⸻
1
――鎧の中の少女――
夜が明けても。
雪音クリスの心には暗闇が残っていた。
簡素な部屋。
最低限の家具。
壁に立て掛けられたヘッドホン。
机の上には食べかけの食事。
そこには生活がある。
しかし。
温もりはなかった。
「……」
クリスは窓の外を見る。
街は動き始めている。
人々は笑い。
学校へ向かい。
仕事へ向かう。
当たり前の日常。
クリスには、それが遠い世界のものに見えた。
「……くだらねぇ」
呟く。
本当は分かっている。
自分が羨ましいだけだ。
誰かと笑うこと。
誰かに心配されること。
誰かを信じること。
そんなもの。
自分にはもう必要ない。
そう言い聞かせているだけだった。
⸻
その時。
通信機が鳴る。
フィーネ。
「クリス」
「次の任務よ」
クリスは目を閉じる。
「……分かった」
返事は短い。
迷いを隠すために。
⸻
2
――救いたい少女、戦う少女――
二課。
響は訓練場にいた。
拳を振る。
何度も。
何度も。
「響」
翼が声をかける。
「少し休め」
「でも……」
響は拳を握る。
「クリスちゃん」
「まだ一人なんです」
翼は黙る。
響の考えは甘い。
そう思う。
敵は敵。
戦場では、それが全て。
しかし。
翼自身も気付いていた。
昔の自分なら。
迷わずそう言っていた。
だが。
今は違う。
「……お前は」
翼は呟く。
「本当に変わったな」
響は振り返る。
「え?」
「敵を見る目が」
「戦う相手を見る目ではない」
翼は空を見る。
「人を見る目になっている」
⸻
3
――フィーネと蛇――
地下施設。
フィーネは研究資料を眺めていた。
そこにはブラッドスタークの戦闘データ。
煙幕。
瞬間移動。
特殊蒸気。
未知の武器。
「……」
フィーネは考える。
あの力。
もし自分の計画に利用できれば。
だが。
同時に危険でもある。
あの存在は。
誰の支配も受けない。
⸻
「警戒している顔だね」
背後。
蒸気。
ブラッドスターク。
「……勝手に入るとは」
「蛇は隙間から入るものだからね」
フィーネは睨む。
「あなたは何者?」
スタークは笑う。
「何度聞かれても答えは同じ」
「石動惣一」
「ただの研究者だよ」
フィーネは目を細める。
嘘。
しかし。
証拠がない。
⸻
「あなたはクリスを観察している」
「そうだね」
スタークはあっさり認める。
「面白いから」
「彼女は力を持っている」
「でも」
赤い複眼が光る。
「一番弱いところはそこじゃない」
「心だ」
フィーネは黙る。
⸻
「あなたも同じだよ」
スタークが言う。
「人間を信じてない」
「だから」
「絶対に裏切らないものを求めている」
一瞬。
フィーネの表情が変化する。
しかし。
すぐに戻る。
「……くだらない分析ね」
スタークは笑う。
「そういうところが面白いんだよ」
⸻
4
――再戦――
夜。
大量のノイズ発生。
二課が現場へ向かう。
しかし。
そこには。
すでにクリスがいた。
ネフシュタンの鎧。
黒と深紅の装甲。
蛇のような鞭。
「また会ったな」
響が前へ出る。
「クリスちゃん」
「だからその呼び方やめろ!」
クリスの怒声。
鞭が走る。
響は防御する。
⸻
翼が斬り込む。
「雪音クリス」
「お前の目的は何だ」
クリスは答える。
「……」
一瞬。
迷う。
だが。
「私は」
「力を使うだけだ」
⸻
その瞬間。
蒸気。
戦場に白い煙が広がる。
「また来たか」
翼が構える。
赤い影。
ブラッドスターク。
⸻
5
――蛇の狩場――
スタークはトランスチームガンを構える。
コブラフルボトル。
装填。
『ミストマッチ!』
蒸血。
赤い装甲。
ブラッドスターク。
⸻
響が走る。
「あなた!」
「クリスちゃんを利用するなら!」
スタークは笑う。
「利用?」
「違うなぁ」
「観察だよ」
⸻
右腕。
スティングヴァイパー。
伸縮する蛇の針。
響の横を通り抜ける。
狙いはクリス。
クリスは鞭で防ぐ。
「……!」
「また私を見るのかよ」
スタークは答える。
「君が一番面白いからね」
⸻
クリスの怒り。
鞭の速度が上がる。
しかし。
スタークは読んでいた。
煙。
消える。
背後。
「怒った時」
「攻撃が直線的になる」
クリスの動きが止まる。
「……」
⸻
その時。
青白い光。
コブラ型エネルギー体。
複数の蛇が出現。
響たちへ襲いかかる。
「なにこれ……!」
翼が斬る。
しかし。
蛇は別方向から再生する。
「追尾型か」
翼が分析する。
⸻
スタークはスチームブレードを展開。
バルブ回転。
「エレキ」
電撃。
地面を走る雷撃。
装者たちの動きを制限する。
⸻
「次はこれ」
バルブ回転。
「デビル」
紫色の蒸気。
一瞬。
空気が変わる。
響は警戒する。
「……!」
本能的な危険。
これは。
ただの攻撃ではない。
⸻
スタークは笑う。
「安心して」
「今日は使わない」
「まだね」
⸻
6
――偽りの守護者――
戦闘は終わる。
ノイズは消滅。
スタークも姿を消す。
残ったのは。
響。
翼。
そして。
クリス。
⸻
響は叫ぶ。
「クリスちゃん!」
クリスは止まる。
「……」
「どうして」
響は続ける。
「そんなに苦しそうなのに」
「一人でいようとするの?」
⸻
クリスの表情が揺れる。
「……」
「うるさい」
「お前に何が分かる」
⸻
響は答える。
「分からないよ」
「まだ」
「でも」
一歩近付く。
「知りたい」
「クリスちゃんのこと」
⸻
クリスは拳を握る。
「……馬鹿だな」
「お前」
「そんなこと言ってたら」
「いつか裏切られるぞ」
響は首を振る。
「それでも」
「私は信じたい」
⸻
その言葉。
クリスには眩しすぎた。
⸻
7
――観察者――
遠くのビル。
ブラッドスターク。
その会話を見ていた。
「信じたい、か」
エボルトは呟く。
「人間は本当に不思議だ」
「裏切られる可能性があるのに」
「それでも誰かを求める」
⸻
手元のコブラフルボトルを見る。
「この世界の人間は」
「どこまで変化する?」
⸻
その時。
通信。
フィーネ。
「ブラッドスターク」
「あなたは何を望む?」
スタークは笑う。
「さあね」
「まだ決めてない」
嘘。
本当の目的。
この世界そのものの観察。
それを知る者はいない。
⸻
夜空。
月が浮かぶ。
その月へ向けたフィーネの執念。
人を救いたい響の願い。
孤独から逃げたいクリスの叫び。
そして。
全てを観察するエボルト。
四つの思惑が。
静かに交差していく。
⸻