へ勝手に」
「行かん」
「自壊術式へ先に」
「行かん」
「自分だけ残って」
「……」
ローバウル。
一瞬。
黙る。
ウェンディの目。
細くなる。
「マスター」
「……行かん」
「今、間がありました!」
「年寄りは返事が遅いのじゃ」
「嘘です!」
カイドウ。
低い声。
「ジジイ」
「何じゃ」
「ウェンディの横から離れるな」
「お主に言われとうない」
「おれは臨時護衛だ」
「なら、お主も離れるな」
「離れねェ」
「では、わしも離れぬ」
「約束だな」
「ああ」
ウェンディ。
二人。
見る。
「何か」
「はい?」
ルナ。
「お父さんとおじいちゃんみたい」
カイドウ。
ローバウル。
同時。
「誰が父親だ!」
「誰が祖父じゃ!」
ルナ。
びくっ。
「二人とも!」
ウェンディ。
「大声!」
「……悪かった」
「すまぬ」
また。
同時。
ルナ。
笑う。
「やっぱり家族」
カイドウ。
何も。
言い返せなかった。
◇◇◇
「もう一つ」
サクラ。
真剣。
「重要な確認があります」
全員。
地図へ。
「六魔将軍です」
空気。
変わる。
「昨夜」
サクラ。
「青い天馬の別荘から通信が入りました」
「何かあったんですか?」
ウェンディ。
「敵の動きが変わりました」
「どういう」
「周辺にいた闇ギルドの魔導士たちが」
サクラ。
地図。
指。
「一斉に北へ移動しています」
北。
聖地。
方向。
「同じ場所か」
エルザ。
「ああ」
「六魔将軍も」
ジェラール。
「自壊術式を知っている」
「可能性が高いです」
「なら」
カイドウ。
立つ。
「先に行って潰す」
「座ってください」
サクラ。
即。
「なぜだ」
「話が終わっていません」
「敵が向かってる」
「だからこそです」
「先に行った方が」
「単独行動は禁止」
「おれ一人の方が速い」
「禁止です」
「桜頭」
「サクラです」
ウェンディ。
カイドウの服。
掴む。
「座ってください」
「……」
「カイドウさん」
「分かった」
座る。
正確には。
地面。
胡座。
巨大。
「ウェンディさんの指示だけは早いですね」
サクラ。
「うるせェ」
「何か?」
「何も」
「続けます」
サクラ。
地図。
「敵が狙うとすれば」
「一つ」
ローバウル。
「ウェンディとジェラール」
「はい」
「二つ」
エルザ。
「自壊術式そのもの」
「はい」
「三つ」
ジェラール。
「俺たちを使って」
「……」
「ニルヴァーナを完全覚醒させる」
サクラ。
頷く。
「その可能性が最も高い」
ウェンディ。
自分の手。
見る。
「私の魔力が」
風。
天空。
鍵。
「使われる」
「使わせねェ」
カイドウ。
即。
「カイドウさん」
「何だ」
「私も」
小さな拳。
握る。
「使わせません」
カイドウ。
見る。
「自分で?」
「はい」
「できるか」
「できます」
「無理なら?」
「呼びます」
「誰を」
「カイドウさん」
カイドウ。
少し。
目。
細く。
「ならいい」
サクラは。
二人。
見る。
依存。
ではない。
少し前。
カイドウは。
ウェンディを。
すべてから守ろうとした。
自分の腕の中へ。
閉じ込めようとした。
今。
ウェンディは。
自分で戦う。
自分で決める。
でも。
無理なら。
助けを呼ぶ。
カイドウも。
それを。
待てるようになった。
少しだけ。
「成長しましたね」
サクラ。
小さく。
「何がだ」
「いえ」
「またか」
「何でもありません」
◇◇◇
出発。
カイドウ。
龍。
変化。
巨大な青龍。
朝空へ。
長い胴体。
雲。
焔雲。
浮かぶ。
ウェンディ。
シャルル。
サクラ。
エルザ。
ジェラール。
ルナ。
ローバウル。
全員。
雲へ。
「マスター」
ウェンディ。
ローバウルの腕。
掴む。
「何じゃ」
「端へ行かないでください」
「落ちぬよ」
「昨日、一人で森へ行った前科があります」
「前科とは」
「あります!」
「ウェンディ」
ローバウル。
