鬼龍とヒソカの一悶着の後、受験者が続々と集まってきた。
鬼龍は早い方だったようで、最後に民族服姿の青年(?)と釣竿を持った少年、サングラスの男の3人が入ってくるまでには、400人を超える大人数がこの場に集っていた。
「……ふむ。ではこれより、第287期ハンター試験を開始しましょう」
ハンター協会の試験官と思わしき男がそう宣言する。彼は自らをサトツと名乗ると、試験内容の説明を始めた。
「複雑なルールはありません。これから二次試験会場に向けて長距離移動を始めますので、私についてきてください」
…………。
(それだけか?)
拍子抜けだった。バトルロワイヤルでもするのかと思っていたら、やることはただの一斉行進であった。
周りの参加者たちからも戸惑っている様子が見てとれたが、サトツがくるりと前を向くと、全員の視線が再度彼に集まった。
「では開始します。途中のトイレ休憩等はございませんので、試験に参加する場合は各自、自己責任でお願いします」
⭐︎⭐︎⭐︎
サングラスの男が汗だくで喚き散らす。
「ちっきしょーっ!! なんなんだよコレ!? 長くて30kmくれぇかと思ったら余裕で50km超えてんじゃねーか!!」
「だからスーツなんてさっさと脱いでおけとあれほど……」
「うるせー! これがオレのトレードマークなの! つか何でおめぇらはそんなヨユーなんだよ!?」
「フッ、私たちは鍛え方からして違うからな」
「レオリオはもうちょっとランニングの練習した方がいいかもねー」
「ば、バケモンどもがぁあああああ!!!」
後方で騒ぎ立てながら走る3人組と、そうした漫才劇を見てニヤニヤする白髪の少年が鬼龍の目端に留まる。
「…………」
鬼龍は彼らのように他者とはつるまず、黙ってジョギングをしていた。纏のお陰で基礎体力が大幅に底上げされており、実質的には一般人の全力疾走に近い速度が出ている。
「ハァ、ハァ……あぁ、若い奴らは羨ましいねえ。そうは思わんかい? フロアマスター殿」
鬼龍に並走し、声をかけてきたのはトンパ。事前情報によると、悪質な手段で新人を潰すことを生き甲斐にしているクズ野郎との話だった。
「貴様の正体は分かっている。間違って俺に手を出してみろ、面の皮剥いで喉奥に突っ込んで窒息死させてやるよ」
「おぉ、怖ぇ怖ぇ……てかバレてるのか、有名人は辛いねえ」
「なんなら今この場で始末してやってもいいんだぜ」
鬼龍が脅すつもりで言うと、トンパの顔色が目に見えて悪くなる。
「あ、アンタみたいなコワモテに凄まれるとジョークに聞こえないからやめてくれよ……」
一時、彼らの帯びる空気は重くなったように思えたが……なぜかそれ以降もトンパは、性懲りもなく鬼龍に話しかけてきた。
というのは、何時間も黙って走るのは彼の性分に合わなかったためだ。
「なあ、天空闘技場ってぶっちゃけなんぼ稼げるんだ? 200階以降は金出ないんだっけか?」
「…………」
対する鬼龍は滅多に返答せず、更にはたびたび突き放すように距離を取る。だがそのたびにトンパも距離を詰めて、懸命に会話を試みていた。
そんな彼らの後続をつけていた初受験者たちは、2人を見て化け物かと驚愕を隠せずにいた。
「ぜぇ、ぜぇ、はぁっ……あ、あいつら人間かよ……! ざ、雑談なんて、できる状況じゃねぇだろ今っ……!!」
「俺も、地元の駅伝大会優勝してるのにっ、これだぞっ……!!」
「ぼ、僕っ、もう無理ぃっ……!!」
鬼龍らの後続の後続、ほとんど最後尾を走るノートPCを抱えた小男が、汗を撒き散らしながら弱音を吐く。彼は基礎的な身体能力の面で他の受験者に劣っていたため、この時点で既に限界だった。
その先を位置取っていた3兄弟が不意に小男に近づく。そして彼らは、意地の悪い表情で彼に中傷の言葉を吐き飛ばした。こんなトコでだらしねえぞ、恥ずかしいヤローだ、お前みたいな能無し見たことねえぜ、など。
「あ……あぁ゛ああぁあぁぁッ!!」
小男は突如叫ぶと、べちゃりと大地に崩れ落ちる。そしてもう、立ち上がることはなかった。
「………」
「ハッ、ハッ……へっ、今年の受験生は軟弱だな! これくらいはついて来れなきゃハナから論外だってのによ」
ペッと粘ついたツバを吐くトンパ。
しかし鬼龍には笑える話ではなかった。少なくとも念能力が使えていなければ、自分もここまで走破することは叶わなかっただろう。
(ハンター試験……軽視は禁物か)
鬼龍は内心で、兜の緒を締めた。
⭐︎⭐︎⭐︎
鬼龍たちが長い階段を登り切ると、先ほど騒いでいた少年たちと試験官が揃って待っていた。この地点には数分先に到着したようだ。
「おっ、ようやく来たみたいだぜゴン」
「サトツさん、もういいんじゃない? 先に進んじゃっても」
「そうですね。中央グループが来たのであれば、遠慮することはございませんね」
サトツは鬼龍らの集団を認めると、また反転して進み始めた。
「かーっ、今年はまだ走るのか! 流石にちょびっと音を上げたくなってきたぜ……」
トンパが汗を拭いながら喋っている隙に、鬼龍は先頭集団の後を追い始めていた。