君との恋は塩の柱に   作:讀茸

27 / 33
第二十七話 都合の良い話

「そうだろう! ホーリエル!」

 

 塩の怪魚を鎖魔術で縛り上げたアルツィマが叫ぶと同時、走り出したのはラクルス。

 槍の重量を感じさせないほどに素早く駆けるラクルスは、今も黒鎖に縛られる怪魚へと肉薄していく。

 

(アルツィマ。正直、あたしにお前の話は半分も理解できねぇ。神の呪詛やら解呪やらエルフやら、何が何だかさっぱりだよ)

 

 疾走の最中、ラクルスはダンケットでアルツィマに聞かされた話を思い出す。

 塩の怪魚との決戦を前に、アルツィマはラクルスに全てを話していた。

 

(でも、これでサラ嬢達を救えんだろ?)

 

 天を仰ぐ怪魚の頭部。

 青灰色の鱗に覆われた魚の頭へ、ラクルスは一っ飛びに跳躍する。

 

(それだけで、あたしには十分だ)

 

 槍を振りかぶる。

 握りしめる鉄の感触は不思議なくらい手に馴染む。

 今、この時のために槍を握りしめてきたのだと、心の底から思えるくらいに。

 

「ぶっ潰れろ――――ッ!」

 

 振り下ろした一撃。その衝撃は怪魚の巨躯にも響き、その頭部を塩の大地に叩きつける。

 勢いよく叩きつけられた刃は怪魚の鱗を貫かない。

 ラクルスは二度の戦闘経験から、塩の怪魚を一撃で貫くのは現実的に不可能だと知っていた。

 故に、彼女が狙ったのは脳天。鱗を貫かずとも、脳に衝撃が震盪すれば、確実なダメージとなる。

 

「Ruuaaa――――ッ!」

 

 地面に激突した怪魚が吠える。

 腹の底に響く重低音で叫びながら、怪魚は激しく身を捻る。

 黒鎖をブチブチと引きちぎりながら、怪魚は塩の雪原を移動する。その様子はさながら海を泳ぐ白鯨。アルツィマら四人の周りを旋回している。

 

「話が違うぞ! アルツィマ君、君は――――」

「何も違くないさ。僕も戦闘に参加すると言っただろう?」

「っ、そういうことじゃない! 君は……分かってくれたんじゃないのか!? ホロラーデの呪いを終わらせるには、もうこれしかないって! これがボク達にとって一番良い幕引きだって! 君は! 分かってくれたんじゃないのか!?」

 

 想定外の動きをしたアルツィマに、ソラニエルは食ってかかる。

 それも当然だ。ソラニエルの消滅願望を理解してくれていたはずのアルツィマ。彼にその願いの成就を拒まれたのだ。平静でいられるはずは無い。

 

「ああ、ホロラーデの呪いは終わらせる。そして君達も死なせない。それが一番良い結末だろう?」

「そんな都合の良い話――――」

「ある。子供が未来を生きるのは当然の権利だ。都合の良い話なんかじゃない。それが禁忌だって言うんなら、禁じたやつが悪者なんだ。君達自身が終わろうなんて思わなくて良い。君達はただ、全力で――――」

 

 今までにないほどアルツィマの言葉は強かった。

 ソラニエルやサラに対して、彼がここまで強く主張したことがあっただろうか。

 

「明日も二人で生きるために、塩の怪魚(自分達の過去)に勝てば良い」

 

 かつて両親を恨んだ少年がいた。

 禁忌を犯して自らを欠陥品として生み出した親に、嫌悪と軽蔑を向けた者がいた。

 その感情が間違いであったとは言えまい。呪術師に狙われて生きた日々は、その苦しみは決して消えない。

 それでも、その全てが悪ではないのだ。

 間違っていても求めてしまう、誰かを傷付けると分かっていても望んでしまう。

 何を犠牲にしたとしても、未来を願ってしまうのが人間なのだから。

 

「アルツィマ」

 

 ふと、零したサラ。

 その左手は震えるソラニエルの右手に重ねられていた。

 

「私、信じちゃいますよ……?」

 

 ただ一言、純白の青年に向けられた言葉には、揺れる想いが滲んでいた。

 きっと、もう一度願ってしまったなら、サラはもう元には戻れない。

 やっぱり無理だったと諦めるなんて無理だ。どう足掻いても、ソラニエルとの未来を望んでしまう。

 ここでアルツィマの話に乗れば、サラはまた禁じられた未来を求めてしまうだろう。

 それでも――――

 

「あはは、信じてくれよ。僕が君達に嘘吐いたことあったかい?」

 