困る。
「わしは逃げぬ」
「本当?」
「ああ」
「なら」
ウェンディ。
手。
離さない。
「ここにいてください」
「……」
「私の隣」
ローバウル。
ウェンディの手。
見る。
そして。
小さく。
笑う。
「ああ」
「約束」
「約束じゃ」
その後ろ。
カイドウの巨大な龍の顔。
少し。
こちら。
「ジジイ」
「聞こえておる」
「破るなよ」
「お主もな」
「おれは守る」
「酒の約束は?」
「今関係ねェ!」
「一日一杯ですよ!」
ウェンディ。
すぐ。
「分かってる!」
「昨日、夜に二回注ごうとしました!」
「一杯目を飲み終わってねェから一杯だ!」
「そういう数え方はしません!」
ルナ。
小さく。
「今日も元気」
シャルル。
「これが普通よ」
「大変だね」
「慣れるわ」
「白狸」
「エクシードよ」
カイドウ。
空へ。
上昇。
焔雲。
安定。
昨日より。
ゆっくり。
「カイドウさん」
「何だ」
「今日は速度、ちょうどいいです」
「遅い」
「安全です!」
「敵が先に着く」
「でも」
ウェンディ。
ジェラール。
見る。
「病人がいます」
「俺は」
「大丈夫は禁止です」
ジェラール。
口。
閉じる。
「……そうだった」
エルザ。
少し。
笑う。
「素直だな」
「何が?」
「いや」
「エルザ」
「何だ」
「君が笑うと」
エルザ。
嫌な予感。
「嬉しい」
エルザ。
顔。
赤い。
「ジェラール!」
「何だ?」
「そういうことを」
「言うな?」
「ああ!」
「なぜ?」
「なぜでもだ!」
カイドウの龍の耳。
動く。
「赤髪」
「カイドウ!」
「その男」
「黙れ!」
「まだ何も言ってねェ!」
「言う前に分かる!」
ウェンディ。
頭。
抱える。
「カイドウさん!」
「何だ!」
「空を見てください!」
「見てる!」
「前です!」
「龍は周り全部見える!」
「屁理屈です!」
「カイドウ!」
サクラ。
「進路がずれています!」
「あ?」
龍。
少し。
左へ。
「ほら!」
ウェンディ。
「ジェラールさんたちを気にするからです!」
「赤髪が」
「いいから前!」
「……分かった」
龍。
進路。
戻る。
「本当に」
サクラ。
溜息。
「あなたを臨時護衛にした判断が正しかったのか」
「今さらだ」
「ええ」
「後悔してるのか」
「半分」
「残り半分は」
サクラ。
ウェンディを見る。
「助かっています」
「当然だ」
「あなたではなく」
「おい」
「ウェンディさんが、あなたを止めてくれるので」
「そこか!」
空。
笑い声。
少し。
広がった。
◇◇◇
聖地へ近づくにつれ。
景色。
変わる。
森。
濃く。
木々。
巨大。
幹。
人が十人。
手を繋いでも。
囲めない。
葉。
青ではなく。
少し。
銀色。
「綺麗」
ルナ。
声。
「聖地に近い」
ローバウル。
「ニルビット族は」
昔。
この森。
守っていた。
「木にも」
ウェンディ。
目。
閉じる。
「魔力があります」
「分かるか」
「はい」
「嫌な魔力か?」
カイドウ。
「違います」
「ならいい」
「でも」
ウェンディ。
少し。
眉。
寄る。
「悲しい」
「またか」
カイドウ。
「昨日も」
遺跡。
風。
泣く声。
「この森」
「……」
「ずっと」
ウェンディ。
「誰かを待ってたみたい」
ローバウルの顔。
苦しく。
「ニルビット族の」
「仲間?」
「魂じゃ」
「魂?」
「わしと同じ」
ローバウル。
森。
見る。
「完全には消えず」
「……」
「この土地に」
「……」
「残った思念」
ウェンディ。
息。
「じゃあ」
「みんな」
「ここにいる?」
「ああ」
ローバウル。
微笑む。
「お前が」
「……」
「化猫の宿のみんなを」
「……」
「本物と言ってくれたように」
「……」
「わしにとって」
森。
風。
「ここは」
「……」
「故郷じゃ」
カイドウ。
龍の目。
少し。
細くなる。
故郷。
自分。
どこだ。
鬼ヶ島?
