国立雄英高等学校ヒーロー科の一般入試試験当日、霊は雄英高校の校門ゲートを巨大な校舎を見上げながらくぐった。自身の通う中学校も全国トップクラスの規模であることは知っていたが、国立というだけあって敷地の広さが桁外れだったため物珍しさを感じたのだ。
「どけ、デク。俺の前に立つな、殺すぞ……!」
校舎へ向かってゆっくり歩いていると、後方からテレビでも滅多に聞かないような言葉が聞こえてきたため、霊はぎょっとして振り返った。
そこにはボサボサな緑色の髪の少年と、ツンツンとした金色の髪の不良っぽい少年がいた。先の言葉は後者が放った言葉なようで、デクと呼ばれた緑髪の少年はあたふたと道を開けていた。
「(あんな言葉、生で初めて聞いた……フィクションだと思ってたけど、実際に言う人いるんだ……)」
小学校から名門私立の学校に通ってきた霊にとって、身近に荒々しい言葉を使う存在はいなかった。そのため、初めて肉声で聞く言葉に妙な新鮮さを覚えたのだ。
それから霊は気を取り直して試験会場へと向かった。
今日の午前中は筆記試験があり、午後からは実技試験が予定されていた。
霊自身、筆記試験に大きな不安はなかった。幼い頃から勉強熱心な幼馴染と共に勉学に励んでいたため、霊は中学でも八百万に次ぐ学年次席を三年間維持してきた。
それなりの自信を持って挑んだ筆記試験だったが、相手は天下の雄英高校。試験問題は難問ばかりで、いくつか解答に自信の持てない問題もあった。
密かに満点合格を目標にしていた霊は、ほんの少しだけ口を尖らせた。
そして昼食を挟み、午後の実技試験。受験生たちはその説明のため、巨大な講堂のような施設に集められていた。
「受験生のリスナー、今日は俺のライヴへようこそー! エヴィバディセイヘイ!!」
壇上に立ったプレゼント・マイクは、そう言って受験生たちへ耳を傾けた。しかし受験生たちは困惑と緊張で誰も声を発さず、シーンと場が静まり返った。
霊自身、コールアンドレスポンスという文化に馴染みがなかったため、頭の上に『?』を浮かべて首を傾げるだけだった。
「こいつぁシヴィー……! なら受験生のリスナーに、実技試験の内容をサクッとプレゼンするぜ。アーユーレディ!?──YEAHH!!!」
またしてもコールアンドレスポンスは失敗に終わり、声を上げたのはプレゼント・マイクだけだった。
そして彼はそのまま何事もなかったかのように説明を始めた。
「入試要項通り、リスナーにはこの後10分間の『模擬市街地演習』を行ってもらうぜ! 持ち込みは自由、プレゼン後は各自指定の演習会場へ向かってくれよな!」
霊が手元の受験票に視線を落とすと、確かに受験番号とは別に、演習場がアルファベットで指定されていた。
「演習場には『仮想ヴィラン』を三種・多数配置してあり、それぞれの攻略難易度に応じてポイントを設けてある。個性で仮想ヴィランを行動不能にし、ポイントを稼ぐのがリスナーの目的だ!」
資料には1~3P(ポイント)が割り振られた仮想ヴィラン三種と、もう一種記載されていた。疑問に思う霊だったが、同じ疑問を持った受験生が挙手をしてプレゼント・マイクに質問を飛ばした。
ついでとばかりに今朝方見かけた緑髪の生徒にも注意を飛ばしていたが、霊は要項に記載された注意事項を読み込んでいたため気にも留めなかった。
「受験番号7111くん、ナイスなお便りサンキューな! 四種目のヴィランは0P! そいつは言わばお邪魔虫! 各会場に一体、所狭しと大暴れしている『ギミック』よ。リスナーには上手く避けることをオススメするぜ」
「有難う御座います! 失礼致しました!!」
