第4話『広がる空』 前編
『烏』として活動を始めてから、数週間が経った。
最初に投稿した動画。
『夕焼けの空の中』
あの日の登録者は3人。
数字だけ見れば、本当に小さな始まりだった。
でも。
俺にとっては特別だった。
初めて。
自分が見た景色を。
誰かと共有できた日だったから。
◇◇◇
「今日も撮影?」
学校から帰ると、友羽那がカメラを見る。
「うん」
「どこ行くの?」
「まだ決めてない」
カメラを持ちながら窓の外を見る。
毎日同じ景色を見ているはずなのに。
時間。
天気。
季節。
それだけで全然違って見える。
「今日は……川の方に行ってみようかな」
「また綺麗なの撮れそう!」
「だね」
友羽那の笑顔を見て、俺も笑う。
◇◇◇
裏山へ向かう。
いつもの広場。
でも今日は修行じゃない。
カメラを持って、空へ飛ぶ。
翼を広げる。
風を感じる。
地面が遠ざかっていく。
何度飛んでも。
この瞬間だけは特別だった。
「やっぱり好きだな」
空から見る世界。
人が歩いている街。
風で揺れる木々。
遠くに見える山。
地上では気付けない景色が広がっている。
カメラを向ける。
でも。
ただ綺麗な景色を撮るだけじゃない。
見ている人が、その場所にいるような。
そんな動画にしたかった。
◇◇◇
家へ帰る。
撮った映像を確認する。
「……ここいいな」
夕日に照らされた雲。
風で揺れる木々。
飛んでいる時の音。
必要な部分だけを残して編集する。
鳥話兄さんから教わった編集技術も少しずつ身についてきた。
色を整える。
音を調整する。
最後にタイトルを決める。
『夕暮れの空』
投稿。
数時間後。
通知が鳴る。
コメント。
『この景色、本当に綺麗』
『空を飛んでるみたいな感じがする』
『また見に来ます!』
画面を見る。
自然と笑顔になる。
自分が好きでやっていること。
それを誰かが楽しんでくれている。
その事実が嬉しかった。
◇◇◇
ある日の夜。
鳥話兄さんが俺の部屋に来た。
「天理」
「最近、歌ってるだろ」
「……聞いてた?」
「神社まで聞こえる」
少し恥ずかしくなる。
昔から歌うことは好きだった。
でも。
誰かに聞かせようなんて考えたことはなかった。
「歌ってみた、やってみたら?」
「俺が?」
「ああ」
「空撮だけじゃなくてもいい」
「お前が好きなものを届ければいい」
その言葉を聞いて考える。
景色。
空。
歌。
全部、自分が好きなもの。
「……やってみようかな」
「決まりだな」
兄さんは笑った。
◇◇◇
数日後。
初めての歌ってみた撮影。
顔は出さない。
名前も出さない。
ただ。
『烏』として。
マイクの前に立つ。
少し緊張する。
「……よし」
録音開始。
自分の声が部屋に響く。
歌い終わる。
編集して。
投稿する。
タイトル。
『ピースサイン歌ってみた』
投稿ボタンを押す。
◇◇◇
しばらくして。
通知が鳴る。
コメント。
『声綺麗……』
『曲の雰囲気に声めっちゃ合ってる!』
『また歌ってほしいです!』
画面を見つめる。
不思議な感覚だった。
空から見える景色。
自分の歌声。
自分の好きなもの。
それを誰かが受け取ってくれている。
「……楽しいな」
小さく呟く。
この日から。
『烏』の活動は、少しずつ広がっていった。
第4話『広がる空』 後編
『烏』として活動を続けるようになってから。
投稿するものは少しずつ増えていった。
空撮。
風景。
歌ってみた。
そして。
もう一つ。
俺が好きなもの。
ゲーム。
◇◇◇
「天理、またゲームしてる」
部屋に入ってきた友羽那が、机の上を見る。
「うん」
「新しいの買ったんだ」
「鳥話兄さんが貸してくれた」
昔からゲームは好きだった。
知らない世界を冒険する。
強敵に挑む。
仲間と協力する。
それが楽しかった。
「これも配信するの?」
「……どうかな」
少し迷う。
空撮や歌ってみたとは違う。
ゲーム配信は、画面の向こうにいる人と直接話す必要がある。
「緊張する?」
「少し」
友羽那は笑う。
「でも、てんにぃが楽しいなら大丈夫だよ!」
その言葉で少し気が楽になる。
「……やってみる」
◇◇◇
夜。
机の前に座る。
マイクを確認する。
カメラは使わない。
顔は出さない。
映るのはゲーム画面と、黒い翼のアイコンだけ。
配信開始。
画面に文字が表示される。
『烏 配信中』
「……こんばんは」
少し声が震える。
「烏です」
数秒後。
コメントが流れ始める。
『こんばんは!』
『初見です!』
『ゲーム配信待ってました!』
「ありがとうございます」
少しずつ緊張が消えていく。
ゲームを始める。
プレイに集中しながら。
時々話す。
「今の難しいな……」
「ここはこうした方がいいか」
「やった!」
上手くいけば喜ぶ。
失敗すれば笑う。
作ったキャラクターじゃなく。
ただ自然な自分で話す。
◇◇◇
配信終了。
画面を見る。
視聴者数。
初めてのゲーム配信。
思っていたより多くの人が見てくれていた。
「……楽しかった」
自然とそう言葉が出た。
兄さんが後ろから画面を見る。
「どうだった?」
「楽しかった」
「なら続ければいい」
「見てる人も、たぶんそれが一番嬉しい」
その言葉に頷く。
◇◇◇
次の日。
学校から帰り、スマホを確認する。
『烏』の動画に新しいコメントが来ていた。
『昨日のゲーム配信面白かったです!』
『歌も好きだけど、話してる時の雰囲気も好き』
『次の配信楽しみにしてます!』
画面を見る。
少し前まで。
俺の動画を見てくれる人は数人だった。
でも今は。
待ってくれる人がいる。
それが嬉しかった。
◇◇◇
その日の夜。
新しい動画を投稿する。
空撮。
歌。
ゲーム。
どれも違う。
でも。
全部俺が好きなもの。
『烏』は、ただ人気になるために始めたわけじゃない。
自分が見た景色。
自分が楽しいと思ったこと。
それを誰かと分け合いたかっただけ。
窓の外を見る。
夜空には星が広がっていた。
「明日は何を届けようかな」
まだ小さなチャンネル。
まだ知らない人の方が多い。
それでも。
少しずつ。
確実に。
『烏』は広がっていった。