USJ内、中央広場──。
複数個性を持つ脳無と呼ばれるヴィランを撃退したオールマイトは、土煙に紛れながら力強い笑顔を浮かべていた。
「さてとヴィラン。お互い、早めに決着つけたいね」
「衰えた? 嘘だろ、完全に気圧されたよ……。よくも俺の脳無を……! チートがァ……ッ!」
笑顔を向けられた手のオブジェを身体に付けたヴィラン──
「全然弱ってないじゃないか……ッ! アイツ、俺に嘘を教えたのか……ッ!?」
「どうした?」
苛立ちを抑え切れないといった様子でガリガリと首元を掻きむしる死柄木だったが、オールマイトから掛けられた声にその手が止まった。
「来ないのか? クリアだとか何とか言ってたが……」
「──できるものならしてみろよ」
「ひっぁぁあ……!」
威圧の籠ったオールマイトの眼光に、死柄木は怯えたような情けない声を上げ後ずさった。しかし……。
「(もう、動けんぞ……脳無とやらが強すぎた……! ぶっちゃけもう、一歩でも動けば
オールマイトも既に限界を迎えていた。
「(あと少し……! 迷え……あと少しでも時間を稼ぐことができれば……っ!)」
「さあ、どうした!!」
「脳無さえいれば……! 奴なら、何も考えず立ち向かえるのに……ッ!!」
オールマイトの虚勢に、死柄木は苛立たしげにガリガリと首元を掻きむしる。しかし、その隣で冷静にオールマイトを観察していた黒い靄のような身体をしたヴィラン──
「死柄木 弔、落ち着いてください……よく見れば、脳無に受けたダメージは確実に表れている。それに、どうやら子供らは棒立ちの様子ですし……まだ使える手下も残っています。あと数分もしないうちに増援が来てしまうでしょうが……あなたと私で連携すれば、まだ
黒霧のその言葉に、首元をかきむしっていた死柄木がピタリと動きを止めた。
「…………うん……うんうん……そうだな……そうだよ……そうだ……やるっきゃないぜ……。──目の前にラスボスがいるんだもの……」
死柄木はそう静かに、そして覚悟を決めたような硬い声音で呟くと、オールマイトへ向かって駆け出した。
「(来るんかい!!)」
「何より脳無の仇ぃぃぃ!!」
「(ったく、ホーリーシットだ! 早く……! みんな、早く……ッ!!)」
ワープゲートを広げながら迫る黒霧と低い態勢のまま突っ込んで来る死柄木の姿を捉えながら、オールマイトは心の中で悪態を吐く。
そして、彼らとの距離が後二歩ほどにまで迫った瞬間。
「ッ!」
横から驚異的な速度で飛び込んで来た緑谷に、死柄木が目を見開いた。
「(速い……ッ!)」
緑谷の脚の骨は個性の反動で粉々に砕けており、空中でプラプラと靡いていた──が、確かに届いた。
「オールマイトから……はな、れろォ……ッ!!」
緑谷が右手に個性を発動させて振りかぶり、黒霧の実体部分へと狙いを定めた──瞬間、死柄木が黒霧の纏う黒い靄に腕を突っ込んだ。そしてその『崩壊』の個性を持った右手が、ワープゲートを通って緑谷の眼前に現れた。
「二度目は、ありませんよ!!」
一度目は爆豪からの不意打ちで身体を押さえつけられた。もちろん、それは緑谷も見ていたため狙いを絞ったが、それが完全に裏目に出てしまった形だ。
黒霧の声と死柄木の不気味な笑い声が響く中、死柄木の手が緑谷の顔面に触れる──。
──バンッ!!
──ドジュンッ!!!