「(『ギミック』って言うくらいだし破壊不可……? 自分では敵わない強大なヴィランと遭遇した時の対応を見るためのもの、とか……? いきなり遭遇して消耗させられたら嫌だな……常に周りを警戒しとかないと……)」
霊は自分の個性が長期戦に向かないことを理解していた。そのため、今回の試験ではできる限り個性を温存して不測の事態──0Pヴィランとの遭遇に備えようと方針を固めた。
「俺からは以上だ! 最後にリスナーへ我が校訓をプレゼントしよう。かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った……『英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者』と! 更に向こうへ! Plus Ultra!!」
「──それではみんな、良い受難を」
プレゼント・マイクの締めの言葉に、霊は胸の奥が僅かに熱くなるのを感じた。
◆◇◆◇◆
説明が終わった後、霊たち受験生はバスに乗ってそれぞれの演習場にやって来た。
バスを降りるとそこには巨大な塀で囲まれた街並みが広がっており、霊は小さく「ほぉ~」と声を漏らした。学校の敷地内をバスで移動するのにも驚いたが、何より街を再現しているという事実に驚愕を通り越して呆れの感情も湧き上がってきたのだ。
霊は他の受験生たちから少し離れた場所で、家から持ってきた鉄製の槍を軽く振り回していた。服装は制服から動きやすい愛用の白いジャージに着替えており、ゆっくりと身体の調子を確かめていく。
「(……うん、問題なし)」
熟練の槍使いのように、身の丈以上もある鉄槍をブンブンと勢いよく振り回す霊の姿は、その見た目も相まって結構目立っていた。しかし本人は視線を集めるのには慣れていたため、特に気にした様子もなく準備運動を続けた。
そして……。
『はい、スタートォ!!』
塀に取り付けられたスピーカーからプレゼント・マイクの声が響いた。
『どぉした、実戦にカウントダウンなんかないんだよ! 走れ走れぇ、賽は投げられてんぞ!!』
そう言い終わる前には、既に霊を含めた受験生たちは駆け出していた。
霊はゲートをくぐると、団子になって突き進む受験生たちの先頭付近から脇道に逸れるようにルートを変更した。長物を使う霊にとって集団の中で乱戦を続けるのは周囲に気を配る必要があるため、早いうちから離れる必要があったのだ。
そして丁度他の受験生たちの姿が見えなくなった頃──。
「ブッコロス!!」
霊の後方から『2』という数字の書かれたロボットが襲い掛かってきた。2Pの仮想ヴィランである。
霊は2Pヴィランの攻撃を後方へ跳び退くことで回避し、着地と同時に踏み込んでロボの装甲の継ぎ目を槍で正確に穿った。
ガギンッと音を立てて貫かれた2Pヴィランは、そのまま動きを止めた。
槍を引き抜いた霊は沈黙した2Pヴィランに目をやった。
「(思ったより脆い……継ぎ目以外でも簡単に壊せそうだ)」
しばらく観察していると、先の戦闘音に引き寄せられた仮想ヴィランが物陰からゾロゾロと姿を現した。
霊は一度槍を回してから構えを取り、一番近くにいた1Pヴィランに肉薄し槍を振るう。その切先は吸い込まれるように1Pヴィランの首の継ぎ目を捉えると、ガギンッと音を立ててその首を断ち切った。
間髪入れず迫ってくる2Pヴィランの尻尾の薙ぎ払いを、霊は大きく跳んで躱す。その後、襲い掛かってきた2Pヴィランのすぐ後方に着地すると、振り向きざまに鋭く踏み込み、槍を突き出した。
その切先は装甲を容易に貫き、破壊された内部回路が小規模な爆発を起こすと、2Pヴィランは完全に沈黙した。
「(よし。角度さえ気を付ければ、正面からでも十分貫ける)」
そう分析しつつ槍を引き抜いた霊は、間髪入れずその場で大きく跳躍した。
──ドガシャァァァンッ!!