 アルツィマは笑って受け入れた。

 信じて良いのだと。禁じられていようが、欲しいのならば手を伸ばせば良いのだと。

 そう彼女らに言ってやることが、アルツィマ・ノートが生きた三百年の答えだった。

 

「Ruuuaaaaaaa―――――――――ッ」

 

 再度、塩の怪魚が吠える。

 その天を揺るがす咆哮が、悠長に話している時間は無いと告げていた。

 

「それじゃあ、往こうか」

 

 ホロラーデ三百年の歴史。禁忌と呪いに抗い続けた三百年。

 その総決算が始まろうとしていた。

 

     ***

 

 アルツィマ・ノートの魔術。

 アルツィマ本人が呪術の触媒として最高峰の適性を誇る故に、呪詛返しとしての特性を孕むそれは、呪いを縛る漆黒の鎖。

 塩の怪魚とはその誕生そのものに神の呪詛が関わっている。素体となる赤子すらいない逆説的な成立経緯を持つ今回の怪魚は、その存在自体が呪詛そのものと言っても差し支えない。

 奇しくも、塩の怪魚にとってアルツィマは天敵だったのだ。

 

「Ruuuu」

 

 塩の怪魚にとって、一時的とはいえ己を縛るほどの魔術を味わうのは初めての経験。

 本能的にアルツィマの脅威を理解した怪魚は、塩の雪原に潜り、アルツィマらの周囲を旋回しながら様子を伺う。

 

「地面の下に潜られましたよ! これどうすれば良いんですか⁉」

「どっかで必ず顔出してくる! 巻き込まれんなよ!」

 

 塩の雪原における怪魚最大のアドバンテージ。

 それは塩の中を自由自在に泳げるということ。地面の下に潜れば、地表の人間は怪魚に追撃できない。

 さらに、人は重力に逆らえない。地面から距離を置けない人間は、常に怪魚の攻撃射程に入っている。

 足下から怪魚が大口を開けて飛び出すだけで、アルツィマ達にとっては十分な脅威となる。

 

(鎖×炎――――)

 

 アルツィマという脅威を目にし、一旦様子見をする怪魚。

 その隙にアルツィマは地面に手をつき無詠唱で魔術を唱える。

 

「二重属性……?」

 

 ソラニエルだけが、その正体を看破した。

 二重属性魔術。異なる属性の魔術を掛け合わせ、新たな魔術として成立させる高等技術。

 アルツィマはそれを無詠唱でやってのける。

 

「いつまでも下にいられちゃ勝負にならない。出て来てもらおう」

 

 アルツィマが錬成した黒鎖は地中へと伸び、植物のように根を張る。

 無数に張り巡らされた鎖の一本一本が高熱を帯びており、地中の温度を急激に上昇させていく。

 アルツィマは地中深くの温度は高く、地表近くの温度は低くなるよう鎖の熱を調整。

 塩の雪原に高熱地帯を作っていく。

 

「Ruuuaaaaaaaaa―――――――――ッ!」

 

 地中の熱に耐え兼ね、怪魚が地表へと飛び出す。

 

「出て来たな。下は熱かったろう? 少し、冷やしてあげようか!」

 

 塩の怪魚が姿を現すと同時、アルツィマはさらに魔術を唱える。

 

(鎖×氷――――)

 

 再びの二重属性。しかし、その性質は先刻のものとは真逆。

 氷点下の冷気を纏う鎖を無数に錬成し、一息に怪魚へとぶつける。

 数多の黒鎖は雪崩のように怪魚へと殺到し、その鱗に衝撃を与えつつ、全身を絡め取っていく。

 

「Ruuuu!」

 

 しかし、二重属性魔術によって放たれた鎖は、純粋な鎖魔術によるそれよりも拘束力は低い。

 怪魚は身をうねらせて纏わりつく鎖を千切りながら、アルツィマらの方へと猛進していく。

 怪魚に人間ほどの知能があれば気付けただろう。先刻、自らの脳天を打った槍使いの姿が無いことに。

 

「エルフってのは流石だな。完璧な援護だぜ」

 

 放たれる大量の鎖を目くらましに、ラクルスは怪魚のすぐ側まで接近していた。

 そして、駆け抜けざまに槍の一閃を怪魚の脇腹に叩き込む。

 

「Ryuuguuaaa――――!?」

 

 砕ける。

 ラクルスが振り抜いた槍の一閃は、今まで傷一つ入ることのなかった青灰色の鱗を粉砕していた。

 