寸前、遠方から放たれた銃弾が死柄木の手を正確に捉えると、緑谷の進行上から強制的に弾き出した。
「ぁぐ……っ!」
「っ、来たか!!」
受け身を取って地面に転がる緑谷と入口へ顔を向けるオールマイトの声が重なった。
「ごめんよ、みんな……遅くなったね。すぐ動ける者をかき集めて来た」
入口から響く根津校長の声は明るく、皆を安心させようという意思が伝わってきた。そして……。
「1‐Aクラス委員長、飯田天哉!! ただ今戻りました!!!」
多くのヒーローを引き連れて来た飯田の声が、USJ内に響き渡った。
ヒーローたちが残ったヴィランと戦闘を始める中、死柄木は負傷した手を押さえながら撤退の準備に取り掛かる。
「あーあ、来ちゃったな……ゲームオーバーだ。帰って出直すか、黒霧──ぅぐッ!!」
黒霧の方へ歩き出そうとした死柄木を、数発の弾丸が襲う。左上腕、左腿、右膝と順に撃ち抜かれた死柄木が地面に転がれば、それを守るようにして黒霧が黒い靄を展開した。
「この距離で捕獲可能な
「──僕だ……!」
銃撃を続けながら呟くスナイプの問いに、声を震わせながらも、13号がいち早く応えた。
13号は自力で立つことも難しい身体を砂藤と瀬呂に支えられながら、開閉部を開いた指先を死柄木と黒霧の方へと向けた。
そして、次の瞬間──。
『──『
明確な意思を宿した
◆◇◆◇◆
時間は少し巻き戻り、山岳ゾーン──。
上鳴が正気を取り戻し、あとは霊の装備の点検を終えるのを待って移動を開始しようとしていた時のこと。
「…………」
「霊さん、どうかしましたか?」
「ん……さっきの攻撃で、ちょっと壊れてる」
難しい顔で機械マスクを弄っていた霊に、八百万が声を掛けた。
八百万がそばに寄って霊の手元のマスクを覗き込むと、内蔵されている鉄板の一部が不自然に焼き切れているのが見えた。
「これは……電気系個性でしょうか?」
「え、まさか上鳴の個性で?」
「ええっ!? 俺!?」
「いえ、恐らく先ほど奇襲を仕掛けてきたヴィランによるものでしょう」
「ん……指先光ってたし、たぶんそれ」
そう言って、霊は機械マスクを身に付けて具合を確かめ始めた。それを見て耳郎が疑問を口にする。
「それ、壊れてるんでしょ? 付ける意味ある?」
「ん……壊れたのはホーンだけ。それ以外は無事」
「ホーン?」
「霊さんの『言霊』は、声を電気信号へ変換して増幅した場合、その強制力が低下してしまうデメリットがあるんですの。ですから、霊さんのマスクには反響によって音を増幅させる特殊な機構が内蔵されているのですが……」
「その一部が欠けちゃって、上手く増幅できなくなったと」
八百万の説明に続けた耳郎の言葉に、霊はコクリと頷いた。
霊の機械マスク──<レゾナンスコード>は、内部に組み込まれた複数の鉄板が振動・共鳴することで、電気信号を介さず声を増幅できる仕組みになっている。これにより、小さな声量で喉の負担を最小限に抑えながらも、強制力を落とさずより広範囲に『言霊』を届かせることが可能になっていた。
霊は立ち上がり、マスク側面のボタンを操作して内部の鉄板を収納すると、八百万へグッと親指を立てた。それを受けて八百万は一度小さく頷くと、皆の顔を見回して口を開く。
「では、行きましょう」
それから四人は中央広場近くの草むらへと移動した。
草むらの陰から広場中央の様子を伺うと、オールマイトが土煙に紛れながらヴィラン二人と対峙しているのが見えた。
「これもうクライマックスじゃね?」
「うちらいらんかったかな……?」
事態の収束の気配に喜びを滲ませる上鳴と耳郎だったが、霊と八百万は気を緩めないまま観察を続けた。
「いや……」
「ええ、まだですわね」
言葉少なに認識をすり合わせた二人に、上鳴と耳郎は困惑の籠った視線を向けた。
「えっ!? まだってどういう──んむッ!?」
「ちょっ、上鳴、声大きい……!」
気付かれないように声を殺して上鳴を注意する耳郎。八百万はそんな二人を視界の端に収めながらも、中央広場から決して視線を離すことなく口を開いた。
「ヴィランの片方……黒い靄のようなヴィランは、私たちを一瞬で遠く離れた山岳ゾーンに転送したヴィランです。そして、最初にヴィランたちが広場に現れた際、彼らは全員あれと似た黒い靄から出てきました」
「ッ……ってことは……!」
「ええ。あの黒いヴィランは恐らく『出入口』……いくらオールマイトと言えど、彼らを逃がさず捕らえるのは難しいのではないでしょうか……?」
「で、でもよぉ、相手はあのオールマイトだぜ? そう簡単に逃げられるとは思えねぇんだけど……」
「いや……」
不安そうな言葉をこぼす上鳴に、今度は霊が口を開いた。
「オールマイト、相当疲弊してる……たぶん、立ってるのがやっとのレベル……だと、思う」
