学園第1位王子様系女子(笑)   作:アスタロット

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第四話

 

やあみんな、よく来てくれたね。
僕の名前は狭山ケイ。
こないだ間違えて男子トイレに入った、元男性社会人転生者系女子高生さ。

 

さて、今日は雨だ。

朝から降り続き、放課後も止む気配がない。

生徒会の仕事を早めに切り上げる。

ちくわ部に顔を出し”次回の試食会案”を伝えた。

ちくわぶを革命的に真っ赤なソースで和えた、トッポギだ。

一部の熱心な部員には反発を受けたが、私は原理主義者ではないのでコレで通した。

なお、燻製部は屋外活動ができないので休みだ。

当然である。

 

雨なら英智の部屋に直行する、というのが最近のパターンだったが、今日は違った。

英智から「駅前のゲーセン、新台入ったらしい」と連絡が来たのだ。

珍しく、彼の方から。

 

駅前で合流する。

英智はすでに傘を差していた。

しばらくゲーセンで遊んだ後、外に出ると、雨が一段と強くなっていた。

そして、英智の傘の骨が、不自然に歪んでいた。

 

「英智。傘、どうした」

 

「さっき風で裏返った。骨が折れた」

 

「ふうん」

 

僕は自分の傘を回しながら、その壊れた傘を見た。

風で裏返る程度の強度だったのか。

それとも、何か別の要因があったのか。

僕は知らない。

知る必要もない。

以前の僕なら、こう言っていただろう。

 

“はっはっは、そのまま濡れて帰れ。水も滴る良い男だ”

 

そう笑いながら、一人で歩き出すのが普通だった。

なのに、今日の僕は違った。

 

「……仕方ない。入れ」

 

「え?」

 

「傘だ。二人で差せ。君が濡れると、僕が困る」

 

「困る理由がわからん」

 

「親友が風邪をひくと、次の予定が乱れる。管理上の問題だ」

 

英智が不思議そうな顔をした。当然だ。前の僕なら、絶対にこうは言わない。

 

「……前は”濡れて帰れ”って笑ってただろ。何で急にシェアなんだよ」

 

「以前の話だ。今は違う」

 

「何が違うんだよ」

 

「効率だ。君が倒れる方が、長期的に見て損失が大きい」

 

「損失とか言うな。ただの心配だろ」

 

「心配ではない。予定の確保だ」

 

僕は構わず傘を差し出した。

英智が「いいよ」と手を振るが、僕は近くに寄る。

一つの傘に二人分の肩が入り歩き出す。

距離が、いつもより近い。

すこし歩く。

しかし、予想以上に雨が強かった。

 

「……とりあえず、雨が弱まるまでゲーセンに戻ろうか」

 

「……おう」

 

傘の下で並んで、ゲーセンへ踵を返す。

雨音が傘に当たる。

英智の腕が、時々僕の腕に触れる。前なら何とも思わなかった接触が、今日は少しだけ意識に引っかかる。

 

(…気のせい…そう、気のせいだ)

 

自分に言い聞かせる。傘が小さいだけだ。

物理的な問題だ。

 

「ケイ、傘寄せすぎだろ」

 

「寄せすぎではない。効率的な配置だ」

 

「配置とか言うな。ただの密着だろ」

 

「密着などしていない。物理的な制約だ」

 

「制約とか言うな。ケイの方が寄ってきてるだろ」

 

図星を突かれて、僕は少しだけ傘を傾けた。

雨粒が英智の肩に落ちる。すぐに戻す。

 

「……気のせいだ」

 

「気のせいにしすぎ」

 

ゲーセンに入り直す。

傘を閉じ、大破した英智の傘は、傘立てに押し込まれる。

音ゲーの筐体が並ぶ通路を歩きながら、英智がぼそりと言った。

 

「なあ、ケイ」

 

「何だ」

 

「最近、俺のこと過剰に気にしてないか」

 

「気にしていない。適切に監視しているだけだ」

 

「監視とか言うな。やっぱり変だぞ」

 

「変ではない。僕は常に正確だ」

 

「さっきも言っけど、前のケイなら、絶対に”はっはっは、濡れて帰れ”って言ってただろ」

 

沈黙が、少しだけ落ちる。

ゲーセンのやかましい電子音が、周囲を埋めている。

 

「……何か変わったのか?」

 

「変わっていない。状況に応じて最適な選択をしているだけだ」

 

「最適な選択が、強制傘シェアかよ。まぁありがたいけど」

 

「ありがたいなら良いのでは」

 

「……あのさ、こういう時ケイって、前は笑って突き放してたよな。何で今は寄ってくるんだよ」

 

その言葉が、胸の奥に小さく沈む。

否定しようとして、言葉が少しだけ遅れた。

 

「……守護対象が濡れると、困る」

 

「また守護対象とか言い出した」

 

「事実だ」

 

「事実とか言うな。ただの口実だろ」

 

英智が小さく笑った。

呆れと、少しの諦めと、何か別のものが混じった笑い方だ。

 

「……まあ、いいけど。雨だしな」

 

「いいのか…雨だしね」

 