ウォッカ王国?
和の国?
どれも。
帰りたい場所。
ではない。
でも。
今。
化猫の宿。
消えた。
あの場所。
ウェンディ。
待っている場所。
「故郷か」
カイドウ。
小さく。
呟く。
「カイドウさん?」
「何でもねェ」
ウェンディ。
少し。
見る。
でも。
追及。
しない。
◇◇◇
突然。
焔雲。
揺れた。
「きゃっ!」
ルナ。
ウェンディ。
支える。
「何ですか!」
サクラ。
周囲。
警戒。
「攻撃ではない」
カイドウ。
空。
見る。
風。
変。
方向。
逆。
「空気が」
ウェンディ。
目。
閉じる。
「ねじれてる」
「結界です」
ジェラール。
突然。
言う。
全員。
彼。
「分かるのか?」
エルザ。
「ああ」
「記憶?」
「違う」
ジェラール。
手。
前。
「魔力で」
「……」
「見える」
少しずつ。
天体魔法。
感覚。
戻っている。
「空間を」
ジェラール。
「折り曲げている」
「敵か」
カイドウ。
「おそらく」
「壊す」
「待ってください!」
ウェンディ。
「またですか!」
「空を壊すだけだ」
「空を壊すって何ですか!」
「カイドウ」
サクラ。
「結界の構造が分からないまま攻撃すると」
「閉じ込められるかもしれません」
ジェラール。
続ける。
「あるいは」
「何だ」
「別の場所へ飛ばされる」
「転送」
ウェンディ。
黒い結界。
思い出す。
肩。
僅かに。
震える。
カイドウ。
すぐ。
気づく。
「ウェンディ」
「大丈夫です」
「その言葉は禁止」
「……」
「怖いか」
ウェンディ。
少し。
黙る。
「少し」
「なら」
カイドウ。
焔雲。
ウェンディの足元。
厚く。
「おれから離れるな」
「はい」
「何かあったら」
「呼びます」
「ああ」
ジェラール。
結界。
見る。
「俺が」
前。
「調べる」
「無理するな」
エルザ。
「でも」
「一人ではするな」
「なら」
ジェラール。
エルザ。
見る。
「一緒に」
エルザ。
瞬間。
固まる。
「何だ」
「君が」
「……」
「手を握っていてくれ」
カイドウ。
龍の眉。
動く。
「おい」
「カイドウさん!」
「まだ!」
「分かっています!」
エルザ。
顔。
赤い。
「ジェラール」
「何だ」
「何のためだ」
「魔力を使った時」
「……」
「倒れるかもしれない」
「……」
「だから」
エルザ。
何も。
言えない。
「合理的です」
サクラ。
真顔。
「サクラ!」
「何ですか?」
「いや」
エルザ。
ジェラールの手。
握る。
「これでいいか」
「ああ」
ジェラール。
小さく。
笑う。
「安心する」
エルザ。
さらに。
赤い。
カイドウ。
「赤髪」
「黙れ!」
「おれは何も!」
「顔がうるさい!」
「何だそれは!」
ウェンディ。
ジェラールの前。
「魔力を使いすぎたら止めます」
「頼む」
「はい」
ジェラール。
片手。
エルザ。
片手。
前。
魔力。
淡い。
青白い光。
星。
小さく。
浮かぶ。
「天体魔法」
ジェラール。
目。
細く。
「何だ?」
エルザ。
「名前」
「思い出した?」
「少し」
ジェラールの周囲。
星。
七つ。
「七星剣」
エルザの瞳。
揺れる。
知っている。
かつて。
ジェラールが使った。
強力な魔法。
「撃つな!」
エルザ。
「分かってる」
ジェラール。
苦笑。
「構造を見るだけだ」
星。
広がる。
空間。
結界。
七つの光。
輪郭。
浮かび上がる。
「見えた」
「何が」
「中心」
ジェラール。
指。
下。
森の一か所。
「結界を作っている魔水晶」
「壊せば」
サクラ。
「解除できる?」