「「ッッ!?」」
霊の言葉に、上鳴と耳郎が驚愕に目を見開いた。
個性柄、他人の
個性という不確定要素はあるものの、少なくとも今のオールマイトの肉体は、霊の目から見れば疲労困憊と言ってもいい状態だった。
「ま、マジかよ……!」
「ヤオモモ、うちらに何かできることある……!?」
八百万は顎に手を当てながら、現状でき得る最適解を導き出そうと必死に頭を回す。
「(これからヴィランが取るであろう選択肢、最も確率が高いものは……? 学校には既に上鳴さんが連絡を入れている──あとどれくらいで先生方が到着する? ヴィランの行動を阻止しつつ、先生方の到着まで時間を稼ぎ、尚且つヴィラン捕縛のサポートにもなり得る一手……そんな都合のいい──いや、考えなさい、八百万 百!)」
「──っ!」
思考の海に沈んでいた八百万の肩に、突如、優しく手が置かれた。
彼女はいつの間にか下がっていた顔をハッと上げ、隣へと視線を向けた。
「霊、さん……?」
そこには、無表情のままこちらを見つめる幼馴染の姿があった。
誰よりも近くから、誰よりも彼女を見続けていたその金色の瞳は、今も真っ直ぐ八百万へと注がれている。
「ひとつ、思いついた」
霊は短くそう口にしてから、簡潔に作戦内容を述べた。
「──。どう?」
「なるほど……」
八百万は一度考え込むように視線を落とすと、すぐに顔を上げた。
「やりましょう」
その瞳は力強く、確信に満ち溢れていた。
「え、マジ!?」
「時間ない、やるよ!」
それから四人は気付かれないように身を隠しながら移動を開始した。
◆◇◆◇◆
『──『
「ぬおっ!!?」
「グッ……!!」
遠方から音波によって運ばれてきた言霊が、密着していた二人のヴィランをまるで磁石のように引き離した。
「っ、これは……っ!」
緑谷が声を上げ、地に這いつくばったまま音の発生源へと視線を向けた。そしてそれは緑谷だけに留まらず、USJ内にいた全ての生徒・ヒーローの視線をも引き付けた。
そこには満身創痍といった風体の四人の生徒がいた。
全員が同じ大きなヘッドホンを装着し、苦悶や痛みに表情を歪める耳郎、上鳴、八百万、霊の四人……そしてそのすぐそばには、身の丈の倍ほどはある巨大なスピーカーが鎮座していた。
一瞬呆気に取られる13号だったが、すぐに空中に放り出されたヴィランのうち黒霧へと狙いを定め、個性を使って全力で引き寄せた。
「ぬぅっ!!? マズイ、このままでは……っ!!」
空中で踏ん張ることができず、成す術もなく引き寄せられる黒霧だったが、すぐにワープゲートを展開し、なんとか難を逃れることに成功した。
ゲートを繋げた先は既に身動きが取れないほど負傷させられていた死柄木のすぐそば……黒霧は即座に倒れ伏す死柄木を回収すると、その場から跡形もなく姿を消した。
その一部始終を見ていた霊たち四人は、崩れ落ちるようにしてその場に腰を下ろした。
「はあ~~~、キッツ……」
「うぇ~~~い……」
「もも……へーき?」
「ええ、何とか……それよりも、霊さん……今は、あまり……話さない、方が……」
霊が枯れ果てた声で心配すれば、八百万は息も絶え絶えながら霊の心配をした。
四人の中で今一番心配されるべきは八百万である──それは誰の目から見ても明らかだった。
脂質不足からくる疲労感が全身を襲い、立つことすらやっとの状態……そんな状態でも他人の心配をする八百万に、霊は仕方ないとばかりに笑みを浮かべ、彼女の頭を優しく撫でた。
「霊、さん……?」
「今は、休んで……おつかれさま」
紡がれたその言葉に安心したのか、八百万は霊の胸元に頭を預けるようにしてもたれ掛かると、間もなく小さな寝息を立て始めた。
霊の立てた作戦はちょっとした時間稼ぎを目的とした奇襲作戦だった。
八百万の『創造』でアンプ内蔵スピーカー、マイク、接続端子、遮音用のヘッドホンを創る。その後、上鳴の『帯電』でスピーカーと耳郎のブーツ型アンプに高電圧を供給し、限界以上の出力で動作するよう調節した。
そうやって無理やり強化した出力デバイスとマイクを接続し、耳郎の心音を上乗せした霊の『言霊』を大音量で出力する。
──以上が作戦の全容である。
この作戦の肝である霊の『言霊』……それには声を電気信号に変換した場合、強制力が低下してしまうというデメリットが存在していた。加えて出力された『言霊』は肉声と違い、強制力が距離によって減衰してしまう性質も生まれる。
そのため、霊は増幅器を使用する際この低下分を前提に入れ、普段よりもイメージを強固に練り上げたり、声量や出力音量を大きくするなどして『言霊』の強制力を底上げしていた。