「いい。ケイが変なのは今に始まったことじゃないし」

 

そう言って、英智は音ゲーの筐体の前に立った。

僕も隣に並ぶ。

肩が、また触れそうな距離になる。

壊れた傘のことが、視界の端に残っていた。

風のせいなのか、それとも——。 

 

考えない。

考える必要はない。

ただの偶然だ。

 

やがて雨が少し弱まったので、ゲーセンを出ることにした。

お互いの自宅に分かれるあたりまで来たところで、急に雨脚が変わる。

さっきまでの落ち着いた降り方とは別物だ。

大きな雨粒が、まるで上方から叩きつけられるように落ちてくる。

傘を差し直す暇もなく、風に煽られた雨が横から顔面と制服を容赦なく打った。

視界が白くかすむ。

アスファルトに落ちる雨音が、一段と高く、連続した雑音になって鼓膜を埋め尽くす。

足元では、すでに大きな水たまりができ始めていた。

靴の中に冷たい水が染み込む感触がある。

あっという間に、二人の制服は大きく濡れた。

白いシャツは透明感を帯び、肌に張りつく。

布の重みが増して、動くたびに粘るような感触が腕と胴に残る。

髪から伝う水が、襟元を伝って背中へ落ちていく。

寒い、というより、肌の表面が常に何かに触れている感覚が強い。

 

「……これは計画外だ」

 

僕は濡れた前髪を払った。

指先にも、雨の冷たさが残る。

シャツの生地が肌に密着し、普段は意識しない部分の形を、強制的に浮かび上がらせている。

不快だ。布が重くなり、動きにくい。

それだけだ、と思おうとする。

 

しかし、胸のあたりの感触が、普段よりはっきりと意識された。

支える下着の存在が、水を含んだ生地越しに、輪郭を持って迫ってくる。

無視しようとする。

無視できるはずだ。

ただの布だ。

必要だから着ているだけだ。

 

隣を歩く英智が、ちらりとこちらを見た。

すぐに視線を逸らす。

また見る。

また逸らす。

雨に打たれた横顔が、水滴で光っている。

 

「……見るな」

 

「見てない」

 

「見ている。君の視線が泳いでいる」

 

「気のせいだ。雨で前が見えにくいだけだ」

 

「前を見ろ。僕を見るな」

 

「見てねえって」

 

英智の声が、少しだけ高い。

雨音に紛れていても、必死に否定しているのが分かった。

分かってしまった。

 

シャツが肌に貼りついている。

水を吸った白い生地は、下着のラインすらぼんやりと透かせているのだろう。

普段は徹底的に意識しないようにしている部分が、今は生地の重みと冷たさで、強制的に存在を主張してくる。

 

雨粒が、頬を伝い、顎から落ちる。

足元の水しぶきが、すでに濡れた裾をさらに叩く。

世界が、水音と冷たい感触だけになっている。

 

不快だ。
苛立たしい。


なのに、胸の奥が、雨のせいではない熱を持っている。

 

(……なんだ、これは)

 

「ただの布だ。気にするな」

 

僕は自分に言い聞かせるように言った。

英智にも、自分にも。

言葉は雨に吸われて、少しだけ弱く聞こえた。

 

「気にしてねえよ。ただ、濡れて冷えるかもしれないし……」

 

「冷えてはいない。濡れているだけだ。それ以上でも以下でもない」

 

「わかってる」

 

「わかっているなら、視線を固定しろ」

 

「固定してる」

 

「していない」

 

言い合いになる。

内容は噛み合っていない。

ただ、お互いが「見ていない」「気にしていない」を繰り返しているだけだ。

激しい雨音が、そのぎこちない言葉をかき消し、また運んでくる。

 

分かれ道に差し掛かったとき、僕は傘を閉じた。

すでにずぶ濡れで、意味が薄くなっていた。

閉じた傘から、水がぽたぽたと落ちる。

 

「……今日はここまでだ」

 

「おう」

 

英智が小さく頷く。

また、一瞬だけ視線が胸元に落ちて、すぐに上がる。

雨に濡れたまつ毛が、少しだけ束になっているのが見えた。

僕はそれを見て、言葉を継いだ。

 

「傘の管理を徹底しておくれよ。次は入れてやらないかなら」

 

「……分かった」

 

「分かったら、もう行け」

 

「ケイこそ、風邪ひくなよ」

 

「ひかない。管理している」

 

そう言って、僕は先に足を向けた。

背中に、英智の視線が残っている気がした。

気のせいだ、と思おうとする。

思えない。

雨が、後頭部から背中へ流れていく。

濡れた生地が、歩くたびに肌に吸い付く。

下着の感触が、普段より明確だ。

水の冷たさと、布の密着が、身体の輪郭をくっきりと意識させてくる。

不快だ。

認めたくない。

なのに、さっきの英智の視線が、脳の端に張り付いたまま離れない。

 

(……気のせいだ)

 

そう自分に言い聞かせながら、雨の中を歩いた。
水音だけが、周囲を埋め尽くしている。
指先の熱は、雨に打たれても、なかなか冷めてくれなかった。

 

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