「おそらく」
「なら、おれが」
カイドウ。
「待て」
エルザ。
「今度は何だ」
「場所を正確に」
「見えてる」
「どこだ」
「下」
「全部下だ!」
「大体分かる」
「大体で撃つな!」
「熱息は使わん」
「なら何を」
カイドウ。
巨大な龍の前脚。
下。
「石だけ取る」
ウェンディ。
顔。
引きつる。
「前に屋根を取ったみたいに?」
「ああ」
「森の地面を?」
「ああ」
「やめてください!」
「魔水晶だけだ!」
「どうやって見えるんですか!」
「見聞色だ」
「魔法じゃないから説明できません!」
「なら信じろ」
ウェンディ。
少し。
考える。
「……壊すのは魔水晶だけですよ?」
「ああ」
「木は?」
「壊さん」
「地面は?」
「少し掘る」
「少しですよ?」
「ああ」
「本当に?」
「しつこい!」
「カイドウさんですから!」
カイドウ。
龍の爪。
森。
下。
慎重。
伸ばす。
巨大な爪先。
木々。
避ける。
土。
表面。
少し。
掘る。
「右です!」
ジェラール。
「分かってる!」
「もう少し下!」
ウェンディ。
「何でお前も分かる!」
「風が止まってる場所です!」
「二人で言うな!」
爪。
土。
中。
硬い物。
「これか」
掴む。
引く。
黒い。
拳大。
魔水晶。
カイドウの龍の爪から見ると。
米粒。
「小さ!」
ウェンディ。
「潰すぞ」
「待って!」
「何だ!」
「爆発しません?」
ジェラール。
魔水晶。
見る。
「しない」
「本当?」
「ああ」
「なら」
ウェンディ。
「優しく壊してください」
「優しく壊す?」
カイドウ。
困る。
「矛盾してねェか」
「粉々にしないって意味です!」
「……」
爪。
少し。
力。
ぱき。
魔水晶。
二つ。
割れる。
空。
歪み。
消える。
「できた」
ウェンディ。
目。
輝く。
「カイドウさん!」
「褒めるな」
「木一本も壊してません!」
「当たり前だ」
「すごいです!」
「だから褒めるな!」
ローバウル。
笑う。
「お主」
「何だ」
「本当に」
目。
細い。
「丸くなったのう」
「なってねェ!」
空。
晴れる。
進路。
戻る。
だが。
ジェラール。
「……」
顔。
青い。
エルザ。
すぐ。
「ジェラール!」
「大丈夫」
「禁止だ!」
エルザ。
声。
ウェンディ。
少し。
驚く。
「エルザさんまで」
「今はいいだろ!」
「私と同じです!」
「うるさい!」
ジェラール。
少し。
笑う。
そのまま。
体。
傾く。
エルザ。
抱き止める。
「ジェラール!」
「少し」
「休む」
「ああ」
「そのまま寝ろ」
「君の肩で?」
「……」
エルザ。
顔。
赤く。
「好きにしろ」
「ありがとう」
ジェラール。
目。
閉じる。
エルザの肩。
頭。
預ける。
カイドウ。
見る。
「赤髪」
「黙れ!」
「まだ何も!」
「今は黙れ!」
ウェンディ。
笑う。
「カイドウさん」
「何だ」
「大人しく前を見ましょう」
「……」
「一杯増やします」
カイドウの目。
輝く。
「本当か」
「今日だけです」
「二杯だな」
「はい」
「約束だぞ」
「その代わり」
「何だ」
「ジェラールさんとエルザさんを邪魔しない」
「……」
「カイドウさん?」
「一杯でいい」
「そこまで嫌なんですか!?」
ルナ。
笑い。
サクラ。
額。
手。
「平和ですね」
「今だけです」
ローバウル。
北。
見ている。
「すぐ」
声。
少し。
重く。
「聖地じゃ」
◇◇◇
森。
中央。
突然。
木々。
なくなる。
巨大な。
盆地。
その中心。
白い石。
円形。
遺跡。
古い。
塔。