そうすることで、電気信号に変換した際に発生する強制力の低下や距離減衰があったとしても、十分な強制力を発揮できるよう差引を調節していたのだ。
そしてそれは、今回の作戦でも同じこと。
霊はヴィラン二人に全意識を集中させ、イメージを極限まで強固に練り上げる。そうして強制力を限界まで引き上げた『言霊』に指向性を持たせて出力した。
更にそこに耳郎の『イヤホンジャック』で心音を重ねることで音圧を増強し、距離減衰によって強制力が失われる前に、ヴィランたちのもとへ『言霊』を届かせたのだ。加えてそれには音でヴィランを少しでも怯ませられれば、という意図も存在していた。
霊は、自分の胸元に預けられた八百万の頭へもう一度視線を落とす。
今回の作戦で、八百万は必要最低限だけの脂質を残して特大のスピーカーを創造した。当初の予定では耳郎のブーツを両方使うはずだったが、念には念を入れてと八百万に押し切られた形だ。
頑張っている八百万を応援したいというのは、間違いなく霊の本心だ。しかし、だからといって彼女に無理をしてほしいわけではない。
今回無理をした八百万を褒めるべきか、それとも叱るべきか霊が悩んでいると、18禁ヒーロー『ミッドナイト』が近づいて来ているのを視界の端で捉えた。
「あなたたち、動ける? って、あら? 眠っちゃった?」
ミッドナイトは眠っている八百万に気が付くと、僅かに声を落として聞いてきた。
霊がコクリと頷くと、ミッドナイトは「そう……」と優しく微笑んでから小声のまま続けた。
「生徒の安否確認がしたいから、動けるならゲート前に集合してちょうだい」
「「ウーッス」」
「その子は私が運んでおくから、あなたも移動しなさい」
耳郎といつの間にか正気に戻っていた上鳴が立ち上がるのを見届けると、ミッドナイトは霊へと声を掛けた。しかし、霊は八百万の頭を片手で優しく支えながら器用に着ていたコートを脱ぐと、それを八百万の身体を隠すように優しく掛けた。
「おれはげんき……なので、はこべます」
そう言って霊は八百万の膝裏に腕を回してスッと抱き上げると、揺れに注意しながら流れるような足運びでゆっくりと歩き出した。
そしてしばらく進んだ所で振り返り、呆然と眺めてくる三人に対して霊は小さく首を傾げた。
「? いかないの?」
霊の言葉に、上鳴と耳郎の二人はゆっくりと顔を見合わせる。
「……行こっか」
「……だな」
そう言って二人は小さく笑い合った後、駆け足で霊の方へと走って行った。そして二人はそのまま霊の両側につくと、三人で並んで歩き出したのだった。
「はぁ~~~! 青いわ~~~!!」
背後からミッドナイトの声が聞こえてきたが、三人は振り返ることなく歩き続けるのだった。
文章で伝えるって難しいですね……作戦関連の話とか5~6回くらい書き直しましたよ……。
これでも上手く伝わってるのか自信がないので、補足がてらまとめておきます。
【言霊の新たなデメリットが判明】
〇言霊の乗った声を電気信号に変換 → 強制力が低下
(例) 強制力[大] →《増幅器や電話》→ 強制力[中]
〇電気信号に変換した言霊を出力 → 言霊に距離減衰の特性が生まれる
(例) 強制力[大] →《増幅器や電話》→ 強制力[中] →→→<距離>→→→ 強制力[小]
距離によっては、声は届いているのに強制されないという現象が発生する。
距離減衰による強制力の低下は電気信号に変換した言霊にのみ生じるため、肉声や電気信号を用いず声を増幅する<レゾナンスコード>であれば、強制力が距離によって低下することはない。
【作戦の役割分担まとめ】
●八百万 百:機材の創造
以下のものを個性で創造。
・高電圧対応のアンプ内蔵スピーカー
・霊の声を入力するためのマイク
・マイクと出力装置を繋ぐ接続端子ケーブル
・鼓膜保護用の遮音性の高いヘッドホン
●上鳴電気:電力供給
(a)八百万の創造したアンプ内蔵スピーカー
(b)耳郎のブーツ型アンプ
以上2つのものにそれぞれ異なる電圧を個性で供給。
(a)は八百万の指示した電圧で、(b)は故障を防ぐため比較的少ない電圧を、両手で同時に供給し続ける必要がある。これは両手でペンを握って紙に別々の文字を書き続けるのと同義。
●言葉 霊:『言霊』の発動
・ヴィラン二人が強制的に引き離されるイメージを、極限まで強固に練り上げる。
・腕を横に振り払うような動作をしてイメージの補強+強制力を引き上げる。
・強制力を少しでも底上げするため、可能な限り大きな声で発声。
●耳郎響香:『言霊』の補助
・スクワットで心拍数を上げる。
・霊の言霊と一緒に自身の心音をスピーカーから出力。
→言霊の強制力が失われるより先に、より早くヴィランたちのもとへ届けるブースター。
→音波攻撃でヴィランを少しでも怯ませて時間稼ぎ。