直後、突進を仕掛けてきていた3Pヴィランが霊の倒した2Pヴィランに激しくぶつかって動きを止める。
霊は身動きが取れなくなっているその3Pヴィランの上に着地する──と同時に、落下の勢いを乗せた槍を一気に突き立てた。
ガギンッ!!と大きく音を立てて槍が深々と突き刺さると、小規模な爆発が断続的に起こり、3Pヴィランの内部回路を悉く破壊した。
引き抜こうと槍に片手で力を入れた時、霊は気付いた。
「あっ……(ヤバ、深く刺し過ぎた……!)」
落下の勢いを乗せた槍は片手では抜けないほど、深々と突き刺さっていた。
「シネェ!!」
「クタバレェ!!」
そんな時、霊の背後から二体の2Pヴィランが同時に跳び掛かってきた。
霊は一度槍から手を放し、背後を振り返ると、その場で大きく息を吸って個性を発動させた。
「『墜ちろ』!!」
瞬間、二体のロボは見えない何かに叩き落とされるように地面へ激突した。その衝撃でコンクリートにはハチの巣状のヒビが入り、その中心では二体の2Pヴィランが完全に機能を停止していた。
霊はすぐに両手で槍を引き抜くと、3Pヴィランの上から周囲を見渡した。そして先ほどよりも仮想ヴィランの数が増えていることに気付いて、小さく息をついた。
「(思ったよりもたくさんいる……残り3分くらいになったらラストスパートでもかけようかな……?)」
霊はそんなことを考えながら、再度槍を構え駆け出した。どんな言霊なら仮想ヴィランを効率的に行動不能にできるだろうか、と考えを巡らせながら。
◆◇◆◇◆
霊はその後も一撃で仮想ヴィランを仕留め続けた。
個性は極力温存して0Pヴィランとの接敵時に備え、槍で対処できない場合のみ個性を使用する。そして残り時間が3分を切ったタイミングで、霊は個性の使用頻度を上げてラストスパートをかけた。
実技試験の残り時間が2分半を切った頃、演習場の一角で大規模な爆発が起き、地面を揺らした。
「っ、なに?」
そう小さく声を漏らして視線を向けた霊は、驚愕に目を見開いた。
「(なッ……!? デカッ!!)」
内心で叫ぶレイの視線は、ビルよりもデカい巨体を持つロボットへ向けられていた。そしてプレゼントマイクの説明が脳裏を過った。
――『所狭しと大暴れしてるギミックよ。リスナーには上手く避けることをオススメするぜ』
「(アレが0P……!)」
0Pヴィランが振り上げた拳を地面に放つと、その衝撃で突風が吹き荒れ、辺り一帯を土埃が覆った。幸いにも0Pヴィランから少し距離が離れていた霊には、その影響は少なかった。
それでも霊は、迷うことなく人が集まっていそうな大通りへ向けて駆け出した。
0Pヴィランの移動速度は人が走るよりも少し遅い程度で、決して速いとは言えない。しかし、逃げ遅れた人がいないとも限らなかったので、念のため確認に向かったのだ。
ほどなくして大通りへ出た霊は、逃げ惑う受験生たちの姿を捉えた。
「ッ!」
そしてその中の、橙色の髪をサイドテールに結んだ少女に目を留めた。
普段から物事を注意深く観察し、分析する癖のある霊だからこそ気付けた、ほんの些細な違和感。一見すれば普通に走っているようにも見える彼女の姿は、霊の目には左足を僅かに庇っているように見えた。
そして、霊は視界の端で0Pヴィランが再度拳を振り上げるのを捉えると、迷わず彼女へ駆け出した。
丁度その時、少女がバランスを崩して倒れそうになったため、霊は咄嗟に彼女の腰に手を回して抱きかかえるように支えた。
「ッ!? ちょ、ごめんッ!」
「掴まって」
「え?」
「逃げるよ」
「ッ、わかった!」
少女は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに霊の身体へしっかりと腕を回した。
霊はそれを確認するや否や槍先を遠く離れたビルへ向けた。呼吸を整え、その一点の未来を見据える。
そして──。
「『刺され』」
瞬間、二人は空を切り裂くように翔けた。
「うわああああああ!!!」
絶叫マシンに乗った時のような強烈なGを感じて、少女は思わず叫び声を上げ、霊の身体にしがみつく力をより一層強めた。そうしなければ、身体が投げ出されてしまいそうだったから。