六本。
地面から。
突き出す。
「着いた」
ローバウル。
声。
震える。
「ニルビット族の聖地」
ウェンディ。
下。
見る。
風。
強い。
でも。
嫌ではない。
懐かしい。
悲しい。
優しい。
「たくさん」
ウェンディ。
目。
閉じる。
「声がする」
「何を言ってる?」
シャルル。
「分からない」
「でも」
涙。
少し。
「お帰りって」
ローバウル。
目。
閉じる。
四百年。
故郷。
「ただいま」
小さく。
呟く。
その時。
カイドウ。
龍の体。
止まる。
「……」
サクラ。
すぐ。
「どうしました?」
「先客だ」
全員。
表情。
変わる。
「どこ」
エルザ。
ジェラール。
起こさないよう。
支えたまま。
周囲。
見る。
「塔の向こう」
カイドウ。
低い。
「六人」
ウェンディの胸。
鳴る。
「六人?」
「ああ」
「六魔将軍」
サクラ。
白い翼。
広がる。
盆地。
中央。
遺跡。
塔。
その陰。
一人。
また。
一人。
人影。
現れる。
六つ。
気配。
強い。
先遣隊とは。
違う。
明確な。
危険。
先頭。
杖。
持つ。
男。
「待っていたぞ」
声。
低い。
「天空の巫女」
ウェンディ。
顔。
固い。
カイドウ。
ゆっくり。
人獣型へ。
戻る。
焔雲。
地面。
下ろす。
「ウェンディ」
「はい」
「一歩だ」
「……はい」
エルザ。
ジェラール。
支える。
ルナ。
ローバウルの隣。
サクラ。
前。
「六魔将軍」
桜色の髪。
風。
「こちらも」
白い翼。
光。
「あなたたちを探していました」
六人。
笑う。
だが。
その中。
白髪の女。
エンジェル。
ルナ。
見る。
「へえ」
ルナの肩。
震える。
「逃げた人形まで」
カイドウの目。
変わる。
「人形?」
低い。
エンジェル。
カイドウ。
見る。
「何?」
「今」
黒い稲妻。
僅かに。
走る。
「こいつを」
ルナ。
カイドウ。
見る。
「何と呼んだ」
「カイドウさん」
ウェンディ。
腕。
掴む。
「落ち着いて」
「分かってる」
でも。
声。
全然。
落ち着いていない。
杖の男。
ブレイン。
笑う。
「百獣のカイドウ」
「……」
「異世界の龍まで来たか」
「おれを知ってるのか」
「情報は力だ」
「なら」
カイドウ。
一歩。
「ウェンディを狙ったことも」
「……」
「おれが知ってるって分かるな」
ブレイン。
笑み。
消えない。
「もちろん」
「なら話が早ェ」
「カイドウ!」
サクラ。
止める。
「単独行動は禁止!」
「目の前にいる」
「作戦を!」
「そんなもん」
金棒。
手。
取ろうと。
「必要ねェ!」
「カイドウさん!」
ウェンディ。
強く。
「約束!」
カイドウ。
止まる。
金棒。
まだ。
背中。
「……」
六魔将軍。
見ている。
笑う。
カイドウ。
歯。
噛む。
「分かった」
サクラ。
少し。
驚く。
「従うのですか」
「ウェンディが言った」
「そこですか」
「早くしろ」
サクラ。
前。
「全員」
声。
強い。
「ウェンディ、ジェラール、ローバウル、ルナを中心に」
「……」
「防御陣形」
エルザ。
前。
剣。
構える。
「ジェラールは?」
「戦わせません」
「俺は」
「大丈夫は禁止です!」
ウェンディ。
「今は休んでください!」
「……分かった」
ジェラール。
素直。
エルザ。
少し。
安心。
「カイドウ」
サクラ。
「最前列」
カイドウ。
口元。
大きく。
上がる。
「やっと」
金棒。
抜く。
「話が分かってきたじゃねェか」
「ただし」
サクラ。
「勝手に追わない」
「分かってる」
