――守るための力、逃げるための力――
人は誰しも、何かを守るために力を求める。
大切な誰か。
譲れない信念。
叶えたい願い。
しかし。
時として人は、守りたいものを失う恐怖から力を求める。
失わないため。
奪われないため。
もう二度と傷つかないため。
その力は、盾になる。
同時に。
自分自身を閉じ込める檻にもなる。
⸻
夜の街。
雨が降っていた。
街灯の光を反射した水滴が、アスファルトの上で淡い光を作る。
人々は傘を差し、家路を急ぐ。
誰もが帰る場所を持っているように見えた。
だが。
その中に一人だけ。
帰る場所を失った少女がいた。
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雪音クリス
少女は歩いていた。
雨音を遮るように、首元のヘッドホンから音楽が流れている。
淡い色の髪。
左右で結ったツインテール。
紫色の瞳。
小柄な体。
ダークグリーンのノースリーブ。
黒いショートパンツ。
歩きやすいブーツ。
戦場で見る姿とは違う。
そこにいるのは、兵器でも、装者でもない。
ただの少女だった。
……本来なら。
「……」
クリスは足を止める。
ショーウィンドウに映った自分を見る。
そこにいる少女は、どこか疲れていた。
「……何見てんだよ」
自分自身へ向けた言葉。
誰かに聞かせるためではない。
ただ、そう言わなければ崩れてしまいそうだった。
⸻
脳裏に浮かぶ。
炎。
瓦礫。
泣き叫ぶ声。
そして。
誰も助けてくれなかった記憶。
信じたものは消えた。
頼ったものは奪われた。
だから。
クリスは決めた。
二度と期待しない。
二度と誰かに縋らない。
力だけが、自分を守ってくれる。
そう信じるしかなかった。
⸻
特異災害対策機動部・二課
「雪音クリス……」
モニターに映る少女。
響は黙って画面を見る。
「また、戦うのかな……」
翼は答えなかった。
「響」
「はい」
「戦場で相手を見るな」
「見るべきものは、敵の動きだ」
厳しい言葉。
しかし翼自身、その言葉が完全ではないことを理解していた。
かつての自分なら。
迷わず斬っていた。
敵なら倒す。
それだけだった。
だが。
立花響という存在が現れてから。
少しずつ変化している。
「……あの少女は」
翼は小さく呟く。
「本当に敵なのか」
⸻
フィーネ
地下深く。
古代文明の資料。
聖遺物の研究記録。
月へ至るための計画。
その中心に、一人の女性がいた。
櫻井了子。
しかし。
その瞳に宿るものは、現代の人間ではない。
フィーネ。
幾千年もの時間を越えた意思。
人類の歴史を見続けた存在。
「クリス」
彼女は静かに呟く。
「あなたはまだ、世界を恐れている」
映像にはネフシュタンの鎧。
黒。
深紅。
蛇を思わせる装甲。
「だからこそ」
フィーネは微笑む。
「力が必要なのよ」
⸻
フィーネにとってクリスは道具ではない。
少なくとも。
彼女自身はそう思っている。
孤独だった少女。
誰にも理解されなかった少女。
だからこそ。
自分だけが理解者になる。
自分だけが必要とする。
それが一番効果的だと知っている。
⸻
「あなたを裏切る人間はいらない」
「あなたを必要とする存在だけがいればいい」
その言葉は。
クリスにとって救いだった。
同時に。
逃げ道でもあった。
⸻
赤い観測者
夜の高層ビル。
雨粒が赤い装甲を滑り落ちる。
そこに立つ影。
ブラッドスターク。
ワインレッドの装甲。
メタリックブルーのコブラ型バイザー。
蛇腹状のフード。
緑色に光る複眼。
胸部には複雑なパイプライン。
蒸気がゆっくりと噴き出す。
その姿は。
怪物というより。
獲物を観察する捕食者だった。
「なるほどねぇ」
スタークは呟く。
視線の先。
クリス。
「鎧を欲しがってるんじゃない」
「安心できる場所が欲しいだけか」
⸻
右手。
トランスチームガン。
小さな機械音。
コブラフルボトルが輝く。
「人間って面白いよねぇ」
「力を手に入れた瞬間、力に縛られる」
⸻
「あなた」
声。
フィーネ。
スタークは振り返る。
「また会ったね」
「あなたの力……」
フィーネは警戒する。
「聖遺物ではない」
「しかし、人間の可能性を変える技術」
スタークは笑う。
「さすが」
「何千年も研究してる人は違う」
フィーネの目が細まる。
「あなたは何者?」
「ただの研究者」
即答。
しかし。
フィーネは理解していた。
嘘だ。
だが。
正体へ届かない。
⸻
接触
ノイズ反応。
夜の街。
響と翼が到着する。
そして。
少女が立っていた。
黒と深紅の鎧。
ネフシュタン。
「……来たか」
クリス。
響は一歩前へ出る。
「クリスちゃん」
「その呼び方……!」
クリスの表情が歪む。
「やめろ」
「私はお前らの仲間じゃない」
響は首を振る。
「でも」
「私はクリスちゃんのこと、何も知らない」
「だから知りたい」
「どうしてそんなに苦しそうなのか」
⸻
一瞬。
クリスの動きが止まる。
だが。
すぐに怒りが勝つ。
「うるせぇ!」
ネフシュタンの鞭が放たれる。
大地が裂ける。
⸻
翼が前へ出る。
「響!」
「はい!」
二人の歌声。
ガングニール。
天羽々斬。
戦場が震える。
⸻
そして。
第三者。
蒸気。
白い煙。
「……?」
響が振り返る。
煙の中から現れる赤い影。
ブラッドスターク。
⸻
「三つの力」
「三つの心」
スタークは笑う。
「どれも違う」
右腕。
装甲展開。
スティングヴァイパー。
蛇の針が伸びる。
クリスが反応する。
鞭で防ぐ。
しかし。
スタークは真正面から攻めない。
煙。
消失。
⸻
「どこ……?」
響が周囲を見る。
声。
背後。
「相手を見る時はね」
「武器だけじゃなく、考え方を見るんだよ」
振り返る。
しかし。
そこには誰もいない。
⸻
クリスは歯を食いしばる。
「……なんなんだよ」
あの男。
戦い方が読めない。
力ではない。
技術でもない。
まるで。
自分たちの心を見透かしている。
⸻
夜明け前
ブラッドスタークは屋上に立っていた。
トランスチームガンを回す。
「ガングニール」
「天羽々斬」
「ネフシュタン」
「そしてフィーネ」
赤い複眼が光る。
「この世界」
「まだまだ面白くなりそうだ」
⸻
一方。
クリスは一人、暗闇の中にいた。
鎧を解除する。
小さな手を見る。
力はある。
守る力はある。
なのに。
なぜ。
胸の奥がこんなにも寒いのか。
⸻
響はまだ知らない。
クリスが本当に求めているものを。
翼はまだ知らない。
自分が変わり始めていることを。
フィーネはまだ知らない。
ブラッドスタークという存在の本当の正体を。
そして。
エボルトもまだ知らない。
この世界で最も予測不能な存在が。
破壊ではなく――
「誰かを救いたい」
という少女の想いであること