(上手い。熱してから冷やして割ったのか。しかも、属性の違う二重属性魔術を連続かつ無詠唱で。まさか、アルツィマ君がここまでハイレベルな魔術師だったとは……)

 

 ソラニエルがアルツィマの魔術に驚嘆する間にも、ラクルスは怪魚の鱗を次々と割っていく。

 駆け抜けざまに、連続で叩き込まれる槍の穂先。鉄の刃は怪魚の表皮を抉り、砕けた鱗が宙に舞う。鈍い青灰色の煌めきは、青空に咲いた星屑のよう。

 

「来るよ」

 

 サラとソラニエルの二人に向かって、アルツィマが言う。

 怪魚はラクルスに鱗を砕かれつつも突進の勢いは緩めず、三人を飲み込まんと肉薄していた。

 

「迎え撃ちます」

 

 サラが長剣を構える。

 同時、ソラニエルは無詠唱で塩魔術を発動。五メートルはあろうかという巨大な塩の槍を形成する。

 両者ともに迎撃の準備は十分。数瞬後に襲いかかる怪魚の体当たりに備える。

 

「Ruuaaaaaaaaa――――ッ!」

 

 頭から突っ込んでくる青灰色の怪魚。

 先んじて塩の槍を放ったのはソラニエル。純白の長槍を射出し、怪魚の鼻っ面に直撃させる。

 しかし、その一撃が怪魚の頭を貫くことはなく、塩の槍は強固な鱗に弾かれた。

 

(硬い! やっぱりボクの魔術じゃ貫けないのか……!)

 

 塩魔術の本質は保存。その性質故に攻撃には向かない。怪魚の防御を突破するには些か威力不足だった。

 だが、それはホロラーデ家の方針に則り、塩魔術を極めた者に限った話。

 魔術師の家系に生まれながら剣術の道を歩んだ異端児は、その限りではない。

 

(来る、タイミング、顎、一撃――――)

 

 サラの脳内をハイスピードで駆け抜ける思考。形にならない深謀遠慮は、直感としてサラの肉体を駆動させる。

 怪魚と衝突する瞬間、サラが大きく振り上げた長剣。

 怪魚の顎を正確に捉えた一撃は、青灰色の鱗に亀裂を入れる。顎を起点に走った罅は、稲妻のように広がり、怪魚の顔面に歪な模様を描く。

 そのまま振り抜く長剣の一撃が、怪魚の頭部を跳ね飛ばし、青灰色の巨躯を引っくり返した。

 

「アンカー・ウィズ・ゴーレム」

 

 アルツィマが唱えたワンフレーズチャント。

 それはエルフに伝わる伝統的な術式。その場にある自然物を利用して操ることで、消費魔力を抑えつつ大規模な魔術展開を可能とする。

 アルツィマはそれを自らの鎖魔術に応用させ、鎖を通した物質を操り形と成す。

 既に鎖は地中に張ってある。それを再利用することでさらに消費魔力を節約。

 そのスケールに対して驚異的なほど少ない魔力で顕現させたのは、塩の巨人。

 

「僕の最大打点だ。よく味わうと良い」

 

 鎖の骨格に塩の肉付けを施した巨人は、塩の怪魚にも劣らない巨体を誇る。

 王者には技も小細工も要らない。ただその圧倒的な質量に任せて、巨人は右腕を振り下ろす。

 轟音を鳴り響かせて炸裂した巨人の一撃。怪魚の腹に直撃した拳は、その表皮にクレーターのような傷跡を残した。

 

「Ryuuuaaa――――ッ!」

 

 連続で叩き込まれる攻撃の数々に、怪魚はたまらず悲鳴を上げる。

 その慟哭を嘲笑うかのように、白い大地を駆ける槍兵が一人。

 

「喉元貰うぜ」

 

 巨人の拳に怯んだ怪魚の隙を突き、ラクルスが怪魚の頭部近くへと疾走する。

 その速度は流星の如し。湖畔のような水色の瞳を爛々と輝かせて、槍兵は獲物へと接近する。

 そして、青灰色の鱗すら食い破って、怪魚の喉元を抉ると思われた刃は――――

 

「――――なるほどな」

 

 弾かれる。

 つい先程、怪魚の鱗を次々と割っていたはずのラクルスの槍が、今度はその鱗に阻まれた。

 それもそのはずだ。ラクルスの槍は、その穂先が塩へと変じていた。鈍色をした槍の先端が、さらりとした白に染まっているのだ。

 

「使ってきたね、塩魔術。ここからが本番ってわけだ」

 

 アルツィマが呟く。

 塩の怪魚討伐戦は、第二フェーズに移っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。