「森を壊さない」
「分かってる」
「聖地も」
「分かってる」
「味方を巻き込まない」
「分かってる!」
「ウェンディさんから」
「一歩以上離れるな」
サクラ。
一瞬。
止まる。
「そこまで言っていません」
「おれの条件だ」
「また勝手に」
「嫌なら帰る」
「今帰らないでください!」
ウェンディ。
叫ぶ。
カイドウ。
少し。
笑う。
そして。
ウェンディ。
見る。
「一歩だ」
「はい」
「絶対だぞ」
「はい」
「お前も」
ウェンディ。
カイドウ。
見る。
「一人で行かないでください」
「……ああ」
目の前。
六魔将軍。
その後ろ。
自壊術式の眠る。
ニルビット族の聖地。
空。
徐々に。
暗い雲。
集まる。
風。
止まる。
ローバウル。
杖。
握る。
「ここで」
老人。
「終わらせる」
ブレイン。
笑う。
「違う」
六魔将軍の指導者。
「ここから」
杖。
地面。
突く。
「始まるのだ」
地面。
震える。
聖地。
六本の塔。
淡い。
黒い光。
灯る。
「ニルヴァーナが!」
ジェラール。
頭。
押さえる。
「起動を始めている!」
「まだ」
サクラ。
「ウェンディさんたちの魔力は使われていません!」
「別の」
ジェラール。
苦しそう。
「予備術式!」
ローバウル。
顔。
変わる。
「六魔将軍め」
「何ですか!」
ウェンディ。
「聖地そのものを」
ローバウル。
杖。
地面。
「外から」
「……」
「無理やり」
光。
さらに。
強く。
「起こす気じゃ!」
カイドウ。
金棒。
肩。
担ぐ。
「なら」
ウェンディ。
横。
「止めるぞ」
「はい!」
「今度は」
カイドウ。
低い笑い。
「お前も一緒だ」
ウェンディ。
風。
周囲。
集まる。
「私も」
小さな体。
でも。
目。
強い。
「一緒に戦います!」
聖十大魔導サクラ。
妖精女王エルザ。
記憶を失った天体魔導士ジェラール。
ニルビット族最後の長ローバウル。
謎の少女ルナ。
天空の滅竜魔導士ウェンディ。
そして。
百獣のカイドウ。
対するは。
闇ギルド。
六魔将軍。
ニルヴァーナを巡る戦いは。
ついに。
聖地そのものを舞台に。
本当の幕を開けようとしていた。
その直前。
カイドウは。
ふと。
ウェンディを見る。
「何ですか?」
「終わったら」
「はい?」
「酒二杯だな」
ウェンディの顔。
固まる。
「……一杯です」
「さっき二杯と言った!」
「エルザさんとジェラールさんの邪魔をしない条件でした!」
「邪魔してねェ!」
「途中で三回口を挟みました!」
「数えてたのか!」
「一杯です!」
「戦う前だぞ!」
「だからこそです!」
「士気が下がる!」
「上げ方がお酒なのがおかしいんです!」
六魔将軍。
目の前。
全員。
一瞬。
黙る。
ブレイン。
額。
少し。
引きつる。
「……お前たちは」
「今」
「何を話している」
カイドウ。
ブレインを見る。
「家族会議だ」
「誰が家族ですか!」
ウェンディ。
即座。
カイドウ。
「そこ否定するのか!」
「今そこですか!?」
聖地。
緊張。
一瞬だけ。
崩れる。
サクラ。
深い。
深い。
溜息。
「六魔将軍より」
「……」
「先に」
額。
手。
「こちらの二人をどうにかしたいです」
「サクラさん!」
「桜頭!」
「サクラです!」
そして。
次の瞬間。
六本の塔から。
黒い光が。
一斉に。
天へ立ち上がった。
ニルヴァーナ。
完全覚醒まで。
残された時間は。
もう。
多くなかった。
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