やがてガンッ!という音と共に、霊の持つ槍がビルの壁面に深々と突き刺さって止まった。
直後、0Pヴィランの拳が振り下ろされ、先ほどまで二人が立っていた辺りを衝撃が襲った。しかし遠く離れた霊たちに影響はなく、髪を軽く揺らす程度で済んだ。
少女を左腕に抱え、右手で槍にぶら下がったままその光景を眺めていた霊は、ほっと息をついた。
「ありがとう、助かった。あのままあそこにいたら、ちょっと危なかったかも」
「ん」
少女の感謝の言葉に霊は頷きを返した。
『試験、終ッ了!!!』
丁度その時、試験終了を告げるアナウンスが演習場に響いた。
「……え、っと……試験終わったけど、これからどうする……?」
少女は霊の身体にしがみつきながら視線を下ろした。二人がいるのはビルの十階付近の壁面で、飛び下りるのを躊躇うくらいの高さがあった。しかも少女は足を怪我しているため、上手く着地できる自信がなかった。
霊は少し考える素振りを見せてから少女に言葉を掛けた。
「……大丈夫。最後まで助ける」
そう言った霊は、少女を抱えたまま片手だけの力で身体を持ち上げると、器用に槍の上に跳び乗った。そして、何をするのかと不思議そうに霊の様子を眺めていた少女の膝裏に手を回し、突如横抱きにした。
「ちょっ、何してんの!?!?」
「口閉じて」
「はあッッ!?!??」
急なお姫様抱っこに顔を赤くして抗議する少女だったが、直後掛けられた霊の言葉で更に顔を真っ赤に染めた。
彼女の中ではお姫様抱っこ=顔が近づく+口を閉じて=キs……という方程式が一瞬の内に組み上がったのだ。
顔を真っ赤に染めて目をぐるぐると回し、口を何度も開けては閉めてを繰り返す少女を見て、霊は不思議そうに首を傾げた。
「あ、あん……なん……で……ッ!!」
「? 閉じないと舌噛む」
「………………は?」
少女は不思議そうにする霊の言葉を聞いて、自分がとんでもない勘違いをしていたことに気付き、両手で顔を覆った。
「……し、しにたい…………」
頭から白い湯気を立ち昇らせる少女を見て、霊は首を傾げる。
「? 下りるよ」
そう言って、霊は少女に負担が掛からないよう抱き方を少しだけ直すと、隣接するビルからビルへと軽やかに飛び移りながら地上へ下りていった。
◆◇◆◇◆
「実技総合成績出ました!」
雄英高校のとある会議室に事務員の声が響く。壁一面のモニターには受験生たちの各種ポイントがランキング形式で表示されていた。
「レスキューポイント0で一位とはねぇ……」
「仮想ヴィランは標的を捕捉し近寄ってくる。後半他が鈍っていく中、派手な個性で引き寄せ迎撃し続けた……タフネスの賜物だ」
「対照的にヴィランポイント0で八位……」
「大型ヴィランに立ち向かった受験生は過去にもいたけど、ぶっ飛ばしちゃったのは久しく見てないねぇ……!」
「しかし、自身の衝撃で甚大な負傷……まるで個性を発現したばかりの幼児だ」
採点係の事務員たちが試験の映像を視聴しながら言葉を交わし合う。相澤は部屋の隅からとある受験生を捉えた画面を静かに見続けていた。
「(個性使用は最低限に抑え、素の身体能力と培った槍術を主体に戦術を組み立てている……戦い慣れてるな。自分の個性の弱点をよく理解して、それを上手く他で補っている……)」
相澤は画面に映った少年を内心そう評価して、彼を捉えた映像からランキング表に視線を移した。
「(槍術、判断力、視野の広さ……基礎は既に出来上がってる。あとは……)」
No. 1 爆豪 勝己
No. 2 言葉 霊 45 30
No. 3 切島 鋭児郎 39 35
No. 4 麗日 お茶子 28 45
No. 5 塩崎 茨 36 32
No. 6 拳藤 一佳 25 40
No. 7 飯田 天哉 52 9
No. 8 緑谷 出久 0 60
No. 9 鉄哲 徹鐵 49 10
No.10 常闇 踏陰 47 10
「(個性を鍛えればやれることは一気に広がる……どれだけ伸びるか、見物だな)」
相澤は薄く笑みを浮かべるのだった。